【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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敵国の姫君

「救命ポッドを拾うのが趣味のようだな」

 

 苦笑いを浮かべながら、格納庫でナタルが言った。

 

「ナタルさん、今回はいいの? 捨ててこいって言わなくて」

 

 ほんの少し嫌味っぽくミーシャが言った。彼女はふよふよと格納庫の中を浮きながら、軽食を取っている。糧食班が作ったお手製サンドイッチである。お行儀が悪いことは自覚しているが、戦闘と護衛続きで働きっぱなしだったので少し軽食を摂れと命令されたのだ。救命ポッドの開封というワクワクイベントを仲間外れにされてたまるかと言わんばかりに、ミーシャは格納庫で食べることにしたのだった。もきゅもきゅとサンドイッチを頬張るミーシャに、キラなんかは微笑ましい物を見る目で見ていた。

 

「あのときはお前たちの気持ちを考えられなくて悪かった。……今回このポッドは国際救難信号を発信している。地球軍に属する艦艇はこれを無視してはならないと規定されているのだ」

「……規定って言ってもさ、別に誰が見てるってわけでもなくない?」

 

 ミーシャの悪戯っ子みたいな言い分に、ナタルは顔を厳しくする。

 

「学校のルールとはわけが違うのだ。軍規は見張る者がいないとしても、末端まで守られるべきモノなのだ」

 

 じゃあアルテミスの軍人ってどうなの?

 ――とは、ミーシャといえど流石に聞く勇気が出ない。

 

「……ふぅん。じゃあ、ナタルさんは軍規に「この場合は殺しなさい」って書いてあったらどうするの?」

「殺す。それが軍人というものだ」

「やめやめ。辛気臭い話はやめ! もうちっと楽しい話しろよ二人共」

 

 険悪ではないが、かなり物騒な話題に、ムウが慌てて空気を変えようと声を上げる。だが、二人の話はかなり有用だったと言えるだろう。周囲の軍人は、間違いなく規律を意識しなおしたのだから。

 

「楽しい話って……。まぁいいや。ワガママな人だったらやだなー。キラはどんな人だと思う? 可愛い女の子なら嬉しい?」

「え? いや、僕は別にそんな……」

 

 キラはミーシャの質問にタジタジになる。そんなことホンのかけらも考えていなかった。考えていたのは、ただただ罪深い自分のこと。人を殺して、遺体の物を盗み、滅ぼされたユニウスセブンから水も盗む、海賊のような自分を嫌悪していたのだ。

 

「カッコいい男の子なら、守ってあげたくなっちゃう……かな? いや、私は守られたい派かも……? ナタルさんはどっち?」

 

 周囲に緊張が走る。まさかこの堅物を具現化したかのような女性、ナタル・バジルールに恋バナをしようとする人間が現れるとは、誰も思わなかったのだ。

 

「私は」

 

 ナタルは制帽を被り直しながら答える。

 

「この服に袖を通した瞬間に、見ず知らずの誰かを守るために戦うと決めた。それは日々を怠惰に生きるロクデナシかもしれない。明日をもしれぬ病人かも知れない。お前のようなほんの子供かもしれない。そんな彼らが戦火を知らずにいれるよう、自ら血に濡れることを決めたのだ」

 

 ナタルの覚悟を聞いて、ミーシャは息を飲む。キラも、じっとナタルのことを見つめていた。

 

「――二人共、この先なにがあろうと心しておけ。軍に志願し軍人になるということは……護りたいものを護れなくなることでもある」

「……どういうこと?」

「今ならば、友人のために暴れることは許容される。しかし、もし軍に属せば隣で妻が、夫が殺されようと、その亡骸を抱くことすら許されず戦わねばならないこともある。

 ――軍人とは、それを覚悟してなるものなのだ」

 

 ミーシャはゴクリ、と息を飲み、そして周りの軍人を見る。尊敬の眼差しで。その視線に当てられた者たちは皆、背筋を伸ばし規律正しく待機し始める。

 

「……すごいんだね」

「ままならんことも多い。だが、誇りなのだ。

 ――そろそろポッドが開く。総員、警戒!」

「はっ!」

 

 いつもより3割増しで返事が帰って来る。ナタルはじっと、ポッドのハッチが開いて中から出てくる人間を待つ。

 

「――うそ?」

 

 そして、彼女がポッドから出てくる。

 ピンク色の髪に、絶世の美貌。嫋やかな身体に、華やかな衣装。ミーシャはその姿をよく知っていた。画面の向こうで癒しをくれていた人。

 

「――ラクス・クライン!」

 

 ミーシャの喜色満面な声に、軍人たちはそろって苦い顔をした。

 

 ――アークエンジェルの通路をキラは食事を持って移動していた。フレイがコーディネーターに食事を運ぶのを嫌がったので、代わりに持っていくことにしたのだ。キラは浮かない顔をしている。フレイはカレッジでも人気の女子生徒で、キラも密かに憧れている。そんな子がブルーコスモスみたいなことを大真面目に言って、あんなに奇麗な子の食事を運ぶことすら拒絶するなんて。

 キラはつくづく、ここはナチュラルの船なのだと思い知らされたような気分になる。

 ラクスのいる部屋に近づくにつれ、歌声が聞こえてくる。心地が良く、安心できるような歌声に加え、小さな女の子が歌う声が二人分。部屋にたどり着いて扉を開けると、ラクスの膝の上でミーシャが、ラクスの隣にルミナが座って歌を歌っていた。

 

「――あら」

「あ、キラ! ラクスにご飯持ってきてくれたの? ありがとう!」

「あ、いや……。大したことじゃないよ」

 

 ミーシャはラクスの膝の上からどくと、部屋の中でふよふよと浮き始める。

 

「ルミナ、私達ラクスとデュエットしちゃったよ! 録音した?」

「ばっちり! 一生の思い出だね!」

「うん!」

 

 きゃっきゃと楽しそうに自分の携帯端末に録音した音声を再生し、出来を確かめる二人を、ラクスは微笑ましげに見つめている。

 

「あの、食事、どうぞ」

「ありがとうございます。わたくし、ラクス・クラインと申しますの。あなたは?」

「僕は、キラ・ヤマト。すみません、ミーシャがご迷惑を……」

 

 ラクスはゆっくりと首を振った。その所作すら優雅で、うぶなキラはドキリとする。

 

「まさか。ファンとの交流を迷惑だなんて思いませんわ。それにミーシャさんも、ルミナさんも、とてもいいひとですのよ?」

「いい人だって! ミーシャ、私達ラクスさんに褒められちゃった!」

「わーい!」

 

 ハイタッチをして喜ぶ無邪気な二人に、キラも思わず頬が緩む。

 

「――ラクスさんは、どうして救難ポッドに?」

「それは……」

 

 ラクスはちらりとミーシャとルミナを見る。キラもミーシャを見た。

 

「えー? 私達だけ仲間外れ?」

「そういうわけではないのですが……」

 

 しばらく、ラクスは考えるようなそぶりをする。ややあって、ゆっくりと事情を説明する。

 

「わたくし、ユニウスセブンの追悼式典の代表を務めさせていただきましたの」

「追悼式典……」

 

 キラは顔を暗くする。自分たちが荒らした場所には、未だにその死を悼む人々がいるということを再認識したのだ。

 

「しかし、そこで地球軍……本当にそうかはわかりませんわ。でも、その方々が臨検するとおっしゃって。お受けしたのですが、口論になりまして……。別に大事にはならないけれど、念のためにとポッドに入るよう言われたのです」

「……ってことはあの民間船がそうなのかな」

 

 ミーシャが答えると、ラクスがミーシャを見る。

 

「ご存じなのですか?」

「はっきりとは言えないけど。ま、他のクルーは他の人が回収したんだと思うよ」

 

 ミーシャが慰めるようにして言った。ラクスはにっこりとほほ笑む。

 

「それはよかったです。それで、キラ様、わたくしはどうなるのでしょうか?」

「それは……まだわかりません。でも、悪いようにはしないと思います」

「私達が護衛するから大丈夫!」

「ふふふ、頼もしい限りです」

「それなら安心だね」

 

 実際、この船のほぼ唯一の戦力にして守護天使であるミーシャが守ろうとする人間に手を出そうとする不届き者はいないだろう。孤立無援の状況で、しかもかなりの戦果を持って守っている戦士の発言力は半端ではない。それこそ、あの軍紀第一のナタルですら、ミーシャやキラのためなら軍規の一つや二つ曲げるだろう。そんな人間が護衛する相手に手を出すなど、あり得ないと言ってもいい。

 

「うん、ミーシャちゃんがいるなら大丈夫だと思うよ。でも、たぶん……最終的には地球軍に引き渡すことになると思う……」

「そうですの……」

 

 ラクスは不安げだった。いくらおっとりとしていて、無邪気に見える歌姫でも、地球軍に引き渡されるとなると恐怖を感じるようだった。

 

「怖かったら、ずっと私達といる?」

「――いえ、わたくしには待っている人達がいるのです」

「そっか。たくさんのファンのためにも、帰らないとね」

「ええ。……ミーシャさんは、お食事はいいのですか?」

「さっき食べたから大丈夫。おなか一杯」

「ミーシャ、食べたって、サンドイッチ一個でしょ? もっと食べないと倒れちゃうよ?」

「何言ってるのさ、私女の子だし子供だし、そんなに食べなくても大丈夫!」

 

 ルミナの心配を、ミーシャは切って捨てる。キラも心配そうな顔をする。ラクスは自分の食事からおかずを一品掬うと、ミーシャの方に向ける。

 

「え?」

「ミーシャさん。わたくし、こんなことでしかお礼できなくて申し訳ないのですが……。どうか、護衛のお礼として、受け取ってもらえませんか?」

 

 差し出されたスプーンを、ミーシャはしばらく見つめていた。それから、困ったような表情になると、ミーシャは口を開けてスプーンを口に入れた。

 

「ふふ……ラクスにあーんってしてもらっちゃたな。これは気合入れて守らないと!」

「ふふふ、よろしくお願いしますわ、わたくしの騎士様」

 

 いーなー、なんてルミナが言うと、館内放送が響いた。

 

「ミーシャ・バレンタイン、キラ・ヤマトの両名はブリッジに出頭するように。繰り返す。ミーシャ・バレンタインと――」

「あ、呼び出しだ。キラ、行こう。ルミナ、ここでラクスをよろしくね。男の人が来ても絶対開けちゃだめだからね」

「うん」

 

 キラとミーシャはラクスをルミナに任せて、ブリッジへと向かった。

 

「ルミナさん。なぜミーシャさんも呼ばれたのでしょうか?」

「ん、ミーシャはこの船でロボットに乗って戦ってるからだと思います。強いから安心してくださいね。どんな敵がやってきても、ミーシャがみーんなやっつけてくれますから!」

「まあ! それは安心ですわね」

 

 ラクスは複雑な心境をおくびにも出さずそう言った。アークエンジェルを襲ってくる敵とはすなわちザフト軍であり……プラントの同胞であるということなのだから。

 

 ――アークエンジェルのブリッジでミーシャとキラは浮かれる心を押さえられずにいた。

 

「ホント? ホントに味方と合流できるの?」

 

 いないと思われていた味方と会えるというのだ。これで浮かれないわけがなかった。はしゃいでいるのはキラとミーシャだけではなく、ブリッジにいる全員が肩を寄せ合て喜びを分かち合っていた。

 

「ああ。第8艦隊の先遣隊……ハルバートン指揮下の艦隊だ。味方と合流できれば、補給も月へも楽にできる」

「私達もお役御免ってことだね」

「そうなるな」

 

 ミーシャは少し残念そうにしながらも、安堵と喜びの表情を浮かべていた。通信コンソールではフレイの父親と見られる男も映っている。

 

「キラも、もう戦わなくてよさそうだね」

「うん……本当に良かった」

「アルスターさんも、パパに会えるみたいでよかった」

 

 ミーシャは羨ましそうに言った。その時、ブリッジに通信が入る。

 

「アークエンジェルへ伝達。ランデブーは中止。航路を反転せよ」

 

 その通信に、喜びに包まれていたブリッジが静まり返る。

 

「……何?」

 

 通信士のチャンドラーが疑問の声を上げた。

 

「繰り返す。アークエンジェルへ伝達。ランデブーは中止。航路を反転せよ!」

「もしかして襲われてる、とか?」

 

 ミーシャの疑問に、ラミアスは苦い顔をする。だがミーシャの顔はそこまで暗くなかった。何せ向こうは艦隊で、正規軍なのだ。素人ばっかのアークエンジェルより強いに決まっている。そういう決めつけがあったのだ。

 

「ま、帰れって言うなら帰るしかないんじゃない? 向こうだって私達みたいな素人に邪魔されたくないだろうしね。それに、向こうもたくさんモビルスーツあるだろうから私たちが行ったところで」

「ないのよ」

 

 しかし、そんなミーシャのある意味常識的な楽観を、絶望的な情報が木端微塵にした。

 

「地球軍で実戦配備されているMSは、ストライクとバスターだけなの」

「……こんな時に嘘つかないでよ、ラミアスさん。じゃあ今まで地球軍ってどうやって戦ってきたのさ?」

「嘘じゃないわ。地球軍がはじめて作ったMSがGシリーズよ。今ではまだ……。そうね、メビウスって知ってるかしら? フラガ大尉が乗っているメビウスゼロから、ガンバレルをなくした機体よ」

「は?」

 

 ミーシャが低い声で言った。メビウスゼロとムウが弱いとは思っていない。思ってはいないが、その実力は自由自在に動かせるガンバレルがあってこそだと思っているし、その感想は正しい。故に思うのだ。ガンバレルのないメビウスという機体は本当に強いのか、と。

 

「それ強いの?」

「強かったら、MSなんて作らないわ」

「……ムウ、メビウスに乗ってる身としてどう思う?」

 

 ミーシャが聞くと、ムウは苦い顔をしたまま答える。メビウスゼロですら戦力不足をひしひしと実感しているのだ。MSが相手だと厳しいなんてものじゃない。ミーシャが的当てみたいにバカスカ落とす一般兵のジンですら、ムウにとっては強敵だ。

 

「まぁ……艦艇の数が同数なら間違いなく全滅だな。一隻でも半分以上は墜とされる。MSってのは、それだけ強い兵器なんだぜ、嬢ちゃん」

 

 ミーシャは顔を顰めて悩み始める。ちらりと隣にいるキラを見る。顔を真っ青にして呆然としている。その気持ちがミーシャには痛いほどわかった。

 

「キラ、戦えそう?」

「……僕は……もう、戦いなんて……」

「私も同意見。ぬか喜びなんて……」

 

 だが、二人ともこのまま背を向けて逃げるのも嫌だと思っていた。戦えるのが自分たちだけなら、戦うしかないのだと、誰に言われるでもなくそう思ってしまう。

 

「ラミアス大尉」

 

 キラが青い顔をしたまま言う。

 

「僕は、救援に行くべきだと思います」

「キラ君……」

「助けに行けるのが僕たちだけで、助けに行ける力があるのも僕たちだけなら……」

「……わかったわ。進路そのまま。私達は先遣隊の救援に向かいます。キラ君、ミーシャちゃん、お願いできるかしら?」

「ん……わかった。いいよ。キラ、行こう」

「うん。ごめんねミーシャちゃん。僕のせいで戦うことになって……」

 

 申し訳なさそうに言うキラに、ミーシャは笑顔を作って言った。震える身体を隠すように自分の両手を後ろに回すと、あえて過激な言葉で自分を奮い立たせる。

 

「大丈夫。私人殺し大好きだから」

「……ごめんね」

 

 キラとミーシャは揃って格納庫まで向かう。その道中で、取り乱した様子のフレイが部屋から出てきた。

 

「キラ! パパの船が危ないって聞いたわ! 本当なの!?」

「フレイ……」

「ねえ、パパは大丈夫なの? いやよ、パパが死んじゃうなんて!」

 

 キラは思わず、フレイを抱きしめる。ミーシャは目をまん丸くする。

 

「大丈夫。大丈夫だよ。僕たちが守るから。フレイのお父さんは死なせない」

「そうだよ、アルスターさん。私達がいるなら大丈夫! どんな敵でもやっつけてくる!」

「ミーシャちゃん……キラ……」

「――行ってくるよ」

 

 フレイから離れると、キラはミーシャと一緒に格納庫へ向かう。

 

「好きなの?」

 

 にまにましながらミーシャが聞いた。いつだって女の子は恋バナが好きなのだ。

 

「え? ……その、憧れなんだ」

「へー。なら、これでパパを守れば、彼女にできるかもね」

「――それは」

「役得ってやつじゃない? まぁそれでもさ、好きなコのパパ守るために死んだりしないでよ? 私アルスターさんを恨みたくないからね」

「うん。ミーシャちゃんこそ、死んだりしないでね」

 

 格納庫について、それぞれのモビルスーツのコクピットに乗り込むと、二人は迅速に出撃準備をする。通信コンソールを開くと、ミリアリアの顔が映る。

 しばらくして、ムウの顔も映った。

 

「キラ、ミーシャちゃん、フラガ大尉、先に行って先遣隊を援護してね」

「わかった! ミーシャ・バレンタイン、バスター、行ってきます!!」

「了解! キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」

「了解。帰ってくるまで沈むなよ! ムウ・ラ・フラガ、メビウスゼロ、出るぞ!」

 

 二機のMSと、一機のMAがアークエンジェルから出撃する。

 

「キラはフレイのパパに集中して。私はアークエンジェルを守るよ。ムウさん、一緒に戦おう!」

「わかった。ありがとう」

「気にしないで」

「了解だ、嬢ちゃん」

 

 連戦連勝。味方もいる。だからこそ、ミーシャとキラは安請け合いしてしまったのだ。

 ――戦場で死なない保証など、どこの誰にもできないというのに。




 今作のラクスは護衛として張り付いているルミナの事情を慮って勝手に抜け出したりしません。ハロと一緒にルミナを励ましています。
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