【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
ここはジブラルタル。粗方指示を出し終わって一人になったデュランダルは苦い顔をして机の上のチェスボードを睨む。
「……ユウナ・ロマ・セイラン。道化とばかり思っていたがな」
状況はオーブが有利だ。地球軍一隻増えただけで何を……と思うようなザフト兵など現場を知らぬ新兵くらいである。あの艦は歴戦の英雄艦で、中にはミーシャが乗っているのだ。現に今、あの戦場にいたザフト兵でまだ生き残っている人間はもう限られている。
デュランダルは苛立ちを抑えられそうになかった。オーブの動きはバカそのものに見えた。ザフトを討つのをカガリが止めて、ユウナはひたすら大西洋連邦に迎合する。意思統一ができておらずどっちつかずの対応に終始していた。
だがここに至ってみればどうだ。代理が勝手に結んだ同盟でちゃっかり地球軍から増援を引き出し、戦後は何食わぬ顔で同盟を破棄して中立だというのだろう。『アレは暴走した代理が勝手にやったことだ』と素知らぬ顔で言うに違いない。そして忌々しいことにザフトはそれを否定できない。戦場ど真ん中に来てまで同盟に同意していないと主張したという実績があるのだ。しかもミネルバはそれで2度も助けられている。
大西洋連邦には同盟を破棄するだけの代償を支払わされるだろうが……この戦争でほとんどダメージを受けていないオーブには……金も物もある。それを代償にと差し出されたら今の連邦は振り払えない。ヘブンスベースを撃たれ、ザフトとの戦争で減った戦力を思えば、受け入れるしかない。どういうわけか、一体なんの縁なのかサッパリわからないがミーシャはカガリに友好的であることだし、無茶は言われないだろう。
――流石のデュランダルもオーブが全力で隠蔽、秘匿する事実を掘り起こすことはできない。
……カガリがかつてアフリカでゲリラとして参加し、アークエンジェルと共に戦ったことがあるなどと、わかるわけがなかった。
つまり、オーブは連邦と友好的になりながらもザフトとも表立って敵対せず、しかも国はしっかり守り切る……したいこと全部できて不利益をほとんど被っていないことになる。
ここまですべてが噛み合う展開になるとはデュランダルをして読みきれなかった。ユウナもカガリも愚物と切って捨てたため、全くのノーマークだった。もしこれが、ユウナとカガリ二人で描いた絵だとしたら脱帽するしかない。だがおそらく違うだろう。今デュランダルを阻んでいるものはもっと大きなものだ。
――
運命が彼女を、オーブを選んだとでも言うのか。
デュランダルは歯噛みする。……だが、まだ決定的ではない。まだ取り返せる。
――ここでオーブがジブリールを取り逃がしさえ……あるいは、アレさえ撃てば、状況はまだ彼の手の内だ。
オーブでの戦闘はようやく膠着状態になった。シンが前線に出てきてミーシャと戦い始めたのだ。
レイとルナマリアの二人は、正当な代表に指揮され、意気軒昂たる士気で戦うオーブ兵と戦っている。
「君は……! なんで君と! 君は議長と一緒に戦うんじゃないのかよ!?」
「シン! それとこれとは話は別! まだ国になったばっかのプラントにはわからないかもしれないけど、軍事同盟はね、たとえ死んでも守るべき物なんだよ! ザフトとは同盟結んでない! それだけ!」
「それだけって……! 君はそんなことで戦えるのか!」
「戦えるよ、軍人だもん!」
フリーダムは逃げながら撃ってくる。だが……追いつける。デスティニーが最強というのは伊達でも嘘でもない。シンのビームライフルを的確に回避しながらミーシャは歯噛みする。
「わかってたけどホント強いねそれ……!」
「君がザフトと戦うなら……! 俺は君を!」
「まだ死にたくないよ! 学校にも通ってないし恋人だってまだできてないんだから……!」
そのミーシャの言葉にシンは思わず精神が乱れる。学校。恋愛。……なんで、なんでそんな年の子が戦ってるんだ……!
「ステラ! アウル! スティング! もう十分戦ったよ! ドミニオンで補給、休養して!」
「でも、隊長!」
「俺はまだやれる!」
「隊長だってそうだろ!?」
「復唱!」
ミーシャは怒鳴るように言った。敵は少ない。シン、レイ、ルナマリアの強力なエースが3人いるだけで、他は雑魚だ。
「……っ。ドミニオンで補給、休養します……!」
「同じくドミニオンで補給、休養するよ!」
「……わかったよ! ドミニオンで補給と休養すりゃいいんだろ!?」
「よし! 行動開始! ネオは残業だよ!」
「了解!」
3人がドミニオンに戻るのを確認すると、ミーシャはシンに向き直る。
「ステラを殺させないし、ステラに殺させやしないよ」
「クソッ! ……そんなに優しいのになんで戦わなきゃいけないんだよ!」
「さぁ……。
ミーシャは目の前の機体、デスティニーを見ながら言う。
「ミーシャ!」
カガリがミーシャのフォローに来る。ビームを撃ちながらデスティニーに向かってくるが、その射撃精度は一般兵程度である。一国の長がそれほど強いのは驚嘆に値するがここはその程度の腕では的にしかならない過酷な戦場である。
「大将機……! そんな腕で!」
「カガリはやらせない!」
「邪魔……するなぁああああああ!」
追い縋るミーシャにくるりと機体を反転させると、振り返りざまに掌をミーシャのビームライフルに向ける。
――掌?
次の瞬間、パルマフィオキーナに右腕ごとビームライフルが破壊された。
「それがあったか……! 忘れてた……!」
デスティニーはそのままアロンダイトを構えると背部バックパックにある翼を展開。不思議な色合いの光の翼……ヴォワチュール・リュミエールを発動し、移動する。
「何それ……!?」
まるで分身しているかのような挙動に、ミーシャが愕然とする。ロックが分身に引っ張られてまるで安定しない。ミーシャの目にも分身して見えるためどれが本物なのか判断に迷う。
ミーシャが撃てずにいるとデスティニーは肩のビームブーメランを放ってアカツキの腕を切り落とした。
再びアロンダイトを構えると、アカツキに突撃する。……その時。
遥か上空……宇宙からビームが飛んできた。
「なんだ……!?」
シンが撃ってきた方向を見て、愕然とする。
……落としたはずの、白いフリーダムがそこにはいた。遠くではアークエンジェルに向けて赤い機体が着艦しているのが見える。
「し、白いフリーダム……? 嘘だ! 俺が、俺が落としたはず」
「……ミーシャ」
ストライクフリーダムからミーシャに通信が来た。シンとの通信を切って恐る恐る通信に出ると、そこにはキラの顔があった。
「キラ、生きてたの? 何の用?」
「僕は……僕は」
キラは、自ら名乗りを上げる。まさかこんなことになるとは思わなかった。だがオーブに帰って正式にアークエンジェルが軍艦として認められる事になり……キラにも、階級と軍人としての籍が生まれたのだ。自分では分不相応なほどに高いと思える階級で。
「僕はオーブ軍所属艦アークエンジェルモビルスーツ隊、キラ・ヤマト……
「――え、オーブ軍? 准将?」
ミーシャの問いに、キラが頷く。
「……取り敢えずキラ……いや、ヤマト准将はどうご判断します?」
「ミーシャ、キラでいいよ。僕とは……前と同じように接してほしい」
「よろしいのですか?」
キラは再び頷く。するとミーシャも了解、と頷いた。
「オーブ軍の軍人だって言うならシンを殺すの?」
「僕は誰も殺さない。撃ちたくない」
「……ま、いいけど。高脅威目標はインパルス、レジェンド、デスティニーの3機。キラがデスティニー抑えて、私はレジェンドを止めに行く。インパルスは……まぁ片手間でも行けるでしょ」
「わかったよ」
「アスハ代表はどうする?」
ミーシャがレジェンドの方に向かいながら言う。ムラサメの小隊と戦っていたレイは背後から迫るバスターカラーのフリーダムを見て苦い顔をする。
「クッ……こっちに来たか、バレンタイン。大気圏内でレジェンドは全力を出せないというのに……」
レジェンドの主力武装は背面バックパックに山のように装備されたドラグーンだ。大気圏内では多めの砲塔以外の使い道がない。
「私は……私は官邸に行ってユウナから話を聞く! ジブリールを引き渡せばザフトはその大義名分を失う!」
「ん~……悩むな……」
「どうした?」
「私もジブリール探したい」
ミーシャはレジェンドを追い詰めながら言う。山のようにあるビーム砲塔からの攻撃は脅威だがデスティニーほどではない。離れてバラエーナを撃つと、向こうも必死になって回避する。お互いに有効打がないような状況だった。
「……戦闘落ち着いてからでいいよ。あと、マスドライバーの場所教えてくれる? そこにウチのモビルスーツ張り付かせとく」
「――わかった。そこは共有させる」
ミーシャは頷く。
「バジルール大佐、聞こえる? 今からオーブのマスドライバーの場所教えてくれると思うから、その出入り口にモビルスーツ隊張り付かせといて」
「わかった。ジブリールが来たらどうするつもりだ?」
「撃ち落としちゃっていいよ。ネオもついていって」
「いいのか?」
「うん。大丈夫」
ミーシャはしびれを切らして近づいてきたレジェンドのビームサーベルを回避すると、腰のレールガンでコクピットを撃つ。フェイズシフト装甲はダメージこそないが衝撃を無効化してくれるわけではない。振動でパイロットをシェイクしてやれば数秒、操作不能の状態を作り出せる。ミーシャもやられた手である。一瞬の意識の空白。レイがハッと気がつくと、眼の前にビームサーベルが迫っていた。咄嗟に全ての推力をカットする。重力に従って急速に高度が下がり、ミーシャのビームサーベルはレジェンドの頭部とバックパックの上半分を切り飛ばした。ルナマリアのインパルスがフォローに入り、ミーシャへとビームライフルを撃ってくる。
「嘘でしょレイ! 大丈夫!?」
「俺は大丈夫だ。油断したわけではないが……! 已むを得ない。一度帰投する」
「ええ! 私がミーシャを……う、受け持つわ!」
「お前も下がれ。死ぬぞ」
「う……で、でもこんな戦場で下がるなんてできない!」
ミーシャはルナマリアに視線を向ける。
「優しい人だとは思うけど……ごめんね、ホークさん」
ミーシャはフリーダムを一気に上昇させる。太陽の光を背景に、ビームを乱射する。
「……! ルナ!! 魔弾の悪魔ああああああ!」
シンの意識が拡張されるような感覚と共に澄み渡る。フリーダムの動きが酷く緩慢に感じる。近くにいるストライクフリーダムをビームライフルで牽制しつつ振り切って、フリーダムに近付く。
インパルスの腕、足が次々と破壊される。シンが激昂しながらフリーダムに近付くと、緑色の砲身を持つビーム砲を構えて放った。
「!」
デスティニーが速すぎる。ミーシャは高高度まで一気に飛んできたデスティニーの砲撃を回避する。反撃しようとしたところで、ビームブーメランが飛んできてもう片方のビームライフルも破壊された。
「……クソッ!」
ミーシャは舌打ちする。性能不足が目立ってきたような気がする。……だが泣き言を言っても始まらない。
「魔弾の天使! 援護します!」
「……! 下がって! 来るな!」
ミーシャは飛んできた3機のムラサメに下がるよう命令する。シンは鋭敏化した感覚が命じるがままに戦う。アロンダイトを構え、突っ込んでくるムラサメをあっという間に3機、撃墜する。
……遥か低高度ではインパルスがミネルバに帰還しているところだった。ミネルバのモビルスーツ隊は瞬く間に一人きり。だがシンは負ける気はこれっぽっちもなかった。このままミーシャがやったように、オーブの戦力を削りに削って……。
そう思ったところで、アークエンジェルからまた一機モビルスーツがやってきた。
その赤いモビルスーツは一直線にデスティニーに向かうと、ビームを撃つでもビームサーベルを抜くでもなく盾を構えて突撃してきた。シンは不意を突かれ、モロに食らってしまう。
「……カガリ、今なら行ける。官邸に行こう」
「アスラン……? わ、わかった、ミーシャ」
カガリとミーシャは自分のモビルスーツを首相官邸前まで移動させる。シンは追撃をしようにもストライクフリーダムとやってきた赤い機体……インフィニットジャスティスが眼の前にいるためそれができない。流石に2対1で別のことに意識を向けられるほど余裕はない。
「もうやめろ!」
シンはインフィニットジャスティスから聞こえる声に激しく動揺する。そんな。そんなはずはない。
……殺したはずだ。確実にコクピットを貫いたはずなのに。
なんでアスランが、ここにいるんだ。
「え……」
「お前がオーブを討ってはダメだ!」
「な、なにを」
「お前は議長に踊らされているんだ! 世界を平和にする……そのためにロゴスを討つ! ロゴスを庇うオーブを討つ! 次はミーシャを討つために地球軍を討つ気だぞ、議長は! そうやって自分達以外全てを殺して……ジェネシスを撃とうとした彼らと何が違うって言うんだ!」
「そ、そんなこと……! そんなこと議長は言ったりしない!」
「言っただろう、シン! 議長の言葉は甘く心地よく聞こえると! 思い出せシン! お前が欲しかったのは……! お前が武器を取ったのは、本当にそのためなのか!? お前が本当に欲しかったものは本当にこんなものなのか!?」
本当に、俺が欲しかったもの……?
シンは今までを思い出す。本当に欲しいもの。本当に心から求めるもの。
『お兄ちゃん』
妹の、マユの声を思い出す。父と母の声は思い出せない。……マユの遺品が手放せないのは、少しでも離せば、少しでも再生することをやめれば、マユの声すら忘れてしまいそうになるから。
本当に欲しかったのは、本当に欲しいのは、マユと、父と、母と、彼らと過ごす平和で温かい日々。
――もう二度と手に入らない、手に入れられない物。
「あんたは……!」
「シン!」
「あんたは一体、なんなんだ! 裏切り者の癖に!
――何にも知らない癖に!!」
シンはインフィニットジャスティスに向かう。キラとアスラン。二人を全く理解できない。なぜだ。ミーシャはわかる。彼女は軍人だ。彼女はきっと命令があれば明日にでもザフトと一緒に戦えるんだろう。流石にそこまで割り切る人間は珍しく奇妙で歪に感じるが、理解はできる。
だが二人はわからない。キラとアスランは殺し合っていたはずだ。アスランはキラの所業に怒っていたし、キラはミネルバを攻撃してアスランのモビルスーツもバラバラにした。
……なんで当然のように隣り合って戦っているんだ。なんで二人はそうやって仲良くできるんだ。
「シン! 話を聞いてくれ! お前がオーブを討ってはダメだ! お前の故郷なんだぞ!」
「故郷! 守ってくれもしないアスハと……! 誰も家族がいないような国が、故郷!? そんなのを故郷って言うのか、あんたは!」
「……俺だって……! 俺だって父も母も亡くした! 母はユニウスセブンで! 父はヤキンで! 俺には他には家族はいない! だが俺の故郷はプラントなんだ!」
「ならなんであんたはそこにいる! 俺がオーブを討つのはダメで、あんたがザフトと戦うのはいいのかよ!?」
「俺はプラントを討つ気はない!」
「俺だってオーブを焼く気はない! ――わかったら邪魔すんなよ! 裏切り者! 今度こそ……! 今度こそ討ってやる!」
シンはヴォワチュール・リュミエールを起動し、分身しながらインフィニットジャスティスに向かう。その時。
ミネルバから撤退信号が発せられた。気が付けばシン以外の残存戦力は片手で数えられる程度しか残っていない。モビルスーツ数機、戦艦数隻。海中戦力、全滅。
「……クソッ!」
シンは舌打ちするも現状は撤退以外に道はない。デスティニーをミネルバに向けると、帰還を始める。キラもアスランも追ってはこなかった。ドミニオンが戦場から離れていく。ここに、オーブ防衛戦は終了した。
その知らせを聞いた時、デュランダルは声を荒げることを抑えるので必死だった。――敗北。それも手痛いを通り越して全滅に近い有り様で負けた。しかもいきなりレジェンドが中破するとは。ジブラルタルに戻せば修理は容易い。だが初陣でこれでは……。
地上戦力はほとんど底を尽きており、攻勢に出るなど夢のまた夢という状況になった。対するオーブは想定の2割程度しか戦力を削れていない。
「――申し訳ありません。魔弾の悪魔から逃れる味方を支援したのですが……力及ばず」
タリアの申し訳無さそうな声に、デュランダルは努めて冷静に答える。
「いや……とんでもない戦場に放り込んでしまった。謝るのはこちらだ。だがこちらとしては引き下がる事はできない。代理殿が退いたタイミングだ……これを機にもう一度提案してみよう」
「今度白を切られたらどうするおつもりですか?」
デュランダルは自身の失策を恥じ入る。まさかここまでオーブが粘るとは。そして、ミーシャ・バレンタインがここまでやるとは。ここ最近の彼女の戦果はかつて恐れられたほどではなかった。……それも全てシンとキラ、アスランと言ったスーパーエースが抑えていたからこそである。だが、抑えの効かない彼女がこれほど恐ろしく……それこそ悪魔のように殺すとは実感していなかった。
「その時は……なんとかして潜入して……なんて話になるだろうな」
「頭が痛い話ですね……」
「全くだよ」
デュランダルはオーブに対して、もう一度ジブリールの引き渡しを要求した。
「先の戦闘による貴国の意思はこちらも痛感しました。オーブ国民を守るというその意思、こちらとしても尊重したいと考えています。しかし、我らも平和を望む者。どうか、どうかジブリールの身柄を……引き渡すか……あるいは、発見次第投獄しては貰えませんか」
そんな内容の質問文である。……事実上の敗北宣言だった。もしユウナにもう一度白を切られたらデュランダルはお手上げである。
……しかし返答は違った。
「わかった。テロリストの引き渡し要求には応じる。しかし貴国の蛮行には厳重に抗議申し上げる。身柄を捜索、拘束するため12時間後にまた進捗を報告する。
――ザフトに通告する。我々はただテロリストの身柄が未確認であったためその旨回答したに過ぎなかったということを重々承知いただきたい」
「――アスハ代表がそうおっしゃるなら」
デュランダルはダイスを転がしたような気分になった。
――アークエンジェルのブリッジで、未だに調子が悪そうな女性がオペレーター席に座っていた。
「……本当に大丈夫なの?」
心配そうにラミアスが聞いた。彼女はメイリン・ホーク。戦闘が終わり、ジブリールを探すという段階になって、自分にできることをしたいと申し出たのだ。
「……アスハ代表からルートユーザーの情報貰ったので、大した苦労じゃないので……」
謙遜抜きで言った。最も権限が強いアカウントを教えてもらってそれで何もわかりませんなどと言おうものならハッカーの名折れである。
「……やっぱり原始的な通信手段はこっちじゃ掴めませんね……。網張れば引っかかるかな?」
メイリンは無数の情報を目にしながら作業を続ける。
――見つかると思っていたジブリールは中々見つからなかった。兵に官邸の各セクションを捜査させているが、発見には至らない。
ジブリールは抱き込んだ兵士に虚偽の報告をさせることで身を隠していたが、どん詰りなのには変わりがなかった。周りは海。港は押さえられている。頼みのマスドライバーには出口でバレンタイン隊が手ぐすね引いて待っている。
「全く……! 忌々しいガキめ。だが……私の方が1枚上手だ」
ジブリールは通信室を制圧すると、手元の端末で月に連絡を付けた。相手は将官。ジブリールの『演奏者』だ。彼はジブリールが望む時、望む場所に鎮魂歌を届けてくれる。
「……ああ、私だ。もはや月には行けまい。だから大佐、アレを予定通りに……」
ジブリールは切り札を切ったつもりだった。月のダイダロス基地にある秘匿された兵器を使うことで自分に構う余裕をなくし、混乱の最中脱出する……狡猾で姑息。ただ逃げるためにどれほどの人が犠牲になるのか考えもしない。
――だが、その一手が致命傷だった。
「
アークエンジェルのブリッジ。オペレーター席に座る脱走兵が淡々と言った。アスランと共におまけのように脱走した彼女の名はメイリン・ホーク。
趣味兼特技、ハッキング。
カガリから最高権限を一時的に与えられている今、メイリンに把握できないことなどなかった。兵士達の無線をすべて洗って特定するような仕事ならともかく、この状況で月の地球軍基地に連絡を取っている回線を特定するなどまさしく赤子の手をひねるが如く。
――ミーシャは戦闘終了少し前に、オーブの首相官邸前に機体を下ろして中に乗り込んでいた。ジブリールは自分の手で始末するとカガリに我が儘を言ったのだ。カガリは悲しそうな顔をしたがそれを受け入れ、カガリと並走しながらジブリールの居場所に向かっていた。
「……アークエンジェルからハッキング? ホークの妹さんってヤバイ人なんだね」
「いや、私が許可してるからハッキングではないんだが……。知り合いか?」
「お姉ちゃんとね。中々のインパルス捌きだった。まぁ……シンには負けるけど」
「メイリンもすごいぞ。アスランと逃げる時、基地をハッキングして居場所を誤認させて隙を作ったらしい」
その武勇伝にミーシャはドン引きである。
「その人頭のネジ飛んでるよ……。まぁ助かったけど。ジブリールのカスは私が頭吹き飛ばすから手出さないでね」
「お前が無理に殺す必要はないぞ? ロゴスの禊というなら、もう十分だろう」
「個人的感傷かな」
「……カガリ様、バレンタイン大佐、あの扉です!」
先導する兵士が扉の前に付くと、爆薬をセットして、速やかに爆破。扉が吹っ飛ぶと、射線が開く。
「みんな!」
ミーシャが叫ぶと、先導していた兵士が入口の脇に避けて誤射を防ぐ。
中にいるのは5人。煙に巻かれて未だに状況を把握できてない。1人はジブリールだった。ミーシャは正確に4人の護衛の頭を撃ち抜いた。モビルスーツならよく避けられる射撃だが、生身で銃弾を避けられる人間はほとんどいない。少なくともミーシャはクルーゼ以外に知らない。
煙が晴れて周りを見ると護衛が全員死んで取り囲まれている。そんな状況になったジブリールは慌ててその中心にいる人間を見た。
カガリ・ユラ・アスハとミーシャ・バレンタインの二人が並んで立っている。
「な……あ……」
目を見開いて愕然とする。なぜここがバレた。
「対面で会うのは初めてだね、ロード・チキン・ジブリール」
「み、ミーシャ・バレンタイン……!」
自分の身長の半分にも満たないような子供が、悪魔に見えた。彼女は極限の怒りを通り越してむしろ笑顔を浮かべている。銃口はジブリールの胸部にピッタリ合っていて、引き金に指が掛かっている。
「聞きたいことがいくつかあるの。答えなかったら捕まえて拷問のフルコースが待ってるよ。お前に対しては
「な、なんだ! 何を聞きたい!」
「AG生体CPUの生産工場はどこ?」
「……ユーラシアに3つある。も、モスクワの近くにある。く、くく。生産工場? ず、随分冷たいじゃないか。自分のクローンだろう?」
カガリの顔が歪む。クローン? しかもそれを生体CPUだと?
「私は……クローンを楽にしてあげたいだけ」
「だが殺すのだろう? お前はアイデンティティを揺さぶられたから短絡的に――」
ミーシャがジブリールの膝を撃った。
「あああああああ!」
「ユーラシアのモスクワね。探してやるわ。次に、お前月へなんのために連絡した?」
「な、なんでそれが」
「お膝元で外部に連絡とかナメた真似するからよ。で? 教えなさい」
ミーシャが銃をちらつかせて脅すと、ジブリールは恐怖と痛みのあまり、急に笑い出した。
「ふふ、ふふ、ハハハハ……! ミーシャ・バレンタイン! 私の勝ちだ!」
「痛みでおかしくなるにはまだ早いと思うけど」
「ふふふ……! 私はお前に殺されるだろう……! しかし私の鎮魂歌が奏でられる! お前の絶望と悲鳴を天国で聞いてやる!」
ミーシャはジブリールの胸を撃った。
「がっ……」
「お前を殺すって言ったでしょ。それに天国? お前ほど地獄行きが相応しいヤツもそういないよ。
……遺言は?」
ミーシャがジブリールの口元に耳を寄せる。震える声で、ジブリールは言った。
「は、はは……。青き……清浄なる……世界の、ために」
ミーシャは顔を曇らせてジブリールから離れる。
「……なんて言ったんだ?」
「いつものスローガンだよ。今でも地球は青くてキレイなのに、これ以上何求めるんだか」
ミーシャはため息を吐く。さ、あとはデュランダルに死体を渡して全部終わりに……。
――そう思って、行動を開始してからしばらく。
――彼女はようやく、ジブリールの世迷い言……奏でられた鎮魂歌の正体を知るのだった。