生徒達の攻撃範囲を、その指で、あるいはマウスのカーソルで指定する。画面の前で「先生」として指揮していたあの感覚と遜色ないほどの快適な指示が出せることに、心からの喜びを感じた。
以前モブちゃん達を指揮したときとは比べものにならないほど、効率的な戦闘行動を組み立てていると自分でも分かる。敵を簡単に制圧するこの感覚が心地良い。
アカネが設置した地雷で先発隊を瓦解させ、その爆発によって出来た遮蔽物の影にカリンを配置。
ネルとアスナが敵陣で暴れている間に、十分な距離を確保したカリンが
指揮系統が崩れてしまった敵勢力は、仮に膨大な量であったとしても烏合の衆。
指示がなければ…基本は無策に突進してくるのみ。それが特別な訓練など受けていない警備用オートマタならなおさらだ。
後は下がって陣形を組み直し、向かってくる敵を的確に処理していけば迎撃は可能。
カリンには武器の持ち替えを指示し、一体ずつ、されど倒れ伏した相手がバリケードになるよう射撃を続けさせる。
時間経過と共に周りに積み上がる戦闘不能のロボの山。頭に浮かぶ戦闘画面、その右上に表示される残敵の数は7まで減っていた。これならいけるッ!
アカネにはバリケード死体の山を手榴弾で吹き飛ばしてもらい、向かってくる小隊の全貌がはっきりと捉えられるようお掃除。
そして最後、急に開けた視界への反応が遅れた敵が迎撃態勢に入るよりも素早く、ネルは
2コストが消費される感覚、それと同時に放たれるサブマシンガン故のたたみ込むような連撃。
薬莢が散らばり、されど敵も溶け落ちていく。
「オラァ!戦う相手を間違えたなァ!…これで全部か?」
「えぇ、増援もございません。清掃完了です、お疲れ様でした」
ネルの最後の一撃で、残ったオートマタ達は全て戦闘不能となった。
その様子を確認した一同は、小さく息を吐き、抜いていた全身の力を抜いた。
僕は皆を見回し、戦闘で負った怪我を確認する。
コユキは僕に肩を貸してくれていたため、被弾のひとつも無い。同じく後衛のアカネも無傷だ。
本来の戦闘スタイルでは後衛のカリンは、慣れない近接戦闘で多少の反撃は喰らっているよう。
そして前衛の二人だが…アスナはその轟運故に全くの無傷。正直理解しがたい。
ネルも基本的には回避で敵の攻撃を凌ぐタイプの生徒なので、いくらかの被弾はあれど目立った外傷はない。やっぱりタフだなぁ。
「アコさんの指示、戦闘がやりやすい、なんて話じゃなかった。元々近接戦闘はそんなに得意じゃなかったけど、倒した敵から拾った短機関銃であそこまで戦えるなんて」
「私も勘に頼らなくて、こんなに戦闘が簡単だったの初めてかも!」
「…私としては、風紀委員会にあそこまで我々の身体スペックを把握されているとは思っていませんでした。なんと言いますか、少し不服ですね」
C&Cの皆が指揮への感想を述べる。数的有利はなく、かつ場所だって相手の腹の中だったため、本当にギリギリの戦いとなったが、皆の戦闘スペックが高かったおかげでなんとか勝利。視線が集中しているのを感じ、肩で息をしながらも笑顔で返す。
「C&Cの皆さんが頑張ってくださったからですよ。…あんな土壇場で信じてくださってありがとうございます」
僕は普段のC&Cがどんな感じで戦っているのか実際に目で見たことがあるわけじゃないから分からないけど、やっぱり
それでも、互いに情報として知っているとは言え、ネルが指揮を許可してくれたことが意外だった。
そんな事を思っていたのが視線で伝わってしまったのか、ネルは額に汗をにじませながらも不敵に笑う。
「ケッ。…そこの自分の事ばっかりのチビが、短時間でお前を庇うぐらい懐いたんだ。少なくとも表面上では悪い奴じゃねぇってな。それに、アカネが任せたんだったらあたしは何も文句はねぇよ」
「そんなこと言っちゃって~。リーダー、戦ってるときすっごく楽しそうだったよ!」
「まぁ私も、珍しく戦闘で心置きなく爆破が出来ましたし。でもゲヘナでは、気絶した敵でバリケードを作るなんて戦法があるんですね。新鮮な機会です」
「気絶させた相手からとはいえ、命と同じくらい大切な銃を奪うなんて。さすがはゲヘナ、人の心がない」
「いやあれはレアケースですよ!?いくらゲヘナでもそんなに倫理観に欠けた戦闘は行いませんって!」
酷い言い様だ。一体ゲヘナのことをなんだと思ってるんだ。今回が特殊だっただけで、普段は死体でバリケードなんてしない…しないよね?
戦闘前はあんなに険悪だったのに、それぞれが微笑みながら笑い合う。昨日の敵はなんとやらだ。
ネルも「戦闘中のあの指示は良かった」だの、「あんなに戦場が見えてる指示、どうやったんだ?」だの、小突きながら絡んでくる。僕としては先ほどまであんなに怖かったからその印象が抜けきれずビビリを禁じ得ないが、少なくともあのときのクソ恐オーラはなくなっているから一安心。
ピコン
ふと、アカネのスマホに連絡が入った。彼女はそのままスマホを取り出して画面を見つめた後、この場の全員に聞こえるようはっきりと呟く。
「ユウカより、「白兎の確保が済んだら、面倒事を起こさないうちに速やかに帰還して」とのことです」
「どうする?面倒ごと、もう起こしちゃってるけど。主にリーダーの早とちりのせいで」
「うっ…だからそれは…わ、悪かったって…」
カリンからの指摘で、顔を赤くしながらそっぽを向いてしまうネル。ぶっちゃっけ襲われたときは本当に死ぬと思ったが、まぁあれはシチュエーションとか僕の言葉も誤解をまねきかねないものだったし、なによりゲームからの知識で、彼女が本当は面倒見のいい優しい子であることは知ってるからなぁ。
「結構本格的に死を覚悟しましたし、色々請求してもよろしいのですけど…まぁあれは、こちらの言葉も悪かったのでおあいこですね」
今も蹴られたおなかとか右手の甲は焼けるように痛いけど、これは僕が我慢すればすぐに治るはずだ。
なにより、「ゲヘナの行政官」である僕をあそこまでボコボコにした、なんて公になったら学校間の対立ができてしまう。
ミレニアムサイエンススクールはゲヘナ、トリニティと並ぶ三大校で、先端機器の大部分はこの学校で作られている、
つまり、この学校との関係が悪くなって電子機器の供給が止められでもしたら、この情報化社会であるキヴォトスにおいて致命的だ。
僕としてもそんな面倒ごとは避けたい。
そんな思惑で、僕は先ほどまでの諍いは水に流すことにした。だが、意外だったのか、いつもニコニコ笑顔のアスナ以外のメンバーはぽかんと呆気にとられた様子。
「ふっふーん、どうですか?牛さん結構良いひとでしょう?」
「そうですね、ゲヘナの行政官は狡猾と聞いているので、これを振りかざして脅すぐらいはしてくると思ってましたが。…いえ、もしやこれも謀略の内?」
「あっはははっ!リーダー、借りができちゃったね!」
「…るっせ」
なぜか自慢げな表情のコユキと、深読みを続けるアカネ。そしてネルはバツが悪そうに視線をずらしながら、片手で頬をかきつつ、もう一方で握手を求めてきた。
「…まぁ、なんだ。借りができてしまったのは事実だ。だから、てめぇが」
そこまで言いかけたとき、僕は一歩進んでネルの手を握り、しっかりと彼女の眼を見つめる。
「アコ、で大丈夫ですよ。ネルさん。一緒に戦った仲です」
「…あぁ!アコ、お前が困ったときにはあたしを呼びな!絶対力になるからよ!」
16時の夕焼けを背景に、固い握手を交わす二人。まるでヤンキー漫画みたいなワンシーンになったなと思いつつ、そろそろこちらも事態の収拾をつけないといけないと思いなおす。
周囲に構成員たちの姿はなさそうだ。警備用のオートマタたちが僕らを足止めしている間に、オークションの出品物をもって逃げたのだろう。
ひとまず、潜入しているだろうモブちゃんたちと合流しようかな。
ふと後ろで叫び声が聞こえ、振り返ってみるとコユキがネル以外のC&Cのメンバーによって簀巻きにされていた。
大方、この隙に逃げ出そうとか思ったのだろう。囧の表情のまま、鳴き声が響いている。
…まだあと少し時間はあるかな。
僕はコユキに近づいて、こそこそと耳打ちした。
「逃げちゃだめですよ、コユキさん。あとは、貴方の勇気ひとつ。頑張ってくださいね」
「うぅ…そんなぁ…。やっぱり無理ですよぉ~」
コユキも同様にひそひそ声で返事をする。だが、泣き顔は変わらず決心がつかないようだ。
うぅーん。あとは勇気をだしてしっかり話すだけなんだけどなぁ。まぁ、最悪察したノアあたりが話し合いの場を設けてくれるでしょ。
すると、結構離れた距離にいたのに、こそこそ話の内容を聞いたのか、ネルが凄みのある表情を携えてずんずんと近づいてくる。
そのまま鼻があたっちゃうんじゃないかってぐらい近づいて、先ほどの和やかな雰囲気ではなくメンチを切っているというか、とにかくにらみを利かせて再び僕と対峙した。
いったい何が始まるのかびくびくしていると、ネルはもう一度重々しく口を開いた。
「…なぁアコ。さっき言ってた「秘密」ってやつ。本当にセミナーとかの機密情報じゃないんだな?」
なるほど、そのことを気にしてたんだ。確かにセミナーの人間関係でいえば大切な情報だけど、これはそんな問題の話じゃあないからなぁ。
この秘密はコユキ自身のもの。彼女が抱えていた胸の内を、勇気を出して僕に打ち明けてくれたんだ。だからこうやってネルに圧をかけられたところで、ビビりはすれど白状はするつもりはない。
雰囲気をシリアスモードに戻して、彼女と同じようにゆっくりと呟く。
「えぇ、誓って。これはコユキさんとの大切な「秘密」なので。仮にネルさんに百回殴られても吐く気はありませんよ」
「そうか…」
呟き、深く息を吐いて、ネルは一歩下がる。うつむいたまま拳を握りしめ、わずかに体を震わせていた。
…えっ、もしかして本当に殴ってくる感じ?キメ顔でそんなこと言っちゃったけど、さすがに誇張表現だよ?もう体力もないし、殴られたら死ねるよ?
震えたままのネルに怖気づき、助けを求める視線を皆に向ける。
だが、縋るような視線の僕とは対照的に、彼女たちは微笑みながらもほんの少し、やれやれ、と言わんばかりの呆れを示す。
「アコさん、大丈夫。どうせリーダーは今の台詞に震えてるだけ」
代表してカリンが笑顔でそう告げてくる。
そ、そうなんだ…でもそういわれると、ちょっとだけ恥ずかしくなってきたなぁ。
指先で自分の頬をそっと触れ、照れ隠しのために髪を耳にかける。胸の中で、心臓が速く鼓動し、赤面がだんだん広がっていくのを感じた。
弁明の言葉を探しながら、結局厨二心の赴くままに発言したという事実は変わらず、恥ずかしくなってうつむいたままに「す、すみません…」と小さな声で言った。その瞬間、僕の赤面は頂点に達し、顔はさらに真っ赤になってゆく。照れ隠しの姿勢はますます強まり、もう彼女たちの眼を見ることが出来ないほどになってしまった。
そんな様子を見て、カリンだけでなく他の皆もクスクスと笑う。その小さな笑い声が、静かな空間に優しく響き渡った。
■
「なぁ、思いっきり暴れたから腹減ったな。ラーメンでも食いに行こうぜ」
そんな雰囲気の中で、ネルがラーメンを食べに行こうと言い出した。
突然の発言に若干驚くも、新しくできた友人と一緒にラーメンだなんて青春だなぁと思う。
なにより、ラーメンと聞いた瞬間にその濃厚な香りが脳から嗅覚情報として引き出され、されるがままに空腹を感じてしまった。
他の皆も同じだったのか、特にアスナは嬉々とした表情で賛同を示す。
「賛成賛成~!リーダーは今、たっくさん食べないといけない時期だからね~!」
「…そういえば、リーダーは成長期だったね」
「るっせぇ!いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ!」
流れるように身長をイジられて、なんともわかりやすく一瞬で表情を怒りに染めた。
アスナの背後を取り、仕返しとばかりにつかみかかるも、アスナは飄々と交わしてネルを避ける。
…うん、ネルは言動が怖いから誤解されがちだけど、こうして冗談を言い合えるぐらいの仲間がいる。やっぱりC&Cはいいチームだなぁ。
僕ももうちょっと、ヒナ委員長にダルがらみしたらいいのかな。でもガチ拒絶されたら絶対立ち直れない自信がある。どうしよう…
仲良くじゃれあう彼女らを見ながら、ふとそんなことを思う。
だが、そんな空気に異議を唱える者が一人。
「…えっ、私、手足縛られてて動けないんですけど!私も行きたいです!これ解いて下さい!」
そう、先ほどから簀巻きにされているコユキである。なんて名称なのかは知らないが、結構えげつない縛られ方をされてアカネに抱えられている彼女は、今のままでは食事すら満足に出来ないと声を張り上げて訴えた。
「そうですね。コユキちゃんは今回の騒動の原因なので、ラーメンはお預けです。我慢してください」
「うわーーー!なんでーーー!」
いつもの情けない泣き顔をさらしながら、この場で唯一味方してくれそうな僕のほうに縋るような視線を向ける。
うっ、か、かわいい…母性本能をくすぐられるなぁ。なんで泣いてるだけでこんなにかわいいんだコイツ。
今すぐにでも抱きしめて頭をなでてやりたい衝動に駆られるが、決死の思いで踏みとどまる。
アカネの言う通り、今回C&Cが出動した原因はおそらくコユキの保護。しっかり反省してほしい。
その意を込めてそっと視線をそらすと、シナシナになりながらうつ向いてしまった。…やっぱりちょっと可哀そうになってきたな。
「おいアコ、お前もどうだ?」
ようやくアスナを捕まえて関節技をキメているネルが、そのまま僕を誘ってくれた。えっ、いいんすか?行っていいなら全然行きたいんですけど…
目の前で繰り広げられる理想的な信頼関係からくるやりとり。これをもっと観察して、風紀委員でも参考にしたいな。
「良いんですか?…それではご一緒させていただきますね。この辺に美味しいラーメン屋の屋台が来てるらしいので、そこへ是非…」
ゲヘナ郊外を転々とし、最近SNSで人気のラーメン店その出張販売がちょうどこのあたりでやっているのを思い出し、そこを提案する。
それを聞いた皆は一層目を輝かせて待ちきれない様子だ。
だが、壁を数枚挟んだ距離から、細々と叫び声が聞こえてくる。
「行政官ー!どこですかー!!」
「…そうでした、私まだ任務中なんでした」
そうだ、潜入捜査で来てたんだった。襲われたり共闘したりと色々あって完全に忘れていた。
今回連れてきていたモブちゃん達は戦闘向きではない子達だったので、万が一抗争があっても決して巻き込まれることの無いように指示していた。
おそらくその指示を守って、戦闘が落ち着くまで身を隠していたのだろう。優秀な子達だ。
モブちゃん達を放っておくわけにはいかないので、名残惜しいがC&Cとはお別れだ。
「私は事後処理を行いますので…ご一緒出来なさそうです。皆さん、見つからない内に早く行ってください」
「―あぁ!世話になったな!」
こんなところでミレニアムの生徒が騒動を起こしたことがバレると結構な問題になってしまうため、行政官としては良くないが見逃して立ち去ることを促す。
僕の意図を理解した彼女たちは、手短に挨拶を済ませつつ速やかに撤収していった。…アスナとコユキは最後までこっちに手を大きく振っていたが。
(皆を見送った後、合流したモブちゃんたちと一緒にヴァルキューレへの報告を行った。)
(組員は逃げおおせたようだったが、残された一人を尋問すると顔を青ざめながらつらつらと情報を吐いてくれた。組織が一斉検挙されるのも時間の問題だろう。)
お詫び
前話にて、キャラクターへの解釈が浅い部分が多々ありましたことをお詫び申し上げます。
弁明といたしましては、バニーイベントにて、カリンの「リーダーは監視(先生)がいなかったら、手足を縛って海に投げ捨てるぐらいはする」との台詞で、任務におけるネル先輩は多少過激なことをするイメージができてしまっていました。よくよく考えたら、ネル先輩は他の学校の重役をブン殴るような真似はしないと思います。反省してパヴァーヌ5周ぐらいしてきます。ネルパイセンごめんなさい。私をぶん殴ってください。
また、負傷描写が過激すぎるという意見も頂いております。多少の負傷もコミカルに済ませることがブルアカの魅力だと思っておりますが、主人公は外の人の要素が混ざっているのでその辺の一般人よりちょい弱めの耐久となり、原作のファンシーさが消失させてしまっています。この辺は描写不足なのですが、今後は極力負傷描写・戦闘描写をしない、といった形で再発防止に努めます。まことにごめんなさい。
余裕があれば前話の内容を作り直そうと思っていますが、前後の流れに違和感なくつなげられる内容がうかばなかったので先送りにしちゃいます。