【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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友人達との平穏な日

――オーブ、秘匿された島の一つに、キラはぼんやりと椅子に座って海を眺めていた。何を考えるでも、何をするでもなく数時間こうしている。

 

「……キラ」

「あ……ラクス」

 

 そんなキラの方に、ラクスがやってくる。彼女は今幸せだった。たくさんの罪を犯した。ミーシャの言うように、人を撃てと言って戦った。だが、こうして満ち足りた日々を送っている。愛しい人のそばにいて、つきっきりでお世話ができるし、キラのご両親は優しくて理想の人で……本当に何一つ欠けたところのない生活を送っている。――重度の鬱病に苦しんでいるキラとは違って。

 

「カリダ様が、もうお食事だとおっしゃっていましたわ」

「食事……。僕はいいよ」

「キラ……」

 

 キラはぼんやりと海を眺めたまま、ラクスの方を見ようともしない。

 

「お腹……すいてないんだ」

「倒れてしまいますわ。朝もそう言って食べなかったじゃありませんか。カリダ様が心配してらっしゃいます」

「……母さん、きっと僕なんか死んでしまった方がいいと思ってるよ」

「そんなことありません!」

 

 ラクスは幸せに思う一方、こうして苦しむキラを見るのが辛くて仕方なかった。キラの母……カリダも、壊れて病む息子をどう扱ったものかと苦悩している。そして、どんな救いも、癒やしも拒絶するキラに苦慮していた。

 

「ラクスも……僕なんかに構わないで。僕みたいなのと一緒にいたら、ラクスも勘違いされちゃう」

 

 キラは苦しんでいた。キラは罪悪感に押しつぶされてしまっていた。戦争が終わって、武器を置いて。そうしたらキラに残ったのは、今まで重ねてきた罪だけだった。軍人としての責務だったと言い切れるミーシャと違い、キラは自分の意思で戦った。――軍人なら命令系統を介して分散される殺人の責任を、全て引き受ける羽目になったのだ。命じられたから仕方ない。やるしかなかった。……キラはそんな言い訳ができない。なにせ、ミーシャに指摘されたようにキラは自分を海賊だと思っている。海賊がたまたま正義っぽいことをしただけに過ぎないのだと。だから、キラは罪の意識から逃れることができず、心を病んだ。

 

「キラ……わたくし、どう思われようとかまいませんわ」

「――僕みたいな人でなし……早く死んだ方がいいって思うのに。なんで僕、生きてるんだろう」

 

 生きていていいわけがない。あの子は自分を好きになる人なんていないと言った。それはそうだろう。ずっと一緒に戦って、身体も重ねて。そこまでして愛されないなんてなれば、どうやって人に好きになってもらえばいいかわからなくなるに決まってる。

 ――全ては、キラが彼女を弄んで虐待して傷付けたからだ。そして、戦争が終わって落ち着いたというのに、自分は刑務所にいるのではなく両親や大切な人と一緒に穏やかな日々を過ごしてしまっている。なぜ自分は囚人服を着ていないのだろう。なぜ両手に手錠がかかっていないのだろう。――あるいは、なぜ死んでいないのだろうか。

 

「キラ……。あなたは休んでも構わないのです。子供たちとも遊んであげてくださいな。きっと元気になりますわ」

「僕があの子たちに近づくなんて、そんなのあり得ないよ。ラクス、あの子たちが本当に大切なら、絶対に僕に近づけちゃだめだよ」

「そんな……」

 

 キラはほとんど誰とも話さずただ海と空を眺めて日々を過ごしている。まるで隠居した老人である。このまま朽ちていくのもいい。そう思ってそうなキラに、ラクスは心を痛める。……ラクスはキラがそう思うに至った事情を知っている。自罰するかのように、懺悔するかのようにキラは両親とラクスに全てを打ち明けたのだ。

 

「……ミーシャさんと関係を持ったのは、子供が好きだからではないのでしょう? 追い詰められていたから――」

「ラクス」

 

 キラは自分を擁護しようとするラクスの言葉を切る。

 

「僕を庇ったりなんてしたら、ミーシャが可哀そうだよ。あの時僕は……断るべきだったんだ」

 

 うつむいて、キラはそれきり何も言わなくなる。

 

「……さ、行って、ラクス。僕は……もう少しここで海を見てるよ」

 

 キラはそう言ってラクスを突き放すようなことを言う。しかし、ラクスはキラの隣に立つと、同じように海を見る。

 

「どうしたの?」

「わたくしも、海を見たいのです」

「……暇だよ?」

「それでも、あなたと同じ景色を見ていたいのです」

 

 ――ラクスの言葉に、キラは確かに癒されていた。安らぎを感じていた。

 

 それが辛くて、苦しくて。キラの苦悩は、終わらない。消せない十字架を背負って、苦しみ続ける。

 

――それからさらに時が過ぎた。

 

 ワシントンDCにある名門校、いわゆるお嬢様、お坊ちゃま校と呼ばれるプライマリスクールのクラスの一つに、ミーシャは制服をしっかりと着て教壇の前に立っていた。

 

「私はミーシャ・バレンタイン少佐です。地球軍大西洋連邦所属艦ドミニオン所属モビルスーツ隊隊長兼、地球軍大西洋連邦ワシントン教導隊基地臨時教官の任に就いています」

 

 ミーシャのクラスメイトは一同、全員がぽかんとした顔をしている。隣の担任の教師は引きつった顔でミーシャを見る。しかし、教師はいつまで経っても『嘘だ』とは言わなかった。

 

「……あ! もしかしてあなた、『魔弾の天使』?」

 

 クラスメイトの一人がミーシャを指さして言った。

 

「うん。そうだよ」

「テレビで見たことある」

「雑誌でも見たよ!」

 

 そんな感じで、ミーシャの登場に盛り上がるクラスメイトに、ミーシャは微笑みを浮かべる。

 ――この人たちを、私が守ったんだ。

 

 そんな誇らしい気持ちでいっぱいだった。ジェネシスの最後の一撃はワシントンに向けられていた。もし破壊に失敗していたら、この子たちはみんな死んでいた。守れた『成果』を直接確認して、ミーシャは思わず涙腺が緩む。この笑顔を、楽しそうな表情を守れたというなら、敵を無数に殺したことも、胸を張れる。正しかったんだと、心から言える。

 

「ど、どうしたの?」

「なんでもないよ。なんか、歓迎されてるのが嬉しくて」

「えー? 変なの。バレンタインさん、軍でのこと聞かせてもらえない?」

「機密に関わらなきゃ全然いいよ。そうだね……地球軍エースパイロットの趣味とか? その人はね、読書が趣味()()()んだ」

 

 機密に関わらなくても、話せることはいっぱいある。フェイズシフト装甲の仕組みなんてクラスメイトに言ったってしょうがないし。

 ミーシャは新しい学校で馴染めそうだと、心から安堵した。

 

 ――

 

 イザークは牢の中で座り、うつむいていた。先ほど軍事裁判が行われ、先の大戦の戦争犯罪――民間人が乗ったシャトルを撃墜したことが原因で銃殺刑が確定したのだ。証拠はザフト、連邦両方から提出され、そこには恣意的なものも欺瞞も捏造もなく、ただただ事実だけが積みあがっていた。ヤキン戦中はミーシャの、悪魔の欺瞞だと自分をごまかすこともできたが、もうそんなことはできない。イザークは自分の震える両手を見つめる。この手で子供を殺した。子供の親も纏めて。

 

「……俺はそんなつもりじゃ……」

 

 言い訳だ。目の前にストライクがいた。遠くでは自分を狙うバスターもいた。それでもなお、イザークはシャトルを撃墜することを優先した。虐殺の意思が明確にあった証拠であると言われれば反論できない。もちろん、イザークはそれを『軍人が脱出しようとしている』と認識していた。だが冷静に考えると戦闘の意思がある敵が目の前にいるときにすることではないし……デュエルの優秀な光学カメラには、シャトルの窓に映る子供の姿がはっきり映っていたのだ。イザークは頭に血が上っていてそんなことをまるで認識できていなかった。見えていなかった。

 だから、刑が確定した。

 

「――償いか」

 

 だが、イザークは刑を受けることでその罪は償えると……ある意味では気が楽になった。

 

「……母上」

 

 ただ、母に迷惑をかけることだけは、申し訳なかった。イザークは天井を見上げる。刑を受ける前には会えるだろうか。一言、謝りたかった。

 

 ……しかし、受けるはずだった刑罰はうやむやになり、帳消しとなった。新たに議長に就任したギルバート・デュランダルがこう議会で演説したのだ。

 

「我々大人たちが始め、続けた戦争で、彼らは傷ついたのです。大人の命令で人を殺した彼らを、今度は大人の都合で死なせることが正しいことなのでしょうか? 彼らには生きて償いをする機会が与えられるべきだと、思いませんか?」

 

 プラント最高評議会には子供を戦地に送って、イザークと同じように銃殺刑を受けた人間も何人かいた。そういう大人たちにとってデュランダルの言葉は非常に都合がよかった。だから、あっさりと刑罰をひっくり返し、プラント最高評議会は先の大戦での戦争犯罪者の刑罰の執行を実行しないことを発表した。

 

 ――これにイラついたのは地球連合である。

 

 地球連合の最高幹部会議にて、アズラエルはコツコツと指で机を何度も叩きながら軍人たちの会議にオブザーバーとして参加していた。

 

「みなさん……あれがプラントのやり方ですよ」

 

 アズラエルが苛立ちを隠しもせずに言う。

 

「別に首脳陣全員処刑しろなんて言ったんじゃない。戦争犯罪者を裁け、と言っただけです。彼らはそれすら拒絶した。コーディネーターの彼らにとって、我々ナチュラルはどれだけ殺そうと、どんな理由で誰を殺そうと問題ない行為のようですねぇ」

 

 アズラエルは心底キレそうだった。こっちだって連合兵士の実態を調べて銃殺刑に処するという判決は出したのだ。――もっともいつ執行するかまでは条約に定められていないので、うやむやにする気満々ではあった。だがこうやって堂々と開き直られると怒りの前に呆れの気持ちすら湧いてくる。

 

「向こうは10歳の子供を一方的に撃ち殺すような人間すら堂々とザフトに復帰させるらしいですよ。これがはたして軍隊と言えるのでしょうかねぇ」

 

 アズラエルが事実を言うと、それだけで将校の何人かは危機感を抱いた。ここまでの地位になった人間で妻子のいない人間などいない。アズラエルだってこんなことを言われれば、『子供が殺される前にプラントに核撃ち込んで安全を確保しなければ』と思う。……まぁ、周りの将校たちはそこまで思ってはいないだろうが、向こうがならず者軍隊であるという認識は共有できたように思う。

 

「――ですのでね、こっちも備えなければ。わかるでしょう? たくさんあるんですよ、アイデア。実現するだけの金は私と私の友人が出します。物凄い額ですよ? あとは承認だけ――わかるでしょう?」

 

 そう時を置かず、地球連合軍は秘密裏に様々な兵器の開発に着手することになった。核動力を使う機体に、ミラージュコロイドを使う機体。そして両方を使う機体など。

 アズラエルは暗躍する。すべては、プラントの化け物共を皆殺しにするために。

 

―― 

 

 ミーシャがクラスに入ってしばらく。ミーシャは軍需産業の家系……つまり、アズラエルに家業が近いグループを中心に交流していた。ミーシャ自身軍の装備には詳しいし、そっちにも興味はある。たまに軍事オタクの男友達と激論を交わすこともある。つまり、ミーシャは事前に危惧していたように排斥されることもなく、ごく普通の学生生活を送っていた。つまり彼女は真の意味で戦士の才能があったと言える。

 ――山のように人を殺してそれでも戦場から離れれば普通に振舞い、日常生活を送れるという才能が。

 

「ミーシャは好きな人、いるの?」

「んー、いないかな」

 

 友達のアイリに聞かれ、ミーシャは即座に首を振った。アイリの周りにはミーシャの他にリリス、フロンという友達もいる。女子と言えば恋バナ、という風にいきなり話を振られるが、ミーシャの返答はそっけなかった。

 

「隠さなくてもいいじゃないですか。この数か月本当に気になる人いませんの?」

 

 友人相手でも丁寧語を崩さないのは、リリスというクラスメイトだ。彼女はショートの金髪と深い碧い目の色が可愛らしい。

 

「別に……。アークエンジェルにいたときはそういうのあったけど、もう恋愛はしばらくいいかな」

「あったの? イケメン?」

 

 即座に相手の顔を聞いてきたのは茶髪に黒い瞳をした活発そうな少女、フロンだ。ズケズケとモノを言う性格で、たまにイラっとすることもあるが優しい少女である。あと面食い。

 

「まぁね……」

「ちょっとまって。アークエンジェルってあの……3隻同盟の? 実態は海賊同然だったらしいけど」

「最初は海賊艦じゃなかったの。普通に大西洋連邦所属艦。そん時一緒に戦ってたキラって人。……まあ、ジェネシスに巻き込まれて死んだんじゃないかな。近くだったし」

「……お相手の年齢はいくつなのです?」

「さあ……16歳とかかな」

「16! ずいぶん年上ですね。好きだと思ったきっかけは何です?」

「フレイ……死んだ戦友なんだけど、その人とヤッてる時に出くわしてね。一緒にベッドに連れ込まれてずるずると」

「――」

 

 その場にいる全員が絶句する。さらっと戦争で死んだ人の名前を出されたこともそうだが、何よりいきなりベッドシーンから入られたのだ。まだまだ初心な彼女たちには些か刺激が強すぎた。

 ……だが、そろそろそういうのにも興味が出るお年頃。罪悪感を感じながらも話を止めたりはしない。

 

「そのフレイという人を押しのけたの?」

「ううん。一緒に」

「一緒に!? す、すごいね」

「……虐待ではありませんの?」

 

 ミーシャの顔が曇る。そう言われるのはわかっていた。だがそれだけはどうしても否定したかった。

 

「そう言われるのはわかってるけどさ。そんなんじゃないんだよ。キラとフレイに救われたの。だって明日生きてるかすらわかんなかったし……まだ人殺すの辛い時期だったから。癒しがほしかったの」

「……そ、そうなんですか」

「ん。ま、今誘われても断るけどね」

「当然! もし近づいてきたら蹴ってやる!」

 

 アイリが息巻く。そんな彼女に、ミーシャは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「ありがとう。……あ、そうだ、もっと突っ込んだこと聞きたかったら今日うちに来ない?」

「いいんですか? 急な来訪は家族に……すみません」

 

 リリスが失言したという風に頭を下げる。だが、ミーシャは気にしていなかった。

 

「いいよ、別に。パパもママも死んじゃって、親戚もほとんどいないし」

 

 正確には、関わりを絶った。うじゃうじゃと遺産目当てにやってきた有象無象をアズラエルの手も借りて徹底的に排除したのだ。優しそうな顔をして遺産を掠め取ろうとする親族を相手に戦うのは戦場で敵を殺すよりやりにくかった。

 

「そういうことなら……」

「今日は女子会! やった!」

「ありがとうございます、ミーシャ」

「気にしないでね」

 

 ミーシャは笑う。幸せだ。楽しくて穏やかで平和な日々。こういう日々の為に戦ってきたのだ。たまに、罪悪感が胸によぎる。だが、無理にこの幸せを振りほどこうというほど罪の意識があるわけでもなかった。

 

 ――ふと、男子の会話が耳に入る。

 

「なぁ、ザフトが戦争犯罪人の処刑を取りやめたってニュースほんとかよ?」

「――は?」

「ちょ、ちょっとミーシャ?」

 

 ミーシャは立ち上がってその男子に近づく。彼らは軍事オタクなグループで、やれどのモビルスーツが強いだの、やれどの戦艦の性能がどうの、ミーシャからしてみればくだらない話を延々しているような人たちだった。ミーシャの回答はいつだって一つ。私のフリーダムと、ナタルさんのドミニオンが一番強い。

 彼らはその趣味が高じて、軍事ニュースのアンテナは同年代からしてみれば高い方だ。

 

「ど、どうしたの、バレンタインさん」

「処刑なしって聞いたんだけど」

「そ、そうだよ。新しく議長に就いたギルバート・デュランダルって人が取りやめたって今ニュース速報で……」

「は!? ユニウス条約で戦争犯罪者は各々裁くって話だったじゃん!」

「う、うん」

 

 ミーシャの信じられないほど鬼気迫る剣幕に、普段は強気に議論を吹っ掛ける男子たちも恐々としている。こうして声を荒げる姿をクラスメイトは初めて目にした。

 

「全員!?」

「一人も実施しないってニュースで」

「……イザーク・ジュールが死なない!? うそでしょ!?」

 

 知らない人の名前を出されて、ミーシャの話を聞いていた全員が困惑する。

 

「その人、誰?」

「私の友達、ルミナを殺したヤツ! 非武装の避難船を撃ち落とした、卑怯者の、腰抜け野郎! 他には!? パナマで無抵抗の兵士を殺した奴とか山ほどいたはず!」

「い、いや、名簿までは……」

 

 ミーシャは舌打ちすると、どこかへ電話をかけ始める。ほどなく相手が出る。忙しいだろうに、彼……アズラエルは快く電話に出た。

 

「もしもし。ミーシャ。どうしました?」

「今大丈夫? ギルバート・デュランダルっていうクソ野郎はなんで処刑を取りやめたの」

「ああ……その件ですか。お友達から聞いたんですかね?」

「うん。軍オタの友達が教えてくれた」

「なるほど。どうもこうもニュースの通りです」

「条約で決まったことを反故にするなんて! これが国のすることなの!? 蛮族のままじゃん!」

「裁いた結果無罪放免。それが向こうの言い分ですよ。テロってきます? 船は用意しますが」

 

 ミーシャは思わずうなずきそうになる。だが、なんとか、ぎりっぎりで断ることができた。

 

「テロする気はないけど暗殺する気はあるよ。イザークを殺す」

 

 ミーシャの嘘偽りない本音に、すぐそばでそれを聞いていた男子は縮みあがる。

 

「残念ですが彼を殺すのは無理ですね。母親がプラント最高評議会議員なので、プラントの奥にほとぼりが冷めるまで引っ込んでますよ」

「クソッ! ヤキンで殺しとくんだった! ……クルーゼ! あいつがあそこで邪魔してなきゃ殺れたのに! パパの仇は取れたのに……!」

「ちなみに聞きますけど、お友達とご一緒ですか?」

「それが?」

「流石にちょっと過激な発言が多いので気を付けてくださいね」

 

 ミーシャはアズラエルにそう忠告されてハッと周りを見る。目の前の男子は怯えているし、ミーシャの友達も心配そうに見ている。バツが悪そうな顔になると、ミーシャは静かな声で言う。

 

「……アズラエルさんに過激発言を窘められるとは思わなかった。でもありがとう。お仕事中ごめん」

「いえいえ。……仇討ちの件は本当に残念です」

「ありがとう」

 

 ミーシャは電話を切ると、周りを見る。静まり返った周囲に気まずい思いをしながら、ミーシャは男子に向き直る。

 

「怒鳴ってごめん。殺された友達の仇がのうのうと生きてるって思うと、気が立っちゃって」

「お、おう、き、気にすんなよ。……でもそうだよな。戦争犯罪者ってことは被害者がいるんだよな……」

「そうだよ。だからザフトが何言ってきても、信じちゃだめだからね。あいつら女の捕虜だって『隊長の女』じゃなきゃ手を出すようなクズしかいないから」

 

 ミーシャはそう言って友達のそばに戻る。

 

「……ミーシャ、大丈夫?」

「うん、ちょっと取り乱しちゃっただけ。……とにかく、お泊りの件ね、みんなの親御さんには私からも連絡しとくね。たくさんお菓子用意して待ってるから」

「うん。よろしくね」

 

 友人たちと遊ぶ約束。泊りがけでおしゃべり。

 ……戦争中は、またこんな時間が過ごせるなんて少しも思っていなかった。本当に……生き残ってよかった。

 

 ――

 

 バレンタイン家はワシントンDCの郊外に、かなり大きな邸宅を保有している。学校が終わってしばらく、親の車に乗って――もちろん運転は三人の親である――ミーシャの家にやってきた。挨拶もそこそこにミーシャは友達三人を連れて自室に入った。

 

 ミーシャの部屋はそこそこの広さである。18平米ほどの大きな部屋には子供の夢や欲望がたくさん詰まっていた。大きなテレビにゆったりとしたソファが部屋の中央にデン、と置かれている。背が低いテーブルの上にはジュースやらお菓子やらが山のように置かれていて、ゲームのコントローラーもおかれている。壁の一面がまるまる本棚になっており、そこには様々なジャンルの小説、漫画がぎっちりと詰まっている。楽しいことをたくさん詰め込んだ夢のような部屋に、ミーシャの友人たちは嬉しそうな顔をする。

 

「ようこそ! さ、たくさん遊ぼうね!」

 

 ミーシャは楽しそうに宣言した。

 それから四人はこの世界には何の苦しみも辛いこともないのだと言うかのように遊びまくった。ゲームをして騒ぎ、テレビを見て騒ぎ、映画を見て騒ぐ。ダイニングで食事を取るときも姦しくおしゃべりして、本当に楽しい時間を過ごした。

 そして夜が来て、ミーシャ達は彼女の寝室でキングサイズの天蓋付きのベッドに横になりながら話をしていた。

 

「……ねえ、ミーシャって前の学校の友達とは連絡とってるの?」

 

 アイリが聞くと、ミーシャは首を振る。今ヘリオポリスにいた友達がどこにいるのかミーシャは知らないし、知る気もなかった。

 

「ううん。……取る気もないかな」

「どうしてですか? だって、ミーシャのお友達だってヘリオポリスで別れてからずっと会えなかったら、心配しているのでは?」

「ん……。だってさ、ヘリオポリスってオーブのコロニーじゃん。もちろんヘリオポリスが崩壊した後オーブに戻った人が大抵でさ」

「あー、国が違うからか」

 

 ミーシャは曖昧にうなずいた。それだけではないのだ。そんな事情なら少し伝手を使えばきっと連絡を取ることぐらいならできる。だが、ミーシャはあえてしなかった。

 

「だって、オーブ攻めた時友達とか……友達の親とか殺してるかと思うとさ、どの面下げてって思うじゃん」

 

 はあ、とミーシャはため息をついてゴロンとベッドに寝転がって仰向けになる。キングサイズと言えど、四人で寝転がると少し手狭である。だが、人のぬくもりが近くにあると、ミーシャは心が安らぐ。安心する。

 

「……みんなも、ザフトは危ない奴らだから気を付けてね。ルミナのいる避難船をそうとわかって撃ち落とすゴミ共だからね」

「ねえ、ミーシャってブルーコスモスなの?」

 

 フロンが聞いた。リリスとアイリはそれ聞くの? みたいな顔をした。だがミーシャは少し考えてから頷く。

 

「多分……そうなるのかな。別に会合とかに参加したことないけど……パパがそうだったから」

「ミーシャ、別に亡くなったお父様がそうだったとしても、ミーシャまでそんなことを信じる必要はないのですよ?」

 

 リリスがミーシャに気遣うように言った。ことザフトになると過激な発言が目立つミーシャは確かに『それっぽい』が、別にミーシャはクラスのコーディネーターに攻撃的というわけでも差別をしているわけでもない。

 

「別に頭から思想キメてるわけじゃないよ。なる気もない。……ブルーコスモスの過激派って何してるか知ってる?」

「……詳しくは知らないけど……」

「命令されたわけでもないのに勝手にプラントに向けて核ミサイル撃ちこんだんだよね」

 

 ミーシャの言葉に三人はドン引きする。核ミサイル? プラントに? 血のバレンタインをもう一度起こしたいのだろうか?

 

「それは……」

「その人たち核ミサイル撃った数分後にはジェネシスで死んだけど、生き残ってても銃殺刑だろうなぁ。そんなふうには流石になりたくない」

 

 アイリは表情を曇らせる。何せミーシャの昔話で出てくるのは死んでいる人ばかりなのだ。誰誰と仲良くなって……死んだ。誰と関係を持って……死んだ。会った人、話した人。全員死んでるんじゃないかと思うほどミーシャの回想には死者が多い。

 

「ねえ、ミーシャ。生きてる人の話ないの?」

「あるよー。屋敷でみんなに配膳した使用人いたでしょ?」

「あの緑の髪と……赤っぽい髪の人? なんか顔色悪そうだった人だよね」

 

 フロンが思い出すと、ミーシャは頷く。

 

「あれ、同じ艦に乗ってた部下なんだ」

「えー!? あの人たち軍人だったの!? 全然見えない!」

「まぁ……それっぽくは見えないよね」

 

 ミーシャはほほ笑む。

 

「あの人たちがどんな部隊で働いてたかは機密だけど、あんまりロクな扱いされてなくてね、戦後軍を辞めるときに働き口がなさそうだったからウチで雇ったの」

「へー。……ミーシャはどっちが好みなの?」

 

 フロンの言葉に、ミーシャは苦笑する。

 

「だから、そういうんじゃないって。キラよりいい男じゃなかったし……。流石に部下と上官で関係持つのはヤバすぎる……」

「10歳と16歳もヤバすぎると思います……」

 

 リリスの突っ込みに、それもそうだね、と返す。

 

「他にも生きてる人だと……ああ、カガリが生きてたか」

「カガリって……オーブの首長さん?」

 

 頷く。

 

「へー……でもどんな縁で知り合ったの?」

「ちょっと縁があってアークエンジェルに一時期乗ってたんだよね。あとそれからジェネシスで自爆しようとしたときになんだかんだで助けてもらった」

「――自爆!?」

 

 ミーシャは驚く友達に、笑いながら頷く。

 

「そ。実はジェネシスって滅茶苦茶硬くておっきいから核ミサイルでもないと壊せそうになかったの。で、核はキラ達がみんな撃ち落としちゃったから――」

 

 夜は更けていく。それからも色んな話をして、ミーシャは自然と、いつの間にか眠りについていた。……幸せな日々だ。血に汚れた自分が送るにはあまりに分不相応にも思える。

 

 だから。ミーシャは決意した。

 

 ――だから、みんなを守るためなら、なんでもできる。どんな敵も殺せるし、どんな人だって撃てる。三人が平穏無事に過ごすためならきっと……。

 

 きっと、本当になんでもできるだろう。

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