【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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崩壊の大地

 ヘリオポリスの中空に出て、ミーシャは真っ先にレーダーを確認した。レーダーに映る敵機を示す赤い点は8個見える。……8? なんか最初4って言ってなかったかな!?

 ミーシャは何度かレーダーに表示される敵の数を数え直す。何度数えても数は一緒だった。

 

「ナタルさん、なんか多いよ!?」

「ここに来て増援……? アークエンジェルで援護する。被弾に気をつけろ」

「わかった! キラ! 聞こえた!?」

 

 常に開けている通信に呼びかけると、画面の向こうにいるキラとムウが頷いた。

 

「僕が多めに引き受けるよ。ミーシャちゃんは予定どおりに……」

「バカ言わないでよ! 私だってやる!」

 

 もう覚悟は決めた。引き金は引けるし、さっきよりかなり動かしやすい。これならいける。

 

「お二人さん、俺がいること忘れてやいないか? 増えた分は俺に任せろ」

「ロボットにも乗ってないのにできるわけ無いじゃん!

 あ、武器の範囲に入った。撃つね!」

 

 ミーシャは宙に飛びながらマニュアル照準でディスプレイに映った小さな敵影を狙う。バスターの腰部に備え付けられたジョイントが動き、左側に装備されている高エネルギー収束ライフルが前に、ライフルの後端へ、右側に装備されたガンランチャーが接続される。長射程狙撃ライフルとなった武装をバスターは構える。

 

「待て! もっと引き付けろ!」

「近づかれる前に減らすの!」

 

 言いながら、よく狙って、射撃。完全にマニュアル制御で放たれた高威力のビームの発射に気付くことなく、赤い点が一つ減った。当たった。

 

「やった!!」

 

 ゲームで敵を倒したかのような高揚感に包まれるミーシャだったが、すぐに気づいてしまう。自分が撃ち落とした「的」には、人が乗っているのだと。手が震える。吐き気がこみ上げる。爆炎に包まれ、ジンが原型も留めずに爆発四散するのが見える。あの中に、人が。

 

「――私、人を……? 殺した?」

「――っ! 嬢ちゃん、今は考えるな!」

 

 ムウは無理だとわかっていながらもそう声をかけるしかなかった。今火力を発揮できる機体に黙られては勝てる戦いも勝てなくなる。――そんなことを考える自分を心底嫌悪する。小さな子が苦しんでるってのに、戦闘の心配かよ。

 

「た、たたかわなきゃ。わかってるよ、ムウさん。わ、私戦わないと」

 

 ――じゃないとみんな死んじゃう。

 

 ミーシャは涙目になりながらもう一度照準する。今度は敵はバラけてる。動きも激しくなっている。しかもミーシャは初めてなのだ。

 でも、ミーシャはイマドキの子供なのだ。子供だけど、銃で撃ち合うゲームだって当然経験がある。

 好きなゲームジャンルだった。

 

 ビームの発射音がコクピットに響く。遠くで爆発。コロニーのシャフトに当たったのではない。コロニーの壁に当たったのでもない。敵に当たり、敵が一人減ったのだ。

 スッと呼吸が楽になる。さっきまで感じていた、息をするのも辛い凄まじい重圧が減った。彼女は本能で察した。この重圧こそが死の気配なのだと。殺気なのだと。つまりこの重圧は自分を殺そうとするヤツが減れば減るほど少なくなるのだ。

 

 思わず、顔に笑みが浮かぶ。笑いだしそうだった。身体の芯から高揚感が溢れてくる。

 

「フフ……なんで、私達を殺しに来る人に、遠慮してたんだろ」

 

 狙って、引き金を引く。敵の攻撃はこっちに届かないらしく、真っ直ぐにこっちに向かってくる。

 

「私を殺したいんだね? わかるよ! 私も狙撃手嫌いだもん!」

 

 あはは、と笑いながら撃つ。また一つ赤い点が減った。愉快だ。また死が遠のく。生き残りが近くなる。心臓が早鐘を打つ。まるでマラソンした直後みたいにバクバクと起動する。

 

「あはは! たーのしー!」

 

 笑いながら、ミーシャはレーダーを見る。そろそろ敵の射程に入る。ミーシャは銃同士の連結を切り、今度は逆に連結させる。散弾砲を構えると、また狙いを付ける。

 

「ショットガン好き! ホンモノってゲームみたく射程短くないってホントかな?

 ――試させて!」

 

 射撃。攻撃姿勢に入ろうとしたジンが2機、無数に降り注ぐ弾丸にやられ、爆発する。

 

「キラ! ムウさん! 私ここで的あてするよ! 二人共頑張ってね!」

「任せろ嬢ちゃん!」

 

 ムウは通信コンソールからは見えない操縦桿を、痛いくらいに強く握りしめる。

 やめろとは言えない。まだ敵は4機もいて、その中の1機は強い。ミーシャの的あて遊びがなくなるだけで負担は激増する。

 

「……人間、ここまで堕ちれるもんなんだな」

 

 小さく、通信が拾わないよう、口の中だけでつぶやく。急速に心を壊していく幼子を、止めるどころかそのまま続けろと言うことになるとは。今の自分はこの世の誰よりもクソ野郎だ。

 

「う、うん、わかった。キミだけに背負わせないよ」

 

 キラは露骨に顔を曇らせながら言う。キラも初陣だ。だがミーシャと違って戦闘の知識が皆無というわけではない。ミーシャの働きがこの戦場でどれだけ大事かつ欠かせないか容易く理解できる。

 だからこそ、キラは覚悟を改めて決める。

 戦うなんて嫌だ。人を殺すなんて絶対にしたくない。

 それでも。もうミーシャは、手を汚してしまった。手を汚して、笑っている。

 

「僕はきっと笑えないけど、それでも僕は、僕も戦う!」

 

 エールストライカーパックを装備したストライクと、4つのガンバレルを装備したメビウスゼロが戦場を駆ける。敵の目標はストライク並びにアークエンジェル。真っ直ぐこっちに向かってくる敵機たちを前に、戦闘は激化する。

 

 ――

 

「厄介だな、アレは」

 

 シグーのコクピットの中でラウ・ ル・ クルーゼは呟く。移動は拙い。明らかに慣れていない様子である。だがその狙いは正確無比。ロックオンアラートが鳴らないということは、マニュアル照準なのだろう。クルーゼほどにもなれば多少偏差射撃してくる程度の射撃、当たるはずもない。だが緑服を着た兵にアレを避けるのは無理だ。教本にはマニュアル照準で狙撃してくる敵への対処は書いていない。

 

「――私がやるしかないのだろうな」

 

 どうにも、あの機体から伝わる気迫は弱く、幼い。この中で最も成熟しているのはおそらくメビウスゼロ……ムウ・ラ・フラガだろう。

 

「幼子を矢面に立たせるとはな。そこまで堕ちたか、ムウ・ラ・フラガ」

「――俺だってやりたくてやってんじゃないよ、ラウ・ル・クルーゼ!」

 

 通信を開いているわけでもないのに、なんとなく相手の言っていることがわかる。不思議な感覚だった。クルーゼには何故それが起こるのか知っている。

 知ってはいても、不愉快なのには変わらなかった。

 

「お前はいつでも邪魔だな」

「嬢ちゃんだけはやらせねぇ!」

 

 シグーの左腕にマウントされた盾とガトリングガンが一体化された兵装をメビウスゼロに向ける。即座に、後方にいる緑色のモビルスーツ……バスターから射撃が飛んでくる。

 

「嬢ちゃん! 俺はいい! 数を減らせ!」

 

 慌てるムウに、クルーゼは嗤う。

 

「これは傑作だ! どうやらお前は頼りないらしい!」

 

 ガトリングをやたらめったらに撃ち、見た目だけはメビウスゼロが危機であるかのように演出してやる。

 するとどうだ。バスターはとにかくこちらを落とそうと必死に撃ってくる。彼女の射撃はあまりに素直すぎる。回避は容易い。

 友軍機に向けられたら大損害必至の射撃を、自分に向けさせることで防ぐ。

 クルーゼは間違いなく、この場における強者だった。

 

 ――

 

 あたんない! ムウさんが危ないのに! ミーシャは焦り、引き金を何度も引いて乱射する。しかし、白いロボット……シグーにはかすりもしない。自分が下手なんじゃないかと思い始めるくらいには撃っては避けられ、撃っては避けられる。

 

「嬢ちゃん! こんなのに俺が当たるか! 数を減らせ!」

「でも! こいつ強いよ!」

「俺のほうが強い! 嬢ちゃんは俺より坊主を援護だ!」

「キラを……?」

 

 ハッと周りを見渡すと、何機ものロボットに群がられるようにして追い詰められている白いロボット……ストライクが見えた。

 慌ててミーシャは銃身をキラの周りにいる敵に向ける。

 

「ハエみたいに……! キラにたかるな!!」

 

 一発撃って、一機撃墜。やっぱり当たる。あいつが変に強いだけ? ミーシャは油断なく周囲を見回す。敵はまだいる。

 

「いける、やっぱり私は下手じゃない! キラ、大丈夫!?」

「うん、こっちは大丈夫……!」

 

 キラが反撃に移り、ビームライフルで敵機を撃墜すると、すぐにこっちの方にくる。ミーシャも数を減らすべく射撃を続ける。

 

「――出港する! モビルスーツ隊はコロニーを脱する本艦を援護せよ!」

「なにすればいいの!?」

 

 援護が何でどうすればそれができるのか。それすらわからぬミーシャは反射的に答える。

 

「ミーシャ、これから我々はコロニーから出る。そのために進行上の敵を倒して欲しい」

「わ、わかった」

「そのためにも、ミーシャにはアークエンジェルの上に乗って、その上で狙撃を頼む」

「アークエンジェルに乗って、敵をやっつければいいんだね?」

 

 ミーシャが繰り返すと、ナタルはにっこりと微笑んで頷いた。

 

「完璧だ」

「よし! みんな、私移動するからちょっと撃てなくなるよ!」

 

 ミーシャはそう言うなりフットペダルを踏み込み上昇。同じように上昇を始めるアークエンジェルに向かう。

 

「わかった! キミは僕が守る!」

「了解! 落ち着いて操縦しろよ!」

 

 二人からの返答を聞きつつ、ミーシャはアークエンジェルの上に降り立った。アークエンジェルの進行方向には、ヘリオポリスに空いた大穴が見える。

 

「アレも敵が?」

「いえ、私がキラくんに撃たせたの」

 

 すかさずラミアスが言うと、ミーシャは顔をしかめる。

 

「なんでそんなこと――」

「違うんだミーシャちゃん、それは僕が……」

「いいえ。何も違わないわ。私が撃てと命じたの」

 

 頑ななラミアスに、キラは押し黙ってしまう。ミーシャはそんなラミアスに不満げな様子だ。

 

「あんな大穴空けて……コロニーがどうにかなっちゃうよ」

「ミーシャ、戦術上致し方ないことだったのだ」

「仕方ないで住んでるところに大穴開けられたくないんだけど」

 

 頬を膨らませていると、遠くから緑色の閃光が見えた。ミーシャの意識が一気に撃ってきた機体に向けられる。

 

「ビーム……? ね、ねぇキラ、このすごい装甲ってビームまで弾けたっけ?」

「いや、ダメだ! ミーシャちゃん、アレに当たったらだめだよ!」

 

 それを聞いてミーシャはサッと顔を青ざめさせる。ビームを防げない。当たったら死ぬ。

 カタカタと震え、何度も撃ってくる敵機を見つめることしかできない。

 ピクリともしなくなったバスターを見て、クルーゼは笑みを深くする。

 

「その強くて硬い装甲が――君の恐怖を麻痺させていたのだろう? 死ぬのは怖いかね」

「やだ、死にたくない」

 

 ミーシャは震える。

 

「……キラ・ヤマト! バレンタイン機の援護だ! ビーム兵器持ちを倒せ!」

「了解!」

 

 ナタルの指示に、キラはエールのスラスターで加速する。ビームライフルを何度も撃って牽制する。

 

「……アレがストライクか!? ラスティの仇!」

「もうこれ以上コロニーに損害は……!もう、やめろぉおおおお!」

 

 キラと敵機は何度も交差し、ビームを撃ち合う。

 

「――バスターに射線を向けろ!」

「隊長! そんな無茶――――」

 

 クルーゼの言葉に反論しようとして、通信が完全に途絶した。ミーシャのレーダーにある赤い点が一つ減った。ビーム兵器の圧力がなくなったことに気付いたミーシャが即座に撃ち込んだのだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い吐息を整える。ビーム兵器持ちを倒したことで、さっきまで感じていた凄まじい恐怖は鳴りを潜めている。怖かった。怖かったが、もう怖くない。怖いのはもうやっつけたのだ。もう殺した。

 

「わ、私は、こんなことで、死んだりしない!

 気を取り直して、的あてのさいか――今度は何!?」

 

 凄まじい風に煽られて、バスターの姿勢が崩れる。何が起こったのか理解しようと周囲を見渡すと、少しずつ状況が見えてくる。

 

「――うそ? ナタルさん、うそだよね?」

「……いや、事実だ」

 

 呆然と質問をするミーシャに、ナタルは苦々しい表情で答える。全員の視界に、少しずつバラけ、崩壊していくコロニーの姿が映っていた。

 

「ミーシャ、一旦帰投だ。帰ってこい」

「え、でも敵が……あれ、引いてく」

 

 こんな強風の中では機体の制御もままならない。戦闘どころではなかったし……中立国が有するコロニーがザフトと連邦との戦闘で崩壊するのは政治的に非常にマズイ。まともな頭があるなら、戦闘の続行などできようもなかった。

 

「キラ!? ねぇナタルさん! キラが離れていくよ!」

「キラ! 大丈夫か!」

「僕は大丈夫! ミーシャちゃん、先に艦に戻ってて! すぐ戻る!」

 

 遠く、小さくなっていくストライクを、見送ることしかできない。

 

「そんな、キラ、キラ!」

 

 ミーシャの叫びを聞きながら、キラの機体は宇宙空間に投げ出された。

 キラが消えていった宇宙空間を、ミーシャはじっと、いつまでも見つめていた。

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