「まじか」
それは森の中での事。木々に囲まれながら、旅装に身を包んだ一人の女性『ロレーナ』が思わず溢した呟きはザーザーと降り注ぐ雨音に呑まれていく。
今の彼女がどの様な状況なのかを表す言葉はいくつかある。迷子か、あるいは遭難者か。そう彼女は今、森のど真ん中で目的地へと続く道を見失いさ迷っているのである。そんな状況なのだから思わずまじかと呟きたくもなるだろう、がその呟きが溢れた理由は迷っているからではない。
少し深く泥濘に嵌まり込んだ足を引き抜き、雨粒が木々に繁る葉と自らの『魔法』によって張られた結界にぶつかる音を聞きながら視線を地面へと向ける。
そこには泥に沈んでいる煙草が一本落ちていた。
泥濘に足をとられた際に落としてしまったまだ火も着けていなかったそれを眺めながら、無言で懐からシガレットケースを取りだして開く。空っぽだった、つまり視線の先にある泥まみれになったそれが最後の一本である。
新しい物を買うまで煙草が吸えないということである。
「…まじかぁ」
予定通りにいっていれば今ごろとっくに森を抜けて町に辿り着いており、そこに住んでいる友人と会話に花を咲かせながら一服していた筈なのに。自分はなにかしただろうかと思わず空を見上げる。魔女として生まれて200年と少し、まだまだ魔女としては若造としか言えない年齢とはいえこんな不幸な事流石に。
「いや結構あったわね」
湧き出してきた割と思い出したくない類いの思い出にスンッと冷静になる。というか昔の酷いあれこれと比べれば全然ましだなと、いやまぁ煙草が吸えないのはとても辛い事に代わりはないのだけれど、と思いながら泥まみれの煙草を拾う。彼女はごみをきちんと回収出来るタイプの魔女である。
さてと冷静さを取り戻したついでになぜこんな事になったのかを考える。
そもそもなぜ森の中に入ったのかといえば、森の今現在の状態の確認と、目的地である町への近道をしようとしただけなのだ。因みに、近道といっても道なき道を突き進んだ何て事をしたわけではない。まぁ何時の間にか道そのものが無くなってて迷ったわけだが。
ではなぜ森の状態を確認しようと思ったのかといえば、以前訪れた際はこの森が酷く荒れていたからだ。
森が荒れていた理由は人の往来の多さだった。森を横切れば町にすぐ辿り着けることもあってかなりの人数が行き来していた、それこそ自然と道が生まれる位には。そして人が多くなれば無遠慮な者もそれなりの数が紛れ込み、そういった者に森が荒らされてしまっていたのだ、それこそ『結界の魔女』なんて通り名で有名になる程度にはそれを得意とする自分が特定の人物以外出入りできないようにするための結界を張ってくれと頼まれるくらいに。
実際、森番と一緒に状態を見たが確かに酷かったなーなんて当時の事を思い出す。
そう、思い出したのだ。だから自分が結界を張って凡そ2年。魔女的には対した年数の経過ではないが何処まで荒れた状態から変わったかなと近道次いでに確認しようと森へと足を踏み得れて…現在の状況に至ったのである。
言ってしまえば自業自得であった。
「…まぁ、道が無くなるくらい森が以前の状態に戻り始めてると思えば喜ばしい事だし、迷子になるのもまぁ仕方ないと言えなくもないわね、うん。仕方ない仕方ない」
と、自分に言い聞かせるように呟くロレーナ。心の片隅で違う意味で荒れてしまっている気がしなくもないがと思いつつ、それでも以前よりはましだなと思うことにした。というわけで迷子になったのは不可抗力だったことにした彼女はさぁ町に向かおうと前を見て一歩踏み出す。それはもう早く煙草がほしいという気持ちを込めた力強い一歩で。
結果、また泥濘に足をとられた。
倒れそうになるもギリギリで踏み止まり…思わず、再び空を見上げる。雨は嫌いではないが、単純に歩きにくい場所はやっぱり嫌だなと足に力を込めながら何気なく地面を見る。
『星空』が広がっていた。
「…なに、この、えぇ?」
唐突が過ぎるその現象にロレーナはただただ困惑した。
「あぁー…いやまぁ、なんだろ。あぁもう分からないなにこれ?!」
生まれて始めての自体に混乱しながらも取り合えず動いてみる。泥濘に嵌まっていた筈の足がなんの抵抗もなく動き、地面に広がる星空が水面の如く揺れる。
「害は…無さそう? いや流石にそんなすぐ判断するのは危ないか。本当になによこれ? 魔法? いやでもだとしたら流石に分かるし」
呟きながら駄目だと首を振る。頭が混乱してろくに考えられてない。普段なら一服して落ち着くところなんだけどなと思い、煙草がきれてる時に限ってこういう事が起こると舌打ちを溢しながら視線をあげる。
そして、謎の光が空に上っていく光景を見た。
「畳み掛けてくんなぁ!」
そして、彼女はきれた。なにか起こるにしても、もう少し加減しろと吼えた。だが、しかしそんな彼女の心情なぞお構いなしに光は変わらず空に向かって上り続けて。
ゴンッ。
と、音が響き光が今度は地面に向かって落ちていった。
「…はぇー」
気の抜けた声が溢れる。いろんな事が立て続けに起きすぎて完全に思考が追い付いていなかった。
というか先ほどの音はなんだろうか、見ていた感じあの謎の光が空中でなにかにぶつかった様に見えたが特にこれと言ってぶつかる様な物は…ある。
恐らく、あの謎の光は自分が張った結界にぶつかったのだろうと思い至る。
パッと見、欠片も揺らいでいない結界を見て流石あたしだと若干誇らしくなりながら何時の間にか星空が消え見慣れた地面に戻っているのを見て、恐らく関係があるのだろう先ほど見えた謎の光が落ちていったと思われる場所を目指す。
一瞬無視しようかなと思ったが、もしもあの謎の光がよろしくない類いの物であった場合放置はしておきたくない。正直、あれの良し悪しに関わらず意味が分からなすぎるから取り合えず確認しておきたいしと歩を進める。
と、謎の光は割とすぐに見つかった。
落ちていくのを見ていたから、とかそういうのではなく地面に落ちているそれが相変わらず光っているから薄暗い森の中ではとても目立っていたので、見つけるの自体は簡単な事だった。
逆に簡単ではないのは、落ちているそれがなんなのかを把握することだった。
少し離れた位置から見る。眩しいと軽く思う程度には強く光ってるからはっきりとは言えないが割と、いや所でなく光の強さに対して大きさはかなり小さい。もしかしなくても手のひらに乗る大きさに思える。
「…分からん」
近い見た目をした存在に覚えがあるだろうかと考えたが思い浮かばない。一応光を発する存在な知っているが、それになんというか、あんな光輝いてはいなかったし違うなと思いながら何時なにが起きてもすぐ対処できるように警戒しながら落ちているそれに近づき。
視線を感じた。
「あ、こんにちわ」
「あ、はい。こんにちは?」
そしてなんか挨拶されて、反射的に返す。内心であ、喋れるんだーとか思いながらどうしようかと考える。喋るだけの知性を持つ謎の発光存在への対応なぞ彼女は持ち合わせていない。他のもっと長い年月生きてる魔女なら普通に対応できるのかなーなんて思っているとさらに声がかけられた。
「えっと、貴女は?」
「んぇ、あぁーあたしは……相手から聞かれたんだし大丈夫だよな?」
「はい?」
「あぁいやなんでもないわ。それで、あたしは誰かだったわね。あたしはロレーナ。魔女のロレーナよ、よろしく」
「あ、はいよろしくお願いします?」
言葉や反応的に、自分の事は知らなそうだなと判断。これでも結構有名だから名前は知ってる、なんて事が多いのだがと思いながら続ける。
「それで、君は?」
「あ、はい。僕は、僕……えぁ?」
呆けたような声を眼前の光が溢す。唖然としたような、困惑した様子が光っているだけなのに伝わってくる、というかなぜか光の強さが揺らぎ、僅かに色が変わっている。そうやって感情表現してるのかな? なんて、思ったがそれ以上に嫌な予感がした。
「あの…すみませんロレーナさん」
「……うん、なにかな?」
「その、自分の事がなにも分からないのですが。僕の事、なにか知りませんか?」
予感の的中を確信した彼女は、思う。あ、これ面倒臭い事になるやつだ…と。
・プチ紹介コーナー・
『結界の魔女・ロレーナ』
種族・魔女
年齢・231歳
身長・変わってなければ162cm
体重・ここ数十年測ってないので不明
好きな物・パイ料理、喫煙、新しい物
嫌いな物・辛すぎる食べ物、禁煙という概念そのもの
誰かの一言コメント・三つ編みにしてある茶色のロン毛とタレ目が特徴的な可愛らしい子なんだけどどちらかといえばかっこいいと言われる方が嬉しいらしい…かわいい。