【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
カタパルトの勢いで猛烈なGがかかるが、ミーシャは顔を顰めるだけでやり過ごした。宇宙空間に投げ出されたミーシャは、まず味方の位置を把握。次に敵の赤い点を把握した。
「キラ、なんかGタイプ? っていうのが敵にいるみたい。強いらしいから気を付けてね」
「うん……僕は……赤いモビルスーツと戦うよ」
「じゃあ、私は他の、かなぁ? うーん、二人で協力しよ」
「あ……そうだね、ごめん……」
キラはさらに表情を曇らせる。アスランと戦わなきゃいけない。そんな辛いことで思考がいっぱいになってしまって、年下の女の子の負担のことを何も考えられてなかった。
「もう! 暗い顔しないの! これから私達は敵を殺すの。そうすれば生き残れる! ね、楽しいでしょ?」
「――ごめん、ミーシャちゃん。君みたいには、できないよ」
彼女と同じように考えることができたなら、きっと楽なんだろうな。キラはそう思いながらも、自分には絶対にできないな、と感じていた。
「そっか。どっちでもいいけど……気合いで負けて死んじゃうなんて、私ヤだからね」
「うん、わかった」
「とりあえず」
ミーシャは背部の武器を変形させ、狙撃形態に変化させた。ミーシャのコクピットには真っ暗な宇宙が広がっている。ちらり、ちらりと時々光源が瞬く。星だろうか? ――違う。
「撃つね」
あくまで冷静に、狙いを付ける。
「――うーん、流石に宇宙じゃよく見えないなぁ。でも、まぁ……このへんかな?」
ちらり、と瞬くブースターの光が見えた方に狙いをつけて、射撃。しばらくして、大きな爆発が見えた。
「あったりー! 私って天才?」
「……すごいね、ミーシャちゃん」
キラもビームライフルを構えて、ジンの方に向けて射撃する。一射目は外した。二発目でコクピットに命中し、爆散する。キラは顔に深い悲しみの表情を作る。
一方。ザフトはいきなり友軍機が落とされ、早くも焦りが生まれていた。
「――これ以上やらせるか! イザーク! ディアッカ! ニコル! 俺はあの緑のをやる!」
「アスラン、援護するぜ!」
狙撃用ビームライフルを持った強行偵察用複座型ジンに乗り込んだディアッカが、ミーシャのバスターに照準を向ける。意趣返しに、マニュアル照準である。射撃が得意なディアッカに割り当てられた新しい機体である。この機体はレーダー距離が長く、狙撃向きであった。
「――強い人? ……!! パパの、仇!!」
右にスラスターをふかして移動し、お返しとばかりに射撃する。カスリもしない。
「イライラするなぁ! とっとと死んでよ! お前の首を……パパのそばに飾ってやる!!」
何度も何度も、ディアッカとミーシャは遠距離で狙撃合戦を繰り広げる。致死の狙撃がディアッカに向き続けていることに他のザフト兵は心配になるが……今がチャンスだった。
「今だ! 足つきをやる!」
アスランはイージスを変形させ、アークエンジェルに迫る。その進路上に、白いモビルスーツ……ストライクが見えた。その機体に乗るパイロット……キラ。アスランは再び機体を変形させると、ビームライフルをストライクに突きつける。
「アスラン!」
「キラ!!」
キラとアスランは、お互いに銃口越しに、通信をする。親友同士が、戦場で相見える。
二人は戦場の真っ只中、銃口を突きつけ合って動きがなかった。
「キラ! お前はなぜ地球軍にいる! そいつらはナチュラルなんだぞ!」
「そういうキミだって! なんでザフトになんか! 戦争は嫌だって、キミだって言ってたじゃないか!」
「キラ! お前はヤツらに利用されてるんだ!」
「違う! 僕は僕の意思でここにいる! あの船には、守りたい人達が……! 友達がいるんだ!」
その時、ビームがアスランのいるところに向かっていった放たれた。寸でのところで回避するが、アスランの背中に冷たい汗が流れる。ロックオンアラートも鳴らずに飛んでくる射撃。恐ろしいことこの上ない。
「キラ! なんで敵と話してるのさ!! 裏切るんならぶっ殺すよ!」
「――こ、子供!?」
アスランは激しく動揺しながらも、度重なる射撃を躱すため、大きく後退する。
「ダメだ! ミーシャちゃん、アスランは違うんだ! 友達なんだ!」
「――っ! ならとっとと説得なりなんなりしてよ! こっちだって危ないのに、キャアッ!」
大きな爆発音と振動が通信コンソールに映る。撃墜されたわけではない。ないが、至近距離での爆発はミーシャにとって凄まじい恐怖を煽る。
「はは! グゥレイト! やってやったぜ!」
「……こ、このっ! カスったくらいで!!」
返す射撃で、ミーシャはディアッカが搭乗するジンの左腕を丸ごと撃ち抜いた。戦闘能力は削いだが、敵はまだまだ健在である。当たりはしたが、ミーシャにしてみれば外したようなものである。
「あーもう外した! ……キラ! 戦えないって言うならせめて別のヤツと戦ってよ! 撃たなかったら殺されちゃうよ!」
「でもアスランが……!」
「わかった! アスランとかいうやつは撃たない! これでいいでしょ?」
「――ごめん」
ミーシャに平謝りするキラだったが、状況は変わらない。とにかく敵の数が多い。しかも強い敵は執拗にキラとミーシャを狙ってくる。4対2はそもそもキツイのだ。しかも、相手は全員訓練された軍人である。ミーシャの狙いは正確だが素直すぎる。撃つタイミングは素人同然で、フェイントの牽制射撃すらない。撃って当たると思ったらそのまま撃ってくるのだ。意図的に隙を作れば射撃を誘導することすらできる。一定以上の実力を持つ相手に対し、ミーシャは無力に近かった。
「クソっ! 強いヤツに全然当たんないんだけど!」
「僕もだ、みんな……強い!」
「ムウ! まだなの? このままだと死んじゃうよ!」
四方八方から攻撃してくる敵の攻撃をやっとのことで躱し、反撃に射撃するも当たらない。そうやってどれほどの時間を戦っただろうか。だんだんとペダルが重くなってくる。操縦レバーが重く感じる。
「ああ、もう……何で当たらないの……!」
そうやって長い時間戦い続ける。10分か、20分か。全力で体を動かし、神経を尖らせ、極限まで集中する。細かくフットペダルを操作して姿勢を制御し、操縦桿やレバーを動かして照準、回避を行う。Gタイプの武器は全部ビーム。コクピットに当たったら死ぬ。怖くてしょうがなかった。
「――っ、はぁ……はぁ……、キラ、生きてる?」
「僕は、まだ大丈夫! ……ミーシャちゃんは!?」
「まだ、いける……けど」
けど、辛い。元々運動がそこまで得意ではなかったミーシャにとって、コクピットの中でとはいえ戦闘を続けるのは肉体的、精神的に相当無理をしている状態なのだ。全力疾走しているかのような呼吸に、首元に死神の鎌がかかっているかのような恐怖。撃っても撃っても当たらず、敵を減らせない焦燥。
「……はぁ、はぁ、はぁ、も、もうダメ」
戦闘開始して30分頃。ついに体力の限界が来た。ミーシャはこの中で最も体力がない。長い時間に渡る戦闘は、気合いでなんとかするにも限度がある。
「――キラ、ごめん」
操縦桿こそ動かせるが、激しい動きは無理だった。出撃時は軽すぎて頼りないとすら思っていたレバー類が、鉛みたいに動かし辛く感じる。
軽やかに動いていたフットペダルもまるで錆びついたかのように重く感じる。
もう疲労は極限に達しており、ミーシャ自身、いつまで経っても減らない敵に精神が消耗していた。
「ミーシャ! 僕が助ける!」
「いいよ、もう」
「緑色の動きが鈍った! 今だ!」
動かなくなったバスターに対して、アスランは変形させたイージスを向かわせる。閉じた四本のアームを開き、中央にある強力なビーム砲、「スキュラ」を構える。あと少しで引き金が引かれる。その時。
「アスラン! やめてくれ! その子はまだ子供なんだ!」
その先の言葉を言うのは、辛かった。だが言わねばミーシャが死ぬ。躊躇っているヒマはなかった。
「その子は地球軍に無理やり戦わされているんだ! お願いだアスラン、殺さないで!」
「!? ――クソッ! ナチュラルめ!」
事情を察したアスランは射撃を取りやめ、そのままバスターに組み付いた。四本のアームを鈎爪のようにしてがっちりと捕獲する。
「……え? なに?」
「アスラン!? 何を!」
「この機体は鹵獲する!」
「なんだと!? アスラン、そいつに何人殺られたと思ってる!」
イザークが噛みつくが、アスランの意思は堅かった。
「この子もコーディネーターなんだろう!? ナチュラルにこれ以上好き勝手させるか!」
「わ、わたしは」
「アスラン! その子は確かにコーディネーターだけど!」
キラはミーシャを助けるために、口からでまかせを続ける。だが彼は、仮にザフトに連れて行かれたとしてもナチュラルだとバレることはないだろうと思っていた。
別に、コーディネーターとナチュラルを明確に分類する方法はない。遺伝子にこそ現れるが、そんなものが身体的な特徴として表に出てくるはずもなく。
つまり、遺伝子検査でもしなければ、子供ながらに天然の天才である彼女と、遺伝子を調整されたコーディネーターとを見分ける方法は存在しない。いくらなんでも、無理矢理戦わされていたコーディネーターの幼子を問答無用で殺すようなことはしないはずだ。キラはそう考えていた。
「――やだ、やだ!」
だが、実際に連れて行かれそうになっているミーシャにそんなことがわかるはずもない。彼女は疲労で余裕がなく、敵のことを何も知らないのだ。コーディネーターがナチュラルとどう違うのかすらあやふやなのだ。彼女にとってわかるのは、今から敵に捕まるということだけ。
「――ナタルさん、キラ、ムウ、助けて! やだよ、死にたくない、痛いのはいや!」
女の捕虜がどう扱われるかをミーシャが具体的に知っているわけではない。だが、敵に捕まった人間がどんな目に遭うか、ぼんやりとはわかっていた。
――拷問、虐待、果ての無惨な死。ミーシャの心が恐怖一色に染まる。機体を動かそうとガチャガチャとペダルやレバーを動かすが、ここまで完全に拘束されると、いかに新型のモビルスーツといえど抵抗はできなかった。捕まる。殺される。怖い!
「やだよ、嫌だよ、キラ、怖いよ、パパ、ママ、助けて」
キラは凄まじい速度で移動するイージスに追いすがろうと必死になる。しかし、速力に優れるイージスのモビルアーマー形態に追いつくのはほぼ不可能だった。ビームライフルを何発撃っても回避される。
「ミーシャちゃん、今助ける!」
「キラ! お前はこのままこの子がナチュラルに利用されるのを黙ってみているつもりか!」
「ミーシャちゃんは今怖がっているんだ! 黙ってザフトに渡せない!」
ビームライフルを何発も撃っているうちに、コクピットにアラートが鳴り響く。
「ッ!? パワーダウン!? こんなときに!」
装甲の維持に必要なエネルギーを使い切ったストライクの装甲が、格納庫にいるときのように灰色に染まる。物理攻撃を無効化する強力な装甲が今、完全に沈黙した。
「――だけど! そんなことよりも!」
捕獲されているミーシャを救出しなければ。幸いエールストライカーを装備していたため、機体に乗っている慣性速度はかなりのものだ。デュエルとブリッツ、それからディアッカが乗るジンは全く追いつけていない。だが、イージスは、遠い。
「キラくん! アークエンジェルからランチャーストライカーパックを射出します! そこからエネルギーを補給してミーシャちゃんを!」
「ラミアス艦長!? でも……! このままだと振り切られる!」
「大丈夫よ!」
「え?」
悪いことばかりではなかった。遥か遠くで大きな爆発光が見えたかと思ったら、信号弾が遠くの宇宙から見えた。ムウが作戦を成功させたのだ。
「撤退信号!? 母艦に一体何が……!?」
「イザーク、ディアッカ、ニコル! 彼女を連れて撤退するぞ!」
「チィッ! ならせめて、ストライクだけでも!!」
イザークはなおもストライクを撃墜しようと躍起になる。ビームライフルで狙いを付けるも、キラはギリギリまで引き付けて、最小の動きで回避する。アスラン達の母艦ヴェサリウスへと向かうイージスだったが、進路上から1機のモビルアーマーが近付いてくるのに気付く。
「何だアレは……モビルアーマー!?」
メビウスゼロに乗っているムウも、状況を把握する。絶望的な状況だった。
「マジかよクソっ! 嬢ちゃん無事か!? 今助ける!」
「ムウ!」
即座にガンバレルを射出。有線制御されたそれらがイージスに向かって、射撃する。たった1機によって形成される弾幕に、イージスは進行を阻害される。フェイズシフト装甲は物理攻撃に対して高い防御能力を有する。しかしそれは機体のエネルギーと引き換えなのだ。このままではパワーダウンもあり得ると判断したアスランは、即座にミーシャを解放し、モビルスーツ形態へ変形。メビウスゼロに照準を向ける。その瞬間。
「アアアアアアッ! 死ね!」
解放されたミーシャは即座に肩部に搭載されたミサイルを全弾イージスに向かって放った。大量のミサイルに晒されたイージスは身を翻して回避する。ミーシャとアスランの距離が開く。
「君! どうして抵抗するんだ!」
「信用なんて、できるもんか! 死んじゃえザフト!」
散弾砲をイージスに向けて射撃する。当たったが、フェイズシフト装甲に阻まれ無傷だった。だが、無数の弾丸に晒されたイージスのエネルギーは一気に削られる。
「君は……!」
「アスラン! 撤退だ!」
イザークの声に、アスランはハッとなる。遠くアークエンジェルのそばから極太のビームが何度も発射されている。あれはヘリオポリスでも見た光だった。
「アレはヤバい! 一旦体勢を立て直す!」
「――了解だ」
もとより撤退命令は出ている。イザークが是と言うならば、何も問題はなかった。ザフト軍は作戦通り、母艦が損傷したことによって撤退していった。
「ミーシャちゃん!」
「嬢ちゃん!」
しかし、その代償とでも言うように、敵の撤退を確認したミーシャのバスターからは何の反応もしなくなってしまった。
「ヤマト機、フラガ機、バレンタイン機を回収! 急げ!」
「はい!」
――それから、バスターは無事にアークエンジェルに収容された。コクピットから降りたキラとムウがバスターのコクピットの前に浮遊する。
「マードックさん、ミーシャちゃんは!?」
「生きてはいるんだが……出てこねぇんだ」
「――開けるぞ」
ムウは外部からコクピットハッチを開放させる。
「――ミーシャ」
中にいたのは、カタカタと震えるミーシャだった。操縦桿から手を離し、フットペダルからも足を離し。身体を丸め、頭を抱え。ただただ恐怖に震え、死に怯えるその姿に、キラは痛ましい表情をする。ムウはゆっくりとミーシャに近づくと、その頬をそっと撫でた。ミーシャの肩がビクリと跳ねる。
「嬢ちゃん。俺だ。わかるか?」
「ムウ……?」
「ああ。もう大丈夫だ。ここはアークエンジェルの格納庫だ。俺も、キラも、傷一つついてない」
ぼんやりと、ミーシャはコクピットの外を眺める。
「……私……これから、死ぬんだって、思ったの」
「ああ」
「いっぱい痛い思いして、いっぱい辛い目にあって、苦しんで死ぬんだって、思ったの」
「……だけどな、そうはならなかった。嬢ちゃんは生きてる。これからもな」
うん、とミーシャは頷く。
「戦争って、怖いね……怖いよ、ムウ、キラ……」
ミーシャの瞳には、とめどなく涙が流れていた。
「よかったよぉ……ムウもキラも、みんな無事でよかったよぉ……!!」
ミーシャの泣く声が、アークエンジェルの格納庫にずっと、響いていた。