アイちゃんに興味津々な兄貴は弟を連れて再び特等席ツアーに出発する模様。
追記:RX-7のボディタイプが「ノッチバッククーペ」となって居ましたところを修正致しました。正しくは「ファストバッククーペ」です。
カウントダウンのゼロが振られると同時にロケットスタートを決め、給水塔前を飛び出したR33 GT-Rとハチロクトレノの二台。
そのローンチ技術は両者ともに極めて鮮やかで俊敏なものだったが、やはり380馬力ものパワーを誇る強心臓を擁したGT-Rの猛加速は、しっかりセッティングされてはいるものの良くて150馬力程度のハチロクをみるみる引き離す。
ハチロクに対して数車身ほど先行したGT-Rを先頭に、ブレーキランプの赤い軌跡を残しながら二台は第一コーナーへと飛び込んで行く。
そんな二台に少し遅れて、特徴的なロータリーサウンドを響かせ、側道から飛び出して来る白い車体が居た。角ばってはいるが機能美を感じさせる流麗なファストバッククーペボディにリトラクタブルヘッドライト。
高橋涼介のFC3S サバンナRX-7であった。
「中里の時よりも張り切ってんな、兄貴」
「それはそうだろう、啓介。あのとんでもない天才2人のバトルを特等席から観戦しないでどうする」
「確かに俺も気になっちゃいるが、すげぇ熱量が溢れてるぞ兄貴」
先行するバトルの主役二台を猛追して第一コーナーへ飛び込むFCの助手席で、運転席の兄を見ながら呟く啓介。啓介の横でFCをドライブする涼介は一見澄ました顔をしているが、内から溢れ出る好奇心が熱量を伴って声に乗り伝わってきている。
こんなにアツい兄は普段あまり見ない。
ついこの前あった、拓海とナイトキッズの中里毅のバトルでも涼介は「特等席で観戦させてやる」と啓介をナビシートに乗せてFCで二台の後を追走したことがあったが、その時とは涼介本人の熱が段違いだ。秋名のハチロクである藤原拓海も涼介が興味を惹かれている存在の一人だが、それに増して彼女、星野アイに強い興味を持っているのだろう。
FCのフロントウインドウの先では、ゆるやかに右へ向かうストレートを駆け抜けた二台がパッとブレーキングし、きつく右へ切り込む第二コーナーのヘアピンへと突っ込んでいくところだった。ハチロクの少し向こう、四つの丸いテールランプを光らせ、赤い軌跡を残した大柄な赤いボディがその巨体を豪快に、されど粗のない丁寧な動きで旋回させ、ヘアピンコーナーの向こうへ消えていく。その後ろを軽さを武器にしたハチロクがギリギリまでブレーキングポイントを遅らせ、スピードに乗ったまま後を追って軽快に突っ込んでった。
「やはり向こうのR33は相当パワーが出ているな。強烈なストレート加速を見るに380馬力前後はある。見ろ啓介、きついコーナーでも慣性モーメントの大きい大柄なボディを物ともせずコントロールしている。神業的なドライビングセンスだ」
追走を始めてさほど経っていないが、人間シャーシダイナモとあだ名される涼介の分析眼がフル稼働している。やはり流石は兄だ、と啓介は思った。
それはそうと、あのR33の少女は思った以上にやるようだ。
「すげぇな…重くてしょうがねぇだろうに、あのでっけぇボディを意のままに走らせてやがる」
「車種から想像される鈍重さはないな。車重相応の重量感のある走りだが、それに振り回されず無駄が一切ない。やはり以前走りを一目見ただけでは分からない要素が多い。藤原に続いて、久々にこんなに興味を惹かれる相手に会った」
表面上は冷静だった涼介の顔に薄く笑みが浮かんだ。
☆ ☆ ☆ ☆
先行するGT-Rの中。バケットシートに小柄な体躯をすっぽり収め、ステアリングを握るアイはワクワクを抑えきれない笑みを浮かべていた。
アイの乗るR33 GT-Rのボンネットに収まるのは日産がレースで必勝を狙いその技術の粋を凝らして造り出した怪物、RB26DETT。堅牢な鋳鉄ブロックを擁する2.6リッターの直列6気筒エンジンを二つのターボチャージャーが過給するその心臓はライトチューンの領域でも380馬力ものパワーを叩き出す。スタート直後のホームストレートでハチロクを置き去りにしたのはアイにとってあまりにも分かりきったことだ。
バトル相手である秋名のハチロクこと、藤原拓海の本領発揮は恐らくこれから。きついコーナーの増える中盤から後半セクションだ。
バックミラーに視線をやると、ストレートでこそ残酷なほどのパワー差によってぐわっと差が開く一方で、コーナーではじりじりとリトラクタブルヘッドライトの光が差を詰めてくる。
パワーの無いクルマの鉄則である、無駄な減速をしないこと。これを突き詰めたような最低限のブレーキングと神業のような荷重移動によるマシンコントロール。非力だが軽いハチロクのポテンシャルを十二分以上に活かして白黒の小さな車体がアイを猛追してくる。
ハチロク以上にパワーのある新しいマシンが相手でも、アイにここまで付いてくるドライバーは今まで居なかった。彼女の義父である星野好造は拮抗する実力はあるが、あれは身内だしアイのドライビングスタイルを構成する吸収元でもあるから除外だ。
コーナーをクリアするたびにじわじわとペースを上げてハチロクがにじり寄ってくる。アイのミリ単位の荷重移動とマシンコントロール能力で抑え込んではいるが、やはりR33の大きな車体が災いする慣性モーメントの大きさとのしかかる己の車重は、ハチロクという軽量コンパクトを体現したようなマシンと相対するには足枷だ。どうしてもタイトコーナリングではハチロクの身軽さが勝る。特にそのハチロクを操るドライバーがアイと拮抗するレベルのスーパードライバーなら。
第四、第五コーナーと連なるヘアピン区間をアイは繊細なアクセルワークを駆使し、その大柄な真紅の車体を滑らせながら駆け抜ける。本来ならドリフトを許容しないアテーサE-TSという四輪駆動システムをアクセルワークでもって滑らせる。「理解不能」と言われるゴッドフットこと星野好造のアテーサドリフトを義理の娘である星野アイは完璧に吸収し、受け継いでいた。
四コーナーを抜け、反転して五コーナーへ。先ほどとは逆方向へ180度ターンを行うきついコーナリングに巨体の重量がフロントタイヤへのし掛かる。
(あちゃー、やっぱり下りじゃこの子の重さが効いてるね…)
しかしスキール音を上げるフロントタイヤは悲鳴を上げながらもまだ生きている。R33の重量を一身に受け止め、大きな車体を旋回させていく。
「でもそれがどうした、だよ…!不利をひっくり返してこその一番星、星野アイ…!」
ちらとサイドミラーを確認すれば、ハチロクはやはりそこに居る。
気を抜けば巨大な質量をアウト側へ投げ出そうとするGT-Rの巨体をねじ伏せながら、アイは不敵な笑みを浮かべた。
たのしい、たのしいね拓海君…!!
第五コーナーを抜け、秋名峠の中盤へ差し掛かるスケートリンク前のストレートへ出る。バックミラーを見ると、すぐ後ろへハチロクは付いてきていた。
コーナー出口を立ち上がり、フルスロットル。ブーストメーターの針が跳ね上がる。アイの右足に応え、二基のターボチャージャーを猛然と回したRB26が待ってましたと言わんばかりにフルパワーを発揮した。
そのハイパワーを余すことなく四輪に伝達し、路面を蹴り付けたGT-Rは四駆特有のトラクションの良さを発揮してハチロクを突き放す。空気の壁を溢れんばかりの高出力で押し除け轟々と突き進むその姿はまさに重戦闘機のよう。
スケートリンク前のストレートが終わる。全開加速からシフトダウン、フルブレーキングへ移ったGT-Rはフロントブレーキディスクを赤々と赤熱させながら展望台前の六コーナーへ飛び込んだ。
あぁ、楽しい。アイの心は興奮に満ちていた。ハチロクの後ろに時折覗くもう一台の白い車体なんて気にも止まらない。
「あはっ、楽しいね拓海君…!もっともっとノッて行こうよ☆」
アイの瞳に輝く星が輝きを増した。
もっともっと本気、見せちゃおうかな。私の得意な嘘を。こんなに私を満たしてくれるあなたへの、愛を。
嘘を織り交ぜて完成する全力の走り。
ある意味、嘘はとびっきりの愛なんだよ。
☆ ☆ ☆ ☆
あまりに速い。この前にバトルした黒いGT-Rなんて目じゃない速さだ。
真紅のGT-Rを猛追するハチロクトレノのドライバーズシートで、藤原拓海は焦っていた。
(やべぇ…この人速ぇ…。今までの相手とは格が違う…!)
直線が速いのは以前バトルした黒いGT-Rと同じ。これは予想していたが、コーナリングは、といえば、巨大な車体とは裏腹に予想以上に速い。やはりその大柄な車体は相応に重たいらしく軽快さはないが、粗らしい粗が無い。隙がない。
軽く小さいボディのおかげで余計な慣性モーメントを持たないハチロクの長所を最大限に活かし、拓海というずば抜けた才能の塊がドライブすることで、コーナーごとにわずかずつ差は詰まっている。
――しかし、もう一歩を突けそうな隙が見当たらない。加えて――
(隙がない上にさっきから前のクルマのラインが読めない…ッ!こいつ、さっきから毎回走行ラインが違うっていうのか…!?)
先程から眼前を走る赤いGT-Rの取るラインは一定ではなくなっていた。コーナーが来るたびに毎回違うラインを取るのだ。それでいてその速さには機械の如く乱れはない。
(なんだこいつ、やりにくい…!!)
後ろを行く拓海としてはリズムを乱されてしょうがないのだ。
現在位置は秋名峠を下って中腹に差し掛かる辺り。展望台を過ぎ、連続する緩いコーナー区間を駆け抜け、きついヘアピンをクリアしたのちに緩く右へ曲がっていくストレート区間へ入る。たちまち爆発したかのような猛加速で離れていく赤い巨体を追って拓海はハチロクへ鞭を入れた。
がぉぅっと4A-GEエンジンが吠え、絞り出した150馬力をリヤタイヤが路面へ叩き付ける。
丸い四連テールランプの引く赤い光の尾を流し、スキール音を響かせてリヤを振りながら左へ折れるヘアピンへ飛び込んで行くGT-R。それを追って、精一杯のスピードを乗せギリギリまでブレーキングポイントを遅らせたカミカゼツッコミを披露しながら拓海はハチロクをコーナーへ飛び込ませた。
(もっとペースを上げて食いついていくしかねぇ…!)
拓海の中のギヤが一段上がる。
雨の日も雪の日も豆腐の配達で秋名を走り込んだ拓海にとって、ハチロクは己の手足の延長線上のようなもの。ガードレールスレスレまで寄せ、ボディを擦り付けんばかりの猛追で拓海はハチロクをGT-Rへ食い付かせた。
☆ ☆ ☆ ☆
自らの重い巨体による不利をねじ伏せるGT-Rと無駄な減速をせずに最短ラインを駆け抜けることでコーナリングスピードを上げ、パワーの無さを補うハチロク。一進一退の攻防を繰り広げる二台の後方を追走するFCの高橋兄弟からもその激戦は見えていた。
「やはりR33は重さが厳しいか。ドライバーである星野アイの神業じみた技量によって破綻せず、決定的な隙は覆い隠されているが、あの車重はダウンヒルではタイヤとブレーキに過大な負担を課す。あまり長く保つわけではないだろうな」
「二台ともアホみたいなペースで飛ばしてるもんな…レコード更新ものじゃねぇか…?」
前を行く二台の戦況を分析する涼介の言葉を受け、啓介は呟いた。秋名峠のタイムレコードが根こそぎ書き変わりそうなペースだ。
「あの巨体を破綻させずねじ伏せるコントロール能力に今のところ隙はない。そして先ほどからR33の取るラインに意図的にばらつきが出ている。ペースに翳りが出ていないことから、あれは意図的にラインを変え幻惑する撹乱戦法だろうな」
「うっわえげつねぇ…後ろの藤原にしちゃぁとんでもなくやりにくいんじゃねぇか……??」
涼介の分析にげんなりした顔をする啓介。自らがあのタチの悪い魔術師のようなR33を追走してバトルをすると仮定した想像をしたのだろう。
「だろうな。この先に藤原が星野の調和を崩せるとしたら――」
☆ ☆ ☆ ☆
(やるしかねぇ、
拓海は決断した。この何かオーラを感じるほどとんでもなく速い、しかもタチの悪いやりにくさを持っているGT-Rをぶち抜くには、彼の父親、藤原文太直伝である必殺技を使わねば勝機は無いと。
今までにバトルした二台をことごとく抜き去ってきた奥の手だ。こんな化け物みたいな相手に出し惜しみするべきではない。
(仕掛ける先は、この先の五連続ヘアピン…!!)
秋名峠の路側帯の特徴を利用した、格上殺しの必殺技。この技を使って、全力で勝ちに行く。
俺とハチロクの全力、見せてやるよ…!!
下っていく少しばかりのストレートの後、ブレーキランプの赤い軌跡を残して五連続ヘアピンの入り口へ飛び込むGT-Rのインの内側、
「いっけェ!!!」
キリがいいところまで来たので溝落としのタイミングで一旦分割。イニD的に言うとここで例の「イニシャルディー!!」のアイキャッチが入ります。
豆腐屋と一番星の大決戦の行方は次回。
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作者のモチベが掟破りの地元走りを使っていろは坂をかっ飛びます。
1話ごとの文章量について。
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