【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
ミーシャはイライラしながら水中で敵のモビルスーツと戦っていた。
「ああ、もう!! 意味わかんない! スピードが違いすぎる!」
水中専用のモビルスーツ相手に、ミーシャのバスターはいいように翻弄されているのだ。魚雷でチクチク削られるし、攻撃は全然当たらないし、視界が悪いせいでキラのストライクもロクに見えないしで、状況は最悪だった。
「敵は少ないけどめんどくさい! 敵の母艦はどこにいるのさ! それに……カガリを早く探さないといけないのに!!」
時間は少し巻き戻る。
先の戦闘をやり過ごしたキラとミーシャは、ラミアス達と共にブリッジで作戦会議をしていた。キラの隣にはムウが、ミーシャの隣にはカガリが陣取り、キラとミーシャを隣り合わせないようにしている。
その意図を二人は読み取っていたが、気まずいのでそのままにしていた。
「……潜水母艦に水中用モビルスーツ。おまけに空飛ぶモビルスーツ。ザフトってめっちゃバリエーション豊富だね」
「それだけ技術力あるってことだろ」
「わざわざ海でしか使えないモビルスーツ作るってもったいなくない? たとえばさ、ストライクに水中戦装備マシマシにして「アクアストライク」とか「マリンストライク」とかどう?」
冗談交じりにミーシャが言うと、ラミアスは深く、深くため息を付いた。ここ最近よくラミアスが吐いている、悲哀のため息だ。
「バレンタイン少尉」
「え、なに?」
「局地戦装備のストライカーパック案はいくつか出したわ。でもそのすべてが却下されたの。――コストに見合わない、って」
「ええ……」
地の底から這うようなラミアスの声にミーシャは慄く。ミーシャは忘れているかもしれないが、この艦に乗っているバスターとストライクの設計開発はラミアスと亡きミーシャの父が行ったのだ。仕様は頭に入ってるし、どんな案が出てどんな理由で却下されたのかもすべて覚えている。だがこうして実戦に出てみると、却下された理由もわかるというものだ。
「そういえばラミアス少佐、元は技術士官だったな」
「現在も、そのつもりです。……海にいるザフト勢力はごく限定的よ。それこそアークエンジェルだけでなんとかなるような規模しかいない。そんな彼らのためにわざわざ装備を作るのは……少しもったいないわ」
「ふーん……。で、結局あの敵ってどこから来たの? 近くの基地?」
ミーシャの予想に、ムウは首を振って答える。
「それはねぇな。潜水母艦で補給を全部賄ってるはずだ。ここからジブラルタルは遠すぎる」
「遠い……んだね? でも潜水艦かー。なんか憧れるんだよね。
潜水艦乗りって最も名誉な職だってパパが言ってたし。潜水艦乗りには敬意を払えって」
深い海の中を長い間ひっそりと、家族にも本当のことを言えず黙々と戦うのみ。戦闘に身を置くことになってようやく、ミーシャは父の言葉を理解できた気がした。怖いだろう、心細いだろう。だがそれでも、男たちは連携を密にして任務に従事して、奥深い海の底でも規律正しく戦う……それはとても困難で、だからこそカッコよく見える。
「それを言うならパイロットだって花形だ。給料もいい」
「お給料ねぇ。高いっていうのは知ってるけど、いつ使えるんだろ? っていうかお給料出るまで生きてるかな」
「生きてるよ。ミーシャは最強のパイロットなんだろ?」
「もっちろん!」
朗らかな雑談。しかしキラは話題に入っていけない。人を殺して給料なんて……。とか、そんな、この場の空気に水を差すような言葉ばかりが思い浮かぶ。だが実際に口にすることはなく……疎外感を感じながら、黙りこくっている。
「……それで、次に敵と遭ったらどうするんだ、ラミアス艦長? 逃げるか? 」
「何言ってんのさ、ムウ。そりゃ戦うよ。戦って敵をみな――みんな、やっつける」
ミーシャは慌てて言い直す。キラはそんな様子に僅かにほほえみを返すだけで、お礼を言う余裕すらない。
「……とにかく、私達は負けられないわ。でも、それはそれとして、休息も楽しまなければならないわ。総員、交代で休憩体制に入ること」
――そんなやり取りをしたのが数時間前。自分の部屋で孤独に天井を見上げていたら警報がなったのでコクピットに乗り込むと、あっという間に出撃命令が下って海の中だ。海中は状況把握が宇宙よりしにくい。宇宙ではレーダーがよく効くが、海の中では膨大な水が電波を撹乱してしまってノイズと精度がひどくなる。通信も荒いのがミーシャの精神を削る。もし通信が途絶してしまったら、この真っ暗で深い海の中、一人ぼっちである。
しかも、敵潜水母艦を発見したという朗報の直後、カガリ機の反応がロストしたというのだ。海からでは上空の状況はわからない。撃ち落とされたのか、機械の故障か。
「――スカイグラスパーの機械がポンコツなんだ!」
自分に言い聞かせるようにして叫ぶ。
別のことに気を取られ操縦が鈍ったのを好機と見たのか、調子に乗ったグーンのうちの一機が迂闊に真っ直ぐ突っ込んでくる。どうやらエネルギー切れ寸前か、弱っているのだと勘違いしたらしい。ミーシャの顔に狂気の笑みが浮かぶ。
「武器の一つも奪ってないのに――バカなんだね!」
魚雷を発射するグーンに銃口を向ける。発射された魚雷すべてをフェイズシフト装甲で受け止めて、すれ違い様に、散弾砲を射撃。針のような弾頭がグーンを穴だらけにする。ぐしゃ、と穴の部分から水圧に負けて装甲がひしゃげていき、やがてくしゃくしゃになって沈んでいった。爆発はなかった。
その光景にミーシャはゾッとする。
「アレ中の人生きてるよね……? ごめんなさい」
即死できずに一人コクピットの中で死ぬ……。恐ろしいなんてものじゃない。ぶるりと恐怖に身体を震わせて、しかしすぐに気持ちを切り替える。
「モビルスーツ隊! 本艦はこれより360度バレルロールを行います! その間帰還はできないから注意するように!」
「バレルロールってなに!?」
「正気なのか!?」
ラミアスの宣言に、ミーシャとキラの疑問がコクピットに響く。どういうわけか、遥か上にある海面から見上げるアークエンジェルの、上面部分がミーシャから見えた。アークエンジェルの脚部の天辺についている主砲が、何故だが海の方を向いている。
「――宙返り!? そんなことできるの!?」
「なんでできるんだ……?」
おそらく、襲撃中のグーンも驚いただろう。こっちに有効打を持たない敵艦を安全圏から撃っているつもりが、いざ顔を海から上げてみれば主砲が狙ってきているのだから。その一瞬の驚愕は、戦場では致命傷だった。ゴッドフリートに撃ち抜かれたグーンは爆発四散し、海の藻屑となった。
喜ぶ間もなく、ミーシャは近くの海中を索敵する。レーダーに敵影なし。爆発音も聞こえなくなった。
「ブリッジ、どういう状況?」
「……敵母艦の撃破を確認。戦闘終了だ」
「わかった。バスター、帰還するね」
ミーシャはブースターをふかして海から上がる。アークエンジェルはカタパルトハッチを解放しているのが見える。ミーシャがバスターをそこに着地させると、反対側の脚にストライクが着地したのを見た。
「ラミアス艦長、僕はこのままカガリの捜索に出ます!」
キラが言うと、ミーシャは苦い顔をする。死んでいるなんて思いたくなかった。だが、どこに行ったのかもわからないのに探すのは不可能に近いと思っていた。――だが、キラが彼女を探したいと思う気持ちもわかる。ミーシャは何も口をすることはなかった。
「ヤマト少尉、2時間だけ許可します。あなたも休まなけらばならないの。必ず2時間で戻ってきてちょうだい」
「……了解!」
戦闘が終わってすぐだというのにキラは再び海中に向かっていった。
――それから懸命な捜索のかいなく、カガリが見つかることはなかった。キラとミーシャが2時間交代で真夜中になっても探したが、彼女も、彼女の機体も見つかることはなかった。
ミーシャがコクピットから降りてタラップに立つと、ぐったりした様子で座り込んだ。すかさず近くにいた整備兵が飲み物をミーシャに差し出す。お礼を言う余裕もなく、ただ喉を潤して返却する。視界の端ではまたキラがストライクに乗り込もうとしているところだった。ムウに腕を掴まれて止められた。
「もうよせよ!」
「まだ余裕はあります! 2時間の制限だってちゃんと守ってるじゃないですか!」
「嬢ちゃんが限界なんだよ!」
「なら――! 一人で探します!」
「いい加減落ち着け!」
ぐい、とムウがキラを引っ張って肩を掴む。まっすぐにキラを見つめて説得する。
「日が昇れば俺だって探しに出れる。スカイグラスパーが派手に撃墜されてなきゃそれで見つかる!」
「……」
「お前だってわかってるだろ! こんな真夜中に海に出て何が見つかる!」
「――わかりました」
キラは苦い顔をしたまま、不承不承頷いた。
「ゆっくり休め。嬢ちゃんも――大丈夫か?」
「ん……寝てた」
ミーシャは立ち上がると目を擦りながら立ち上がる。ふらふらとした足取りでムウの方に歩いてくる。
「次はどのへん探したらいいの……?」
「今日はもう終わりだ。よくやった、嬢ちゃん」
「ん――。キラは疲れてるだろうし、朝イチの捜索は私が出る……」
ミーシャは返事も聞かずに自分の部屋に戻っていった。随分と疲れている様子だった。
「……クソッ」
ムウは自分の無力さを噛みしめることしかできなかった。
――翌日。日が昇り宇宙が明るくなったのと同時、エールストライクに換装したストライクと、ムウのスカイグラスパーの二機が捜索に出た。ミーシャのバスターは非常事態に備えて待機である。
「……また待機」
ミーシャはぶーたれるが、航空能力が低いバスターが捜索に出るのは少々効率が悪い。それに、ムウの見立てだと2時間以内にスカイグラスパーなら見つけられるはずであった。もし見つからないなら――その可能性を誰しも考えたくなかった。
コクピット内で手を組んで祈っていると、通信コンソールに表示されているムウが叫んだ。
「救難信号――やったぞ! 見つけた!」
「ホント! やったー!」
そうしてほどなく、カガリはアークエンジェルに帰還してきた。ミーシャはコクピットから出ると、同じようにスカイグラスパーのコクピットから降りてきたカガリを見つける。
「カガリ! 生きててよかった!」
ミーシャはカガリに突撃すると、ぎゅう、と思い切り抱きしめた。
「ミーシャ……。その、昨日シャワー浴びてないから……」
「関係ない! 生きててよかった……!」
生存を確かめるように抱きしめてくるミーシャに、カガリは苦笑して抱きしめ返した。
「……悪かった」
「ホントだよ! 死んじゃったかと思った……!」
「すまない……」
カガリは困ったように周囲を見回すと、キラの姿を見た。
「……カガリ。無事で良かった」
「ああ。お前も探してくれたんだって? 本当にありがとう」
「うん、僕は大丈夫」
それからしばらくミーシャとカガリは抱き合っていたが、カガリがハッとした様子になって叫んだ。
「そうだ、艦長に言わなきゃ!」
「なにを?」
「ザフトが近くにいる!」
その場が騒然となった。
――そのままカガリを連れてブリッジに向かった3人は、カガリから詳しい事情を聞いた。
「アスランと……会ったの?」
「ああ。あっちにも救助が来ていた。だからかなり近くにいるはずだ」
「……なら、私コクピットで待機してるね」
ミーシャは答えも聞かずに駆け出し、ブリッジを後にした。
「……キラくん、聞いてほしいことがあるの」
「なんですか?」
ラミアスはこの周辺の海図をディスプレイに表示させる。
「このまま進路を取れば、否が応でもオーブの領海に近付いてしまうわ」
ラミアスの言葉に、元民間人のクルー……キラの友達がわっと喜ぶ。
「やった! これで安全に通れますね!」
だが、ラミアスは苦しげに首を振った。
「……だから、オーブの領海から離れる軌道を通り、アラスカへ向かいます」
「……え」
「みんな、ごめんなさい。この船は地球軍の船なの。――オーブには入れないわ」
――故郷が近いのに。それなのに、彼らはわざわざ大回りしてでも故郷を離れなければならないのだ。もし彼らが地球連合の軍人でさえなければ、他に手の取りようもあったかもしれない。そう考えて、サイやトール、ミリアリアは初めて、軍人になったことを後悔していた。
――
それからしばらく。ミーシャとキラがコクピットのシミュレーターモードで訓練をしていると、警報が鳴り響いてシミュレーターが強制終了した。
「あ、いいとこだったのに」
「だから強制終了するんだろうね……」
「でも、やっぱりキラはすごいね。全負けしちゃった」
「……うん」
ミーシャが対戦ゲームみたいで楽しいと思ったシミュレーターでの模擬戦も、キラにとってしてみれば苦痛だった。弱いわけではない。だからこそ必死になってミーシャを倒す方法を考え、実行するしかないのだ。これが実戦なら――そう思うと、キラは全身に悪寒が走る。キラは首を振って嫌な想像を振り払うと、通信に出てきたミリアリアと話す。
「キラ。敵はGタイプ3機と狙撃タイプのジン……いつものあいつらよ。空飛ぶ足場に乗ってるから気をつけてね!」
「うん。行ってくるよ。キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」
エールストライクがアークエンジェルのカタパルトから射出される。遠くで足場……グゥルに乗ってこっちにやってくる4機が見える。
「ミーシャちゃんも、敵は手強いわ。気をつけてね」
「気を付ける? もちろん気を付けるよ……。デュエルだけは、必ず殺す」
憎悪と復讐心を目に漲らせて、ミーシャは操縦レバーを握る。
「ルミナの仇は死んでも取る。ミーシャ・バレンタイン、バスター、行ってきます!」
バスターがカタパルトから射出される。海上、オーブ近海で、復讐の戦いが始まった。
カガリとアスランの運命の出会いは原作と同じなので省略します。
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