今回は少し短め。前回の後始末+ハチゴーのおめかし回です。
次回あたりからvs闇ひろしことガムテープデスマッチへ向けて導入していけたらと思う次第です。
静かに激怒しその瞳に昏い黒星を宿したアイによる超弩級ドライビングによってナイトキッズの二台を鮮やかに抜き去ったハチゴーはその底力を150%見せ付けてから山頂の駐車場へ戻ってきた。
アイのGT-Rの傍らに佇み、手持ち無沙汰に飲み干したジュースの空き缶を弄んでいた拓海は帰ってきたハチゴーのエンジン音にそちらへ視線を向けた。
新車として製造された時から今まで全く経験がないような、これ以上ないほどの全開走行で錆を落としたかのようにすこぶる調子良さげなエキゾーストを奏でながらハチゴーは滑らかで美しいライン取りで駐車場へ進入し、再びGT-Rの隣の枠内へその身を収めた。
「拓海くーん!!ただいま☆」
「ん、あぁ…おかえり」
エンジンを切り、ヘッドライトを消灯したハチゴーのドアが開き、満足そうな満面の笑顔を浮かべたアイが降りてきた。昏い深淵の如き――まるでブラックホールかのような黒い星が宿っていたその瞳には常日頃と同じ、夜空に輝く一番星を閉じ込めたような白星の輝きが戻っている。
この車に出来る全力全開の走りでさっきの連中をぶち抜いて来てすっきりしたのだろう。先程駐車場を飛び出して行った時の鬼も裸足で逃げ出しそうな、魔王もかくやと言わんばかりの怒気は綺麗さっぱり無くなっていた。心なしかツヤツヤしている。
「あのむっかつく奴ら、イツキ君のハチゴーのフルパワーでけちょんけちょんにぶっちぎってきたよ!いぇい!やっぱりあいつら口だけデカくて大したことないね☆」
「お、おう…たぶんアイさん居なかったら俺も同じことしてたような気がするけど」
「そうだよね、拓海君も怒ってたもんね」
いい仕事をしたとばかりにVサインを決めるアイに拓海は先程の激おこぷんぷんアイさんを思い出しながらそう返した。実際はぷんぷん等といった可愛いレベルでは全く無かったが。まるでアイの周囲だけ重力が増すか空間が歪んでいるのではないかと思うオーラを放っているように拓海には見えた。
イツキのためにあんなに怒ってくれるのが嬉しい反面、拓海は決心した。星野アイは絶対に怒らせてはいけないと。
「うぁ…?ぁ…ああ…拓海ぃ…俺生きてる…??」
「おう、おかえりイツキ。しっかり足あるぞ」
「だいじょぶだいじょぶ、イツキ君生きてるよ!」
そこへ左ドアが開き、足腰おぼつかないようなヘロヘロのイツキが助手席から這い出てきた。まるで水揚げされたタコか何かのようである。二人の方を見上げて腑抜けた顔で生を確認しているイツキに拓海とアイは揃って現世だと返した。
「あぁ…拓海ぃ、俺すごいもん体感しちゃったよ…アイちゃんが走らせるとハチゴーがまるで拓海のハチロクみたいにS13シルビアと180SXをぶち抜いちゃうんだ…」
「さすがにノーマルじゃ下りのベタ踏みでもおっそいしタイヤは食い付かないしロールぐにゃぐにゃだったけどね〜。でももうちょっとしっかり仕上げてあげればこの子なりにもっと速く走ることは全然出来ると思うよ☆」
「アイちゃん…そっかぁ…!そうだよね…!」
自分のレビンがハチゴーながらまるでハチロクに化けたかのような走りをするのを助手席で体感したイツキはしみじみとそう呟いた。ハチゴーの底力を引き出した本人のアイも「ハチゴーでもやりようはある」と背中を押す。
「よかったじゃんか、イツキ」
「あぁ…!拓海、アイちゃん!俺、このレビン一層大切にするよ!いっぱい練習して腕磨いて、お金が貯まったら少しずつ速くしてやるんだ…!」
どこか嬉しそうな目でそう声を掛ける拓海へ目を輝かせて意気込みを話すイツキ。
アイに見せてもらったハチゴーのポテンシャルを引き出し切った走りを思い出し、イツキは改めてこのハチゴーを愛し切ることを決心するのだった。
「よーし、明日からいっぱい走り込むぞ〜!!」
意気込みを露わに拳を挙げるイツキをアイは微笑ましいものを見るような目で見守っていた。
☆ ☆ ☆ ☆
それから暫くして。とある夏晴れの日。
池谷達が勤務するガソリンスタンドへイツキが満面の笑顔を浮かべて出勤してきた。
「おっはようございまーす!池谷先輩見てくださいよこれぇ!!」
「おっ、おはようイツキ。やけにテンション高いじゃないか」
イツキのハチゴーがスタンドの隅の従業員駐車場へ滑り込む。にやけ笑いを隠せないまま降りてくるイツキに池谷はどうしたのかと彼が指差すハチゴーの姿を見遣った。
「ん…?おぉ…!」
彼のハチゴーは納車された時からつい先日まではフルノーマルであったはずだ。ふにゃふにゃのサス、些か古臭いデザインの野暮ったい純正ホイールと分厚いコンフォートタイヤ。まるで走りに向かなそうなルックスであったそれがいつの間にやら見違えていた。
車高は程よくダウンして引き締まり、その足元はインチアップされたスポーティな今風の5本スポークホイールを履いている。ボンネットにはイツキがこのクルマを買った時に池谷らがプレゼントした「AKINA SPEED STARS」のロゴステッカー。
「じゃじゃーん!!これでちょっとは走り屋っぽくなったっすよねー!」
そう言って自慢げにニヤけるイツキ。その顔は鼻高々、嬉しくて堪らないといったところだ。イツキのハチゴーレビンはノーマル状態から「ちょっと走ってるクルマ」っぽいルックスへと変貌を遂げていた。
「おぉ、カッコ良くなったじゃないかイツキ…!どうしたんだ?このパーツ」
「実はアイちゃんから紹介してもらった中古部品屋で安いタイヤ付きホイールとダウンサスが転がってたんで、ついつい買っちゃったんすよ〜!これで暫くは金欠生活すっけど…」
パーツをどこで手に入れたのかと訊く池谷に対し、イツキはアイの伝手で教えてもらった中古部品店『五反田ガレージ』で格安で購入したと言う。おかげでほとんどバイト代の貯金は飛んでいってしまったらしいが。
「ほぉー、そうなのか。ホイール見た感じデカい抉れ傷とかガリ傷は無さそうだし、いいじゃないか」
「そうなんすよそうなんすよ…!それになんと、このスピードスターズのステッカー、アイちゃんが貼ってくれたんすよ…!!」
「なっ…そうなのか…!だからこんなに丁寧な仕上がりなんだな…」
聞くところ、ボンネットのステッカーは最初イツキが自分で貼ったそうだが、貼り方がおざなりだったのか、あるいはイツキが不器用なのかシワシワになってしまい、見かねたアイが「こういうの得意だから☆」と貼り直してくれたそうだ。
イツキが初めて貼ったにしては綺麗すぎると思ったが、アイが手掛けたというその出来栄えは完璧の一言。妙なところでアイのスペックの高さを垣間見た池谷であった。
「あ!そうそう、アイちゃんと言えば!この前拓海を連れて秋名に走りの練習に行ったんすけど…」
アイの名前で何かを思い出したらしいイツキ。
池谷が話を聞いていくと、ドラテクの練習に拓海を連れて秋名へ行った時たまたま新品タイヤの慣らしに来ていたアイとばったり出会ったのだとか。
しかしそこで秋名のハチロクを目当てに偵察に来ていたとおぼしきガラの悪い他所者の走り屋連中とも鉢合わせてしまったらしく、イツキのハチゴーを見て「秋名のハチロクと紛らわしい」と文句をつけるどころか、ハチゴーだと分かると散々馬鹿にしてこき下ろしたらしい。
言うだけ言って引き上げて行った連中に元来こういう手合いが大嫌いな拓海が激怒したが、その拓海が一周回って冷静になるほどの怒りようを見せたアイが「このクルマの本当の実力を見せつける」とイツキを横に乗せてハチゴーを運転し、走り去った相手を猛追したとのこと。
「それで、あの子がお前のフルノーマルのハチゴーでそいつらのS13と180SXを追っかけて、挙句ぶっちぎった、と」
「そうなんすよ〜!もうすごいのなんの、俺のハチゴーがまるで拓海のハチロクみたいな速さを見せるんす!ヘアピンでズギャーン!ってまとめてごぼう抜きっすよ!」
俄に信じがたいが、イツキが言うにはアイはフルノーマルの頃のハチゴーでS13シルビアと180SXの二台をコーナーで軽々と抜き去ったそうだ。
「アイちゃんがとんでもなく速いドライバーなのは知ってるけど、なかなかに信じられねぇ事だよな…あのぐにゃぐにゃ脚でどうやって…」
「ほんとっすよ!めちゃくちゃロールしてるのにS13をコーナーで追い上げてて、俺のハチゴーってウデ次第でこんなに走れるのかって思っちゃいましたもん」
よりによってフルノーマルのハチゴーが、向こうのドライバーが大した技量ではないとは言え峠仕様のクルマを抜き去る珍事に改めて驚きを隠せない池谷。当時イツキはまさにその車内の助手席で直に見ていた分更に驚愕だっただろう。
「ハチゴーとボディは同じなハチロクに乗ってる拓海ならまだしも、よくよく考えれば普段アイちゃんが乗ってるのって、ハイパワーだしおまけに四駆のGT-Rだろ?全く感覚が違うだろうイツキのハチゴーをさらっとそんなレベルで乗りこなせちゃうのは天性のセンスなんだろうな…」
池谷の言う通り、普段あそこまでしっかり仕上げてある戦闘力の高いマシンに乗っているなら、限界が極めて低いハチゴーはすこぶる乗りにくい車であろう。それをいきなり乗りこなし、あろうことか格上のマシンへ下剋上してしまうとは。
本物の天才とはこういう事なんだろうと池谷は感心して止まない気持ちで溢れていた。
「ハチゴーでもあんな走りができるなんて、さすがアイちゃんっすよ…!アイドル級に超可愛くてしかも超絶ドラテクの持ち主!くぅーっ!!推せるっすよねぇ!」
「あぁ、分かるぞイツキ…!あれは推さざるを得ねぇ…」
「「同志よ」」
眩い一番星を推す者同士。池谷とイツキはまじめくさった顔で向き合うと、大振りな仕草でがっしりと握手を交わした。
「ちなみになんすけど〜、あれからハチゴーの運転席がなんかいい匂いするんすよ〜、俺のレビンにアイちゃんが乗った証がぁ、うへへ」
「なっ、おめ、羨ましいぞイツキぃ!!軽油飲んでみるかイツキぃ!!お、俺だってなぁ…!ちきしょぉー!!」
にやけ面で余計なことを口走るイツキへヘッドロックをかましながら己の出逢いの無さを嘆く池谷の魂の叫びがガソリンスタンドの高い天井へ響き渡った。
彼に春は来るのか。秋名の麓町は今日も平和である。
原作アニメではしれっといつの間にかホイールを変えているイツキ君のハチゴーですが、この世界線ではアイちゃんが紹介してくれた中古部品店でバイト代をはたいて買ってきたようです。店名の通りに店の主は推しの子世界線での某こどおじ監督。彼本人もそのうち登場することでしょう。
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