いつも頑張ってくれてありがとうって   作:シロモップ

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破壊と暴力が支配するゲヘナ近郊のスラム街。表通りを一歩はずれた路地裏には、様々な理由で学園から抜け出した不良生徒たちがひしめき合っている。影が壁を舐め、明かりはほとんどない。誰かの悲鳴もこの地域では爆発音にかき消され、その様相はまさしく混沌というべき場所。

当然そうした場所には指名手配中の生徒や、大人の犯罪者集団も蔓延っており、連絡を受けた風紀委員やヴァルキューレ警察学校の部隊が派遣される。

だが、影の世界に潜むものは相応の実力を伴うもので。所有するオートマタの軍隊や雇った生徒を使って抗争を武力でねじ伏せ、実質的に彼らはこの地域を支配し自治組織など恐れていない。


――ただ一つの例外を除いて。


重々しいマシンガンの咆哮がその場を支配する。犯罪組織に加入したものは、まず最初にこの音の恐ろしさを聞かされるものだ。
一帯にまるで雷が落ちたような恐怖が蔓延し、蜘蛛の子を散らすように名高い犯罪者たちが逃げていく。

標的である4人中でも、ある者は悲鳴を上げながら全速力で走る。その速度は、このキヴォトスの全学園でも極めて上位のものだっただろう。
その上、4人はバラバラの方向に逃げており、相手が普通の生徒だったなら、少なくとも誰か一人は逃げ切ることが出来ていたはずだ。

銃声が響き渡り、闇の中で火花が舞う。

完璧に計画された動きで一人、また一人と、彼女らは追い詰められていった。

「…はぁ、貴方で最後よ、ハルナ。面倒かけないで頂戴」

行き止まりに追い詰められた最後の一人、ゲヘナでも悪名高い問題児集団のリーダー「黒舘ハルナ」(思想以外完璧な女)
そんなハルナたちを追い詰めていたのは、泣く子も逃げ出すゲヘナ風紀委員の最高戦力、空崎ヒナだ。

「一応聞いておくけど、今回はどんな理由で店を爆破させたの?」

後ろから日の光を受け、広げた翼が巨大な影を落とす。
もはや彼女に逃げ場はなく、その美しい顔を銃口が捉えていた。

しかしハルナは追い詰められてなお、息が上がっている点を除いて普段の気品溢れる姿を保ち、一切悪びれる様子の無く告げる。

「…そうですわね、端的にお伝えいたしますと食品の偽装です。あのお店は取れたてのトマトを使用していると謳っておきながら、実際は熟しきって腐る直前の普通のトマトを販売しておりましたわ」
「それは確かに店側が悪いわね。でも、あのお店には無関係の客だって大勢いたわ」

ヒナは美食研究会が最近できたトマト料理の専門店を爆破させたという通報で派遣された。彼女らが暴れた理由までは知らされていなかったが、確かな知識と舌を持つハルナが食に関して嘘を言うはずがないため、偽装があったというのは本当なのだろう。それは明らかに店側が悪い。

だが、それで無垢な一般人が巻き込まれたというのなら話は別。ヒナは睨みつけながらもハルナに指摘する。

「それに関しては申し訳ないと思っています。ですが、(わたくし)は自らの意思が赴くままに。些細なことを気にしていては、真の美食には漕ぎ着けません」
「はぁ…分かったわ。いつも通り、独房で反省して頂戴」

美食研究会は問題児集団とは言え、最低限の常識は持ち合わせている。…少々優先順位が一般人と異なるようだが。

一応悪いと思っている素振りは見せるも、自分を通す様子にはもはや清々しささえ覚える。
ある意味では、このゲヘナで最も自由な女たちだ。

――そんなハルナたちが、彼女には少し羨ましく映ってしまった。

(…私と違って生き生きしてる。彼女たちの信念は、私が説得したところで折れることはないのでしょうね)

そして、スラムの暗黒で最後の抵抗が沈黙した。





噓つきの発案

 

 

 

委員長が業務で不在のある日の午後、委員長室でイオリ、チナツと作業をしていると、唐突にドアが開き、元気いっぱい

「こんにちわー!監査をしに来たよー!」

「はぁ…めんどくさい…」

 

少し遅れて、モフモフした赤毛を揺らしながらもう一人の生徒も委員長室に入ってくる。

 

ゲヘナの生徒会、万魔殿所属の「丹花イブキ」、同じく万魔殿の戦車長「棗イロハ」である。

どちらもいろんな意味で過酷が捗る生徒だ。*1

 

…あれ?イブキちゃん今なんて言った?監査って言った?

 

イオリとチナツも疑問に思ったのか、こちらを向いて目で訴えてきている。

 

(いや、そんなこと聞いてないですけど!?)

 

彼女たちと同じく、僕だって全く知らない。全力で首を振って否定する。

 

万魔殿の監査は、風紀委員の予算を決定づける重要な要素になる。そんな大切なことがあるのなら事前に告知なり報告なりするし、そんな話は委員長からも情報部からも上がってこなかった。

 

3人が眉をひそめたことを確認したのか、イロハは相変わらず面倒だと言わんばかりの呆れ顔で告げる。

 

「マコト先輩から、風紀委員に抜き打ちで会計監査に行ってこいと言われましてね…まぁ、どうせ思いつきなんでしょうけど」

 

あぁ…なんかそんな気はしたけど、やっぱりマコト議長かぁ。

ヒナ委員長がいないタイミングを狙ってくるところとか如何にもだし。付き合わされるイロハにも同情しちゃう。

 

やってることが横暴過ぎて、もはや〇ッ〇モ〇ター副社長レベルだもん。割とマジで反省してほしい。

 

「大方、委員長がいない間に気に入らない風紀委員どもの鼻をへし折ってやれ~とかそんなところでしょう?あの人、どうして諦めないんですかね。イロハさん、お疲れ様です」

「その通りです。申し訳ないですが、拒否は出来ません。万魔殿上層部からの直々の命令ですので。はぁ…」

 

けだるげを通り越して、もはや忌ま忌ましささえ含んでそうな表情をしつつ、絞り出すような声でイロハは続ける。

 

イロハは絆エピで先生と一緒に背徳的な休憩()をしていたり、欲とか毒とか同人本などの二次創作のイメージが強すぎたりして忘れがちだが、万魔殿においてはいっつも振り回されがちなブレーキ役。本当は今だってサボっていたいのだろう。

 

マコト議長も抜き打ち監査ならばこちらを出し抜いてケチをつけられるとか思っての命令のはず。しかし舐められたものだ。

 

「まぁ構いません。こちらも、杜撰な管理をしているわけではありませんので。どうぞ、隅々まで調べ尽くしちゃってください!」

 

実はつい先日、風紀委員会本部の環境管理が議題に上がって整備したところだ。仮にイロハが姑気質で窓際の埃をチェックしようとも、塵一つ出てこないだろう。

今回に関しては失敗するビジョンが見えない。勝ったな、風呂入ってくる。

 

僕は確固たる自信を持ち、胸を張ってイロハに宣言した。

 

「アコ行政官が自信満々のときって大体変なことおきません?」

「いや、最近そうでもないぞ。…委員長が絡まなかったらな。この前の環境整備の時だって、「委員長室に落ちているヒナ委員長の髪の毛は全て渡してください。すべて私が保存します」なんてこっそり伝えてきたし」

「うわ…」

 

2人が後ろでこそこそと呟いているのが聞こえる。この前の裸の付き合いで距離が縮まったかなと思っていたチナツから、ナイフのように鋭い視線が向けられた気がした。絆ランク-10ぐらいになったかも。

 

心なしかイロハからの視線も痛い。まるで変態を見つめるかのような視線だ。

イブキは何のことか分からなそうに、ポカンと口を開いている。もうイブキしか味方がいないよ…

 

「…はぁ。行政官、イブキの教育に悪いことは言わないでくださいね。では最初は、風紀委員本部の廊下から見回りましょうか」

 

 

 

 

ホコリ一つない真っ白な廊下を歩く足音が響く。歩いている方向から察するに、イロハの目的は中央階段近くに設置されている掲示板だろう。

 

…というのも、万魔殿が行う監査の実態は、うろ覚えではあるけれども風紀委員会のグループストーリーで既に知っている。

 

そのストーリーでは、万魔殿が監査の少し前に、突発的に変えた校則に対応できず風紀委員たちは予算の削減という嫌がらせを受けそうになっていた。

そのため情報部のメンバー数人に万魔殿の動向を監視させるついでに、校則の変更がないかも逐一チェックしてもらうよう指示していたのだ。

 

今朝の定例会では特に報告は上がってなかったし、別に指摘されるポイントなんてない気がするんだけどなぁ。

 

予想通り、イロハは色とりどりのポスターや案内が貼られている掲示板の前で立ち止まった。

学園で行われる祭りの告知やコミュニティの活動案内、失われたペットの情報などが含まれている。特段不審なところはないはずだ。

 

だが、イロハは少し考えるような仕草を見せた後、スマホの画面をこちらに見せながら呟く。

 

「万魔殿が配布している新聞が掲示されていませんね。…減点対象です」

「は!?何それ、知らないんだけど!?」

「…はぁ」

「定期配布している新聞は、どんな建物の掲示板にも必ず配布していなければなりません。校則で決められています」

 

イロハからの指摘に、イオリは抗議の声を、チナツは呆れを存分に含んだ声を漏らす。

かく言う僕だって、想像以上の理不尽な指摘に頭が混乱している。

 

「…イロハさん、待ってください。私は大変不服ですが、万魔殿が発表している校則を全て暗記しています。しかし、そんなものは無かったはずですが?」

 

そう、僕は不服ながらも、万魔殿の嫌がらせからヒナ委員長を守るためにも、校則を気合で覚えたのだ。正直面倒くさいことこの上ない作業だったが、流石はアコの頭脳、そこそこの分量だったものの存外余裕だった。

 

その上で、「掲示板に新聞を掲載せよ」なんてものは無かった。いや、普通の学校は生徒会が配布する新聞を掲示板に貼ることなんて当たり前だろうが、万魔殿が配布する新聞はずいぶんと思想が強めである。いつぞやはチアキが勝手にマコト議長と僕の熱愛報道なんてしやがったので、僕の指示で掲示を止めさせた。

 

それに繰り返すが、情報部から校則変更の連絡は上がっていなかったため、そんな指摘されるはずないと思っていた。

 

「まぁ、つい先ほどマコト議長が公表したばかりのものですので、現場には情報が届いてないかと。…申し訳ありませんが、それでも校則ですので」

「ホントだ、30分前に更新が入ってるよ、アコちゃん!」

「それはもう横暴じゃないですかぁ…」

 

完全に無茶苦茶だ。

 

僕の抗議も、イロハが見せてくるスマホの情報で打ち砕かれる。30分前に更新された情報でいちゃもんをつけてくるって、この学校やっぱりおかしいよ…

しかし、新聞を外して良いと指示したのは僕自身だ。皆への申し訳なさがいっぱいになり、心がシナシナになっていくのを感じる。

 

「そう言われましても、私はただの公務員のような者で。あなた方への個人的な敵意はありませんが、これも仕事ですから…次に行きますよ」

 

 

(そうして、約3時間にも及ぶ会計監査(?)が繰り広げられ…)

(無情にも徹底的にいちゃもんをつけ、風紀委員の予算を次々と削減したり変更させていった)

 

 

 

 

「そういうわけで……諸々確認した結果、風紀委員の来季の予算は80%削減ですね」

「そんな!な、なんとかなりませんか!?そんな予算では、次の夏季訓練の開催場所を海にしてヒナ委員長の水着姿を合法的に視姦する計画が台無しに!」

 

僕は恥も外聞も捨てて、イロハの足に縋りついた。可愛らしくも、ほっそりとした足だ。舐めてやろうか。

 

「うわ」

「ドン引きです…とはいえ、予算削減は本当に困りますね。なんとかなりませんか?」

 

そんな僕にゴミを見る目を向けるイオリと、同様の目を向けるチナツだったが、流石にこのままではまずいと思って交渉を持ち掛ける。

 

「すみません、マコト先輩からは「何でも良いからいちゃもんをつけろ」とのことでしたので。校則も嫌がらせのために夜なべして先輩が作ってましたし、申し訳ないですが受け入れてくだs」

「ねぇ、イブキお腹すいちゃった…。イロハ先輩、何かおやつ食べたーい」

 

まるで見せてはいけないようなものから守るようにイブキの目と耳を押さえながらそう切り捨てるイロハだったが、イブキのその一言で言葉を止めた。

先ほどまでイロハと手をつないで歩いていたイブキが、お腹を可愛いく鳴らしながら空腹を訴える。

 

「はいはい…あ、ちょうどおやつを切らしていたんでした。イブキ、万魔殿に戻るまで我慢出来ますか?」

「うぅ~、分かった。イブキ、我慢するね…」

 

イロハはいつもイブキ用のお菓子を用意しているであろう懐を確認するが、どうやら持ち合わせていないようで。

残念そうな表情をして、イブキはうつ向いてしまった。

 

お菓子、お菓子かぁ…

 

そういえば、エデン条約関係の話し合いの際に連邦生徒会の人たちが持ってきてくれたお菓子がまだ休憩室の冷蔵庫残ってたかな。

前にヒナ委員長が美味しいって言ってたマドレーヌだし、きっとイブキも気に入るはずだ。

 

「イロハさん、お菓子ならとっておきのがありますよ。ちょうど良い時間ですので、飲み物も用意して休憩にしましょう。少しだけ待っていてくださいね」

 

 

 

 

数分後、人数分のコーヒーとイブキ用のココアを淹れ、トリニティ産のマドレーヌを用意して戻ってくる。

 

待ち時間で、どうやらイブキはチナツと人形遊びをしていたようだ。忍者のような装いのペロロ様を持ち、笑顔ではしゃいでいる。

脳裏に犯罪者集団の長の姿が浮かんだ気がしたが、気のせいだろう。*2

 

「イブキさん、イロハさん。イオリもチナツも、おやつの時間ですよ。お茶菓子は美味しいマドレーヌです」

「わぁーい!イブキねぇ~マドレーヌ好き~!アコ先輩、ありがとぉ!」

「はい、どういたしまして」

 

イブキは僕が声を発したとたん、ペロロ様人形を抱えて一目散に駆け寄ってきた。遠くで若干残念そうにしたチナツが見える。ドンマイ、子供はお母さんの次ぐらいにおやつが好きなんだ。

 

しゃがみながらお皿を差し出すと、イブキは一つとって見つめながら思わず微笑んだ。邪気を一切含まない、純粋な子供の笑顔である。

どうして万魔殿でこんなきれいな娘が育つんだ。僕ら風紀委員会からしたら、万魔殿*3は嫌がらせ集団でしかないのに。

 

「ありがとうございます、行政官。それでは遠慮なく、私も一つ…」

「へぇ~、こんなマドレーヌ買ってたんだ。初めて見るなぁ」

「そうですね、私も初めて見ました。」

 

ウキウキな様子で封を切るイブキを見守りつつ、他の三人も次々と受け取っていく。

皆が手に取ったことを確認すると、僕は飲み物を机の上に並べていった。

 

イブキは興奮気味に手にしたお菓子を口に運び、一口食べると、その表情が一変した。驚きと喜びが同時に顔に広がり、思わず口からは声が漏れる。

 

「わぁ、おいしいっ!イブキこれ好き!ねぇねぇアコ先輩、これもっとないの?」

 

と声を上げながら、口の中でお菓子の味を楽しんでいる。大変お気に召したのだろう、目の輝きが先ほどとは段違いだ。その声は部屋中に響き渡り、他の人たちの注意を引くほどだった。

 

他のメンバーもそんな様子のイブキに感化され、パクリと一口食べ始める。

 

「中にホイップクリームが入っていて、すごく甘いですね。これはどこで?」

「そうだよアコちゃん!こんないい店知ってたなら教えてよ!」

「…私もイブキのおやつのためにゲヘナ中のスイーツは網羅していたはずですが、これは知りませんでした。行政官、これは一体どこから?」

 

周囲の人々の視線が次第に集まり始める。

 

えぇ…言う?正直に言っちゃう?

 

出したは良いものの、このお菓子の出どころはトリニティ。誰がトリニティアンチか詳しく知らない今、正直に伝えるのは迷う。

だが、予想以上に気に入られたのか、イロハに諫められながらもイブキは可愛らしくおねだりしてくるし、そんなイロハだって教えろと言わんばかりの眼差しだ。

 

うぅーん…多分だけど、この場にいる全員はそこまでトリニティのことが嫌いではなさそうなメンバーだ。だが、ここで全員に伝えて万が一マコト議長にでも伝わったりしたら、めんどくさい未来が想像できる。どうしたものか…

 

「…イブキさん、夕飯が食べれなくなると困るので、あと一個だけ差し上げますね。イオリ、使って申し訳ないですが、休憩室の冷蔵庫にほんの数個残っているはずです。チナツはその間イブキさんと遊んでいてもらっても良いですか?」

 

僕はそう言いつつ、静かにイロハを手招きした。イロハは珍しく興味津々な表情で僕に近づき、二人で部屋の隅に身を寄せた。

 

イオリとチナツは不思議そうな表情をしつつも、指示の通りに動いてくれた。

 

 

 

そうして部屋の中の興奮や喧騒から少し離れたその隅では、こっそりとした静けさが漂っていた。窓から差し込む柔らかな光が、その一角を優しく照らし、内緒話にぴったりの雰囲気を醸し出す。

 

僕は静かにイロハの耳元に寄り添い、真剣な表情で囁いた。

 

「…実はあのお菓子、トリニティのものでして」

「あ~…なるほど、イブキからマコト先輩に漏れたりしたら大変ですからね」

 

イロハは興味深そうな表情だったが、瞬時にこちら側の意図を察してマコトが言いそうなことを想像したのか、げんなりした表情に変わった。

流石はマコト議長に最も近い被害者、大方予想がつくのだろう。

 

僕もなんとなく「イブキになんてものを食べさせたんだ!」とかそういった理由で嫌がらせをしてきそうなのが想像できる。

 

「察しが早くて助かります。とは言え、イブキさんはかなり気に入ってる様子です。この場をごまかしたところで、「また食べたい!」なんてことになっては…」

「そうですね。仮に「ミレニアムで買った」なんて答えても、もしマコト先輩に伝わったらそのお店を探すことでしょうね。…でしたら、このようなシナリオはいかがでしょう?――」

 

「…なるほど、それならば何とか丸く収まりそうですね」

 

 

 

やがて話を終えた僕たちは静かに机の方に戻った。ちょうどイオリも戻ってきたタイミングだったようで、受け取ったイブキは嬉しそうに口に運んでいる。

 

「気に入ったようですね、イブキ。ですがそのお菓子は行政官の手作りだそうで…次に食べたくなったときには、私か行政官に伝えてくださいね。それと、これを食べたことはマコト先輩には内緒です」

「えぇー!そうなんだ!アコ先輩、ありがとう!イブキ、これまた食べたい!」

 

イロハが一瞬で組み立てたシナリオはこれ、僕の手作りにすることである。

 

正直にトリニティと伝えるのは論外だし、他の学区としても万が一イブキからマコトに伝わったときにどうしようもなくなる。だからお店で買ってきたという言い訳はなし。

かといってイブキが嬉しそうに食べている様子から気に入ったのは確実だし、それならばいっそ僕が作ったことにすれば良いと。

 

当然僕にあんなものを作る技量はないので、イロハから連絡があったら爆速でトリニティまで買いに行く必要があるが。

これこそ、すべての騒動を起こさないための優しい嘘である。

 

予測される面倒ごとを避けるために必要な嘘…そう、必要なことなのだ。

 

だが、イブキは無邪気な笑顔を浮かべ、嘘の言葉を信じて喜び、尊敬の眼差しを向ける。仮にも元大人で、かつ良心が残っている僕にはその眼差しが痛かった。

イブキの笑顔を見つめながら、自分の心の中で葛藤を抱える。

 

せめてもの抵抗で、お礼に対する明確な返事をせず、優しい微笑みを浮かべながらも曖昧に濁した。大人は卑怯なのである。その実、心の中で罪悪感に苦しんでいるけど。

 

イオリとチナツがジト目で疑いの視線を向けてくるが、むしろこちらの方が心地よい。*4

二人には後でちゃんと理由を説明するから大丈夫だろう。

 

妙な汗が背中を伝い始めたころ、イロハがこっそりと耳元で告げる。

 

「行政官、イブキもあの様子ですので、おそらくすぐに買いに行ってもらうことになるかと。私や付き人が行けたら良いのですが、万魔殿メンバーはトリニティ嫌いが多くて…」

「イロハさん、私は別に買いに走ることは不満ではないです。…ですが、あの純粋な瞳に嘘をつき続けないといけないのは」

「…本当にすみません。予算の方は私が何とかごまかしておきますので、よろしくお願いします」

 

 

*1
イブキでするのは死刑になるし、イロハは退廃的なエロスが感じられる。

*2
あはは…

*3
主にマコト議長

*4
Mではない



























「といった形で、なんとか会計審査を無傷で突破しましたよ!…委員長も、美食の鎮圧お疲れ様です」

「えぇ、アコもお疲れ様…。ねぇアコ、一つ良い?」

「はい、どうしました?」

「…このいたちごっこの終わりって、一体どこ何処なのかしら?」

絞り出すような質問に、僕は…


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