【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
バレンタイン隊の戦場は次第にレクイエムへ近付いていた。迫りくるザフト戦力と戦っていたルナマリアのフェイズシフト装甲がダウンする。旧式モビルスーツの中で唯一スペースの問題が解決できずにバッテリー駆動のままだったインパルスは、戦闘が長期化すればバッテリー切れの危険があり……今まさに電力を使い切ってしまった。
「ルナー!」
だが、ここにはデスティニーがいる。
「シン! 彼女を守れよ!」
「シン! ルナを助けて!」
アウルとステラの二人に援護され、シンはインパルスに近づいて機体を抱きしめる。額の送受信機からデュートリオンビームを照射すると、インパルスの電力が完全に回復する。デスティニーとしてもモビルスーツ1機分の電力は痛いが、時間経過と共に回復する物だ。大した消費ではない。
「ありがとう、シン!」
「大丈夫、……さあ、あいつらを倒すぞ!」
「クソッ! なんで、なんでだよ!」
彼らはアイデンティティが揺さぶられていた。ただ長く戦っているだけなのに精神の根幹が揺らいでいる。
彼らにとって現状はとても承服できるものではなかった。敵は全員旧式のモビルスーツ。しかも自分達が一度は格付けを終わらせたシン・アスカと有象無象が相手で、勝てないどころか1人たりとも殺せない。強さを、有用さを何よりの価値観においている彼らにとって、現状は自分の有用性が……優秀な人間であるという幻想が揺るがされるのだ。
「仕方ない……! 精神リンクするぞ! シンクロアタックだ!」
グリフィンの指示に、三人の意識が強く結合し、混ざり合う。もはやそれは複数の体を動かす1つの人格とも呼べる状態で、その心の在りようは人のソレとは大きくかけ離れ、どちらかと言うと集合意識に近かった。その代わりに3機のルドラは連携というよりは有機的につながる一個の生命のように動く。
(死ね!)
悪意の思念がバレンタイン隊を襲う。未だお互いに決定打はなかった。
――レクイエム直近。リデルはミーシャが恐ろしくて仕方なかった。
「何よ……! 何よあんた!」
ザフト兵が瞬く間に減っていく。投降し、武装を解除したモビルスーツには当てないあたり、一射一射しっかりと狙って撃っているというのがわかる。この数を、この正確さで。リデルもミーシャに向けてビームライフルを撃つが全て弾かれてしまう。それどころか自分のビームが曲げられてこっちに向かってくるのだ。
「戦場に出たのが半年前かそこらみたいなペーペーに殺されるほど弱くはないつもり……!」
リデルも、他のブラックナイツと同様に自身の存在意義を揺るがされていた。一度は勝った、ナチュラルの子供。なのに、今は彼女に手も足も出ない。
「そっちが旧式で……あんたはナチュラルで……! あたしが負けるはずないでしょ!」
「旧式? 装備見て物言ったら? もしかしてドラグーンの怖さご存じない? 教えてあげる。その身体に」
何より恐ろしいのは、ミーシャから伝わってくる底しれぬ殺意と悪意。リデルとの戦いを通して精神感応の力を開花させつつあるミーシャは、今では特定の感情だけを相手に伝えるという技術までモノにしていた。恐ろしい。積み上げてきた何かをあっさりと超えられる感覚。あっという間に追いつかれ、自分の歩みが鈍いのだと言わんばかりに前に進んでいく彼女が恐ろしい。
――ほうら、やっぱり。
こえが、聞こえる。
「何……? あんた何者なの? あんたなんで私達と同じことできるのよぉっ!」
引き込まれている。リデルにはわかった。本来ならこちらからしか接続できないはずの精神パスが相手から繋げられ、それを切ることができない。
――目の前の相手じゃない。ミーシャじゃない。何かが、彼女を守って助けている。
「クソッ……! こうなったら……!」
相手の奥底に入り込む感覚が好きではなかったが、もはや四の五の言ってられる状況ではなくなった。心を狂わせてその隙に殺すしかない。リデルは精神の繋がりを太く、深くしていく。自分を鼓舞するように笑う。
「あ、アハハハ! バッカみたい! 素人のくせに私と繋がるからこんなことになるのよ! しんじゃえバーカ!
闇に堕ちろ、ミーシャ・バレンタイン!」
お互いが深く引きずり込まれた。
そこは赤黒い部屋だった。
――ずる、べちゃ。ずる、ずり。
そこはミーシャの闇。トラウマや怖いもの、恐ろしいもの……ミーシャの抱える闇を凝縮した空間だった。そこにミーシャは何食わぬ顔で立っている。リデルもその空間にいて、彼女とは対象的にびくびくと怯えていた。
「な、何よここ……あんたなんでこんな……」
闇が余りにも深い。小さな部屋のような空間だが壁や床を構成しているのは人肉と臓物、そして無数の顔だった。リデルが足を一歩踏み出すと、ずぷりとくるぶしまで肉の床に足が沈み込み、近くの顔が断末魔の絶叫を上げる。壁や天井の顔がリデルを睨みつけて「人殺し」や「地獄に落ちろ」などと口々に恨み言を言ってくる。リデルにだけなのかと思っていたら、ミーシャにも同じか、それ以上に罵倒や恨み言が叫ばれていた。「なぜ助けてくれなかったの、一緒に死んでくれなかったの」という甲高い小さな女の子の叫びがずっとミーシャにむかって降り注いでいる。リデルは戦慄する。
「なんであんた平気なのよ!」
「え……。訓練したから?」
ミーシャも気分は良くないが別にこれくらいは平気だった。こんな感じの夢を週1ペースくらいで見るし、グロい光景に関しては平気になるまで頑張ったのだ。べちゃ、ぐちょ、と歩く度に柔らかい肉塊を踏む感触がするのは不快感があるが、グロテスクな光景や、絶叫には慣れている。慣らした。
「……あんたねぇ」
「あ……フレイ……?」
ふと、半透明の赤髪の少女が壁をすり抜けて部屋に入ってきた。
「あんたを守ってやろうかなーなんて思ってたら全然平気そうじゃない。来て損したわ」
くすりとミーシャは微笑む。
「キラはいいの、
「いいのよ。ラクスに取られたんだからしょうがないじゃない」
「引きずってなくてよかったね」
「今回のことで吹っ切れたんでしょ」
「かもね」
ミーシャはフレイの霊体をリデルが驚くほど自然に受け入れていた。ミーシャは知っているのだ。この世界には霊魂がちゃんとあって、自分はそれをほんの少しだけ感じ取ることができるのだと。
――だからなおさら、自分の地獄行きを頑なに信じるのだが。
……ふと、男性が部屋に入ってきた。彼も同じように霊魂の存在で、壁をすり抜けてきたのだ。
「……パパ?」
「久しぶり、ミーシャ。元気にしてたかな?」
「……う、うん」
記憶の中の父より少し若い父の姿に、ミーシャは戸惑いを隠せない。なぜ今になってパパが? ……そんな気持ちが湧いて仕方ないのだ。無邪気にパパが会いに来てくれたと喜ぶには、彼女は世界を知りすぎていた。
今でこそブルーコスモスの中で穏健派とか言われるバレンタイン派閥だが、父クラウスが生きていたころは別の意味でヤバい派閥だったのだ。
コーディネーターを見下し、徹底的に利用するという、彼らを工業製品か工場のパーツのように扱うような人間の筆頭。それがミーシャの父だった。
「ずいぶんと寂しい思いをさせてしまったね」
「……ママは?」
「彼女には才能がなかった。こうして幽霊になるのにも才能がいるんだよ。あと、強い気持ちも。――パパとしては、同性愛は困るんだけどなぁ」
「……娘の恋愛に口出すと嫌われるわよ」
フレイが言うと、父クラウスはあちゃー、というふうに額に手を当てた。
「ごめんごめん。死人のくせに偉そうだったね。――やぁ、アコード」
「ひっ」
リデルはその視線に思わず一歩後ずさった。
――存在価値をカケラも認めていない、あまりにも冷たい目だった。リデルは……アコードはそんな目を知らない。アウラによって蝶よ花よと育てられた彼らは、イデオロギーが齎す差別的な感情を知識では知っていても直に触れたことはない。ふわりと浮いて、クラウスはリデルの顔をじっと見つめる。
「可愛らしいお嬢さん。あなたにはお礼が言いたい」
「お、お礼……?」
「ええ。うちの娘の踏み台になるために今まで生きてきたのでしょう? 本当にありがとう」
「……は?」
リデルの喉から低い声が出た。踏み台? 誰が? 誰の?
それを理解した瞬間、リデルは顔を憤怒に染めた。
「何わけわかんないこと言ってんのよ! 私が踏み台? 馬鹿言わないで! 私はアコード! コーディネーターの上位種で……ナチュラルなんかよりよっぽど優秀な存在なんだから!」
リデルがそう言うと、クラウスはお腹を抱えて笑い出した。心底滑稽なものを見たような反応だった。
「ひーひひひひ……! あ、アコード? 上位種? はははは……! き、君たち、もしかしてその年になってもアウラの言葉を本気で信じてるの?」
「な、なによ。悪いっての?」
リデルが答えると、クラウスは更に大声で笑いはじめる。奥ではミーシャとフレイがこそこそと何かを話していた。
「……あんたのパパどうなってんの?」
「う、うーん……。コーディネーター相手にもともとこうだったのか、長い幽霊生活でおかしくなっちゃったのか……どっちだろ……?」
「なんでわかんないのよ」
「だってあんなに馬鹿笑いするパパ初めて見たんだもん……。ねぇフレイ、ルミナは……いないの?」
「あー……あの子ね……」
フレイは言葉を濁した。
「これホントは口止めされてるんだけど。後で会いに来るって」
「……!」
ミーシャの目が輝く。
「あー、おかしい。上位種が聞いて呆れるねぇ。親に純粋培養されたらその通りに育っちゃうなんて。君たちは上位種どころか大多数の生命体の下。ただのアウラの研究成果に過ぎないんだよ」
「違う!」
クラウスはウッキウキでリデルのアイデンティティを崩そうと言葉責めをしていた。ミーシャはため息をつく。心から楽しそうな様子でほとんど同い年の女の子の人格否定をする父親なんて見たくなかった。
「違わないよ。君たちはねぇ、生まれる前からこうして私の娘に精神感応の技術を伝えるために存在したスペアなんだ。私が早く死んでしまうってアルから教えてもらったからね。
ほら、笑いなさい。もっと嬉しい顔をしたらどうだい?
生まれる前からの使命に従うのが大好きなんだろう? それが生きる意味なんだろう? ミーシャの練習台になって心を踏み荒らされたって構わないよね? それが嬉しいんだよね? 生きる意味なんだよね?」
「違う……! あたしたちは世界を導くアコードなんだ……!」
「せ、せかいを、導く!」
世間知らずの人間が頓珍漢なことを言いだしたと言わんばかりにクラウスはバカにしたように繰り返した。
「せか、せかいを、アハハ! み、みちび、ヒーッヒヒヒヒヒ! あーおかしい。ねえお嬢さん、パイロットやめてコメディアンに転職をお勧めするよ。きっとデスティニープランでも君の天職はコメディアンだって出るだろう!」
「違う! 私達アコードは支配者になるために育てられて、そうなるのが運命なの!」
「ひーひひひ! じゃあお嬢さん、今まで近衛兵として頑張ってきたみたいだけど、官僚として生きていけるだけの知識は……ないみたいだね。じゃあ外交官は……? おやおやアコード以外を全て見下してると来た。適正ゼロだねぇ。そういえば経済的な知識はどうかな。おやおや株も為替もうろ覚え。困るなぁ、戦う事しかできないような人が支配者なんて絵空事言うのは」
「うう……うう……! そんなの他の人がやるから!」
クラウスはまた笑う。ミーシャの方に振り返る。彼の顔は笑いすぎて涙目になっていた。ミーシャはそんな父にドン引きしていた。
「パパ……」
「いやぁ……。ミーシャ、もう人の心をどうすれば読めて、どうすれば操れるか大体わかってるんじゃないか?」
「まぁ……うん。ある程度は」
「流石は私たちの子だ。呑み込みが早い」
「ここは何? なんでアコードまでいるの?」
「必要だったのさ。ここは君の精神が作り出した闇の煮凝り……。そこのアコードは君だけをこの空間に引き込んで君の心を弱らせて、好きなようにどうこうしたかったんだろうけど……相手が同じ超能力者なら、まぁこうなるというわけさ。
君が超能力者として覚醒するには、超能力に触れる必要があった。本来なら私がその役目をするところなんだがね……。まぁ、死んでしまったし。だから、アコード君たちに生まれてきた意味を全うしてもらったんだ」
「……子供の頃にやるんじゃダメなの?」
ミーシャが聞くと、クラウスは頷いた。
「ダメなんだよ。13歳より低年齢で超能力に目覚めちゃうとね……酷いことになるんだ、たいてい」
「……?」
「恋愛とか友達とかを超能力で得ようとしちゃうんだよこれが」
「ああ……」
ミーシャは変に納得した。
「確かに、あの時超能力持ってたら、キラに使ってたかも」
「ああ……あの、ヒビキの息子か。別にあいつなら壊したっていいんだけどね」
「よくないんだけど」
「10歳の娘に手を出すような人間に優しくできるほど私は人間ができていなくてね。今でもずいぶん楽し気に戦っているじゃないか。負けそうだって言うのにラクスの愛がどうこう……忌々しい」
ミーシャは苦笑する。娘を持つ父親からしたら普通の感情のように思えたからだ。
「――ともかく、君はもうアコード達と同じことができるだろう。真なる人の支配者は君だよ、ミーシャ」
「ねえ、パパ」
「ん?」
「私、支配者になんてなる気ないから」
ミーシャは父の目をまっすぐ見て言う。クラウスはにっこりとほほ笑みすらたたえて、そんなミーシャを見つめ返す。
「理由を聞きたいな」
「私は、できることをして生きていくの。全人類の支配者になんてなったって、しょうがないよ。なりたくもないし。だから、ならない」
「そうか。なら、仕方ないね。君は最強無敵のパイロットとして歴史に名を刻み……幸せに生きるといい。さっきはあんなこと言ったけどね、同性相手だって私は別に構わないんだよ」
その言葉に衝撃を受けたのはリデルだった。父親の言葉に、父親の命令に逆らったというのに、彼は娘を叱責するどころか笑顔でその選択を祝福した。これがアウラだったらこうはいかないだろう。
「おや、羨ましかったかな? これが普通の親子なんだよ。可哀そうにねえ。こんなにも憐れな支配者がいるものか……。君たちの人生、結局はこうして誰かの踏み台になる運命だったんだよ。今まで『自分は支配者になるんだ』と夢見れて……楽しかっただろう?」
クラウスは楽し気にリデルをいたぶる。リデルの顔からどんどん血の気が引いていき、意識が朦朧としてくる。
「……ねえ、ミーシャ」
ふと、ミーシャの後ろから声が聞こえた。
「……るみな」
振り返るとそこには、半透明の親しい友達……ルミナがいた。10歳の時のまんまの姿で、シャトルに乗っていたときまんまの服装で、彼女はミーシャの前に立っていた。もう、身長はだいぶ上回ってしまった。顔も体も大人びてしまった。だが、ルミナは当時のまま。
「……ごめんなさい、私のせいで、たくさん辛い思いしたよね」
ルミナは見ていた。ずっとずっとそばで見守っていた。苦しんで、辛い思いをして、ずっと戦ってきたことを。最近は復讐心も薄れていて、ルミナは安心していたのだ。
「私こそ。守れなくて、ごめん。いたかったよね。熱かったよね。……やっぱりイザークをいますぐ」
「お願いがあってきたの」
「……なんでも聞くよ」
ずるいとわかっていても、ルミナはその最期のお願いを口にした。
「幸せになって」
「……」
「手を汚したとか、復讐とか、そんなの全部忘れて、幸せになって。それが私の、最後のお願い」
「……フレイも、ルミナも、なんで復讐を願ってくれないの……? そんなの言われたら私、幸せになるしかないじゃない」
ミーシャの頬に涙が一筋流れる。
「いいの。いいのよ、ミーシャ。もう、幸せになっていいの」
だんだん、部屋が淡く儚くなっていく。罵倒が小さくなっていく。肉塊のディテールが落ちていき、感触が薄れる。
「やれやれ、強情なお嬢さんだったよ」
「……パパ。さいてー」
「手厳しいなぁ。でもこれで君はもう負けたりしないよ。魂の状態で動揺し、自己同一性を揺さぶられてまともに戦えるわけがない」
「……パパ」
三人がぼんやりとしてくる。意識がだんだんと浮上する。
「幸せにね、ミーシャ」
「幸せになるのよ、ミーシャ」
「幸せになってね、ミーシャ」
願われ、祈られ。三人の霊魂に見守られ、ミーシャの意識は浮上した。
「っ」
ミーシャが気が付くと、そこはコクピットの中だった。時間を確認すると1秒も経っていなかった。
(アコード! 覚悟!)
ミーシャは思念を飛ばしながら、殺意と敵意をリデルにぶつける。
(ひっ! ヤダ! 違う、私は支配者に、踏み台なんかじゃない、やめて……! こ、殺す、殺してやる! このバケモノめ!)
ミーシャはビームサーベルを引き抜いてルドラに迫る。先ほどまでの戦闘は何だったのかというほど、リデルの操縦は拙かった。
「バイバイ! なんか色々ありがとうね!」
ミーシャはビームサーベルをルドラのコクピットに突きたてた。
(……あ……お礼なんて……ほんとにわたし……そうのぞまれてた……みたいじゃ、ない)
ルドラが爆散し、彼女から死の寸前の凄まじい感情が流れ込んでくる。苦痛、恐怖。ミーシャは思わず頭を抑える。……だが、この恐怖はミーシャだって感じたことがある。もうダメだ、死ぬ。そうなったときの恐怖だ。ふう、ふう、と荒い呼吸を繰り返して流れてきた感情をやり過ごす。
「……戦闘中に心繋ぐの、ぜっったいやめよ。頭おかしくなる」
2分はそうしていただろうか。敵が少なくなったとはいえまだ戦闘中だと言うのに。ミーシャは頭を振ってリデルの断末魔を追い出すと、バレンタイン隊の戦闘宙域に向かった。
――パパ。フレイ、ルミナ。私、幸せになるよ。
敵を殺しても。いつか死んで地獄に行くのだとしても。
それまでは、幸せをつかみ取るのだ。