峠の一番星   作:翠 -SUI-

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池谷先輩に続き今度はイツキ君にダーティシビックが…
キリよかったので一旦切ってガムテープデスマッチは次回。


ACT.16 紅の毒牙(後編)

 池谷のS13シルビアが通り魔的に遭遇したシビックに突き飛ばされ危うく大クラッシュ寸前だった頃。

 イツキとアイは何度目かのダウンヒル特訓を終え、再び山頂へ引き返していた。

 

「ふぃー、いっぱい走ったね〜!次くらいで今日は終わりにしよっか?」

「そうっすね!ガソリンもそろそろだし。これで俺もちょっとは上手くなれたかなぁ……!!」

「うんうん、予想以上!だいぶ上手くなったと思うよ〜!すごーい☆」

「へへぇ、そっすかぁ?うへへ」

 

 まだ速いとは言えないが、アイのつきっきりレッスンで走り込みまくった事により、元のスタートラインを考えれば破竹の勢いでイツキのドラテクは上達していた。

 今や初期のコーナリングのふらつきは何処へやら、基本をしっかり抑えたコーナーワークに加え初級ながらドリフトを物にしてきている。エンジンがエンジン故にパワー不足感は否めずあまり滑らないが、未だ初心者マークとは思えない。これにはアイもびっくりである。

 

 助手席ですこぶる感心したというような表情でぱちぱちと拍手を送るアイにイツキは天にも上る心地となった。推しとマンツーマンのドラテク講習でこんなに褒められてテンションが上がらないファンなどこの世に居ないだろう。

 そこそこ走り込んでガソリンの残量もあまり無い。アイの言葉に同意したイツキは次の下りで今夜の締めにすることにした。

 

「さぁて、今夜最後の下り練習、行ってみよっかー!GoGo☆」

「おー!よーっしいくっすよー!!」

 

 すらっとした色白な手を握った拳を元気よく上げるアイの掛け声と共にイツキが山頂駐車場からハチゴーを発進させる。ここまで来ればイツキも慣れた物である。以前に比べ格段に滑らかにクラッチを繋ぎローンチを決めたハチゴーレビンはフルスロットルで今夜最後のダウンヒルへと走り出した。

 1速全開加速、渾身の力で回る1.5リッターのシングルカムエンジンがのったりとレッドゾーン手前まで吹け、イツキはこの夜に何度も繰り返したようにシフトレバーを2速へ送り込む。このシフトチェンジも繰り返すうちに随分スムーズになったものである。

 

 第一コーナーを抜け、緩い右ストレートを駆け抜けたハチゴーは第二コーナーへ飛び込む。何度も走り込んだイツキの感覚はこのコーナーの走り方を身に刻みつつあった。一つ前のアタックよりも極々少しずつだがスムーズにコーナーを抜けていくハチゴー。当初はふらつきがちだったドリフトモーションからの立ち上がりも確実に無駄が少なくなっている。

 

「なんか俺すっごい上手く乗れてる気がするっす……!!」

「ほんとだよイツキ君!えらいぞ〜☆」

 

 僅かずつだが確かに己の走りが上達している実感を感じ始めたイツキが楽しくて堪らないと言う表情を浮かべた。予想以上の成長速度を見せるイツキに教導役を務めるアイも満足げだ。

 イツキ自身の頑張りもあるが、なにより隣でサポートしてくれる一番星のおかげだとイツキは思った。実に有難い限り、神様仏様アイ様である。

 イツキは天国にも上らんばかりの気分でアクセルを踏み足した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 安定した走りでコーナーを抜けること幾度か。早いものでハチゴーは峠中盤のスケートリンク前ストレートへ差し掛かる。

 下りの運動エネルギーを味方に加速するハチゴーの後方。バックミラーの向こうにヘッドライトの光が現れた。ぐんぐん迫り来る二つの光点はやがて赤い車体となり、イツキの後方視界に大写しとなった。

 

「うぉ、な、なんか後ろから速いクルマ来たっす……!」

「――!このクルマ……!」

 

 突如として背後にぴったり張り付いた後続車にイツキは驚愕した。さっと助手席のヘッドレスト越しに後方へ視線を向けたアイの目に映ったのは、今夜少し前に見覚えのあった赤いボンネット。

 

「さっきのシビック……!!」

 

 ハチゴーの真後ろへ肉薄してきた何者かの正体は、何本目かの下りの途中に対向車線からやってきて瞬く間にすれ違って行ったEG6 シビックであった。真後ろまで迫ったシビックはヘッドライトをパッシングさせ、バトルを挑み掛ける意思表示をしている。先ほどからアイの第六感が警鐘を鳴らしてやまない。

 

「でも、今の俺ならもしかしたら……!!」

「ストップイツキ君!!後ろの車なんかすごい嫌な予感する!ハザード出して譲って!」

「えっ、うぇ!?は、はいっす!!」

 

 技量を磨けている実感のあるイツキがバトルに応じようとするも、それをアイの制止の叫びが遮った。あまりの剣幕に横目で助手席をちらと確認したイツキが目にしたのは今までに無いほど真剣な面持ちを浮かべるアイの顔。自信に溢れて引き込まれるかのような若い恒星。あるいは穏やかな安定期の恒星のような。普段はそういった光を湛えているアイの瞳が初めて見る硬質な光を宿している。

 気圧されたイツキがハザードボタンへ指を伸ばそうとしたその時――。

 

 ごごんと衝撃。シビックがハチゴーのリヤバンパーを鼻先でプッシュしたのだ。二人は未だ預かり知らぬ事だが、それは先ほど池谷のシルビアを襲った事象の焼き増しのようだった。

 

「うぇえ!?ぶつけられたっすよ……!?」

「ッ――逃す気はないってこと……!?」

 

 明確な意志をもって意図してクルマをぶつけてくる相手に狼狽するイツキ。厄介な相手に遭遇してしまったとアイは思わず眉間に皺を寄せた。

 その下手人は真後ろに張り付いたまま車体を左右に振り、揺さぶりを掛けてくる。

 アイはパッと周囲を見渡し、コースを確認した。現在位置はスケートリンク前ストレートの後半。退避できる場所は無い。

 

「逃げ場はない、か。背に腹はかえられないね。イツキ君、とりあえず下まで逃げるしかなさそうだよ。さっきまでやってきたことの実践!事故だけ気をつけてね!」

「は、はいっす……!!よぉし、やってやろうじゃんか、俺だってアイちゃん直伝なんだ……!!」

 

 向こうが執拗にバトルを仕掛けてくる以上、待避所のないこの区間では応じるほか無さそうだ。僅かに心中に残る不安感を取り敢えず押し込め、アイはイツキへGOサインを出した。今夜鍛え倒した腕前を見せるチャンスだと張り切るイツキはシフトダウンを決め、アクセルを床まで踏み込んだ。

 アクセルワイヤーを引かれたスロットルボディのフラップが勢いよく開く。キャブレターに発生した負圧によって霧状に気化したガソリンをたっぷりと送り込まれた3A-Uエンジンが85馬力の最高出力を目一杯振り絞り、ハチゴーレビンの車体は今夜いちの加速を見せてストレート終わりのコーナーへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 精一杯の逃走を見せる白い車体の後方。EG6 シビックを走らせながら慎吾はほくそ笑んだ。

 シビックの鼻先すぐ前を走るハチロクらしきクルマのリヤガラスには「AKINA SPEEDSTARS」のステッカー。先ほど蹴散らしたシルビアと同じだ。秋名スピードスターズとやらの一員でハチロクともなれば、こいつが秋名のハチロクではないのか?そう思った慎吾は出会い頭からバトルを仕掛けたのだ。

 

 そんな思惑の慎吾だが、前をゆくハチロクの加速は妙に鈍い。コーナーはそこそこな走りをしているが、ストレートがまるで遅い。

 慎吾の乗るEG6 シビックのボンネットに収まるのはNAエンジン最強格の名を欲しいままにする、170馬力を誇るB16Aエンジンだ。そんな強心臓に更なるメカチューンを施した慎吾のシビックは200馬力に迫る最高出力を持つ。ハチロクへ搭載された4A-GEエンジンの最高出力はグロス値にして130馬力。そこからある程度のチューニングが為されていても、このホンダの作り出した自然吸気の怪物の前では形無しだ。

 

(それにしたって、随分パワーがねぇな。こちとら全然スロットルを開けてねぇのに楽勝で張り付ける)

 

 慎吾は暫くこのクルマの後ろを走って、違和感を覚えていた。いくら十年以上前の解体屋寸前のポンコツとは言えど歯応えがなさすぎる。

 

(こんなのが秋名のハチロクなのかァ……?いや、んなわけがねぇ、R32でこんなドンガメに負けたとありゃァ毅のヤツも死にたくなる程の屈辱だろうぜ)

 

 それにコーナリングにしたって期待以下だ。下手というほどでもないが、別段速くもない。こんなのは己の獲物じゃあない。慎吾の見立てでは既に前の推定ハチロク?は「秋名のハチロク」の候補から完全に外れた。

 

「へっ、てめぇが秋名のハチロクじゃねぇとなりゃあ、せいぜい本命を燻り出す生贄になってもらおうじゃねぇか……!!

 

 にたりと不気味な笑みを浮かべた慎吾はフロントガラスの向こうで五連ヘアピンへ突入していく白い車体を追って、シビックをコーナーへ突っ込ませた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 赤いシビックから必死の逃走を見せるハチゴーレビンの車内。イツキは手に汗握りながらステアリングを回していた。当事者として初めて生に感じるバトルの空気。後方に張り付き続けるシビックが放つ重圧のようなものが彼の精神をじわじわと苛んでいた。

 

「やっぱりこいつのパワーじゃシビックのフル加速には歯が立たないっすね……!」

「そうだね、まともに戦えるようになるにはやっぱりもうちょっとパワーが欲しいかな……?」

「そうっすよね……!!よぉっとぉ……!」

 

 パワーのなさは重々承知していたが、それをバトルでも思い知らされたイツキが真後ろからのプレッシャーに脂汗を垂らした。そうこうしているうちにハチゴーは秋名峠名物、五連ヘアピンへ差し掛かる。

 

「がんばれイツキ君、もう五連ヘアピンだよ!麓はあと少し!!」

「よぉし、いっけーッ!!」

 

 じわじわ消耗しつつあるイツキをアイが励ます。峠は後半に差し掛かっている。もうしばらくだ。

 今夜一素早いシフトダウンを決めたイツキは突入姿勢を作り、五連ヘアピンの第一ヘアピンへ飛び込んだ――その時。

 

 ごつん。ハチゴーの車体へ衝撃が走り、リヤタイヤのグリップが消えた。

 

「えっ――」

 

 イツキが困惑の声を上げる中、体勢を崩したハチゴーの車体はみるみるうちにフロントをイン側へと巻き込み、スピンへと突入する。フロントガラスの向こうで回転する景色の中、真っ赤なシビックのフロントフェイスが見えた。

 

(またやられた……!?)

 

 イツキはようやく事態を理解した。あのシビックはあろうことかコーナリング中に二度目のバンパープッシュを行ったのだ。

 コントロールを失ったレビンの車体は回転しながらあらぬ方向へ滑っていく。その先にはガードレール。そして助手席には推し。

 

(せ、せめてアイちゃんは守らないと……!!)

 

必死でステアリングを回し制御を試みるイツキ。せめて助手席側だけはぶつけないように。自らが怪我を負おうとも、車が大破しようとも、推しは無傷で守らねばならぬ。極限状態でその思いが彼を動かしていた。

 リヤからガードレールへヒットし、跳ねたレビンの車体がその回転運動のまま右側面からフロントをめり込ませた。ヒビの入ったフロントガラスの向こうで砕け散った右のヘッドライトの光が明滅したのちに消え、ボンネットが紙箱のようにひしゃげる。

 

 衝撃に襲われるイツキの視界に、唖然とした星の瞳が見えた気がした。




【武内樹】
一番星のマンツーマントレーニングで原作を大きく上回る成長速度を見せる。しっかり基礎を押さえた走りに初歩のドリフトをモノにしたその実力は既に初期の池谷先輩を上回っているかもしれない。闇ひろしに目をつけられるも奮闘、ダーティプッシュを受けてクラッシュするが咄嗟のコントロールで助手席の師匠兼推しを守り抜くファンの鑑。

【星野アイ】
最強で無敵のドライビングコーチ。お手本走行と横乗りアドバイスでイツキくんをギャンギャン鍛え上げる。闇ひろしの邪悪な気配を星の知らせで感知していた為、バトル回避に動くが退路を封じられた為やむなくゴーサインを出す。おとーさん由来のモータースポーツの知識でバンパープッシュを含めた荒っぽい競り合いがあることは知っているが、意図してスピンを狙ったダーティアタックの使い手がいるとは思わなかった。

【庄司慎吾】
邪悪さ最盛期の闇ひろし。秋名のハチロクかと勘違いしてイツキ達へバトルを仕掛けたが、あまりに歯応えが無いので噂の秋名のハチロクではないと判断。意地でも本物を燻り出すために必殺ダーティプッシュに及んだ。その車に絶対怒らせてはいけない一番星が乗っていたことを彼は知らない。





次回はいよいよガムテープデスマッチの予定。一番星との出会いで鬼バフの掛かって居る拓海君のブチ切れダウンヒルを慎吾君にたっぷり味わってもらいましょう。
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