【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
黒海の北方に位置するマルマラ海沿岸にあるザフト基地にミネルバは寄港していた。
「……ディオキアが落ちたそうね」
「ええ」
タリアは現場の補給作業責任者から齎された情報に歯噛みする。ディオキアは地球軍とオーブ艦隊の連合軍の艦砲射撃によってその基地の防衛機能の大半を損失。後からやってきた地上制圧部隊に成すすべなく撃破された。アークエンジェルが介入した戦闘は結局、ザフトの妨害をして連合とオーブを助けた結果になった。……介入の初撃がオーブへ向けたタンホイザーの破壊なのだから、それも当然だろう。
「――彼らは何がしたかったのかしら」
タリアからすれば彼らは意味がわからない。オーブにも連合にもザフトにも、その場にいる全員が間違っているのだと断罪するかのように、絶対強者であるかのように現れて戦場を引っかきまわし……そして、ミーシャの挑発に乗せられて、思うように行動出来ていなかったようにも思う。彼らがしたかったのはあの場所にいた全戦力の無力化。しかし結局戦力は連合、オーブの同盟軍優勢のまま変わらず、ミネルバは這う這うの体で逃げ出すしか出来なかったし、ディオキアは防衛能力をズタズタにされて陥落した。タリアはため息を吐く。忌々しいフリーダム。白色も、緑色も、どっちもザフトの敵なのだ。嫌になる。
タリアは死体袋が並ぶミネルバの甲板を見る。――白いフリーダムはMSを撃墜するのを嫌っていたように思う。人を殺したくないのだろうか。……だとしたら彼は、戦艦が無人で動いていると……あるいは、ブリッジにしか人がいないと思っていたのだろうか。
「……私たちの任務は変わらずジブラルタルへ向かう事……難しいわね」
ここで補給を受けることはできる。だが本格的な修理は受けられないし、人員の補充なども不可能だ。
「――ままならないわね」
何もかも、上手くいかない。タリアの呟きは空に消えた。
――
大西洋連邦艦隊旗艦空母の司令室で、ミーシャはジブリールと通信をしていた。相手はずいぶんと不機嫌そうだった。
「――それで、報告は聞きました。なぜオーブ相手に懲罰しないのです? あなたはあまりに甘すぎる……それか、やる気があるのかどうか」
「懲罰? 味方に? 甘いかどうかじゃなくて、
ミーシャはコーヒーを啜る。ミルクと砂糖マシマシの、子供舌向けのコーヒーである。最近熱々のコーヒーをちびちび飲むのにハマっている。そういう大人っぽいことに憧れる年頃なのだ。――今自分がいる立場と職業と責任からは半ば目を背けつつ、ミーシャはミーシャが思う大人っぽさに憧れている。
ミーシャに挑発されたジブリールはこめかみに青筋を浮かべる。
「バレンタイン大佐の任務はミネルバの追撃だったはずだが……」
「それに関してはユニウスセブン墜落のゴタゴタで一旦中止になって再開はしないって話ついたと思ってるんだけど。まさかこの大戦力を一つの戦艦にぶつけるとか言わないよね?」
「随分とまぁ失敗したくせに堂々と偉そうに振舞えるものですね……これだから道理のわからぬ子供は困るのです。軍人が任務に失敗するときというのは、すなわち死ですよ」
ジブリールの余りに極端な意見を、ミーシャはコーヒーを啜って受け流す。
「……で、この戦力をどうするわけ?」
「ミネルバを撃墜してください」
ミーシャはため息をつきそうになる。
「理由は? 正直コスパ悪くない?」
「コスパがどうとか言う次元ではないのです。『正義のザフト』の新造艦……それを連合が叩き潰すことに意義があるのです」
「そういうイメージ戦略は私とアズラエルさんでやるからいいよ」
「いいよ、ではありません! あなたたちが悠長にしてるから、ユーラシアからの離反が後を絶ちません。押さえつけても押さえつけても後から後から湧いてくるのは、ひとえにザフトの新造艦、ミネルバが連合を撃破しているからです!」
ミーシャはその意見には否定的だった。英雄がいるから自分も! なんてのは確かにありそうな話だが、実情はもっと現実的である。殺される前に殺してやる。……そんなシンプルな理屈が彼らを動かしているのだ。
「弾圧やめればいいのに」
「何を言う! コーディネーターがいれば奴らは必ず我らを食い破ろうと機会を伺う! 奴らに慈悲はなく、奴らにルールはない。力で押さえつけねば奴らはどこまでも増長する!」
「コーディネーターに怯えすぎ。あいつらウチの部下に手も足も出なかったじゃん。ジブリールさん、あなたが怖がってるのはコーディネーターじゃなくて、あなたの――」
「――わかったような口を利くな! 私は……ブルーコスモスは宇宙に蔓延る遺伝子の化け物をこの世から一匹残らず駆除するために全力を尽くす。ユーラシアは奴らの重要繁殖地なのだぞ!」
「その言い方悍ましいからやめてくれない? ……まぁ、今の艦隊でミネルバ撃つっていう命令は了解したよ。じゃ、通信終わり」
「まて! お前とは一度話をするべきだと思っていた。お前は一体コーディネーターを殲滅する気があるのか――」
「――
プツン、とミーシャは通信を切るとため息を吐く。次にアズラエルへと通信を繋ぐ。
「アズラエルさん、現状命令に変更なしだよ」
「ふむ……確かにミネルバは脅威ですが……ミーシャをずっと張り付けておくほどとも思いませんが。……まぁ、あいつはあの計画から目を逸らしたいんでしょうね」
「……あの計画?」
アズラエルは苦い顔をして話を続ける。
「ロドニア……ご存じですか?」
「知らない。基地の場所じゃないよね?」
「ラボがあったところですよ……旧式の方のラボです」
ミーシャは顔を顰める。旧式のラボ……つまり、『えげつないほう』のラボである。今のエクステンデットの技術研究所は『新式』と呼ばれ、旧式のような極度の人体実験や薬物強化、強化手術を行わなずにコーディネーターに対抗できる人間を育てる場所である。つまり、旧式のラボというのは連合の闇と人間の業と悪意の地獄がごった煮になった見るだけで吐き気を催し精神に異常を来たす恐ろしい場所なのだ。
「つい最近、ジブリール派のロゴスがそこを引き払い、新しい研究を始めたようです」
「新しい……研究?」
アズラエルは涼しい顔をしていた。
「ええ。通称『A.G』。人工的に作り上げた遺伝子を意味する言葉です」
「コーディネーターってこと?」
「それそのままコーディネーターというわけではないでしょうが……」
アズラエルは頷く。詳細は語らなかったがミーシャは大体予想がつく。詳しく話を聞いたら気分が悪くなる系の話だろう。
「まぁ……新しい連合の闇ってところですか。……ミーシャ、少し真剣な話があります」
「ん……どうしたの」
「今、我々ロゴスが2つに割れているのはご存じですか?」
「まぁ……なんとなくわかるよ」
ジブリールとアズラエルの二人と、それから自分と、自分が発言したときのロゴスの反応を思い返せばなんとなくわかる。彼らが勢力を見極めようとしていたのだと。
「極論すればあなたとジブリールが対立関係にあります。バレンタイン派とか『穏健派』とか……あるいは、『保護派』とか言われるのがあなたの派閥です」
ミーシャはうげ、という感じで思いっきり顔を顰めた。ブルーコスモスにガッツリ関わってしまっているのだけでも嫌気がさすのに自分の名前が付いた派閥があって、それをあなたのですとか言われるのだ。かなりツライ。
「アズラエルさんが率いてよ」
「そういうわけにもいかない事情があるのです」
「こんな小娘担ぎ上げる理由って何?」
「力ですよ」
またそれか。ミーシャは嫌になりそうだった。政治の場面だと言うのになぜMS戦の力が関わってくるのかミーシャにはさっぱりわからない。
「ミーシャはまがりなりにも大佐です。かなりの権限があり、しかも末端の兵士を中心に相当な支持基盤もあります。残念ながら私は地球軍に口利きはできても命令はできませんからね。『こうしてほしいんだけど断ったらどうなるかわかります?』と、『やれ』は似ているようで全然違います。あなたは今回の戦闘で普通の指揮能力もあることを証明しました。今後はさらにバレンタイン派に人が集まることでしょう」
まさかこの年で派閥争いすることになるとは思っていなかった。だが思い返すと似たようなことをした記憶がないわけではない。
「……そういや、クラスの女子も仲良しグループ同士で張り合ってたなぁ」
「使う権力と金の規模が変わるだけでやってることは一緒ですよ」
「あれ、かなり精神使うんだよ? マジで新兵相手に訓練してる時の方が……ああ、そっちもそっちでなんかグループ同士の争いがあったなぁ」
ミーシャは遠い目をする。人の集団に会えば派閥争いを目にするという事実に今更ながらに気付いたのだ。
「ま、人は3人いれば派閥争いする生き物と言いますから。気が付いたら派閥の長に祭り上げられていることもしばしばです」
「私みたいにね。……アズラエルさんはどっちなの?」
「正直ジブリールにはついていけません。ジブリールの思想は先鋭化しすぎです。大西洋連邦に非ずんば人に非ず……という領域まであと一歩ですね」
ミーシャは心底バカバカしく思う。コーディネーターだのナチュラルだのと……殺し合ってみればわかる。2つにそんなに違いはないのだと。確かに優秀な人は多いかもしれない。でも化け物というほどの差があるかといえば違う。
「――とりあえず、私は地中海で網張るよ。ミネルバどこいったかわかんないし」
「よろしくお願いしますね。ミネルバを落とせばジブリールも大人しくなるでしょう」
「なりゃいいけどね」
ミーシャはそう言って通信を切る。こういう政治的な話は頭をフル回転させないと全くついていけない。大人になれば自然とできるようになるのかなぁ、なんて思いながらコーヒーを飲み切る。書類仕事に取り掛かろうとしたそのとき、格納庫から連絡が来た。
「はい、バレンタイン大佐」
「ロアノーク少佐だ! バレンタイン大佐、ステラが逃げた!」
「……えっ」
ミーシャは愕然とそう返すことができなかった。
――しばらく前。エクステンデッドの3人はパイロットの休憩室で思うまま駄弁っていた。戦闘が終わってすぐはここで好きなように話すのが通例となっていた。
「――やっぱ隊長はわかってるよ。アビスにゲシュマイディッヒ・パンツァー付けてくれるなんてな! アレのお陰で水中の機動力がダンチだぜ」
「ガイアは……使いづらい。私達の機体……活躍できる場所全然違う」
「でも戦場ってのは宇宙、地上、水中のどれかだろ? どこに行っても一機は強みを出せるようになってるし、他の機体も普通くらいには強い」
スティングの言葉にもステラは不満そうだった。
「……私だけ……私のガイアだけ活躍できてない」
「気にすんなって。ザフトの地上基地攻めることがあったら、お前がエースだよ」
「地上基地……ロドニアとか?」
ステラが言うと、スティングもアウルとキョトンとした。それから、クスリと笑う。
「何言ってんだよ。ロドニアっていやぁ俺達が昔いたヤバイ方のラボだろ」
「ザフトの基地じゃなくて、連合の研究施設なの!」
「でも……でも、ネオに誰かが言ってたよ? ロドニアにザフトが来てる、って」
ロドニアのラボを、ザフトが襲撃している。その言葉に動揺したのはアウルだった。わなわなと震え、取り乱したように呼吸が荒くなる。様子がおかしくなったアウルに、ステラが寄り添うように肩に手を乗せ、声を掛ける。
「……アウル?」
アウルは頭を抱えて震える。喪う恐怖と悲しみに打ちのめされている。平然としている仲間二人を見上げて、取り乱して叫んだ。
「お、お前ら平気なのかよ……? だってあのラボなんだぞ……? あのラボには……! あのラボにザフトが来たら……! 母さんが殺されちゃうだろ!?」
母さん。アウルにとっての母とは優しかった研究員のことだ。それはステラもスティングもわかっている。アウルの心の拠り所だった人。アウルの大切な人。アウルにとっての、家族。
真実そうではないとしても、向こうがどう思ってるかはわからないにしても……。ステラの仲間が怯えている。怖がっている。それは事実だった。
――シン。
彼のことを思い出すと……ステラが決断するのは早かった。
「アウル……! 私が行く」
「ステラ……?」
ステラの目には決意の色が宿っていた。きっと自分は間違っているだろう。ただの自己満足にすぎない。それはわかっている。でも、ここで動けるのに動かずにアウルを大切な仲間だと言えるだろうか。
ステラは幼い使命感に駆られ、決心する。
「……守りたいものを、守る。きっと、シンならこうする」
「ステラ……でも、命令なんて出てない。出られないだろ!?」
ステラは首を振る。頭の中では現在地からロドニアまでのルートが思い浮かんでいる。もう彼女は覚悟を決めていた。
「たぶん、帰ってきたら殺されると思う。でも、仲間の大切な人を守れるなら……後悔、しない」
「僕も! 僕も行く!」
ステラは首を振る。アウルの気持ちはよく分かる。だが、アビスにそんなことはさせられないし、させるべきではないのだ。
「アビスは地上じゃガイアより弱い。まだまだ海で戦う予定あるし……。一番活躍してない私が、犠牲になるよ」
「そんな、そんなことして僕が喜ぶと思ってるのかよ……!」
ステラは曖昧に笑うと、泣いて蹲るアウルを置いて格納庫に向かった。
「ステラ!!」
アウルの叫びを背にして、ステラは格納庫に辿り着くとガイアに乗り込む。
「お、おいどうした?」
「地球軍の機密施設がザフトの襲撃を受けてる! 私が先行して状況の偵察に行くよう命令された! ハッチ開けて!」
「でも俺達そんなこと聞いてない……」
「機密任務なんだから当たり前! 早く!」
ステラは口からでまかせを言うと、空母から発進する。すぐそばにある陸地に着陸すると変形して大地を駆ける。人形のモビルスーツが走るより遥かに速い速度で、ガイアは疾駆する。自分達の辛い記憶が苦く残る場所を守るために。それがどこであろうと、仲間の大切な人がいるなら、ステラに迷う理由はなかった。
――ミーシャは頭を抱えていた。部下二人がいきなり反抗期を迎えたような気分だった。
「……もう一度言って」
「ロドニアのラボがザフトに襲われてるって聞いて……」
「僕の母さんが殺されたくないから、ステラに出撃するよう無茶言ったんだ。あいつ嫌がってたけど、仲間の家族を守れるのはお前だけだって言って……」
ミーシャはため息を付く。アウルがステラを脅して出撃させた? 下手な嘘だ。アウルはそういう事は言わないだろう。もうかなりの付き合いなのだ。ステラの心はまだ幼いようにも見える。守らなきゃ、と思ったらすぐに出てしまったのだろう。スティングも正しいことだと思ったから止めなかった。
そう思ったなら相談してほしかった。みんなで行けばいいのに。ザフトがあの施設調べるのはヤバイことなんだから、なんとでも言い訳立つっていうのに。
……信用されてないのかなぁ。ミーシャは少し悲しくなった。
だがそれも無理はないだろう。いくら優しいとはいえミーシャはブルーコスモスで、アズラエル理事の友人なのだ。心の何処かで信じきれない部分がどうしてもあるのだろう。
……だからって無断出撃なんて無茶はやめてほしかったが。
「ネオ、状況は」
部屋の隅で待機しているネオに聞くと、彼は腕を組みつつ口元を下げた。
「よくないな。ロドニアには今熱源反応が多数確認されている。戦艦級が一つ、モビルスーツの熱源が2つだ」
「ガイアだけじゃ落とされる……。私も行く」
「俺も出ようか」
ミーシャはしばらく悩んで……首を振った。
「今は二人を見てて。ねぇアウル、スティング」
「……っす」
「ああ……」
ミーシャは立ち上がり部屋の外に向かいながら二人に言った。
「ステラが帰ってきたら、もっとみんなのこと教えてね」
ミーシャは格納庫へ向かった。
フリーダムのコクピットに乗り込むと、ミーシャは出撃準備をしながらブリッジと連絡を取る。
「ガイアの信号生きてる?」
「1分間隔ですがまだ確認できています」
「アウル、スティングの両名は自室で待機させといて。ステラを心配して勝手に出撃しないようネオに見張らせて!」
「了解」
「死なないでねステラ……! ミーシャ・バレンタイン、フリーダム行ってきます!」
ミーシャは格納庫のハッチからロドニアのラボに向けて飛翔する。しばらく空中を飛んでいると、モビルスーツが2機、森の中に佇んでいるのが見える。その直ぐ側には研究所らしきところにザフトがいる。騒がしく撤退準備をしているのが見えた。
「ステラは……!?」
ブースターの光が夜の空に瞬く。飛び上がってきたセイバーの光だった。ミーシャはそれを視認すると、セイバーに向かって照準する。引き金を引く寸前、向こうから広域通信で通信が飛んできた。
「ミーシャ! お前の部下はこちらで保護している!」
「ステラを!?」
ミーシャは引き金を引く指を止めた。なぜここでそんな事を言うのか、わかりきっている。人質だ。
「彼女とは不随意に戦闘になり、鹵獲することとなった。彼女は負傷しているが、君がここで引くなら、人道的な観点から彼女を保護すると約束する!」
「――ラクスのときの意趣返しってわけ!?」
「君がそう思うなら、思ってくれて構わない」
ミーシャは血が出そうなほど強く歯を食いしばる。回収された。捕虜に。ステラが敵に捕まった。これから彼女がどんな目に遭うか。それを想像するだけで頭がどうにかなりそうだった。
「クソッ……! 本当に下がればステラを無下にしないんだね!?」
「……信じてくれ」
「――クソが!」
ミーシャは血反吐を吐く思いで機体を反転させ、自分の艦に戻った。どうしようもない。ここで要求に従わなかったら本当にステラを殺される。でも……殺されなかったとしても……!
「クソ……!」
ミーシャは格納庫に戻ると自室に戻り、頭を抱えて唸る。
敵に部下が捕まった。どうやって助ければいい。
……悩み、悩んで、寝ずに考えてそれでも答えは出ず。
……翌朝、ステラをMIA扱いするよう命令が下った。