というわけで闇ひろしこと慎吾君とのエンカウントへ向けてお話が進み始めました。今回はそれまでの日常回ということで原作アニメにおける先輩の特訓とイツキ君のデートあたりに当たるお話。まだまだ1期はなげぇんだ…(絶望
ある日の昼下がり。8月に入ってはや幾日、強烈な夏日が照りつける秋名山の麓のガソリンスタンドに拓海とイツキの姿はあった。
今は夏休み期間であり高校は休み。ということで二人は少しでも乏しいお財布を暖めるために昼間からいつものバイト先であるスタンドでアルバイトに勤しんでいると言うわけである。特にイツキはハチゴーを最低限走れる仕様にする代わりに貯金を吹っ飛ばしてしまった為、彼の財布の中は閑古鳥が鳴いている。
「うぁ〜あっちぃよぉ……こうもあちぃと溶けちまいそうだぁ、なぁ拓海ぃ」
「ん、そうだな……」
夏真っ盛りの最盛期と言わんばかりの熱量を持った日差しに熱せられた市街地は茹だるような暑さだ。時折車が行き交う目の前の大通りに立ち上る陽炎を死んだ魚のような覇気のない顔をしながら眺めるイツキが横に立つ拓海に絡む。それに応じる拓海も暑さに参っているのかいつにも増してぼーっとした顔をしている。
「おう二人とも、お疲れさん。暑いだろ、これ飲みな」
二人して灼熱の大通りを眺めていたところへ洗濯の終わったクロスを拭き上げコーナーへ補充しに行っていた池谷が戻ってくる。その右手には青い爽やかなパッケージが特徴的な未開栓のスポーツドリンクが二本。差し入れのようだ。
「おわ、ありがとうございます池谷先輩!!この灼熱地獄に現れたオアシスっす!」
「わ、ありがとうございます先輩」
「いいさいいさ、この暑さじゃこまめに水分取ってねぇと熱中症になっちまうからなぁ」
ちょうどお客も居ない。それぞれドリンクを受け取ったイツキと拓海の二人と共に、池谷は水分補給の小休止を取ることにした。今日は30℃を超える猛暑日。この暑さで働き詰めでは参ってしまう。
「にしてもあっちぃっすねぇ…こんな暑い日はソーダ味のガリガリ君っす!!あ、なぁ拓海、帰り買って帰ろうぜ!」
「ん、おう」
スポーツドリンクをひと飲みしてから今度はアイスが欲しくなったらしいイツキ。印象的すぎる歯並びの少年がパッケージに描かれた誰もが知るアレである。バイト帰りに小売店で買って帰るようだ。そんな話を聞いていた池谷は釣られてアイスの気分になってしまった。人は話題に上ったものが無性に食べたくなる生き物である。
「確かに夏といえばアイスだよなぁ…俺も食べたくなってきちまった」
「お!うまいっすよねあれ!先輩も買っちゃいましょうよ!!」
「そうすっかぁ〜、なんだかんだ夏はアレが食べたくなるよなぁ」
一度その口になってしまえば止まらない。池谷は仕事終わりに例のアイスを買って帰ることにした。
「そういやアイスといえば、アイちゃんはアイスクリーム好きそうだよな」
「確かに……!ハーゲンダッツとか好きそうっすよね……!」
「わかる」
池谷がアイスからアイへ話を繋げた事により、話題はアイが好きそうなアイスへ。池谷とイツキの予想はアメリカ発の某有名高級カップアイスクリームが好きそうという解釈一致を見せた。
なお、拓海はそんな盛り上がる二人を横目で眺めながらスポーツドリンクを飲んでいた。実は内心拓海もアイスの気分である。
「にしてもこの前のアイちゃんすごかったっすよ……!!」
ふとアイの話題から先日のアイによる全開ハチゴーダウンヒルアタックを思い出したらしいイツキがその時の興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせ出した。アイ本人の愛車であるR33 GT-Rでの走りが凄いのはとっくに知っていたが、まさかイツキ自身のハチゴーを借り受けてあんな走りをしてしまうとは、というところだろうか。
「話を聞くだけでもとんでもないもんな、ハチゴーでシルビア一族をちぎるなんて」
「ほんとっすよ!俺もあんなに速く走れるくらいウデ磨いて、最速のハチゴー使いになってやるんだぁ……!」
しみじみとアイの凄まじさに驚嘆する池谷に鼻息荒くイツキが意気込みを述べる。イツキにとってはアイは最高の推しであると同時に、彼の愛車の限界の先の可能性を示してくれた、ある種の師匠でもあるのだろう。
そんな親友を横目に、拓海は内心決心していた。
(ほんとに高橋啓介に言われた通りだよな…、俺は走るのが好きなんだ。あのハチロクでどこまで速くなれるのか、どこまで先へ行けるのか試したくてしょうがない)
ついこの前まで「走り屋ってそんなに楽しいのか……?」と気だるげにしていた姿は何処へやら。アイとの出会いが拓海の中でどんな化学変化を起こしたのか、今や彼は完全に自らの中にある走りへの情熱を自覚していた。己とハチロクの組み合わせで繰り出せる限界の先へ。そして――
(うかうかしてっと、アイさんに置いて行かれちまう)
目の前で眩く輝き駆ける一番星の光に焼かれた身としては、誰よりも近くで並び走り続けたいものなのだった。
ふと、陽炎が揺らぐ大通りの向こうから、ここ最近でうんと聴き馴染みとなった独特の排気音が近付いてくる。強靭な鋳鉄製の怪物、2.6リッター直列6気筒ツインターボが奏でる太く腹に響く力強いエキゾースト。
「ん?この音、RB26じゃねぇか……?」
「そうっすよね先輩!これってもしかしたら……!」
池谷とイツキが見遣った先へ拓海も視線を向ける。やはりその先から陽の光を反射してピカピカ輝く赤い大柄な車体がやってきて、みるみる近づいてくる。推しを前にした凸凹コンビは歓喜に打ち震えた。
「「アイちゃん!!」」
RB26特有のエキゾーストを奏でてやってくるのはやはりアイのR33 GT-R。何度か見るうちに見慣れてきたニスモ製フルエアロを纏う重厚な車体はシフトダウンを挟んで減速しつつ、ウインカーを点滅させて池谷達のスタンドへその身を乗り入れる。
ゔぉう、とアクセルを吹かしてゆるいスロープ状の入り口を乗り越え敷地へ入ったGT-Rは相変わらず惚れ惚れするようなライン取りで給油機前のオレンジ枠へ滑り込んだ。
そのうちに枠内へ停車しエンジンを停めたGT-RからTシャツにショートパンツというラフな出立ちのアイが現れた。以前見た時はワンピースだったが為に半ば隠れていた透き通るように白い太ももが惜しげもなくお披露目されている。
((うわ肌しっろ……腰たか脚なっが……尊……))
(……やっぱ綺麗なヒトだよなぁアイさん)
その場の男性陣の思考がほぼシンクロした。
「あっついねー!こんにちは拓海君、イツキ君!それと……
「ヴッッ……惜しい、池谷だ……」
「あぁ……先輩ドンマイっすよ……」
「あれれー?」
やはり「人の名前を覚えるのがすこぶる苦手」という特徴があるアイにとって興味津々で既に好感度メーターをぶち抜いている拓海とハチゴー愛によってアイポイントを稼いだイツキに比べ、池谷は些か情報のインプットが足りないようだ。絶妙に外れている呼び間違いを推しからされて思わず塩の柱か何かのように風化しそうになる池谷の肩をイツキがぽんぽんしている。
――よーくわかるっす。推しに呼び間違えられるの、クるっすよね……。
イツキの顔はそう言っていた。さもありなん。彼もかつて推しに呼び間違えられる致命傷を受けている。
閑話休題。
「あ、そうそう!今日はねー、ハイオク満タンと手洗い洗車お願い☆この前筑波まで帰ったらフロント虫だらけになっちゃって」
「うわかわい……じゃなくて、お、おう!ハイオク満タン入りまーす!拓海!イツキ!洗車準備頼む!」
「「はい(っす)」」
今日やって来た理由を思い出したアイが微笑みつつ要件を伝える。この一番星、相変わらず顔がいい。柔らかい微笑みを湛えた整い過ぎた顔面につい見惚れて思わず心の声が漏れた池谷はふと我に帰り、慌てて了解の意を返した。
(ちくしょうキョドっちまう自分が情けねぇ、しっかりしろ浩一郎……!)
この美少女ぶりは女性慣れして居ない池谷にはすこぶる劇物である。直接会うのは三度目だが、相変わらず恒星風の如く襲い掛かるルックスとオーラの暴力に焼かれそうになりながら池谷は給油ノズルへ向かった。
見ればGT-Rのフロントマスクは高速で突入して来たであろう羽虫達が突き刺さり、さながら虫の集団墓地となっていた。夏にはよく見る光景である。拓海とイツキはそれらを落とすべく給油の間に洗車道具を用意しだした。
せっせことバケツとスポンジ、ホース、カーシャンプー等をピットから運び出し、洗車スペースへと配置。ホースへ接続されたシャワーヘッドでバケツへ注いだカーシャンプーを泡立たせ、洗車用意は万端となった。
「アイちゃんの33をこの俺がピカピカに……!くぅーっ!なんて幸せな時間なんだぁ……!!」
思わずスポンジとホースを握りしめたまま震えるイツキ。推しの愛車を自らが綺麗にする、なんたる幸せ。イツキにとって至高の時間である。彼は過去一番にこのスタンドのバイトをしている事に感謝した。
そうしている間に給油を終えたアイがエンジンを始動させ、GT-Rをするすると洗車スペースへ進ませた。赤いボディがイツキの前までゆっくり前進したのち、再びエンジンが停まる。
「それじゃあイツキ君、拓海君、お願いね!」
降りてきたアイがにっこりウインクをひとつ。アイの期待に応えないわけにはいかぬ、虫どもが何するものぞ。イツキは奮い立った。
「じゃあイツキ、俺は後ろやるな」
「おう!武内流洗車術が火を噴くぜぇい!!見ててくださいよアイちゃん!!」
「あはは、頼もしーい☆」
張り切ったイツキが拓海と分担しつつ、GT-Rのフロントマスクに張り付いた虫の大群相手に獅子奮迅の活躍を見せる事暫く。真紅の精悍なボディはフロントグリルからエアロパーツの先に至るまで見事に虫一匹の痕跡も残さない輝きを取り戻した。フロントグリル中央に鎮座する自慢のGT-Rバッジもピッカピカである。
「わぁ、ぴっかぴか!!ありがとう〜!」
「へへん、どんなもんっすか〜!虫一匹残さねぇっすよ!」
「イツキはこういうの上手いよな」
「だろ〜??」
花咲くような笑顔でぱちぱちと拍手するアイに褒められてイツキはにんまりした。推しの笑顔が見れれば誠にファン冥利に尽きるのだ。ついでに親友たる拓海にもこう言われイツキのテンションは有頂天となった。
ところで先ほども述べた通り、イツキにとってアイは単なる推しではない。ハチゴーの可能性を魅せてくれた走りの師匠でもあるのだ。こうして今日逢えたのも縁。夏休みが終わる前に出来るだけスキルアップをしたいイツキはアイに一つ相談を持ち掛けた。
「そういえばアイちゃん、ちょっといいっすか……?」
「ん、なあに?イツキ君」
「もし良ければなんすけど……今度の土曜日の夜、予定が大丈夫なら俺のドラテクの練習に付き合ってくれないっすか……?」
☆ ☆ ☆ ☆
時は流れて次の土曜日の夜10時。イツキは約束通りに応じてくれたアイを伴い、秋名山へ特訓に来ていた。
日が暮れ、夏の星々が点々と輝く夜空の下、暗闇を裂いてハチゴーレビンが秋名峠を下っていく。
ハチゴーのドライバーズシートにはこの前の焼き増しかのように再びアイが収まっていた。足回りとタイヤを換装し、少しポテンシャルアップしたハチゴーの戦闘力の確認を兼ねたイツキへのお手本走行だ。
(うん、この前よりはずっとまともになったね。うちの子みたいな本格的な車高調ほどじゃないけど、これならそこそこ攻めてもついてきてくれるかな……?)
コーナーを抜けながら生まれ変わったハチゴーの挙動を確認するアイ。以前ナイトキッズの下っ端相手に走った時に比べて、バネレートと減衰力の上がったサスのおかげか、ホイールと共に少しグレードアップしたタイヤのおかげか、はたまた相乗効果なのか、あの時ほど限界は低くないようだ。
荷重移動を行い突入姿勢を作ってやり、レビンはロールを抑えられた脚でしっかり踏ん張りつつコーナーへ飛び込んだ。ほんのりカウンターを当て、リヤを流して四輪ドリフトを決めたハチゴーレビンは危なげなくコーナーをクリアし、テールランプの赤い軌跡を残して駆け抜けて行く。
(相変わらずパワーは笑っちゃうほど無いけど、足腰がしっかりしたから結構走れるようにはなったね!いいこといいこと☆)
概ねモディファイされたハチゴーのポテンシャルを把握したアイは満足げに微笑むと、助手席のイツキに声を掛けた。
「ね、こんな感じ☆なんとなくクルマの動きと操作は分かったかな?イツキ君!」
「な、なんとなく……!」
パッセンジャーグリップに掴まりながらアイの走りを観察していたイツキは朧げながら基本を理解してきたようだ。
「おっけい!それじゃあ山頂に戻ったら交代して、次はイツキ君の番だよ!」
「が、がんばるっす!!」
そうして麓から山頂まで引き返し、ドライバーを本来の主人たるイツキへ交代したハチゴーが再び秋名峠を下り出した。
「よぉっし、いくぞぉ俺のレビン!!」
「おー!GoGo☆」
ハロゲンヘッドライトの淡黄色の光が照らす先を見据え、気合を入れたイツキはアクセルを踏み込んだ。1.5リッターシングルカムの3A-Uエンジンがぐぉんと応え、85馬力を振り絞ってもったりと6000回転まで吹け上がる。イツキは2速へシフトレバーを入れ、再びアクセルを踏んだ。
運転席から助手席へ収まったアイの掛け声と共にスピードを上げたハチゴーはそのまま第一コーナーへ飛び込み、ゆるく右へ向かうストレートを抜けてそのフロントガラスの向こうには第二コーナーとなるヘアピンが見えてきた。
「さぁヘアピンだよー!覚えてるかな?」
「う、うっす!」
「シフトダウン、ハンドルを切って切っ掛けを作って、リヤを流してからカウンター!そーれ☆」
「ヒールアンド、トウ!!い、いっけぇ!!」
助手席のアイがおさらいするポイントを意識し、イツキはコーナーへ飛び込んだ。ブレーキングと同時に右足の踵でアクセルを煽り、回転数を合わせてシフトダウン。そのままアクセルを踏み込み、ハンドルを切る。ぐっとレビンの車体が内側へ向き、リヤタイヤがスキール音を響かせて滑り出した。
「ここでッカウンター!!」
咄嗟にイツキは逆側へハンドルを切りカウンターステアを当てる。打って変わって外側へ向いたフロントタイヤが路面を掴み、リヤタイヤの横滑り状態を維持したハチゴーレビンは短いながらもドリフト状態となって第二コーナーを抜けて行く。
「おぉわっ!?おっとっとぉ!!」
コーナー脱出出口で姿勢を崩しふらつきながらもハチゴーは無事にストレート加速へ入った。
「イツキ君すごいよー!!初歩的だけどドリフトできたね!」
「ほ、ほんとっすか!?この感覚を練習していけば……!!」
「そうそう!その調子だよ☆」
「よぉーっし!頑張るぞぉ!!いつか拓海にもついていけるような腕になるんだ……!!」
アイの走りを間近で観察し、懸命に吸収したおかげか、イツキのドライビングセンスが少しずつ花開きつつあった。ひたむきな努力の少年と一番星の少女、賑やかな輝きを乗せた小さな車体は初々しく少し危なげな動きをしながらも、しかし確実に秋名峠のコーナーを駆け下りて行った。
「……ッ!イツキ君、対向車!!」
「おわっとっと……!!」
ふとコーナーの先から現れたヘッドライトの光に機敏に反応したアイの警告を受け、咄嗟にイツキが左へ車体を寄せる。行く先から現れた小柄な赤いハッチバックの車体が対向車線を駆け抜け、瞬く間にハチゴーとすれ違って山頂方面へ消えていった。
一瞬で通過していった赤い影の後に残るのはけたたましいまでの突き抜けるようなNAエンジンの咆哮。刺々しいこの攻撃的な音色にアイは聴き覚えがあった。B16A型エンジン――EG6型シビックの積む、ホンダ自慢の
「ひぇー、今の速そうなクルマだなぁ……アイちゃん??どうしたんっすか?」
「……ん?ううん、なんでもないよ☆」
「んー、そうっすか?」
赤いシビックが駆け上って行った方向を見つめていたアイは、イツキの怪訝そうな声に向き直り、にっこりと笑ってみせた。
(んー…あのシビック……なんか嫌な予感がする……)
アイの勘は昔から当たる。虫の知らせならぬ、星の知らせがアイに警鐘を鳴らしていた。
イツキ君はガリガリ君好きだと思うんだ。ガリゴリシャクシャクしててほしい、似合う((
アイちゃんと出会ったことによって拓海君のモチベのみならず、イツキ君のウデにもバフが掛かって原作よりも上達が早まっております。この調子ならもしかすると4期の頃には某東京の二人組を撃墜するウデになるやもしれません(
おっと、ラストで何やらダーティな気配のする赤い影が…??
次回もゆるっとお待ちくださいませ。気に入って頂けましたら高評価・感想等気軽に下さいますと嬉しいです。
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