【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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果たされる契約

「いってきます」

「……ミーシャ、死なないでね」

「ミーシャ、生きてさえいてくれれば、私達はそれでいいのです。どうか、ご武運を」

「生きて帰ってきてよ。まだまだミーシャと恋バナしたいんだから」

 

 ミーシャは教導隊基地――今は一部の人間の避難所となっている――の離着陸場で、友人達に見送られている。3人に代わる代わるハグをして、ミーシャは手を振りながらドミニオンに乗り込む。3人はこれが今生の別れにならないことを心から祈りながら見送った。

 ドミニオンのブリッジについたミーシャは、ブリッジにいる馴染みの顔に驚く。

 

「なんか懐かしいね、この光景」

「今が必要な時というやつですよ、ミーシャ」

 

 アズラエルがブリッジに座っていた。前の大戦のときと同じ位置に座り、不敵な笑みを浮かべている。

 ナタルも前の大戦の時のような苦手意識はなかった。……まぁ、隙あらば絶滅戦争を始めかねないのでそこには気を付けなければならないが、この2年で随分と人当たりがよくなった。

 さらに、アズラエルの反対側にはネオが座っている。ナタルには知らされていないが、アズラエルはネオの正体を知っている。ネオもそれを知っているので、かなり緊張した面持ちである。仮面で顔は見えないが。

 

「……さて、クレイモアさんが空振りとなると、もう候補は一つしかありません」

「あー……その、なんだ。門外漢で悪いんだがな、本当にオーブしかないのか?」

 

 ネオが聞くと、アズラエルは嫌味な笑顔を浮かべる。

 

「おや? ミーシャから説明はあったと思いますが?」

「いや、まぁ確認だよ」

「どうやらロアノーク少佐は上司を信じられないようですねぇ。恩人なのですから、犬のように素直に従えばいいものを」

「そうは言ってないだろ……」

 

 アズラエルはネオにかなりあたりが強かった。前の大戦で確実にアークエンジェルを葬れたはずの一撃を防いで、ドミニオンを窮地に陥らせた張本人なのだ。敵には容赦しないアズラエルがネオの生存を許しているのはひとえにミーシャが嘆願したからだ。だがアズラエルは記憶を奪わずにいたことをあまり後悔していない。こうやって好きなだけいびれるからだった。

 

「まぁ、いいでしょう。大前提としてジブリールは潜水艇で逃げました。そして、連合の基地には網が張ってあるのでまず寄航できません」

「ちなみにブルーコスモスの過激派の多いところには憲兵差し向けてるけど、成果なしだよ」

 

 ミーシャの補足にアズラエルは頷く。

 

「ではどこがヤツを匿えるのか……独自の造船所と停泊港を持つクレイモア家と……オーブの首長代理としての権限を振るえるセイラン家が該当します」

「……なるほどな」

「……それに、決め手となる情報も」

 

 アズラエルはミーシャも知らない情報を口にした。

 

「決め手?」

「内部リークですよ。信憑性は正直怪しいですが……写真やら何やら証拠付きですからね。ひとまず信じてもいいでしょう」

「そりゃ、決まりだな」

「でも問題が一つ」

 

 ミーシャが呆れるようにため息を付いた。

 

「ザフトが決め打ちでオーブに向かってるんだよね……多分向こうも掴んだんだと思うよ」

「――状況は悪い」

 

 ナタルが重々しく言った。

 

「ザフトはオーブにジブリールの身柄を引き渡すよう要求した。回答期限は12時間後。今から向かってギリギリ間に合う時間だ。そしてユウナ・ロマ・セイランが庇った場合武力を振るうことも辞さないと宣言している」

「――オーブが……」

 

 ネオは苦い顔をしている。しかし、アズラエルはバカにしたような笑みを浮かべる。

 

「何を他人事みたいに落ち込んでいるんですか。全く」

「……何?」

 

「そうなったら我々、オーブの救援に行かないと行けないんですけど?」

 

「……あ、同盟か……」

 

 ネオはぽん、と手を打った。

 

「てっきり、地球軍は同盟なんて知らんふりするのかと思ってたぜ。ザフトと一緒にロゴス討伐のためなら何でもするのかと」

「散々文句を言ってきたオーブにそうしたいのはやまやまなんですがねぇ」

 

 アズラエルはミーシャを見る。ミーシャはアズラエルの物言いが気に入らない様子で睨んでいる。

 

「血を流してまで成立させた同盟を反故にするとかありえないから。ザフトとはあの場限りの一時的な共闘であって、正式な同盟結んでるオーブとは天秤にかけるまでもない。ここでオーブを見捨てたら誰も大西洋連邦を信用しなくなるよ」

「――とまぁ、そういうわけです」

 

 ミーシャの脳裏には自分と一緒に戦えて幸せだと散った、名前も知らないパイロットが浮かんでいた。そして、ミネルバに突っ込んで沈んだタケミカヅチの姿もだ。彼らは上が……カガリがなんと言おうと命令を守った。ミーシャが……あるいは、アズラエルが勝手に同盟を反故にするなど、そんなことは許されないし、許さない。カガリのせいでうやむやになっているところはあるが、はっきりと文書で同盟を破棄すると通達があったわけではない。死にかけていても同盟は生きている。それならば、地球軍兵士としては動かなければならないのだ。

 

「ただ、大西洋連邦に余裕がないのも事実でしてね……。ジブリール派とバレンタイン派で分裂している上に、戦力の大部分はヘブンズベースで喪失しました。自国防衛で精一杯なので、動ける戦力はこの艦だけです」

「味方なしかよ……」

「味方はいるよ。オーブ戦力がそうだよ」

 

 ミーシャは断言する。素直に味方を信じられる彼女がネオは羨ましく思える。

 

「思惑はどうあれ、我々はオーブの救出に向かわねばならない。――それが軍事同盟というものだ」

「否定はしませんよ。ザフトと同盟なんて話よりかは遥かにね」

「それに関しては同意だね。このままずっとザフトと一緒? 体調悪くなっちゃうよ。さぁ、しゅっぱーつ!」

「全くお前は……これから戦闘に行くというのに元気だな。――機関最大。ドミニオン、発進」

「機関最大、ドミニオン発進!」

 

 ドミニオンのエンジンに火が入り、戦艦が発進する。ミーシャの友達3人はドミニオンが小さくなって見えなくなるまでずっと見守っていた。

 

 ――それから、12時間後。ジブラルタルでデュランダルとタリアはオーブ……ユウナからの公式回答を聞いた。

 

 ――ロード・ジブリールなる人物はオーブに存在せず、そのため身柄の引き渡しにも応じることはできない。領海の境界に軍を貼り付けての恫喝には主権国として厳重な抗議をする。

 そういう内容の回答だった。

 

「……議長」

 

 たくさんの白服、黒服がいる部屋でタリアは、デュランダルに聞く。ジブラルタルの議長室では主要人物が複数人集まって、オーブの回答を聞いていた。オーブの白々しい回答に、デュランダルは立ち上がる。ザフトはカーペンタリアから齎された証拠があるのだ。まさかこうも白を切られるとは思っていなかった。……そうデュランダルは周囲に思わせる。

 

「こうも白々しい回答を私は知らないよ。……致し方ない。我々は人類最後の戦争にするための戦争を妨害しようとするすべての存在と立ち向かう。オーブがそうだというのなら……やむを得ない。攻撃を開始させろ」

 

 デュランダルはそう言ってザフトに指示を出す。ザフト軍は次々と領海を侵犯し、新たな戦乱が起こる――その瞬間、広域放送が両軍の間に響いた。

 

「こちらは地球軍大西洋連邦所属艦、ドミニオン艦長、ナタル・バジルール大佐です」

 

 デュランダルはいきなり現れたドミニオンの姿に怪訝な顔をする。

 

「どういうことだ……? なぜ地球軍が……?」

 

 困惑する両軍をよそに、ドミニオンからの放送は続く。

 

「繰り返す。こちらは地球軍大西洋連邦所属艦ドミニオン艦長、ナタル・バジルール大佐です。戦闘を開始するザフトに通達します。もし理不尽にオーブへ侵犯を続ける場合、本艦はオーブ、大西洋連邦間で結ばれた軍事同盟に基づきオーブへ加勢します」

 

 告げられた通達に、ザフトの大半の兵は怯えた。英雄艦ドミニオンと魔弾の悪魔といえばザフトの虐殺者だ。しかも今は、その魔弾の悪魔と渡り合った英雄、ミネルバはいない。

 

「……同盟だと? たった一隻でも地球軍が同盟を守る気があったというのか……?」

 

 デュランダルは内心で否定する。地球軍が守る気があったかどうかは定かではない。だが、これを決めたのは間違いなくミーシャだ。今の地球軍に同盟を守らないといけないという常識的な判断ができる人間などほとんどいない。上層部は残らずブルーコスモスとロゴスに掌握されており……彼女が普通の1兵士ならここで出てこれるはずがなかった。生き残ったロゴスメンバーであるミーシャとアズラエルの二人が働きかければどんな命令でも出せるだろう。大佐という地位、魔弾の天使という名声。それらが彼女を正義の使者にしていた。

 デュランダルは苛立つ内心を隠しながら言う。

 

「通信こちらに」

 

 デュランダルはそう言うと同じく広域通信で通信に出る。

 

「こちらはプラント最高議会議長、ギルバート・デュランダルです。我々はただ世界の敵、ロード・ジブリールの身柄を確保したいだけなのです。しかし、彼らは頑なに秘匿する。それならば致し方ないとは思いませんか?」

 

 通信に出たのはミーシャだった。

 

「こちら大西洋連邦所属、ミーシャ・バレンタイン大佐です。どんな事情があろうとオーブに攻め込むならオーブ軍と共に守ります」

「……守る相手が、世界の敵でも?」

「私は、ロード・ジブリールとかいうチキンを守ってるつもりはありません。そいつを探し出すまでに出る犠牲者を守っているつもりです」

「……そのために、()()()()と?」

 

 デュランダルが聞くと、ミーシャは即答した。

 

「個人的な感情で同盟反故にできるわけないでしょ? カガリ……の偽物じゃあるまいし」

「……そうか。非常に残念だよ。我々は攻撃を続行する」

「……今ミネルバ、ジブラルタルでしょ?」

「さぁ……軍事機密に答えるつもりはないよ」

「ミネルバがそこからこっちに来るまでに、ここにいるザフトを皆殺しにする。オーブ全戦力とドミニオン対ミネルバ一隻。そんな状況が嫌ならとっとと引き上げさせて」

「我々は全ての戦争を終わらせる戦争をしている。引くわけには行かない」

「引かないんなら殺すしかないよ。以上、通信終わり」

 

 通信が終わると、デュランダルは改めて指示する。……少し見誤っていたか。思い返せば彼女は元恋人と戦って本気で殺し合えるような少女だった。たとえ志を共にするとはいえ、ロクに会って話もしたことのない男のことなど、命令の前には考慮にも値しないのだろう。

 ――彼女は惜しい人材だった。しかし、こうしてこちらに向かってくるなら殺すしかない。

 

「戦闘を始めさせろ。……タリア。済まないがオーブへ急行してほしい。疲れているところ申し訳ないが……このままでは本当に全滅しかねない」

「了解しました、議長」

 

 タリアは敬礼すると、部屋を退出する。急いで準備せねば。

 

 ――その放送を、オーブの秘密基地にいたアークエンジェルの面々も聞いていた。……中々理解に苦しむ状況だった。

 ザフトが、議長が攻め込んでくる。またオーブが戦火に見舞われる。しかも、何をどう思っているのかユウナは避難もさせていないし軍も出していない。現在10分以内に戦闘を開始できるオーブ戦力は同盟軍のドミニオンのみという状況である。カガリは今すぐユウナをどうにかしなければオーブの民に夥しい死者が出る。そう思った矢先、デュランダルとドミニオンが広域通信でやり取りを始めたのだ。しかも、驚くべきことにドミニオンはオーブの救援に来たと言う。

 

「……ミーシャ」

 

 カガリは苦い顔をする。助けに来てくれたのは嬉しい。だがそれは……オーブが中立を失ったことの証左ではないかと、そう思ってしまう。だが。

 

「……思いだけでも、力だけでも……」

 

 カガリは呟く。思いはある。力がなかった。そもそも自分が本当に守りたいものはなんだ。それを見据えるべきなんじゃないのか。

 ここで助けの手を振り払ってオーブを焼かせることが、自分のやるべきことなのか。

 

 カガリは居ても立っても居られない。やるべきことを、やらねばならない。

 

 ――同時刻、宇宙、L4中域辺境。ラクスがザフトの追撃部隊に襲われているところを、キラがブースターを装備したストライクルージュで救援に駆け付け……戦闘中に受領した新型モビルスーツ、ストライクフリーダムで敵戦力を沈黙させた直後。

 

「キラ。状況はよくありませんわ」

「ラクス……」

 

 ラクスはキラに語りかける。彼は病んでいる。ラクスにだってそれはわかる。この2年ずっとそばで見ていたのだ。キラにはどんな慰めも効果がない。自罰感情に支配され、ただ親しい人の願いを叶えようと、そのためなら自分がどんなに傷付いても構わないと、本気で思っている。アークエンジェルで戦場に乗り込んだことも、さらにキラの罪悪感を煽る結果になってしまった。

 ……そんな彼が新しい兵器を貰って言うのだ。微笑みながら、この世にこんな嬉しいことはないと言うように!

 

「よかった、これでちゃんと戦える」

 

 ラクスの目には涙が浮かぶ。彼の心は一体どれだけ傷つけばいいのか。だがここで、大丈夫、世界には何も怖いことなどないのだ言えるような世界であったなら。ラクスもキラも、戦艦になど乗らなくてよかったのに。

 

「オーブがザフトに攻め込まれようとしています」

 

 ――ミーシャさん。

 

 ラクスは強く、強く彼女を羨む。自分は戦場に送り出すことしかできない。

 ……それなのに、ミーシャは横で戦える。一緒に戦おう、一緒に殺そう、一緒に傷つこうと言える。……実際に言ってもいた。安全な後ろで指示することしかできない自分と比べて……ミーシャが、羨ましい。

 ラクスは浮かんだ醜い考えを振り払うと、キラに推測したデュランダルの計画を伝える。

 

「デュランダル議長は、ザフト以外の勢力を削ぎたいのでしょう。地球軍にはもうほとんど戦力がなく、オーブの戦力は健在です。だから、こうして理由を付けて攻撃したいのでしょう。……しかし、今オーブにはドミニオンが……ミーシャさんがいらっしゃいますわ」

「あ……同盟……」

 

 キラが言う。ラクスは頷いた。カガリが苦しんだ同盟が、今カガリを助けている。数奇な運命を感じる。

 

「……そっか。ミーシャがいるんだ。それならしばらくは大丈夫かな……」

 

 ラクスは思わず顔を伏せた。……キラからの深い信頼。親しい人の死を、不幸を何より恐れるはずのキラなのに、戦場ど真ん中にいるミーシャをまるで心配していない。それは、何よりも誰よりも彼女のことを信頼している証拠のようにラクスには感じた。

 

「キラ、いかが致しますか?」

「僕は……僕はカガリを助けに行きたい。それに……これも、アスランに渡したい」

 

 キラの視線の先には同じく最新鋭の機体、インフィニットジャスティスがあった。

 

「アスランに……戦えと?」

「そうじゃないよ。でも、僕、思うんだ。『したい』と思った時に何もできないことは……きっと、辛いことだって」

 

 アスランも、キラは信頼している。

 だけど、ラクスは信頼してもらえない。自分だってエターナルの艦長として戦ったはずなのに、いつまでもキラの中では守るべき人間だ。

 ――後ろではなく横で歩きたいのに。ラクスはその自分の感情を恥じ入る。

 

「あ、そうだ……ラクス、これに乗ってオーブに行かない?」

「え……?」

 

 ラクスは思わず嬉しくなってしまう。一緒に?

 

「うん。議長の目も誤魔化せると思うし……今ラクスとカガリは一緒にいた方がいいと思う」

「はい、わかりましたわ、キラ」

 

 ラクスは二つ返事で頷いた。ラクスもその方がいいと思ったというのもある。だが、同じように命を懸けて隣に在れることを、嬉しく思ってしまったのだ。

 

――

 

 一見、ザフトのオーブ攻めは楽な戦場だった。何せオーブは全く準備が終わっていない。戦場の端から端を眺めても確認できる戦力はドミニオンだけ。

 ……だが、ザフトはそのたった一隻と一個小隊のモビルスーツ隊に著しい出血を強いられていた。

 

「嫌だ……! 嫌だ! もう帰りた――」

 

 一般的なモビルスーツに搭載されている近距離レーダーの遥か遠くからロックオンなしで飛んでくるビーム。縦横無尽に空を飛び回るカオスとウィンダム2機。

 

「なんで、なんで魔弾の悪魔が……! 嫌だ! なんでオーブを魔弾の悪魔がまも――」

 

 海中には連合製の改造がされたアビスがいる。

 グーンやゾノとでは速力がまるで違う。乗用車とレースマシンくらい違う。逃げられもせず、進むこともできず。ザフトの海中戦力は自分達が設計したモビルスーツに壊滅状態に追い込まれていた。

 では、ミーシャとドミニオン一隻に守られているオーブが余裕があるかというと全然そんなことはなく。むしろ混乱の最中にいた。首長官邸の司令部にいるユウナは現在の状況を確認して狼狽え、動揺し、戸惑うことしかできていなかった。

 

「……な……な、なんでザフトに攻め込まれてるんだ!?」

「あんな回答すればああなるのは当然です!」

「前の大戦のときは大丈夫だった!」

「あのときとは状況が違います! あの時はただ1部隊が聞いてきただけに過ぎません。しかし今の相手は国家代表なのですよ!?」

「そんなの僕が知るか! なんでドミニオンしか戦ってないんだ!?」

 

 政治周回遅れの人間がトップにいるとどうなるか、教科書に乗せたいほどの事例が今ここにあった。ミーシャ含むバレンタイン隊が殺して殺して殺しまくっているおかげでまだ本土に乗り込まれてはいないが、もう何発も流れ弾が飛んできている。死者も出ている。それでもユウナは現在の状況を把握するので精いっぱいだった。

 

「あなたが指示しないからでしょう!?」

「……う、うるさい! ザフトが攻め込んでくるわけなんてないと思ってたのに……!」

 

 その時、ミーシャからオーブ本営に通信が来た。

 

「地球軍ドミニオンモビルスーツ隊隊長から通信です!」

「出せ!」

 

 ユウナのそばにいる副官が鋭く指示すると、ミーシャの声が聞こえる。悲鳴のような叫びが響く。

 

「何やってるのオーブ! なんでまだなんの戦力も出してないの!? いくら私達でもこの数相手にするのは無理! 助けてよ!」

 

 副官はユウナをじっと見る。ここの総責任者はユウナなのだ。逃げることは許さないと言わんばかりの雰囲気に、ユウナは狼狽える。

 

「ば、バレンタイン大佐! た、助けてよ! 僕はまさかこんなことになるとは……」

「ちょっとユウナ様今更弱音吐かないでよ!? ミスったら取り返さないと! 指示出して! 早く! 細かい事は部下がやってくれるから! 方針だけでも早く!」

 

 ミーシャは戦いながらユウナに向かって怒鳴る。いざって時には狼狽えて使い物にならないとは思っていたがここまでとは思っていなかった。事前準備も終わってて戦艦の中にいて戦う覚悟があった時と違って今は本国にいて戦う気などまるでない時だ。狼狽ぶりも段違いなのだろう。

 ――でも、それならそれで使いようはある。とにかく彼を落ち着けてなんとかなると思わせればまともな戦術眼を活かせるようになるはず。

 新兵を相手にしているような面持ちでミーシャは続ける。

 

「大丈夫、なんとかなるよ。ユウナ様、盤上演習思いだして。ユウナ様ならできる!」

「ば……」

「ば?」

「盤上演習なんてしたことない……! ぼ、僕はゲームでしかやったことないんだ!」

 

 ミーシャは目の前が真っ暗になったような気がした。ゲーム? ゲームだって? 今ゲームって言った!?

 

「この戦闘終わって私達が生きてたら話があるから! ――ゲーム感覚で戦争してたこと後悔させてあげる」

 

 ミーシャがとんでもないことを言い出した。思わずユウナは後ろの副官を見た。

 

「彼女の言い分は致し方ないかと。申し訳ありません。早く指示を」

「わ、わかった……! モビルスーツ隊出して! 防衛艦隊も早く! ドミニオンを支援するんだ!」

「ほっ。よくできました」

 

 ミーシャはオーブからモビルスーツが出てきたことに心から安堵した。

 

「オーブの防衛戦力出てきたよ。全機報告」

「ロアノーク少佐! まだ生きてるよ! 出てくるのが遅すぎるだろ……!? こっちがやられちまう!」

「オークレー少尉、問題ない! 後でヤキ入れてぇよ!」

「ルーシェ少尉、大丈夫! 私あの人嫌い!」

「ニーダ少尉、入れ食い、楽勝、超楽しい! アビスってホントさいっこうだぜ!」

 

 各機、それなりにピリピリした戦闘を繰り広げている。ただ1人海にいるアウルは楽しく戦争やっていたが。正直助かる。海からの攻撃を防いでくれるだけでもありがたいことこの上ない。

 

「ドミニオン問題なし。この事は外交問題にするのか、バレンタイン大佐」

「なんで私!?」

 

 ミーシャが驚愕の叫びを上げる。外交問題にするかどうかなんてミーシャにはどうでもいい。そういうのは上が考えることだ。

 

「大西洋連邦大統領はロゴスの操り人形らしい。この件が終わればロゴスの代表はお前かアズラエル理事のどちらかだ」

「マジ?」

 

 冗談じゃない。この世の悪夢だ。何が悲しくて大統領に指示する立場にならなきゃいけないんだ。誰がやるかそんなこと。っていうか大統領なら自分の意思で国家運営してよ。

 

「……今はそんなことよりも生き残る事考えないと! ミネルバが来る前に殺せるだけ殺すよ! 敵戦力を撃滅する!」

「了解!」

 

 ミーシャは特殊コンソールを起動し、複数の目標に対してロックオンする。ハイマット・フルバーストで放たれたビームの雨に、無数の敵が爆発する。

 

「ネオ! ステラ! 戦艦沈めて! 行けそう!?」

「了解! デストロイよか楽だ!」

「わかった! リフレクターもフェイズシフトもないなら!」

 

 かつての戦争の時の全く逆。モビルスーツ隊が少なくなったザフト戦艦を、バレンタイン隊が次々と落とす。戦場は不利なはずのオーブ地球軍同盟軍が圧倒していた。

   

「……とにかく、司令本部を掌握し実権を取り戻す。カガリ・ユラ・アスハ、アカツキ、出るぞ!」

 

 オーブの秘密基地から出撃した父の遺産、アカツキは、圧倒的にオーブ有利の戦場に躍り出た。

 

「……何アレ?」

 

 新しく出てきたモビルスーツに、ミーシャは驚く。正直今まで見たことがないデザインのモビルスーツで……相当奇抜なカラーリングをしていた。

 

「き、金ピカ……?」

 

 ちょっとカッコイイと思ってしまった。さらにオーブからはアークエンジェルの姿も見える。沈んだと思ってはいなかったが、本当にオーブに戻っていたとは。凄まじいガッツと生存力である。

 

「私はオーブ首長国連邦代表、カガリ・ユラ・アスハだ! ザフトに告げる! オーブ領海から退去せよ!」

「カガリ!」

 

 広域通信にユウナの叫びが聞こえた。どうやらコクピットで通信が繋がっているらしい。

 

「ユウナ」

「カガリ! 助けに来てくれたんだね!」

 

 ユウナは縋るようにカガリに言った。正直限界に近かった。ここまで後がない戦場は経験がなかった。確かに状況は有利だ。だがユウナにしてみれば勝ったところで鬼のような詰問が、あるいは大西洋連邦からの突き上げが来る。そもそもオーブを守り切れるのかすらまだ確定していない。ストレスでどうにかなりそうだった時にやってきたカガリは救いの女神のようにも見えた。

 

「ああ。もちろん、オーブの危機とあっては必ず私は駆けつける。

 ――ところでユウナ、私をカガリだと認めてくれるのか?」

「もちろん! もちろんだよマイハニー! だってこうして僕を助けに来てくれた!」

 

 カガリは拍子抜けするほど簡単に自分をカガリだと認めた婚約者を若干心配する。大丈夫なのだろうかこの男。だが、ここで手を緩める理由はカガリにはない。

 

「よし! よく言ってくれた! ユウナ・ロマ・セイラン! 職権濫用の罪でお前が持つ全権限を剥奪する! 抵抗するなら拘束しろ! 以後、オーブ全軍は私に従え!」

 

 ……本来は、ユウナには国家反逆罪でも適用してブチ込んでやろうと思っていた。だが、こうして……非常に癪だが、大西洋連邦との同盟はこうしてオーブの助けになったのだ。そもそも戦火を引き入れたのはそもそもユウナだとか、中立の理念が危ぶまれ、今や風前の灯火になったこととか、正直やってきたことは許しがたい。だが牢屋送りは勘弁してやろうとカガリは思う。

 

「了解!」

 

 オーブ軍からは元気な声が聞こえる。通信機の後ろでは「そんな~カガリぃ~!」という間抜けな声が聞こえる。殴られたりしていないあたり、この土壇場でドミニオンが駆け付けてくれるだけの縁を結んだという功績は認められたのだろう。――オーブ軍人の内心は複雑だろうが。

 

「カガリ……えーっと、アスハ代表」

 

 フリーダムから通信が来た。ミーシャの声だ。

 

「ミーシャか。……その、助けに来てくれてありがとう」

「別に、同盟だし。……まさか中立だからって今から帰れとか言わないよね? 流石に軽蔑しちゃうよ?」

 

 無辜の民を守るためになら、為政者はその全力を尽くさなければならないとミーシャは考えている。今から国が敵国に攻め込まれようとしているこの瞬間、取れる手は全部取るべきだと。今亡国の危機にあって中立の理念など犬にでも食わせればいいと本気で思っている。

 ……未だに中立の何がいいのか理解できないミーシャだが……カガリはこんなところで大切な物を見失う人ではないと信じている。

 

「言わない。恥を承知で頼む。どうか、どうか手伝ってほしい」

「もちろん! そのために来たんだよ!」

 

 ミーシャが元気よく、嬉しそうに言った。カガリの機体に向けて、山のようにビームが殺到する。与しやすそうな大将機とくれば狙わない理由がない。もしここでオーブが降伏すれば魔弾の悪魔の手は止まる。止まってくれ。そんな思いで近くのモビルスーツ全機がアカツキに向けてビームを撃った。

 そして、その全てをアカツキが反射して武装を奪った。ビームを反射する、アカツキの特殊装甲、ヤタノカガミ。フェイズシフト装甲対策でビーム兵器が主流になりつつあるこの世界で凶悪な防御性能を誇るオーブ最強の装甲である。()()()()()()()ビームを反射する装甲は電力要らずで維持できるという点も凄まじい。

 

「う、嘘……だろ……? ま、まだ強いヤツが来たのか……?」

 

 ザフト兵は心が折れそうだった。魔弾の射撃にアカツキの防御力。海ではアビスが大暴れ。今すぐ誰か助けてほしかった。

 ……かくして、救いの女神は現れる。

 

「う、嘘でしょ……? ほとんど壊滅状態じゃない……」

 

 タリア率いるミネルバがやってきた。タリア含めて3人ものFAITHが所属する現存するザフト艦で最も精強で最もベテランの戦艦である。

 

「モビルスーツ隊、全機出撃! 味方の撤退を支援して!」

 

 タリアはシンたちに命令する。

 

「撤退ですか? 議長の命令はオーブの制圧――」

「――それができる状況なら私だってそうしたわ。でも今はもう無理よ。とにかくシン、レイ、ルナマリア、お願い」

「了解」

 

 ほどなくてしてシン、レイ、ルナマリアがミネルバから出撃する。

 

「……えっ」

「うそ……」

「クッ……」

 

 3人は戦場に出た瞬間絶句する。大戦力を差し向けたと聞いていた。ザフトの大艦隊がここにいるはずだと。

 ……もはやモビルスーツ隊は小隊が複数あるだけしか残っておらず、艦艇も両手で数えられるほど。海中戦力に至ってはモビルスーツ隊は全滅していて、潜水艦も数隻しか残っていない。

 手痛い敗北。ミーシャの射程から逃れる事もできずただ逃げることすらできない彼らは、絶望的な戦いに身を投じていた。

 

「……レイ、ルナ、行くぞ!」

「ええ!」

「ああ」

 

 3人は戦場に向かう。

 ルナマリアは怖くて仕方なかった。ミーシャは見たことがある。話したこともある。シンを気遣って話を聞いてくれるほど優しい子だった。

 ……敵に回るとこれほど怖いなんて。

 

 ルナマリアの機体はインパルス。一つ前の世代の機体である。ザクより強いはずの自分の機体が、ひどく頼りなく思えた。 




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