【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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宇宙要塞アルテミス

 先の戦闘からそう間もなく。ミーシャとキラ、ムウの三人はブリッジで今後の予定を聞いていた。

 

「アルテミス……?」

 

 目的地を告げられたミーシャは不思議そうな顔をする。その表情に影はなく、さっきまで大泣きしていたとは思えないほど、はっきりとしていた。比較的安全なアークエンジェルに生きて帰ってきたことを実感して落ち着いたらしかった。

 

「ええ。地球連合ユーラシア方面軍の軍事要塞よ」

「ユーラシア……?」

「あはは……ミーシャちゃんは地理の勉強からだね……」

 

 キラが苦笑すると、ミーシャは頬を膨らませる。

 

「別に、私おバカなわけじゃないよ! まだ習ってないだけ!」

「わかってるよ、嬢ちゃん。大事なのは今から行くところは一応は味方ってことになってるが……ってことさ」

「――ホントは敵なの?」

 

 ミーシャが聞くと、ラミアスは首を振った。敵か、味方か。そんな風にはっきりとわかっていればわかりやすいのだが。

 

「いいえ。確かに複雑な関係なのは確かよ。でも、敵ではないわ。――でも問題がいくつか」

「?」

「この船には地球軍の識別コードが存在しないのだ」

 

 ナタルが引き継いで言うと、キラは顔を顰める。ミーシャはなんのことだかよくわかっていなかった。

 

「いい、ミーシャちゃん。私達軍は、お互いを味方だと認識するために番号が割り振られてるの。その番号が割り振られていたら、コンピュータで番号を検索するだけで、どこの誰だかはっきりとわかるの」

「……なんでその識別コードがこの船にはないの? それって変なことなんだよね?」

「まぁな。最高に変なことさ。なにせ正式に就航する前に実戦だからな」

 

 ムウは飄々と言うが、事態は深刻だった。

 

「ストライクとバスターも、ですか?」

 

 キラが聞くと、その場にいる大人は全員が頷いた。

 

「でもさ、地球軍同士ならその識別コードってのも作ってもらえるんじゃないの? まさか軍事要塞が出来ないことはないよね?」

「まぁ、もちろんアルテミスにも識別コードの発行権限はある。だがな……」

 

 ナタルは苦々しい思いで続きを言う。

 

「この船とあのモビルスーツは極秘に作られた。計画を知っているのは大西洋連邦しかいない」

「うーん……えっと、まずこの船には識別コードがない。だから仲間のところに行って、識別コードを貰わなきゃいけない。でも、アルテミスのユーラシア? ってところはそもそもこの船のことぜんっぜん知らない……ってこと?」

 

 ミーシャのまとめに、全員が頷く。

 

「ヤバいじゃん! 味方だと思ってもらえないじゃん!」

 

 そんなのミーシャだってホントに味方かどうかめちゃくちゃ疑う。何せ存在そのものが怪しすぎる。

 

「そうだよ、ヤバいんだよ」

「でもやるしかないの。ここから無補給で月まではあまりにリスクが高いわ。現実的じゃない」

「敵だと思われて捕まったりしない? 拷問とか私嫌だよ? 濡れタオルとかすっごく苦しそうなんだもん」

 

 先ほど落ち着いたところで自分の端末で「兵士 捕虜 尋問」とか調べてしまったミーシャは顔を青くしながら聞いた。

 

「安心しろ。地球軍に幼子相手に拷問するようなクズはいない」

「よかったぁ……でも、ナタルさんとか、ラミアスさんとかは……」

「私達のIDはれっきとした地球軍のものだから、無下にはされないはずよ。……脱走兵扱いで拘束はされるかもしれないけどね」

「不安になるようなこと言わないでよ! ――行くしかないんだよね?」

 

 ミーシャの問いに、ナタルとラミアスは揃って頷く。

 

「ヴェサリウスを退けた今、確たる脅威は確認されていないわ。キラくんとミーシャちゃんには休んでもらいたいんだけど……」

 

 ラミアスがムウとキラを見る。

 

「あの、ラミアス大尉。僕、ミーシャちゃんに機体のこと教えてあげたいんです。OSの調整も……」

「許可します。でも、ミーシャちゃんもあなたも戦闘後よ。休息を取ってからにしてね」

「はい。……そういうわけだからミーシャちゃん、一休みしたら格納庫にきてね」

 

 キラの言葉に、ミーシャははーい、と元気よく返事してブリッジを後にする。

 

「あ、俺嬢ちゃんに部屋のこと伝えるの忘れてた。行ってくる」

 

 ムウも続けてミーシャを追いかけた。

 

「キラくん」

「はい、ラミアス大尉」

 

 ラミアスは困ったような顔を残ったキラに向ける。

 

「ミーシャちゃんのこと、よろしくお願いするわね。そんなことしか言えなくて、ごめんなさい」

「いえ、別にそんな……。ミーシャちゃんは――戦友、ですから」

 

 キラはそう言うと自分の部屋に向かっていく。

 ――戦士たちは、束の間の休息を楽しむこととなった。……楽しめるかどうかはともかく。

 

 与えられた自室の中で、ミーシャはプカプカと浮いて、体を休めていた。

 

「……パパ……」

 

 目を閉じ、眠ろうとするのに眠れない。もう一時間もこうしている。最初は枕が変わったからだとか、布団が硬いからだとか色々言い訳して、最終的に無重力下で浮きながら眠ることにしたのだが、全く眠れない。

 

 ――今日一日のことがずっと頭の中で繰り返される。

 母と父の死を。

 初めての殺人を。

 死の恐怖を。

 戦闘の高揚を。

 ――鹵獲されそうになったときの、絶望を。

 

 何度も何度も、狂ったように頭が繰り返す。まるでそれ以外の機能を忘れてしまったかのように、記憶のリピートが止まらない。

 

 ――ミーシャはもう2時間ほどそうして。結局眠れなくて、部屋を出る。行き先は格納庫。

 強くならなければ、死んでしまうような気がして。

 

 格納庫に入ると、マードック軍曹をはじめとして、整備兵達が忙しなく仕事をしていた。そんな中、キラがストライクのコクピットに入って何やらコンソールを弄っていた。

 

「あ、キラ」

「ミーシャちゃん。もういいの? もっと休んだほうが……」

「眠れなくてさ。キラも?」

 

 ミーシャが聞くと、キラも沈んだ顔で頷いた。

 

「目を閉じると、思い出してしまうんだ。今日あったこと、全部……」

「私もだよ。殺したこと、殺されそうになったこと、連れ去られそうになったこと……目を閉じるだけで繰り返すの」

 

 ミーシャは格納庫の床を蹴ってふわりと浮く。ストライクのコクピットに入る。

 

「ね、キラ。ロボットのこと教えてよ」

「う、うん」

 

 子供だからか、狭いコクピットの中でも、キラはそこまで窮屈に感じない。キラは少しずつ、しかし楽しそうに、ロボット……モビルスーツのことをミーシャに教えていく。

 

「……だから、フェイズシフト装甲の特性はとても強力だけど、消費電力が衝撃によって比例して――」

 

 こてん、と肩にミーシャの頭の感触がして、そっちも見る。ミーシャはスースーと小さく寝息を立てていた。

 

「……ミーシャちゃん……」

 

 キラは微笑むとミーシャを起こさないように、静かに作業に戻る。起こすつもりなど、さらさらなかった。

 ストライクの調整が終わったらバスターの調整もしないと。特に念入りに。キラはそう心に決めた。

 

 ――ところ変わって、ザフト軍、ヴェサリウス艦内。指揮官室にいるクルーゼは部下からの報告を聞いていた。

 

「――つまり、地球軍は君の親友を利用しているばかりか、コーディネーターの幼子を強制的に戦わせている……ということなのだな?」

「ハッ! キラは確かに、彼女がコーディネーターだと言いました」

 

 アスランの言葉に、内心でせせら笑うクルーゼ。

 ……確かに、バスターの戦闘能力は驚異的だ。だが、アレほどの特異性を調整によって生み出すことは不可能だとクルーゼは考える。

 コーディネーターは愚かなのだ。能力の高い人間を見つけるとすぐに同胞扱いする。人は自然そのままで、凄まじい天才が産まれることがあるというのに。高い能力それそのものが、コーディネーターが持つ特権であり、ナチュラルは等しく愚かで弱く下等であると思いこんでいる。気性が優しく柔和なアスランですらこれなのだ。他のコーディネーターは一体どう思っていることやら。

 ――現に。目の前の部下は上司がコーディネーターだと微塵も疑っていない。その事実を思うと、その少女が素直にコーディネーターであるなどと信じられるはずがない。おそらく、アル・ダ・フラガと同じような、天然自然の能力なのだろう。

 

「結局……説得は失敗に終わったな。それに、私と君の足つき追撃も、ここで一旦終わりだ」

「なぜですか隊長」

「本国からの召集命令だ。査問会だよ」

「――ヘリオポリスの件ですか」

 

 クルーゼは頷く。船の人間は大半が軽く考えているが、中立国のコロニーへの一方的な攻撃は政治的にかなりのレッドゾーンである。オーブは少なくとも表向きは、ザフトと敵対関係にないのだ。

 

「――まぁ、説得は容易いだろう。何せ彼らは地球軍に渡すモビルスーツを極秘に開発していた」

 

 クルーゼの常識では、その程度では民間人が多数居住するコロニーを崩壊させていい理由にはならない。

 だが……ザフトでは、プラントでは、それはれっきとした理由になってしまう。

 

「はっ。では、足つきは放置ですか?」

「いいや。ガモフに追撃を任せる。朗報を期待しようじゃないか」

 

 クルーゼはアスランを下がらせると、一人仮面を外す。

 

「――君は一体どこの誰なのかな?」

 

 気配は幼かった。だが、アークエンジェルとの戦闘で最もヴェサリウスに損害を与えているのが、あのバスターなのだ。クルーゼをして警戒に値するあのパイロット。気にならないわけがない。

 

「……だが今は、下らない茶番に洒落込むとしようじゃないか」

 

 火種はもう、赤々と燃え上り留まるところを知らない。だからといって、クルーゼは気を抜いたりしない。

 

「――火には、薪を焚べないとな」

 

 大火にするには、それ相応の薪がいる。丁寧に組み、丁寧に焚べなければならない。幸い、薪になりそうなモノは、この世界にはいくらでもある。

 

「世界は……どう転ぶのか」

 

 ヴェサリウスの進路は、プラント本国へと向かっていた。

 

 ――アークエンジェルがアルテミスに進路を向けてから10時間。キラとミーシャは食堂で友人たちと食事を採っていた。

 

「ほら、ルミナ、これもあげる」

 

 避難民であるルミナより、ミーシャの食事は3品ほど多く配膳されていた。キラの食事も同じように多めに配膳されている。ミーシャはそんな自分の食事からおかずをせっせとルミナにわけていた。

 

「ミーシャ、だめだよ。パイロットの人はたくさん食べなきゃって、大人の人たち言ってたよ?」

「あんまりお腹すいてないの。それに、ルミナがお腹すいてるの差し置いてお腹いっぱい食べるのはなんか嫌」

「ミーシャ……」

 

 そんな二人を、キラたちヘリオポリスの友人たちが微笑ましそうな目で見ている。ふと、サイがキラの方を見た。なんとはなしに、キラに聞く。

 

「――それにしてもさ、キラ」

「どうしたの、サイ」

「あの子、ホントにナチュラルなのか?」

「うん、そうだと思うよ」

「なんでわかるのよ」

 

 フレイが厳しい目をミーシャに向けながら言った。

 

「あのね」

 

 そっと、キラは友人たちの耳元で囁くように言う。

 

「……お父さんが、ブルーコスモスだったんだって」

「――なら、あの子はナチュラルで決まりだな」

 

 トールが安心したように言った。ブルーコスモス。コーディネーターのいない世界を『青き清浄なる世界』と規定し、その世界に向けて活動を繰り広げる組織である。活動内容は後ろ暗いものが多く、末端の人間はテロまで起こす。噂によると政治にも深く食い込んでいるとかいないとか。だが、これだけははっきりしていた。ブルーコスモスの親が子供をコーディネーターにする可能性はゼロと言ってよかった。

 

「……ほんとよ。安心したわ。あの子はちゃんと、私達の仲間なのね」

「フレイ、そんな言い方ないだろ?」

「もちろん、キラは別よ? でも私コーディネーターって嫌い」

 

 そうやって盛り上がる友人たちを、キラはなんとも言えない表情で見つめる。

 ――守らないと。守らなきゃ。

 

 食事を終えたころ、食堂にムウがやってきた。

 

「あ、いたいた。坊主、嬢ちゃん。ブリッジに集合だとよ」

「はーい、ありがとうムウ!」

「ありがとうございます、フラガ大尉」

 

 じゃ、行ってくるねとキラとミーシャは並んで食堂を出た。

 

「――アルスターさんって、コーディネーターになんかされたの?」

 

 どうやら、会話が聞こえていたらしい。まぁ、声を潜めていたのはミーシャの父親のところだけなのだ。聞こえて当たり前だろう。

 

「そういうわけじゃないと思うよ」

「それならなんで私よりコーディネーターのこと嫌いなの? こっちは親の仇で、私だって殺されかけたのに」

 

 あはは、とキラは力なく笑ってごまかす。クルーの誰よりも勉強が必要なミーシャは、モビルスーツのことを教えられたことをきっかけに、何でもかんでもキラに聞くようになった。キラ自身気が紛れるし、教えること自体は嫌いではないので何でもかんでも教えてしまう。慕われるのは悪い気はしないが、こうして答えにくい質問をされるのは困ってしまう。

 

「フレイは……フレイは、お父さんのことが大好きなんだ」

「お父さんが?」

「そう。だから、お父さんの言うことを疑ったこと、ないんだよ」

「ふーん……。そっか、パパが」

 

 ミーシャは辛そうな顔をして、黙り込んでしまう。ミーシャはそのまま、ブリッジに着くまで一言も喋らなかった。

 ブリッジにつくと、艦橋の向こう側には不思議な多角体が宇宙に浮かんでいるのが見えた。

 

「何アレ?」

「あれが、もしかして……」

 

 キラとミーシャが言うと、ブリッジにいるムウが頷いた。

 

「そう、アレが俺達の目的地、アルテミスだ」

「アレ……バリア?」

「そう、えらく高性能なバリアだ。弾もビームも効かない。維持に必要な電力だって、あれだけデカい小惑星だ、いくらでも発電施設を用意できるだろうな」

「へー……無敵の要塞ってわけ? すごい! もしかしたら中にいる人はピリピリしてないかも!」

 

 ミーシャの楽観に、キラは苦笑する。確かに、危機に陥ったことがないくらい完璧なバリアなら、幾分かは優しくしてくれるかもしれない。

 

「にしても、要塞かー、初めて入るなー! 友達に自慢できるかな?」

 

 にしし、と笑うミーシャは、実に楽しそうだった。

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