アウラとフリーレンさんの戦いが終わった後、私はフリーレンさん達と一緒に行動をすることになった。
アウラ本人の討伐ができなかったということで領主の希望もあり、再来に備えて例の襲われていたという街にしばらく滞在することになった。
こっちの世界に来て早々、魔族に捕まったり魔法で殺されそうになったり酷い目には沢山あったけど、そんなのは初日だけだったようで今はこの世界の常識を教えてもらいながら平和な日々を満喫していた。
一応、異世界から来たという話もフリーレンさんは話半分で信じてくれて、元に戻れる方法も探してくれると言ってくれた。
若干不安なのは、その後にフェルンがエルフのフリーレンさんは人間と時間の感覚が違うから、生きているうちに探してくれることを祈るよう教えてきたことぐらいだった。
そんなわけで特にすることもなく、今日も宿でのんびりとしていた頃、私達が泊まっている宿の女子部屋がノックされた。
今、フリーレンさんはフェルンと一緒に買い出しにでかけてしまっている。しかたなく私が応対をすることにした。
「どうぞー」
「おじゃましまーす」
入ってきたのはシュタルク君だった。
「なにかしら?」
「いやあ、その、用ってわけじゃないんだけど……ちょっとお願いがあってよ」
「なに?」
「実はフリーレンの荷物からこんなのを見つけたな」
そういえばさっきからシュタルク君が後ろに手を回していた。何か隠してるのかしら。
彼がそれを目の前に突き出してきた瞬間──
「
「は?」
この世界に来てから二度目の魔法が私にかけられた。
シュタルク君が持っていたのは例の服従の天秤だった。
そういえばフリーレンさんがアウラをボコりながら奪い取っていた気がする。
彼はそれをくすねたんだろうけど……え、なんで使えてるの?
ていうか何で私に使うの!?
「シュタルク君って戦士じゃなかったの!?」
「それがコイツの取扱説明書を読んでたら書いてあったんだよ。誰でも使えるって」
あるんだ、取説。
話してる間にも私の胸から魂が抜けて出る。
同じようにシュタルク君からも。
「二乃さんって異世界人で、向こうじゃ魔法なんて無いらしいし、きっと魔力そのものを持ってないんだろ? 俺だって魔法はからっきしだけどよ、魔力を持たないお前と俺が勝負すりゃ絶対に俺が勝つってわけだ」
「あんた……自分が何してるか分かってるんでしょうね!?」
「俺はちょっとしたお願いを聞いてほしいだけだよ」
あまりにも簡単に言ってのけるシュタルク君……いや、シュタルク。
服従の魔法を男が女にかけるなど、目的は一つしかないだろう。
"そういう事"に関しては異世界も元の世界もあまり関係ない。
だからこそ、非常にまずい。
「こんなことして、終わってからどうするつもりよ。脅されようと何されようとも私はフリーレンさんに言いつけるわよ……!」
「大丈夫、フリーレンだって分かってくれるさ。俺がどれだけ欲しがってたのかをよ」
「あんた……!」
初めて会った時から馬鹿だとは思ってたけど、まさかこんな意味で馬鹿野郎だなんて思わなかった。
普段は他の二人とも仲良くしていて、まるでフー君と姉妹達みたいな空気の良さがあったものだから、異世界に来ているというのに油断をしてしまった。
こんなことなら常に女性陣の傍に付いているべきだった。
こうしている間にも魂が天秤に乗ろうとしている。
あの魂が天秤に乗った時、私はまた自由を奪われてしまう。
そして今まさに、二つの魂が天秤の皿の上に乗った。次の瞬間──
私の魂の方へ大きく傾いた。
それはもうガッツリと。一瞬だって迷う余地がないほど思いっきり。
「なんで負けてんのよあんた!?」
「なんで負けてんだよ俺ぇ!?」
シュタルクも完全に予想外だったらしい。自分の魂が乗っている方の皿が上がってしまっているのを見ながらマヌケ面をしていた。
私もこの魔法をかけられるのは初めてじゃないということもあって、これがどんなものであるかはフリーレンさんから説明は聞いて理解はしていた。
天秤の両皿に互いの魂を乗せ、より魔力が多い方に傾く。
魔力が少ないと天秤によって判断された者は服従を余儀なくされるというものらしい。
この特性を知っていたからこそ、先ほどは慌てていた。
だけど結果は自分の圧勝。シュタルクは戦士だから魔力がフリーレンさんやフェルンより少ないのは納得がいく話だけど……私より少ないの?
え、ていうか私魔力持ってるの?
今まで訳も分からないままこの世界に放り出されて、自分はこれから科学のかの字も無いこの世界で平凡な一般人として生きていくしかないのかと思っていたから、少し胸が高鳴った気がした。
ぶっちゃけ、姉妹やフー君、他の皆にもう会えないのかもという思いもあってかなり凹んでいたから少しは良い事もあるものだとも思えた。
後でフリーレンさんに自分の魔法の適正は聞くこととして、そろそろ目の前の馬鹿に対処することにする。
「シュタルク」
「なんで呼び捨て?」
「自分でかけた魔法で自分が服従させられるのはどんな気分?」
「やべえなこれ、マジで抵抗すれば一瞬くらいは動けそうな気がするけど、それ以外の時は指一本動かせねえ」
「あ、そう。本当に魔法にかかってるのね」
「みたいだぜ。取説に書いてあったんだが、お前が解放するって命令してくれれば魔法は解除されるらしい。だから俺に命令を────」
「とりあえずそこに正座しなさい」
「え……なんで?」
「正座しろ」
「はい」
シュタルクが正座した。敷物もない木の床の上で組む正座はさぞかし痛いらしく、座った後も尻の下で足をもぞもぞとさせていた。
だけどそれはこいつの完全に自業自得。私が今こいつに配慮してやる余地なんて一ミリだってない。
シュタルクの前に私は腕を組んで仁王立ちした。
「あんたに選ばせてあげる」
「何を?」
「一生ここでその姿勢のまま餓死するか、いっそ潔くフリーレンさんに灰にしてもらうかよ」
「なんでだよ!? なんで俺がそんなおっかない目に合わなきゃなんねえんだよ!?」
「当たり前じゃない! あんた私に人には言えないようなことするつもりだったんだから!」
「言えないことってなんだよ!? 俺はただお前にスイーツを作ってもらいたかっただけだよ!?」
「…………スイーツ?」
「ジャンボベリースペシャル。この街で食えるやつだよ……なぁ、もう普通に座っても──」
「だめ」
つまり、どういうことだろう。
シュタルクはスイーツを作ってもらうために私に服従の魔法をかけようとした?
え、なんで?
苦し紛れに嘘を言っているのかしら。でもそれにしたってもう少しマトモな嘘をつくような……
そんなことのためにあの人道に反する魔法を使ったなどと言われても、普通に考えれば嘘だとすぐさま分かるはず。
でもシュタルク君馬鹿だからなぁ……でも馬鹿だからこそ本気で言ってそうだわ……
「あのさ。そんなことのためになんで私にそれ使ったのよ」
「それって?」
「服従の天秤よ」
「……フェルンに頼んだら断られたからだよ」
「ごめん、もう少し分かるように説明して」
「ジャンボベリースペシャルは俺にとってちょっと思い出のある食べ物でよ。さっきも言った通りこの街の居酒屋で普通に食えるんだよ」
「ならそこで食べればいいじゃない」
「食ったよ。んで気づいたんだ。絶対昔より小さくなってる。しかも俺の路銀で買うには結構たけぇし」
「……あー」
物価の高騰化ってやつかしら。よくフー君も食費が上がってきて辛いとか愚痴ってたわね、懐かしいわ。
凄くなんというか、現代的な話を聞いた気がするけどこの世界でもそういう事ってあるのね。
「それで普段の飯はあいつが作ってくれてるし、材料はこっちで用意するから作ってくれって言ったら何でか知らねえけど断られたんだよ」
「なんでよ」
「だから知らねえって」
「いや、待って……!」
「ん?」
もしかして、そういうこと?
日ごろ野宿の際のご飯を作るのは生きていくために必要な行為だからするけど、ここでは路銀がある限りご飯に困る心配はない。
だからここでスイーツをわざわざシュタルク君のために作ってあげるということは生きていくための行為ではなく、彼を喜ばせるための行為になってしまうのであって……!
若干ブーメランが返ってきそうな気がするけど、そんな風に思ってしまうってことはフェルンはシュタルク君のことを────
「シュタルク君、フェルンにお願いした時に何か言われてなかった!? どんなことでもいいから!」
「急に掘り下げてきたな……何かっつってもなぁ……あ」
「なに!? 思い出した!?」
「俺に言ってたわけじゃないけど、ぼそっと呟いてたな。『私だって甘いものなんて滅多に食べられないのにズルい』とかなんとか」
「解散」
「なんだよ!? お前が聞いたことだろ!? ていうか作ってくれよぉ! 頼むよぉ!」
「あんた自分に服従の魔法跳ね返ってきてるのによくまだお願いし続けようと思えるわね! いやよ!」
「ならせめてこれを解除してくれよぉ!」
その後、疑いも晴れたシュタルク君の魔法は解除してあげたものの、それはそれとして買い出しから帰ってきた二人には言いつけた。
フリーレンさんはシュタルク君から天秤を没収。加えてお説教がされた。
フェルンに関しては明らかにシュタルク君に向けた怒りの感情を持ってるのがわかったけど、本人に言うわけでもなくしばらく不機嫌の相手をさせられることになった。
……というかやっぱりフェルンってシュタルク君のこと……まあ、本人達が自覚してないなら私が口を出すことじゃないか。