今回は前回のアイちゃんとのエンカウントを池谷先輩視点でお送りします。
予定を変更して前中後編に。
イニDサイドで一番星の輝きに脳を焼かれた人1号です。
関東の内陸地に位置する群馬の街の夏は暑い。今年もそれは変わりなさそうだ。
日中に散々地表を炙り散らかしていった太陽が沈み、いくらか涼しくなった夜の空気をありがたく感じながら俺は営業終了までもう一踏ん張りというところの職場の掃き掃除をしていた。
俺の名前は
俺は親友の健二ってやつと一緒に立ち上げた『秋名スピードスターズ』って走り屋チームのリーダーだったりするんだが、ここのスタンドの長である立花店長は元々走り屋な関係で走り屋に寛容なんだ。だから客のいない時はスピードスターズのメンバーが集まってだべってたりって光景もよくあったりする。
今日は健二の奴は見てないし、バイトとして来てくれて居る高校生のイツキこと
拓海といえば、あいつは普段からぼけーっとしてて、走り屋の間では定番のハチロクさえ知らなかった生粋の車音痴でメカ音痴だったが、そんな拓海がまさか家が豆腐屋で、その豆腐の配達で培った超絶ドラテクを持った『秋名最速のダウンヒラー』とまで呼ばれ出したハチロク使いだったのは今思い返してもビックリだよなぁ…。
レッドサンズにボロ負け、チームの危機をまさかの拓海に救われ、その拓海はハチロクで圧倒的格上なはずのハイパワーマシンであるFD3SとR32に連戦連勝。
7月に入ったばかり頃に起きた赤城山から来た強豪チーム『赤城レッドサンズ』との交流戦から始まり、それから怒涛の如くあった出来事を思い返しながら敷地内のゴミをほうきとちりとりで回収。ゴミ箱へ捨てる。
「さぁて、これであともう一踏ん張りだな」
1日のゴミをあらかた回収し、営業終了までの最後の来客を出迎える用意を済ませて制服の帽子を被り直した俺の耳に太く響くチューニングスポーツカー特有のエキゾーストが聞こえてきた。
重厚で太く腹に響くエキゾースト。直列6気筒の音だ。しかしその中に甲高い独特の響きが混ざっている。
この音、
スタンドの入り口前を横切る大通りへ目を向けると、手前車線から走ってきた青白いキセノンヘッドライトの灯りが近づいてくる。ウインカーを点滅させて敷地内へ乗り入れてくるその車体はスタンドの照明を浴びて、宵闇のベールを脱ぎ捨て正体を表した。真っ赤なボディの両サイドに暗い紫のラインが入ったR33 GT-Rだ。
群馬ナンバーだが、見かけない車だ。そもそもR33自体がR32からサイズアップしたでかい図体のせいで敬遠され、峠の走り屋界隈ではほぼ見かけないが…こんな特徴的なカラーの車は一度見たら忘れないだろう。
低いエキゾーストを響かせて敷地へ乗り入れてきたGT-Rはいっそ気持ち悪いくらいのスムーズで完璧なライン取りで迷いなく給油機の前のオレンジ枠の中へとその大柄な車体を収めた。
丸い四連テールランプの並んだリヤビューへ据え付けられた「GT-R」のエンブレムバッジが自信たっぷりと言わんばかりに輝いている。
…いかんいかん、見惚れてないで接客だ。
「いらっしゃいませー!」
ヘッドライトを消したGT-Rへ駆け寄り、声を掛ける。
運転席側の窓が開いて行き、紫掛かった艶やかな黒髪の美少女が現れた。GT-Rの見せた先ほどのライン取りと同じくらい精巧で整い切った顔立ちの彼女の星のような輝きを宿した瞳がこちらを向き、
「ハイオク満タンで☆」
キラッと光る強烈な恒星が俺を貫く。にっこり微笑んだ彼女の星の輝きが俺の脳を焼いた。
うん。イツキや健二と一緒に「走り屋に女はいらねぇ」とかなんとかほざいたこともあった気がするが、そんなことはなかった。
フロントガラスから降り注ぐスタンドの照明を浴びて紫掛かった不思議な輝きを振り撒く長い黒髪。むくみなんて言葉とは無縁じゃないかと思うようなキュッとした小顔。人間離れしたレベルに整った造形の顔パーツ。星の輝きを宿したぱっちり大きな赤紫の瞳。声も超絶可愛い。
こんなこの世のものと思えないほどの美少女が存在するのか。しかもこの車からすると彼女も走り屋。最高か?最高だよなぁ!!
こ、これがいわゆる一目惚r ――
「お兄さーん?」
――ハッ‼︎ お、俺は何を…
彼女の圧倒的顔面偏差値の暴力と溢れんばかりの星の輝きに呑まれていたようだ…。
しっかりしろ池谷浩一郎…!!
「ッは、ハイオク満タンかしこまりました…!」
接客魂を奮い立たせ、どこかへすっ飛んでいた意識を立ち直らせた俺は慌てて給油機の準備をしに向かった。
必要な操作を終え、給油体制を整えた俺がハイオクのノズルを持ってGT-Rを見やると、すでにエンジンは停まっており給油扉がポップアップして準備万端と言いたげな姿だった。
給油扉を開き、フューエルキャップを緩めて外す。キャップをキャップ置きへ置いた俺はGT-Rの給油口へ給油ノズルを差し込み、トリガーを引いた。
低いポンプの唸りと共にハイオクガソリンが送り込まれ、GT-Rの腹を満たしていく。
「ねぇ、お兄さん。ちょっといいかな?」
そうしていると、件の少女が話しかけてきた。視線を声の先へ向けると、GT-Rの運転席から顔をひょっこり出した彼女がこっちを見ていた。
「あ、あぁはい。何でしょうか?」
彼女の用件を聞いてみる。少しどもってしまったのは許してくれ。普段こんな超絶美少女と会話する機会なんか冴えない木っ端走り屋には無いんだよ。
「この辺りにね、すんごく速いパンダトレノのハチロクがいるって聞いたんだー。秋名の下りなら負け知らずで、秋名のハチロク、って呼ばれてるんでしょ?」
「…!!」
ッ!まじか…この子もひょっとしてこの前拓海がバトルしたR32の中里と同じパターンか…!?
思わず俺の顔がこわばった。
ついこの前拓海のバトル相手となった『妙義ナイトキッズ』のリーダー、黒いR32 GT-Rを駆る『
まぁ、その時は居合わせたイツキが対応しちゃって、俺たちスピードスターズの一員と勘違いされて天狗になったあいつが調子に乗って勝手にバトルを受けちまったんだがな。
「私ね、そのハチロクのこと、とっても気になるの。お兄さん、何か知らないかな?」
…これは十中八九そのパターンかもしれない。好奇心を全力でぶつけてくる赤紫の両目に輝く星が俺を見つめている。
「…秋名のハチロクは俺の知り合いです」
件の秋名のハチロクの正体である拓海との関係性を伝える。
「よければなんだけど、お兄さんから秋名のハチロクさんに伝えてくれないかな?」
「…!」
彼女の雰囲気が変わった。いや、元々引き込まれるようなオーラのある子だと思っていたが、それが全力全開で解き放たれた。核融合で輝く恒星の如き絶対強者のオーラが周囲を威圧するかのように吹き付け、両目の星が煌々と輝きを増して呑み込んでくるような感覚を覚える。
自信に溢れた一番星のような微笑みで、彼女は名乗った。
「私は星野アイ。あなたとバトルがしてみたいんだ、って」
それは間違いなく彼女から拓海への挑戦状だった。
拓海ぃ…。お前、とんでもなくやべー子に目をつけられたみたいだぞ…。
☆ ☆ ☆ ☆
「じゃあお願いね、お兄さん☆」
給油の支払いを終えたなり、そう言ってパチンとウインクを決めた彼女はGT-Rを発進させ、颯爽と夜の帷の中へ消えていった。赤く光る特徴的な4つの丸型テールランプが重厚かつ甲高く響くRB26エンジン独特のエキゾーストを伴って遠ざかっていく。
手元には電話番号の書かれた紙。拓海からのバトルを受ける了承が取れたらここに連絡を入れてほしいとのことらしい。
ロングホイールベースで大きく重たいR33は車種的には中里のR32より更に峠との相性は悪いはずだが、あの絶対的強者のオーラを放つ少女――星野アイは間違いなく只者じゃない。拓海やレッドサンズの猛者達と比べると木っ端でしかない俺では間違いなく一捻りだ。車種の相性がどうの、なんて要素はねじ伏せてひっくり返してきそうな、そんな何ともいえない恐ろしさを感じる。
これは拓海とハチロクの組み合わせであってもどうなるか…
今になってヤバさを実感してきたかもしれねぇ…。
「おいおい、これは大変なことになったぞ…」
思わず呟いてしまった。
まぁ、ここで黄昏ていてもどうにもならない。
気を取り直した俺は彼女で本日最後の来客だったスタンドの締め作業に取り掛かるために店長の居る店内へ向かったのだった。
一番星の魅了が池谷を襲う…!!
女っけひとつなかった池谷君にアイちゃんオーラは劇物かもしれません。
拓海君との出会いは後編に持ち越しです。
1話ごとの文章量について。
-
ちょうどいい!
-
もっと欲しい!