おっと、アイちゃんのおめめが…??
今回から特殊タグなるものを使ってみました。
その日の夜。イツキは愛車のハチゴーの助手席へ拓海を乗せ、秋名峠へと繰り出していた。車は手に入った。あとは走るだけ、と言わんばかりに己のスキルを磨くためである。
「よぉーっしいっくぜぇ俺のレビン!!」
「イツキ、頼むから無茶はしないでくれよな…」
秋名峠の上り入口へ差し掛かった白い車体はそのままヒルクライムセクションへ入る。横で不安げな拓海をよそに、イツキは意気揚々とハチゴーのアクセルを踏み込む。
3A-Uが唸りを上げてなけなしのパワーを絞り出し、上り勾配をえいこらと駆け上がったハチゴーはその先のコーナーへ飛び込んだ。
「おわ、おぉーっととと…!」
「お、おいイツキ、ほんとに頼むぞ…!」
ハチゴーの貧相極まりない足回りとプアな70扁平の街乗りタイヤが悲鳴をあげている。ぎゅるぎゅるとタイヤを鳴かせながら盛大にロールしたハチゴーはよろめきながらもなんとか体勢を立て直し、コーナーを抜けていく。
「やっぱりノーマルのスカスカ脚と70のへぼタイヤじゃダメかぁ」
やはりノーマルのハチゴーは非常に頼りない。ハチゴーを愛してみようと思ったイツキだが、これだけは間違いなかった。
☆ ☆ ☆ ☆
ある程度秋名を走り回ったイツキは山頂の駐車場へハチゴーを入れ、休憩を入れることにした。白枠へハチゴーの車体を収め、ニュートラルへギヤを戻したイツキはサイドブレーキを引き、エンジンを切った。
先ほどまで全開で持てるパワーを振り絞っていた3A-Uエンジンが熱を帯び、空気へ触れたエキゾーストマニホールドがキンキンと金属音を立てている。
ハチゴーを降りたイツキと拓海はすぐそばの自販機で缶ジュースを買い、一休みする事にした。
「やっぱハチゴーじゃ攻めるのは厳しいかぁ」
「横乗ってても、うちのクルマに比べて安定感ないのはわかるかも…」
「やっぱそうだよなぁ…もうちょっとまともな脚とタイヤだけでもまず入れるべきかなぁ」
ハチゴーのフロントフェイスを眺めながらイツキがぼやく。平凡なカローラとなんら変わらないぐにゃぐにゃサスと分厚いコンフォートタイヤでは峠を流すだけでも一苦労だ。
ハチゴーを見捨てずに愛すと決めたイツキでも、さすがにこの貧相さは看過できなかった。
「でもさ、ようやく峠を走れるようになったんだなって思うと俺、なんか感慨深いよ…!頑張ってコツコツお金貯めて、もっとこいつを速くしてやるんだ…!こうして見てるとやっぱカッコいいよ、俺のレビン…!!」
「やっぱりすげぇなイツキは…」
缶ジュースを飲み干したイツキは精悍な顔つきをしたハチゴーのボンネットを撫でながら少しずつ愛車を速くする決意を語る。そんなイツキを拓海は眩しそうな顔で見ていた。拓海としてもかつてない刺激を与えてくれた目標ができたところである。眩いまでの輝きを見せる一番星の走り。目下最大の拓海の目標は『アイに負けないくらい速くなる』事であった。
(今まで惰性でやってた配達、もっと速くなれるように練習してみっか…)
拓海が密かに走りへのモチベーションを高めていると、麓の方から聞き覚えのあるエキゾーストが聴こえてきた。
「おっ、誰か上がってくるぞ…!」
イツキが目敏く反応する。彼の言う通り、秋名峠を上ってくるクルマが居るようだ。つい最近聴いたような、甲高い金属質な響きの混ざった太いエキゾーストが段々と近づいて来る。そう、拓海があの日ずっと追いかけていたような――。
(この音…ひょっとしたら――)
拓海の予想通り、麓へ続く闇を切り裂いて現れたのは真紅のR33 GT-Rであった。
「うぇっ!?アイちゃん!!!」
「――!」
夕方に会ったばかりの唐突の推しの出現に飛び上がるイツキ。対して拓海はやはりと納得した。
ターボチャージャーの鋭い音を奏でながら給水塔前のホームストレートを上ってきたGT-Rは鮮やかなライン取りでイツキ達の居る駐車場へ滑り込み、ハチゴーの横へその大柄なボディを収めた。
「わぁ!拓海君にイツキ君だ!やっほー☆」
運転席側のドアが開き、アイの顔がひょっこり出てきた。街灯のナトリウムランプのオレンジの光に照らされた紫紺の髪がキラキラと不思議な輝きを振り撒く。
ニコニコとしたアイが手を振ってくるのにイツキは思わず溶けた。
「アットウトイ…」
「今日はよく会うな…どうしたんだ?」
アイビームで溶けているイツキを横目に拓海が問い掛けた。
「夕方ぶりだね〜!この前拓海君とのバトルで使い切っちゃったタイヤを新調したから、慣らしでもしてあげようかなーって☆」
そう言って笑うアイ。以前の拓海とのバトルで完全に終わってしまい買い替えた新品タイヤの皮むきを兼ねてゆるゆると秋名を上ってきたのだと言う。
「拓海君達はー?」
「――ハッ!!お、俺は拓海連れてハチゴーの性能試しと運転の練習に来たんすよ!」
アイの問いかけに溶けて何処かへ飛んでいた彼方から帰還したイツキが答えた。
「お!いいねいいね!走れば走るほど上手くなるよ☆」
「ほ、ほんとっすか…!俺頑張って上手くなるっす…!」
アイに背中を押されたイツキは改めて腕を磨くことを決意した。
「あ、そうだ!せっかくならハチゴー、私もちょっと運転してみてもいいかな?」
「うえぇっ!?えっあっ、え、いいんすか…?俺のレビンにアイちゃんが…!?」
ポンと何かを思いついたように手を叩いたアイが突然そんな事を言い出した。まさかの申し出にイツキは慌てふためいた。
なんせとびきり可愛いアイドル級の女子、しかも推しが自分の車に乗るのである。あまりの衝撃にイツキは思考停止して固まった。
横でそんなイツキを眺めている拓海はぼーっとした顔の内心でアイにハチロクを乗ってもらったらどうなるだろう、と考えていた。
「どうかなー??」
「えっいやそんなぁ、俺なんかのでよければでへえへへ…お?」
小首を傾げて見つめてくる星の瞳に舞い上がったイツキがにやけ出したところで、再び下からクルマが上がってくるエキゾーストが響いてきた。
「まだ誰か上がってくるのかな…?」
「今夜は走ってる人が多いんすかね…?」
振り返って麓の方に視線を向けたアイに釣られ、イツキ達もエキゾーストが聴こえてくる方へ目をやった。
見れば白い180SXと黒いS13シルビアが連れ立って上がってくる。峠の走り屋としては定番の二台はそのまま駐車場の前の側道へ停車し、なにやらガラの悪そうな男達が降りてきた。
「うわ、なんかヤバそうな人きた…?」
「うぇっ、ほんとだ…」
(なんか面倒そうなのが来たな…)
アイとイツキは顔を見合わせ、拓海は内心で面倒そうな事になって来た、とぼやいた。
「おい、それらしいのはいねぇぞ…?」
「いや、あっちにハチロクが居るぞ…?あれじゃねぇか?」
どうも彼らは誰かを探しているらしい。男達は車を降り、イツキ達の方へ向かって来る。何事かと身構えるイツキに先頭の男が話しかけて来た。
「おいお前ら。俺たちァ秋名のハチロクってのを探してんだが……」
そう前置きを置いた上でジロジロとイツキ達を見た男は一拍置いて嘲笑を浮かべた。
「はッ、まぁっさかお前らみたいなガキが秋名のハチロクなわけねぇよなァ!!」
「紛らわしいんだよ!大体ガキが一丁前にハチロク乗りやがって、ムカついてしょうがねぇ!」
「な、なにをぉ…!」
秋名のハチロクを目当てにやって来たらしい男達はイツキ達とレビンを見てお目当てではないと分かると途端に罵声を浴びせ始めた。明らかに馬鹿にされ出したのが分かったイツキは気圧されつつも男へ向き直った。
「大体なんだァこのだっせぇノーマルホイール!ハチロク乗ってんならホイールくらい変えろよなァ!マフラーまでノーマルで情けねぇ音させてんじゃねぇよ、なぁ!」
目の前のレビンがフルノーマルであることに気づいた二人目の男がのしのしと近づき、散々馬鹿にした挙句ホイールを蹴飛ばした。
「うっ…だ、だってこれはハチゴーだし…!」
「はっ!?ハチゴーだぁ??」
「なっさけねぇハチゴーかよ!!時代遅れのSOHC!そりゃあ社外のマフラーなんかどこにも無ぇよなぁ!」
イツキの絞り出すような言葉に男達は素っ頓狂な声を上げた後、まさかのハチゴーだと知って嘲笑った。イツキの隣に居るアイを指しながら男は馬鹿にし切った顔でイツキに言う。
「そっちに居る可愛いコもよりによってハチゴーなんぞに一緒に走られたくなんてねぇだろうよ!!ひゃっはっはっはぁ!」
散々っぱら笑いながらイツキのハチゴーをこきおろした集団は満足したのか自分達の車に引き返し、去っていく。
「はっ、精々原チャリに煽られねぇように気をつけるこったなぁ!!」
下品な嗤い声を残して発進していく180SXに遅れて、後続のS13がそんな捨て台詞を残して走り去っていった。
「ぐっ…うぅ…そんなに馬鹿にしなくたっていいだろ…やっぱハチゴーなんて…」
散々に初めての愛車を貶されて涙ぐむイツキの横で、拓海はブチ切れていた。拓海はあの手の下衆な連中が大の嫌いである。
「ムッカついた…あいつら勘弁できねぇ…!!イツk…」
腹の立った勢いのままイツキに声をかけた拓海の言葉尻が急激にしぼんだ。何故なら横に鬼も裸足で逃げ出しそうな怒気を纏ったオーラを垂れ流し、先ほどの男達が走り去った方を見つめる人物――アイが居たからである。
表情は微笑んだままだが、目が笑っていない。いつもは白い輝きの星が宿っているはずの瞳に昏い昏い、深淵のような深さを見せる黒星が宿っている。
「へーぇ、そう言う事言えちゃうんだ…?」
(うわ…怖ぇ…俺よりキレてる)
人は自分より激怒している人物を見るとかえって冷静になれるものである。拓海はそれをこの時実感した。
手違いで手元に来ることになったハチゴーを、たとえ性能が低かろうとそれでも愛着を持って愛そうとするイツキにアイは好感を覚えていた。それをこれでもかと馬鹿にして行ったあのチンピラ紛いのような男達はアイの逆鱗をこれでもかと踏み抜いていたのである。
「ねぇイツキ君、さっきの通りにちょっとだけイツキ君のハチゴー、借りるね」
「えっ、えぇ!?」
「イツキ君は横乗ってね」
アイはハチゴーの運転席へするりと滑り込むと、シートベルトを締め、エンジンを掛けた。3A-Uが調子良さそうに目覚める。
「えっ、で、でもどうするんすか…!?これはハチゴーっすよ!サスだってスカスカだしLSDだって付いて無いし、しかもタイヤ70っすよ…!」
「関係ないよ、そんなの。イツキ君、しっかり捕まっててね。みんなが馬鹿にするこのクルマの底力、本当の速さっていうのをあいつらに見せてあげようよ★」
「ヒェ…目が笑ってない…!」
助手席に収まってシートベルトを締めたイツキの疑問に黒星の瞳を昏く輝かせたアイはそう答えた。まるで車内の重力が増したようなアイのオーラにイツキは心強いのと同時に震え上がった。
「拓海君!ちょっと
窓を開け、そう言い残したアイは横にイツキを乗せたハチゴーを急発進させる。唸る3A-Uの咆哮と共に盛大にロールしながらターンを決めたハチゴーは秋名のホームストレートを駆け抜け、フル加速で先程の二台を猛追して行った。
後に残された拓海はすっかり冷静になっていた。手持ち無沙汰になった拓海は取り敢えずアイのGT-Rの横へ座り込み、缶ジュースの残りを飲み干す事にした。
(きっとアイさんが居なかったらあのまま俺が同じ事してただろうな…)
拓海としても、親友の為に自分と同じ想いで怒ってくれる少女が居るのは、素直に嬉しかった。
☆ ☆ ☆ ☆
秋名峠を下っていく二台のクルマ。白い180SXと黒のS13シルビアが連なってコーナーを抜けていく。その技量はお世辞にも高いとは言えないが、この二台に乗るガラの悪い男達は一応、妙義山を拠点に活動する走り屋チーム『妙義ナイトキッズ』のメンバーである。
ナイトキッズでは現在派閥争いが起きており、リーダーの中里毅一派と、ナンバーツーの庄司慎吾一派に分裂して小競り合いの真っ最中。この男達は秋名のハチロクの偵察にやってきた慎吾派の下っ端であった。
コーナーを抜けていくS13のバックミラーにヘッドライトの光が映る。まさかさっきのハチゴーが追走してきたのかと思い、助手席に乗る男はドライバーの男へ話しかけた。
「お、おい、なんか後ろから追ってきてるぞ…!まさかさっきのハチゴーじゃねぇか…?」
「へっ、秋名の芋如きがついて来れるもんかよ。ハチゴーなんてドンガメが俺のS13に食い付けるわけがねぇ、こっちは220馬力の2リッターターボだぞ」
助手席の男の言葉にバックミラーを確認したドライバーの男がそれを鼻で笑い飛ばした。
先行する180SXに続き、サイドブレーキを引いてリヤを振りながら次のコーナーへ飛び込むS13。自信たっぷりでアクセルを踏み足す男がちらりとバックミラーを見直したその時――峠道の闇しか映らないはずのバックミラーにハロゲン灯の淡黄色の灯りが大映しになっていた。
「ッッ!?おい、嘘だろォ!?」
信じられないようなものを見た顔をした男が後方を改めて確認すると、彼らが先ほど散々馬鹿にしていた白い車体――ハチゴーレビンがぴったり後方へ張り付いていた。
そうしている間に次のコーナーがやってくる。ブレーキングを掛けるシルビアへさらなるレイトブレーキで並んだハチゴーが並び掛けるのみならず、あろうことかイン側の空間をついて鮮やかに抜き去って行く。
「なんだあのハチゴー!めちゃくちゃ速ぇ…!!」
「あのガキどもフカしやがったな…!あれはぜってーハチゴーなんかじゃねぇ、中身はカリカリにチューンされたハチロクに決まってらぁ…!」
角形テールランプの軌跡を残しながら自車を抜き去って行くハチゴー?を見て顔を引き攣らせた男が恐ろしげに呟いた。
自らを抜き去ったレビンは今度は前を行く180SXを獲物に定め、その車体を盛大にロールさせながら再びコーナーへ飛び込んでいく。
あまりに不安定なその姿はどう見ても峠に合わせて改造された走り屋仕様のハチロクには到底見えない。
「と思ったらめちゃくちゃロールしてらぁ…ありゃハチゴーだ…」
☆ ☆ ☆ ☆
グロス85馬力の非力さを到底感じさせないようなツッコミを見せ、黒いS13を抜き去ったハチゴーの運転席でアイは次なる目標を見据えていた。荷重移動を行い、コーナーへの突入姿勢を作ったハチゴーはアイの正確無比なコントロールにしたがって180SXのイン側へ鼻先を突っ込んだ。
車体が鬼のようなロールで傾き、いとも簡単に滑り出すタイヤがぎゃあぎゃあとスキール音を喚き散らす。
(イツキ君は戦闘力ないーって言ってたけど…ほんとだぁ。下りでベタ踏みでもおそーい、ぐわんぐわんロールするしタイヤもちっとも食いつかなーい)
アイは自分自身でハチゴーをドライブすることでこの車の限界域の低さを実感していた。いつもの愛車であるGT-Rとは比べ物にならない。
しかし――
「それなら、この子に合った走りをしてあげるまでだよ!拓海君直伝の溝落とし、えいっ☆」
アイのずば抜けたコントロール能力がハチゴーレビンのポテンシャルを150%引き出す。五連ヘアピンに差し掛かった180SXのインへ潜り込んだハチゴーは排水用の溝へタイヤを飛び込ませ、レールに沿うかのように急旋回して抜き去って行く。
その助手席でイツキはグリップに掴まりながら飛んでいきそうになる意識を必死に繋ぎ止めていた。
(嘘だろ、これが俺のハチゴーの動き…!?信じられねぇよ…!)
自らの愛車がアイのドライビングによってまるでハチロクになったかのような戦闘力を見せている。実際はぐわんぐわんロールしているし、加速も亀のようだが、アベレージスピードの高さがそんなことをまるで感じさせない。
ドライバーのウデ次第では非力で戦闘力の無いハチゴーでも格上のシルビアをぶっちぎるこんな凄い走りができるのだ。
(そうだよな、ハチゴーでもやれるんだ…!)
襲いかかってくる横Gに耐えながら、イツキは一層とこのレビンを大切にする決心をした。
「あ、あの、アイちゃ、アイちゃん…!も、もういいい、もういいよォオオ!!ひぇええええ!!」
たまたまタイヤの皮剥きで秋名に走りにきて居合わせたアイちゃん、前回で好感度の上がったイツキ君を馬鹿にされてぶちぎれるの巻。おめめの星は真っ黒です。
この世界線ではハチゴーの底力をアイちゃんが引き出す事に。拓海君は自分よりブチ切れてる横の人を見て一周回って冷静になりました。
愛を知って、人にしろ物にしろ愛することに敏感になったアイちゃんはあの現場に居合わせたらあんな事は絶対見逃さないし許さないでしょう。
気に入って頂ければ高評価・感想等宜しくお願いいたします。
次回もゆるりとお待ちあれ。
1話ごとの文章量について。
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