【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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捕虜の返還

 脱出計画はミーシャ抜きで実行することとなった。サイ、トール、カズイ、ミリアリアの四人に格納庫までの通路に人がいないことを確認してもらって進み、格納庫についたらストライクでアークエンジェルから出撃。後方にいるヴェサリウスに連絡をとりラクスを譲渡する。そう言う計画だった。

 時刻にして深夜。と言ってもアークエンジェル内に夜も昼もないのだが。精神衛生上、乗組員たちは規則正しい生活を送るのが義務と言っていい。アークエンジェル内で深夜と呼ばれる時間では、通路の電気は消灯され、人通りもほとんど無くなる。

 そんな真夜中に、キラはラクスの部屋を訪れた。

 

「どちら様……? あら、キラ様」

 

 すす、と自然な動作でキラから距離を取ったラクスは、純真な瞳でキラを見つめる。その表情に害意がないことを悟ると、安堵したようにほほ笑む。

 

「こんな遅くにどうしたんですか?」

「静かに。君を逃がす」

「……え?」

「これ着て」

 

 パイロットスーツをラクスに渡しながら、彼女の手を引いて通路を移動する。道すがら、フレイ以外のキラの友人達とも合流し、脱走計画は進行していく。

 格納庫についたとき、誰にも気取られていないことを全員が安堵した。

 

「……みんな何やってるのさ」

 

 そのとき、格納庫の中から声がした。ふわりと浮いてきたのは、バスターのパイロット、齢10歳の女の子。ミーシャ・バレンタインだった。いつも通り、彼女はヘリオポリスで着ていた、よそ行きのおしゃれな服に身を包んでいる。

 

「……ミーシャ」

「みんな警報のこと気にしてた? 私が全部黙らせておいたから」

「……え?」

 

 ミーシャは気だるげな様子で、格納庫の出入り口を指差す。

 

「そこと、それからモビルスーツの前。あと何箇所か、侵入者を検知する警報機あるんだよ。マードック軍曹が言ってた」

 

 何かと可愛がられるミーシャはこの船……特に格納庫内の機器類はあらかた使い方を教わっていた。極限の機密であるモビルスーツのパイロットなのだ。機密など知らんとばかりにアレコレ教えるのだ。ここは彼女の庭みたいなものと言えるだろう。肝心要の整備自体は、まだまだ勉強中なのだが。

 

「ミーシャ……」

「――ねぇ、ラクス」

 

 ミーシャはラクスを見つめて言う。その表情に浮かぶのは羨まし気な、嬉しそうな、複雑な表情だった。

 

「――ラクスは、先に戦場から安全なところに行くんだよね」

「それは……」

「――別にいいよ。でもさ、そうだね……」

 

 ミーシャはしばらく悩むようなそぶりを見せる。それから、手のひらをラクスに向けて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「見逃してあげるから……賄賂頂戴」

 

 ミーシャは楽しそうな表情で言う。しかし、賄賂を要求するには、あまりに欲が見えない顔だった。何を考えているのかわからず、ラクスは聞き返す。

 

「賄賂……ですか?」

 

 ラクスは身一つでアークエンジェルにやってきた。何も持っていないのは彼女も知っているはずなのに。何を要求するのだろうか?

 

「そう。賄賂。――歌、作ってよ」

「……」

 

 ラクスは目を見開く。ミーシャは寂しそうな顔をして独白するように言った。

 

「私に向けた、私だけの歌。いつか、ラクス・クラインが……大好きな歌手が私のためだけに歌を作るかもしれない……そう思うだけで、きっといつまでも頑張れるからさ。どんなにつらくても。……ごめんラクス、冗談。嘘だよ」

 

 慌てたようにあたふたと手を振って発言を取り消すミーシャを見て、ラクスはキラから離れ、ミーシャのそばまで浮く。ミーシャの体を優しく、包み込むように抱きしめると、耳元で囁くように、あやすように言葉を紡ぐ。

 

「わたくしの騎士様。かも、ではありませんわ。賄賂ですもの。必ず、作ります。だからどうか、死なないでください」

 

 人となりを知った子供が戦場で散る……それを『地球軍だから仕方ない』と割り切れるほどラクスは達観していないし、人の死に慣れていない。

 

「私が生きるってことは、ザフトが死ぬってことだよ」

「わたくしも、ヴェサリウスに帰り、プラントへ帰れば……わたくしの安全は、地球軍の方の死の上になりたっていることになります」

 

 ラクスのイメージから離れた言葉に、ミーシャは目を瞬かせる。

 

「ラクス……?」

「わたくしは残酷な女です。見ず知らずのザフトの方が亡くなるより、見知ったあなたが亡くなる方が辛いのです」

「……そ、そんなこと、そんなことをラクスが言っちゃダメだよ。プラントの、お姫様が……」

「わたくしも人間なのです。それではいけませんか?」

「いけなくは、ないけど。――行ってよ。なんか、こうしてるとイケナイ気持ちになりそう」

 

 あらあら、とラクスはミーシャから離れ、ストライクのコクピットに近付く。ぶつかるまえに、キラが支えて、コクピットハッチを開く。中にラクスを連れ込むと、いつものようにモビルスーツを起動する。

 

「……キラ」

 

 少し顔を赤くしたミーシャが通信コンソールに表示される。

 

「格納庫のハッチを開けるまでは、気付かれずにいけるけど、流石にハッチ開けたらブリッジには気付かれるよ。たぶん酷いことになるから」

「え……?」

 

 キラは今更ながらに顔を青くする。酷いこと? 全く考えていなかった言葉に、ミーシャは呆れ返ったような声を上げた。

 

「何? こんなことして何もされないと思ったの? そんなわけないじゃん。死刑になるかどうかはわかんないけど、まあ……嫌なことにはなると思う。ま、それくらいは覚悟の上でしょ?」

 

 表示されたモニターでは、ミーシャがキラの友人たちを格納庫から追い出している最中だった。

 

「ミーシャちゃん……」

「いいからいいから。――あとそれからさ。戻ってこなくてもいいからね。アスランと……友達と仲良くやりなよ」

 

 ミーシャは戸惑うキラに構わず、格納庫を操作してしまう。ハッチが開き、宇宙空間がカタパルトの先に見える。

 

「アークエンジェルは私一人でも大丈夫! 行って!」

「格納庫! 何が起こっている!? なぜストライクが!」

「ごめんね、ナタルさん。――キラ!!」

「ミーシャ……!! ごめん!!」

 

 キラのストライクはカタパルトで射出され、即座に転身、後方にいるヴェサリウスの方へ向かった。

 

「……キラ」

 

 ミーシャはストライクのバーニアの光を見つめながら言った。賄賂だなんて悪者ぶってどうしたんだろう。――どうせこの後死刑なのにさ。ミーシャはこんな状況で唯一の安全策である人質を勝手に解放することがどれほどヤバいかちゃんと理解していた。

 それからしばらくして、武装したクルーたちを率いてナタルとムウ、ラミアスが格納庫にやってきた。

 

「……あ、ナタルさん」

「あ、とはなんだ、お前は一体……!」

 

 怒りより前に困惑が先立つナタルに、ミーシャは力なく笑って言った。

 

「銃殺刑って、布で目隠しってホントにやるの?」

 

 覚悟を決めた言葉に、一同絶句するほかなかった。

 

 ――

 

「キラ……。ミーシャさんは大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫。なにせ、あの船には僕とあの子、それからフラガ大尉しか戦力はいないんだ。無下にはされないよ」

 

 不安になりながらも、キラはラクスを安心させるように言う。……確かに自分のしたことはヤバいことかもしれない。でも、それでも我慢できなかった。間違っているとは思っていない。……それでも、もしかしたら死刑になるかもしれない。――もう行動は起こしてしまったのだ。後戻りはできない。

 意を決すると、キラは広域通信でヴェサリウスに呼びかける。

 

「こちら、アークエンジェル所属ストライク。人質の引き渡しをしたい! 要求は、イージス……アスラン・ザラが一人で来ること! 繰り返す――」

 

 要求を伝えると、しばらくしてヴェサリウスから赤い機体がやってきた。ビームライフルの銃口をイージスに向けると、通信を開く。

 

「アスラン・ザラだな」

「ああ」

 

 コクピットハッチを自分から開けたキラは、ラクスをアスランの方へと押し出す。

 

「……キラ……」

「行って。――元気でね」

「――キラ……」

 

 ラクスはアスランに抱きとめられると、キラに向かって叫ぶように言う。

 

「必ず、必ず歌いますとお伝え下さい、だからどうか生きてくださいと!」

「……伝える」

 

 アスランはラクスをコクピットの中に誘導しようとする。その刹那、キラの方を向く。

 

「キラ、お前もこい!」

「アスラン……」

「お前はコーディネーターだ! 俺達の仲間なんだぞ! 戦うのはあの悪魔にでも任せればいい!」

「……悪魔……?」

 

 キラはその言葉が誰を指しているのか、理解するのに数秒かかった。

 

「ミーシャちゃんのことを言っているのか……?」

「そうだ! あの悪魔は戦いを楽しんでいる! お前の友達は、きっとあいつが守ってくれる! だからお前はプラントに来い!」

「アスラン……僕は、僕はあの船で友達を守りたい――それに! 今は、あの子と一緒に戦うって決めたんだ!」

「なにを……!」

「あの子は! 僕の戦友だから! 僕一人で戦争から逃げ出すなんて、できない!」

 

 アスランはその言葉を聞いて、悲しそうな顔をした。

 

「……そうか。なら、次に会った時……俺がお前を討つ!」

「――僕もだ……!」

 

 ゆっくりと、、ゆっくりとアスランとキラは離れていく。キラがコクピットハッチを閉じるのと同時、ヴェサリウスからモビルスーツが発進した光が見えた。後方では、メビウスゼロが出撃したのも見える。

 

「……バスターは……?」

「今それどころじゃないんでね! 奴さん、来るぞ!」

 

 接敵まで秒読み、そういったところでクルーゼの機体に通信が入る。イージスからだった。

 

「クルーゼ隊長、お願いがあります」

「こんな時に……。何用かな?」

「わたくしは畏れ多くも追悼式典の代表としてここにいます。亡くなった方々を悼み、その無念を祈りによって慰めるのが使命なのです。どうか、わたくしの前で死者を増やすような真似をするのはやめてください」

「――それは……」

「それとも、わたくしの言葉では止まる気はないのですか?」

 

 鋭い言葉だった。先程まで……いや、アークエンジェルではどこか抜けた雰囲気のある少女と同一人物とは思えぬほどに、的確な言葉選びだった。仮にもプラントを代表する人間の言葉を拒絶して戦闘を続行するのは、さしものクルーゼをして不可能に近かった。そんなことをすれば尊敬も士気もガタ落ちする。

 

「――まさか。そうおっしゃるなら、仰せのままに」

 

 クルーゼはそう言うと、迎撃に出てきたムウにもわかりやすいように転身し、ヴェサリウスへと帰還する。

 

「……か、帰っていった……?」

「なら、俺達も帰るぞ。お説教の時間だ。お説教で済めばいいがな」

 

 キラも、ムウと共に転身し、アークエンジェルへと帰還した。

 

 ――アークエンジェルの一室。物々しい雰囲気の中、とある会議が開かれていた。ラミアス、ナタル、ムウ。それからキラとミーシャの五人だけだ。キラとミーシャは立っている状態で、ナタルとムウは相対するようにパイプ椅子に座っている。そして、キラとミーシャに相対するように座り、厳しい表情をするのは、ラミアスだ。

 まるで裁判か何かのような様子で――いや、まさしくこの場は裁判。軍法会議そのものである。

 ミーシャは当然として、キラにすらわからない軍規の数々を用いた言葉の応酬に、二人は全くついていけない。ナタルは何も見ず、ムウは軍規を片手に言葉を交わし合う。

 そして、判決は下る。

 

「……以上を持って、被告人二名は銃殺刑に処す」

 

 ラミアスが重々しく告げると、ミーシャは隣のキラの腕をポン、と軽く叩いた。彼の顔は真っ青を通り越して白くなっている。

 

「ま、しょうがないでしょ。ちょっと勝手しすぎたね」

「ミーシャちゃん……」

「死ぬときも一緒だよ、キラ。一緒に地獄に行こうね」

 

 ミーシャはキラの服の袖をそっと掴んで、勇気付けるようにして言った。キラだけが、その指先が震えていることに気が付いた。

 

「――しかし」

 

 ラミアスは痛む頭を押えながら、続きを言う。

 

「本法廷の権限が及ぶのは軍人に限るものであり、民間人かつ一時的な協力者である両名に、本判決は適用されないものとする」

 

 その言葉の意味を理解するのに、ミーシャはたっぷり五秒を要した。

 

「――死ななくていいってこと?」

「そういうこった。もう勝手しなさんなってことだよ」

「……ほっ」

 

 キラは明らかに安堵した様子だった。それもそうだろう。自分がラクスを助けると決めたせいで年下の戦友が銃殺刑……トラウマものである。もしそうなった場合、ミーシャの隣にはキラもいるのでトラウマも何もあったものではないが。

 

「ミーシャ。気持ちはわかるが一言相談してほしかった。我々は確かに彼女を人質に取った。しかし、だからといって骨の髄まで利用する気はなかったのだ」

「……それならそうと言ってよ」

「言う前に、お前たちは行動を起こしたのだ。反省しろ」

 

 ナタルの言葉に、ミーシャはしばらく膨れていたが、気を取り直すと、3人に向かって頭を下げた。

 

「ごめんなさい。勝手なことをして、みんなに迷惑かけました」

「ごめんなさい! 僕、勝手なことをして……!」

「――いいのよ。私達大人も、あなた達の信用を損なう真似をしてしまったわ」

 

 ラミアスは制帽を机に置くと、空気を変えるように話題を変えた。

 

「聞いたわよ、ラクス・クラインに賄賂を要求したんですって?」

「なんだと? 彼女が何かを持っていたのか?」

「ナタルさん、そんなんじゃないよ。いつか私のために歌を作ってほしいなって言っただけ。歌姫だし忙しいだろうし、メロディー作り始めた頃にはきっと私死んでるよ」

 

 ミーシャはなんでもないかのようにそう言った。ラミアスもムウも、なんと声をかければいいのかわからない。

 

「せっかく銃殺刑になりかかってまでしたんだ。歌ができるまで生きなければ、賄賂を受け取った意味がないではないか」

「――それもそうだね。頑張って生き残らないとね」

「その意気だ」

 

 ミーシャとキラは程なくして解放された。部屋の外には、トールとミリアリアがいた。サイの姿もある。

 

「キラ、ミーシャちゃん、どうだった?」

「僕たちは大丈夫」

「お咎めなし! ……なのかなぁ? みんなは?」

「マードック軍曹にしこたま怒られたよ。お前ら捕虜逃がすなんて何考えてるんだー!って。トイレ掃除一週間だってさ。格納庫動かしたのほとんどミーシャちゃんなのに」

「私もマードック軍曹には叱られちゃったな。こんなことのために教えたんじゃないって」

 

 ……その時、ミーシャは何故格納庫の操作方法を教えられたのかを伝えられる。本当に何もかもが嫌になった時逃げ出せるように、ということだった。それを聞かされたとき、嬉しいやら呆れるやら、すっごい複雑な心境になった。

 

「……でも、キラも気をつけてよ。ヴェサリウスは多分ラクスを安全なところに逃がすために前線には来ないと思う。でもブリッツとかいるガモフの方は――多分襲ってくる」

「……うん」

 

 新たな戦いはもうすでに見え始めていた。

 

 ――ヴェサリウス艦内。ラクスは艦内でも上等な一室が与えられていた。これの上となると艦長室くらいというVIP待遇である。

 アスランはラクスを部屋にエスコートすると、そそくさと部屋を辞そうとする。あんまりな態度の婚約者に、ラクスはその背に声をかける。

 

「アスラン、少しお話していきませんか? ほら、ハロも久しぶりにあなたに会えて、嬉しそうにしていますし」

「――職務があるので。それに……、ハロにそんな機能はありませんよ」

「――キラ様のお話はどうでしょう?」

 

 ラクスが話題を振ると、アスランは面白いくらいにくいついた。

 

「――あいつは、キラはナチュラルの船でどんな扱いをされていたんです?」

「扱いも何も……立派にパイロットとして頑張っていらしたわ」

 

 それを聞いてアスランは露骨に顔をしかめた。まぁ、それもそうかとラクスは納得する。なにせキラが頑張るということはすなわち、ザフトの仲間が死ぬということなのだから。

 

「……あいつはバカなんです。きっと、頑張れば認めてもらえると思って……利用されてるとも知らずに……」

「アスラン。あなたと戦いたくないともおっしゃっていました」

「――俺もですよ」

 

 ハッとなったアスランは、ペコリとお辞儀をする。

 

「話しすぎました。では、失礼します」

「……ここには誰もいないのですよ?」

「それでも、私はアスラン・ザラで、あなたはラクス・クラインです」

 

 ラクスは寂しそうな顔をする。去り際に見せた辛そうな表情に、思わず声を掛ける。

 

「つらそうなお顔ばかりですのね」

「――ニコニコ笑って戦争なんてできませんよ」

 

 今度こそ部屋を出ようとした、その時。

 

「……それでもミーシャさんは、笑っていらしたわ」

「――奴なら笑えるでしょうね。悪魔なんですから」

 

 プシュ、と音がして扉がしまった。

 ――悪魔。

 ザフトで噂になりつつある、連合の悪魔。大天使を守護する魔弾の悪魔。

 まさしく悪夢と言えるだろう。先の戦闘では、アークエンジェルに4機で取り付いて、バスターの意識が向いた数秒後には、残った機体はブリッツたった一機なのだ。

 ヘリオポリスでは拙かった操縦も、度重なる死闘と幾回も重ねられるOSのアップデートにより洗練され、今や一端のパイロットだ。幼いがゆえの習得の速さに、命の危機というガソリンが追加され、ミーシャの成長速度はコーディネーターをも越えるほどになっている。

 故に、語られる。

 

 かの悪魔と同じ色なら、見られたその日が最期、と。

 

 ――ラクスの返還から数時間。アークエンジェルは第8艦隊を目標に、月への軌道を進んでいた。

 ミーシャ達のアークエンジェルの戦力はコクピットに待機し、各々中で会話を楽しんでいた。予定では、今から第8艦隊と合流するまでに一戦あるという予想だった。

 

「……そろそろ第8艦隊だよね。また全滅しかかってるってないよね?」

「そういうことを口にしなさんな。現実になったらどうする」

「はーい。それでキラ、ホントに辞められそうだね、人殺し」

「……うん」

 

 キラはミーシャのこういう物言いが苦手だった。露悪的というか、悪ぶるというか。歯に衣着せぬ言葉の数々がキラの感情をささくれ立たせる。

 ――自分のしていることをこれでもかと突きつけて来る単語が、特に苦手なのかもしれない。

 

「また戦闘前に暗い顔してる。気合で負けたら勝てるもんも勝てないよ?」

「……そうだね」

 

 キラの表情は暗いままだった。

 

「ムウ! こういう時どうすればいいのさ!」

「こういうときはカワイコちゃんに慰めてもらうのが一番なんだが……なんてな。坊主、こればっかりは嬢ちゃんの言うとおりだ。気合で負けるなよ」

「――はい」

 

 しばらくして、艦内に警報が鳴り響く。

 

「……来た」

 

 通信が開いて、ブリッジからオペレーターが映る。

 

「キラ、ガモフが来てるわ。出てくるのは三機。ブリッツ、デュエル、狙撃タイプのジンよ。」

「ヴェサリウスは……?」

「確認されてないわ」

「ハウさん、行ってくればいいんだよね」

「ええ。もうすぐで第8艦隊とも合流よ。そうすれば私達の勝ち!」

「そりゃいいな。ゴールが見えてるマラソンほど楽なもんはねぇ」

 

 キラ、ミーシャ、ムウの3人は各々出撃準備をしながら言う。

 

「うえー……マラソン苦手……」

「軍に入ったら嫌でも死ぬほどやることになるぜ」

「うえー、やだやだ。――だから、これで最後にしたいな」

 

 目の前にある格納庫のハッチが開く。カタパルトの先に、無限に広がる宇宙が見える。こんなにきれいなのに。こんなにキレイなところで、今から殺し合いをするんだ。

 

「――ミーシャちゃん、出撃許可出たよ! 発射タイミングをミーシャ・バレンタインに譲渡!」

「受け取ったよ。ミーシャ・バレンタイン。バスター、行ってきます!」

「キラ・ ヤマト、ストライク、行きます!」

「ムウ・ラ・フラガ、メビウスゼロ、出るぞ!」

 

 三機が宇宙空間に飛び出す。前方のガモフからも三機が出撃したのが見えた。

 

「さぁ、みんな行くよ!」

 

 仲間とのランデブーまで、あと少し。頑張らないと。

 ガモフ指揮下の三機と、アークエンジェルのモビルスーツ隊がぶつかる。最初は両者共遠距離からの射撃合戦から始まった。ディアッカ乗り込む長距離強行偵察複座型ジンは、その手にしている狙撃ビームライフルをバスターに向けて撃つ。対するミーシャのバスターも、長距離狙撃型ビームライフルに変形させた武装を構え、ジンを狙い撃とうとする。ジンの射撃はバスターの肩に当たりミサイルが誘爆。肩部アーマーが丸ごと吹き飛んだ。

 

「キャアアアアッ!」

 

 対するジンも無傷ではなく、バックパックの特徴的な羽のようなパーツに直撃、推進剤のほとんどが爆破され、航行能力の大半を失った。

 

「――怖い……。けど、簡単に死ぬもんか!」

 

 ミーシャはムウのそばに寄り、耐久力の低いメビウスゼロの援護に回る。ジンとデュエルがミーシャのバスターに襲いかかる。

 

「今日こそ落とぉす! 悪魔め、ここで滅べ!」

 

 デュエルのビームライフルをなんとか回避し、残った肩のミサイルを一斉に発射する。爆炎に紛れて散弾を放ち、負荷をかけていく。今でこそダメージは与えられないが、こうした攻撃はデュエルの継戦能力に大きな影響があるだろう。目に見えて射撃の間隔が減った。

 

「小癪な真似を……! 生意気なんだよ! ナチュラルがモビルスーツなど!」

「そんなロボットで私に刃向かう気!? 一番弱っちく見えるよ!」

 

 もはや残った武装は散弾とビームライフルのみ。だが、ミーシャにとってそれだけあれば十分だった。

 ムウのメビウスもミーシャのフォローをして、ガンバレルの手数で敵を圧倒する。だが決定打には至らない。長丁場になりそうな予感がしていた。

 ……ストライクがミーシャ達の援護をしようとしたその時、すかさずブリッツがミラージュコロイドを使い透明化。ビームライフルをアークエンジェルに撃った。

 

 ――その瞬間、キラの脳裏には轟沈するモントゴメリが、ありありと目に浮かんだ。同じように宇宙の藻屑となるアークエンジェルが、幻視のように強烈にイメージされる。

 

「僕は……! アークエンジェルは――殺らせない!!」

 

 まるで、種子の殻が弾けるような感覚。研ぎ澄まされた世界。

 神経一つ一つが完璧に制御されたような、高度で神秘的な体験だった。

 したいことと、すべきこと。それらを達成するための方法が最も効果的で最も短時間でできる手法が手に取るようにわかる。不思議な万能感。だが、その身体的な感覚に反して、精神は酷く遠かった。まるで自分がどこか遠くにいるような……。だがそれでもいい。

 アークエンジェルを、守れるのなら。

 

 アークエンジェルの散弾弾頭のミサイルによって位置をあぶり出されたブリッツに向けて、キラはエールストライクの推力に任せて突撃する。減速しきれない速度でブリッツに突っ込み、思いっきり膝蹴りをコクピットにぶち当てる。

 

「――っ」

 

 振動と衝撃でニコルは一瞬操縦ができなくなる。その隙を見逃すキラではない。ビームサーベルを抜き放つと、態勢を立て直しきっていないブリッツのコクピットに突き入れようとする。

 

「やめろおおおお! ストライクゥゥ!」

 

 無理矢理ミーシャとムウのマークから突破してきたデュエルがストライクに牽制射撃を加える。キラは邪魔者を見つけたかのような様子で進路をデュエル方面へ変更すると、頭部に備え付けられたバルカン、イーゲルシュテルンを放つ。回避しようと機体を動かした先に、ビームライフルを射撃。デュエルのライフルを撃ちぬいた。

 

「クソッ! なんだ奴の動きは!」

 

 ビームサーベルを抜くと、デュエルはストライクに切りかかる。だが、キラはそれを読んでいた。あっさりと盾でサーベルを凌ぐと、抜刀していたビームサーベルでデュエルの胴を薙ぐ。

 

「ちっ」

 

 サーベルは元々火力が高いからと出力を下げてエネルギーを節約する設定にしていたために、デュエルの胴を切り裂くには至らず、ビームの刃は装甲を焼き、胴体半ばでとどまっている。攻防の間に態勢を立て直したブリッツがキラに向かう。

 

「やらせるもんかぁ!」

 

 すかさず、ミーシャから援護射撃が飛んでくる。ミーシャの射撃はブリッツの右腕に装備された大きな盾の内側に命中。派手に爆発したあと、ブリッツの右腕は大半が吹き飛んでいた。

 

「なっ……!」

 

 ブリッツの武装は大きく4種類あり、そのうちの3種類が右手の盾、トリケロスに集約している。次から次へと武装を切り替えられる利点はあるものの、こうして右腕が吹っ飛んでしまうと、戦闘能力はガタ落ち、もっというならフェイズシフト装甲を突破する手段を完全に喪失する。

 

「ニコル! クソッ、悪魔め!」

「――!」

 

 デュエルの意識がストライクからミーシャに移り、ミーシャに向かって加速を始める。エールストライクはあっさりとデュエルに追いついて、回り込む。

 

「何っ!?」

「もう、誰も死なせない、死なせるもんか!」

 

 腰のサイドアーマーからアーマーシュナイダー……ナイフを取り出すと、むき出しになっている胴体の故障個所を正確に突いた。激しい火花が散って、デュエルの動きが停まる。ニコルには痛みに呻くイザークの悲鳴が聞こえていた。コクピットの一部が爆発して負傷したらしい。ニコルの判断は早かった。

 

 

「――もう無理です! ディアッカ、イザーク、撤退しますよ!」

「援護する!」

 

 ニコルはイザークの機体を掴むと、全速力で戦場から退避しようとする。追いかけようとするキラとミーシャ、ムウをディアッカの牽制射撃が阻む。

 

「モビルスーツ隊、帰投して。深追いは禁物よ。ガモフとやり合ってもしょうがないわ」

「……はぁ、はぁ、りょ、了解」

「キラ、大丈夫?」

 

 キラは明らかに疲労した様子だった。まるで鬼神のような神がかった正確性と、荒っぽい戦闘に、ミーシャは驚いていた。キラはもっと繊細でスマートなやり方をすると思っていたのだ。

 

「僕は、大丈夫。ミーシャちゃんこそ、大丈夫?」

「ん、バスターの肩がふっとんだくらい」

「そっか……よかった」

「坊主! 嬢ちゃん! 二人ともよくやった! 流石は俺たちの守護天使さまだな!」

「守護天使だって、キラ」

 

 はは……、とキラは浮かれる二人に愛想笑いを返すことしかできない。

 

 ――疲れた。

 

 キラの視界には恒星の光とはまた別の赤い光……第八艦隊の光が見えた。やっと出会える味方だった。




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