【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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消えていく星々

 三人が戦場に辿り着いた時、もうそこは地獄の様相を呈していた。

 

「う、うそでしょ!?」

「酷い……」

「もう手遅れか!? クソッ!」

 

 どこもかしこも、もはや戦闘と呼べるほどの戦力を有していなかった。艦隊が護衛もいないままただ攻撃されている。少しの間隔をおいて爆発炎上する艦艇も見える。見渡す限りにメビウスの残骸が散らばっており、スペースデブリと化した艦隊が見える。無数のジンに、敵の艦隊。状況は一方的を通り越してすでに敗北しているような状況だった。

 味方のいるはずの戦場に、いきなり孤立無援に近い状況で放り込まれたミーシャは焦ったように味方の通信チャンネルに叫ぶ。

 

「味方は!? メビウスっていう機体が戦ってるんでしょ!? ど、どこにいるの!?」

「こちらモントゴメリ。君みたいな子が戦っているとはな……」

 

 味方の戦艦から通信が入ってきて、ミーシャは思わず質問を浴びせかける。

 

「どうなってるの? 敵はいっぱいいるのになんで誰も戦ってないの!?」

「もう戦ったさ」

「え」

「あと残っているメビウスは4機……いや、今3機になった。残存戦力は以上だ」

「……嘘……」

 

 たったそれだけ? 敵は山ほど残ってるのに? ハッと、ミーシャはバスターの武器を変形させ、長距離狙撃形態にする。

 

「今からでも戦って、皆殺しにする! そうすれば大丈夫! もう大丈夫だよ、私たちが守ってあげる!」

 

 ミーシャは勇気付けるようにそう言って、射撃を始める。一回、二回、と引き金を引く度に爆炎が宇宙に広がる。敵が減った証拠だった。通信相手のブリッジで歓声が聞こえる。

 

「頼もしいな。君は……いくつなのかな?」

「そんなことより! 誰を倒せばいいのさ! 数が多すぎるよ! ――キラ!」

「こっちも戦ってる! でも、アスランが……! 他のGタイプも!」

「あの強いのか……! 分担しよう! 私が雑魚を倒す! キラは強いのを! お友達を押さえといて!」

「でも」

「殺さなくてもいいから!」

 

 ミーシャはまた何発か射撃をして、さらに数を減らす。だが、敵の圧力は全く減った気がしない。味方の戦艦のブリッジから炎が吹き上がり、艦が爆発する。

 ミーシャの心に軋むような痛みが走る。あの船には沢山の人が……。

 

「嬢ちゃん、俺も雑魚をやる! とにかく数を減らさないとやばい!」

「わかった! ハウさん! アークエンジェルは戦えそう!?」

「まだもうちょっとかかるわ!」

「早くしてよ! みんな死んじゃう!」

 

 ミーシャは近づいて襲ってくるジンに対して反射的にミサイルを放って、その隙に距離を取る。それでもなお敵機は突っ込んでくる。

 

「魔弾の悪魔が……! 死ね!」

「フェイズシフト装甲もないくせに!」

 

 ざっと照準して、散弾砲を放つ。無数の穴が開いたジンは、そのまま爆発して脅威ではなくなる。

 

「モントゴメリさん? 死にたくないなら何してほしいか教えて!」

「私の娘も君と同じくらいの年でね……今すぐ退避し、アークエンジェルに逃げろと伝えてほしい」

「馬鹿言わないでよ! アルスターさんのパパがその船に乗ってるの! それに、私人殺し上手いでしょ? 勝てるよ、私たちがいるなら!」

 

 完全に諦めている味方を戦果と言葉で励ましながら、ミーシャがアークエンジェルの進路上に陣取り、近づいてくる敵を撃つ。視界の端で、ミラージュコロイドを解除したブリッツが突っ込んでくるのが見えた。

 

「ブリッツ! アルテミスでのお礼がまだだったね! ぶっ殺す!」

 

 ミサイルを発射し、爆炎に紛れてビームライフルを撃つ。ブリッツはミサイル全てを直撃することを選び、ビームを盾で防いだ。

 

「ぐうぅっ! 大丈夫、データ上、ミサイルと言えどフェイズシフト装甲は抜けない!」

「ああもう生意気な……!」

 

 また落とせない。ここで落とせないと味方がやられちゃう。必死になるが、近距離での撃ち合いとなると流石にコーディネーターのニコルに分がある。じりじりと追い詰められていく感覚がどうしようもなく怖かった。

 

「おまたせミーシャ! 援護射撃するよ!」

「ありがと! これで殺れる……!」

 

 アークエンジェルの主砲、ゴットフリートの射撃がブリッツのそばを通る。

 

「……アークエンジェル……! 賭けるしかありませんね」

 

 ブリッツはミーシャの射線から離れる機動をすると、即座にミラージュコロイドを発動。レーダーはもちろん、目視でも視認できなくなる。いざ目の前でいきなり敵機が消えてなくなると、素人のミーシャではどうすればいいのかさっぱりわからなかった。

 

「消えた! アークエンジェル、なんかないの!?」

「ない! だがやり様はある! バレンタイン機は味方の援護だ!」

「わかった!」

 

 アークエンジェルを直接狙いに来たブリッツだったが、作った人間すらアークエンジェルにはいるのだ。対策はある。

 撃ってきた位置からいるであろう場所を推定し、その宙域に散弾での飽和攻撃。これにはたまらず、ミラージュコロイドを解除してフェイズシフト装甲をオンにするほかなかった。

 

「倒しても、倒しても減らない! どんだけいるのさ! レーダー真っ赤っ赤なんだけど! モビルスーツ倒しても、敵の艦が味方をやっちゃう! ナタルさん、私とキラじゃ戦艦なんて倒せないよ!」

「わかっている、だがこちらにもモビルスーツが取り付いて……うわっ!」

「大丈夫!?」

「安心しろ、アークエンジェルは多少のことでは落ちん! モビルスーツ隊は敵の数を減らすことに集中――」

 

 悪い知らせは続く。

 

「フラガ機小破! アークエンジェルに帰投します!」

 

 ジンとの戦闘で傷付いたメビウスゼロが修理のために帰還したのだ。

 

「はぁ!? ムウ、大丈夫!?」

「くそーっ! これじゃ立つ瀬ないでしょ! 嬢ちゃん、俺は無事だ!」

 

 無事を喜ぶのもよそに、ミーシャの中で焦りは増えていく。味方が更に減ってしまった。一番の脅威であるGタイプは当然のこと、大火力を保有する艦艇には手も足も出ない。戦争で負けたらどうなるんだ。ミーシャにネガティブな懸念が次から次へと湧いてくる。守るんだ。恐怖に震えそうになる身体を必死になって奮い立たせ、ミーシャは戦う。せめてジンが減れば。そうしてどれだけ戦っただろうか。雲霞のようにも思えたレーダーが、かなり減って数が数えられるほどになったころ。また味方の艦隊から通信が来た。

 

「――お嬢さん、もういい」

「なにが! まだやれる! あとは強い奴と敵戦艦をやれば!」

「とっくにメビウス隊は全滅した。この戦場で動いているモビルスーツとモビルアーマーは、君たちだけなのだ。退避しろ」

 

 ミーシャは愕然とする。まだ艦艇は残っている。だが、それを全て守り切るなど不可能だと、幼いながらに理解してしまった。

 

「――キラ、聞こえる?」

「アスランが押さえきれない! ごめんミーシャちゃん!」

「あのさ、モントゴメリだけならなんとかならないかな」

「どういう――うわっ!」

「それ以外全部見捨てるの」

 

 ミーシャの提案に、キラは息を飲む。そんなことしたくない。だが現実問題として二機で艦隊を守るなど不可能だ。一人一隻を守る? 無理に決まってる。

 

「――そんなこと、僕は……!」

「でも」

「モビルスーツ隊、後退!」

 

 ナタルの指示に、ミーシャは反射的にバスターをアークエンジェルの方に向ける。

 そこには、何機ものモビルスーツにたかられるようにして襲われているアークエンジェルがいた。

 

「アークエンジェルが!」

「守らないと!」

 

 キラが全速力で戻り、ミーシャは正確無比な狙撃で瞬く間に数を減らす。

 アークエンジェルに二人が意識を向けたその瞬間。

 モビルアーマー形態に変形したイージスが残った味方艦隊を葬り去り、ヴェサリウスとガモフの主砲がモントゴメリに突き刺さった。

 

「え?」

 

 ミーシャは爆発に包まれ轟沈するモントゴメリを、ただ見ることしかできなかった。通信が途絶するその瞬間、通信に出ていた人が吹っ飛ぶのが見えた気がした。そして、アークエンジェルのブリッジから悲鳴が聞こえる。フレイの声だった。

 

「――わたし、守れなかった……?」

 

 次の瞬間。アークエンジェルから全周波数に向けて広域放送がなされる。

 

「こちら大西洋連邦第8艦隊所属艦、アークエンジェルである!」

「ナタルさん……?」

「現在我が方では、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している!」

「――それ人質じゃん……」

 

 失望やら、安堵やら、色んな感情が綯い交ぜになったミーシャは引き金を引く指も止めて、放送に聞き入っていた。急な放送に、敵も味方も戦闘を辞めていた。――こんなことで戦いが止まるんだ。ミーシャはぼんやりとそんなことを思った。

 

「――もし、なおも本艦へ攻撃が加えられた場合、クライン嬢への責任放棄とみなし、本件を自由意志で処理するつもりであると、ここに通告させていただく!」

 

 それから、敵はびっくりするほど素直に引いていった。ヴェサリウスとガモフだけが、アークエンジェルの背後をぴったりとついて航行しているのが見える。それ以外の艦艇はどこかに報告に行ったのだろうか。姿が見えなくなった。

 

「キラ!」

「アスラン……」

「救援に来ておいて、不利になったら人質を取る……そんなやり方をするのが地球軍だ! お前はまだそんな奴らのために戦うというのか!」

 

 キラは顔を曇らせて、何も言うことができない。

 

「アスラン、だっけ」

 

 通信を繋いで、ミーシャは言う。

 

「お前は……」

「お願いだからさ、友達だって言うならさ、これ以上キラを傷付けないでよ」

 

 言うだけ言って、ミーシャは通信を切った。敵と話すなんて何してるんだろ、と自己嫌悪に苛まれながら、ミーシャはアークエンジェルに進路を取る。

 

「――アスラン。僕は……僕は、あの子が頑張る限り、頑張ると思う」

 

 キラはそう言い捨てると、ミーシャと同じようにアークエンジェルに帰投した。

 

 ――

 

 格納庫では、キラとミーシャ、それからムウが機体から降りていた。ミーシャは涙目になりながら胸中を叫んでいた。

 

「こんなことするためにラクスを拾ったんじゃないのに! ナタルさんに聞いてやる! こんなことしていいって軍規に書いてあるんですかって!」

「――これが地球軍のやり方なんですか」

「二人ともやめろよ」

 

 ムウは苦い顔して言う。ムウとて、こんなことしたくなかった。だがしなければ全滅していたのだ。

 

「やめろって……!」

「こんなことしなきゃいけないのは、俺たちに……いや、俺に力がなかったからだ。ナタルやラミアスを責めることなんて、俺にはできない」

 

 キラもミーシャもよくやってくれていた。ミーシャもキラも何機撃墜したのか数えるのも難しいくらいだ。そんな二人に俺「たち」の力がないせいだ、なんて言うことはできなかった。だが、ミーシャはやり切れない。何も守れなかった。守ると言ったのに、何一つ守れなかったのだ。

 

「今からラクスのところにいって、なんて言えばいいの? 守るって言ったけど守りきれなかったからラクスを人質にして乗り切ったよ、って? 地球軍のアンチソング作るね、私なら!」

「……それは……起きてほしくない未来だな……」

 

 プラント全体に影響力のあるラクスが地球軍への憎悪を垂れ流しプロパガンダに終始する……戦争が激化しそうな未来予想図だった。

 

「とにかく、私、ラクスのところにいって事情を話してくる。そのあとフレイにも……謝らないと」

「――僕は先に、フレイに会ってくる」

「一緒に来て」

「でも」

「――不安なの」

 

 ミーシャはキラの手を握って言った。キラはその手を振り払うこともできず、ただ頷いた。

 

「お前さんたちブリッジには……」

「今会ったらまたナタルさんを傷つけちゃう。ごめん」

「……いや、気にすんな。ブリッジには俺がなんとか言っとくよ」

「ありがとうムウ」

 

 二人は手を繋いで、ラクスのところに向かっていった。

 

「……やるせねぇなぁ」

 

 ――ラクスの部屋に行くと、そこには泣いているルミナとラクスがいた。

 

「どういう状況? ルミナ、どうしたの?」

「ごめん、ごめんね、ミーシャ、私守れなかったの。フレイさんが来て無理矢理ラクスさんを引っ張っていって……」

 

 泣きはらすルミナを抱きしめて、ミーシャはその頭を撫でる。ラクスが事情を説明してくれた。モントゴメリに危機が迫っていることを知ったフレイはラクスを人質にするべく部屋に押し入る。守ろうとするルミナを歯牙にもかけず、ラクスを連れ去ってしまったのだと。そして、アークエンジェルの広域放送の後、ナタルが直々にこの部屋へと戻してくれたのだと、そう語ったのだ。

 

「わたくしは自分からついていったのです。ルミナさんのせいではありません」

「……そっか。ルミナ、ごめんね。怖い思いさせちゃったね」

「ううん。私ミーシャばっかり戦わせて、何にもできなくて……」

 

 ぐずるルミナを、ミーシャは優しく撫でる。なんでもないように、慰めるように声をかける。

 

「気にしないでよ。私戦うの好きだし、人を撃つのも好きなんだから」

「ミーシャ……! ミーシャァ……!」

 

 より一層泣き声が大きくなった。たまらなくなったミーシャは、ラクスの方に視線を向ける。

 

「その、ごめんなさい。人質に取るようなことして」

「わたくしがそうなれば、ミーシャさんもルミナさんも生きられるのでしょう? それなら、大丈夫です」

「……そっか。ルミナ、私フレイさんのところに行ってくる」

 

 ダメ、とルミナはミーシャを力強く抱きしめた。

 

「あのお姉さん怖かった……! 会いに行っちゃダメ!」

「そうはいかないよ、ルミナ。私は……私は、フレイさんに約束したの。大丈夫だよ、守るからって。守れなかったから……怒られないと」

 

 ミーシャはルミナを引き離すと、キラの隣まで歩く。

 

「いこ、キラ」

「う、うん……。でも、ルミナちゃん泣いてるのに……」

「――今は、フレイさんに謝りたいの」

「そっか。ラクス、ルミナちゃんを……」

「もちろんです。わたくしのファンですもの」

 

 ミーシャたちはラクスの部屋をあとにして、キラと一緒にフレイのところに向かう。

 

「……きっと怒鳴られるだろうな」

「辛いなら僕一人で……」

「ううん。私が、私が自信満々に言ったせいで、フレイさんが傷ついて……パパを死なせちゃった。殴られるくらいしないと、気が済まないよ」

 

 フレイの部屋の前まで来ると、泣いている声が聞こえる。重い気持ちで扉を開けると、サイの胸の中で泣くフレイが見えた。

 彼女は部屋に入ってきた二人を見て、睨みつける。

 

「嘘つき……! ミーシャも、キラも、嘘つき!!」

「……」

 

 二人は何も言い返さずに、陰鬱な面持ちで言葉を聞く。

 

「守ってくれるって言ったじゃない。大丈夫だって言ってくれたのに……! キラ! なんであんたがいてパパが死んじゃうの……! あんた、コーディネーターだからって、本気で戦ってないんでしょ!?」

 

 その言葉はキラを深く、深く傷つけた。あれだけ必死に戦ったのに。あれだけ苦しい思いをして戦ったのに。憧れの女の子からかけられた言葉は、『本気で戦ってない』。その衝撃は計り知れない。

 

「ミーシャもよ! あんなに、あんなに自信満々だったくせに! ホントは守り方も知らない癖に!!」

 

 ミーシャは、その言葉を聞いて、顔を俯かせる。その通りだと思ったのだ。何も知らない癖に偉そうに言って、悲しみを、苦しみを増やしてしまった。フレイが怒鳴るのも当然だと、そう思ったのだ。

 

「……僕は……」

「あんたたち、出てってよ! 顔も見たくない……! パパ……! なんで……! 出てってよぉ!」

 

 キラとミーシャは二人して、部屋から出る。

 フレイの部屋のそばにある通路で、二人は悲痛な表情で佇む。

 

「……私が、弱かったから」

「違う。僕が、僕に覚悟がなかったから……」

 

 しばらく、自分が悪いと二人は言い続ける。だが、そうやって責任を引き受け合う内に、二人は深いところで相互理解を深めていく。

 同じ傷を持つ者同士。この船で唯一、同じ苦労と苦痛を分かち合う者同士。

 致命的な失敗をしてしまった者同士、とてつもない共感を覚えるのだ。

 ――ふと、ミーシャが聞いた。

 

「ねえ。……そういえばさ、アスランって、どんな友達なの?」

 

 ……そのとき、廊下の角に、言い過ぎたことを謝ろうとしていたフレイがいることに、二人共全く気付いていなかった。

 

「アスランとは……幼馴染っていうのかな。子供の頃はずっと一緒で……。本当に仲が良かったんだ」

「――そんな人、殺せないよね」

「……うん、殺したくないよ」

 

 キラの真実を知ってしまったフレイは、口を押さえて自分の衝動を抑える。

 

 ――幼馴染? 友達? ……殺したくない!?

 

 ぐるぐるぐるぐる、フレイの心境はめまぐるしく変わる。同情。憐憫。やがて、それは憎悪に。

 

 ――謝る必要なんてない。キラは本当に本気で戦ってなかったんだ。そのせいで、パパが死んだ。コーディネイターのせいで、パパが死んだ。

 

 フレイはそう結論付けてしまった。殺そう。奴らを皆殺しにしてしまえ。沸き上がる憎悪に身を任せようにも、フレイはただの民間人だった。キラのようにコーディネイターというわけではなく、ミーシャのように天才というわけでもなく。どこにでもいるような、カレッジでも人気の――ただの、女子で――そう、キラが思わず視線を向けるような、そんな容姿の女の子。

 

 ――やがて、フレイの脳裏に悍ましい復讐の計画が浮かび上がった。

 

 赦せない。許さない。

 

 フレイが口から手を離すとそこには、涙を流しながら口元を満面の笑みにする、狂気に侵された彼女がいた。

 

「……でも、それは甘えなんだ。僕は結局、守りたいものを守れなくて……」

 

 すっと離れたフレイに、その後の会話は聞こえない。聞く価値がない。

 

「フレイのお父さんを守れなかったこと、自分で自分が許せないんだ」

 

 そんな懺悔の言葉など、聞く意味などなかったのだ。

 

「……そっか。私も……どうしたら守れたんだろうね。スーパーパワーに目覚めるとか、超威力の武器とか」

「そんなものが本当に、あったら良かったのにね」

 

 ミーシャは自分の掌を見つめる。キレイな手だ。見かけ上は。ざ、とまるでノイズがかかったかのように、自分の掌が真っ赤に染まる幻覚を見る。……最近は特によく見る。頭がおかしくなったと思われたくなくて、誰にも言っていない。それに、もう慣れた。

 ごしごしと手のひらをズボンで拭う仕草をすると、隣のキラに無理矢理作った笑顔を向ける。

 

「そんなのなくても、きっと私達なら最後まで戦えるよ」

「うん。そうだね。きっと――きっとそうだ」

 

 キラはミーシャにその話題をいつ切り出そうかと悩んでいた。会話が途切れた今が、チャンスだと思った。彼女を、小さなこの子を巻き込むのは嫌だ。別に計画に参加させようと思っているわけではない。だが、優しいミーシャならきっと、黙認してくれる。そう思って、話を切り出した。

 

「ねぇ、ラクスのことなんだけど」

「ん?」

「――逃がそうと思ってる」

 

 その言葉を聞いたミーシャは目を見開く。

 

「……う、裏切る気?」

「そういうんじゃないよ。でもこのままだと彼女は……利用されるだけ利用される」

「――キラ、気付いてないわけないでしょ? 今でもザフト共が私達の後ろをピッタリついて来てるの」

「僕も知ってる。でも、ヴェサリウスだけだ。ガモフは進路をズレて、先に第8艦隊の方に向かってる」

「……それは……でも……」

 

 確かに、ヴェサリウスはもう殆ど戦力は残ってないはずだ。雑魚数匹と、イージスくらい。それなら襲われてもなんとかなるかもしれない。だが、ミーシャの脳裏にはイージスにスキュラを叩き込まれて一撃で沈む戦艦が焼き付いていた。

 

「――でも。イージス……アスランは怖いよ。あのでっかいビーム撃ち込まれたらアークエンジェルでも多分……」

「僕が撃たせない」

「どうやってさ。説得なんか今更――」

「――僕がアスランを討つ」

 

 ミーシャは目に見えて動揺する。事情を知った今だからこそ、余計に忌避感が強い。

 

「……だめ、ダメだよ。友達と殺し合うなんて。ルミナと殺し合うようなもんなんだよ? 嫌だ、ダメだよ。キラ、もしアスランを殺したらどっかおかしくなっちゃうよ」

「僕だけまともでいられるなんて思ってないよ」

 

 キラはミーシャの手を取って言う。恐怖に揺れる彼女の瞳を見つめて言う。

 

「あのとき、ヘリオポリスで君がおかしくなったときから、いつか僕もそうなるんだって、思ってた」

「わたし、おかしくなんて……」

「それでも僕は、誰かに、優しくしてあげたい。君にも、ラクスにも」

 

 だからね、とキラは続ける。

 

 僕は、ラクスを逃がすよ。君は、何も知らないふりをしてくれるだけでいい。

 

 それは宣言だった。

 

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