【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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いつも応援感想ありがとうございます。たくさん感想あって返すのが少し遅れています、申し訳ありません。
戦後編最終回です。


捨て去る平穏

 ある日の週末。ミーシャは教導隊基地司令に呼び出されていた。司令室に入室すると、戦争中より遥かに様になった様子で敬礼する。

 

「バレンタイン少佐、呼び出しに応じ参りました」

「ご苦労。かけてくれ」

「了解。失礼します」

 

 ミーシャが用意されたパイプ椅子に座ると、基地司令は自分の席に着いた。豪勢な机を挟んで、ミーシャは司令にじっと見られる。まるで面接を受けているようだ。

 

「君に新しい部下が配属されるだろう」

「私に? 臨時教官の任は私だけで回っていますが」

「そちらではない。君の本業の方だ」

「ああ……。確かに、三人の補充はまだでしたね」

 

 ドミニオンは現在、再建中の月基地でミーシャではない別のモビルスーツ隊を擁して警戒任務に当たっている。ミーシャの教えた新人と共に日がな一日宙域を飛ぶ暇な仕事だとナタルは言っていた。

 

「その通り。複数の小隊規模の人員を配属予定だ」

「複数……?」

「君の階級でその部下の少なさはあり得ないと言ってもいいんだぞ? ……そして、君に転属の誘いが来ている」

「……誘い? 決定では無くですか?」

 

 ミーシャの疑問に司令は頷いた。

 

「普通、転属する場合はよほどのことがなければ事前に意思を確認するものだよ。まぁ、隊員の方もよほどのことがなければ断らないのだが」

「……それで、どのような転属ですか?」

 

 その前に、と司令は前置きした。

 

「君はその年齢を考慮し、特例として学校に通うことが許可されている。現在機密情報の漏洩がないことから、上も私も君のことは信用している。だが、これから先はたとえ親しい人間相手でも話すことは許されない」

「了解」

 

 しっかりと頷いたミーシャに対し、司令は暗い表情をしながら続きを話す。

 

「なお、この話は君に断る権利がある。断ったとしても、君の進退、待遇には影響がないことも明言しておく」

「……?」

 

 強い宣言でミーシャを守るような言葉に、彼女は不思議そうに首をかしげる。

 

「君は、第81独立機動群という部隊を知っているかね」

「いえ。無学なもので」

「知らないならばよい。この部隊はファントムペインと言われ……活動内容は一切公開されない」

「はあ……」

「その実態は非正規活動をする部隊だ。裏工作、誘拐、非戦闘員の虐殺……軍の闇を担う部隊なのだ。噂を上げればキリがない。そして活動母体となっているのはブルーコスモスだ」

「つまりお話というのは、その部隊への転属ですか?」

「ああ。君には第81独立機動群への転属が予定されている。母艦を一つ、小隊3つの予定だ。また、その他にも柔軟に艦やMS、人員を融通する権限が与えられるだろう」

 

 ミーシャは顔を曇らせて、拳を握る。非正規活動。かっこいいなとちょっと思ってしまう自分が嫌だった。少し平和に浸りすぎたかもしれない。……もしくは、彼女が成長過程にあることから、闇とか後ろ暗いこととかをつい好ましく思ってしまう思春期特有の何某かのせいかもしれなかった。

 

「部下というのは……」

「ファントムペインとしての部下だ。書類上は存在しない人間、すでに死んだことになっている人間……そんなのばかりだよ。もちろん君のように正規兵もたくさんいる。だが前線に出るモビルスーツ隊でちゃんとした籍があるのは君だけだ」

「……もし、その話を受けた場合、学校はどうなりますか」

「秘密部隊と学校への両立は……不可能だ。今のように正規部隊にいる限り、君への特別措置は維持される。しかしファントムペインに転属してしまえば……」

 

 まるで引き留めるかのような司令の言葉に、ミーシャは思い悩む。

 

「……受ければ、ザフトを殺せますか」

 

 ミーシャの言葉に、司令は傷ついたような表情をする。殺せるかと聞いたのだ。学校に通い、パイロット候補生と笑い合うような子供が、最初に聞いたのが敵を殺せるか否かだ。この世の闇を垣間見た気分になった。

 

「ああ。だが、もしかしたら同じナチュラルを殺すことになるかもしれない。ザフトではないコーディネーターを殺すことになるかもしれない」

「……でも、ザフトは殺せる。そうですよね」

「――友人は大事ではないのかね。彼らに顔向けできなくなるような凄惨なことを君自身が生み出すことになる。君はご両親が亡くなっていただろう? 親友もだ。その絶望を、恐怖を、振り撒く側に回るのだぞ」

「大事です。そうなるかもっていうのはわかってます。」

 

 でも、とミーシャは続ける。

 

「でも、ザフトは全然負けたつもりはないと思います。じゃなきゃ戦争犯罪者みんな無罪放免なんてことあり得ないと思います」

「それは……そうかもしれんが」

「また隠れてジェネシスなんて作って撃たれたら……友達がみんな死ぬ。司令、ご存じですか? ジェネシスで撃たれると人は内側から破裂するんですよ。……人の死に方じゃない」

 

 ミーシャは幸いそれを直接見ることはなかった。だが、宙域に浮かんでいる残骸を回収したときのデータは見たことがある。あまりに残酷な死に方に、ミーシャは気分が悪くなった。

 ……そんな死に方を友達がするかもしれない。我慢できることではなかった。

 

「だが、君は今満ち足りている。そうだろう? それを捨ててまで奉仕しろとは私は言わない。誰が文句を言っても私が言わせない。ここは断って……」

「行きます」

 

 ミーシャは昏い目をして言った。

 光を知った。友達ができた。彼らの善性はミーシャの心を癒し、安らぎとなった。

 だからこそ、ミーシャは戦わねばと思っていた。使命感に燃えていた。

 殺せるだけ殺さないといけない。ザフトを殺して、二度と地球を撃とうとする気をなくさないといけないと、そう思っていた。――どうせ、自分は人殺しなんだから。

 

 ……一度手にした平穏と幸せを手放すのは惜しい。本当に嫌だ。でも、ここで躊躇ってある日突然友達と一緒に血霧になる……そんな終わりは絶対に嫌だった。

 

「――本気かね」

「本気です。私は戦う。今の今までこの服を脱がなかったのは、戦うためです」

「……そうか。そこまで言うなら、私から言う事はない。――今までありがとう、バレンタイン少佐。……いや、大佐」

「え?」

「この話を受けた時点で君は大佐に昇進が決定している。正式な転属は来年9月。それまで引き続き現行任務を続けるように」

「ハッ!」

 

 ミーシャは立ち上がると敬礼をする。司令も同じように敬礼を返すと、ぽつりと言った。

 

「……まさか、君のような子供に階級が並ばれるとはな。たとえどのような悪行をすることになっても、生き残ってほしい」

「はい。もとよりそのつもりです。死ぬ気はありません」

 

 ミーシャはそう言って、司令室を辞した。

 

――

 

「え……ミーシャ、別のミドルスクールに進むの?」

「うん。ちょっと事情があってね」

 

 コズミック・イラ73年、夏ももうすぐ見えるころ。ミーシャは友人たちと進路について話していた。もう心は決めていた。気の知れた友人たちとずっと学生をやってもよかったのかもしれない。いや、ファントムペインの話がなければ、ずっと教導隊で新兵相手にモビルスーツ戦闘について教えていただろう。

 だが、話は来てしまった。来たのなら、これは運命だと思おう。運命が戦えと言っているのだろう。……闇の特殊部隊については調べてみた。気分の悪くなるような話が出るわ出るわ枚挙にいとまがなかった。ブーステッドマンとエクステンデットのメイン運用先と言えばその悪辣さ、残酷さは伺えるだろう。

 

 ――でも戦える。友達の平穏を、友達の平和な世界を守るためになら、誰の血にでも汚れてみせる。それに。どうせ、もう汚れてる。どうせもうきれいな体でもない。それなら……闇の中から、光輝く煌めく世界を守ろう。

 

「だから……連絡も取れなくなるかも。でも……心配しないでね」

「――もしかしてミーシャ……」

 

 ふと、リリスが何かに気付きそうになる。だが、ミーシャはゆるゆると首を振る。

 

「そんなんじゃないよ。だから、気にしないで」

「また戦場に行くのではないですか?」

「――まさか。私が好き好んで人殺ししに行く人でなしだと思う?」

 

 ミーシャがほほ笑みながら言うと、友人三人はゆっくりと首を振った。ミーシャは優しい。本当に戦場帰りなのかと思うほどだ。だからこそ、ミーシャの言葉を素直に信じられた。

 

「……大好きだよ、みんな。違うスクールに行っても、元気でね」

 

 ミーシャは三人にハグをすると、心からそう思う。

 

 ……みんなを守るためなら、なんでもできる。自分から好き好んで、強制されてるわけでもないのに非正規部隊で後ろ暗い任務に就く。

 ――だって、私は人殺しが大好きな、人でなしだから。

 

 ――

 

 アズラエルは苛立っていた。自分の執務机をペン先で何度もコツコツと叩きながら、いけ好かない相手に通信を続ける。

 

「で、魔弾の天使をこともあろうにファントムペインに転属させてお前は何をするつもりなんです? ジブリール。ことと次第によっては許しません」

 

 アズラエルの通信コンソールに表示されているのは飄々としている様子の青い髪の男。ロード・ジブリールだ。アズラエルも所属している巨大な資本組織『ロゴス』の主要幹部にしてブルーコスモスの主要メンバー。しかし、アズラエルより権限は少ない男だった。

 

「何をおっしゃっているのか理解しかねる。彼女はあくまでただの地球軍兵士です」

「頭の病院に通うことをお勧めしますよ。13歳で前の大戦の英雄……兵士たちの人気もありますし、ネームバリューは凄まじい。コマーシャルにも雑誌にも、メディアへの露出がある彼女が非正規部隊で破壊活動なんて、メディアにすっぱ抜かれでもしたらまた何十人と生贄が必要になりますよ」

「すればいいだろう。それに、ファントムペインのことは今までバレていなかったのだから、これからも大丈夫でしょう?」

 

 アズラエルはため息を吐く。この男はいけ好かない。あまりに軍を軽視しすぎる。自分の私兵であるかのように振舞うのは勝手だが、あまり屋台骨を揺るがすような真似はやめてほしいところだ。

 

「それに彼女はブルーコスモスです。同胞を使い捨てるような真似はするべきではない」

「エクステンデット……今は多少薬物強化と催眠暗示した程度の兵士だが、かつてはそれはもう凄まじい処置をしていたのでしょう? あなたに言われる筋合いはないですな」

 

 アズラエルはこめかみに青筋を浮かべる。小物のくせに賢しらに物を言うのが苛立たしい。

 

「あなたは子供に暗殺だのなんなのさせるのをなんとも思わないのですか?」

「彼女はそれも覚悟の上でしょう? それに、彼女はもはや正規の手段で戦わせることはできない。正規の軍人として任務に就かせられるとしたら……5年はあとになります。コーディネーターとの戦乱の兆しがある今こそ、彼女の力が必要なのです」

 

 ジブリールの言葉はある意味で正しい。広告塔としてメディアに露出させ彼女の存在を民衆に受け入れさせる……その試みは概ね成功した。だが、その代償として正規の手段で戦わせるとなると彼女が義務教育を終えるまで待たねばならない。アズラエルはそれでも全然問題なかった。だが、それでは満足しない人間がロゴスには多い。通信相手のジブリールもその一人だ。そして何より厄介なのが、満足していない人間の中に……もう一人、重要な人間がいることだった。

 

「それに、彼女もそれを望んでいるようですが?」

「……」

 

 そうなのだ。何よりもミーシャが戦うことを選んだのだ。拒絶することも選べたはずだ。それでも彼女は戦いを望んだ。それが何より厄介だった。本人の意思を出されてしまえば、アズラエルとしても否定はしにくい。年齢が……なんて常識は、彼女を戦場に出したアズラエルに言えるわけがなく。

 

「……この責任は必ず取らせます」

 

 苦し紛れに、そんなことを言う事しかできなかった。

 

「それに……バレンタイン隊は私と彼女の意向を反映させます。これは決定事項です」

「……しかしだね」

「ロゴス及びファントムペインの運用資本にはバレンタイン家の資本もあることを忘れてはなりませんよ。我々ロゴスは金こそが神。――あなたとてそれを忘れたわけではないでしょう?」

 

 アズラエルが詰めるように言うと、ジブリールは苦々しい顔で頷いた。

 

「わかりましたよ。ですが、一月後の新型の奪取……これだけはやってもらいます」

「――まぁ、構いませんが。今後はこのような勝手な行動、避けていただかねば……子飼いのつもりの部隊に噛まれるかもしれませんよ?」

 

 暗にファントムペインを差し向ける可能性を示唆すると、ジブリールは顔を青くして叫んだ。

 

「わかっている! あのガキに言っておけ! 絶対に失敗するなとな!」

 

 ジブリールの言葉を最後に、通信が切れる。アズラエルはイラついたように言った。

 

「この程度の作戦、ミーシャが失敗するわけないでしょうが」

 

 ため息をつきながら、アズラエルは今後の調整をするために方々へ連絡を取ることになる。だが、最初にかける人間は決まっていた。

 

「はい、こちらバレンタイン」

「ミーシャ。私です。アズラエルです」

「あ、アズラエルさん。どうしたの?」

 

 ミーシャの元気そうな声が聞こえる。非正規部隊に配属されるとは思えないほど明るい声だ。

 

「転属の件聞きましたよ」

「なんのこと? 私これからも教導隊だよ」

 

 そういえばファントムペインは特に重要な機密であったことを思いだしたアズラエルはため息をついた。

 

「随分と誤魔化すのが上手になりましたね。ファントムペインは私もあなたも出資しています。人員の情報くらい簡単に得られます」

「……なんだ。知ってたんだ」

 

 声のトーンが落ちて、声色が暗くなる。さっきまでが演技だったのだとわかり、アズラエルは内心驚く。

 

「それにしても私、転属先に出資なんてしてたっけ?」

「地球軍特務部隊にかなり出していたでしょう? それですよ」

「ああ、あれ。そうなんだ」

「なので、あなたが想像している以上にあなたの好きにできますよ。――ただ、一つだけ聞いておきたいことが」

「何?」

 

 アズラエルは静かに、ミーシャの真意を探る。

 

「なぜ、平和を手放して銃を手に取るのですか? 学校に通い続けて、大人になってから戦争してもいいのですよ?」

「それじゃ遅いよ。まだザフトが生きてる」

「もう停戦条約は結びましたよ」

「戦争犯罪者を無罪放免するって、極力戦士を減らしたくないからでしょ? まだやる気だよ」

 

 ミーシャはきっと、ザフトが新型を作っていて、新型戦艦の進水式が来月にあるなどとは知らないだろう。知らないが、戦士としての嗅覚が、戦乱を嗅ぎ取っていたのだ。

 

「ある日突然またジェネシスみたいな破壊兵器が出てくるかもしれない。……ある日突然友達が街ごと焼かれるなんて、そんなの絶対ヤダ」

「……それは」

 

 あり得ないと言い切ることはできない。何せ地球軍はジェネシスの建造を最初から最後まで全く検知できなかったのだ。二回目がないなど誰が言える。

 

「私、友達みんなの平穏を守るためなら、どんな血に汚れても気にしない。嫌だけど、虐殺もするし、拷問もする。……されるのも、我慢する」

「ミーシャ、あなたは子供なのです。そうです、かのラクス・クラインのようにアイドルとして非戦を訴えて」

「そのラクス・クラインも戦場に出てきたよ。今の世の中、戦場で分からせないと、言う事聞いてくれないんだよ、アズラエルさん」

 

 あの、クソみたいなアイドルめ。何を考えて戦場に出てきたんだクソが。アズラエルは大声で現在もプラントでアイドルをしているラクスに怒鳴りつけてやりたかった。お前が戦場に出てきたせいで、ミーシャを説得することに失敗しただろうが。アズラエルにとってラクスは人殺しを命令したくせに何も知らない風を装って堂々とアイドルを続ける阿婆擦れだ。

 

「……あなたがそこまで言うなら仕方ありません。すべての命令にあなたの生存が前提であると但し書きを付けます。なので必ず生きてください。私はロゴス内での調整を続けます」

「戦場が違っても、私たちは戦友だよ」

 

 ミーシャの言葉が、アズラエルの胸に響く。自分は見送るしかできない。コーディネーターを殲滅してくれるというのに、嬉しがってもいいはずなのに。

 

「ええ、そうですね。本当に死なないでくださいね。バレンタイン家が今潰れるのは非常に困ります」

「了解。じゃ、また生きてたら連絡する」

「いつでもかけてきてください。理不尽な命令とか、嫌な命令されたときはすぐにお願いします」

「……心強いよ、アズラエルさん」

 

 

 ミーシャはそう言って通信を切った。アズラエルはため息を吐くと背もたれに体を預けて天井を見上げる。

 

「クソっ!」

 

 アズラエルは何に対する悪態なのかわからないまま、次の連絡先へと通信を繋ぐ。

 せめて、ミーシャが無駄に命を散らすことがないように。

 

 ――一月後。月基地の中でも通常の人間は全く知らない区画に存在する宇宙港に、その戦艦はあった。深いブルーのカラーリングが特徴の宇宙専用戦艦、ガーティ・ルーである。ミーシャは昇降口から乗り込むと、通路を通ってブリッジに付いた。ミーシャが入室すると、その場の全員が一瞬不思議そうな顔になって……それから、慌てて起立して敬礼した。

 

「総員! 敬礼!」

 

 艦長のイアン・リーが鋭く号令すると、ブリッジクルーが素早く敬礼する。ミーシャも同じように答礼する。

 

「休め。仕事に戻って」

「総員作業継続!」

「了解!」

 

 再び号令により、クルーたちは自分たちの作業に戻る。

 

「よろしく。私はミーシャ・バレンタイン大佐。この船の総責任者よ」

「はっ! 自分はイアン・リー少佐であります! 魔弾の天使様におかれましては――」

「お世辞はいいよ。これからはおんなじ非正規部隊の仲間でしょ? いちいち二つ名で呼ばれるの堅苦しいし、普通に呼んでよ」

「了解です、バレンタイン大佐」

 

 ん、とミーシャは頷く。

 

「モビルスーツ隊は今どこにいるの?」

「はっ! 小隊毎に休憩室に集合を命じております! 隊長室に向かわせますか?」

「わかった。んー、私の方から行く、私顔合わせに行くから、何かあったら連絡してね。それまで作業継続して」

「了解です!」

 

 ミーシャは敬礼で答えるイアンに答礼すると、ブリッジから出る。

 一人きりになったところで、ミーシャはため息を吐く。

 

「なんか、無駄に偉くなっちゃったなぁ」

 

 この船で一番階級が高いのが大佐で、その次が少佐だ。つまり、ミーシャの意思が全てを決めると言って過言ではない。アークエンジェル時代ともドミニオン時代とも違う重圧に挫けそうになる。だが、やるしかないのだ。言われた通り、第一休憩室に近づくと、部屋の前に一人の仮面を被った男が立っていた。

 

「……ネオ・ロアノーク少佐ね」

 

 胡乱げな視線を、ネオと呼ばれる男に向ける。ミーシャは事前にネオのプロフィールを読んでいた。公的なものから……本来なら隊長に知らせられるはずのない情報まで。

 

「はっ! バレンタイン大佐の到着をお待ちしておりました!」

 

 そう叫ぶ彼の声は非常に聞き覚えがある。アークエンジェルでよく聞いていた声だ。

 

「……で、記憶が消される前ギリギリで助かった感想は?」

「――嬢ちゃんが偉いさんと知り合いで本当に助かったよ」

 

 ポロリと、ネオが漏らした。……ネオ・ロアノーク。本名ムウ・ラ・フラガ。アークエンジェルを庇って爆散して死んだ……と、思われていたのだが。戦闘終了後の回収作業で生きているコクピットブロックが発見され、地球軍に回収されていたのだ。いくらエンデュミオンの鷹とはいえ、地球軍を裏切った人間だ。本来なら記憶処理やらなにやら表には出せないようなことを散々されたあと使い潰されるように過酷な非正規任務に次から次へと投入される――予定だったのがミーシャの一声で全部取りやめになったのだ。元々ファントムペインはブルーコスモスの私兵という側面が強い。ブルーコスモスのアズラエルの意見と、出資者であるミーシャが言えば通らないことなどほとんどない。その結果、ムウは名前を変え、マスクを付けるだけで済んだのだ。

 ただ、もうムウはムウという名前を名乗れない。その男は前大戦で死んだのだ。

 

「次裏切ったら本当に許さないからね。……それで、他の子の訓練はどう?」

「十分だな。もう整列させて挨拶させるぞ?」

「うん、いいよ。……口調は気を付けてね」

 

 かつて、アークエンジェルで好き勝手言っていた自分がこんなこと言うなんて。なんとも言えない気持ちになっていると、ムウ……ネオがぴしりと敬礼した。

 

「了解です」

 

 ネオは休憩室に入ってしばらくすると、扉の向こうから「どうぞ!」と大きな声が聞こえた。部屋に入ると同時、ネオが号令を出した。

 

「敬礼!」

 

 ミーシャが四人の前に立つと、ネオに対して答礼する。

 

「直れ! ロアノーク少佐以下4名は、10月1日付けでバレンタイン隊に配属されました! 敬礼!」

「直れ。休め」

「休め!」

 

 アークエンジェルでは一度もしたことがない軍隊としての着任式。ミーシャはつつがなくこなす。もう、何も知らない小さな女の子ではないのだ。

 

「本日より、私、バレンタイン大佐が諸君らの指揮を執る。我々バレンタイン隊は非正規部隊として秘匿された任務を熟していく。任務の内容は多岐に渡る。その全てが後ろ暗いものだろう。……だから、せめて楽しもうね。どんなことするかは私もわかんないけど。まぁ、私達ならできるって信じてる。以上」

「敬礼!」

 

 ミーシャはネオの号令に合わせてぴしりと敬礼した4人に答礼する。直れの号令で再び気を付けの姿勢に戻った4人に対し、ミーシャは号令する。

 

「らくに休め。……じゃ、自己紹介からやっていこうか。私はミーシャ・バレンタイン。階級は大佐。前の大戦じゃ海賊になる前のアークエンジェルでバスターに乗ってて……そのあとはドミニオンで戦ってたかな。つい最近まで学生やってたよ」

 

 はい君、とミーシャは緑色の髪をした背の高い男を指さす。

 

「……自分はスティング・オークレー少尉。まぁ、こいつらとは研究所以来の仲で……。なあ、隊長。お礼、言わせてほしい」

「ん?」

 

 ミーシャは初対面の相手にお礼を言われる覚えはないため、不思議そうな顔をする。スティングは深くお辞儀をすると、ミーシャにお礼を言う。

 

「隊長のおかげで、俺たちはまともな扱いをされるようになった。……ブロックワードも、なくなったしな」

「あんなので人を制御しようなんて馬鹿の極みよ。世間話もできやしない」

 

 ブロックワード。本来エクステンデットに施されるはずだった制御用の単語――という触れ込みなのだが、それを聞かされると恐慌状態に陥って完全に錯乱してしまうのだ。しかも何を考えたのかステラという少女に至っては『死』がブロックワードである。それを聞いたミーシャは怒るを通り越して呆れ返った。他の二人も『夢』に『母』……。世間話でミーシャが「今日ね、よく眠れなくてさ。眠れたと思ったらお母さんが死ぬ夢を見て……」と言った瞬間に部下3人が錯乱するのだ。何を考えてそんなもの設定したのか問い詰めたい気分である。オトボケお笑い部隊にする気か。

 

「まともな扱いかはね……。こうして非正規部隊だし」

「だが、隊長なら俺たちを無下にはしない。そう信じられるだけで俺は戦える」

「ん。ありがとう。次」

 

 ミーシャはスティングの隣にいる青い髪の少年に自己紹介を促す。

 

「僕はアウル・ニーダ。趣味は……まぁバスケとかスポーツ好きです。あ、あとモビルスーツで早く暴れたいでーす。悪いことするのにも興味あります! 適正あるっしょ?」

「ん、了解。人殺し志望ってことね。この仕事ぴったりだと思うよ。じゃあ次」

 

 ミーシャは金髪の少女を見つめる。

 

「私はステラ・ルーシェ……です。隊長とは仲良くしたい、です」

「私もよ。おんなじ女の子同士、仲良くしようね。……はい、じゃあ今日は明日に備えて休んで。いきなり実戦だけど頑張ってね」

「了解!」

 

 解散、とミーシャは命じてネオを伴って部屋を出た。

 

「さ、まだいくつか小隊があるからそっちの方にも挨拶しに行こうかな」

「お供します、隊長」

 

 ネオがまさしく部下のように丁寧語を話す様子が、つい可笑しく感じてしまう。

 

「ムウ……ネオが私に丁寧語使うなんてね」

「俺も驚いてるよ……。だが、けじめはつけないとな」

「……そういえば、アークエンジェルはいいの?」

 

 ミーシャが聞くと、ネオは首を振った。よくはない。だがどこにいるのかわからないし……。今は、ミーシャを支えるという仕事がある。全力でミーシャを支え、サポートすることで、かつてアークエンジェルでミーシャに戦うことを押し付けた償いをするのだと決意していた。

 

「もう俺は死んだ男だ。ただ、後生だからもしアークエンジェルが戦場に出てきたとしても……俺に撃てなんて言わないでくれよ?」

 

 ミーシャは弱音を吐くようにして言うネオに、呆れたようにため息を吐く。

 

「私だってアークエンジェルやキラと戦うのはつらかったよ。でも命令だからやったの」

「……そりゃ、そうだよな。悪い」

「――でも、私できれば部下に同じ辛さを経験してほしくないの。かつての仲間を撃ち殺そうとするなんて、そんなのしないに越したことはないと思う。だから、もしそういう時が来たら、ネオは外してあげる」

 

 ミーシャの言葉に、ネオは深く感謝し、頭を下げた。

 

「……恩に着る」

「でも、落とした仲間を責めるようなことはしないでね。任務を果たした仲間には、たとえ辛くても『よくやった』って言ってあげてね」

「――ああ、もちろんだ」

 

 ネオの返答に、ミーシャは満足げに頷く。

 

「さあ、バレンタイン隊の初任務、頑張ろうね」

 

 ミーシャは笑う。新しい戦乱がやってくる。ザフトと戦う日々がやってくる。

 ――本当なら辛いことのはずなのに、ミーシャの表情は勝手に笑顔を作っていた。戦争の時間はもうすぐだ。表に出せないような悪いことして、それでも軍のために戦う特殊部隊。カッコよく頑張ろうじゃないか。




次回から運命編に突入です。正直探り探りでやっていきますが暖かい目で応援お願いします。
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