【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
ダンスフロアから少し離れたところで、ミーシャ達コンパスのパイロット組がパーティを楽しんでいた。テーブルには様々な料理が並び、侍従たちが客の注文に従って料理を盛ってくれる。至れり尽くせりの立食パーティに、シンやルナマリア、アグネスたちプラント出身のパイロットは思わず先ほどあったことも忘れて上機嫌になる。シンなんかは見ているほうが恥ずかしくなるくらいあれもこれもと料理を自分のプレートに盛ってもらってがっついている。山盛りの料理でも見苦しくないよう盛っているのは、侍従たちも一流が集められているからだろうか。
「シン、こういう場所だと小さく、何回も頼むものなんだよ」
「でも、バレンタイン准将。何回も頼んだら申し訳ないじゃないですか」
ピラフだろうか、それによく似た料理を食べながらミーシャに反論する。ミーシャの皿にはちょこんと肉料理が乗ってあり、それを慣れた手つきでちまちま食べている。
「別にそれが仕事なんだから気にしないの。……こんな場所で何もすることなく突っ立ってる方が辛いと思わない?」
「まぁ、そりゃそうですけど」
「だから、仕事を頼んで気を紛らわせて上げるの。そう思いなさい」
「……了解」
ミーシャは近くの侍従に声をかけるとソフトドリンクを注文する。すぐに氷の入ったグラスに注がれたジュースがミーシャに手渡される。
「なんか慣れてますね、隊長」
ルナマリアが感心したように聞く。自分たちの子供隊長はファウンデーション王国に来てからずっと落ち着いた様子で、この豪華絢爛な立食パーティにも淡々としている。セレブだぁ、ブルジョワだぁ、と庶民そのものの感想を抱くルナマリアとは全く対照的である。
「まぁ慣れてるし……。最近はコネのある人間粗方死んだからやってないけど、子供のころはそれこそ月一くらいでやってたし」
その立食パーティというのはつまりブルーコスモスあるいはロゴスの会合である。構成員の大半が死んだ今となっては、財界のパーティーに参加するくらいである。その財界も戦争の爪痕が深すぎてパーティーなんてやってる暇がない。
「隊長ってセレブなんですねぇ」
「まぁ……親が凄いだけだよ。私はただの人殺しだし」
「それ言ったら私だってそうですよ」
「あー、そっか……。ま、ルナマリアにはこんなかわいい彼氏いるし」
「もう、隊長ったら!」
ぱしん、とルナマリアが照れてミーシャの肩を叩く。ミーシャもごめんごめんと笑う。一方、『かわいい』と言われたシンは不満げだった。
「ルナ、俺がかわいいってどういうことだよ……?」
「そういうところ?」
料理を満載した自分のプレートを指さされて、シンは顔を真っ赤にする。
「……! そりゃ、うう……!」
何も言えなくなって、シンは二人から逃げるように離れていった。
「もう、ああいうところが子供なんだから」
「そう言ってやるなよ。男の子ってのはカッコよく見られたいもんさ。特に彼女にはな」
シンと入れ替わるように、ネオが二人の傍にやってくる。ネオはさっきまでステラとアウルのところにいた。彼らも彼らなりに楽しんでいるように見える。
「ネオとしてはあの子らどう思う?」
ミーシャは顔を動かして、アウラの傍に立つブラックナイトスコードを指した。ネオは苦い顔をする。
「まぁ十中八九コーディネーターだろうな」
「そういうことはどうでもいいし。あれが近衛兵ってホントなのかな?」
ミーシャからしてみれば近衛兵というのはその国で最も格式が求められる部隊である。身長すら統制され、一分の隙も見当たらないようきびきびした動きをするのが近衛という存在だ。……ブラックナイトスコードのように、一人だけマスクをしているとか、髪型に目立つレベルの差異があるとか、そういうのはあり得ない。
「まぁああしてアウラ陛下の傍にいるってことは本物なんだろうさ。だがなぁ……」
ネオは言葉を濁して、それからルナマリアとミーシャにだけ聞こえる声量で言った。
「どうにもまともな軍隊には見えん」
「だよね。どっちかって言うとウチに近いかな」
ミーシャは頷く。
「……そんなに変……ですよねぇ」
ルナマリアからしても変に思う。いくらザフトでもプラント最高評議会の議場を守る警備兵には厳格な規律がある。近衛兵が国の『顔』であるということも当然知っている。ファウンデーション王国に来る前にミレニアムの中でした狂気的なまでの統制を大真面目にやるようなくらい厳しく規律を守り統制されているのが近衛兵なのだ。
翻って彼らはまるで不良少年団だ。ガラも悪けりゃ言動も幼い。色々と緩いザフトだが、彼らと比べると遥かに軍人らしい。
「言う事聞いてくれるかなぁ」
ミーシャはそれだけが不安だった。アスランが最強とか言い出すあたり望み薄だと内心思う。そりゃアスランは強いっちゃ強いが、ミーシャにしてみれば正直下にも上にもいてほしくないタイプである。今はターミナルで単独任務に当たっているが、今の運用方法が一番適切だと思うくらいには扱いづらいタイプである。……そんな人間を最強だと褒めたたえる人がトップの軍。しかも力が世界を統べるとか言い出すような男が率いるのだ。前途多難である。
「祈るしかないんじゃないの、流石に」
「祈って彼らとトラブルなく作戦が終わるなら五体投地でもするけどさぁ」
「ま、悲観のし過ぎもよくないってね」
「あー……。始末書書く羽目にならなきゃいいけど」
二人の会話を聞きながら、ルナマリアは一兵士の立場は気楽でいいなぁとか思っていた。彼らとの共同戦線については確かにルナマリアも懸念はあるが、それはいきなり裏切ってきて撃ってこないかどうか、とかそういう最悪レベルの事態であって、細かい調整がどうとか、そういうところにまでは頭が回っていないし回す必要もない。
ルナマリアは食べ終わった皿を侍従に渡すとミーシャとネオに断りを入れてから離れる。ダンスフロアをよく見たい。まさかお城で舞踏会を目にすることになるなんて思わなかった。ラクスとオルフェのペアが最も優雅で煌びやかだが、他の招待客だって負けてない。おとぎ話の世界が目の前に広がっていた。戦乱巻き起こる世界など遠い場所にあるかのように楽し気に踊る人たちを見ていると、同じようにダンスを見物していたキラとアグネスの姿が見える。
「ねえ、ヤマト准将。私達も踊りませんか?」
「遊びに来たんじゃないよ、僕ら」
キラの機嫌は普段より遥かに悪かった。どうやらキラはラクスが他の男と踊っていることが気に入らないらしい。これだから男は。ラクスが好きで踊っていると思っているのだろうか?
キラに袖にされたアグネスに近づき、声をかける。
「アグネス」
「あ、ルナマリア」
「もうよしなさいよ、ヤマト准将にちょっかいかけるの」
見ていられない。確かにキラは以前のルナマリアなら本気で狙うほどの『上物』である。
――アグネスは男をアクセサリーか何かのように思っていて、それを恋人にすることは自分の『価値』を高める……というか『価値』が高いからこそこんな上物を恋人にできるのだと、そう思いたがるような女性なのだ。少し前のルナマリアもそうだったからよくわかる。そういう女は、逆に自分視点で価値の低い男は徹底的に見下すのだ。ちょうど、アグネスがシンをこき下ろすように。つくづく、過去の自分を見ているようで嫌になる。自分が変われたのは戦争での経験とシンとの関わりである。色々あったからこそ、自分は変わることができた。……それまでに経験したくないようなこともたくさんあった。仲間が妹を殺したなんて、もう二度と経験したくない。
「なんでよ。なんでダメなの? ……もしかしてあんたも狙ってるとか?」
「違うわよ。ほんとうに好きなの?」
まぁ違うだろうな、とルナマリアはわかっている。アグネスが見ているのはキラの『スペック』だ。身長、体重、顔の良しあし、仕事、年収、その他もろもろ、無数にある評価軸の中で高い成績を持つからこそ、キラを狙っている。そこに愛はなく、恋愛感情すらない。
「いやいや……。私、あんたと違って適当なところで妥協する気はないから」
「あー……まぁ、好きにしなよ」
いきなり恋人を馬鹿にされてまで優しく忠告してやるほど仲がいいわけでもない。ルナマリアはそれだけ言うと踵を返してその場を後にした。……一度男に手酷く裏切られてるって言うのに、よく男を追いかけまわせるものだ。……もしかしたら、
――ラクスは一通りダンスを終えると、オルフェに連れられて大広間の外、中庭に出た。外に出ると中のむっとした空気が霧散し、清々しい空気が肌を撫でる。月灯りとガス灯のような淡い電灯だけが光源の庭で、ラクスはオルフェの話を聞く。彼の話は知的で巧みだ。湖畔が見える展望スペースにあるベンチに座ると、オルフェがラクスの隣りに座る。
「……上の空ですね、姫」
「申し訳ありません」
反射的に謝ってしまう。明らかに礼を失した態度だった。しかし、ラクスはキラの病んだ目が焼き付いて離れない。自分がデスティニープランを否定したのだから、最後まで戦わないと。その最後がいつになるかはわからない。だが戦い続けなければ……。そう自分を追い詰める彼の目が、ラクスを焦らせる。
オルフェはふるふると柔らかく首を横に振ると、近くに咲いた薔薇の花を摘む。
「あなたのために咲いたのです」
気障ったらしいセリフも、オルフェほどの美青年が言えばサマになる。ラクスは花を受け取ると顔に近づけてその香りを吸う。
「……いい匂い」
「よかった。これであなたに気に入られなければ、悲しみで萎れてしまうでしょう」
ラクスはクスリと笑う。こんなふうに笑ったのはいつぶりだろう。
戦乱と、重責が彼女から笑顔を奪っていた。使い古されたお世辞すら彼女の心を解きほぐすほど、彼女は張り詰めていた。
「姫、あなたの懸念はわかります。――なぜ人は争うのか」
「……」
「コーディネーター、ナチュラル……些細な違いが人々に武器を手に取らせる。しかし私は思うのです……真に間違っているのは公正のない社会だと」
「それは……」
オルフェは悔しそうにラクスに話す。
「不平不満、そういうものは誰しもが持つものです。本来それは全く問題のないはずのものです。ですが戦乱の爪痕が……その些細な問題を醜く肥大化させ、次の戦乱へと繋げてしまう」
「……はい」
ラクスはミーシャの幼さがまだ残る顔を思い出す。ラクスは彼女がかつてザフトを皆殺しにするまで戦い続けると言っていたことを知っている。誰の大切な人も傷つけさせない……そんな綺麗で純粋な願いさえ、戦争の爪痕は醜悪に歪め狂わせる。
「姫、私は貧困をこの世界からなくしたい。不公平をなくし、誰もが誰かに必要とされる世界。真に平等な世界を私は作りたい」
「……素晴らしい考えですわ」
「ふふ……姫にそう言われると為政者として自信が付きます」
彼は笑う。笑って、ラクスの手に触れた。
――またあの感覚だ。宇宙にいるときのようなふわふわした感覚。ただオルフェの声が脳裏で響く。
「私と……姫で……そんな世界を……」
……なに……? なんなの……?
気が付けばラクスはオルフェの腕にしなだれかかっていた。彼の手のひらはラクスの頬に添えられている。ハッと気付いたときには身体が勝手に立ち上がり、オルフェと距離をとっていた。
初めてあった人にこんなに心を許すなんて。自分に裏切られたような衝撃を隠し、ラクスは慌てて一礼する。
「申し訳ありません。少し夜風に当たりすぎたようです。失礼いたします」
ラクスはそう言うと足早にその場を立ち去った。
――キラはその光景を目にしていた。だが、乗り込んでラクスを奪い返すような気概も沸かず、ただ彼女を見つめていた。寄り添うように隣り合う二人を、じっと。
「あれ、キラ」
これ以上仲を深める二人を見ていたくなくて、踵を返して戻ろうとすると、様子を見に来たミーシャに見つかった。
「ミーシャ」
「どしたの? 浮かない顔して。なんかあった?」
「なんにもないよ」
ミーシャはすたすたとキラのいる所にまで来ると、同じ光景を目にする。ラクスとオルフェが話している様子が見える。
「ああ、嫉妬」
「……そんな資格ないよ」
「何年か越しにアーガイルさんの気持ちがわかったって感じ?」
思わず、キラはミーシャを睨む。その視線の強さにも彼女は怯まず、同じように睨み返した。
「じゃああとはアーガイルさんと同じことやるだけじゃん。ラクスはフレイみたいに『昨日はオルフェ宰相の部屋にいたんだから』なんて言わないよ」
「僕は……! 僕はラクスとそういう関係じゃない!」
キラが怒鳴ると、ミーシャはぽかんと馬鹿みたいに口を開けたまま硬直した。
「……マジで言ってる?」
「本気だよ。僕なんかは彼女に相応しくない」
「相応しい相応しくないとか……。そういうの本人に言われてから考えなよ」
「なっ」
「それより、ラクスんとこ行きなよ。このままだと寝取られるよ?」
「……そもそも、彼女は僕のじゃない」
キラはこれ以上ミーシャと話したくなくて、足早にその場から逃げ出す。彼女はわかっていない。何も知らないからそんなことを言えるんだ。
……ラクスとはそんなんじゃない。ただ、自分が彼女の人生を浪費させているだけで……。自分は、彼女に何も返せていない。笑顔にもできていない。ぽっと出の男にもできるようなことを、キラはずっと一緒にいたというのにできない。彼女が笑ったのはいつだ。思い出せないほど遠い昔。キラの記憶にあるラクスはいつも難しい顔をしている。
……それなのにまるで自分が旦那のようにオルフェとの間に割り込む? そんな資格あるものか。
だが、それでも、キラは自分には見せない自分以外に向けられた笑みを見るだけで……胸が張り裂けたように痛む。そして、彼女の笑顔を容易く引き出すオルフェという男が、どうしようもなく憎たらしかった。……そう思う自分が、何より醜く思える。
……アグネスは人気のないところで壁を背に立っていた。漏れ聞こえる音楽と、談笑する声がアグネスを苛つかせる。あれからダンスに誘われないかとウロウロしていたのだが、誰にも誘われずにいたのだ。――こんなのはおかしい。なぜ自分ほどの人間が壁の花になっている。アグネスは現状に納得していなかった。もっと自分はチヤホヤされて然るべきだと思っていた。
優秀な成績で士官学校を卒業し、親は政府の高官。家柄もルナマリアよりはるかにいい。きっとザフト兵が中心に構成されたコンパスに入れば自分の格が上がり、コンパスの中でも中心になれると思っていた。
……だが、そこにはミーシャがいた。自分より学歴もない、家柄とモビルスーツ戦の腕だけで今の地位を勝ち取った子供。彼女を見ると劣等感と……恐怖が湧いて仕方がない。自分がチヤホヤされないのは、彼女がいるからだ。だが表立って反抗するわけにもいかない。何せ彼女は味方であろうとも命令1つあれば引き金を引ける狂人で……その命令を自分で出せる立場にある。嘘かホントか大西洋連邦の大統領さえ彼女の言うことには逆らえないとかなんとか。――スケールが違いすぎてアグネスには全然ピンとこない。
はぁ、とアグネスはため息をつく。こんなはずじゃなかった。もっとコンパスの中でも人気で愛される資格がある人間なのに。
項垂れていると、静かな足音が聞こえる。その方向に顔を向けると、黒い制服を着た男がやってきていた。シュラ・サーペンタイン団長だった。
刃物のような鋭い目は少しだけ柔らかくなっている。
「一曲、踊っていただけるかな、『月光のワルキューレ』」
「……喜んで」
コンパスに入ってからは全然呼ばれなくなった二つ名を呼ばれ、思わず心が跳ねる。月軌道でめざましい活躍をしたから付けられた二つ名であるが、知名度はまだまだ低い。軍が広報のために付けたという実情があるし……自分でそれを喧伝するのも怖かった。なにせコンパスには、ついに魔弾を手に入れて名実共に『魔弾の悪魔』となったミーシャとその部下がいるのだ。
……だが、こうしてちゃんと見てくれる人もいる。月軌道戦は過酷だった。生き残ることそれそのものが英雄の証であると言っても過言ではない。それをルナマリアやシンは自分達だけで戦っていたみたいに振る舞うのだ。
……シュラのリードはオルフェのように優雅ではない。だが、力強く巧みだった。シュラのリードに任せ、アグネスは自分の誇りを取り戻す。自分はラクスとは違う。こんなふうに踊れるし、モビルスーツに乗って戦うこともできる。
一曲踊り終わると、シュラは一礼する。高揚するアグネスは息を弾ませながら、ペコリとお礼をする。
「ありがとうございました、サーペンタイン団長」
「シュラと」
「素敵でしたわ……シュラ」
シュラは踵を返すと、去り際にアグネスに声をかけた。
「強きものは美しい」
その言葉にアグネスは魅了される。強きもの。シュラほどの男が自分を見てそう言った。ミーシャでもシンでもなく、自分を相手に、強いと。美しいと。
「シュラ……」
久しく感じていなかった胸のときめきを覚えながら、アグネスは引き締まったシュラの背中を見送った。
……自信を取り戻したアグネスは、ミレニアムの昇降口に立っていた。目指す場所はたったひとつ。キラのいる場所だ。今日こそ、絶好のチャンスだと、彼女はそう確信していた。