【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy 作:丹寺 錯視屋
爆発炎上するブラックナイトスコードカルラを、キラとラクスは見下ろしていた。見上げると、停戦の信号弾が次から次へと宇宙に放たれ、まるで花火のように宇宙を彩る。戦闘が、終わった。
キラとラクスに高揚はなく、憐憫もまたなかった。戦わねばならぬ相手と戦って、勝利した。敵は死に、自分たちは生き残った。二人は今日も明日も、生きていける。利己的かもしれない。でも自分たちのために戦ったのだ。そうするべきだと思ったから、戦った。正しいとは思わない。だが間違いだとも思わなかった。
キラはラクスと手を重ねる。
「キラ」
「ラクス」
二人は名前を呼び合う。それだけで胸が高鳴り、幸せがあふれる。ラクスはコクピットハッチを開けると、ずっと大事にしていた指輪を外し、宇宙へと棄てた。
「……いいの?」
「ええ。キラ、真に大切な指輪は、いただけるのでしょう?」
「まぁ、うん、もちろんだよ」
キラは照れくさそうに言った。コクピットハッチを閉めると、宙域を離脱して地球を目指す。
――ミーシャ達は全員並んでミレニアムに向かって帰還していた。
「……全く。アグネスったら」
「バレンタインじゅんしょー、どうすんですか?」
ミーシャはインパルスの手の中にいて大人しく運ばれているアグネスを思うと、どうしたものかとため息をつく。アウルの言葉はこの場にいる全員の疑問だった。
「隊長、まさか放り投げろとか言いませんよね?」
「ちょっ!? た、隊長、せめて銃殺刑で……!」
ルナマリアの言葉にアグネスは青い顔をする。
「……えっと、まずキラを撃ったのはラクスの命令があったからで、グルヴェイグにいたのはラクスがアコード達に賛同したと思っていたから。アコード達がラクスの信奉者に見えたので何も気付かなかった。で、救出された頃には自分は戦闘不能になっていた、と」
ミーシャはアグネスの言い訳を繰り返した。アグネスがどんな気持ちで裏切ってファウンデーション王国についたのは知らない。知らないが……。
「……ま、死ぬまではいかないと思うよ」
「え、許すんですか?」
「一応筋は通ってるし……」
「あ、あの! ご、拷問とかは……」
「アグネース、ミレニアムには僕ら大西洋連邦、ファントムペインしか知らない部屋があるの知ってる? そこにはたっくさんの道具があるんだ。何に使うか教えてあげよっか?」
「いらないいらないいらない! 隊長ごめんなさい!」
アグネスは顔からさらに血の気を引かせる。ミーシャは呆れたように言う。
「アウル、たちの悪い冗談はやめなさい。アグネス、そんな部屋あるわけないでしょ。まぁ、事情聴取は厳しくなると思うけど、尋問まではいかないと思うよ」
「ほっ」
アグネスは目に見えて安心して胸を撫で下ろした。ミーシャはその様子に苦笑すると、ミレニアムに通信をいれる。
「こちらバレンタイン隊。ミレニアム、応答願う」
「こちらミレニアム。……よく生きて帰ってきたわ」
「みんな生きてるよ。万々歳だね」
「ええ。本当にそう思うわ」
ミレニアムが見える。敵旗艦に艦首がぶっ刺さっている。また無茶苦茶な作戦を……。ミーシャはいっそ感心した。
「とりあえず敵旗艦の撤去作業からかな?」
また面倒くさそうな仕事だ。
だがまぁ、みんな生きているなら、何も言うことはない。もう戦闘は終わったのだ。
――オーブのとある島。その浜辺に、モビルスーツが一機、跪いた状態で待機していた。浜辺から遠い草むらにはパイロットスーツが2つ脱ぎ捨てられており、その周りにはたくさんの足形や、手形が残っている。足跡は浜辺の方に続いており、その先には裸になったキラとラクスの二人がいた。
二人は見つめ合って、隣り合って手を握っていた。
二人の間に言葉はなかった。だが、確かに通じ合っていた。やがて二人はお互いを抱き寄せる。浜辺に落ちる影が1つになった。
もう何も……二人の心の中にさえ、阻むものは何もなかった。
……それから。カガリはオーブの慰霊碑の前にいた。
彼女は目を閉じて祈りを捧げる。ここに眠る父とオーブの人々の魂に。先の事件で亡くなった人々の魂に。
……ふと、後ろから誰かが歩いてくる。カガリが振り返ると、そこにはアスランがいた。手には花束がある。
「アスラン」
「……少しは落ち着いたか?」
「いや」
カガリは苦笑する。
「まだどこも混乱ばかりだ。どこもかしこも、賠償と責任だ。だが……過激な意見はすっかり見なくなった」
あれから、幾ばくかの時が経った。ファウンデーション王国は再びユーラシア連邦の構成国となった。首都を核で撃たれ、復興と発展を成し遂げた首脳たちが軒並み戦死したのだ。残された民に大国の圧力を躱すことはできなかった。
プラントは先のレクイエム発射をクーデター派の独断としながらも、多額の復興支援金をユーラシアに支払うことになった。
そして、2発の核攻撃は誤射であるという発表と、賠償を大西洋連邦、オーブ、そして旧ファウンデーション王国領土に行うと発表した。
ブルーコスモスは最近とんと大人しい。ミケール大佐を最後に、テロを起こすような過激派はなりを潜めた。アズラエルとミーシャの働きであるのは明らかだった。
……つまり、今度こそ本当にどこも戦う余裕をなくしたのだ。
「コンパスはどうするんだ?」
「最低でも5年は凍結したままだ。総帥とその腹心が揃ってMIAで、パイロットを纏める隊長が休職という状態ではな」
5年。ミーシャが大人となり、自分の職を選ぶ年齢になるまでの時間だ。今彼女はようやく武器を置いた。完全にレクイエムを破壊したことで、彼女の恐怖も一区切りがついたらしい。
「……もう彼らは休むべきだ」
彼らはもう十分戦った。もうこれ以上、世界のために身と心をすり減らす必要などない。
「だがまだ世界は彼らを求めている」
「彼ら抜きの世界で、やっていくしかないんだ」
それに、今でこそラクスを、と、望む人々も数年も経てば大人しくなるだろう。良くも悪くも、世界は人一いなくなったくらいで立ち行かなくなったりしないのだから。そうでないなら、あまりに不健全過ぎる。
「……さぁ、行こうか、アスラン。まだ仕事がある」
「ああ。ずっと、隣で支える」
「ふふ。頼りにしてるぞ」
カガリとアスランは二人並んで、歩き出した。
――半年。
「……だから、この数式は……」
それはミーシャが同級生に追いつき、プライマリスクールの時のクラスメイトと同じ学校に通えるまでに必要だった時間だ。ミーシャはワシントンのミドルスクールでノートを広げ、授業を受ける。今の科目は数学。ミーシャにとってしてみればそう難しいものではない。
ミーシャは今回の騒動を通して超能力者として目醒めた。日に日にその力を自覚し、操作していくことに慣れている自分がいる。
なんというか、別世界に来たような感覚がする。見るもの聞くもの感じるもの全て、今までフィルターがかかっていたようだった。人の意志が、感情が、ぼんやりと感じ取れる。集中すればもっと深いところまで潜れる。それはまさしく、アコードが使っていたものと同じ力だ。こんな物を生まれた時から使えるのならそりゃ周り全部見下すだろう。
だがミーシャは違う。人の尊さを知っている。周り全部がくだらなく矮小な存在ではないと知っている。だから、新しい力も自然と受け入れていた。積極的に使うつもりもないが。
「……」
ミーシャは空を見る。宇宙。あそこで何人死んだんだろう。あんなにも青いのに、あの青の奥には地球すらちっぽけに思えるほど広大な、無限が広がっている。あの漆黒の海を思い出すと、ミーシャは恐怖でぶるりと震える。
……今キラは何してるんだろう。ラクスとのえっち楽しんでるのかな。好きだったアイドルが自分の知る男と身体を重ねていると思うとなんだか脳みそがおかしくなるような感覚がする。だが、それは祝福されるべきものだ。
「……バレンタインさん、聞いていますか?」
「え? あ、すみません。クライン総帥のこと考えてて」
「……そうですか。集中してください」
大西洋連邦としては、ラクス・クラインとキラ・ヤマトの両名は月での戦いで戦闘中行方不明……戦死扱いである。もちろんミーシャは真実を知っているが、何も知らない人から見れば、亡くなった戦友を想っていたように見えるのだろう。
「……」
まぁ、ただのラクスとして、生きられるのならきっとそれがいいんだろう。次に会うときはラクス・ヤマトかな。そんなことを考えると思わず笑みが溢れる。
ミーシャは再び授業に集中する。
レーダーを睨んでいた目は黒板を見て、戦況や命令を聞いてきた耳は教師の言葉を聞く。
人殺しのために最適な動きをしていた指先はペンを動かしている。そして授業が終われば、命令を発したり恨みや憎しみを零していた口で、クラスメイトと楽しくおしゃべりをする。
ミーシャは今、ただの学生として生きている。
未来は誰にもわからない。
SEED FREEDOM編完結です。後日談を1話だけやって、本作は完結となります。あと一日だけ、どうかお付き合いください。
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