【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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弱音と、次なる戦場へ

「ラクスを救出しよう」

 

 アスランが重苦しい雰囲気の中、断定するように言った。

 

「彼らの支持基盤はラクスに依存している。彼女さえ取り戻せばプラントは落ち着く。今後の展望も――」

「――無駄だよ」

 

 キラがどんよりとした目のまま、呟くように言った。

 

「無駄?」

 

 ミーシャが咎めるようにキラを見た。キラはその目を見て、後ろめたそうに視線を逸らす。

 

「無駄だよ。僕たちが今までどれだけ戦ってきたと思う? ミーシャ、君だってあとどれだけ戦わなきゃいけないんだ。学校にも行けず、友達と遊ぶことすらできない。ミーシャの友達は今学校に通って勉強してるのに――」

「――別に私がそんなのより武器取っただけなんだけど」

「そうさせたのはこの世界だ! 世界が平和なら……きっと君は今でも学校に通ってた! 僕みたいなのと付き合うこともなく……幸せになってたんだ! 平和のためにと僕たちは戦ってきたけど、無駄だったじゃないか! 何度繰り返せばいいんだ!? あと何人殺せばいいんだ!」

 

 矛盾だ。戦いのない世界を、平和をと言いながらやってることは戦闘だ。殺したくないとは言っても、デストロイのパイロットは殺さざるを得ない。ミーシャのクローンを。もううんざりだ。

 

「キラ……」

「僕たちは間違ってた……間違い続けてるんだ!」

 

 世界は平和にならない。正しいのは彼ら。デスティニープランさえあれば、戦争のない世界ができる。キラは本気でそう思い込んだ。

 

「僕が間違っているから……向こうが正しいから! だから、だからラクスは僕を捨てた!」

「ちょっと、キラ、そんなことない、キラは捨てられてなんかない」

 

 ミーシャが本格的に様子がおかしくなったキラを宥めるように言うが、キラには届かない。

 

「僕は何もできない……人殺し以外なんにもできない! ラクスの望むものを何もあげられない。平和どころか、笑わせることだってできないんだ!」

 

 どうしよう、こんな時なんて言えばいいんだろう。どうすれば落ち着いてくれるのだろうか。そうミーシャが思っていると、アスランがツカツカと怒り心頭な様子でキラに近づき、その胸倉をつかみ上げた。

 

「くだらない泣き言を言っている場合か!」

 

 え、ちょっと、アスラン。ミーシャはおろおろと二人を見る。

 

「『自分が』『自分が』……! お前は自分のことしか考えてないのか!」

「なんだって……!? 僕はラクスの為に! 世界の為に頑張ってたんだ!」

「自分だけで戦っているつもりか!」

 

 アスランはそのまま、キラを殴り飛ばした。キラはこける前に足を踏ん張り体勢を立て直し、アスランに飛び掛かる。

 

「君にそんなこと言われたくない!」

 

 キラはアスランに殴りかかるが、アスランはそれを的確に避けてキラに拳を入れる。

 

「アスラン……!」

 

 シンがキラに加勢しようと飛び出そうとするが、それをステラとヒルダに止められた。

 

「やらせてやんな」

「シン、友達に喧嘩、必要だと思う」

「……わかったよ」

 

 渋々、シンは足を止めた。

 

「お前は自分をわかってもらおうとしたのか!? お前はうじうじ一人で悩んで……! そんなんで誰かにわかってもらえると思っているのか!」

「僕はわかってもらいたいなんて思ってない! みんなにもう無駄なことをしてほしくないだけだ!」

「俺たちが戦う理由をお前が決めるな!」

「平和なんて来ない……! どれだけ殺しても平和にはならない!」

「お前が諦めるのは勝手だがな! 俺たちは平和をつかみ取る! 戦うのを諦めたお前と違ってな!」

「みんな……みんな僕より弱いじゃないか! みんな僕を殺せなかった! それなのに、僕にできなかったのに……みんなにできるわけがない!」

「ふざけるな!」

 

 ガツン、とキラは殴られてついにしりもちをついた。怒るアスランはキラを見下ろして、怒鳴りつける。

 ミーシャはハラハラした様子で二人を見ている。殴り合いの喧嘩なんて初めて見た。いや、殴り合いじゃない。アスランが一方的に殴ってる。

 

「なんでも自分でできるような顔をして……自分が一番できるような顔をして! いの一番に放り出すのか! それがお前のやり方なのか!」

「違う……! 違う! 僕は、僕は……! 僕がやらなきゃダメなんだ! もうミーシャが、ラクスが、みんなが戦わなくても済むように……! 嫌だけど必死になって戦わないと……!」

「いい加減にしろ! なんで頼まないんだ! なんで頼らない! お前にとって自分以外の全ての人間はそんなに弱い存在なのか! 俺はそんなに弱く見えるか? ミーシャはか弱いだけの子供なのか? シンはそんなに頼りがいがないか!? お前ひとりで――一体何ができるって言うんだ!」

 

 ああ。キラは項垂れる。そうだ。何もかも、アスランの言う通りだ。悔しいけど、何もかも、その通り。握った拳に熱い涙がぽたぽたとこぼれる。

 

「僕は……」

 

 言いたくて、でも言えなかった言葉が口をついて出る。今、キラは何よりも自由だった。

 

「ラクスに、会いたい」

 

 絞り出すような小さな声だった。

 

「僕の手は血に汚れてるけど……それでもラクスには……ただ隣で笑っていてほしい。なのに、僕はもうどうしたらいいのかわからないんだ……」

 

 平和を望むラクスに、平和をあげたかった。世界が平和になったあと、ひっそりと暮らす。そんな未来が欲しかった。だがもうどうすれば平和になるのかわからない。ラクスはどんどん顔を曇らせる。笑顔にもしてあげられない。

 

「……ラクスは、見ない間に随分と変わったんだな」

「え?」

 

 キラは顔を上げてアスランを見る。彼は随分と皮肉気な顔をしていた。

 

「こうしないとダメ、ああしないと幸せになれない……。俺の知ってるラクスは、そんなこと言う女じゃない」

 

 その場にいる全員がアスランを信じられないものを見る目で見る。

 

「ラクスは……世界が平和になるように望んでたんだ……」

 

 ミーシャが安堵するようにほう、と胸を撫でおろして、それからアスランの隣に立つ。

 

「違うよ、キラ」

 

 ミーシャはラクスとよく話す。だからこそ、そのすれ違いを指摘出来た。

 

「ラクスはね、キラと一緒に、()()()()()()()()()()()んだよ」

「……え……」

 

 ミーシャは思い返すように、キラに語り掛ける。

 

「キラはラクスのこと綺麗で穢れを知らないお姫様だと思ってるかもしれないけど、ラクスの手だって血塗れだよ?」

「そんなことない!」

 

 キラが叫ぶが、ミーシャは首を振る。

 

「ラクスが総帥になる前何してたか覚えてる? エターナルの艦長さんだよ」

「……それは」

「キラ。戦場に出た女が血に濡れずに済むなんてことあり得ないんだよ。それでも、ラクスは戦艦に乗って、艦長になった。キラと同じ罪を背負うためだよ。キラだけに戦わせたくないから、ラクスも戦ったの」

「……」

 

 自分は、そんなところから間違っていたのか。オルフェに言われた言葉に、視野が信じられないほど狭くなっていた。

 

「キラ。ラクスはね、キラがいいの。キラしか要らないの。キラと一緒なら、ラクスは一生戦い続けることだってできるよ。キラと一緒じゃなきゃ、どんな平和だっていらないの」

「……僕は……」

 

 ああ。キラは呆然とミーシャを見る。何もかも、間違っていた。ラクスの気持ちを勝手に決めつけて、勝手に神聖化して。……そうされるのを何より嫌っているのを、知っていたはずなのに。

 

「ラクスは一歩一歩、キラと歩みたいんだよ」

「……今も、そう思ってるかな」

 

 キラが言うと、アスランが手を差し伸べて言う。

 

「不安なら、会って聞いてみろよ」

 

 キラはアスランの手を取って立ち上がる。みんなが自分を気遣うような顔で見ていた。

 

「僕は、そうしてもいいのかな」

「キラしかしちゃだめだからね。もしオルフェにメロメロにされてても、寝取っちゃいなよ。得意でしょ?」

 

 キラは苦笑いをする。もう、本当にこの子は。でも、こういうノリがキラの心をいくらか楽にする。

 

「キラ、ラクスを助けに行こう。俺たちみんなで」

「うん」

「全部終わらせに行こう。ラクスを取り戻そう!」

「うん」

 

 キラは頷く。その顔は晴れ晴れとしていた。

 

「ふふふ」

 

 ミーシャは楽し気に笑う。

 

「何?」

「オルフェもバカだなって」

「え?」

「愛している人に助けに来てもらうなんて一大イベント用意するなんてね。これでラクスとキラの仲は一生安泰! さあみんな、ラクスを攫った悪者退治だ!」

 

 ミーシャは楽しそうだった。彼女の笑顔に触発されて、場の雰囲気が和らぎ、切り替わった。

 

「隊長、元カレと今カノの為にすごい頑張るじゃん」

 

 アウルが茶化すように言った。

 

「私、尽くす女でしょ?」

「うん、すっごく尽くしてると思う。私も見習う」

 

 ステラが頷く。シンは照れくさそうに頬を掻いた。

 

「……ホント、凄いわね……」

 

 ラミアスが申し訳なさそうに言った。すべての始まり……命惜しさに彼女を戦争に引き込んでしまった。

 

「何が?」

「いえ……なんでもないのよ」

 

 だが、もう謝ることは許されない。一生、ラミアスが背負わなければならない罪だった。

 

「でも、アスラン。行こうって言ってもどうやって?」

 

 シンが不機嫌そうに聞いた。アスランが一方的にキラを殴ったことが気に入らないらしい。一番不満なのはそれで丸く収まったことだ。

 

「それについては……。まぁ、とにかく一度指揮室に行こう。メイリンが情報を集めてくれているはずだ」

 

 アカツキ島の中央指揮室で、メイリンが大型ディスプレイにデータを表示する。

 

「ファウンデーション王国から脱出したシャトルの航路から分析するに、彼らはおそらくここにいます」

 

 メイリンが表示したのは、アークエンジェル組が一度見たことのある軍事要塞だった。その位置はかつて存在した場所から遠く離れたL1……月と地球の間にあるラグランジュポイントだった。

 

「アルテミス……だったっけ?」

「厄介ね」

 

 ミーシャにしてみればほんのちょっと滞在して勝手に吹き飛んだ見掛け倒しの要塞だが、その性能が十全に発揮されれば突破は困難だ。

 

「トリィとブルーは量子ネットワークで繋がってるから、近づけばわかるはず。持ってたら、だけど」

「潰されてるってのも考えに入れとかないとね」

 

 ミーシャの言葉に全員が頷く。だが朗報ではある。ブルーが壊されてさえいなければ居場所がわかるのだ。

 

「艦とモビルスーツは……」

「艦の方はまぁ……調()()できるかも」

 

 意味ありげなラミアスの言葉に、キラは何をする気なのか大体理解した。優し気な顔をしているのに、いざとなったらやることが過激だ。

 

「モビルスーツの方は……彼女に頼んであるわ」

「彼女?」

 

 ミーシャはきょとんとする。

 

「行きましょうか」

 

 ラミアスはパイロットたちを連れて、モルゲンレーテ社の協力者……エリカ・シモンズとの集合場所へ向かう。

 

「そういえばミーシャ、ラミアス艦長。ムウさんはどうしたんですか?」

「ネオだよ。『密命』」

「もう彼は動いてるわ。カガリさんの特命よ」

 

 ミーシャははぁ、とため息を吐く。

 

「事後報告だったのがムカつく。あいつ正式にオーブ軍に移籍させてやろうかしら」

「……喜ぶんじゃないかな?」

 

 ステラが言うと、ミーシャは苦い顔をする。それから、諦めたような顔をした。

 

「わかってるわよ。……もういいでしょ、ネオも。ラミアス艦長、流石に死んで何年も経ってる人を生き返らせるのは無理だった。ムウの戸籍は復活させられないと思う。相当無茶すればいけるかもだけど……」

「いえ……いいのよ。彼と一緒にいれるなら」

「お幸せにね」

 

 アスランはそんな会話をする彼らの少し後ろを歩いていた。最後部を歩くアスランをメイリンが見つめる。

 

「……なんだ」

「別に何も。ただ、人って『お前が言うな』っていうこと、言いがちですよねぇ」

「……」

 

 誰かに言われる気はしていた。前の戦争で暴走し、会話もせずに勝手に気持ちを決めてつけて……そんなことをした自覚がアスランにはあった。

 

「言う必要があったから言ったんだ。……それに、もうそうならないよう気を付けてる」

「まぁ、いいですけど。一応アスハ代表には報告しておきますね」

「えっ」

 

 アスランは焦ったような顔になった。

 

 ――一行がたどり着いたのは格納庫だった。ライトアップされた複数のモビルスーツを前に、パイロットたちが並ぶ。そこにはストライクフリーダム、デスティニー、インパルスの他にもう一機、見慣れたようで見慣れぬ機体が鎮座していた。

 

「核融合炉と新型装備の性能試験用にアスハ代表から預かっていたの」

「……条約は……」

 

 ステラがぼそりと言うと、機体の説明をしていたエリカ・シモンズが胸を張って答えた。

 

「この機体たちにはニュートロンジャマー・キャンセラーは搭載されてないわ。だから条約違反はしていないわ」

 

 現在地球上では核分裂反応がニュートロンジャマーによって発生しないようになっている。だが、核融合なら話は別である。

 

「……話を続けるわよ。これらの機体は駆動系と武装は昔のままで、動力とコントロールシステムは現行のものにアップデートしてるわ。ああ、インパルスだけはスペースの問題が解決できなくてバッテリー駆動のままよ」

 

「フリーダム……」

 

 キラがなんとも言えない顔で呟く。

 

「デスティニー!」

 

 シンが心底嬉しそうな笑顔で言う。

 

「バスター……!」

 

 ミーシャが懐かしそうにその機体の名前を言った。

 

「ブラックナイツに対抗するには心もとないでしょうけど……」

 

 シンはデスティニーをまっすぐみながら、力強く言った。

 

「いいや! これがあれば……あんな奴ら!」

 

 

 ――夜のオノゴロ島で、ライトアップされた状態で停泊している戦艦があった。コンパス旗艦ミレニアムである。ブリッジでは真夜中で任務もないと言うのに艦長以下ブリッジクルーが全員詰めており、いつでも出撃できる状態を保っていた。常在戦場……という心構えの話でも、訓練をしているわけでもない。彼らは予測していたのだ。 

 

「艦長」

 

 アルバート・ハインラインが自分のコンソールから顔だけ振り返ってコノエに報告する。

 

「インジェクションアタックです」

「……そうか」

 

 現在ミレニアムでは毒ガスの警報が鳴り響いている。それは擬装で……コンピュータに侵入している者がいる。コノエはため息を吐きつつ、対応を考える。

 ――予想通りだがはてさて彼女は来るのか……。

 

 予想が当たって喜ぶべきか憤るべきか、わからなかった。コノエの手元の情報端末には、大西洋連邦から極秘ルートで渡された命令書が表示されていた。

 

「……はあ」

 

 ミーシャはブリッジまでの道を拳銃を手に歩いている。

 

「どうしたんだ、ミーシャ」

「どうしたもこうしたも。ちょっと覚悟がね」

 

 アスランが聞いてくる。シンとヒルダ、それからステラとアウルは別行動だ。艦内に残っているクルーを退避させて、罪が行かないようにしなければならない。罪。

 

「……この年で海賊かぁ……」

 

 調達って何のことだろう、モビルスーツみたいにもらうのかな、と思っていたらまさかの強奪である。ミーシャとしては非常に複雑な気持ちだった。ラミアス艦長、やるときは本当に()()人なんだなぁ。

 

「そうか、お前は正規軍以外で戦ったことがないのか」

「普通は、正規軍以外では戦っちゃいけないんだよ、アスラン」

「耳が痛いな」

 

 アスランは気軽に流すが、ミーシャからしたら割とアイデンティティに関わることなのだ。ブリッジに踏み込むときもミーシャは拳銃を床に向けたままだった。

 

「動かないで!」

 

 潜水マスクのラミアスにそう命令されても驚いたのは副官のアーサーくらいで、他のメンバーはあらかじめ知っていたように落ち着いていた。

 

「僕の計算より2分遅かったですね」

「えっ」

 

 責められるような言い方にキラが間抜けな声を上げる。くるりと艦長席を回して、コノエがハイジャック犯を見て苦笑する。

 

「出港準備はできていますよ、ラミアス艦長。その物騒なものは必要ありませんな」

 

 どうやら全てお見通しだったらしい。ラミアスたちは銃を下ろしてマスクを外した。「ええーっ!?」と驚くアーサーのリアクションに、思わずミーシャが笑ってしまう。

 

「バレンタイン准将」

「ふふふ……え、ああ、何、コノエ艦長」

「君、海賊として戦うの嫌だろう?」

 

 ミーシャは顔を顰める。

 

「そりゃ嫌だよ。嫌だけどさぁ……。ラクス取り戻しにいけない方が嫌だし」

「そんな君に朗報だ。これを見るといい」

 

 コノエがミーシャに情報端末を手渡す。その中には命令書が表示されていた。

 

「……海賊に奪われたミレニアムにて……海賊たちの目的を探るべく、潜入せよ? 潜入の際に彼らが行う戦闘行為には味方として参加し、信頼関係を構築すること……? コノエ艦長、私たちが海賊するって決めたのついさっきなんだけど」

「君たちに取れる手段はそう多くないからね。まぁ、君たちみたいな才能がなくても、大人たちはちゃんと仕事ができるってわけだよ。きっと彼らにはわからないんだろうけどねぇ」

 

 コノエはしみじみと言った。

 

「さて……ラミアス艦長。計画をお話しいただけますかな?」

 

 

 反撃はここから始まる。

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