【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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砂塵の果て

 砂漠地帯をアークエンジェルとレジスタンスの車両が走る。その間クルーたちは交代で船を動かしながら、割と平穏な時間を過ごしていた。キラはサイへ昼食を運ぶトールに付き添ったり、ミーシャやフレイと共に過ごしたりしていた。ミーシャはキラと過ごしたり、シミュレーターでの訓練にいそしむ。アークエンジェルが廃工場跡に差し掛かったあたりで、ブリッジのレーダーに敵影が映った。

 

「レーダーに感あり! ノイズが酷いですが……バクゥにアジャイル、それに……敵母艦、レセップスです!」

「総員第一戦闘配備!」

 

 アークエンジェルに警報が鳴り響いた。ミーシャはシュミレータから飛び出して格納庫へ走り出す。

 

「ケーニヒさん、ちょっとできるからって出ちゃダメだからね!」

「わかってるよ、ミーシャちゃん!」

 

 キラが格納庫に来てストライクのコクピットに乗り込むと、通信コンソールが開く。すでにムウはスカイグラスパーに乗り込んでいた。しばらくして、ミーシャが通信に出た。

 

「こっちは準備オッケー! ムウ、マジでその飛行機で出るの?」

「この飛行機は凄い飛行機なんだよ! なにせアグニが撃てる」

 

 それを聞いて、ミーシャは嬉しそうに笑った。

 

「最高! たくさん敵をやっつけてね!」

「おう、任せろ!」

「キラも大丈夫?」

 

 ミーシャが聞くと、キラは頷く。

 

「大丈夫。僕は戦える」

「うん、よろしくね、キラ」

 

 お互いに頷きあったころ、ブリッジと通信が繋がった。

 

「モビルスーツ隊、ちょっと残念なお知らせがあるの」

 

 ミリアリアは悲痛な顔で言う。始まる前からトラブルと幸先が悪い。

 

「レジスタンスが仕掛けていた地雷が全部無力化されたわ」

「何が起こったの?」

「レセップス……敵母艦の主砲にやられたの。陸上空母も確認されてて、敵がものすごく多いの。気をつけてね、みんな」

 

 ミリアリアが心配そうに言うと、ミーシャは笑って言う。朗らかに、自信満々に。

 

「任せてよ! アークエンジェルに近づく敵は、みーんな殺すよ! ミーシャ・バレンタイン、バスター、行ってきます!」

 

 キラは先んじて出撃したミーシャを暗い顔で見送ると、ヘルメットのバイザーを閉めて宣言する。

 

「僕がバルトフェルトさんを……。キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

 

 ムウも同じようにバイザーを閉めると、久々の戦場に緊張しながら、出撃する。

 

「ムウ・ラ・フラガ、スカイグラスパー。出るぞ!」

 

 三機がアークエンジェルから出撃し、戦闘が始まる。

 確認できるだけでもヘリコプター12機、バクゥ8機。それに、赤いバクゥが凄まじい速度で砂漠を疾駆しているのが見える。

 

「赤いの早くない? もしかしてあれが……」

「バルトフェルトさんか! ミーシャ、艦をお願い!」

「任せて! 私は魔弾! みーんな私が撃ち落とす!」

 

 ミーシャは武器を変形させず、左手のビームライフルを撃つ。ヘリコプターが撃ち落とされ、明らかにバスターから距離を取る挙動を見せた。ミサイルを撃ちながら散弾を撃つと、あっという間に3機のヘリを撃墜した。

 

「相変わらず外さないな……」

 

 その様子をジープから見ていたカガリが言った。戦場は明らかに不利で、敵は物量で押しつぶそうとしている。だが、アークエンジェルの高い防御力にミーシャの射撃が合わさると、不利を覆して戦果を稼いでいる。

 キラはアークエンジェルから離れると、バクゥの隊長機……ラゴゥに真っ直ぐ向かう。

 

「この数に怯まず一直線……。恋人を信じているのかね、少年! やはり気が合うな。私もなんだよ!」

 

 ラゴゥのコクピットは複座型で、射手席には恋人のアイシャが座っている。

 

「バルトフェルトさん……僕はあなたを討つ!」

 

 覚悟と共に、キラの思考が洗練される。まるで自分が戦闘に最適化されたような感覚。だが今はそれでいい。ミーシャが、フレイが、友達が死ぬことに比べれば、自分がおかしくなることなんて些細なことだ。

 素早い挙動に間断なく飛んでくるビーム。だが、キラにとってそう脅威には感じなかった。右手側から敵僚機のバクゥが回り込もうとしている。だがキラはラゴゥに集中している。

 

「眼中にないってか……!? 舐めやが」

 

 そこから先を彼が言葉にすることはできなかった。キラの危機を敏感に察知したミーシャが狙撃したのだ。

 

「あそこから当てるかね――! 屋敷で撃っておくべきだったか」

 

 後悔の言葉を口にするも、バルトフェルトの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 

「――アンディ、楽しそうね」

「彼らは実に活きが良い。だがやられてやるわけにはいかん!」

 

 ラゴゥの背面に装備された二門のビームライフルから何条も光が走る。キラは射線を完全に見切るとシールドでビームを防ぐ。反撃にライフルを放つが、砂塵に阻まれてビームが霧散する。舞い上がった砂に紛れてラゴゥが突撃してくる。口元から伸びたビームサーベルの攻撃を上空に上がって回避すると、キラは頭のイーゲルシュテルンで牽制する。戦場ではひっきりなしに爆発が起こり、それがミサイルの爆発なのか、機体の爆発なのか判別できない。

 

「数が、はぁ、多いっ!」

 

 アークエンジェルの上に陣取って敵の数をひたすら減らすミーシャも、疲れが見て取れる。ミーシャの実力は凄まじいが、持久力がない。雪崩込むような数の敵に対応することはできない。新たに敵を撃とうとしたそのとき、アークエンジェルがつんのめったようにガコンと揺れて、角度が斜める。

 

「ブリッジ、何が!?」

「つっかえた! バレンタイン少尉、アークエンジェルの足元を確認しろ!」

「わかった」

 

 アークエンジェルから降りようとしたその時、大きな弾頭がアークエンジェルを襲う。未確認の敵母艦だった。

 

「敵戦艦確認! あれで3つ目だよ!?」

「砂漠の虎め……! 本気で沈めに来たか! バレンタイン少尉! 確認は中止、敵の増援を叩け!」

「わかった!」

 

 ミーシャはナタルの命令に従って、迫りくるヘリやとバクゥに対応する。細かくペダルを操作し、照準する。キラの様子にもムウの様子にも気を配り、危険が迫ったら敵を狙撃する。

 何度も何度も引き金を引いて、敵を殺す。しかし敵の攻撃は全然止まないし、減ったようにも思えない。

 

「まだいるの……!?」

 

 キラの方を見る。ラゴゥ相手に有利に戦闘を進めているようだったが、決定打には至っていない。コクピットのインジケータに目をやると、ジリジリと危険域にまでエネルギーが減りつつあった。

 

「嬢ちゃん、状況が少し変わったぞ!」

「また!? 今度は何!?」

 

 ミーシャが怒鳴るように聞くと、通信コンソールに何故かカガリの姿が見えた。

 

「私も戦う!」

「……は? ――引っ込んでてよ! 初めてで飛行機なんて、死んじゃうよ!」

 

 ミーシャは顔を青くしてビームを撃ちまくる。周囲を見てみれば、ランチャーストライカーパックを装備したスカイグラスパーと、ソードストライカーパックを装備したスカイグラスパーの二機が上空を飛んでいた。

 

 ホントにカガリが飛行機に乗って戦っている。ミーシャはめまいがするような気持ちだった。

 

「何してんのさ……そんなに死にたいの!?」

「馬鹿言うな! 死にたくないから戦ってるんだろうが!」

「こんなところに飛行機で出てきたところで早死するだけだって、キャアッ!」

 

 ミーシャのすぐ隣で爆発が起こり、コクピットが揺れる。ミサイルが雨のように降り注ぎ、主砲の砲弾が容赦なく飛んでくる。そのすべてに対応することはできず、フェイズシフト装甲を信じて被弾しつつ、アークエンジェルへの直撃は迎撃し、生き残ることを優先する。追い詰められている感覚がミーシャを焦らせる。射撃の正確さは変わらず、機体の操縦がどんどん甘く、拙くなってくる。ついにアークエンジェルが揺れた際にバランスを崩し、膝をついてしまった。

 

「くうっ……!」

 

 疲労が限界に近いのもある。キラもムウも、カガリでさえまだ体力的に余裕がありそうだった。ミーシャだけが、疲れ果てた様子で肩で息をしている。滝のような汗を流し、緊張で震える手と足元と指で敵を撃つ。

 コンディションは最悪の一言。しかし彼女の射撃は必ず当たる。動きに精細がなく弱っているのは誰の目にも明らかなのに、彼女は誰よりも存在感を放っていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……。死にたくない。死ぬわけにはいかない」

 

 カチ、カチ、と軽い引き金を何度も引く。しかし、ついにエネルギーが切れた。フェイズシフト装甲が落ちて、物理攻撃への耐性が喪失する。確実に見えてきた死神に、ミーシャの心は一気に冷え込んだ。

 

「うぅ……!」

 

 武装を実体弾とミサイル主体に変更し、応戦する。もうだいぶ数は減っている。疲労困憊のミーシャを恐れて敵は近づいてこない。そこをムウとカガリが襲いかかる。

 

「バレンタイン少尉! 今足が浮いた! 主砲で敵を撃つ!」

「お願い……ナタルさん」

 

 やってきたミサイルがアークエンジェルの対空砲を抜けてミーシャに向かう。散弾でミサイルを破壊するも、これで弾も尽きた。もうミーシャには打つ手がない。

 その時、アークエンジェルの主砲、ゴッドフリートが起動する。先程まで自由に動けなかったために射線が遮られていたのだ。強力なビーム砲を敵の母艦に叩き込むと、敵の砲台は溶融し、沈黙する。別の母艦にはムウのアグニが攻撃し、カガリの対艦刀が砲身を切断する。

 ミーシャに撃ち落とされ、ザフトのモビルスーツもアジャイルも殆ど残っていない。

 

 ――ラゴゥに乗るバルトフェルトは、その状況を把握すると苦い顔をした。

 

「戦艦の数は3対1で、モビルスーツ戦力比もこっちが大幅優勢。これで負けるとなると、将としての腕に自信をなくすねぇ」

「――あの子達、使ったほうがよかったのでは?」

 

 アイシャが言うのは、つい先日こちらに任官してきたイザークとディアッカの二人のことだった。デュエルと偵察用の狙撃型ジンを持ち込んだ二人を、バルトフェルトは一切戦闘に参加させていない。

 

「残念だが俺はあいつらを好かんのでな。……それに、あいつらをお嬢さんの前に出すと、彼女が張り切ってしまうからな」

 

 バルトフェルトは、彼女はイザークの姿を確認した瞬間に最前線で大暴れするだろうと読んでいた。今でさえほぼ全部のアジャイルと、大半のバクゥをやられたのに、それに加えて母艦までやられるようになっては叶わない。それに、いくらなんでも慣れない地上、しかも砂漠での初陣が怒り狂う魔弾なんてあまりにも可哀想だ。バルトフェルトの考えを本人たちはまるで理解しなかったが、出てきていないところを見るに、命令に従う程度の理性は残っていたのだろう。

 バルトフェルトは味方に通信を入れる。

 

「ダコスタくん、残存戦力をまとめて後退。ジブラルタル基地にて隊を再編しろ」

「隊長は……」

「ここで少年の足止めだよ」

 

 ……カッコつけて言ってみてはしたものの、実態は逃げられないが正しい。背部ブースターユニットを片方、足を一つやられている。武装だって背部のビームキャノンをやられて、口にあるビームサーベルしかない。真っ直ぐ走って、推力に優れるエールストライクを振り切れるとは到底思えない。――それに。

 

「アイシャ、君も脱出しろ」

「アンディ? あの子は最後まで戦うわよ。私だって、愛であの子に負けるつもりはないわ」

「……そうか」

 

 バルトフェルトは五体満足なストライクを見据える。倒すべき敵。良き好敵手。戦場でこんな事を考える自分はおそらく、軍人失格だろうな。そんなことを思いながら戦っていると、向こうから通信が来た。

 

「バルトフェルトさん! もう勝負は付きました! ――降伏を!」

 

 降伏を呼びかける、青臭くて優しくて正しい彼に、自分の本意を真っ向から答える。

 

「降伏だと? 言ったはずだぞ、少年!」

 

 かつて言った疑問に対する答えを、バルトフェルトは決めていた。――この戦争は終わらないのだ。

 

「何を!」

「戦いは終わらない――! 一体なんの勝負が付いたんだ!? 私は生きている。君も生きている! 我々は戦うしかないのだ! どちらかが滅びるまでな!」

「そんなことない! 僕たちはいつかわかり合える!」

 

 キラの悲鳴のような言葉に、バルトフェルトは笑う。本当に気の合う少年だ。かつてのバルトフェルトもそう思っていた。だが、戦って、戦って、戦ううちに気付かされるのだ。

 

 ――いつかは来ないと。

 

「少年――! お嬢さんによろしく言っておいてくれ! 君とも戦いたかったとな!」

「そんなこと! ミーシャは、僕が守る!」

 

 あっという間に、キラは覚悟を決めた。それと同時に、ストライクのパワーがダウンする。バルトフェルトは狂気の笑みを浮かべる。千載一遇の好機。こんな土壇場でチャンスがやってきた。敵のエネルギー切れがこんな場面でやってくるとは。ミーシャではないが神の存在を信じてしまいそうになる。

 

 ――神など、いない。

 

 バルトフェルトはエビデンス01なんてたかがクジラごときで信仰を失ったりしない。

 

 ――神がいるならなぜこの世界は争いに満ち溢れている。

 

 ――ストライクがデッドウェイトと化したエールストライカーパックをパージした。シールドもだ。思い切りの良さに、バルトフェルトは更に笑みを深くする。ストライクの腰部サイドアーマーからナイフを一本取り出すと、なんとこちらに向かって駆け出してくるではないか。こちらの取れる手段が突撃してビームサーベルでの攻撃しかないと、理解しているがゆえの前進だろう。本当に目の前にいるのがあの優しげな少年なのかと疑いたくなる。これでは鬼神か、狂戦士である。

 

「おおおおおおおおオオオオオオオッ!!」

 

 

 叫びながら突撃する。さぁ、どうする。どう躱す。

 ラゴゥを疾駆させて、ストライクのコクピット目掛けて突っ込む。ぶち当たる直前、ストライクが腕を振り上げた。

 

「――!!」

 

 ビームサーベルがストライクのコクピットを両断するその寸前、ストライクのアーマーシュナイダーが胸部付近の動力部に突き刺さった。途端にラゴゥの全機能が停止する。コクピット内に火花が散り始める。脱出する猶予はない。バルトフェルトとアイシャは立ち上がり、お互いに愛する人を抱きしめる。

 

「アンディ――」

 

 ――愛する人を腕に抱きしめて。

 バルトフェルトの意識は闇に閉ざされた。

 

 ――爆発がストライクの装甲を舐める。

 

 キラにはわからなかった。戦士でないキラには彼が理解できなかった。撤退できたはずだ。逃げられたはずだ。なぜ逃げなかったんだ。コクピットには、愛する人がいたんだろう? なぜ戦い続けたんだ。

 

「――ぼくは」

 

 燃え落ちるラゴゥを見る。ここに人がいたんだ。気が合うと笑った人がいた。楽しげに話す人がいた。顔も思っていることも知っている人がいたんだ。

 ――そして、そんな人を愛している人もいたんだ。

 

「ぼくは――!」

 

 もういない。もう、いない。

 

「殺したくなんかないのに!!」

 

 人を殺すことなんて、いつまで経っても慣れやしない。

 あの子のように笑えたら。

 あの子のように戦えたら。

 あの子のように殺せたら。

 きっと、きっと楽なのに。

 あの子は笑うだろう。楽しいねと。

 あの子はきっと撃つだろう。皆殺しだと。

 あの子は無理やり傷付こうとしている。

 それはきっと――。

 

 もう、あの子にとって人殺しは傷じゃない。

 

 ――ミーシャ。

 

 キラは思う。ミーシャの笑顔を思い出す。一緒だと言ってくれた。ずっと寄り添ってくれた。何度も傷付けてしまった。たくさん愛してくれた。

 でも、それでも。

 

 僕は、君を――。

 

 君を、愛することなんてできない。

 優しい嘘をついて、嘘がホントになってしまった君を。

 

 君と僕は、あまりに違いすぎるから。




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