【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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全滅

「キラ! 聞いてよ! ……クソッ! 通信が!」

 

 ミーシャはコクピットのコンソールを叩く。味方との通信が完全に切れた。何が起こっている。ブラックナイトスコードが二機、キラに向かっている。援護を――どっちに? ミーシャが迷っていると、凄まじい殺気を感じて、機体を後ろに引いた。さっきまでコクピットがあったところを、ビームが通り抜けた。撃ってきた相手を確認して、ミーシャはこの不可解な状況を誰が起こしたのか悟った。

 

「……裏切ったね、ブラックナイツ!」

 

 ミーシャは撃ってきた機体、ブラックナイトスコードに向けてビームライフルを向ける。キラに向かっていた内の一機が進路を変えてこっちに向かっている。

 

(あはははは! 殺しに来たよ、広告塔!)

 

 声が聞こえる。頭の中に声が。あの子、リデラードの声だ。

 

「私の中に……!」

 

 嫌な感じだ。ミーシャは目の前のモビルスーツのパイロット……リデラードと精神が強固に繋がっていると感じた。だが、こちらが未熟なだけで双方向という感覚もする。――なんで?

 

「クソッ! 味方との通信が……!」

 

 状況がわからない。キラに向かって行くのはまだわかる。なんで他のコンパスにもブラックナイトスコードは向かっているんだ。

 

(他人に気を遣ってる場合!? こっち見ないと殺しちゃうよ! 見ても殺すけど!)

(人の脳内でやかましい!)

 

 ミーシャが叫ぶと、思念が相手にも届いたらしい。双方向なんだからこっちの気持ちが強けりゃ届くでしょ、くらいの感覚だったが、向こうにしてみれば驚愕に値することだったらしい。

 

(……なんであんたみたいなナチュラルが私と繋がれるのよ!)

 

 そんなの知らない。ミーシャは動揺したリデラードに向けてビームライフルを撃つ。コクピットに当たったが、装甲に散らされ無効化された。赤いレーザーがミーシャの機体に向けて発射される。

 

「何これ、攻撃? ……いやこれ映画で見たことある!」

 

 ミーシャの懸念は的中した。ファウンデーション王国からやってきた無人の機体からミサイルが山のように撃ち込まれたのだ。レーザー誘導されたミサイルは正確にミーシャの機体を狙う。

 

「クソッ!」

 

 ミーシャは全ての火砲を使ってミサイルを迎撃する。キラは……! ステラは、アグネスは!

 

 ミーシャはあたりを見回して状況を確認する。ユーラシア連邦の領土内……戦闘区域から遠く離れた場所で、ブラックナイトスコードが二機、飛び立つのが見えた。……なんであんなところに?

 

(あ、見ちゃった? あははは、なおさら殺さなきゃ!)

 

 あれは何……? ミサイル? いや、でも。嫌な予感がする。底なしの悪意が五つ、この戦場にあるのがわかる。意味が分からない。殺気とはまた違う濃度の悪意。なんなんだこの感覚は。

 

 気にすることが多すぎる。敵は一体。あと無人機が数機。敵がこっちに近づいてくる。ミーシャはビームライフルを放って無人機を撃墜すると、ビームサーベルを抜いて切りかかる。リデラードはビーム刃がついた実体剣を引き抜いて防ぐ。近づいてくるから近接戦闘をせざるを得ないが、元々ミーシャは接近戦は不得手である。ブラックナイトスコードルドラは遠近バランスの取れた機体で特に近接攻撃に比重が置かれている。パイロットも近接戦闘を好むこともあって、凄まじい攻撃が次から次へとやってくる。次第に劣勢に追い込まれていくのがわかる。ミーシャは歯噛みする。このままだとやられる。

 

 ――シンはアウルと協力していきなり襲い掛かってきたブラックナイトスコードと戦っていた。

 

「クソッ! お前らなんなんだ!」

「ヤバい……! 通信が!」

 

 シンとアウルは近い距離にいるが、その距離ですら通信が妨害されていて通信が取れない。次々に繰り出されるブラックナイトスコードの斬撃に、シンは押され気味だった。随伴していたムラサメ隊はもう一機も残っていない。少なくとも見えている範囲では。レーダーも死んで役に立たない。味方がどうなっているのか状況が全く分からないのが心を削る。

 

(学習能力ねぇなぁ! お前ごとき相手にならんと証明してやっただろうがぁああああ!)

 

 頭の中に声が響く。なんだこれ? テレパシーか? 状況が見えない。自分は誰とどう戦えばいいんだ。シンはアウルと二人きりで戦うしかなかった。

 

――ステラは混迷を極める戦場で、どうするべきか悩んでいた。アグネスのギャンは早い段階でどこかに行ってしまった。意図を確認しようにも通信が効かない。どうすればいいのかわからない。とにかくいったんアークエンジェルに帰還するべきだ。そう思ったステラはジャスティスを飛翔させるとアークエンジェルに向かう。そして、撃墜されかかっているアークエンジェルを目にした。

 

「えっ!? な、なんでブラックナイツが……?」

 

 困惑するステラ。とにかくアークエンジェルを守らないと。そう思った次の瞬間、アークエンジェルを守っていたハーケン隊のマーズとヘルベルトが撃墜された。

 

「そんな……!」

 

 ステラは機体を加速させる。ブラックナイトスコードと戦う覚悟を決めて、前に進む。襲ってくると思っていたが、なぜかブラックナイトスコードの2機は機体を反転させて逃走を図った。……なぜ?

 

(あの機体……シン・アスカか?)

(いや。ステラ・ルーシェ。ただの雑魚だ。シン・アスカと三人がかりで負けるほどのな)

(さっさと墜として……)

(時間が近い。これ以上は無理だ)

 

 彼らも当然通信はできない。だが、彼らは通信などできなくても意思疎通ができる。時間。この場所全てが焼失するまでの時間が迫っているのだ。二人だって急がなければならない。この場で生存者を残して去るのは懸念が残る。

 ――だが、問題はない。アークエンジェルとそのクルーは始末した。あのジャスティスは何も知らない。つまり、あと一時間もしないうちに死ぬのだ。

 ステラはアークエンジェルに向か――おうとして、生き残っているムラサメがアークエンジェルに向かっているのを見つけた。ステラは機体を反転させ、シン達のいる場所へと向かう。みんな、生きていて。

 

 ユーラシア連邦の将校はさきほどの怒りはどこへ行ったのか、ただ顔を青くしていた。彼の通信相手は自分の軍だ。彼は通信を切ると、その場にいる全員に重々しく告げた。

 

「……本国から通信が。ユーラシア連邦の領内から、戦術核ミサイルの発射が確認された」

 

 しん、とその場が静まり返った。悲嘆にくれるラクスも、思わず思考を止めて彼を見た。

 

「……目標は?」

 

 誰が聞いたのか。だが彼はつい、と自分に向けられている無数の視線から顔を逸らして答えた。

 

「――()()だ」

 

 ラクスは、全てが悪夢のように感じた。何もかもが大きすぎて、彼女では受け止めきれない。オルフェはこの中で最も早く正気に――あるいは、ほんの少しも動揺していないのか――指示を出した。

 

「全員退避! 全土に避難指示を出せ! 可能な限り地下に避難させるんだ! 急げ!」

 

 まるで時が止まっていたかのように動きを止めていたその場が、今度は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。全員がどこかに通信をしている。そんな中、ラクスは絶望する。無理だ。今から避難なんて間に合うわけがない。美しい湖畔と、その周りに栄えた街を彼女は思い出す。それらすべてが、灰燼と化す。

 

「姫、こちらへ」

 

 はっとして見れば、周囲の人間も避難を始めていた。オルフェはアウラを連れて逃げようとしている。まさか女王を守る親衛隊の指示に従わないわけにもいかず、オルフェの案内でラクスは通路を走った。

 

 ――目撃者、関係者は全て消す。アークエンジェルを仕留めたブラックナイトスコードは、国境付近に待機していた簡易指揮車両を見つける。哀れな彼らは自分たちの立場がよくわかっていないらしい。

 

「どこのバカだ!? どこのバカが撃った! 核だぞ!? 誤射で済まされるか!」

「コントロール受け付けません! 我々ではどうにも――」

 

 彼らはブラックナイトスコードが目の前に立っても、それを気にする様子はない。ブラックナイトスコードはビームライフルの砲口を彼らに向けて引き金を引く。彼らはもう何も気にする必要がなくなった。

 

 ――ミレニアムから出撃したルナマリアは震える手でそれを待っていた。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 呼吸が荒い。今の自分の任務は核ミサイルの迎撃。失敗したら国が一つ滅ぶ。じわり、と手汗が。背筋には嫌に冷たい汗が流れている。なんで自分だけこんな。理不尽だ。なんでここにミーシャがいない。彼女がいれば核ミサイルくらい簡単に撃ち落としてくれるのに。今誰がどうしているのかわからない。シンは無事なのか。

 

「戦術座標020ウィスキー、138ノベンバー」

 

 有線通信で、ミレニアムから核ミサイルの座標が贈られてくる。通信が阻害された直後に、コノエ艦長がそうするよう指示があったのだ。判断が的確、かつ素早い。あとはルナマリアがミサイルを撃墜するだけだ。……重圧が、責任が、重い。

 

「りょ、りょうかい」

 

 怖かった。失敗したら何人死ぬんだ。だがやるしかない。できる。ミーシャの元でどれだけ狙撃を練習したと思ってる。狙撃用ライフルを構え、コクピットでスコープを除く。見えた。

 

「ふう、ふう、すぅ――」

 

 息を止めて、しっかりと狙う。極低空、湖面すれすれを飛来する核ミサイルは、所定のポイントに達すると一気に上昇する。その上昇の頭を、ルナマリアは狙撃した。弾頭にライフルが命中し、ミサイルが湖面に墜ちた。

 

 

「やった!」

 

 守れた! そう思った直後、ミレニアムから通信が。

 

「2発目がコースを変えた! ――このコースだと迎撃は不可能だ!」

 

 目視で確認すると、2発目がルナマリアから距離を取る様にして軌道を変えた。湖畔が良く見える岸壁に陣取っているせいで即座にポイントを変えるなんてことはできない。……そんな。

 

「湖に飛び込め!」

「いや……まだです! 私は魔弾の部下なんです!!」

 

 ルナマリアは命令を無視して飛び上がる。遠くに見えるミサイルは米粒より小さく見える。望遠スコープを最大にしても、狙いが付けられるようなものではなかった。それでもミーシャと共に戦った経験を思い出し引き金を引いた。だが、ミサイルには命中しない。あまりに遠すぎるのだ。

 

「――そんな……!」

 

 だが二射目を狙っている暇はない。ルナマリアは悔しい思いをしながら推進装置を切ってゲルググを湖に沈める。

 

 お願い、みんな無事でいて……。

 

 次の瞬間、ファウンデーション王国を核ミサイルが焼いた。

 

 逃げきれなかった人々はその膨大な熱量に一瞬で炭のように焼き尽くされる。即死できた人間はまだ幸せだ。即死できず、それでも核ミサイルの範囲内にいた人間は、もう()()()()()()()()()()()。核ミサイルが齎す死の放射能が、彼らを蝕む。無数の命がここに失われ、残酷な現実が彼らを襲う。

 

――同時刻。キラは襲い掛かってきたブラックナイトスコードシヴァと戦っていた。だがその動きに精彩はなく、動揺と絶望から生きる気力すら失われていた。

 

「なんで……なんで君が襲ってくるんだ……」

 

 キラは力なく言った。答えが返ってくるとは思っていなかった。通信が全部死んでいるのだから、どうやって通信するのか。そう思っていると、向こうから思念が伝わってくる。

 

(なぜ? なぜと言ったか。周りをよく見てみろ!)

 

 キラはようやく、視界の靄が晴れて、()()()世界を目にすることができた。

 

「……え?」

 

 キラは現実が信じられなかった。自分が無力化したと思っていたブルーコスモスのモビルスーツは明らかにユーラシア連邦のモビルスーツで、自分がいるのもユーラシア連邦の軍事境界線の奥。レーダーに映る自機の位置は、真っ赤に塗られたエリアのど真ん中にあった。

 

(もうお前は不要だ。世界にも――ラクス・クラインにも)

 

 その言葉に、キラは衝撃を受ける。ラクスに、不要。そうだ。だから彼女は自分に撃墜の許可を……。呆然としていると、いつの間にかブラックナイトスコードシヴァが目の前にやってきていた。ルドラと違って近接戦闘に特化した機体を相手に、キラは手も足も出ない。瞬く間に武装を切り落とされ、両手が切り落とされる。なんとか退避しようとしたところで、シヴァの胸部装甲が開いた。何が……そう思った次の瞬間、胸部から無数の針のような弾丸が発射され、ライジングフリーダムに降り注いだ。フェイズシフト装甲で攻撃を無力化できたのは100発程度。断続的に、大量に浴びせかけられる弾丸に許容量を越えて電力が消費され、ライジングフリーダムのフェイズシフト装甲がダウンした。

 

「なっ」

 

 フリーダムに乗り換えてからは一度も起こることのなかったフェイズシフトダウンに、キラの動揺が大きくなる。エネルギー生成が全く追いついておらず、エネルギーを作った瞬間にフェイズシフトを起動しようとして消費してしまっている。シヴァが胸部の弾薬を使い切る頃には、ライジングフリーダムはハリネズミのように針のような弾丸が突き刺さっていた。

 

「……死ぬ、のか」

 

 キラは呟く。

 

(ああ。お前は死ぬ)

「やっと、終わるのか」

 

 キラは諦めたように目を閉じた時、背中からビームが撃ち込まれた。コクピットブロックのすぐ上を貫いたビームを撃ったのは、味方のはずのギャンだった。

 

「あっはははは! 私をフるからこうなるのよ!」

 

 アグネスが笑いながらシールドカッターを起動し、フリーダムの両足を切り飛ばす。

 やってやった。ざまあみろ! いつか仕返ししてやるつもりだったが、こんなすぐにチャンスが巡ってくるなんて! アグネスはしっかりとラクスの命令を――キラへの攻撃許可を聞いていた。今ならキラを攻撃しても、殺したってお咎めなし! あの怖い隊長だってイかれたキラを討伐したと言ったら笑顔で……はないかもしれないが、咎めたりなんかしないだろう。なんて素敵なんだろうか。心からラクスにお礼を言いたい気分だった。

 

「さよなら、ヤマト准将!」

 

 ビームサーベルを抜いてコクピットに撃とうとしたところで、背後からビームが放たれた。攻撃を中止してそちらの方に視線を向けると、アグネスは訝し気な顔になった。

 

「……なによあんた?」

 

 赤い機体だった。頭と胴体が一体化したような独特なフォルム。ザフトの水中用モビルスーツみたいな見た目だが、アグネスは目の前の機体を知らなかった。その赤い機体は淡々と二人に襲い掛かってきた。頭頂部から垂直ミサイルが放たれ、アグネスはシールドを掲げてそれを防ぐ。ガラ空きになった胴に、掌部のメガ粒子砲からビームが放たれる。被弾してコクピットに衝撃が走る。死なずには済んだが、中破レベルまで追い込まれた。

 

「――面白い」

 

 戦闘不能になったアグネスと交代するように、シュラが所属不明機体――ズゴックに切りかかる。全身近接武器と言っても過言ではないシヴァを相手に、ズゴックはクローと背面のフライトユニットに仕込まれたビーム刃で対等に渡り合う。シュラの顔に笑みが浮かぶ。ようやく、やっと歯ごたえのある相手が出てきた。強敵を求めるシュラの気質が、ズゴックとの戦闘を求める。もっと、もっと楽しみたい。戦っているうちに、シュラにはズゴックのパイロットが誰か、検討が付いた。

 

「その腕、その動き……アスラン・ザラだな?」

 

 シュラは笑いが抑えられない。コズミック・イラ最強の男、アスラン・ザラ。渇望した相手と決闘をしている。こんなに心躍ることがあるか? シュラがズゴックと切り結んでいると、仲間から連絡が来た。

 

(シュラ、時間!)

 

 思わず、シュラは舌打ちした。楽しい時間は早く過ぎるというが……。シュラは大げさに一歩下がってズゴックから距離を取る。近くで中破しているアグネスの機体に近づくと、接触通信で声をかける。彼女は泣いていた。口惜しさと、虚無感で自分でも理由がわからない涙を流していたのだ。

 

「来るかい?」

「……喜んで。あなたとなら、どこへでも」

 

 アグネスはシュラの手を取った。アグネスの腕を惜しんで、シュラはアグネスを連れて退避した。

 

「……キラ」

 

 アスランはコクピットの中で無気力にうなだれるキラに声をかける。

 

「……アスラン」

「行くぞ、脱出だ」

 

 キラはもう何もかも投げ出したかったが……まさかこんなところまで助けに来てくれたアスランに無駄足をさせるわけにもいかず、コクピットから脱出した。

 

 

 ミーシャは霞む視界の中、機体を飛行させてなんとか逃走を図っていた。歯を食いしばりながらキラのいる方へと機体を動かす。もうボロボロだった。ウイングバインダーはもちろん、両手両足切り飛ばされて戦闘能力を完全に喪失した。ビームサーベルだけに気を取られていたら、背中のビームマントに手を切られたのだ。推進装置か防御用装備だと思い込んでいたからこそ、全くの不意を打たれた。両手を喪失してからは転がり落ちるようにしてボロボロにされた。目に涙が浮かぶ。だが死んでなんかやるもんか。ミーシャはキラと協同してなんとか戦うつもりだった。だが、キラのいるところに辿り着くと、キラも無残に敗北していた。

 

「……え」

 

 キラが負けた? フリーダムには無数の針が突き刺さっている。針? フェイズシフトは? 状況がさっぱりわからない。遠くには全速力で退避しているブラックナイトスコードシヴァと、アグネスのギャンがいる。ギャン? なんで? しかもなんか見慣れない赤いモビルスーツがいるし。円盤の飛翔体までいる。困惑していると、背後からビームライフルを撃たれた。なんとか回避するが、コクピットの脇の腹部に掠った。また出力が下がる。コクピットの中に火花が散る。

 

 ――死ぬ。

 

 ミーシャは死を覚悟する。……ここまで来たら賭けるしかない。近くに湖が見える。そのままミーシャは全速力で湖の方に向かう。

 

(逃げるつもり? 逃がさないよ!)

 

 リデラードの嘲るような声を無視して、ミーシャは最終チェックを始める。パイロットスーツの酸素量……スーツ背面にあるバックパックのスラスターの燃料……。予備の酸素タンクをパイロットスーツの腰に装着すると、パイロットスーツとバックパックスラスターを接続する。一か八かの賭けだ。

 

「パパ……ママ……もしかしたらそっちに行くかも!」

 

 ミーシャはリデラードのブラックナイトスコードがビームライフルを撃ってくるのに合わせて、回避しようとして上手くできなかったように腰部で受ける。コクピットで無数のアラートが鳴り響く。ミーシャはコクピットハッチを開ける。凄まじい速度で流れる湖面が見える。エンジンをカット。ニュートロンジャマー・キャンセラーオフ。淀みなく操作し、ライジングフリーダムは湖面に着水した。ミーシャの視界が暗い水で満たされる。コクピットから脱出すると、パイロットスーツに装備されているバックパックスラスターを使って移動を始める。ライジングフリーダムからしばらく離れたところで、フリーダムのコクピットがビームに貫かれた。ミーシャはそれから酸素量ギリギリまで待機してやり過ごそうと思った。

 

「くそっ! よくもミーシャを!」

(うっわつよ! でももう遅いんだよねー!)

 

 未確認の赤いモビルスーツがリデラードのブラックナイトスコードルドラを墜とそうとメガ粒子砲を放つが、全て回避され、そのまま全速力で戦闘区域から離脱していく。中にいるアスランはなぜ彼らは一様に遠ざかるのか? 不思議に思っている間もなく、湖の中から救難信号をキャッチした。戦闘の音がなくなったことに気付いたミーシャが発信したのだ。

 

 ――シンも、アウルも、二人がかりだったというのに無残に敗北してしまった。遠くに見えるアークエンジェルが次々と黒煙を上げて沈んでいく光景に動揺したのだ。相手はたった一機だというのに、ブラックナイトスコードルドラは分身を巧みに使い二人を翻弄した。通信が取れず連携が全くできないというのも理由の一つだ。まずはアウルがシールドを切り裂かれ、頭部を撃ちぬかれた。通信もレーダーも使えない状況でカメラが死ぬのは致命傷だ。アウルはコクピットハッチを開けて脱出を始める。

 

「アウル! くっそー!」

(雑魚どもがいきがんじゃねええええええ!)

 

 さっきから聞こえる思念がうるさい。アウルを庇いながら、アークエンジェルも気にして。状況も全くの不明。分身までしてくるので、高速戦闘の最中にどれが本物かを見極めなければいけない。

 とにかく生身のアウルを守らないと。焦る気持ちがシンを急かす。ブラックナイトスコードルドラにコクピットハッチを切り裂かれた。溶けた金属が物凄い熱気を発している。……もう無理か。シンはあきらめてコクピットハッチを開けて脱出する。コクピットから脱出した直後、ジャスティスのコクピットをビームサーベルが貫いた。

 間一髪の危機を脱したシンとアウルだが、まだ命の危険は残っている。モビルスーツからしたら米粒みたいなパイロットの姿を、ブラックナイトスコードは正確に把握して追ってくるのだ。モビルスーツの手に掴まれて握りつぶされれば即死してしまう。シンもアウルも冷汗をかきながら必死に逃げる。

 その時、ビームライフルがブラックナイトスコードルドラに向かって放たれた。

 

「ステラ!」

 

 シンがもう一つのジャスティスを見て喜びの声を上げる。

 

「姐さんじゃないか!」

 

 アウルが心底ほっとしたような声を出す。

 

(ちっ……雑魚が増えたか)

 

 2対1をもう一回するには時間があまりに足りない。グリフィンは舌打ちをして上昇。……まぁ、構いやしない。雑魚が何人集まろうが雑魚だ。それにいくらなんでもこのあとの()()で生き残れるわけがない。

 

 グリフィンは仕留めきれなかったことを悔やみながら、退避を開始した。

 

「……逃げてった……?」

「ヤバいってことだと思う。シン、早く逃げよう」

 

 ステラはシンをコクピットに引き込むと素早くハッチを閉めて湖のほうに逃げる。あそこなら逃げても問題ない場所だ。

 

「待ちな!」

 

 ギャンを駆るヒルダが、アウルの収容を終えた後に接触通信でステラを止めた。

 

「ハーケン隊長、どうして?」

「カンが言ってるんだ、このままじゃ間に合わないってね。すぐそばに渓谷がある。その谷底なら何があっても大丈夫だ」

 

 ――たとえ核が頭上で炸裂しようが、直上でない限り死は免れる。

 

「ん。了解。みんな生きてるかな……」

「味方を信じるのも任務の内ってことさ。行くよステラ!」

「了解」

 

 ステラはヒルダの案内で近くの渓谷に身を投じる。

 

 ……次の瞬間、エルドア地区で核ミサイルが爆発した。対応する者が誰もいなくなった状況で、もう一発核ミサイルが発射されていたのだ。核ミサイルの熱と炎が全てを焼き尽くしていく。逃げ遅れた人々、残っていたモビルスーツ、撃墜されたアークエンジェル……。

 

 そして、目標だったミケールも。

 

 核の炎で燃えるエルドアを、ラクスはシャトルの上から見てしまった。宇宙空間にいてもはっきりと視認できる大きな火の玉。……もう何もかもが手遅れだった。

 

「……」

 

 ラクスは顔を手で覆って嘆く。もうみんな死んだ。生き残っているのはきっとラクスと……ミレニアムの人たちだけだ。アークエンジェルのクルーとルナマリア以外のモビルスーツ隊は全滅した。キラも、ミーシャも、死んだ。

 

「……姫」

 

 オルフェが優し気にラクスの手に肩を置く。今はその優し気な仕草もラクスの心には響かない。

 

 ただ、失われた無数の命を思って泣いた。

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