アコに転生してもうすぐ一ヶ月。いつも通り朝の会議に参加し、いつも通り書類とにらめっこし、いつも通り問題児達の対処をする…
その繰り返し。最初の方こそ感動や困惑で振り回されることが多かったけど、最近はもう慣れてしまった。もう銃を構えることなんてお手の物だ。
…そういや、今ってどれぐらいのタイミングなんだろうな。生徒達の学年はゲームとおんなじだし、この前FOX小隊がワカモを捕まえたなんてニュースも流れてた。本編開始が目前に迫っているのは間違いないんだろうけど。
そろそろ連邦生徒会長が失踪して先生が来る頃かな~とかのんきに思いつつ、今は委員長室でヒナ委員長と一緒に連邦生徒会への提出書類の準備をするため作業している。
ちなみに現段階では連邦生徒会長はいる。マジでアロナがそのまんま成長した感じの見た目である。何度かクロノススクールの中継で見かけた。
噂では連邦生徒会でも大部分の業務をしているらしく、生徒会役員のみならずこのキヴォトスの生徒も全幅の信頼を寄せている…らしい。正直良く知らん。
いや、DU周辺の学校ならまだしも、連邦生徒会が拠点にしているサンクトゥムタワーはゲヘナからそこそこの距離があって、その恩恵が受けづらいのだ。
なんならゲヘナ生徒は生徒会交通室管轄の交通機関を爆破させたり、DUで騒ぎを起こして調停室のお世話になったりすることも多いため、むしろ嫌われている節がある。委員長と一緒に謝罪行脚に行ったんだけど、全然相手にしてくれなかった。
その所為か分からないが、この前だって申請書の査定がクッソ遅かったし。
だから僕としては正直、連邦生徒会および生徒会長自体には良いイメージを持っていない*1。まぁ向こうもそうなんだろうけど。
「…ふぅ。こんなところですかね。委員長、こちらは最終チェック終わりました。そちらはどうですか?」
委員長は一際大きな椅子に座って、驚異的な早さで目を通して書類にサインしていく。
先ほどまで念のためダブルチェックをしていたが、どの書類にもミスが全く見られなかったので驚きだ。どっかの誰かみたいに漢数字やローマ数字を使うことも、ハンコの押し方を間違えてることもない。
いやほんと、僕からしたらヒナ委員長こそが『超人』だよ。いつだって完璧ムーブで、その内面を悟らせない。
僕だって、エデン条約編のシナリオを読む前は知らなかったし、その性格を知っている今でも騙されそうになるぐらいだ。
…でも、委員長は最近、どことなく表情が分かりやすくなった気がする。
甘い物を食べたら0.5ミリは口角が上がるようになったし、見回りのときに野良猫を見かけると話しかけながら優しく撫でていた。
当然僕は隠し撮りして、風紀委員内に存在する委員長ファンクラブに共有している。
独り占めするのも良いが、そんなことしたらファンクラブの会員たちに恨まれてしまうからね。芸術は人の目に触れてこそ価値があるのだ。
当然風紀委員の機密情報が漏れることのないよう何重にもチェックしてはいるが、おそらく委員長にバレたら割と本気で怒られる。でもやる。
そう、僕の熱心な布教も相まってか、委員長ファンクラブを発足するまでに至ったのだ。
そこでは昼夜問わずヒナ委員長についての情報共有や妄想の垂れ流し、そして熱心な夢女たちによる夢小説の投稿などが行われている。
もともと風紀委員の内外で、ヒナ委員長のビジュアルと圧倒的な武力のギャップにやられていた
そこに僕が内面の可愛さまで垂れ流し始めたため、荒れ狂うオタク達が誕生した。そして僕はファンクラブの名誉会長である。バレたら本当に怒られると思う。
だが、迷い込んだイブキの爛漫とした振る舞いに翻弄される委員長の動画を共有したときには、会員の風紀委員達が暴動を起こして行政官の座を狙われることになった。
皆委員長の側にいれる行政官という地位が羨ましいらしい。まぁ絶対に譲りませんが。
「こっちも終わりよ。連邦生徒会に提出する分はこれで全部かしら?」
「はい。お疲れ様でした、委員長。…お昼休憩から時間も経ちましたし、少し休憩しましょうか」
そう言って、用意していたトリニティのお茶菓子とコーヒーを委員長に差し出した。
…そう、「トリニティ」の。
最近連邦生徒会へ書類を提出する機会が増えているのは、連邦生徒会長より例の条約の提案を持ちかけられたためである。
そしてこのお茶菓子は、連邦生徒会の役員が「トリニティにもこんな感じで良い物ありますよ~」的な感じで、文化交流による懐柔を狙って持ってきてくれたヤツだ。
別にそんなことしなくても、僕と委員長は条約に反対するつもりなんて無かったけど。
内容には風紀委員会と正義実現委員会の業務提携とか書いてあったし、委員長の負担が軽減すること間違いなしだ。
この前ゲヘナとトリニティの抗争発生件数比較のグラフを見る機会があったけど、冗談抜きで10倍ぐらいゲヘナの方が多かったからな。
業務提携なんてしてしまったら、明らかに正実側の負担がデカすぎるのだ。普通に不平等条約である。…まぁ、向こうが良いなら良いんだけどね。
委員長は小さな声を漏らしながらのびをして、机の上に置かれたお菓子の箱からマドレーヌを取った。
そのまま封を切り、その小さなお口でもそもそと食べ始める。ん゛ん゛か゛わ゛い゛い゛!゛!゛!゛
流石に目の前で写真を撮る訳にもいかないので、心のカメラで連写しておく。ファンクラブ会員の同志達よ、すまない…今度自慢するから許して。
…しかし、エデン条約は要注意だ。
その理由は単純明快。公式が4thPVの中で魅せやがったバッドエンド集。詳しい説明は省くが、あの半数近くがエデン条約編絡みである。
そりゃ僕だって全ての生徒が幸せになってほしいが、残念ながら僕はゲヘナ学生。当然活動可能範囲なんて制限される。
そのため各学園の生徒に自由に干渉が出来るシャーレの先生が頑張る必要があったんですね。だから早く先生来てくれ(切実)
うろ覚えなんだけど、確かエデン条約の話が連邦生徒会長から提案される前にはもう聖園ミカとアリウスの間で接触はあったんだっけ?
どうしよ、ミカに電報でも入れて辞めさせる?いや、そんな直接動いて解決できたら世話ないか。そもそも
…てか、僕がトリニティ側に介入したところで、事態が好転するポイント無くないですか?
エデン条約はゲヘナとトリニティ間の平和を目指す取り決めって言われてたけど、本編では主要生徒は軒並みトリニティ(+アリウス)だったし。
バッドエンドスチルとか振り返って考えてみても、「浦和ハナコ」の退学や「白洲アズサ」の殺人を食い止める方法が分かんない。突き放すような言い方で申し訳ないが、あれらはほとんど向こう側の事情で、ゲヘナのゲの字すら出てこなかった。
「…アコ、さっきからどうしたの?ニヤニヤしたと思ったら真剣な表情して。何時にも増して変よ?」
「いえ、例の条約について考えてまして」
「そう…」
ずっと黙ったままだったのを不審に思ったのか、不思議そうに委員長から話しかけられた。返答を聞いても訝しげな表情を浮かべたままだが、取りあえずは納得したようでマドレーヌを食べ進める。
…すると中にはホイップクリームが入っていたようで、予想外だったらしい委員長は口元にクリームをつけたまま少しだけ目を見開き、驚きの表情をあらわにした。
あ゛ぁ゛!゛か゛わ゛い゛い゛!゛…心のカメラで永久保存します。
委員長+スイーツという構図だけでも絵になるのに、口元にクリームのちょびひげがプラスされると人を殺しかねない威力だ。
委員長!可愛すぎる自覚はあるんですか!反省して下さい!
あぁ、駄目かも。鼻血出てきた…
後ろを向いて鼻にティッシュを詰め、名残惜しいが口元を拭ってもらうために委員長にも渡す。
受け取った委員長は小さくお礼を言ってくださったが、鼻に詰めたティッシュに気がついたのかぎょっとした表情で二度見する。
「…アコ、それどうしたの」
「いえ、エデン条約を考えるあまり頭に血が上ってしまいました」
「そう…」
委員長は困惑しながらも、ひとまずは納得したようだ。食後にコーヒーを口に運び、一口味わう。
あぁ、僕が淹れたコーヒーを、今日も委員長に飲んでもらえる…この事実だけで僕の魂は楽園に導かれたかのように踊り出すのだ。
そう、楽園といえばエデン。エデン条約について話を戻そう。
先生は来てくれる…と仮定して、僕が対処しないといけない山場なのは3章である。一応2章でも風紀委員の役目はあるが、あれはどちらかというと美食研究会の役割。そこまで心配する必要は無いだろう。
問題の3章では、エデン条約そのものが歪曲されて奪われてしまう。それによって戒律の守護者である「ユスティナ生徒会」が、トリニティとゲヘナを条約を乱す危険分子として認識して攻撃するようになる、という内容だった。
前回のアコがたどり着いた終着点への分岐は、ここで先生が死亡するか否か、と言っていたはずだ。
つまり僕はここで何としてでも先生、延いては委員長をお守りしなくてはならない。
幸いにも僕は既にエデン条約において、いつ、誰が、何をするかまで詳しく知っている。
そのためやりようによっては事前に委員長や先生に事の裏側を知らせることだって可能なのだ。
だが、ここで
だからどこまで干渉するべきなのか、そして僕の身の振り方はどうするべきなのか…慎重に考察する必要がある。
そうだよなぁ…3章時点ではアリウス達になんやねんこいつらとか思ってたけど、4章後には「幸せを分からせたい」とか思うようになってたからなぁ。
調印式で彼女たちをボコボコにしたら今度はアリウスがバッドエンド直行になってしまうし、ミカが他のティーパーティーや先生と完全に和解する道がなくなってしまう。そして過ちの理由をアリウスに押しつけ、正当化することで自らを保とうとするだろう。
…やっぱり理想は先生が来て、なんとしても本編を沿ってもらうことなんだけど。万が一ということもあるしなぁ…うーん。
思考が完全にシリアスモードになり、腕を組んで思慮の沼に沈もうとする。
…だが、僕は完全に気を抜いてしまっていた。
あろうことか、見逃すべきでない事象に気づくことが出来なかった。
唐突だが、委員長は小食である。あの体型だ、胃袋だってそれほど大きくないのだろう。
言い換えると、委員長は少しの量でお腹がいっぱいになるのだ。
先ほどのマドレーヌを食べ終わり、満腹になってしまったのだろう。
目前には、うつらうつらと船を漕ぐ委員長の姿が!!
――人は感動的な光景を目の前にすると、衝撃で言葉を失ってしまうと聞いたことがある。
僕だって、この時間、この光景を表現できる言葉を見つけることが出来ない。
…あっぱれですヒナ委員長。僕はこの光景を生涯忘れることはないでしょう。
感動で涙が頬をつらつらと流れてしまうが、それ以上に内なる母性が爆発して、女性ホルモンがあふれ出て止まらない。
…なんか今なら母乳が出そうな気がする。
もう元男とかどうだって良い。ヒナ委員長は僕がお腹を痛めて産みました。僕が母親です。
どうしてアコがあんなイカれた格好してたのかようやく理解したわ。あれ簡単に授乳できるようにするためだったんだ!
えっ、横乳出した方が良いかな?今なら絶対出る気がするよ。
…さっきから真面目なこと考えているのに、委員長を見るたびその考えが吹き飛んでしまう。
委員長は他人の情緒を狂わせる能力持ちなのか…?あっ、駄目母乳出る…
「――ふふっ。やっぱりアコ、面白いわ」
(薄目でこちらを見ながら微笑む委員長の独り言は、狂いすぎてポーカーフェイスを保てず表情が変わりまくる僕には届かなかった…)
(…補足だが、母乳は出なかった)