【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
ミレニアム艦橋の戦略パネルを前に、パイロットやクルー達が集まって今後の予定を話していた。
「まず、私達の最終目標は2つ。ラクスを助ける。レクイエムを潰す」
ミーシャが周囲の人間を見回しながら言う。
「そのためにできることをしよう」
ミーシャは手元の端末を操作する。すると、顔写真がいくつも表示されて、3つのグループに分けられた。
「私達は寡兵だけど、それをさらに分ける」
「ええっ!?」
アーサーが大げさにリアクションを取った。ミーシャはくすくす笑うと、うんうんと頷く。
「そうだよね、不安だよね。でもここにいる人みんな少ない戦力で戦うことに慣れてるから」
逆に、潤沢な人員を率いて戦ったことのある人間はこの中ではミーシャしかいない。だからこそ少数戦力をさらに分けるなんていう戦略が成り立つのだ。
不利を何度も覆し、どんな逆境でも跳ね除けてきたのだから。
「私達はラクス救出組、レクイエム撃滅組、アコード殺戮組に分かれるよ。ラクス救出の方法は後ほど。レクイエム撃滅組はオーブ軍と……それから、地球軍と連携して事にあたる。一番キツイのはアコード殺戮組。この人達の任務はファウンデーション王国の戦力を殺せるだけ殺して彼らの目を釘付けにすること。詳細な人員編成はこっちのデータを見て欲しい。各隊長には隷下の人員を――」
ミーシャが次々に、テキパキと指示を出す。調整が終わったあと、ミーシャは頷いてコノエ艦長に視線を向けた。
「……という感じでやってくよ。コノエ艦長からは何かある?」
「そうだね……」
コノエは艦長席から立ち上がるとラミアスにその席を促す。
「え?」
「この船は海賊艦だ。大西洋連邦の軍人さんに見張られているがね」
「見張るよ!」
「……海賊なら、それに相応しい戦い方ができる者が艦長になるべきだと思ってね。この艦の長は君を置いていないと思っている」
「……そうおっしゃるなら、コノエ艦長には副長をお願いします」
うんうん、と頷いていたアーサーだったが、この人事が自分の役職を奪うものだと気付いてまた「ええっ!?」と叫んだ。ミーシャがまた可笑しそうに笑った。
「……では」
ラミアスは艦長席に座ると、毅然した態度で命じた。
「ミレニアム、出港準備!」
「各部チェックオールグリーン。メインエンジン起動、出力上昇。定格まであと30」
「もやいを解け」
コノエが命じて、ブリッジクルーが復唱する。
「水流ジェット接続。出れます」
「港を出る。進路そのまま。ミレニアム発進!」
ミレニアムの巨大な艦影が少しずつ前に進み、速度を得て飛び立とうとしている。しばらく進むとオーブ戦艦から警告の通信が来た。
「ミレニアムを占拠した海賊達に警告する。即刻機関を停止して投降せよ。繰り返す!」
真に迫った声色で、警告の言葉がブリッジに響く。しかし、アーサー以外にそれを本気で受け取った者はいなかった。いや、あるいはアーサーもそうなのかもしれない。子供が笑ってくれるなら、道化になるくらい軽いもの……そう彼が思っているかどうかはわからないが、アーサーはまた「ええ?」と驚いて、ミーシャがくすりと笑った。
「再三の警告も聞き入れられなかった! 本艦隊はこれより貴艦を攻撃する!」
その通信の直後、ミレニアムの背後で艦載砲の発射音が響く。重厚な轟音はしかし、ミレニアムの塗装薄皮1枚すら傷付けなかった。
――それを、衛星映像越しに見ていたオルフェが嘲笑う。下手な小芝居を。オーブ軍人全員今から役者にでもなればいい。
オルフェには小細工など通用しない。ミレニアムがこんな時期にハイジャックされて海賊に乗っ取られた? 宇宙にならともかく、地上で戦艦を奪う海賊などいるものか。
だがオルフェは忘れていた。いるのだ。
かつての大戦で、大西洋連邦から船を奪って宇宙海賊になった女が、確かに存在した。
……今その女は、ミレニアムに乗って艦長をしている。不合理で、不条理で。
しかし何より、自由だった。
「オーブに通信を繋げ。子供騙しで我らを謀ろうとした罪、その身を持って償わせる」
オルフェはオーブのカガリへと通信を繋ぐ。レクイエムの脅威に怯えているのか、相手はすぐに出た。彼女はずいぶんと焦ったような顔をしていた。
「タオ宰相、何用か? 我らは今貴国の要求を受け入れるかどうかの協議中で――」
「――その必要はない」
オルフェはきっぱりと切り捨てるように言った。
「なんだと」
「我々は5日の猶予を与えた……しかしそれは反抗の許可ではない。残念だ、オーブよ」
「何の話だ!」
オルフェは必死に訴えかけるカガリを冷ややかな目で見る。これが演技なのだから恐ろしい。
「ミレニアム……我々が何も知らぬと思ったのか? バカにされたものだ」
「ミレニアムは海賊にハイジャックされた! オーブ艦隊が撃沈に向かったが逃げられたんだ!」
「茶番は結構。10分後、レクイエムをオーブに向ける。あのカガリ・ユラ・アスハがレクイエムに焼かれるとは実に悲劇的だ……。貴女はナチュラルにしてはよくやったよ。では失礼」
「待て! 話を聞いてくれ!」
カガリの悲鳴を聞きながら、オルフェは通信を切った。
「レクイエムを撃ちます。よろしいですね、陛下」
オルフェが臣下の礼を取りながらアルテミス中央指揮室の玉座に座るアウラにお伺いを立てる。幼く見える女帝、アウラは扇で口元を隠し、頷いた。
「やむを得ないのう……。撃て」
「御意のままに……。――レクイエム照準! 目標、オーブ!」
オルフェが叫ぶと、発射シークエンスが進み出す。巨大なビーム砲塔が臨界に近付きつつあるなか、アルテミスに国際チャンネルで通信が来た。
「誰だ……?」
オルフェが通信を繋ぐと、驚きに目を見開く。そこにいたのは14歳頃の少女と、19歳頃の少年だった。
「いえーい! オルフェくん見てるー?」
「そのノリ……また新しいね」
「ん?
「何……?」
はいどうぞ、と画面の中のミーシャはキラに譲る。彼は一歩画面に近付くと、はっきりを宣言した。
「僕は生きてるよ。ファウンデーション王国を犠牲にしてでも仕留めたかったらしいけど……僕、ミーシャより弱い人に殺されるつもりはないからね」
キラは慣れぬ挑発をする。今、最もヤバいのはこのままオーブを撃たれることだ。だが照準を自分たちミレニアムに向けることができたら? 島よりかは遥かに避けられる公算がある。なら、賭けに出ない手はなかった。――分の悪い賭けでもなかった。
キラは言葉を紡ぐ。ミーシャの精神攻撃を思い出して、悪辣に、自分は今海賊なのだと言い聞かせて。
「どういうことだ……? シュラ! 仕留めたと言っただろう!?」
オルフェは思わず背後に振り返ってシュラに詰問する。
「バカな……あの状況で!?」
シュラの顔には驚愕が浮かんでいた。起こるはずのないことが起こっている。
「僕は君たちが何をしたか知っている。演説で言ってたね、ナチュラルの核、だっけ。アレ撃ったの君たちだよね。僕知らなくて申し訳ないんだけど、君たちみんなナチュラルだったんだね」
ピキッ。それは果たしてなんの音か。シュラもオルフェも、今まで生きてきてこんな激情に駆られたことはなかった。
「キラ……ヤマトォッ……!」
「――君たちもしかして傷ついた? 核に撃たれた人はもっと苦しかった。もっと痛かった。今でも苦しんでいる人がいる。君達が世界を導く? 冗談も大概にしてほしい。君達はただの虐殺者だ! 君達はただ世界を支配したいだけだ! 僕は絶対に君たちを許さない!」
「で……出来損ない、がぁっ!」
アウラが激昂する。ぎりぎりと扇を握りしめ、画面の向こうにいるキラに恨み言を言う。
「私だって許さないからね。またレクイエムなんてもの持ち出して……。絶対にぜっったいに殺すから」
アウラは目を見開いて画面を睨みつける。目の前に恨み骨髄に入るような人間の子供が二人、自分達の行く手を阻んでいる。ただ自分の子供を完璧に調整することに血道を上げたユーレン・ヒビキの子供に、どんな人間も思いのままに操れると思いあがったクラウス・バレンタインの子供。許せるものか。
「クラウスの娘……! ユーレンの息子……!」
悍ましいとさえ思う。ユーレンの理論によって生み出された最高のコーディネーター、キラ・ヤマト。その隣で、あの上位者の子供が笑っている。アウラはキラが全く理解できない。恐ろしくはないのか。その娘は調整されたわけでも作られたわけでもないのに人の心を読み人を操ることのできる男の子供なのだぞ。そんな年でモビルスーツを操りザフトに恐れられる化け物なのだぞ。
――君たちは本当に哀れだねぇ。どんな代償を払ったって、僕たちみたいになれはしないのに。
あの男の言葉が脳裏に思い返される。何がだ。アコード達はお前らのように支配者になる。全てを統べる完璧な支配者になるのだ。
――人を支配するなんて、そんな傲慢……それは我ら研究者の分を越えていると思う。
ユーレンの言葉を思い出す。何を馬鹿なことを。ユーレンは恐ろしくなかったのか。悍ましくはなかったのか。遺伝子を調整してもナチュラルの上位者には勝てないなど、そんなことを認められるのか。世界の頂点に立つことで、ようやくコーディネーターの……アコード達の絶対的な優秀さが証明されるのだ。それなのに。
「全世界に君たちの蛮行は放映する。君たちは永遠に殺戮者として記憶される」
「もう金輪際デスティニープランを導入しようって国家も出ないだろうね。あんたらのおかげだよ。――本当にありがとう! お礼に楽に殺してあげるね!」
それなのに、あいつらの子供が立ちはだかる。
「――て」
アウラは叫ぶ。
「撃て! レクイエムを奴らに向けて放つのじゃ!」
「しかし」
オルフェはいくらか冷静になった頭でアウラの言葉を否定しようとする。確かに奴らが生きていてはマズい。ユーラシアにレクイエムを撃ち込んだ大義名分が失われる。
……だが結局、世界は勝てば官軍という側面がある。オーブを撃てば勝ちだ。世界全体の残存戦力はファウンデーション王国に遠く及ばない。オーブだけが、潤沢な戦力を保有しているのだ。だからこそ、やるべきなのはオーブ首都を撃つこと。しかしアウラは頑なだった。
「うるさい! 妾の命じゃぞ! 撃て! レクイエムを……ミレニアムに!」
女王の命令に国軍が逆らえるわけもなく、オーブに向けられていたレクイエムは照準を外し、そのビームの規模と比較して相当に小さいミレニアムに狙いを定める。
「撃てーー! 化け物を、クラウスの娘を殺すのじゃ!」
オーブ近海にレクイエムのビームが突き刺さった。大量の海水が蒸発し、強力な電磁パルスが周囲一帯を包む。やったか。そう誰もが思ったその時、オペレーターが大声で報告した。
「ミレニアム健在! 宇宙に上がってきます!」
「なんだと!?」
衛星からは、ミレニアムがタンホイザーを宇宙空間に向けて発射し、大気圏を突破して宇宙に向けて突き進んでいく映像が見えた。
「……こうなれば、迎え撃つしかない……!」
オルフェは矢継ぎ早に指示を出していく。何もかもが上手くいかない。だが、全てはキラを殺せば丸く収まる。
――キラさえ殺せば、ラクスも世迷言言うのをやめて、生まれながらの使命に従い、自分と添い遂げるはずだ。
廃棄された軍事衛星、ボアズにイザークは詰めていた。クライン派が隠し持っていて、実情は全く廃棄されておらず現役稼働中であった。
「こんな骨董品よく後生大事に抱え込んでいたものだ」
「隊長、私ホントにこれで出るんですか……?」
デュエルのアサルトシュラウドをさらに発展させた機体、デュエルブリッツのコクピットでイザークは副官のシホと話す。
彼女はこれからの戦闘にずいぶんと不安があるようだった。無理もないが。
「装甲材と動力、武装はアップデートされている。何が不満なんだ」
「過去の遺物感満載の見た目……ですかね」
シホの機体は現代用にチューンナップされた青いシグーである。両肩にはディープアームズにもついていた大型のビーム砲である。当時はここまで大型のユニットで連邦製ビームライフルととんとんくらいの威力だったが、今は大きさに見合っただけの威力がある。型落ちの雑魚だと舐めれば痛い目を見るだろう。
「それは我慢しろ。我らはミーティアで出撃し、ジャガンナートを止める。これ以上レクイエムを撃たせるわけにはいかん」
「はい」
イザークとシホはボアズから出撃し、ミーティアユニットを装備して真っ直ぐ月へと向かった。
ミレニアムのカタパルトには、キャバリアーを装備したズゴック……アメイジングズゴックがストライクフリーダムを抱えた状態で待機していた。キャバリアーの中には要塞突入用の人員が乗り込んでいる。
コクピットの中でキラがブリッジと通信する。
「キラー。ラクスを取り返しても何もされなかったかどうか聞いたらダメだよ? 広い心で抱きしめてあげるの」
「う、うん」
「……なんてね。オルフェはプラント支配の支持基盤にラクスを使ってる。そんな相手に無体を働いたらどうなるかわかってるはずだよ。だから安心してラクスを奪い返して来てね!」
「うん。行ってきます。……シン、アウル」
キラはシンとアウルの二人を見る。彼らはデスティニーと、ギャンのコクピットで待機している。
「ミレニアムを頼むよ。帰るところの守りは任せた」
……あれほど母艦を守ることに固執していたキラが、母艦の守りを任せる。それがどれほどの信頼を示すのか、シンもアウルもわからないほど鈍くはない。
「はい!」
「了解!」
二人共嬉しそうに返事をすると、アメイジングズゴックが出撃する。
「……こんな感じでいいのかな」
キラがアスランに聞く。
「いいんじゃないか? お前らしくて」
「……どういう意味、アスラン」
キラは不満げにそんな声を上げた。その表情に影はなく……まるで、かつて、平和だった時のような、憑き物が落ちたかのような様子だった。
――
「お食事です」
「ありがとうございます」
イングリットの運んできた食事を、ラクスは優雅な手つきと完璧なテーブルマナーで食べはじめる。食えなくなったやつから死んでいく……そうミーシャが言っていた。どんなときでも、食べることと眠ることをできる生き物が、本当の意味で強いのだと、彼女は楽しげに笑っていた。
「……姫様は」
イングリットはそんなラクスを見て思わず声を掛ける。ピンク色の砂糖菓子のような可憐な見た目に反して、その内面は強かで頑丈だ。線の細いお姫様ならこんな状況では食欲がないだの眠れないだの言うものだと思っていた。だが彼女は出された食事はしっかり食べるし規則正しく睡眠を取る。ごく普通の生活を送っているように見える。だがイングリットにはそれが機会を伺っているようにも見えてしまう。たとえ次の瞬間にキラがラクスを取り戻しに踏み込んできたとしても全力で動けるよう待機しているように思えるのだ。
「なぜ、生まれた時の使命を果たそうとなさらないのです?」
「そんなものに意味はありません」
食事を終えたラクスは、きっぱりと言い切った。椅子から立ち上がり、イングリットに近寄るようにしてベッドに腰掛ける。
自分達の人生全てを否定する言葉を言われても、イングリットの感情はさざ波すら立たない。きっと、こう言うだろうなと心の何処かで感じていた。
「我々は意思があります。自由に自分の道を選ぶ権利も。だから、私は『嫌だ』と。生まれた前に定められた使命を否定するのです」
「……それが、果てなき争いが続く未来に繋がったとしてもですか」
「繋がったとしてもです」
イングリットは歯噛みする。強い人だ。高いところから月のように自分たちを見下ろしている。ふわふわとした見た目とは裏腹にその心は硬い一本の芯が通っていて、揺らぐことがない。
「姫様は自分の幸福がわかっておられない」
オルフェの伴侶にと定められているのになぜ否定するのだ。
「幸福……?」
「決められた使命に従って生きる。それが人の幸せです。そうすることこそ、至上の幸福を――」
「――
イングリットの言葉が止まる。なぜ。彼女に読心能力はないはずだ。なぜ仲間たちにも悟らせていない自分の恋心を……?
困惑していると、ノックもせずにオルフェが部屋に入ってきた。イングリットは慌てて部屋の壁によって控える。
「頭は冷えましたか、姫」
オルフェはイングリットに一瞥をくれるだけで礼も会釈もせず、ただまっすぐにラクスだけを見ていた。
「私の手を取る気になりましたか」
「なりません。何度問われても答えは変わりません。――私が愛しているのはあなたではありません」
オルフェの指輪が目に入る。母はなぜ自分を生み出したのだろう。生み出して、プラントで過ごさせたのだろう。それが計画のうちだったのか、もしくは、アウラとは仲違いをしたのか。もはや知るすべはない。……ただ、ラクスは母ではなく、ラクスにはラクスの人生がある。生まれた意味や生まれる前からの使命など知ったことではなかった。
「キラ・ヤマトは死んだ!」
「彼は死んでいません」
ラクスは信じている。彼はそんなことでは死ぬ男ではない。きっぱりと、一分の疑いを持たない目で言うと、オルフェが怯んだような後ずさった。
その仕草を見て、ラクスの心臓がトクンと高鳴る。キラは生きている。生きているから今の言葉で動揺した。
――ああ、信じていてよかった。
「真実を見ろ! ヤツは死んだ!」
「いいえ」
頑ななラクスに、ついにオルフェが激昂した。ラクスに近寄ると乱暴に肩を掴んでベッドに押し倒したのだ。
「!」
「なぜあんな奴を……! ヤツは失敗作なのだ! アコードのなりそこないの! なぜだ!」
キラが失敗作。そんな事を言うのは宇宙でも彼らだけだろう。ラクスはほんの少し彼らを哀れに思った。キラは失敗作などではない。そう望まれて生まれてきたのだ。歪んでいても、手法は間違っていたとしても、キラの誕生を両親は心から喜び祝福したに違いない。どんなことでもできるようにと、最高の才能を与えられたのがキラだ。それを失敗作などと。オルフェは、アコードは、その全ての価値観をアウラに依存しているのだ。アウラが白といえば黒いものも白になり……アウラが失敗作といえば、一世一代の大成功も失敗作となる。
「キラがキラでいてくれるなら、わたくしは彼が何を成せなくとも愛します」
「何が……! ヤツは何もできない! あなたの望む事を何もできない! 奴にはあなたに愛される資格などない!」
「愛されることに資格などありません」
「……ふざけるな! 我らがそんな事を許されるわけがない!」
オルフェは乱雑にラクスの服に手をかけ、思い切り脱がしにかかった。ラクスの身体が思わず強張る。力では勝てない。ここは敵中だ。ラクスをどんな目にだって遭わせられる。散々に痛めつけられるかもしれない。湧き上がる恐怖を必死に押し殺す。大丈夫、大丈夫。怖がらなくていい。
たとえどんな目に遭ったとしてもキラは愛してくれる……。
「それがお望みですか」
ラクスの口からは自分でも信じられないほど冷たい声が出た。
「力でわたくしを従わせようとしているのなら、無駄です。たとえどのような責め苦を与えられようと、わたくしは決して、あなたに心を許したりしません」
「……責め苦、だと」
オルフェは呆然とする。強引に迫ってはいる。だが、責め苦と言われるほど酷い扱いをするつもりはなかった。それなのに。
「わからないのですか?」
責めるような目つき。道理のわからぬ子供を見るような目。その視線に耐えかねて、オルフェはラクスから離れた。
「……なぜ私を愛さない」
「わたくしとあなたに、愛はありません」
「私はあなたを愛している!」
「あなたの愛するラクス・クラインはわたくしではありません」
きっぱりと、ラクスはそう言い切った。オルフェはアイドルのファンがそうするように、自分の中に空想のラクスを作り上げ、その空想を愛しているのだ。ラクスをその空想に押し込めて、本当のラクスを殺そうとする。ラクスはそういうものとだけは、断固として戦わなければならないと感じる。
「……!」
オルフェは何も言わず、逃げるようにその場を去った。
「……」
ラクスはベッドから起き上がる気力も沸かず、ただ涙を一筋流した。
諸事情あって5/3日の更新はできません。申し訳ないです。