いつも頑張ってくれてありがとうって   作:シロモップ

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触手との遭遇

 

 

 

さて、無事に昼食を食べ損ねたわけだけどどうしようか。

この後も書類整理やら昨日までの温泉開発による被害報告とか色々残ってるから、流石に何も食べないってのは心身ともにキツい。

 

うーん…巡回も兼ねつつ、学生食堂に併設されている購買で何か買っておこうかな。

 

ゲヘナ学園の最東端に位置する、給食部が仕切っている学生食堂。ランチタイムを過ぎているため料理の注文は出来ないだろうが、売店でカロリーバーぐらいは残っているはずだ。

 

今自分がいる位置からは少しだけ距離があるものの、そこまで時間はかからないだろう。よし、決めた!

 

 

 

 

 

 

 

自分にとっては見慣れた、一方で新鮮な景色を楽しみつつ歩いていると、白い環状の煙を吐き続ける煙突を携えた学生食堂が目前に迫ってきた。

建物近くのガレージには作中で大活躍()した給食部の黄色い車も駐まっている。

 

「今朝の会議で提出された書類の中からは、「給食部の予算を増やして欲しい」とのフウカさんからの悲痛な叫びが聞こえてましたね。…私は例の品質調査の真相を知っているので少々不憫に思いますが、個人的な理由で贔屓するのは良くないですからね」

 

給食部のグループストーリー、その内容は給食部が風紀委員による衛生管理評価を受けるというものだった。

 

一人の料理人として衛生管理は徹底して心がけている2年生の「愛清フウカ」、そしてその後輩の「牛牧ジュリ」は見事審査に合格するものの、最後にジュリが善意で用意したフルーツジュースが審査員を気絶させてしまい、結局評価は最低ランクに…って感じだ。

 

今のキヴォトスがどのタイミングなのか皆目見当もつかないが、未だ先生が現れていないことを考えると、例の衛生評価はされてないのではなかろうか。

ただ、こればっかりはジュリのよく分からん特殊能力のせいだからなぁ…なんでお玉でかき混ぜただけで味を複雑怪奇なものに変えられるんですかね。

 

僕は腕を組み、訝しげな表情で考え込んでいた。が…

 

 

ドカーン!!

 

 

突如として響いた爆音とともにその思考は吹き飛ばされた。

音の発生源の方を急いで振り向くと、やはりと言うべきか給食部の食堂の方である。

 

……そこはかとなく嫌な予感がする。

いやほぼ確実に面倒ごとになるだろう。念のため、風紀委員本部に連絡を入れなくては。

 

「…もしもし、こちらアコです。食堂付近の風紀委員を数名呼び寄せてください」

 

個人用の端末からの発信だったが、1コールも立たないうちに情報部のメンバーが反応してくれた。本当に優秀な子達である。今度ご褒美あげなきゃ(使命感)

のんきにそんなことを思っていると、建物から甲高い悲鳴が聞こえてくる。おそらくフウカのものだろう。かわいそう。

 

その数刻後、何故か律儀に、そして器用に触手でドアを引きながら、数匹の紫色をした怪物(パンちゃん)が飛び出してきた。

あっ、このタイプの怪物って、意外と建物を壊したりしないんだね。壁とかガラスとか突き破ってくるものだと思ってた。誤解してたよ。

 

 

そんな怪物(パンちゃん)だが、僕の姿を認めると一目散に近寄ってきた。は?なんで?

 

 

怪物(パンちゃん)は不気味な触手を僕に差し伸べながら近づいてくる。触手は透明な粘膜で覆われ、異様な生物のパルスが透き通るように見える。これが透き通るような世界観ですか。

…いや、マジで生命を冒涜してるタイプの見た目だな!?見てるだけでSAN値がピンチになってく気がする。

 

そして近づくたびに緑色の液体が飛び散り、水を多量に含んだ足音が耳を汚す。

気づけば、怪物(パンちゃん)軍団はもう目前。

 

「くっ!」

 

ヤバい、あまりの悍ましさにぼーっとしてた!

こちらに危害を加えるつもりかは知らないが、あの触手で触れられたら色々終わる!

 

距離を保ちつつ、ホルスターから愛銃(ホットショット)を取り出した。

銃なんて一度も持ったはずはないのに手に馴染んでいるという不思議な感覚を味わいつつ、近づかれたくない一心で撃つ。

 

だが、ホットショットはそもそも小型の銃であり、命中精度は高いものの威力は低い。

そんな銃で出来る抵抗なんてものはたかが知れているわけで。

 

怪物の触手が僕の足に巻き付こうとし、触手に備わった粘膜が素肌に触れる。不気味な触手の感触を皮膚が知覚し、脳が受容した時には不快感が全身を包み込んでいた。

 

ひゃあ!ふ、触れないでくださいッ!」

 

むき出しの神経を舐められたような、脳みそを直接突っつかれたかのような、マジで心の底から不快なタイプの感覚に思わず足で蹴ってしまった。

ブーツが粘液でぐちょぐちょになるが仕方ない。アレに触られるかはよっぽどマシだ。

 

っていうか今めっちゃ女の子チックな悲鳴が出たな。やっぱりまだちょっと違和感があるけど、いずれ慣れるでしょ。

 

 

 

 

 

 

「アコ行政官!風紀委員10人到着致しました、ご命令を!」

 

それからしばらく、続々と食堂から沸いてくる怪物に銃と足で抵抗していると、ちょうど良いタイミングで風紀委員モブちゃんたちが現着した。

イオリやチナツの姿が見えないが、おそらく旧校舎の方で別件の対処をしていることだろう。

 

「承知しました、これより私が戦術指揮を執りますッ!」

「「「はいッ!」」」

 

体が覚えているままに従い口からそのような言葉が、力強くはっきりと述べられる。そっかー、アコって行政官だしなぁ。戦場での指揮ぐらいするかぁ…

 

…あれ、天雨アコって僕じゃん。これ僕がやんの?ホントに?

 

心の中で陸八魔顔をしながらも、指揮を執るために後方へ下がる。内心大慌ての僕を置いて、モブちゃん達は信頼に満ちた顔をこちらに向けている。やばい今更出来ないなんて言えない雰囲気だ…

そっか、アコって先生からするとただのドMペットだけど、一般ゲヘナ生からすると普通に優秀な行政官だしな。きっとモブちゃんたちからの信頼だって厚いはずだ。

 

 

くぅ…思い出せ…

自室の物の配置とかは簡単に思い出せたんだ。戦術指揮なんて超重要な記憶、忘れてるはずないでしょ…

 

 

「行政官?どうされました?…指揮をッ、指揮をお願いしますッ!!

 

見ると、一番先頭に立っているモブちゃんに触手が襲いかかろうとしていた。

そんな彼女は不安と焦りが顔に滲み出て、僕に対する視線と言葉も鋭くなっていった。

 

そ、そうだ。ここで指揮が出来なければ、僕を信頼してくれているモブちゃん達が触手に襲われて、エロ同人的な展開に発展してしまうかも知れない。

それに、これまで血のにじむ様な努力を重ねてきたアコの名誉に泥を塗ることになってしまう。そんなことは絶対にさせたくない。

 

僕は瞼を閉じて深呼吸をし、心を奮い立たせる。

そうだ、思い出せ、思い出せ…

 

 

 

ふと、過去の記憶の中から大切な情報が浮かんでくる。

 

心臓が高鳴り、息が詰まるような感覚が胸を押し潰す。脳裏に現れたその情報は、まるで失われたパズルのピースが一つ一つ揃っていき、やがて一つの画面が出来上がった。

そこには10人のモブちゃん一人ひとりの攻撃・防御のタイプ、そして戦場でのポジションが記されていた。

 

(これは…ゲームの戦闘画面?でもこれって、先生だけが使用できる「シッテムの箱」の力じゃなかったっけ?)

 

 

 

浮かんでくる疑問点とは裏腹に僕の思考は一瞬にしてクリアになり、執るべき指揮を確信する。

 

「▲▲さん、遮蔽物に身を隠しながら向かってくる怪物を撃退。■■■さんと●●●さんは回り込んで挟撃しますよ!」

 

あぁ、そっか。「シッテムの箱」をリンちゃんから受けとったのは、戦闘チュートリアルが終わった後だった気がする。

つまり「戦闘指揮」の能力自体は、先生固有のもの?その能力が僕に残ってるってことは、僕はまだ「先生」ってこと?

 

「サポートはお任せ下さいッ!××さん、前方の障害物の裏に一匹潜んでます!」

 

天雨アコのパッシブスキル『サポートはお任せ下さい』。常時味方の会心ダメージ率を増加させる効果を持つ。僕の頭が計算したよりも会心が発生したときのダメージが大きいから、このスキルは発動してるってことだ。

 

つまり…「天雨アコ」としてのスキルと同時に、先生としての指揮能力も残ってるってコト!?それって、サイコーじゃん!!

 

あっという間に小さい怪物たちの排除が終わり、残るは今まさに食堂から出ようとしている大きい怪物(特大パンちゃん)のみとなっていた。

だが、やれる。今の僕は全能感で満ちている。漲る神秘でトぶぜ…!!

 

「偵察データを共有します!さァみなさん、とどめを刺しちゃってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物(パンちゃん)鎮圧後、その死骸を丁寧に焼却しつつ、被害状況の確認を進めていった。

 

食堂内部に侵入すると、床が粘液でびちゃびちゃになっている以外は存外被害がないようだった、

おそらく混雑のピークを乗り越えた時間だったがために、椅子は片付けてあり、生徒も少なかったのが功を奏したのかも知れない。

 

だが、それは飲食スペースの話。更に奥の方、厨房へ足を進めると、泣きじゃくるジュリと、全身が粘液に包まれまさにレ●プ目でピクリとも動かないフウカが床に転がっていた。うわぁ…かわいそう。

 

「▲▲さんはチナツに連絡して救急医学部から応援を呼んで下さい。■■■さんと●●●さんは粘液の掃除をお願いします。残りは私と一緒に被害の確認をしましょう」

「「「はい!」」」

 

ひとまずモブちゃん達に指示を出し、食堂の復旧に向かう。ここはゲヘナ4000人の昼食を担う要所であり、昼食が食べられないとなると100%暴動が起きるだろう。

できれば明日までに元通りになると良いけど…

 

そう思いながらも、僕は死に体を晒しているフウカに駆け寄る。給食部まわりは基本的にギャグ補正で人は死なないようになっているため、これで息を引き取っているってことはないと思うけど。

 

僕は免許合宿のときの救命講習を思い出しながら、すっかりネトネトしたフウカの肩を掴んで意識の確認をした。

 

「フウカさん!大丈夫…ではないことは分かりますけど、意識はありますか!?死んでないですか!?」

 

正直、僕はそのへんの一般人だったので、専門的な処置とかは分からない。こんなときに肩を揺らすと脳震盪とかになるのかも知れないから、肩を掴んで呼びかけるだけだ。まぁヘイローは浮いてるのが確認出来るし、流石に死んでるってことはないだろう。

 

だが、彼女の体は小さく、縮こまっているように見える。次第に痙攣を始め、今にも泣き出しそうだ。

 

えっ、ギャグ補正消えた?どこか異常あるの!?もしかしてR-18同人誌的な展開になっちゃったとかかな!?

 

「い、痛いですか!?すぐに救急医学部が駆けつけますので、それまで…」

「……うぅ…なんでぇ…わたしなにもわるいこと……ヒッグ…うぁ…」

 

あっ(察し)

 

フウカは悲しみに打ちひしがれ、涙が頬を伝って流れる。その目は赤く腫れ、胸からは深いため息が漏れ、そのたびに体が震える。周りに人がいるにもかかわらず、自分の悲しみに閉じこもっているようだ。

 

……体に傷はないようだが、精神的に結構キてるみたいだ。流石に見ていられない。

 

弛緩しきって抵抗のない彼女の上半身を起こし、服が水気を帯びて体が冷えてしまっているようなので、身につけている風紀委員のコートを優しく被せた。そして正面から向き合い、重く、痛みに満ちた心ごと抱くつもりで自分の手を背中に添える。

 

彼女とアコの関わりなんて作中でなかったはずだが、それでも辛いときは誰かが側にいて欲しいもの。そのまま背中をさすって、悲しみが和らぐことを願った。

 

「「「ぎょ、行政官!?一体何を!?」」」

 

背後でモブちゃん達が驚きの声を上げる。あっ、もしかしてこれセクハラになるかな。…いや、そんな自己保身よりも彼女が優先だ。

 

すると、フウカも僕の背中に腕を伸ばしてきた。よかった~これでただの美しい百合だね。

そのまま彼女は心臓の音が聞こえるんじゃないかってぐらい僕の胸に近づき、身を預けながら細々と泣声を上げ続けた。

 

「大丈夫、フウカさんが頑張っているのはよく存じていますよ。…天変地異みたいな被害に遭っても、めげずに毎日ありがとうございます」と、囁くように告げる。粘液を含んでいるためか、さするたびに嫌な音が響くけど、乾燥させる方法なんてないので申し訳ない。

 

実際、彼女は入る学校を間違えたんじゃないかってぐらい良い子だ。ジュリ…は善意で動いてるから千歩譲ったとしても、美食研による拉致被害は流石に可哀想。しかも偶に温泉開発部とか万魔殿の騒動にも巻き込まれることだってある。本当に不憫だ。

 

(それからチナツが到着するまでの間、フウカに寄り添って言葉をかけ続けた。限界に近かったフウカは、そのまま眠ってしまった)

 

 

 

 

調4747-G-1

 

:3

 

:1

 

 

 

 

「…お名前と所属を」

「ゲヘナ学園、給食部のジュリといいます……うぅ、フウカ先輩すみません…」

 

風紀委員会本部、その地下に存在している特別牢。

まぁなんとなく何が起きたのか想像できるけど、事件の重要参考人、というよりは容疑者としてジュリの身柄を拘束している。

 

いるだけで地面との接点から冷えてしまいそうな感覚に陥る殺風景な場所の一角、簡素なテーブルライトのみが置かれた机を挟んで向かい合う。

 

「それで、一体何があったんです?」

「はい…私は料理をすると、何故かあの子達(パンちゃん)を生み出してしまうんです…」

 

「牛牧ジュリ」の、もはや神の御業とまで称される特殊能力。その極地である「怪物生成」による影響は、なぜだか風紀委員のなかではあまり知られていない。

というかヒナ委員長が知らない様子だったから、完全に理解しているのはフウカと美食研、そして先生ぐらいだったのだろう。

 

今回は見かねたフウカが、ジュリの能力をなんとかしようと頑張ってくれたようだ。

 

「フウカ先輩が作ったときは美味しいジャーマンポテトが出来上がりましたし、私もレシピを頭にたたき込むまでは出来ていたんです」

 

えっ、あれジャーマンポテトだったの!?

たこ焼きの為にタコ捌いてたとかなら理解出来るんだけど、材料に触手要素ゼロじゃん!マジでどんな仕組みだよ!

 

「いえ、本当は分かってるんです…私は料理が下手で、いっつも失敗ばっかりです。手伝おうとしても先輩に迷惑掛けてばっかりで…もう料理は、やらない方が良いって……」

 

彼女の眼差しは遠くを見つめ、深い悲しみに浸っているようだった。その顔には影が落ち、悲しみと苦悩がその表情に刻まれていた。

 

…それもそうか。繰り返すが、彼女は悪意をもってこんな騒動を起こしているわけではない。

本当によく分からない力が働いて、生命を錬成しているだけなのだ。

 

椅子に座った彼女の肩は落ち込み、その姿勢からは心の重さが伝わってきた。ため息が深く、苦しそうに漏れる。

彼女の体は微かに震え、悲しみに包まれた空気の中で、彼女自身もその一部と化しているように見えた。

 

「……それでも、貴方は料理が好き。楽しいから、料理をするんですよね。ジュリさん?」

「えっ?」

 

思いがけない一言が空気に漂う。その言葉が彼女の耳に届くと、彼女は急に顔を上げた。

そう、本当に彼女はただの料理が好きな女の子なのだ。絆ストーリーを見たときはまとも過ぎて逆に驚いたぐらいである。

 

「…はい。その通りです。ですが、被害を出してすらいるのに、そんな浅い理由で」

「料理をする理由って、案外そんなもんですよ。自分の料理を誰かが美味しいって言ってくれる。ただ、それだけのこと」

 

思い返すのは、自分自身の記憶。細かいところまでは忘れてしまったけど、調理実習で、家庭で、誰かが褒めてくれたこと。

そんな些細なきっかけが、幾らでも原動力になり得るのだ。

 

「実際、フウカさんがジュリさんの面倒を見続けているのには、貴方の根幹にそんな大切な気持ちがあることを見抜いているからだと思いますよ」

「ただ、フウカさんはメンタル面が限界のようですし……代わりに、これから数日、私が貴方の面倒を見ます」

 

一瞬の間、看守のモブちゃん含め2人が呆然とした表情を浮かべた。

えっ、僕なんか変なこと言った?

 

「彼女は一週間ほど休ませるとして…通常の昼食の準備も、私が手を貸しましょうか」

「ちょっ、ちょっとお待ちください行政官!貴方は通常の業務だってあるのに!」

 

ジュリの顔にも深い呆然とした表情が浮かび、一瞬間、時間が止まったかのようだった。

 

「まぁ私の方の仕事は徹夜でなんとかします。それよりジュリさん、貴方には昼食の下ごしらえを手伝ってもらった後、午後を使って練習しましょうね」

「えっ!…はっ、はい!お願いします!」

 

驚きと共に、彼女の目には新たな希望の光が宿り、表情に生気が戻ってきた。口角が緩み、微笑みが浮かぶ。

まぁ本音は、フウカがいない状況でやらかさないか心配という意味もあるんだけど…

 

本人が嬉しそうにしてるし、そこまで打ち明けるのは無粋かな。

 

 

 

(この後仮釈放を迎えたジュリから普段のフウカが調理を開始する時間を聞き、あまりの早さに引き受けたことを早速後悔するのだった…)

 

 






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