【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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独自設定が出てきます。


かつてのメンデルで

 ラクスの諭すような叫びを聞きながら、アウラは扇を広げて口元を隠す。隠された口元は悔しさで醜く歪んでいた。

 

 ……まるで全てを見通していたとでもいうのか? クラウス・バレンタイン。

 

 憎たらしくて仕方ない男のことを、アウラは思い出す。謁見の間にあの男と同じ名前を持つ子供が現れた時、表情を取り繕うので必死だった。あのクラウス・バレンタインの娘。本人はまるで自覚していないが、親の力を十全に受け継いだあの娘が、目の前にいた。その娘が核で吹き飛んだのだと思うと、胸がすくような思いがする。親子共々地獄で苦しむがいい。

 

 ――すべての始まりは、アウラがメンデルで研究者をしていた時まで遡る。

 

「君たちコーディネーターは可哀そうな生き物なんだよ。そう思うだろう?」

 

 研究とは金がかかる。パトロンになってくれる存在は絶対に拒否できない……それほどまでにいつも財布事情が厳しい。そんな中メンデルの遺伝子研究の支援をしたいと声を上げたのが二人のナチュラルだった。

 

 金髪の青年、アル・ダ・フラガと、茶髪の青年、クラウス・バレンタイン。クラウスは最初の面談の時、開口一番そう言ったのだ。アンチエイジングや遺伝子調整技術は()()が高く、金が入ってきやすい。アウラとてしたくてしたい研究ではなかった。だがそれをいきなり否定されて面白いはずがない。ナチュラルが何も知らない癖に……。そう思っていると、参考資料にと机に広げられた論文を見ていたクラウスが楽し気に笑った。ソファに座ってリラックスしている彼らだが、資産家と初めて対面するアウラは緊張が隠せない。

 

「大多数のプラント市民はナチュラルなんていなくても……むしろ、いたら自分たちの利益が奪われると思っている。滑稽だね」

「『優秀なコーディネーター』……そんなものはただの扇動で、プロパガンダだ。頭からそれを信じている時点で『優秀』などと片腹痛い」

 

 じ、とアル・ダ・フラガの鋭い視線がアウラを射抜く。

 

「アンチエイジング技術……悪くはないが問題点が多い。その技術は必ずお前を不幸にする」

「随分彼女を気に入ったんだね、アル。大盤振る舞いだ」

「ふん。憐れな娘よ」

 

 彼らの会話についていけない。アンチエイジング技術を研究していることはこれから言うつもりだったし、問題点などアウラですら把握していない。それに不幸になる? まるでオカルトだ。

 

「ああ……失礼。この人はアル・ダ・フラガ。言葉足らずでね。誤解されやすいんだ。僕はクラウス・バレンタイン。しがない商人だよ。金勘定しかできない冴えない男だよ」

「フラガに迫る商才を()()()()か。この男は謙遜が過ぎる。お前の前にいるのは世界有数の資産家だと心得ろ」

「はあ……」

 

 アウラはこの二人がどんな無茶ぶりをしてくるのか。そう身構えているとクラウスが読み終えた資料を机に置いた。

 

「実に素晴らしい研究だね。新人類アコードに、デスティニープランか」

「!?」

 

 アウラはデュランダルと二人で構想中の壮大な計画をまるきり知られていたことに驚き、思わず立ち上がる。目の前の資料には素晴らしいコーディネーターを作る計画しか書いていなかったはずだ。

 

「でも……少々物足りないね、アコード」

「な、なぜですか」

 

 ん? とクラウスの瞳がアウラを射抜く。アウラの中身全てを見通すかのような目だ。恐ろしい。自分が暴かれるような感覚がする。

 

「怖がらなくていいよ。足りないというのはね、()()()なんて言う割に既存人類の枠組みから外れてないよね、ってことなんだ」

「どういうことですか?」

 

 そんなわけがないとアウラは思う。何も知らない素人が偉そうに。現時点のアコードはユーレン・ヒビキの提唱する『スーパーコーディネーター』を凌ぐ性能を誇る究極の人類だ。間違いなく新人類と言える。だが目の前の二人はアコードの性能にまるで満足していないようだった。

 

「つまらん。ただのコーディネーターの焼き増しではないか」

「うん。憐れで可哀そうな君たちは……きっと自分たちが世界で一番凄い存在だと思いたいんだね」

 

 アウラはいちいちクラウスの言動が鼻についた。コーディネーターはナチュラルよりも上位の存在だ。優れた生命だ。それをまるで子供の駄々のように扱う彼が心底気に入らない。

 

「では、何が足りないと言うのですか」

「まず生殖能力が激減するのはマイナスだね」

「子を産めぬ支配者に価値はない」

 

 ズバリと言われてアウラは悔しさに拳を握り込む。出生率の改善は全コーディネーターの悲願と言ってもいい。コーディネーター同士で代を重ねると悲惨なレベルで出生率が下がるのだ。現在はまだ理論でしかないが、100年もすれば、どこにでもいるような一般市民が子供を産むと、その誕生をプラント全土でお祝いする……そんなレベルまで子供が生まれなくなるだろうという試算が出ている。だがそれは覆しようがないのだ。覆しようのない欠点をあげつらう彼らが、アウラの目には悪辣に映る。だが彼らナチュラルからしたら当然の懸念でしかない。だから、真に知恵のある人間はコーディネーター技術には手を出さなかった。

 

「次に、僕らみたいな特殊な能力がないのもね」

「あったとしても、出来損ないの息子のように弱い力では意味がない。ムウの愚か者は10分先を読むことすらできん。1秒2秒先を見れたところで戦場でしか役に立たん」

「……は?」

 

 アウラは思わず、パトロン相手にそんな失礼な声を返した。だがそれも無理はないだろう。特殊能力だと? そんなもの存在するわけがない。

 

「……おや、ご存じなかったみたいだね。無理もないか……。知っているのは一握り。ちなみに僕の力を知りたいかい?」

 

 アウラはどうでもいいと思っていた。そんな眉唾物を大真面目に話すのがナチュラルの資産家なのか。

 

「眉唾物じゃないから、僕たちがここに来たんだよ」

「……?」

 

 今、思ったことを読まれた?

 

「もちろん。それが僕の力。精神感応……僕は声を出さずに人と話せるし、無防備な……僕の力を警戒しないような人相手だと記憶も思っていることも読める。それにちょっと頑張れば人に幻覚を見せることも、心を誘導することもできる。若い頃はやんちゃしたよ、ははは」

 

 アウラは次々とできることを列挙していくクラウスにどう反応を返したものかと恐れ慄いていた。これは冗談なのか、本気なのか。それとも、音に聞くバレンタイン家の当主はこれほど頭が狂っているのか。だがクラウスは的確にアウラの心を読んで思っただけのことを会話の話題に上げてくる。恐ろしく、不気味だった。

 

「おや、素晴らしく優秀なコーディネーター様はナチュラルの超能力者に怯えるのかい?」

「な」

「君がコーディネーター優生思想を持っていることは知っているよ。愚かで哀れで、いっそのことかわいいね。その優秀なコーディネーター様はナチュラルなしに種の存続すらできないのにさ。……さて、本題に入ろうか」

 

 もうアウラはクラウスが怖くて仕方なかった。人の心を読んでずかずか人の心に入り込んでくる化け物。それがクラウスだった。

 

「本題、とは」

「このアコード。僕の遺伝子配列使ってみない?」

「え?」

「詳しくは教えてくれなかったんだけどね、アルが言うには……僕、そこまで長生きできないらしいんだよね」

「……」

 

 全く理解できない。いつからこの世界はファンタジーになったんだ。

 

「だから将来生まれてくる子の為に、踏み台になってくれる人を用意したくてね」

「なん、だと」

 

 呆然と、そして次第に怒りの表情に変わっていくアウラと違い、クラウスは終始ニコニコとしている。

 

「悪い話じゃないと思うよ。アルの先読みは時間が先になればなるほど精度が落ちる。10年20年後となれば……まぁ普通の占いと同じくらいだよ。でも僕は友達の先読みを信じてるんだ」

「フラガの先読みをここまで信じている人間などお前くらいだ」

「奥さんはどうなのかな?」

「……」

 

 ともかく、とクラウスは話を強引に切り替えた。

 

「将来生まれてくる子にバレンタイン家の力を教えるために……どうかな、壁を用意してあげてほしい。その代わり、アコードには僕の力が受け継がれるかもしれない。どうだい。人の心を読むコーディネーター。興味ないかい?」

 

 興味がないと言えば嘘になる。だが現状その力自体の存在を疑っているのだ。それを遺伝子配列で再現できるのか?

 

「そんなことは問題じゃないんだよ、アウラ。君は果たして僕らというホンモノを見た後に、現在のアコードを『新人類』だと信じられるのかな?」

 

 アウラは絶句する。……確かに、もうアウラはただ完璧なコーディネーターでは『新人類』などと呼べないだろう。超能力を適切に使って人類の頂点に立つ二人を知ってしまったのだ。

 

「僕が協力すれば無敵で、世界を支配できるようなコーディネーター……アコードを作ることができる。想像してごらん? 例えばそうだね、歌を歌うことで人に好かれ、そこから人を導く立場になるんだ……元アイドルの指導者なんて本当に素晴らしいと思わないかい?」

 

 アウラはぼうっとした様子でクラウスの声に聞き入る。そうだ。クラウスの力があればアコードを真なる意味で上位者に……『新人類』にすることができる。本物の、支配者に。

 

「どうかな。ああ、遺伝子の提供は血液からでお願いするよ。サフィア以外の女性には興味がないからね」

「……ええ。是非よろしくお願いします。バレンタインさん」

「うん。世界を統べるなんて絶対無理だと思うけどせいぜい頑張ってね。……ああ、そういえば、デスティニープランの提唱者……ギルバート・デュランダルは今はいないのかな?」

「え? ええ」

 

 そうか、残念だな、とクラウスは呟いた。

 

「愛する人に『子供ができないから』と捨てられた男は何を想うのか興味があったんだけどね。まぁ、いないなら仕方ないか」

「クラウス。それはまだ先の話だ」

「ああ……なるほど。これは失礼。内緒にしていただけるとありがたい」

 

 やっぱりこの男は気に食わない。アウラはそう思った。

 

 

 ――記憶の海から帰還したアウラは深くため息を吐く。アコードたちは箱入りで育てたために少しばかり世間知らずなところがある。だがこうして市井で育ったラクスは創造主の願いに反逆した。自分の考えは正しかったとアウラは改めて確信する。まぁ……ラクスとオルフェは身体の相性は抜群なのだ。オルフェと()()すればユーレンの失敗作のことなどきれいさっぱり忘れることだろう。

 アウラは自分の望む世界が近づいていると確信していく。もう、自分たちを阻む者など存在しない。そう思えた。

 

 ――休憩室で、ミーシャは少し疲れた様子で会話に参加していた。ここには艦長とパイロットたちが集まって今後の予定を話し合っていた。ネオだけが別件でここから離れていた。

 

「……オルフェはデスティニープランの『支配者』として創造された。その片割れとしてラクスが作られた……らしい」

「ラクスが?」

 

 キラが呆然と聞き返す。だから、自分を裏切ったのだろうか。支配者として優れた遺伝子を持つから、自分は負けたのだろうか。沈み込み、浮かび上がってこないキラを見てミーシャは心配そうだった。

 

「ラクスが攫われたのは彼らの計画に必要不可欠だったからだ。支配者として……そして、プラントに受け入れられる顔が、彼らには必要だった」

「ラクスをあんな頭おかしいことに利用するなんて許さない」

 

 ミーシャが言うと、アスランも頷く。

 

「現状、プラントではクーデターが発生している。議長や評議会のメンバーと連絡が取れない状況が続いている」

「ええっ!?」

 

 シンが驚く。クーデター? なんで、誰が?

 

「ジャガンナートだな。あいつはナチュラルと手を組むなんてまっぴらごめんっていう輩さ。現実が見えていないのさ」

 

 ヒルダが苦々しげに断定する。クーデターを起こせるほど権力があって地盤もある軍関係者なんてそう多くない。ヒルダの推測にアスランも頷いた。

 

「そんな……」

「そいつは私が殺す。プラントにだって要らないでしょ、そんな奴」

「いや……大々的にプラントがアコード達への恭順を発表していない今、議長を確保し損なったのだろう。ミーシャ、ここはプラントを信じてくれないか」

「信じろ? ダイダロス基地がどこ管轄だったのか思い出してからもう一回言ってくれる?」

 

 アスランとミーシャが睨み合う。シンはおろおろした様子で事の成り行きを見守っていた。

 

「……シン。お前はどう思う?」

「ええ? 俺?」

「答えてみろ」

 

 アスランに話を振られ、シンはしばらく考える。それから、ミーシャを見てぽつぽつと話し始める。

 

「その、バレンタイン准将の気持ち、わかります」

「……」

「俺だってなんであんなもん撃ったのか……わかんないです。でも、プラントは……間違った道に進む前に、止まれると思います」

「……なんか、根拠ある?」

 

 ミーシャは視線を背けて言った。シンはしっかりと頷いて言った。

 

「クライン総帥は生きてます。議長もまだ、生きてます。……なら、もう前の戦争みたいなことには、ならないと思います」

「……そっか。いいよ、それで納得する」

 

 ミーシャは渋々、そう言った。ここで責任が、とか賠償が、とかはそれこそ全部解決した後議長相手に言う事だ。

 

「すまないな、シン。助かった。……真実を整理しよう」

 

 アスランは改めて、今回の事件を整理して話し始める。核を自国に撃ったこと。その核攻撃を口実にユーラシア連邦にレクイエムを発射したこと。それら夥しい死者を出す自作自演は全てラクスの身柄を確保するための物であった。

 ……そしてそれらの真実を知っているのはごく限られた人間であるということ。

 

「……でもさ、おかしくない?」

「おかしいって……なんで? 別に変なとこないじゃん」

 

 アウルがミーシャの言葉に疑問を呈する。論理だっていて間違っている情報は何もない。何が不思議なのだろう?

 

「いや、だってさ。核ミサイルの発射コードなんてアコード達どうやって知ったんだろ?」

「心を読んだんだと、思う」

「……そんなのできっこない」

 

 とは言いつつも、ミーシャは内心では否定しきれずにいた。確かに彼らはテレパシーを使って味方と連絡していたように思う。シンも心当たりがある。動きを先読みされているような感覚に、戦闘中頭の中に響いてきた声。あれがアコード達の力なら……。

 

「いや、できるからこそあの状況で連携が取れたんだと思う。それに、精神に影響を及ぼすこともできるだろう」

「心を、操るってこと?」

 

 ステラが怯えたように言うと、アスランが頷く。

 

「……キラがそれで操られたってこと?」

「おそらくはな」

 

 しきりに『裏切られた』というキラの真実がようやくわかった。具体的にどのように操られたかはわからないが……。

 

「ならどうやって戦えばいいんだよ、そんな相手」

「……私なら……」

 

 言いかけた言葉を、ミーシャは引っ込めた。私ならもしかして、練習すれば防げるかもしれない。……そんなのをこんな場面で言うべきではないと思った。

 

 ――世界は、混乱に陥っていた。絶対の死、レクイエムがいきなり頭上から降ってくるかもしれない。そんなことを知らされた市民は気が気ではなかった。死の恐怖から暴動を起こす者、パニックになる者、終末思想に取り付かれて投げやりに暴れまわる者……だが現時点で暴力に屈し、デスティニープランを受け入れた国家は存在しない。オーブではカガリが市民に対し避難勧告をして、自分が国民を守るから心配するな、落ち着いて行動してほしいとニュースを通じて伝えた。

 

「……やはり、恭順するべきでは」

 

 首長の一人がそう言った。だがカガリは毅然と首を振る。

 

「オーブの理念に反する」

「理念……」

 

 かつては父の言葉を繰り返すだけだったその言葉も、今のカガリは確固たる信念の元発言している。

 

「国を守るためにはその理念は時に無視されるべきであるというのはわかる。だが今ここで屈して何になる。一度諦めて彼らに生殺与奪の権を与えれば、我らは二度と主権を取り戻せない。自由もなく、権利もない。そんなものは国とすら呼べない。我らは暴力によって国家の主権を奪わんとする者たちとは断固たる態度で抵抗しなければならない」

 

 カガリの言葉に、首長たちは覚悟を決める。そうだ。彼らはデスティニープランを導入しろ、しなければレクイエムを撃つと言った。今後もレクイエムを使って脅しをしないわけがない。レクイエムで脅され続ける国家……そんな生はまっぴらごめんだった。

 

「……避難を優先だ。もし撃たれたときに被害を最小限にするために。私は時間を稼ぐ。踏ん張りどころだ。全員気合を入れろ!」

「はい!」

 

 オーブはカガリの指揮の下、一致団結して事態に当たる。小娘だと侮られていたカガリは、もういない。そこにいるのは誰からも信頼され支持を集めるオーブの代表、カガリ・ユラ・アスハだった。




 少なくとも、アル・ダ・フラガはムウレベルの先読み能力だと切り捨てるレベルの超能力者だったんじゃないかなぁと私は思っています。
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