【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
本作は小説版と映画の好みの描写を採用するのでちょこちょこ小説版と描写が違うところがあります。
吹き飛ぶ花畑
――欲望を失いたくない。
誰かが、彼らに言った。
あなたは世界のもので、世界はあなたのものだと。
安定しない世界は、まだ、戦乱が続く。
――アフリカ共和国、オルドリン自治区。平和だった街は突如として戦火に見舞われた。ミサイルの雨が降り注ぎ、雨粒の一つ一つが街を瓦礫に変え、人々の命を吹き飛ばす。
先鋒に立って民間人を虐殺するのは旧式のウィンダムである。たとえ英雄たちに鎧袖一触に切り捨てられるようなモビルスーツとパイロットだとしても、なんの力もない市民にとっては死神そのものだった。
ウィンダム隊の後方からのそり、のそりと歩いているのは大型モビルスーツ、デストロイであった。脅威の存在しないデストロイは、その幼い残虐さが命じるがまま、街を焼き払う。
その機体に搭載された無数の火器が放たれるたび、男が、女が、老人が、赤子が死ぬ。
人々は絶望する。防衛戦力のモビルスーツはジンだ。ザフト最初期のモビルスーツであり、ビーム兵器を所持していない。あの鋼鉄の巨人を倒す手段がないのだ。滅ぼされる……。そう人々が諦めかけたその時。空から、ビームの雨が降った。その全ては狙い過たずウィンダムのコクピットを撃ち抜いて、沈黙させる。
「こちらは平和監視機構コンパス。攻撃部隊に通告する。即刻攻撃を中止せよ。繰り返す――」
ライジングフリーダムのコクピットでキラが通達する。わかっていたことだが、その通告をテロ部隊はまるで取り合わない。
――やっぱり、こうなるのか。
キラは悲しげに顔を沈ませて、戦闘を開始する。
「シン、アウル、君たちは避難場所を護衛して。前線には僕一人で行く」
「えっ……?」
「りょうかーい。隊長、ピンチになったら言ってよね?」
困惑気味のシンの声と、飄々と楽しげなアウルの声が聞こえる。キラは最前線に突っ込んでビームサーベルでウィンダムを無力化していく。
「アグネス、避難地区に近づく敵を皆殺しにして。ルナマリア、私と一緒に狙撃の練習。ステラ、全体のフォローよろしく」
「了解」
ミーシャは上空に陣取ったまま全体の手が及ばない敵を撃破していく。避難地区にはアウルとアグネスのギャン、シンのジャスティスがいる。前線でキラが大暴れして、手の届かないところにいる敵を上空のミーシャとルナマリアが叩く。ステラはジャスティスで縦横無尽に駆け回り、味方のフォローをする。
一方的だった。
「キラ、デストロイやれる?」
「僕がやる……! またこんなものを……!」
「人のクローンなんだと思ってるのかなホントに……」
ミーシャはぶつくさ言いながらウィンダムを撃墜する。向こうから通信が飛んできた。
「天使様! なぜ我らを――」
ミーシャはそいつと問答すらせず撃ち落とした。
「た、隊長、よかったんですか?」
「いいの。テロ屋と話すことなんてない。ルナマリア、ポイントアルファの方向に撃ちやすい敵がいるよ。撃って」
「……了解!」
避難所の近くでも激しい戦闘が繰り広げられていた。シンは逃げ遅れた家族の側にシールドを突き刺して守りながら敵と戦う。
「アウル! アグネス! 援護しろ!」
「私そんな命令受けてない! それに私近接特化なんですけど!?」
「ギャンって強いけど使いづらいよねぇ。ま、僕に任せなよ」
瞬く間に目の前の敵を撃破したアウルがシンのそばまで移動してきた。盾から無数のビーム刃が展開すると、高速回転する。
「これを盾と言うのは無理があるでしょ! ハハハ!」
肩からコクピットまでを袈裟斬りにしたアウルは笑いながら戦う。
「アウル! 殺さなくても……!」
「テロ屋よりそこの家族のが大事っしょ。隊長の
「……それは……」
シンは前線で戦いながらも1人も殺さずに済ませているキラを見る。たった1人で、火線を集中しているというのに一発も掠ることなく。そして上空からは正確無比な狙撃。
「……出る幕ないじゃん」
シンはぼそりと、無力感を言葉にする。キラとミーシャの連携はまるで長年の戦友のように洗練されていた。そこに入り込む余地はないように見える。
……ミーシャは近づいてきたデストロイの腕をシールドを投げて対処する。大気圏内でも使える最新式のシールドドラグーンは空中でパーツが開き、ビーム刃が展開する。デストロイの腕を落とすと、ミーシャはそのままデストロイの頭部をシールドで貫く。カメラがなくなって、パイロットが状況を把握できなくなり、デストロイの動きが止まる。訓練もロクにせずに戦場に放り込まれる彼らクローンは想定外事象に弱すぎる。動きが止まった所をキラのビームサーベルで仕留められ、爆発した。
デストロイが撃破されたことを受けて、テログループが撤退していく。――その背に向けて、発砲があった。ジンが反攻に出ようとしたのだ。
「今回の侵攻……! ブルーコスモスのミケール大佐が関わっている! カナジにヤツがいる! ――引きずり出せ!」
オルドリン自治区防衛隊からそんな通信が全域に向けて発せられた。
ミケール大佐は現在ブルーコスモスのジブリール派残党を率いる地球連合の過激派だ。残党のはずなのに、神出鬼没で、どこにそんな金があるのかというほどの大戦力を運用している。デストロイを持ち出せるのも普通はおかしいのだ。――誰かが支援している。だがその誰かがわからない。
ミケールを捕縛してじっくり
「オルドリン自治区防衛隊に通達します。ここにミケールはいません! これ以上の戦闘行為は市街地に深刻なダメージを与えます。即刻反転攻勢を中止してください」
キラは歩くジンに向けて忠告する。だが、憎しみに囚われたパイロットにその言葉は届かない。
「……形勢が変われば、これだっていうのか」
コクピットハッチを開けたまま進軍するパイロットが外部スピーカーで叫ぶ。
「出しゃばるなコンパス……! 奴らはミランの仇――」
ミラン。それは誰だろう。親しい友人なのだろうか。恋人なのだろうか。ジンがフリーダムの横を通り抜けようとした、その瞬間。
キラはそのジンの両手両足を切り落として無力化した。
「次はそっち? まぁいいけど……」
「全機待機! 僕一人でやる!」
キラは叫びながら自治区から越境してくるモビルスーツを無力化する。武装を、足を、手を、切り落とす。味方がどれほどやられても、彼等は止まらない。憎悪……気持ちはわかる。だが憎悪から引き金を引いて仇を討っても、自分が誰かの仇になるだけだというのに。
オルドリン自治区の防衛隊はキラをも敵だと認識したのか次から次へと戦力を向けてくる。キラは無心でそれらを無力化する。殺さないようにだけ気を付けて、武装を、腕を、足を、カメラを。敵からの攻撃は回避して、一方的に、圧倒的に、たった一人でモビルスーツを倒していく。
……やがて、攻撃は止んだ。キラは冷静になってあたりを見回す。
地獄のような惨憺たる光景が広がっていた。瓦礫の山と化した街。めくり上がった道路の数々。そして、無数に転がるモビルスーツのパーツ。
この光景を、自分が生み出した。止めるはずだったのに。
僕はいつまでこんなことを続けるんだろう……。その答えは決まっている。デュランダルに宣言した通り。
――いつまでも、いつまでも。いつか、平和が訪れるその日まで。
2度、この世界は大きな戦争で絶滅の危機を迎えた。一度はジェネシスと核で、もう一度はレクイエムで。戦乱が終わらぬ世界に終止符を打つべく当時のプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルが人類存続のための最後の防護策を打ち立てた。その名をデスティニー・プランといい、就職、配偶者、その他重要な人生における決定を遺伝子による適性によって判断し……その判断を強制することで欲望から解放され、人は争うことを辞められるというものである。いわば人間の品種改良。かつての人類が獲得した闘争心や果てなき欲望という要素を遺伝子上から淘汰するのがデュランダルの最終目的だと言えるだろう。
……キラはそんな彼を否定した。それでも人々は平和に歩んでいけると信じていたから、「戦う」と口にできた。
――人は変わらない。
人は、戦うことを辞めない。
いつまでもいつまでも、戦い続ける。
どんな理由でも、戦えてしまう。
家族のため、恋人のため、愛のため、復讐のため、食料のため、水のため、金のため……。
生まれが自分と違うから。キラからすればそんな些細なことでも、人は心から相手を憎み殺し合う事ができる。
……だから、キラは戦わねばならない。平和が訪れる、その日まで。平和を望むのに武器を取る、その矛盾が心を焼く。
「ヤマト――准将以下3名、乗艦許可願います」
「バレンタイン准将以下4名、乗艦許可願います!」
キラは隣で元気に敬礼する14歳の子供……ミーシャの隣で淡々と敬礼する。慣れぬ階級と、身に馴染まぬ仕草。あまり口にしない定型文。何もかもが、隣のミーシャと比べて拙い。自分の名前のあとに階級を言うという基本さえ、一瞬つっかえてしまう。
「許可します。お疲れ様、二人共」
敬礼を受けてにこやかに微笑むのはラミアスだった。宇宙の母艦はミレニアムが、地球の母艦はアークエンジェルが……そういうふうにコンパスのモビルスーツは運用されている。実働部隊は他にもあって、アークエンジェルのロアノーク隊や、ミレニアムのハーケン隊など、粒ぞろいである。宇宙から戦闘を探知するとモビルスーツだけで大気圏から降下し、戦闘。アークエンジェルで補給と整備を受けてからまた宇宙へ……それがいつもの流れだ。
戦う相手は選ばず、平和を乱す戦闘行為全てに介入するというお題目だが、発足以来過激派ブルーコスモス以外と戦った試しがない。世界全土が厭戦ムードと資金難、人的資源不足に戦力不足でどこにも戦う体力が存在しないのだ。もし今戦える勢力がいるとしたら無類の金持ちか思想を頭の芯までキメた狂信者か、弱る世界を見越して虎視眈々と力を蓄えた埓外の存在か。そのくらいである。
……そして、このたった2隻の特殊国際組織は無類の金持ちにカテゴライズされる。
バレンタイン家、アズラエル家の金は元より、子供が使っても大丈夫とまで言われるほど使いやすいオーブ製OSを売り込んで築いたオーブの金に加えてプラント1の歌姫だったラクス・クラインの個人資産まで投入されている。金も人材も潤沢で、出来たばかりの組織であるがゆえに腐敗もない。
――だが、そんなコンパスをして、ブルーコスモス残党は討伐しきれないほどの数と戦力を有しており、底が見えない。
「みんな無事か? 坊主ども、嬢ちゃん達」
「あ、ネオ!」
金髪の男が手を上げて若いモビルスーツパイロット達を出迎えた。彼はネオ・ロアノーク。彼はオーブ軍に超長期に渡る出向任務につくに際してついに仮面を外す事ができるようになった。
「おっさんこそ無事だった?」
アウルはいたずらっぽく笑ってからかう。
「おっさんじゃないぞ」
「美人艦長に釣られるヤツなんておっさんでいいだろ?」
「言うようになったな坊主!」
二人は笑い合う。――シンも、キラも、相変わらずのバレンタイン隊の雰囲気に気後れする。彼らはたった今人を殺してきたところなのだ。たった今命のやり取りをしてきたところなのだ。それなのにアウルもステラも笑ってる。
「どうしたのシン? 暗い顔して。なんか辛いことあった? ……守れなかったの?」
「あ、いえ……その、守れたんですけど、やっぱり、あいつら……ブルーコスモスはおかしいなって思って」
……彼女は優しい。部下の様子にも目端が効いて、戦闘後に笑い合うことが苦手なシンにも配慮してくれる。
……なのに彼女はあの戦場で最も人を殺していた。
「まぁ……いい加減思想キメただけじゃ説明つかなくなるレベルだよねぇ」
「たいちょー、その言い方なんか下品なんですけど」
アグネスが甘ったるい声で言った。どんな時でも意中の男にアピールすることを忘れない彼女は、ミーシャに凄いガッツだなこの人、とか思われている。
「え、別の言い方よくわかんないよ。だって人殺すほどコーディネーターアンチの思想信じるってさ、麻薬キメてるのと変わんなくない?」
「やったことあるみたいな口ぶりじゃん、隊長」
「あるわけ無いでしょ、アウル。ないからアイツらの気持ちは理解できないって言ってんの」
「隊長……ブルーコスモスって、そんなにお金あるの?」
ステラがブリッジに向かう道すがらに聞いてくる。ミーシャにその場にいる全員の視線が向く。
「ん……普通はあり得ないかなぁ。ブルコスって結局ロゴスが母体だから……活動資金とかはロゴスメンバーのポケットマネーなわけ」
「ロゴス……もう、過激派は残ってないんだよな?」
シンが念押しすると、ミーシャは頷く。
「生き残りのロゴスは私とアズラエルさんだけ。で、アズラエルさんは……まぁ、割と
「……なにそれ?」
斜め上の活動にアグネスはぽかんとする。だがアズラエルの策略は字面以上に悪辣だった。
「ほら、コーディネーターの人って今でも結婚統制してるでしょ? そうしなきゃ子供産まれなくなるから。……で、その結婚統制を辞めさせるべくプラントの人を煽ってるの」
「……いいことじゃないの? だって知らない人と結婚なんて私、イヤ」
ステラの発言は純粋だった。だがそうも言っていられない現実もある。
「そんなこと言えるのも私達がナチュラルだからだよ、ステラ。好きな人とエッチするだけで子供できるなんて、コーディネーターからしたら羨ましくって仕方ないと思うよ」
……気になる人が最近できたからこそ、ミーシャは強くそう思う。自分がコーディネーターだったら、その人との遺伝子的な相性は合っているのか……そんな余計なことを考えなければならないのだ。遺伝子を弄ったばっかりに、そんなハンデを背負ってる。
――なんて
ミーシャはそんなことを口にすることはなく、ただ自らを嫌悪する。……最近、傲慢になる自分を自覚する。鼓舞するための嘘だったはずの最強無敵のヒーローと言う自画像を頭から信じてしまいそうになる。成長する自意識が暴走気味で、本来なら考えないような過激な思考も『カッコイイ』と思ってしまう。自分はついに戦争に頭をやられてしまったらしい。
……大丈夫。キラは強い。もし私が完全に道を踏み外してもきっと殺して止めてくれる。
――ああ、こんな悲壮な覚悟も、闇に身を置く者としてカッコイイ。
嫌悪して、自賛して、振り子のように振れる心。
なぜ、自分はこんなふうになってしまったんだ。ただ、彼女は困惑する。
「……そんなことないわよ」
ルナマリアが力なく否定する。第2世代コーディネーターから出生率が激減するのはプラントの常識だ。だから若いうちから子供を作ることを奨励されている。ミネルバのタリア艦長なんかは19歳で子供を生んでいるらしい。……結局は子供にも愛を注げず、子供からは嫌悪されてしまったらしいと風の噂に聞いた。愛のない子供なんて不幸なだけだ。だがもし、自分とシンの間に子供ができなかったら、その時自分は狂わずに済むだろうか。
――何考えてるのよ。まだまだお子ちゃまなシン相手に!
ルナマリアは正気に戻る頃には、話題は戦争のことにシフトしていた。
「……隊長、ブルーコスモスは一体いつまでこんなこと続けるんですか。無茶な突撃して、帰還をまるで考えない作戦で! こんなの人も物もすぐ尽きる!」
シンの叫びはもっともだ。最近のブルーコスモス過激派筆頭……ミケール大佐は自分の名前を餌にプラントへ越境させることを目的に挑発するためだけのテロを繰り返している。もしプラントと地球軍が戦争になれば、必然的に魔弾の天使がコーディネーターを殺してくれるからだ。たとえ弾一発なくとも、モビルスーツ一機すらなくとも、ミーシャが地球軍として戦場に立ちザフトを相手にするだけで、平凡な兵士二百人は優に超える戦果を叩き出すのだ。全てはミーシャをザフトにぶつけるための策。
「……でも続いてる」
キラはこの問題の中核を呟く。
続くわけがない。もう何度も彼らを撃退している。金も物資も保つわけがない。
だが現実として、今もなお彼らはザフトに戦端を開かせるため戦い続けている。
続けることができている。
「とんでもない金持ちがバックに居る。絶対個人じゃない。――でもそのバックがわからない」
シンはハッとなる。そうか。何らかの目的でものすごい大きな組織が彼らを支援している。
……だが一体誰が? 憎悪は積み上がるばかりだ。地球軍に対する反連合感情は各地で盛んになっている。プラントやコーディネーターに対する反発も日に日に強まっている。得してる人間などただの1人もいないように見える。ただただ大切なものがこの世界から失われていく。
ただただ、積み上げてきた物が無価値になっていくだけ。
……シンは、少しだけ思ってしまう。止まるのか、と。
これほどの業を、夥しい屍を、うんざりするほどの悲劇を、目を覆いたくなるような絶望を、ただひたすらに積み上げた今の世界で、人々はどうやって、憎しみの連鎖を断ち切れるのだろうか。
大切な人を、家族をただ無為に殺されて、殺した相手を撃つなと……いつか、誰かに言わねばならない。そうしなければいつまで経っても戦争は終わらない。それがシンには、辛かった。
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