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便利屋に背を向け、温泉開発部の爆薬を積んだトレーラーが向かうであろうポイントへ向かう。
ヒナ委員長が到着するまでおよそ4分半、それまでなんとか持ちこたえておきたいところだ。
ゲヘナ中央公園の噴水より東側、学生広場付近の校庭へと近づくにつれ、再び爆発音が耳に飛び込んでくる。
便利屋が撤収したことで風紀委員の補充部隊の移動を妨げるものがなくなったためか、想定よりも更に多くのモブちゃんたちが到着して銃撃戦を繰り広げていた。
だが、いずれにせよ劣勢であることには変わりは無い。敵の数は圧倒的であり、敗北は避けられないように思われた。
手榴弾が爆発し、轟くような音が聞こえた。地面が震え、空気が振動する。相手側の最前線には、温泉開発部の副部長である「下倉メグ」が火炎放射器を使ってモブちゃん達を戦闘不能に追い込んでいく。
こんなに絶望的な状況でも、彼女らは決して引いていない。イオリとチナツと同じく、モブちゃんたちにも確固たる信念があるのだろう。
…いや、そもそもそれは問題児だらけのゲヘナでわざわざ自治組織である風紀委員に入っていることからも分かることだったか。
「行政官!どうしてここに!?」
「このままでは…」
「指揮をお願いします!」
先ほどまで浴びせられる銃弾の雨で苦しげな表情を浮かべていたモブちゃんたちは、こちらの姿を認めた途端に眉間のしわが消え、目が輝き、顔には再び決意が蘇る。
彼女たちにこれほど期待されているんだ。何としてもこの状況を打開してみせる。
今一度周囲の状況を確認し、力強く声を張り上げた。
「天雨アコ、これより部隊の戦術指揮を執ります!」
■
「a班とb班は下がって持久戦に持ち込みます!中央のc班は遮蔽物に隠れながら応戦です」
銃声が鳴り響く中、戦場の混沌とした中で、必死に指揮を飛ばす。
アコの行政官としての指揮経験を辿りながら、耐久戦のために半円の陣形をとらせる。
その中央部に僕はいるものの、やはりこちらの数が少ないためか、次々とモブちゃん達は倒れていき陣形に穴が出来てしまう。
そんな隙間から、相手の狙撃手による銃弾が僕の体に突き刺さった。
どうやら便利屋の作戦と同じく、指揮系統を最優先で攻撃しているようだ。
視界の隅で不敵に笑う部長の「鬼怒川カスミ」が目に入る。きっと彼女は向こう側の指揮をしているのだろう。萌え袖で腕を振り回し、心底楽しそうだ。
ちょっと調べたらこんなところに温泉なんて湧かないことは分かるだろう。なぜここで開発に勤しむのか理解に苦しむが、倒れゆくモブちゃん達を見ていると、ただ純粋にその行動に怒りがわいてくる。
…いや、落ち着け。こんなときこそ冷静に、状況を分析しよう。
向こうの作戦は一貫してこちらの指揮系統、つまり僕を倒して部隊そのものの崩壊させること。その作戦そのものは既に相手全員に共有済みなのだろう。温泉開発部の部員はカスミ部長の指揮なしで僕を集中砲火している。
一瞬たりとも油断出来ないので、委員長が到着するまでの時間を確認することすら出来ない。
「うぉぉーーー!!開発だぁぁーーー!!」
気づけば陣形の一部が崩れ、多目的爆弾を腰のベルトに何重にも装着した温泉モブちゃんが近づいて来る。
やばいッ、反応が遅れて避けきれない!
ドカーン
耳をつんざくような爆発音が鳴り響き、まばゆい閃光が視界を支配した。瞬間、周囲の空気が一瞬にして熱くなり、衝撃波が身体を襲った。その強烈な衝撃で地面が揺れ、僕は地面に叩きつけられるようにして転倒した。
爆風が巻き上がり、まるで地獄の火のように燃え盛る炎が周りを包み込んだ。火の粉が舞い上がり、煙が目に染み入る。息が詰まりそうになりながらも必死に息を整え、周囲を確認しようとした。だが、爆発の規模が大きかった為か、爆風で風紀委員モブちゃんたちはほぼ全員吹っ飛び倒れ伏している。ヘイローがついているのでなんとか意識は保っているようだが、もはや起き上がることは難しいだろう。
かく言う僕だって、心臓の鼓動が耳元で激しく鳴り響いてるし、身体のあちこちが痛みに包まれている。起き上がるのだってやっとだ。
……でも、あと少し時間を稼がなくては。
ここで折れてしまっては、ここまで戦ってくれた皆に申し訳が立たない。
変わらず浴びせられる銃弾の雨に何度も意識を持って行かれそうになるが、それでも
彼女の想いに、これ以上背きたくない一心で。
――瞬間、こんな戦場ではそぐわない感情だが、僕の心をまるで恋に落ちたかのような感覚が支配する。
生き別れの恋人と再会したときや、初めて我が子を抱いたとき、そして、もう
人は、こうした「愛おしい」という感覚に陥るのだろう。
無慈悲に温泉開発部を蹴散らしていくその愛銃の銃声と、髪筋からふわりと漂うおひさまのかをり。
「…どうして戦場にアコが来ているのかは疑問だけれど、あとは任せてちょうだい」
聞かなくなって久しい、忘れたくなくても記憶からだんだん消えてしまったあの声で呼びかけてもらえる。
こうして再び呼んでもらえる事を、何度焦がれたものか。体中の痛みで気絶しそうになるが、なんとか保つ。
身体は震え、心は美しい幸福に満たされている。
嗚呼、あとはその姿を確認さえ出来れば…
だが、視界に白のシルエットが映りかけたと同時に、交戦の流れ弾が頭に直撃し、僕の頭の中では煌めく星がはじけ、膝はガクガクと震えながら意識を失ってしまった。
■
次第に意識が浮上してくると、この一週間で何度も見た救急医学部室の天井が見えた。
病室の窓から差し込む青白い月明かりが、部屋を冷たく照らしている。数時間前にも体験した感触を、以前と同様に背中で味わう。
以前のと異なるのは、病室の雰囲気。所々からうめき声が聞こえ、疲労と不安の匂いが漂っている。
患者である風紀委員のモブちゃん、温泉開発部のモブちゃん、そして救急医学部員達の疲れた表情が、部屋に重い雰囲気をもたらしていた。
隅の方のベッドでは、かなりの重傷だったイオリとチナツがセナ部長からの治療を受けている。
消毒液が染みるのか、イオリは苦々しい表情を浮かべており、チナツも軟膏を塗られた上で包帯を巻かれて動きにくそうだ。
「…私の所為、ですね」
そう静かに呟いた。
おそらくあの後はヒナ委員長が一人で温泉開発部を生け捕りにし、鎮圧を済ませた事だろう。
だが、僕は戦況を見誤り、これほどの犠牲を出してしまった。
心は深い落胆に包まれ、目の前が暗闇に覆われるような感覚に襲われる。
僕はひとしきりの呆然とした沈黙の後、ゆっくりと悲嘆の深い溜息をついた。
「さっき情報部とチナツから報告は受けたわ。確かに便利屋は予想外ね」
いつのまにかベッドに腰掛けていた委員長の声が聞こえる。今回は先ほどのような動揺を感じることはなかった。
それ以上に、自分がやってしまった失敗への後悔と、結局委員長頼りになってしまったことへの不甲斐なさが大きい。
「いえ、仮に私がそれも想定して動けていれば、委員長のお手を煩わせることはなかったでしょう」
心の内を、正直に打ち明ける。
ここ数日は別件で忙しかったとは言え、便利屋の動向に注視していなかったのもそうだし、嵌められた状況でも僕の思いつく戦術に幅があればもっと良い判断が出来たのかも知れない。
「どうして?私がやった方が確実よ?」
コテンと首をかしげながら、彼女はそれが当然という表情でそう告げる。
確かにその通り。委員長ならば、あの規模の騒動であっても物の数十分で解決できただろう。便利屋という変数があっても、その圧倒的なまでの実力で便利屋ごと叩き潰せるはずだ。
でも、それ故に「ヒナ抜きの風紀委員は雑魚」とまで表されるほど、彼女のワンマンチームとなってしまっている。
武力面において彼女がいるからこそ、ゲヘナの平和は保たれているといっても過言ではない。
それは少しずつ、けれど確実に、彼女にのしかかっていく。
そんな重責を、これ以上彼女に背負わせるわけにはいかないのだ。
深い呼吸を繰り返し、委員長に向かって顔を上げる。
「…それでもです。仮に委員長が不在でも、最低限ここの平和を保てるぐらいには強くなりたいです。ですので委員長、よろしければご助力願えませんか?」
穏やかで、しかし決意に満ちた声。
委員長は静かに僕を見つめ、その言葉に耳を傾けた。そのまま彼女は僕の手を握りしめ、花を愛でるような微笑みを浮かべた。
だがそれは、母親が娘の報告を見守るような、目線の違いが前提にある笑み。
絶対強者故の孤独。あくまでこちらは庇護対象。
…そんなんじゃ、駄目だ。そうやって皆が彼女のことを理解しようとしなかった結果が、あの
「私は、貴方を孤独にはさせたくないです。そして、隣に堂々と立てる強さを持ちたい」
「貴方の
僕の言葉に、委員長は少しだけ目を見開く。感情をめったにあらわにしない彼女が、決意に触れ、珍しく驚きと困惑を浮かべていた。
しばらく経ち、優しく諭すような口調で語りかける。
「アコ、貴方にはもう十分頑張ってもらってるわ。でも、貴方がそれほどの覚悟をもって言うのなら、訓練は手を抜かないわよ。…それと、私達女同士だから結婚なんて出来ないわ」
「いや出来ますが?」
すると、彼女の口元がくすっとゆがみ、微笑みを隠せないようだった。
「…ふふっ。そうね、それならまずは、皆が傷を治すのが先決ね」
そう言って、いつまでも嗅ぎたくなる残り香を漂わせながら、僕の病床から立ち上がる。
そのまま病棟の籠に入っている追加の軟膏を取りに行き、イオリの元へ。
いつのまにか周囲を見渡すと、モブちゃんたちもなんとか意識を取り戻したようで、彼女の動向を病室中が注視していた。
イオリの隣に座ると、その陶磁器のように美しい指に軟膏を少しだけつけて患部に優しく塗りながら、まるで子供をあやすような口調で呟く。
「痛いの痛いの、飛んでいけ~」
…?
…!!!
イオリも、チナツも、モブちゃん達も、あのセナ部長だって、耳を疑ったように目を見開いている。
その奇妙な静寂を不審に思ったのか、ちょっとだけ恥ずかしそうな表情であたりを見回す委員長。
「…えっと、みんな、どうしたの?昔本で見たのをやってみただけよ?」
段々と注目に耐えきれなくなったのか、顔を赤らめもじもじしながらうつむいていく。
えっ…
ふと、自らの目から涙が漏れていることに気づく。
それは頬を沿うように流れ、掛け布団に染みを作った。
「…何ですかこれは」
手で受け止めようとしても、溢れんばかりに流れ出るそれは次々と零れていく。
おそらく目の前で繰り広げられる光景の尊さに、僕の脳が耐えきれなくなってしまったのだろう。
あっ、駄目だ。鼻血まで垂れてきた。
涙ならかろうじて汚れは残らないけど、血が布団に垂れてしまえばかなりしつこい汚れになること間違いなしだ。
えーっと、ティッシュティッシュ…
涙と鼻水と鼻血で顔面をぐちゃぐちゃにしながらベッドの上でもぞもぞしていると、偶然こっちを向いたチナツと目が合った。
チナツはぎょっとした表情をした後、すぐに幽霊でも見てしまったかのように目をそらす。
背後に何かいるのかと思いすぐに後ろを振り向いたのだが、僕の後ろには誰もいなかった。はて…?
「いいな…私にもしてほしいな…」
「私にも癒やしの手を…」
ハッ!
ようやく皆の脳みそも情報処理を終えたのか、細々と、しかし確実に委員長による癒やしの手を求める声が上がる。
さすが我等が風紀委員誇る大天使ヒナで委員長ある。
……だが、させない。イオリには先を越されてしまったが、次にあれをしてもらうのはこのゲヘナの行政官であり委員長の右腕である天雨アコだ。
「あぁ~いだいいだい!!全身が焼けたように痛いですぅ~!!委員長!こちらにもお願いしますぅ~!!!」
恥じらいも外聞もかなぐり捨て、僕はベッドの上で仰向けになりながら駄々をこねるように手足をばたばたする。
突っ込み担当のチナツだけでなく、イオリまで気が触れた人を見るような目線をこちらに向ける。失礼な、正常だよ。
「うわっ!アコ、どうしたのその顔?…それに貴方の火傷は、何故か
「いえ、そんなことはありえません!全身が痛いです!あっ、なんなら今ここで傷を作りましょうか。確か同じ箇所を何回も打ち抜けば、頑丈な体でも傷がつくと聞きました!ええと、脇腹に銃口を添えて…」
「分かった、分かったから!貴方にもしてあげるから待って!」
ホットショットを取り出して右脇腹に添えたら、委員長はベッドに乗り込んで強引に銃を奪ってきた。
キャッ…委員長ったら強引なんですね。そのまま組み敷いて頂いても一向に構いませんが。
銃を没収した委員長は、改めてもじもじしながらこちらを向く。
そのまま手を伸ばし手頃な膝前でくるくると動かし、ちっちゃなその唇を動かしてぼそぼそ呟いた。
「い、痛いの痛いの…飛んでいけ~」
ミ゜(絶命)