【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
まず――この場にいるシン、キラ、ミーシャの思惑は全員、一致している。すなわちここで大暴れしているデストロイの撃破だ。しかし、シンとキラはやってきたミーシャを見てその真意を測りかねていた。
今までのように気楽に通信はできない。キラが通信を繋げようとしても拒絶される。ミーシャは応えたい気持ちを必死に抑える。ミーシャにとって、敵も味方も地球軍なのだ。その場にいる地球軍のモビルスーツとは気軽に、向こうが繋ごうとすれば繋がってしまう。そんな状況でキラやシンと話してしまえば、離反と取られかねない。それに、今現在のミーシャは政治的に危ういラインにいる。虐殺している相手を粛正するという錦の旗はあるし、命令があるのでまだ粛清だ鎮圧だと言えるが……。
それも、ザフトやテロリストと通じていると攻撃されてしまえば正義が逆転する可能性がある。裏切者に優しくする軍隊などザフトしかないのだ。
シンからしてみても今の状況は判断に困る。
デストロイは地球連合所属の正式なモビルスーツであり、当然ウィンダムが随伴機として出撃している。シンからしてみれば、新しくやってきたミーシャはデストロイの増援というふうに見えてしまう。だからと言ってシンがそのままミーシャを撃てるかと言うと、そうではない。ミーシャは撃ってこないのだ。何か考えがあるのは読み取れる。だがその考えが読めない。
ミーシャも、シンも、キラも、お互いを見てもお互いに撃っていない。何かしらの思惑があるのは全員が自然と理解できる。ここでシンがミーシャを、あるいはミーシャがシンを撃っていつも通り連合対ザフト……とはいきたくない。とにかく破壊をまき散らすデストロイに集中したかった。
「……シン……! 頼むから撃ってこないでよ……!」
「魔弾の悪魔……! 敵じゃない、のか……?」
それに、ミーシャはもうシンを撃ちたくなかった。撃てと命令されたら撃つしかないが、命令でもないのにザフトだからで撃ち殺せるほどミーシャの人間性は死んでない。ステラを護ってくれて、手も出さなかった紳士的なシンに敵意を持ち続けることは、ミーシャには出来なかった。……ぎりっぎりのところで守ってくれて本当に感謝しているのだ。
シンも、いつも敵意と殺意を滾らせて撃ってくる魔弾が未だに撃ってこないことに困惑していた。
「……隊長、どうする! 誰を敵にするのか!」
ネオが叫ぶ。ミーシャは決断は早かった。デストロイに機体を向けると、効かないとわかっているのにフルバーストモードで撃ったのだ。
「! ……ミーシャ?」
「魔弾……何を考えてる?」
ミーシャはそのまま上空に上がると、随伴機のウィンダムを撃ち落としていく。上空からというのもあるが、ウィンダムは完全にミーシャを味方だと思っており、まさか撃たれるとは思っていなかったのだ。
「なんでっ……! なぜですか天使様! なぜ我らを撃つのです! これが我らの、ナチュラルのあるべき姿なのです! こうしてザフトに、コーディネーターに与することがいかに罪深いことなのかを、彼らに教育せねばならないのです!」
「こうやって虐殺するのがナチュラル……そんなわけないでしょ! ――でもごめん! そっちも命令ならこっちも命令なの! ……デストロイは間違った兵器なの!」
じゃあ正しい兵器ってなんなのか。ミーシャはその答えを持たない。たとえばスローターダガーの爪先についている対人機関銃は正しい兵器なのか。モビルスーツのビームライフルで人を殺すのと、12.7mmの弾丸で殺すのと、どう違うのかミーシャにはわからない。
だが、正しい生き方はないが間違った生き方はあるように、正解はなくとも間違いだけははっきりしている……物事にはそういう事もあるのだ。ジェネシスにしろ、核ミサイルにしろ、それらは明確に間違いなのだ。
「デストロイは墜とす……! そうしなきゃ山のように人が死ぬ!」
「天使様……! どうして……! どうしてですか! なぜ我らを裏切るのです!」
ミーシャはその言葉に、胸が激しく痛む。照準がブレる。抵抗らしい抵抗をしないウィンダムを撃てない。
「う、裏切ってなんかない。私は、私は……め、命令だから仕方ないの。この
「我らも命令です! この街を焼けと!」
「――!」
「グダグダと……! 隊長、しっかりしろ!」
最後のウィンダムをやってきたカオスが撃ち落とした。最後まで彼らは抵抗らしい抵抗をしなかった。心から魔弾の天使が味方だと信じ切っていた。
「隊長、こいつらは敵なんだろ!?」
「う、うん。そうだよ。敵」
「なら、撃てよ! 俺たちだって……どうすりゃいいのかわかんなくなるだろ!」
ミーシャはハッとなる。そうだ。自分が迷ったら部下も迷う。私が撃つのをためらったら、部下だって撃っていいのか迷ってしまう。そうなれば部下が死ぬかもしれない。
「ごめん。……ありがと、スティング」
「気にすんな。……この前掴みかかったこと、これでチャラにしてくれよ」
「ふふ……もう罰則受けたんだから気にしてないのに。ありがと」
「おう」
スティングはそう言って戦闘に戻った。敵はもうデストロイしかいない。だがそのデストロイがあり得ないほど強い。
「……気分悪い」
カオスと共に戦闘しながら、ミーシャは呻く。自分に好意を向ける人たちがどうしようもなく終わっているところにいて……自分はそれを撃ち落とさなきゃいけない。彼らは最後まで恨み言を言わなかった。それすらもミーシャの心を削る。
「戦況……デストロイ対全勢力……わかってくれたみたい」
ミーシャの思惑通り、キラ、シンの二人はミーシャを警戒対象から外し、デストロイに集中することにしたようだ。
ミーシャ、キラ、シンの3人がかりでもデストロイは堅牢だった。だが、デストロイ自体は強くとも、動かしているのは赤子のような自我すら怪しい、天賦の才を持っただけの子供だ。上空から雨あられと撃ってくるミーシャに気を取られ……本来なら全く脅威ではない彼女を高脅威目標だと誤認した。自分の名前すら思い出せない彼女は、最後の守りであるフェイズシフト装甲を貫くビームを極端に恐れた。――奇しくも、初陣でミーシャがそうしたように。
変形してモビルスーツ状態になると、両手の指と顔を空に向け、ビームを放つ。
「もしかして囮になってくれているのか……!?」
「ミーシャ……! 通信に出てくれれば……!」
キラはビームサーベルを引き抜いてデストロイに近付く。
「……あ……はは……きもち、いい……! 殺す、壊す、楽しいよ……!」
掠れるような声を、誰にも通信が繋がっていないコクピットで彼女は上げる。彼女はもはや何も覚えていない。知っているのは痛いということと、苦しいということ。辛いということ。それだけ。この機械に座らせられてから自分の鼓動が勝手に早くなって勝手に意識がはっきりして勝手に目や耳に情報が入ってくる。でも彼女は初めての感覚に戸惑っていた。
強い快楽。ここに座って暴れていればなんにもいらない。幸せなのだと心から思っていた。
「もう……! もうやめろ!」
キラがビームサーベルでデストロイに取り付いて攻撃する。まずバックパックになっている円盤型のユニットに備え付けられている4門のドライツェーンをビームサーベルで切り裂くと、そのまま肩部に回り込んで腕部を切断。そのままの勢いで胸部を切り裂いた。しかし、撃墜には至らない。強力なフェイズシフト装甲がビームのダメージを僅かに軽減したのだ。フリーダムの光学カメラがコクピットの中の様子を詳細に映す。
「――!」
……7歳くらいの小さな女の子が座っている。しかも、その少女はミーシャに瓜二つだった。幼い頃のミーシャを知るキラは思わず攻撃する手を止めてしまった。キラは彼女の命がもう数時間もないということを知らない。強制的に心拍数を上げて体と脳のスペックを上げて、強い快楽で恐怖と苦痛を上書きして、幼い脳に濃密な視覚情報と聴覚情報を与えて処理させて……。そんなことをすればあっという間に消耗する。だが、それは止まらない。そもそもデストロイには搭乗者を守る仕組みなど何一つ存在しないのだ。敵も、味方も、パイロットさえ壊す破壊そのもの。それがデストロイというモビルスーツだった。
「な、なんだよ……? なんだよコレ!? これが地球軍のやることなのか!?」
ビームサーベルで左腕を切り裂き、撃墜したシンも同じようにコクピットの中を見て攻撃の手を緩めてしまう。小さな妹を戦争で亡くしたシンに、同い年かそれより幼い女の子を手に掛けることなど、できなかった。主砲と両腕を無くしたデストロイには、胸部のスキュラと頭部にあるツォーン以外にも背面にあるたくさんのビーム砲塔がある。ボロボロになってもまだまだ脅威度は高い。しかし、キラやシンにとって回避の難しい攻撃はほとんどなかった。……だからこそ攻撃する手が鈍る。
「シン、何をしているの!? 撃ちなさい!」
「で、でも! 艦長、デストロイには女の子が! マユと同じくらいの女の子が乗ってるんだ!」
「……その女の子は私達を殺す気よ!」
「――でも!」
「そこにいても……! その子を助けられなんかしないわ! 撃ちなさい!」
タリアの言葉で、シンはビームライフルを構えた。
「あはは……! まだ……! やだ……! もっと遊びたい! 死にたくないよ……殺さないで……! 楽しいよ、死ぬの楽しい、きもちいい!」
パイロットが何かを言っている。だがシンにはなんと言っているのかわからない。
上空から戦場を見下ろしていたミーシャはキラとシンがいて自分が囮になっているのになぜまだ落とせないのか疑問に思っていたのだ。
「バレンタイン隊、状況は!?」
「坊主とステラの彼がコクピットを見ちまったらしい。どっちももうロクな攻撃できてないな」
ネオの報告にミーシャは顔を顰める。AG生体CPU。ジブリールはロリコンのサディストに違いない。ステラ、アウル、スティングは様々な方向からデストロイの破壊を試みているが、効果は見られない。フェイズシフトダウンを狙う試みのようだが……効果は薄いように思う。コクピットを撃つ以外にないという段階になりつつあった。
「隊長、やっぱりこれビームサーベルじゃなきゃ無理だろ!?」
アウルの悲鳴のような声が聞こえる。円盤部のビームを必死で躱しながらの戦闘はアウルの精神をガリガリと削る。
「隊長、私も危ない……」
「ロアノーク機、回避で手いっぱいだ!」
「オークレー機も同じく……」
部下の状況を聞いて、ミーシャは決断する。
「全機退避! 私がやる! ……もう……! こんな仕事ばっかり! 知ってて志願したけど! そんな部隊だって知ってたけど! ――年下殺すことになるとは思わなかった!」
そして、自分のクローンを殺すことになるとは思わなかった。
ミーシャは急降下してデストロイのコクピットへ向かう。指先から飛んでくるビームや、口から出てくるツォーンなど、威力だけなら驚異的な攻撃が飛んでくる。だが彼女は偏差射撃をしない。フェイントにも全部引っかかる。ビームを撃つと見せかけて、大きく回避行動を取らせる。
大きく下から回り込んで、コクピットの前に辿り着いた。
「魔弾の悪魔……」
「ミーシャ……!」
ミーシャはビームサーベルを引き抜く。胸にある三門のスキュラがチャージされるのが見える。
「お前にも魂あるのかどうか知らないけどさ! 天国行けるように祈っといてあげる!」
ミーシャは突っ込むと、せめて苦しくないように、露出しているコクピットめがけてビームサーベルを突き込んだ。
デストロイの動きが止まり、そして、爆発する。名前も知らない、あるかどうかすらわからないミーシャのクローンが一人死んだ。誰も悲しまない、誰も惜しまない。そんな死だった。……あまりに憐れだった。
「私を……子供……殺した……」
ミーシャは苦い顔をする。ため息を吐くと、周囲にバレンタイン隊以外の地球軍がいないことを確認する。
「……バレンタイン隊、帰投するよ」
「了解」
ミーシャの号令に、全員が答える。ステラはしばらくインパルスを見ていた。だが、通信をすることなく、踵を返すようにしてドミニオンへの進路を取った。
……曲がりなりにも成立した共闘。ここでの戦いが、世界を、未来を、大きく左右することになるとはこの場の全員がまだ、思いもしていなかった。
――それから、しばらくの時が経った。デストロイで滅ぼした町の生き残りは恐怖のあまりに連合に従うことを決めた――そんな風になるわけがなく、今では地球軍に対するデモやテロが常態化し、制服来て街を歩こうものなら5分と経たず市民に囲まれリンチに遭うらしい。
ミーシャはスエズに戻って以来、有給休暇を極限まで使って艦長室で休んでいた。改めて部下の歩んできた人生を教えてもらい……その衝撃が強く、しばらく休みたくなったのだ。自分の境遇についてもゆっくりと考えたかった。
ベッドに寝転びただ時間を過ごすと少しは元気が出てくる。だが、自身の半生を思い出せばいかに恵まれていたか……そして、部下の人生がいかに過酷だったか……そして、自分のクローンたちが今どんな目に遭っているかを思い出すと、また暗い気持ちになる。
はぁ、とため息を吐く。何か気晴らしはないだろうか。そんな風に自分の携帯を見る。普段は基地に置いて戦艦には持ち込まない、どこにでも売っている市販の携帯である。
……ミーシャの携帯がコールされる。知らない番号だ。イタズラ電話か詐欺か……。適当にあしらってやろうと思ったミーシャは電話に出る。
「……詐欺なら間に合ってるよ」
「詐欺ではなければどうかな、ミーシャ・バレンタイン」
ミーシャの意識はその声によって一気に覚醒する。ベッドから跳ね起きて、執務机に座るとメモ帳を引き寄せる。
「……その声、ギルバート・デュランダル……!? 何の用!? この番号どうやって知ったの!?」
「方法は色々ある。休暇の時しか使わないとは言え、君のような人が民生品の携帯電話を使うのはよろしくないと思うのだが……君の部隊ではそのような教育はしないのかな?」
ミーシャは普段携帯は基地に置いている。デュランダルの言うように秘密部隊の戦艦が場所を知られるなんてことがあってはならないからだ。だがデュランダルの言う通り個人の携帯は普通の、どこにでも売っているようなものだ。確かにそれならやりようもあるかもしれない。
「……そういうのには気を遣ってるからご心配どうも。……もう一度聞くね、なんの用?」
「随分と冷たいな。私は君に協力したいと思っているのだよ」
「――協力? ザフトの親玉が?」
デュランダルは電話の向こうで目を細めた。まるで等身大の子供のような言動。だが彼女はありのままの自分を殺すことなく大人の世界を生きている。力こそ正義の世界を生きている。その、遺伝子に秘められた才能を存分に発揮して。
「……もちろん。君は……今の地球軍が正しいと思って戦っているのか? ――違うだろう?」
核ミサイルに始まり、ブーステッドマン、エクステンデット、そして自分のクローン、AG生体CPU。正しさなんて一体どこにあることやら。
「……その質問、2年遅いよ」
「そうか、核か……。地球軍は君に傷を与えてばかりだ。ここ最近は特に。違うかな?」
「……それで、何」
「デストロイ。エクステンデッド。ユーラシア連邦を弾圧する大西洋連邦。君は見てきたはずだ。地球連合軍の本当の姿を。君はきっとそれしか知らないだろうが……地球連合軍が今の形になったのはほんの3年前だと知っているかね?」
「……知ってるし。コズミック・イラ70年成立でしょ」
デュランダルは微笑む。
「君はその事実をおそらく認識していない。知っているだけだ」
「……どういうこと」
「君はユーラシア連邦と大西洋連邦の軍人が隣り合って一緒に戦えると思っているようだが……そんなことはないよ。潜在的な敵……それが大西洋連邦とユーラシア連邦の真実の姿だ。だから弾圧する」
「……それは……そうかも、しんないけど」
思い返すと、そういえばアラスカで吹っ飛んだ……というか大西洋連邦の将官達が吹っ飛ばしたアラスカの防衛軍も大半はユーラシア連邦の戦力じゃなかったか。そういえば、アルテミスでストライクとバスターが接収されそうになったのはユーラシア連邦と大西洋連邦の仲の悪さが原因だったはずだ。
「人が団結できるとしたら、それは明確な敵を、共通の敵としたときだけだよ」
「……それで?」
ミーシャはデュランダルの事をどう判断すればいいのかわからなかった。
「私は……その共通の敵を、作ろうと思っている」
「……ふうん」
「その敵とは、ロゴス、君たちのことだよ」
ミーシャは顔を顰める。突かれたら痛いところしかない組織だ。世界の敵になるに値するヤツもいることだし、デュランダルの企みは上手くいくように思える。
「そこで君には地球軍を率いてロゴスと戦ってほしい」
「は?」
「簡単なことだ。この先の恒久和平のため……ザフトも連合も一緒になって戦うという実績を作りたい。そうすれば……一度仲良くなるきっかけさえできれば、きっとザフトも連合も、無闇に殺し合うことはなくなるはずだ」
「……ロゴスを……ジブリールを生贄にして?」
デュランダルは苦笑する。
「その言葉はいささか過激だな。ただ責任を取ってもらうだけだよ。街を3つも焼き払った責任をね。君だって彼がのうのうと生き延びるのを許す気はないのだろう?」
「……それはないけどさ」
ミーシャの返答にデュランダルは満足げに頷いた。
「君のような戦士は正しいことのために戦うべきだ。辛く苦しい道を歩んだのだからこそ……君には正しい戦いが似合う」
「正しい……戦い?」
ミーシャはいつの間にかデュランダルの言葉に聞き入っていた。
「そうとも。先のデストロイ討伐は正しかった。君はいつも戦士として正しい在り方をする。私も見習いたいほどに。だからこそ私は君に、正しい戦いを提供したいのだ。伝説の戦士ミーシャ・バレンタインがその胸に誇れるような戦いを」
ミーシャは訝しむ。言いたいことはわかる。したいことも。
だがなんでこんなに心惹かれるのかがわからない。
「――目的は何」
ミーシャは辛うじて、そんな風に聞くだけで精一杯だった。デュランダルは何もかも正しく聞こえる。耳障りのいい言葉を言ってくる。今のミーシャはその耳障りのいい、聞いてるだけで心が軽くなるような言葉に抗いがたい。
「もちろん、私の目的はいつもひとつ。恒久的な世界平和だよ」
その言葉に、ミーシャは目を見開いた。
「……世界、平和……?」
できないと思った。そんなこと実現するわけがないと。だがデュランダルは理想を語る。
「誰も引き金を引かなくて良い世界。誰も殺し合わない世界。撃てと命じず、撃てと命令されることもない世界。
「誰も殺さない……誰にも殺されない……」
「そうだ。きっと君はそんなものはないと言うだろう。そう、ない。そんなものは存在しない。……ないからこそ作る。そのために進む。――どうか君にはその手伝いをしてほしい」
ミーシャは心から感動していた。戦争に巻き込まれてからこっち、初めて平和を求める人に出会った。みんな殺すことしか考えてなかった。お互いを滅ぼして、殺して、殺されて……。果ては自分のクローンを使った殺戮兵器だ。もういい加減殺し殺されはうんざりだった。どんなに賢い人も敵を殺すことを考えている。どんなに偉い人も、お互いを滅ぼそうとしかしていない。最終的に、ジェネシスで地球を、核でプラントを撃とうとした。ザフトに協力しただけで町3つを焼き払った。
大人たちは全員、1人残らずそういう殺伐思想をしているものだと思いこんでいた。
「本当に……世界が平和になるの?」
「なる。私が……いや、私達で作ろう、ミーシャ。世界に平和をもたらして……そして、君は再び学校に通うんだ。何の心配もなく、友達と勉強に遊びに恋愛に、青春を謳歌するといい」
「友達……うん、いいね、それいいよ……」
ミーシャは頷く。アイリ。フロン。リリス。3人の友達。そしてクラスでたまに話す軍オタの男子達。まだ数ヶ月だというのに、もう懐かしい気持ちが湧いてくる。今何しているだろうか。きっと寝ているか、勉強しているか、遊んでいるかだ。銃なんて持たないし、人も殺してない。その輪にもう一度入れる。平和になればそれができる。
「――どうする気なの、計画を教えて。あ、でも、裏切る気はないし……情報を渡したりもできないからね」
ミーシャの返答にデュランダルはもちろん、と答えた。何もデュランダルはミーシャから情報が欲しくて、裏切ってほしくてこうして連絡しているのではない。
「――ミーシャ、私はただ君に私の理想を、私の計画をただ知ってほしいだけなのだよ。きっと君も気に入るだろう。気に入ったなら、君ができる範囲で……私に協力してほしいだけなんだ。忘れないでほしい。私達はあくまで表向きは別の陣営にいることを忘れないでほしい」
「……任せて。そういうの、得意になったから」
ミーシャが言うと、デュランダルは気遣うような声を作った。
「世界が平和になって戦争がなくなれば、もう君がそんなことをする必要はない。人生を楽しむ時間がやってくる。大人として情けないことを言うが、どうしても君の力が必要なんだ。君の力があれば世界平和がグッと近くなる」
「……うん」
ミーシャはそれからデュランダルと長い間話していた。
もう彼女にデュランダルを恨む気持ちはなかった。まだ疑ってはいる。もしかして全部罠で嘘なんじゃ、と。だがその気持ちは期待の裏返しだ。信じたい。けど怖い。
――戦争犯罪者の処刑を取りやめた当の本人で、そしてプラントのトップを信じたいと思っている時点で……きっと、ミーシャは取り込まれていた。
無理もないだろう。何せ彼の言葉に嘘偽りは存在しない。
彼は本気で世界を平和にしようと思っている。本気で戦争のない世界を作ろうとしているのだ。正しい物を言っているように聞こえるのだ。
……その願いは、その気持ちは、戦乱に心を燃やされたミーシャに痛いほど響く。何もかも喪い、戦争の表も裏も全部見て、敵も味方も行き着くところまで行った姿を目の当たりにして……便利だから、強いからという理由で自分のクローンまで量産されて。
……誰も彼もが殺すことを望む世界で。
ただ彼だけが、ミーシャに平和を説いたのだ。終わることのない、平和な世界を。