今後も定期更新とは行かない時も出てくると思われますが、良ければご愛読頂ければ幸いです。
いよいよ才能大決戦の結末が訪れます。勝負やいかに…!!
秋名峠の下りにおける後半の名物である五連続ヘアピン。その第一ヘアピンへ意気揚々と飛び込んで行くアイのGT-R。その後方視界からハチロクのヘッドライトがふっと消えた。
――と思った瞬間、消えたと思ったハロゲン灯の淡黄色の光はアイの視界のすぐ右へ移動していた。白黒の角張った小柄な車体はヘアピンをクリアして行こうとするGT-Rのイン側へ潜り込んでいたのだ。
(えっ…!?なにその動き…!!)
アイの白星を宿した大きな瞳がさらに見開かれた。
その視線の先でハチロクはインベタの苦しいであろうライン取りに居ると言うのに、FR車では、いや、車であるならば通常あり得ない、まるでレールの上を走るかの如く奇妙な挙動で曲がっていく。
タイヤというのは1本あたりがこなせる仕事の量が決まっている。その決まったキャパシティの中でタイヤは「クルマを前に進める」「曲がる」「減速する」といった複数の仕事をこなしている。
進入スピードが速いほどこの仕事量は増大し、その許容量を超えたスピードではタイヤは踏ん張れずにコーナーの外側へずりずりと膨らんでいく「アンダーステア」を誘発し、自動車は意図した通りに曲がることができないのだ。
だというのに、目の前のハチロクはそれに反し、明らかにタイヤの限界を超えたスピードかつ、インベタのラインに沿っておかしな曲がり方をしている。
どちらかと言うと基本的な駆動配分がFR寄りとはいえ、トルク配分可変型の四輪駆動であるGT-Rでさえ霞むような摩訶不思議な曲がり方で第一ヘアピンを立ち上がったハチロクはついにその後塵を拝すばかりであったGT-Rの前へと躍り出た。
「なにそれ…!!もう一回観たい…!」
思わずアイの口からこぼれ出た言葉を体現するかのように、GT-Rの前へ出たハチロクは第二ヘアピンへ飛び込み、やはりインベタのラインを
ぱっと見ではなにが起きたか理解できない人間が多いだろう。しかし――
(ほぉ…?ふんふん、へぇ…!!)
一番星の目はその秘密を逃さない。
タイヤの持つグリップ限界からすると奇妙極まりない鋭さを見せてイン側を沿うようにコーナーをクリアしていくハチロクを追いかけながら、その後ろ姿を星の瞳がじっと観察する。
これがまさしく今までの秋名のハチロクの対戦相手であったハイパワーマシン相手に、戦況を土壇場でひっくり返してきた渾身の必殺技そのものであろう、とアイは推測する。
(あはっ、なるほどぉ…!わかっちゃった☆)
極めて細やかなマシンコントロールとあらゆるラインを十全に使いこなすドライビングの天才たるアイの目と脳が答えを弾き出した。
あのハチロクは、
事実だけを見れば単純だが、生半可な技量ではここまで鮮やかにかつ連続してこの技をクリアすることなど不可能だ。峠を攻める職業ドライバーとも言えるラリードライバーの上澄み達がしのぎを削るWRCこと、世界ラリー選手権で用いられるような高等技術を野良の峠の走り屋で、ここまでのレベルで使える猛者がいるとは。
好造から聞いたモータースポーツの話を思い出しながら、つくづく藤原拓海というやつはびっくり箱の塊みたいな面白いドライバーである、とアイはますます好ましく思った。
しかしここで終わらないのが峠の一番星、星野アイ。
彼女にとってはタネが割れてしまえば、それは彼女自身の糧となる。
ひとしきり驚愕と理解を経たアイの目が、頭脳が、秋名のハチロク渾身の必殺技を模倣しに掛かる。
(ふんふん、そうするのがいいのね…!)
第三ヘアピンへ同じように飛び込んで行くハチロクの後を追いながら、コーナーへの突入ライン、タイヤを溝へ落とすタイミング。角度。あらゆる要素をハチロクの後ろ姿から観察、吸収、模倣していく。
そしてそれは完璧な精度をもって完成した。
「あは、覚えちゃったぞぉ☆」
アイの操る真紅の巨体は先を行く白黒ツートンの車体の挙動をそっくりそのままコピーするかのようにインベタへ飛び込み、そのタイヤを排水溝へ引っ掛けた。
☆ ☆ ☆ ☆
(嘘だろ…!?溝落としをコピーしてきやがった…!!)
藤原拓海はサイドミラーを見るなり、今夜一番の驚愕と焦りに襲われていた。
自身の渾身の必殺技である「溝落とし」による異次元のコーナリングスピードでもってGT-Rのインを突き、抜き去って前へ躍り出た拓海。今まで自らよりも圧倒的なパワーを持つ速いクルマに二度も勝利してきた格上殺しの必殺技だ。
そのまま溝落としを活用し、ヘアピン区間で引き離しに掛かろうとしたその時であった。
第四ヘアピンへ飛び込み、排水用の溝へタイヤを引っ掛け曲がっていくハチロクの後方。ヘアピンの最中だというのに真後ろに青白いヘッドライトがぴったりとくっついてきている。
拓海の視線の先のサイドミラーの中には、拓海の操るハチロクと同じようにイン側のタイヤを溝へ引っ掛け、すぐ後ろを猛追して来ている赤いGT-Rのボディがあった。
思わず唖然とする拓海。
ムカつくくらい速い親父直伝の奥の手がたった数回使っただけでいきなりコピーされて、そっくりそのままやり返されるだなんて誰が思うだろうか。
(今の数回で学習された…?やべーなんてもんじゃねぇこの人…!!)
先行させても後追いに回っても厄介極まりない。溝落としすらやり返された。
やはり拓海にとって、星野アイはかつてないほどの巨大な壁であるようだった。
(ほんとにこの人に勝てるのかってくらい速いけど…でも、ぜってぇ負けたくねぇ…!)
父親である文太に似て、実は頑固で負けず嫌いな拓海。その育ち始めたばかりの走り屋魂が轟々と唸りを上げる。
この先は再びストレート区間の増える高速セクション。ここまでパワー差の大きいクルマに先行を許せば勝ち筋は薄い。
バンパー同士が接触せんばかりに猛追するGT-Rをなんとか抑え、ハチロクは第五ヘアピンへ飛び込んで行った。
☆ ☆ ☆ ☆
先ほどの溝落とし合戦は後方を追うFCからバトルを観戦する高橋兄弟の目撃するところとなっていた。
「嘘だろ兄貴…俺も中里もやられた藤原自慢の必殺技をあの女、あっさりやり返しやがった…」
「あぁ、驚いたな…まさかアレをやり返してくるとは、俺の想定外だ」
唖然とする啓介に答えつつ、本人も驚きを隠せない様子の涼介。
排水用の溝へタイヤを引っ掛け、限界以上のコーナリングスピードでインベタをクリアする、という規格外の技を仕掛けられ、ハチロクに一度は抜かれることとなったGT-R。だが、それを駆る星野アイはわずかヘアピン数個の間に後方からハチロクが何をやったのかを分析し、完璧にコピーしてやり返したのだ。
とんでも無い観察眼と分析力、そして得られた情報をごく短時間で自らの物とする応用力とそれを支える人間業とは思えない技量。
「ふっ…予想以上だ。面白くなってきたぜ…」
涼介の怜悧な美貌が、面白くて堪らないと言わんばかりの深い笑みを浮かべた。
自身の想定を遥かに上回る興味深いドライバー、星野アイ。なんとしても接触してみようと涼介は決意した。
「兄貴、このバトルの決着、いよいよ分からねぇんじゃねぇか…?」
「あぁ。この先は緩いコーナーとストレート区間がメインの高速セクションだ。一見して圧倒的にパワーに勝るGT-Rが有利だが、ここまでのテクニカルセクションでハチロクを抑え込むために散々振り回したあのGT-Rのタイヤとブレーキはそろそろ限界だろう。どこかで星野でさえ抑え込めない破綻が出てもおかしくは無い。このバトル、最後まで何が起きるか分からないだろうな」
☆ ☆ ☆ ☆
(あっ…これ、ちょっとヤバいかも…?)
秋名のダウンヒルも終盤の高速コーナー。アイはとうとう顔を出すようになったアンダーステアと格闘していた。
アイの荷重移動コントロール、ひいてはタイヤマネジメント能力は重たく巨大なR33 GT-Rでハチロクと同ペースで秋名のダウンヒルをかっ飛ばしておきながらここまで致命的な破綻を起こしていない時点で異常な域へ達していることは確かだ。
しかしそのアイを以てしてもフロントタイヤの限界が近づきつつあるようだった。
1トンに満たないほどのハチロクと全力でやり合いながらダウンヒルを駆け降りているのだ。そのペースや凄まじい事この上なく、1.5トンあまりにもなるその自重が自らのフロントタイヤへと牙を剥いていた。
ぎゃいぎゃいと耳障りなスキール音を立ててフロントタイヤが遠心力に負け、外へと膨らもうとする。380馬力の大パワーと自らの巨体によりのしかかる荷重をとんでもないスピード域で受け止め続けたタイヤの死期が近い。
言うことを聞かなくなってきたGT-Rの巨体を全力で抑え込むアイのその顔は、
アイを相手にして、ここまでのバトルを展開してくれるドライバーは出会ったことがなかった。ここまで、過去経験のないほどタイヤが厳しいのは、それだけハイレベルでハイスピードなバトルをしているということ。
――こんなの、楽しくてしょうがないよね…!!
もうゴール地点まで余裕がない。タイヤを使い切ってでも…!!
ストレートならハイパワーと四駆でタイヤの厳しさを誤魔化せる。タイヤのトラクションが厳しいが繊細なアクセルワークでロスを最小限に。
アイは右足を駆使してRB26を奮い立たせ、わずかなストレート区間でハチロクの前を取る。そのまま超接近戦を演じながらコーナーへ飛び込んでいく。
(タイヤが厳しいなら、滑らせてコントロールするまで…!!)
☆ ☆ ☆ ☆
秋名の下りゴール地点にほど近い、大きく弧を描く長いコーナーの脇。ガードレールを隔てた路肩に一人の男が立っていた。
ギョロッとした特徴的な目つきに太い眉。真っ黒い髪を中分けにし、両サイドをワックスで撫でつけたその男こそ、妙義山を拠点とする走り屋チーム「妙義ナイトキッズ」のリーダー、中里毅である。
その目は時折スキール音とエキゾーストの響いてくる上り方面のコーナーの向こうへと向けられていた。
中里がどうしてこんなところに居るかといえば、このコーナーの向こうで猛烈な激戦を繰り広げているであろう、このエキゾーストの持ち主である二台のバトルを見にきたのだ。
自分が意気揚々と挑んで、気持ちよくすっぱりと負かされてしまった「秋名のハチロク」と、それに挑戦状を叩きつけてきた謎のR33 GT-R。
型は違えど同じGT-R乗りとしてのシンパシーもあり、中里としては気になってしょうがない。
「R33と言えばデカくなっちまったボディがネガだが、重量バランス自体は32より多少良くなっている。それをこの峠でどれだけ活かして扱えるヤツなのか…さぁどんな走りを見せてくれるンだ…!」
中里が見据えるコーナーの向こうが明るくなり出した。気づけばエキゾーストがかなり近い。もうじきここへバトル中の二台が飛び込んでくるということだ。
聴こえてくる二種のエキゾーストのデュエット。一方は4A-GE特有の吼えるような吸気音と乾いた甲高いエキゾーストの二重奏。残るもう一方は金属質な高音の混じった重厚な直列6気筒の音色と共に響くターボチャージャーの攻撃的な吸気音。中里も良く知るRB26の音だ。
コーナーの向こうから二台の姿が現れた。先頭を取るのは真紅のR33 GT-R。そのピッタリ後ろに白黒ツートンのハチロクトレノが続く。
「アタマはGT-Rか…!!」
中里の言葉に被さるように二台はその車体を派手に横滑りさせながらコーナーへ突っ込んでくる。
「あいつ、GT-Rでドリフトだとォ…!?電子制御が効いてドリフトを許容しねぇアテーサであの滑らせ方はそうそうできねぇはずだ…!」
FRかと思うような派手なドリフトをかます赤い巨体に驚愕する中里だが、一つの可能性に思い当たる。
「いや…そうか、俺もR乗りだからわかるが、あの重い車体でここまで限界ダウンヒルバトルをすればフロントタイヤは相当厳しい、こうなれば地獄のアンダー祭りのはずだ…!あいつは何かとんでもねぇ方法でアテーサを騙くらかしあえて滑らせてコントロールしている…!」
走りのムラはあるが、ハマればとことん速い男は伊達ではない。限りなくその推理は当たっていた。
そうしている間に中里の目の前で二台はツインドリフトを維持してその勢いのままコーナーを抜け――途端に真紅の巨体がよろめいた。
やはりR33のタイヤはもうほとんど死んでいる。そんなタイヤでまだ持ち堪えているのはまるで神業だ。
「もうGT-Rのタイヤは終わっている…!!アンダーが抑えきれてねぇ…!」
ずるずると外側へ膨らむGT-Rのインへハチロクが滑り込む。GT-Rの鼻先を掠めながらハチロクとラインが交わり――
――そうは問屋が卸さないとばかりに体勢をなんとか立て直したGT-Rが底力を振り絞った。
コーナー出口で最後の全開加速を掛け、すぐ前にいるハチロクへ左手から並び掛ける。
タイヤは瀕死のボロボロ、トラクションは山頂でスタートを切った時に比べれば絶望的。万全の状態とは程遠いとは言え、しかし380馬力の四輪駆動のダッシュ力は依然として驚異的だ。
150馬力を振り絞って逃げるハチロクの真横へじりじりと真紅の巨体が迫り――
車格もパワーも何もかも対照的な、しかし似通った天性の走りをする天才が駆る二台は、ほぼ同時に麓のフィニッシュラインを通過した。
「覚えちゃったぞぉ☆」(おめめのお星様ギラッギラ)
前を行く拓海くんからすれば恐怖以外の何者でもないですね。
オデノタイヤハボドボドダァ!と言わんばかりのアイちゃん号ですが、アンダー祭りと戦いながらも最後の最後に粘り切って食らい付き、ほぼ同着となりました。
これが板金王なら刺さっていることでしょう。
その板金王もギャラリーとして参上。ガムテープデスマッチ前ということで慎吾君は改心前ゆえに居ません。
面白いと思って頂けましたら高評価・感想等宜しくお願い致します。作者のモチベにブースト圧1.5が掛かります。
追記:ガムテープ戦までの今後の流れを原作をお供に再確認して構成中なので次回はしばらく遅れる事になりそうです。よければゆるりとお待ちくださいませ。
1話ごとの文章量について。
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