【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
オーブ近海の空中で、ミーシャはムラサメを駆ってフリーダムを追いかけていた。ミーシャの他にも複数のムラサメがフリーダムを追っている。
「フリーダム! 聞こえる!?」
アークエンジェル時代に使っていた周波数で呼びかけると、キラが答えた。
「ミーシャ!? なんで君が!? 君は地球軍のはずだ!」
「落ち着いて! 私に戦う気はないよ! ……カガリ攫ってくれてありがとう! お嫁さんってやっぱり幸せじゃないとね!」
「……ミーシャ……!」
キラは感極まったようにミーシャの名前を呼ぶ。軍規と命令を尊ぶミーシャからそんな言葉が聞けるとは思ってもいなかったのだ。
「それはそれとして、カガリってアスランのこと好きそうなんだけど……。キラとアスラン、カガリの取り合いにならない?」
キラからはほんの僅かに動揺するような雰囲気を感じ取る。しかし、すぐにキラから返答が返ってくる。
「大丈夫。僕とカガリは実の姉弟なんだ」
「え……? そうなの? へー……。あやうくヤバめの背徳になるところだったね。ロリに手を出すのとどっちがヤバいかな?」
ミーシャは楽しそうにキラと話す。久々に戦友と会えたことが嬉しくて仕方ないのだろう。
「ミーシャ……聞いてほしいことがあるんだ」
「何?」
「……僕とラクスは、いきなり暗殺されかかったんだ」
「暗殺? ……暗殺!? ってかラクス? ラクスと一緒に暮らしてるの!? っていう誰が暗殺を!?」
ミーシャは立て続けに伝えられる真実に驚愕することしかできない。ラクスとキラが一緒に……?
「ね、寝取られ……? いやっていうかラクスに彼氏……? の、脳が……!」
大好きだったアイドルと、元彼が付き合う。情緒がどうにかなりそうだった。
「君が何を言っているのかわからないよ……」
「……それで、何が目的だったの?」
「わからない。でも、暗殺部隊は新しい水中モビルスーツを使ってた」
「水中モビルスーツ……? そいつらからなんか聞けた?」
「いや、何も……」
「――そっか。それでフリーダムに乗ったんだね。戦ったんだ。……やるじゃん」
「え?」
キラは褒められるとは思っていなかったのか、ぽかんとした表情になった。
「大切な人のために戦ったんでしょ? 辛いのに、苦しいのにさ。私、そういうところ本当に尊敬するよ」
「……僕は……僕だって、君を尊敬してる」
キラは目を細める。ミーシャはここ最近連日ニュースで見ていた。フリーダムに乗って、人々を助け、テロリストを倒し……。自分にはできない方法で人を救う彼女に、羨望すら抱いた。同じ人殺しでも、彼女は人々に迎え入れられて、栄光を手にしている。戦うことに誇りを持って……。同じ戦うということなのに、なんでこうも違うのか。だが、ミーシャの笑顔が、明るい声が聞けるなら……きっと、彼女は満たされているのだろう。戦って、それを心から受け入れている。彼女は本当の意味できっと、戦いに向いているのだろう。自分と違って。
「……あと、それと。僕はラクスと付き合ってなんかないよ」
「え? 一緒に暮らしといて? あのラクスとだよ? 絶対我慢できないって。優越感ないの? あのラクスが……自分の腕の中にいて自分ので可愛く啼いているんだよ?」
「――僕と彼女はそういう関係じゃない! そんな気分にならないんだ」
「ご、ごめん。勘違いしてた」
ミーシャが謝ると、キラはむすっとした顔をする。
「……僕は君みたいに、上手くはできないんだ」
「上手くって……。そんなの適材適所でしょ? 私には友達を助けることはできなかった。キラだから、助けられたの。あ、でも、戦場には出てこないでね! またキラと殺し合うのは嫌だからね!」
「……僕だって嫌だ」
ミーシャはキラの返答に満足したのか、コクリと頷いた。オーブ領海外のところに、アークエンジェルが見える。
「キラ、そろそろこっち落として。殺さないでよ?」
「……ミーシャ……僕は……」
「流石に無傷はヤバいから。変形するからいつもの感じでよろしくね!」
ミーシャはキラを信じている。万が一にも殺されることはないという様子で、言った通りに変形した。
その無邪気な信頼が、キラには辛かった。一度は殺し合ったのに、なんでミーシャは自分を信用できるんだ。でもやるしかない。だってやらないとミーシャが疑われる。そう思いながら、キラはビームサーベルを抜き放ち、あらぬ方向へビームを撃つミーシャのムラサメの両腕と頭、そして両脚を切り刻んでバラバラにする。
「うわっ……! これ戦場でやってたの!? キラってエッグいね! 下手に殺されるより怖いよこれ!」
ミーシャは楽しそうにはしゃぐ。まるで絶叫マシンに乗った子供のようだ。段々とミーシャの通信コンソールにノイズが走っていく。キラは呆然とミーシャの言葉を反芻する。
――怖い?
「ミーシャ、怖いの……?」
「だってこれ制御全くできないし……カメラも死んでるし……キラにやられたんじゃなきゃ鹵獲する気かってなってめちゃくちゃ怖い! うわー、キラ、実はヤキンにいた連中全員憎んでたの?」
「ち、違う……僕はそんなつもりじゃ……」
ミーシャのノイズがひどくなる。ミーシャの言葉に悪意はない。どこまでも無邪気にキラに撃墜されるというアトラクションを楽しんでいた。
「カガリのことよろしくー! 同盟軍のお姫様だから丁重にね! またいつか戦場で肩並べようね! って言っといて!」
ミーシャは最後にそう言って通信が完全に途絶した。キラは自分を追ってきたミーシャ以外のムラサメも羽を切り落として墜落させる。
「……アークエンジェル、帰還します」
キラは沈痛な面持ちでアークエンジェルに帰還する。殺したくなかった。だからああするしかなかった。でもそれが、人に凄まじい恐怖を与えていたのだと、キラは今更ながらに気がついた。
キラの苦悩は、尽きることはない。
――ミーシャがトダカ一佐に回収されると、速やかにオーブに停泊中のドミニオンへと移送された。
「連合のエースパイロットがこのようなことになって申し訳ない……」
「――いや、それも了承の上で彼女は出撃した。しかし、後々面倒事にはしたくない。今回のことは……」
ドミニオンのブリッジに謝罪に来ていたトダカ一佐に、ナタルは内々に済ませようと根回しをする。彼もその提案にはすぐに飛びついた。
「実にありがたい提案ですな」
「うむ。こちらとしてもな、あまり公にはしたくない……。撃墜されたムラサメの通信記録、戦闘記録……破棄していただけると助かります」
「了解した。我々は何も知らず、バレンタイン大佐のムラサメは海中深くに沈んだのです」
「ありがたい。これからもよろしくお願いする」
ナタルが手を差し出すと、トダカは複雑そうな顔をしながら、それでも同じように手を差し出して握手した。
「こちらこそよろしくお願いする。……時代、なのでしょうな」
「同盟ですか」
ナタルの問いに、トダカは頷いた。
「オーブは中立こそが至上の理念でした。――しかし、先の大戦の折、オーブの大地は燃えた」
「……」
ナタルは罰が悪そうな顔をする。だが、トダカはすぐに訂正した。
「是非を問うてるのではありません。ただ、中立を叫ぶだけではままならぬ現実があるということを知っただけということです」
連合は強い。ミネルバにはあっさり突破されていたようだが、陽電子砲すら弾く防御力を持つモビルアーマーが運用できる国力は脅威だ。その国とまた事を構えて今度はザフトもとなると、いくらオーブでも亡国は免れない。
「願わくば、良き同盟となることを」
トダカとナタルはそう返して別れた。
トダカが去ってしばらく。医務室から出てきたミーシャがブリッジに入ってきた。
「もういいのか」
「うん。ちょっと怖くて気絶してただけ。恥ずかしいなー……」
普通に考えるなら全く抵抗できない状況で海に墜落することは気絶してもしかたないことなのだが、ミーシャにしてみればそれは弱さの証らしかった。
「それが今のお前なのだ。理想を求めすぎると苦しいだけだぞ」
「別に……理想がどうとかそんなんじゃないよ。でもさ、救援に出撃してあっさり負けて海に落ちて気絶、って……なんか情けなくない?」
ミーシャのあまりに子供っぽい言葉に、ナタルは思わずクスリと笑う。
「何だお前それは……。いいではないか。アスハ代表は望まぬ結婚から逃れることができ、我々は同盟の意思をオーブに示すことができた。誰も損をしていない」
「花嫁に逃げられた男、ユウナ・ロマ・セイラン以外はね。……どうでもいいかあんなヤツ」
ミーシャは辛辣に言い切った。結婚に夢見る年頃の少女から見れば、ユウナは望まない結婚を強いる悪者だ。痛い目見ればいいのに。
「……お前には次の命令が来ている」
「次は何するの?」
ナタルはミーシャの質問に、制帽を目深に被る。その仕草は、ナタルが嫌なことを我慢する時の仕草であった。
「……ついてこい。ここでは人目がある」
ナタルに命じられ、ミーシャは艦長室へと連れてこられた。味気なく、飾り気のまるでない艦長室の執務机にはミリ単位で整えられてそうな書類と本があった。ナタルはミーシャにパイプ椅子を用意すると、自分の席に座った。
「……お前はガルナハン基地を知っているか?」
「ざっくりと……? 確か新型のローエングリンがドドンと守ってる基地だよね? 中東にあるって聞いてるよ」
ミーシャは地球軍の重要拠点くらいなら頭に入っている。2年前なら何それと聞いてきただろうに……。子供の成長は早いものだ。
「我々大西洋連邦はユーラシアに対して苛烈な圧政を敷いている。それも知っているな?」
ミーシャは顔を暗くしてうつむく。ついにこの日が来たのか。ファントムペインとして、本当に後ろ暗い任務に就く日が。
「……なんでもするよ」
「――そうか。ガルナハン基地にミネルバを含む大部隊が攻勢に出るという情報がある。お前の任務はガルナハン基地の防衛支援と……」
ナタルはそこから先の言葉を言うのを躊躇う。だが……言うしかないのだ。
「……反乱分子を発見し、見つけ次第殺害するのが、お前の任務だ」
ミーシャは目を見開く。……英雄にやらせる仕事じゃない。そう思う気持ちもある。だが、非正規部隊らしい仕事だと思わなくもなかった。むしろ今までが特殊部隊として変だった。
「……そっか。――そうなんだね。ヒーローごっこはもうおしまいなんだ」
「……そんなことはない。今回は……今回はきっと特殊な事情があるのだろう。
――任務に就くにあたり、お前には新たに戦艦が1隻と、新機体が与えられる」
「新機体? フリーダムは……やばいことするには有名すぎるか」
ナタルは頷く。ナタルは机の上にある封筒を開け、ミーシャに書類を渡す。
「紙のデータとか初めて見た……」
「それだけ秘匿性が高いということだ」
「見たあとは燃やす感じかな」
ミーシャはその機体の諸元をマジマジと見て把握する。
「……核動力に……ミラージュコロイド? NダガーN……ブリッツの量産機?」
「そういうことだ。……この機体で隠れ、反乱分子を捜し出し、殺す。……お前はアズラエル理事と友人だ。今ならまだ……」
「やる」
ミーシャは頷いた。その声は震えていた。それでも、確かに頷いたのだ。
「ミーシャ……」
「私じゃなきゃ駄目なんでしょ?」
ナタルは顔を俯かせる。ミーシャでなければダメなのだ。ミネルバの戦略は少数ながらも強力だ。彼らの進軍は止めねばならない。せめて、ガルナハン周辺は連合の支配下においていかねばスエズ基地が危機に陥る。だからこそ、上は鬼札を切ったのだ。
「ナタルさん。一緒にやったヒーローごっこ、楽しかったよ」
ミーシャは泣き笑いの表情でそういった。
「でも、大丈夫。私ならきっとそういうヤバいことも楽しめるよ! きっと、ダークヒーローみたいだって……。きっと、悪い自分に酔ったりなんかしたりしてさ……。楽しめる、から。だって人殺しだって、ホントに楽しくなったんだから……」
ミーシャは涙を流して、それでもけして任務が嫌だとは言わなかった。
――ミネルバ艦内。
新進気鋭の若手エリート揃いの、連戦連勝の精鋭部隊である。何せ戦果はトップエースのシン・アスカを始めとして所属パイロットは赤服揃い。艦長も優秀な存在である特務隊員、FAITHで、なんとさらにはあの大戦の英雄、アスラン・ザラまでいて隊長をしているのだ。もちろん彼もFAITHである。ミネルバは強大な戦力を有する精強な部隊である。――外から見れば。
しかし内情はとても精強とは言えない有り様だった。
まずザフトのFAITHという存在自体が部隊行動にそぐわない。艦長ですら命令する権限を持たないというのだからこれでどうやって艦全体で一体になると言うのだ。
そしてシンは――。
「勝手なことをするな! 戦争はヒーローごっこじゃないんだぞ!」
張られた頬を手で押さえて、シンは呆然とする。それからすぐに怒りの表情になると、アスランに噛みつく。
「勝手なこと!? 虐げられていた人を救うことの何が悪いんですか! 俺は間違ったことはやってませんよ!」
さらにもう一度アスランはシンの頬を張った。乾いた打撃音が静まりかえった格納庫に響く。
「自分の思うように力を振るえばそれで満足か? その先にあるものがなんなのかお前は本当に考えて行動したのか!?」
「――! なんだって言うんだ、あんたは! 軍がヒーローしちゃ悪いって言うのかよ! あの魔弾の悪魔ですら、今やヒーロー扱いって知ってて言ってるのかよ!」
アスランはカッと頭に血が上る。シンの胸ぐらを掴んで、シンの顔を引き寄せる。
「あんなものがヒーローに見えるのか、お前には!!」
「!!」
アスランの剣幕にも怯まず、シンはアスランを睨みつける。
「あいつは確かに、復興を支援しテロリストを倒している! 市民に笑顔を振り撒き人気を集めている! だがあいつは軍人なんだ! 命令だから人を救い、命令だから人を撃つ! 命令なしでは、あいつは銃一つ持たない! 好き勝手するお前と違ってな!」
アスランはシンを乱暴に突き放す。しかし、シンの中に芽生えた敵愾心はそうそうに消えない。
「自分が思うように力を振るい、自分が思うままに戦う! それはいかにも正しく素晴らしいことに聞こえる! だがな! そんな力は軍人の力じゃないんだ!」
ギリ、とシンは歯ぎしりをする。まるで射殺さんばかりに睨みつけ、アスランに怒鳴りつける。
「じゃああんたはなんなんだ……! ザフトを裏切ってヤキンと戦ったあんたはなんだって言うんだよ!」
シンはそう捨て台詞を吐いて格納庫から去っていった。
――そして、シンはアスランと致命的に合わないのだ。
事の起こりはオーストラリアの北部に位置するカーペンタリアからインド洋を通り、ペルシャ湾にあるマハムール基地へ向かう道中のこと。偶発的に発生した連合との戦闘の際、シンが近隣にある建設中の連合前線基地を発見。現地住民を徴用し重労働を強いて、脱走には銃を持って制裁するなどの残酷な搾取を目にしたシンは、その基地に残されていたウィンダム15機を撃滅。戦力のない基地を蹂躙し、現地住民を助けたのだ。
敵を倒し、基地も壊し、人も救った。軍に入って人助けができたことに高揚感を感じていたところに、上記のやり取りが発生したのだ。
シンは魔弾の悪魔を憎んでいる。オーブを焼いて、安全な遠いところから一方的にオーブのモビルスーツを撃破する姿が目に焼き付いている。
――だが、ここ数ヶ月の魔弾の有り様は、いっそ憧れすら抱きそうになるほどだった。
華々しい活躍。英雄的な登場に、鮮やかな戦闘。被害は最小限に、しかし確実に敵を討ち滅ぼす。フリーダムのヒロイックな見た目も相まって、よくテレビを賑わしていた。
――プロパガンダということはわかっている。わかっているのに、羨望の目を向けずにはいられないのだ。
……俺もあんなふうに人を守って戦えたなら、と。
シンの想像する理想の軍人がテレビにはいた。人を殺して、後ろ暗いことだってする軍という職業を選んだ瞬間から、ああして人々の称賛を得ることなど有り得ないと思っていた。そんなの物語の中だけだと。
だが、魔弾は、ああして戦っている。魔弾は幸せだろう。色んな人から褒められて。魔弾は満ち足りているだろう。あんなにも人をその手で救うことができて。
……シンとて敵に対してこんな考えを持つのは危険だということはわかっている。シンは単純ではあるがバカではない。典型的なプロパガンダ。テレビの無いところでは何をしてるかわかったものではない。だが、その効果は絶大だ。ザフトにもファンがいるという事実がその凄まじさを物語っている。……彼ら若いザフトは知らないのだ。魔弾の悪魔の恐ろしさを。彼女がヤキン、ボアズでどれほどのザフトを殺したかなど。何せ彼らはまだ16歳頃の青少年なのだ。14歳の時のことなど遠い昔のようで……。シンのように家族が殺されたのでもなければ、ミーシャが恐ろしい悪魔だったのは『過去』の出来事なのだ。成人したてのザフト兵など大真面目に「更生したんだ」などと言う者がいる始末。
「……クソッ、アスラン。俺の気も知らないで……」
出来そうだったからしただけだというのに。別に味方に被害を与えたわけじゃないのに。なんであんなに怒るんだ。
シンはついぞ、アスランの真意を悟ることはなかった。
ミネルバの内情は、トップエース二人がいがみ合うという、どうしようもない状況にあった。
――
ガルナハン基地。ザフトからはもっぱらローエングリン・ゲートと呼ばれるそこは、マハムール基地の平地からサウジアラビアの山岳地帯に向かった深い渓谷のど真ん中にある。地球連合の縄張りである海中を避けるために、どうしてもザフトは陸路を通りたい。スエズに近づくための唯一の道を、巨大な陽電子砲、ローエングリンが塞いでいる。複数回大規模部隊による侵攻をかけるのは、海という広大な通路を完全に失ってしまったが故の、苦肉の策であった。ミネルバの元には、またダメ元で紅海のど真ん中を通ろうとした潜水艦が10分も保たずに撃沈させられたという報が入る。ザフトの水中専用機は完全に行き詰まっており、未だにグーンとゾノが主力だ。それらに乗るパイロット達は自身の機体を『棺桶』と呼ぶらしい。ディープ・フォビドゥンが絶えず警戒しているからだった。
そして、ミネルバに下った命令はガルナハン基地のローエングリン破壊。それが不可能なら味方部隊を置いてガルナハン基地を強行突破。ジブラルタル基地への帰還を優先せよ。そういう命令だった。
――シンは自分を信じてローエングリン撃破の任務を任せてくれたアスランを見直そうとしていた。しかし実際にコニールという少女の情報通りに坑道に入った瞬間、その気持ちは消え失せた。
「何がお前ならできるだ! ホントはやりたくないだけじゃないのか!?」
そんな愚痴をこぼしながら外に出ると、情報通りローエングリンは目と鼻の先。やった。そう思った次の瞬間。
「!」
シンは反射的にシールドを構え、飛んできたビームを防いだ。ローエングリンの奥、潜んでいたのは見慣れない量産機だった。シンは知らなかったが、その姿は先の大戦でアークエンジェルを苦しめたGシリーズのうちの一機、ブリッツに酷似した緑色の機体。
NダガーN。今は使っていないため普通に視認できるが、この機体は核動力のミラージュコロイドという二重の条約違反機体である。この2つが合わさると、一度消えたら解除するまでミラージュコロイドをずっと使い続けられるという凶悪な性能になる。
「なんだってあいつあんなところに……! まるで俺が来るのをわかってたように……!」
ハッ、とシンは気付く。もしかして気取られていたのか? でも現地民しか知らないってコニールは言ってた。虐げられていた現地民が地球軍に教えるわけがないし……。まさか嘘だったのか? 疑念に思うシン。しかし真実はもっと悍ましかった。
「……別に」
ダガーNの中で、ミーシャはどんよりと、曇った瞳で言う。
「別に……誰かから教えてもらうのに……
ミーシャの目は光を無くしていた。キラキラとした輝きは失われ、ただ昏い闇だけがその目には映る。
久々の感覚だった。自分が深い闇に浸かる感覚。贖い難い罪を犯した感覚。できる限り苦痛は減らした。無駄に痛めつけたりもしなかった。ただ薬で素直になってもらっただけ。
でも死体を積み上げた。ミーシャはこれからザフトに坑道を教えた人間を必ず見つけ出し、闇に葬る。
「さ、みんな、ここを守るよ」
ミーシャの号令でローエングリンを格納するゲートが開き、中から3機のモビルスーツ……カオス、ガイア、アビスが出てくる。
「何!? 地球軍がここまで来られること前提で作戦を立ててたのか!?」
シンは驚いて後退する。しかし、インパルスは現在なんのシルエットも装備していない。裏を掻くつもりが逆に絶対絶命のピンチに陥った。
「ホントに来やがった! バカなやつ!」
スティングは空中を飛び回りながらビームを撃つ。バックパックにマウントされた、宇宙では無線ガンバレルになるユニットで砲撃を加える。
「ハハハハ! 裏取りにミスったマヌケは死ぬしかないよねぇ!」
アビスが距離を詰めてビームハルバードでインパルスを追い詰める。インパルスのビームライフルを持つ腕を切り落とした。
「強いやつ……今のうちに……!」
変形したガイアが疾駆する。バクゥを思わせるその姿は、地上を縦横無尽に駆け回る。隙を見つけて、両脚を切断した。
「クソッ、クソーッ!」
シンの判断は早かった。上半身のチェストフライヤーと下半身のレッグフライヤーをパージすると、戦闘機状態になってあっという間に後退を始めたのだ。
「シン! 無事か!」
変形したセイバーがシンの救援に駆けつける。変形時の特徴的な2つの機首の先端のビーム砲でシンを狙うバレンタイン隊を牽制し、シンを護衛する。
「その機体……! オーブから情報提供があった機体だね。アスラン……! どの面下げてザフトに出戻ったんだか! 可哀想なカガリ!」
ミーシャは一人で叫ぶ。彼女は可哀想な人だ。時代が幸せになることを許さない。今彼女は何をしているのだろうか。――目の前のこいつがそばにいてやるべきなんじゃないのか。通信を繋いで怒鳴ってやりたい気持ちを必死に押さえて、ミーシャは作戦を進める。そもそもミーシャはミネルバの撃墜が任務ではない。もうローエングリンは格納状態に移行している。あと数秒もすれば格納完了。向こうも軍人だ。無理に破壊にこだわったりしないはず。
「――クソッ! お前らは一体何者なんだ!」
アスランは急に現れた手練れの部隊に歯噛みする。ローエングリンは格納されてしまった。作戦は失敗だ。
「ミネルバはこのままローエングリンゲートを強行突破します!」
「クッ……了解!」
アスランも悔しい気持ちを押し殺して是と返す。ローエングリンの破壊に失敗した以上、次善策を講じるしかない。防衛戦力はまだ生きている。エースのシンが撃墜されかかったことで味方の士気も落ちている。
カオス、アビス、ガイアの猛攻を掻い潜り、ミネルバはローエングリンゲートを無理やり突破した。格納されたおかげでローエングリンの圧力がなくなったのが功を奏した。
そして、彼らは地球連合に支配された街に辿り着いて、歓迎される。
……しかし、ブリッツのようなモビルスーツがいつの間にか消えてなくなったことに、誰も気付かなかった。