【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
エルドア地区とファウンデーション王国の首都イシュタリアが核の炎で焼かれた数時間後。カガリは自国オーブで通信による、コンパス参加国の緊急会談を行っていた。参加者は三人。オーブ代表カガリ。地球連合代表はアズラエル。プラント代表はラメントである。
「第二爆心地……から1.5キロの地点で、アークエンジェルの残骸を発見しました」
トーヤが報告を読み上げる。彼の書類を握る手は力強く、書類がくしゃりと歪んでいる。認めたくなかった。だが、報告に上がっている情報は、現時点では疑いようがない。
「ミーシャ・バレンタイン准将のフリーダムの残骸が湖の沖合で発見された以外にモビルスーツの痕跡は確認されていません。……おそらく、全滅したものかと」
全滅。その報告にカガリは歯噛みする。他の面々も沈鬱な表情をしている。
「……それで、歌姫様……クライン総帥は?」
アズラエルがぼそりと聞いた。
「ミレニアムからの報告では、ファウンデーション王国の高官たちと共に脱出したと報告が」
残存戦力、ミレニアム一隻、モビルスーツ一機。もはや部隊としてまともに行動できないレベルまで追い込まれた。現在ミレニアムはオーブ港に停泊しているが、この先一体どうなることか、今は誰もわからなかった。
「へえ……で、なぜその歌姫様は会議に出席なさらないので?」
その馬鹿にしたような物言いに、ラメントが静かに言い返す。
「出席できるならしている。まだファウンデーション王国からなんの連絡もないのです。そちらこそ、バレンタイン准将から報告はないのですか?」
「話聞いてました? アークエンジェル直掩のモビルスーツ隊は全滅です。さてカガリさん、次の話をしましょう」
「――次?」
カガリはまるでスイッチを切り替えるようにアズラエルがそう言うことを不審に思う。まだ報告は終わってないし、絶対責任追及してくると思っていたのだが。ミーシャへの言及が一言もないのが不気味だった。
「もちろん、報復です」
アズラエルの静かな怒りを宿した言葉に、ラメントとカガリの額に汗が流れる。
「確かに越境はありました。報告書を読む限りキラ・ヤマトが暴走してユーラシアのモビルスーツを切り刻んだのも事実でしょう」
「――キラがそんなことするはずが!」
「彼、気に入らなかったら誰が相手でも噛み付くと思ってるんですがねぇ」
あの優しいキラをまるで狂犬扱いだ。しかし、カガリがそれを否定することはできない。彼がアズラエルからそう思われるようになった原因には、自分も多大に含まれているのだ。
「――まぁ、今はどうでもいいです。死人を恨み続けるほどヒマじゃないので。大事なのは生きてる仇ですよ。おわかり? ユーラシアを焼きますよ」
カガリも、ラメントも、喉を鳴らして慄く。
「キラ・ヤマトの暴走は確かに問題行動です。コンパス解体もあり得るほどのね。だが核で吹き飛ばされるほどの行いでもない。なので、僕はコンパス理事として核攻撃による報復を提案します。なぁに、核ミサイルもそれを撃つ部隊もこちらで用意します。お代は結構」
こつ、こつ、と彼が机を指で鳴らす音だけが響く。ナチュラル相手に、しかも地上で核報復するとは、アズラエルはよほど頭に来ているらしい。それもそうだろう。ミーシャが出先でイかれたコーディネーターの煽りを食らって核で死ぬなど、アズラエルからしたら絶対に許せるものではなかった。
「……アズラエル理事、冷静になるべきだ」
ラメントが努めて冷静な声で言った。彼とてこの場では今回の件の責任を追及するつもりではあった。だが、そんなことはどうでもいいとばかりに終末戦争の引き金を引こうとする人間を前に、ラメントの善性と理性が戻ったのだ。
「冷静? おやおや……ずいぶんとまぁ。コーディネーターにとってブルーコスモスは血も涙もない人間だと思われているかもしれませんがねぇ。――僕は今怒っているんだよ! そもそもどんな理由があろうと核攻撃など許されるわけがないだろうが!」
「なんだと!? 貴様言うに事欠いて! 3年前の大戦でお前が核攻撃部隊を組織したということは調べがついているのだぞ!」
「
「なんだと!? 我々コーディネーターを宇宙ゴミと言ったな!? 大西洋連邦は融和する気がないのか!」
「ミーシャが死んだんだぞ! もうお前らに気を遣ってやる理由はない!」
「――ちょ、ちょっと、ふたりとも落ち着け!」
カガリが怒鳴ると、アズラエルもラメントも一旦黙った。……よかった。ここで第三者の言葉に耳を貸さないほどだとまた戦争が起こるところだった。
「……まず、私達は仲間だ。敵は……敵はユーラシアのはずだ」
カガリがそう言ったということに、ラメントもアズラエルも驚く。トーヤは悲痛そうに顔を歪める。外部に敵を作って内をまとめるなんてことをカガリがすることになるなんて。だがここでコンパスが空中分解すればそれこそ融和の目がなくなる。
「……そうですね」
「それに関しては……だが……」
「双方思うことはあるだろう。だが核に核を撃ち返すようではあっという間に地球は死の星になる。双方それが望みではないだろう?」
カガリが諭すように言うと、アズラエルもラメントも渋々頷いた。
「……癪ですがね、僕だって世界を滅ぼしたいわけではないんですよ。プラントはともかく」
「私だって融和の道を閉ざしたいわけではない。そこに座っているブルーコスモスの過激派はともかくな」
カガリは今すぐ頭を抱えて蹲りたかった。なんで今までこれで纏まっていたんだ。……各々我慢していたのだろう。だがそれは仕方ない。地球も、プラントも、血を流しすぎた。融和のためにとこうして同じ席に着くには相当な忍耐が要る。だが、それも今回の件で我慢の限界を迎えたというわけだ。
「冷静に、今後のことを考えよう。コンパスは当分の間活動を凍結……するしかない」
カガリは血を吐くような思いで言った。現実という重い真実がのしかかる。活動できる戦艦はミレニアム一隻、保有モビルスーツはルナマリアのゲルググのみ。そのゲルググだって徹底的な整備の必要性が認められ、すぐに戦闘できる状態ではない。それも当然だ。水中とはいえ核の余波を浴びたのだから。
「……それで? アスハ代表は今回の件どう収めるつもりなんです?」
決定的な事を、アズラエルは聞いてくる。もし生半可な事を言えば、アズラエルはすぐにでもピースメーカー隊を組織してミーシャの弔い合戦をおっぱじめるだろう。現在細かいことは調査中である。同時期にファウンデーション王国に派遣していたアスランからの調査結果を待つしかない。現状わかっているだけの情報を整理すると、コンパスの越境に過剰反応したユーラシアが核攻撃してきた。そう取るほかない。
「……ユーラシアに賠償金を請求する。もし、もし拒否したら……その時は」
カガリはその先を言うことができなかった。事は核攻撃だ。ユーラシアもコンパスが爆発範囲にいたことは当然承知の上で撃った……としか思えない。まさか3発も撃ち込んどいて誤射とは考えられないし……。
「いいですねぇ。天文学的な額を請求してやりましょう。拒否してくれたら儲けものです。先のデストロイがお遊びだと思えるほどの懲罰をしてやることにします」
「……プラントはこの件に消極的に同意する。戦力の派遣はしないが……」
「いやいや、結構ですよ。ウチの活きが良いのを送り込んでやりますからね。プラントのコーディネーターがいたら大変。では、詳細を詰めて彼らに最後通牒を突きつけてやりましょう」
プツン、とアズラエルが通信から消える。
「……アスハ代表。今回の件、プラントも紳士的な対応をすることは出来かねます。ザフト兵も被害を受けた。それも核で」
「……ああ」
「では失礼」
ラメントも同じように通信を切った。カガリはべしゃりと机に崩れるようにして突っ伏した。
「……カガリ姉様、本当にミーシャは死んだんですか……?」
「……報告ではな。ああ……私にもっと力があれば」
カガリはぼやくように言った。もし舵取りを誤ったら次の相手はユーラシアになる。地球でまた戦争になるなんて冗談ではなかった。
「……だが、妙だ」
「妙、ですか」
トーヤの質問に、カガリは頷く。
「ファウンデーション王国首都に核攻撃は……まだ理解できる。したくはないが、一応な。軍事境界線を一方的に越えてきた報復というわけだ。だがエルドア地区にまで核を落とすか? あそこにはコンパスやファウンデーションの戦力もそうだがユーラシアの戦力もいたんだぞ? 自国兵士を巻き添えにしてまで核を撃つほどユーラシアが追い詰められていたとは思えない」
「……つまり……?」
「何もかも不審だということだ。一番おかしいのは今回のことで得をしたやつが誰もいないということだ」
「……確かに」
「あるいは……これからなのかも」
「これから……?」
カガリは頷く。核攻撃が目的のようには思えないのだ。更に悪辣な意思が蠢いていて、核攻撃すらまだ過程にすぎないのでは……そうとしか思えない。
怪しいのは口実を得たファウンデーションだが……ユーラシアに侵攻するにしても自国の首都が吹っ飛んでは意味がないだろう。
カガリは全く読めない先行きに、悔しい思いをするほかなかった。
――ミーシャが目を覚ますと、そこは医務室だった。
「隊長、起きた?」
霞む視界の中、金色の髪が目に入る。だんだん意識がはっきりしてくると、ステラの顔がよく見えた。
「……ここは?」
「オーブのアカツキ島っていうところ。秘密基地だって」
「……秘密が好きね、オーブ。……私、どれくらい寝てた? ……被爆してる?」
ミーシャは意識を失う直前に核ミサイルが爆発したのを目にした。直後どうなったのかはわからない。
「大丈夫だって。基準値以下。湖の中にいたのがよかったんだって。隊長は3日気絶してたよ。心配した」
「心配かけてごめん。あれから……みんなはどうなったの?」
「私達もなんとか核をやり過ごして……アスランと一緒にオーブに戻ってきたの。大変だった」
ステラは軽い調子で言うが、相当に苦労した行程だっただろう。何せ足はモビルスーツしかないのだ。ユーラシアからオーブまで、強行軍だっただろう。むしろ数日でよくたどり着けたものだ。
「みんなは今休憩室。テレビでニュース見てるよ」
「……行く」
ミーシャは身体を起こすと患者服のままベッドから降りる。体の節々が痛むが、痛む体があるだけマシと思うしかない。核ミサイルの爆発範囲にいて吹き飛ばずにいて被爆もしていないなど奇跡だろう。
「ん。付き添う」
「ありがと」
ミーシャはステラの案内で休憩室へと向かう。ちょうど、生き残った全員で話をしている最中だったようだ。
「ミーシャ、大丈夫か?」
「アスラン。あの赤い変なので助けてくれたの?」
「変なのとはなんだ。ズゴックだ」
「……変なのじゃん。でも、助けてくれてありがとう」
ミーシャがお礼を言うと、アスランは気まずそうに頷いた。
「気にするな。……ミーシャは状況がわかってるか?」
「いや……全然。私達誰にやられたの? なんでブラックナイツが襲ってきたの?」
状況もそうだがこの部屋の空気も重々しいったらありゃしない。キラがまるでこの世の不幸すべて背負ったような沈鬱な面持ちで項垂れている。アウルは壁に背を預けて、腕を組んで立っている。ヒルダ、ネオ、ラミアスの大人組は集まって座っていて、アスランとメイリンがテレビの前に立っている。シンはキラのそばで心配そうに座っていた。
「……ずいぶん少ないね」
「ここにいない者は死んだ。ブリッジクルーは無事だ」
「……そっか」
ムラサメ隊の姿はない。ネオの部下は1人も生き残らなかったというのか。
「現状の説明をするぞ。コンパスの活動は現在凍結中だ」
「……アスラン、ホントなんですか?! なんで俺達が!」
「シン……保有戦力ないからでしょ」
ミーシャが痛みに顔をしかめて、近くにあるソファに腰掛ける。
「それもあるが、コンパスに世界中から非難が集中している」
「撃ったのはユーラシアでしょ……?」
「
「バカバカしい……」
「……ともかく、ミレニアムは現在オーブ港に停泊している」
「ん……そういえばラクスは?」
恐る恐る、ミーシャが聞いた。アスランはなんでもないように答える。悲壮感や絶望した顔をしないあたり、少なくとも生きてはいるらしい。
「ファウンデーション王国の高官と共に脱出したらしい」
「ならいっか」
「……よくないよ」
キラが小さく呟くように言った。
「ん?」
「ラクスは……裏切った」
キラはオルフェに言われたことがずっと頭に残っていた。血塗られた手で彼女の手を取るのか。戦うことしかできない自分が隣りにいていいのか。そんなことばかりがぐるぐると頭を回る。
「裏切り? ……じゃあ殺すの?」
「なんでそうなるんだ……!」
「アウラ陛下と通じて何かしてたって言いたいんでしょ?」
冗談めかしてミーシャは言う。ラクスが新興国の高官や国王と手を組んでキラを裏切る? バカ言っちゃいけない。
だが、キラはその言葉を大真面目に受け取った。アウラ陛下と、通じる。それは、ない……と思う。キラはぼそぼそとその名前を出した。
「違う。オルフェ宰相とだ」
「……いやいや」
まさかキラが本気でラクスの裏切りを信じているとは思わず、ミーシャは思わずアスランをちょいちょい、と呼び寄せる。アスランはため息を付いてミーシャのそばまで来た。二人の動作にキラは興味を払う様子もなく、ただ項垂れていた。
「アスラン、キラどうしたの? 過去いち様子おかしいんだけど」
アスランの耳元でミーシャはこそこそと内緒話を始める。
「わからないんだ。助けてからずっとあんな調子で……」
「……実は、越境がラクスの指示とか?」
ラクスはキラに越境を指示した。もしくはあらかじめ指示を出していた。キラがその通りにしたらラクスが手のひらを返して攻撃許可を出した。たしかにこんなシナリオならキラが裏切られたと言うのも当然だ。
「そんなことラクスが指示をするか?」
「前々からオルフェと通じてた……とか?」
言っていて自分でもないなと思う。ラクスがキラに愛想を尽かしたというにはラブラブ度合いが変わらない。別の男に懸想していて甲斐甲斐しく好みの料理を作るだろうか? 少なくともミーシャはしないだろう。
「ないな。だが、そう指示されたとキラが思い込まされたとしたら……」
「それならあの様子もわかるかな」
誤解を解くのは苦労しそうだ。ミーシャはため息をつく。……まぁどちらにせよ今は何もできない。足も武器もないのだ。
「――全員が揃ったところで報告がある。みんな、この写真を見て欲しい」
アスランが言うと、休憩室のテレビに外部入力で写真が一枚、大写しになった。
「アウラ陛下……?」
「あ、パパ」
「……親父もいるな」
ミーシャとネオが揃って言った。
写真に映っていたのは三人の人間だった。今のアウラを大人にしたような女性と、若い頃のミーシャの父とネオ……ムウ・ラ・フラガの父が映っていた。三人は楽しげに談笑しているように見える。
「……これはメンデルが稼働していた頃の写真だ」
「へぇ……」
「彼女は研究者で……研究テーマは新人類……コーディネーターを超える種族を作り出すことだ。幼児化している件については未だ調査中だが……
「……パパとネオのお父さんが映ってるのも厄ネタっぽいよね」
「まぁな……」
ネオの父は短期的な未来予知……
「……正直どうでもいいよ」
「どうでもいいだと?」
ミーシャが天井を見上げて言う。
「もう打つ手ないもん。生きてることをアズラエルさんに言って……それからもう休もっかな。船もモビルスーツもないんじゃしょうがないし」
アスランは投げやりな態度のミーシャを叱りつけようかとも思ったが……それ以上に無気力な友人もいるし、じゃあ熱意があればどうにかなる状況なのかといえばそうでもない。黙るしかなかった。
ここで腐っていくしかないのか……そう思っていたところ、休憩室にあるブリッジと繋がっているスピーカーから悲鳴のような声が聞こえた。
「ザラ一佐! ブリッジに!」
全員が駆け出した。
――かつて、ミーシャが立ち寄った宇宙要塞、アルテミス。今は亡きニコル・アマルフィが落とした後はユーラシア連邦が放棄し、紆余曲折を経てファウンデーション王国の所有物となっていた。アルテミス要塞にはファウンデーション王国から逃れた高官達、アウラ、ブラックナイツ達、そしてラクスがいる。ラクスは現在、貴賓室で眠りについている。ほんの少し眠ってもらったのだ。オルフェはアルテミス要塞の通信指揮室で遠方からの映像を見ながら事の推移を見守っていた。
通信指揮室の大きなディスプレイに映っているのは月表面、ダイダロス基地である。現在はザフトが領有しているが、当然のようにオルフェたちの指示でその秘された兵器が再び火を噴こうとしていた。
「神の祝福を」
今まで本当に長かった。ラクスを確保し、邪魔者は全て核で焼き払った。何もかも順調で、なんの瑕疵もない。
あとは、ラクスと共に愚かなる旧人類を支配し導くだけだ。
レクイエムが発射され、ユーラシア連邦首都、モスクワが地図から消えた。
――ブリッジでミーシャ達はその光景を啞然とした様子で見ていた。衛星からの映像だが、白球のように強く輝く地表がはっきりと確認できる。
「……核……?」
「……レクイエムよ」
ミーシャは目を見開いた。
「なんで……? アレ使わないって
アスランもキラも悔しさに歯噛みする。それは二人も知りたかった。
「……なに? 世界はいったい今どうなってるの?」
ミーシャは壊れていく世界に、ついていけそうになかった。ただただ焦りの気持ちが募っていく。
なんとかしないと。なんとかしないと、また、友達が。
――誰を殺せばいい? 誰を殺せば世界は平和になるの?