峠の一番星   作:翠 -SUI-

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お待たせしました、いよいよ本格的に闇ひろしことダーティ慎吾君の登場です。


ACT.15 紅の毒牙(前編)

 イツキがアイのマンツーマンレッスンでドラテクを花開かせようとしていた頃より時は少し巻き戻り、土曜日の夜もこれからという頃の午後八時。渋川市内のファミレスに健二の姿はあった。なんとなくここのハンバーグが食べたくなり、ふらっと外食へ足を伸ばしたのだ。

 

「ふぃー食べた食べた、やっぱここのハンバーグ旨いよなぁ、じゅわってしてて。美味いのにお手頃なんだよな」

 

 チーズとデミグラスソースのコンボにジューシーな肉汁溢れるハンバーグを思い返し、満足げに先程それを平らげた腹をさすりながら駐車場へ停めた愛車である180SXへ向かう健二の耳に何やら連なった排気音が聞こえてきた。

 健二が店舗の駐車場入り口に目をやると、やはりと言うべきかぞろぞろと向かってくるチューニングカーの集団。この店舗は秋名山にほど近いという立地ゆえに走り屋達の会合場所としてもよく利用されるのだが、今宵の面々はどうもこの辺りの走り屋達では無さそうだった。

 

「うーん…?あんまりこの辺じゃ見ねー車だなぁ……」

 

 健二の視線の先にはスカイラインやシルビア等、峠の走り屋には定番と言える車達を引き連れ、駐車場へ乗り入れてくる赤いEG6 シビック。バネレートの高いハードな足回りであろう動きで入り口の段差を乗り越え、敷地へゆっくり入ってくる。間違いなく峠の走り屋仕様だ。その赤いボディには「Night Kids」のステッカー。健二の見立て通り、明らかに地元の走り屋ではない。そして何となく感じる不穏さ。

 

(ん……?ナイトキッズ……??)

 

 ふと健二の中でこの単語に思い当たる名前があった。

 

「ナイトキッズ……!妙義ナイトキッズじゃねぇか……!!」

 

 そう、健二が聞き覚えがあったのもまぐれではない。以前健二達スピードスターズの面々と親交のある拓海へ挑戦状を叩きつけてきた黒いR32 GT-Rのドライバーである中里毅がリーダーを務める妙義山を本拠地とする走り屋チーム「妙義ナイトキッズ」であった。

 

「おいおい、これってやべぇんじゃ…?」

 

 駐車枠へ赤いシビックを先頭に入っていく数台の集団を戦々恐々と見ながら健二は180SXへ乗り込み、ファミレスを後にした。

 

 そんな彼の心境は露知らず、健二が目撃した赤いシビックが駐車枠に収まり、ドアが開く。運転席から降りてくるのは長めに伸びた髪を分け、両サイドに垂らした些かガラの悪そうな長身の男。この男こそ、妙義ナイトキッズのナンバー2であるシビック使いのダウンヒラー、庄司慎吾であった。左足ブレーキを駆使してシビックを駆る彼のダウンヒルの腕はナイトキッズではそうそう誰も彼も追従できない速さにあり、下りで拮抗できるのはリーダーたる中里くらいだ。

 慎吾は後に続く仲間と共に階段を上って店内へ入り、先に席を確保していた席取り役の元へ向かった。

 

「よぉ」

「お疲れ様っす慎吾さん」

 

 確保されていた席へどっかりと座る慎吾。背もたれにもたれた慎吾はそのまま席へとついた取り巻き達を睥睨した。

 

「お前らも知っての通り、毅の奴ァ秋名のハチロクとやらに惨敗して形なしだ。ここで俺がそのハチロクを仕留めたら?チームのリーダーは俺に横滑りって訳だ」

「ついにやるんだな……!」

 

 そう、現在のナイトキッズは中里と慎吾が反目し合っており内戦状態のようなもの。慎吾は秋名のハチロクに惨めに負けたリーダーたる中里を蹴落としチームリーダーの座を奪い取るために、中里を負かしたそのハチロクを獲物に定めたのだった。

 

「そしてな、ルールはアレでやる」

「あのルールならFFと違ってFRのハチロクなんかあっという間にクラッシュですよね!」

「そうだそうだイチコロさ」

 

 慎吾の口に出した"ルール"に取り巻きが沸く。

 

「――でもさすがにクラッシュはまずいんじゃねぇのか……?慎吾」

 

 ところが仲間内でも慎重な男が流石にバトル相手を事故らせるのは憚られるのではと意見した。

 そんな男を見遣った慎吾はポケットから取り出したタバコにジッポで火をつけながら言った。

 

――なぁに、勝ちゃぁ良いんだよ、勝ちゃあ。どんな手を使ってでもなァ……

 

 そう、この庄司慎吾という男、勝つ為とあればとことん相手が不利な条件を作り出し、場合によっては相手をクラッシュさせることさえも厭わない非常に悪どい手を使う走り屋であった。リーダーである中里は如何に慎吾がナンバー2の実力を持っていようとも、走り屋の風上にも置けないその汚いやり方を嫌い反目していたのだ。

 慎吾の目付きの悪い切れ長の双眼に剣呑な光が宿り、三日月のようにその口元が不気味な弧を描いた。

 

「群馬エリアに最速のダウンヒラーは一人で良い。秋名のハチロクとやらも今にジ・エンドだ。谷底に突き落として解体屋送りにしてやるさ」

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 土曜夜の十時。夜の帷に包まれた群馬県道33号線こと秋名峠をライムグリーンツートンのS13シルビアが駆け降りていく。イツキがアイを伴い秋名でドラテクの練習に励んでいる頃、池谷の姿もまた、この秋名峠にあった。

 池谷がドライブするシルビアの助手席には拓海の姿。イツキが特訓するなら、ということで池谷は拓海に頼み込み、文太から借り出したハチロクで秋名までやってきた拓海に同乗してもらい練習のアドバイスを貰うことにしたのだ。

 

「先輩、ほんとに俺なんかでよかったんですか?」

「むしろ拓海以外に誰が居るんだって話だと思うけどなぁ」

 

 助手席で再度池谷に「自分で良かったのか」と確認を取る拓海だが、池谷は拓海以外の適任など居ないと言う。現状池谷の知る走り屋の最高峰クラスの技量を持つドライバーなど、拓海とアイぐらいしか心当たりがないのだからさもありなん。

 

「そうっすかね……誰かに教えたことって無いし、すげー感覚的になると思うんですけど……」

「全然有難いぜ、なんせあのアイちゃんと互角のスーパーバトルを繰り広げたミラクルダウンヒラーが横についててくれてるんだからな!」

 

 家の豆腐の配達で走り出してから今まで、文太のアドバイスを受けるか自らで試行錯誤するかで、「人に教える」という経験が無かった拓海は今度はアドバイスをする側となった事に懸念を浮かべた表情をするが、池谷は己の知る最高峰のドライバーが横乗りしてくれている練習環境に昂っていた。

 

「なら、俺なりにアドバイスしてみます」

「おう、頼むぜ!行くぞ……!!」

 

 拓海が納得したのを横目に池谷は気合を入れ直し、アクセルを踏み込んだ。

 池谷の右足に呼応しシルビアのボンネット下に収まったCA18ターボが咆哮する。タービンの過給音も高らかにアスファルトを蹴飛ばしたシルビアはみるみる次のコーナーへ近づいて行く。ブレーキランプの赤い軌跡を残したシルビアはそのままコーナーへ飛び込み、後半でリヤを流しつつ立ち上がった。

 

「んー……池谷先輩、コーナーの入り口ってそのまま入って、最後の方だけ流してますよね」

「ん、おぉ、そうだな」

 

 池谷の走りと自らの走りを比較してみた拓海がポツリと口を開く。2速から3速へシフトレバーを送り込みながら池谷が相槌を打った。

 

「そうじゃなくて、スピードを乗せたまま入り口から出口までずっと車を流していくんですよ。なるべく減速せずにコーナーを抜けていくのってどうしたらいいんだろうって考えたらこうなったんですけど」

「うーん、突入姿勢を整えて突っ込んでからアクセルでスライドコントロールするってことか……?改めて聞くとすっげぇレベルの高いことやってるよな拓海。これが本物のドリフトってやつか」

 

 辿々しい教え方ながら自らの走りを池谷の現在の走りと比べつつ相違点を挙げる拓海に池谷は改めて拓海のレベルの高さを実感する。

 

「親父がなんか言ってたな……荷重移動?…とかなんとか」

「そうか、鍵は荷重移動か……!!」

「紙コップに水を入れて、それを溢さないように走ると豆腐が崩れないんだ、っていう」

「めちゃくちゃに聞こえるけど確かにそれが出来ればマシンコントロールなんてお手のものだろうなぁ」

 

 ぼそっと拓海の口から溢れた単語に池谷が食いつく。紙コップの水を溢さないように峠を駆け抜ける等、まるで荒唐無稽に聞こえるが、なるほどそれを出来るならばあの神業のような拓海のマシンコントロールも道理だ。R33の巨体をタイトな峠で破綻させずにコントロールし尽くすアイも同等以上の技量を持っていると見て良いだろう。

 

「なぁ拓海、俺も拓海の走り参考にして頑張ってみるよ!FR同士だしな」

「応援しますよ、俺。池谷先輩が車で走るのがとことん好きって言う熱意は俺もなんとなく分かってきましたし」

「おっ!ハチロクさえ知らなかったあの拓海が言うようになったじゃないか!!」

「それは言わないでくださいよ先輩、俺あの時ほんとに何も知らなかったんすから」

 

 自宅にある車がイツキが憧れだと騒ぎ立てていたハチロクである事すら認識していなかったほんの少し前の拓海をネタに盛り上がるシルビアの後方。バックミラーの彼方に一対の明かりが出現した。突如として現れたヘッドライトの光はみるみるうちにシルビアの背後へ迫り来る。シルビアのテールランプの光によって暗闇のベールを脱いだ、鼻先へHのエンブレムを擁する鋭い目つきの赤い車体は池谷達のすぐ後ろへピッタリとつけてきた。

 

「おぉ!?なんか一台速いのが来たぞ……!!EG6か……??どうする拓海、バトルじゃねぇし譲るか……?」

 

 後ろの車にかなり速そうな雰囲気を感じた池谷は一応拓海に進路を譲るかの確認を取る。

 

「俺は譲っても良いと思いますよ」

「そうだよな――」

 

 拓海も同意した事で背後にテールトゥノーズで張り付く車へ進路を譲ろうと池谷がウインカーを出そうとしたその時――。

 

 ゴツンとシルビアの車体へ衝撃が走った。背後へ忍び寄ったシビックがシルビアのリヤバンパーをプッシュしたのだ。

 

「こいつ……!わざとぶつけやがったな……!!」

 

 明らかに故意的にぶつけられたことを認識した池谷の頭に血が上る。あろうことかそれだけに飽き足らず背後のシビックはヘッドライトをパッシングし、挑発を掛けて来る。

 

「こんの性悪野郎……!!わりぃ拓海、掴まっててくれ!スピードスターズとして意地でもこいつを通すわけには行かなくなったぜ……!!」

 

 拓海に断りを入れた池谷はステアリングを握り直し、シフトダウンと同時にアクセルを踏み込んだ。ボンネットに収まったCA18DETが先ほどに増してターボチャージャーを轟々と回してS13シルビアの車体を猛然と加速させる。しかし相手は最強のNAエンジンの異名を取るホンダ自慢のB16Aエンジン。VTEC(ブイテック)と呼ばれる可変バルブタイミング技術を搭載したそれは、実にリッターあたり100馬力超。チューニングされていないノーマル状態でも自然吸気の1.6リッターながら総出力170馬力を叩き出す。

 威嚇するような甲高い爆音を撒き散らしみるみる背後に迫るシビックは恐らくチューニングによりそれ以上出ているだろうことは想像に難くない。排気量で勝る1.8リッターであり、過給機付きのターボエンジンであるはずの池谷のS13シルビアへピッタリと食らいついてきている。

 

「くっ、速ぇ……!!」

「池谷先輩、後ろのヤツなんかすげー嫌な感じしますよ……気をつけてください」

 

 シビックから放たれるプレッシャーに脂汗を垂らす池谷。横の拓海は背後から伝わる何か得体の知れない感覚を感じ取り、池谷に警鐘を鳴らした。バックミラー越しに大写しとなって見える赤い車体は威圧感こそあるが不安は感じないアイのGT-Rとは違い、何やらこれでもかと精神的な不安を煽るオーラを放っていた。

 

 ストレート区間を真後ろへシビックに張り付かれたまま駆け抜けたS13シルビアはブレーキングの後、次なるコーナーへ飛び込んだ。リヤを滑らせ気味に突入するシルビアのすぐ後ろへシビックも飛び込み――その鼻先で再度シルビアのリヤを突き飛ばした。

 

「ッッ――あんちくしょうまたやりやがった!!うっうぉあああああ!?

「――先輩ッ!!」

 

 コーナリング中に突き飛ばされたシルビアは体勢を崩してスピンモードに入る。二度もぶつけられた事に怒髪天を突く池谷だが、既に車はグリップを失い回転している。みるみる迫り来るガードレールに思わず絶叫する池谷。咄嗟に呼び掛けた拓海の怒鳴り声に我に返った彼はなんとか姿勢制御を試み、ガードレールスレスレで激突を回避した。

 盛大なタイヤ痕をアスファルトに残し、あわやクラッシュ寸前で停止したシルビアの横を悠々と赤いシビックが駆け抜けて行く。時折ブレーキランプを点滅させながらコーナーをひらひらと抜けたEG6シビックは瞬く間に闇夜へ消え、見えなくなった。池谷達を嘲笑うかのように硬質で攻撃的なNAエンジンの咆哮が遠くで響き渡っている。

 

「あんにゃろう……!!ぜってぇ許さねぇからなくっそォ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、スピードスターズとやらも大した事ねぇじゃねぇか、トロすぎて欠伸が出るぜ」

 

 赤いEG6シビックSiRの運転席でステアリングを握りながら慎吾は吐き捨てる。秋名のハチロクの仲間が秋名スピードスターズだかなんだか言うチンケなチームなのは分かっている。ハチロクを引き出すダシにする為に仕掛けてみたが、己の獲物はあんなトロいシルビア如きではないとバケットシートに身を預けた慎吾は独りごちた。

 

出て来い秋名のハチロク。今に叩き潰して群馬エリア最速のダウンヒラーが誰なのか知らしめてやる……!!

 

 闇夜に紅い毒蛇が鎌首をもたげて嗤った。




まず標的となったのは池谷先輩。原作と違い拓海君が横乗りしています。さぁこの次は……??
恐らく次回後半あたりからガムテープデスマッチ突入となる予定です。
次回もゆるっとお待ちあれ。気に入って頂ければぜひ高評価・感想等宜しくお願い致します。

1話ごとの文章量について。

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