【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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アコードの終焉

 キラとオルフェが戦っているすぐそばで、シュラとアスランが斬り結ぶ。シヴァもジャスティスも全身ビームサーベルと言うべき機体だ。全身を交錯させてビーム刃を交える様は激しい輪舞にも見える。

 

「やはり強いなぁ、アスラン・ザラ」

 

 シュラの声は興奮で上擦っていた。今までにない強敵と戦える歓喜を噛み締め、この戦いが長く長く続くことを祈る。まだ、まだ本気は出さない。アスランの強さをもっと引き出してからだ。

 

「勝つことが俺の役目……! 俺の存在する意味だ!」

 

 楽しい。ギアを上げても上げてもアスランは追いついてくる。

 ただのコーディネーターにしてはよくやる。だが、これより上のギアについてこれるか? シュラは精神を繋ぐべく不可視の触手を伸ばす。アスランとの接続が確立すると、彼の考えが手に取るようにわかる。どうやら無心になろうとしているらしかった。

 

「無駄だ! 心を無くすことなどできん!」

 

 シュラは嘲笑う。だがその時、アスランから強い1つのイメージが伝わってくる。そのイメージのあまりの強さに、シュラも引き摺られて同じものを見てしまう。

 金色の髪と目をした1人の女だ。

 

「……カガリ……」

 

 シュラなどどうでもいい。アスランは目を瞑り、強く強く彼女の姿を思い描く。

 風に靡く髪を手でかきあげる仕草。可愛い。

 彼女は浜辺で勝ち気な瞳を細めて笑っている。愛らしい。

 抱き締めた時に香る髪の匂い。首筋から漂う香り。美しい。

 抱き締めた時の柔らかな肌の感触。服の下から伝わる、完璧な骨格……。

 抱擁によって少しだけ潰れ、柔らかく自分を包む胸。

 彼女の全てを想起する。彼女の全てを思い描く。

 

 次は声だ。生きろと、生きて戦えと言った彼女の力強い声。自分が不甲斐ないせいで泣かせてしまった時の、コクピットで啜り泣くその声。弱気なときのも、励ますときのも、アスランはカガリの全てを思い描く。

 愛しい彼女を、愛する彼女を、強く、イメージする。

 内心で、アスランは誓う。

 生きると。

 どんなに無様でも、どんなに不格好でも、生き残る。

 

  生きてカガリと添い遂げる。

 

 あまりに強烈で生々しい女性のイメージにシュラは目に見えて動揺した。

 

「きっ、貴様あああああ! 神聖な決闘の場でなんと破廉恥なことを考えている!」

 

 だが、女性のイメージの奥、アスランの思考が見えた。右。

 

「バカめ!」

 

 思考を読んで、ジャスティスが向かうであろう位置に攻撃を振って……あっさりかわされて、全くの逆方向から攻撃が来た。ビームサーベルではなく、手にしたレールガンでの攻撃だった。

 左!? なぜだ。心を偽るなど誰にだってできるわけがない!

 それからもシュラは立て続けに読みを外され、レールガンでの攻撃をモロに食らってしまう。バーニアと腕を片方やられた。

 

「そんなことはあり得ない! 心と身体を別に動かすなど……」

 

 シュラはハッとなる。別に動かす?

 

「リモート操作……!?」

 

 アスランはクスリと笑う。

 

「本当に使えないな」

 

 これが上位種? 支配者となるべく作られた究極のコーディネーター? 10歳の時のミーシャのほうが遥かに厄介だったし、強かった。モビルスーツ操縦の腕ならそりゃシュラのほうが上である。だが彼女は使える手が1つ効かなかったくらいで動揺などしない。

 

「お前が苦戦してたのはカガリ……。俺の女だ」

「貴様決闘に他人を引き込んだな!?」

「ちなみにナチュラルだ。いつからリモート操作だったかお前にはわからないだろう?」

 

 シュラは目に見えて激昂し、冷静な判断力を失った。怒りに任せて突撃し、ジャスティスを斬ろうと近づいたのだ。

 

 ――掴む!?

 

 アスランの意図を読んだ頃にはもう遅い。機体は慣性が乗っているし、制御するためのスラスターは損傷している。中途半端な判断をした結果、敵の眼の前で減速して、ビームサーベルも振り始めの構えで止まるという失態を犯した。今まで一度も危機に陥ったことがないが故の未熟さだった。

 アスランはジャスティスの両手でシヴァを掴む。

 

「卑怯者めがー! やはり俺の勝ちだ!」

 

 この状態ではジャスティスにはどうにもできない。まだ足は生きている。勝った。そう確信した次の瞬間、アスランの意思を読んで、シュラは顔を青ざめさせる。

 

 ――頭?

 

 今まで一度も見せてこなかった最後のビーム刃。

 飾りだと思っていた頭のトサカから発生したビーム刃を止める術はシュラにはない。わかっていても、避けられない。防げない。

 

 ――卑怯なことをされたから負けた。正々堂々勝負したら勝ってた。

 

 ジャスティスによって真っ二つにされるその瞬間も、彼は戦場でなんの意味もない勝ち負けに拘ることをやめられなかった。

 

「……オルフェ」

「わかっている! クソッ!」

 

 近くにあった親しい者の思念が消えた。オルフェもイングリットもそれを感じて不快感に眉を顰める。遠くでアコード達が全滅するのも感じとった。あり得ないことが起こっている。……もはや逆転は不可能。それを相手も悟ったのだろう。ラクスから通信が入った。

 

「オルフェ。イングリット。もうやめましょう。投降してください」

 

 そのラクスの声は超然としていた。オルフェにはそれが、彼女が優越を感じているのだと思った。

 

「それがあなたの生き方か」

「……?」

「あなたがその男を選んだのは劣っているからだ! 劣った者たちに囲まれ、崇拝されるのがそれほど心地良いか! なんと酷い女性だろう!」

 

 オルフェは彼の理屈でラクスの内心を推測した。ラクスはコーディネーターとナチュラルと共にいるだけで崇拝される。上位種アコードであるから当然だ。崇拝され尊敬を集める今をなくしたくないから、自分ではなくキラを選んだのだ。そう思い込もうとした。

 

「それは貴方がたです、オルフェ。わたくしは何も優れてなどいません。モビルスーツを動かせません。指揮も教科書通りしかやったことがありません。非情な決断もできません。指揮官としての心構えをミーシャさんに教わることすらあります。わたくしはただ歌が得意でキラを愛しているだけの、ただの女なのです」

「それは欺瞞だ! あなたは歌で世界を取った! あなたはその魅力でプラントを従えることができる! ――私と、共にあれば!」

「何度でも言います。わたくしはキラを愛しています」

「……なぜだ、なぜ私は選ばれない! なぜ愛されない!」

 

 ラクスはほんの僅か、悲しげな顔をした。彼らは本当に可哀想な存在だ。親の言いなりになって、戦う力ばかり得て、それに見合う心が育っていない。

 

「あなたは選ばれています。愛されています。近すぎて気付かないだけで、あなたという存在は、あなたであるというその一点だけで、認められ、愛されているのです。そしてそれは……尊いことなのです」

 

 イングリットはハッと目を見開く。ラクスが言っているのは自分のことだ。――そうか、この気持ちは、間違っていないのか。尊いものなのか。イングリットは最後に、救われたような気持ちになった。

 

「そんなものはいらない! ――ただあなたからの愛が欲しい!」

「それは、できません」

 

 ラクスはきっぱりと断る。戦闘は続いている。キラとオルフェが戦い続け、ビームサーベルやライフルをストライクフリーダムに遮二無二向ける。だがプラウドディフェンダーの防御を抜くことはできない。またディスラプターが飛んできて、左腕と左のウイングを切り裂いた。

 

「……ラクス……!」

 

 オルフェは忌々しげに、その名前を呟いた。

 

 ――ファウンデーション王国旗艦グルヴェイグではオペレーター達が慌てふためいて状況を回避しようとしていた。

 

「ミレニアム止まりません!」

「防衛艦隊突破されました!」

「何をしておる! 早うレクイエムに向かわんか! 何もかも焼き払うのじゃ!」

 

 艦長として指揮をするアウラは、状況にそぐわない指示を繰り返す。彼女はあくまで研究者。彼女自身はアコードではなく、ただの第一世代コーディネーターである。戦艦の指揮など知らないし、戦況の読み方も戦術も戦略も何も知らない。アコードを作るための遺伝子配列や病気を排除する遺伝子調整の方法はわかっても、こと戦闘になると何もわからない。それでも最高権力者であるからには、その命令には重みがある。それに、そも彼らには上の……アコード達やアウラの命令に逆らったり疑問を持つということをしない。しない人間だけが旗艦の乗組員になれるのだから当然だ。もしグルヴェイグの内情をミーシャが知れば笑うだろう。

 ――イエスマンで固めるのは会社までにしときなよ、と。

 

 だから、それがどんな無茶な命令でも、アウラの命令なら全力でやり遂げる。そうすることが正しいと思っているし、今まではそれで上手く言っていた。

 だが、彼らは忘れている。デスティニープランは安定と停滞をこそ望む制度だ。それに迎合しそれを受け入れた彼らに新しい発想とか前例のない行動とか、そういう言葉は縁遠い。

 彼らはきっと知らなかった。

 戦場は安定の真逆にある場所で、不条理と不合理が支配する、この世界で最も原始的な場所なのだ。

 普通、ミレニアムのような船は存在しない。

 

「ミレニアム突撃ぃ! 艦首衝角ゴウテン起動! 近接武装全砲門起動!」

 

 この宇宙を駆ける戦艦に、衝角を付けて前時代的な突撃をする存在など、彼らは知らなかった。

 

「ミレニアム艦首を突出させて……衝角!? 突っ込んできます!」

「なんじゃと!?」

 

 驚くばかりで指示が出せない。モニターに映る敵影はどんどん大きくなっていく。

 

「か、回避じゃ!」

「間に合いません!」

 

 直後、凄まじい衝撃がグルヴェイグを襲った。

 

 ――オルフェは未だ戦意旺盛。しかし機体の方はもう怪しかった。

 

「我々は人の愚かさ故に生み出された。デスティニープランを成就させ、人類を導き……! 世界を救う! そのためのアコードなのだ! ラクス、あなたは世界が戦乱のままでいいのか!」

「オルフェ。デスティニープランを矮小化させたのは貴方方の行いです。戦争を無くす。世界を救う。それらのために暴力と恐怖で押さえつけてはならないのです」

「だがそれでは人はいつまで経っても変わらない!」

 

 オルフェはキラにビームを撃つが、まるで効いた様子がない。

 

「――本当にそうでしょうか? わたくしには、歩みは遅くとも融和への道を歩んでいるように見えます」

 

 少なくともオーブ、連合、ザフトの混成部隊は成立した。コズミック・イラ70年の頃の人間に聞かせたら鼻で笑うだろう。だが成った。

 戦争を無くす。世界を平和にする。そのために必要なのは素晴らしいアイデアや画期的な何かではない。

 地道な意思だ。血の滲むような努力と、気の遠くなるような時間を重ねてようやく一歩進む。そんな途方もない世界なのだ。

 

「そんな悠長な……! それでは平和になるまで何人の犠牲が出る!」

「だからと言って、すぐに解決できるものでも、解決するべきものでもありません」

「……! 堕ちたな、ラクス! 生まれた意味も使命も忘れて……! 出した答えがゆっくり平和になるのを待ちましょうだと!? あのラクス・クラインの言葉とは思えぬ!」

「わたくしはわたくしです。あなたがあなたの答えがあるように、わたくしにはわたくしの答えがあります」

 

 キラは再びディスラプターを使い、さらにオルフェの機体を切り裂く。フツノミタマを構え、オルフェに突っ込む。

 

「僕にだって答えはある……! 僕は戦う!

 ラクスと一緒に!」

「失敗作がわかったような口を……!」

 

 オルフェは応戦しようとして、ビームサーベルを振り回す。キラにあっさりと躱されて、そして。

 

「……オルフェ!」

 

 コクピットに、実体刀が突き立った。

 

「……なんで……私には……使命が……」

 

 火災が発生し、火花が散るコクピット内で、イングリットはシートを離れて意識を朦朧とさせるオルフェに近付いて抱きしめる。

 

「……オルフェ、もういいの」

 

 優しい声だった。もうすぐ死ぬというのに心が穏やかだ。

 

「……いんぐ、りっと……?」

「ええ。オルフェ。最期まで一緒よ」

「だっしゅ、つを……」

 

 ぎゅう、とイングリットはオルフェの頭を強く抱きしめる。今の言葉で、イングリットは今までが報われたような気になった。最後の最後、イングリットは自由だった。

 愛に資格が要らないなら、イングリットは間違いなくオルフェを愛している。

 愛しているのだ。

 

 爆発が意識を奪う最期の瞬間まで、彼女はオルフェへの愛に溢れていた。

 

 ――意識をふと、取り戻した。どうせあと僅かだというのに、命とは生に貪欲だ。アウラはぼんやりと目を開ける。動いているものは誰もいないグルヴェイグの艦橋内で、自分の血液が小さな球になってキラキラと光を反射している。どうしてこんなことになったのだろう。思い返しても何が悪かったのかわからない。

 

「ふふ……」

 

 アウラは今際の際に笑みさえ浮かんだ。だがまぁ……いいか。やっと解放される。やっとこの身体から抜け出せる。

 

 そういえば、とアウラはブリッジのコンソールに表示されたカウントダウンを見つめる。もう一分もない。アウラは力なく笑う。勝ちではないが、負けでもない。せめてオーブは道連れにしてやろう。何もかも……彼らの想い全て、台無しにしてやろう。

 そう思った次の瞬間、ミレニアムの全砲門が火を噴いてグルヴェイグの全てを消し飛ばした。

 

 ――レクイエム近傍。ゼウスシルエットを装備したアカツキが戦闘の落ち着いた宙域にやってきた。

 

「シン! こいつを使え!」

「おっさん、これは……?」

「おっさんじゃない! 本来お前のだ! レクイエムにはミーシャがいる! 行け!」

「わかった!」

 

 シンはデスティニーにゼウスシルエットを装備すると、レクイエム直上に急ぐ。レクイエムの直上ではミーシャのバスターフリーダムがまだ戦っていた。クーデターに参加したザフト軍がまだレクイエムを守るべく戦っているのだ。イザークとシホは投降してきたザフト兵をまとめ、ミーシャのビームに当たらないよう錯綜する戦況を整理するのに手を取られ、戦闘どころではなかった。だが、それでも問題なかった。イザークへ向かうビームすら、ミーシャは防いでみせたのだ。

 

「そんなにレクイエムが大事……? なら殺す。トーヤは……オーブはやらせない!」

「バレンタイン准将!」

 

 デスティニーの登場に、ミーシャの口がにんまりと笑う。長大な砲身を持つゼウスシルエットを見て勝利を確信する。

 

「シン! レクイエムの口を開けるから、あとよろしく!」

 

 ミーシャがシールドドラグーンを射出すると、円筒状にドラグーンをまとめて、レクイエムの陽電子リフレクターに穴を開けるように割り込ませる。

 

「シールドドラグーンの中を通して!」

「了解!」

 

 シンが砲身を構え、狙いを付ける。強固な陽電子リフレクターだが、ゲシュマイディッヒ・パンツァーに中和、妨害されてシールドドラグーンでできた円筒の中だけは無防備だった。奥にはレクイエムの本体が見える。

 

「いっけええええー!」

 

 シンは引き金を引いた。まっすぐ狙い通りに砲弾はレクイエムの砲口に命中し、奥深くにある反応炉まで到達。その直後、レクイエム全部を覆うほどの大爆発が起こった。

 ……その瞬間、敗北を悟ったザフト兵も戦闘行為を停止。あちこちで信号弾が打ち上げられた。

 

「……はぁ。なんとかなったか」

「准将、もう俺こんなの嫌です」

 

 ミーシャはコクピットシートに背を預けて、大きく頷いた。

 

「同感。イザーク・ジュール。クーデターはどうなったの?」

「プラント最高評議会は現議長が掌握した。クーデターは失敗だ」

「よかったね、反逆者が官軍になるようなことにならなくて。元反逆者の命令で戦うの嫌でしょ」

「……そうなればいいと、思うか?」

 

 そうなれば、ミーシャはイザークを殺していい理由ができる。

 だが。

 

「……ルミナに怒られるから、パスで。お前には今後長い人生、あの時シャトルを撃ち落としたことを一生後悔して生きてもらうんだから」

 

 ミーシャは首を振った。許したわけではない。アレは明確な犯罪行為だった。でも、自分の手で殺すことはやめた。

 

「……すまない」

「別に、許したわけじゃないから。勘違いしないで」

「ああ。わかっている」

 

 まだ油断はできない。警戒は続ける。だが今すぐ戦闘が続く……そんな状況ではなくなった。

 つまり戦闘は、ここに終結した。




次回Freedom編最終回。
最終回後は後日談を何話かやって、そして完結となります。
あと数日ですが、よろしくお願いします。
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