服従の天秤なんて二度と見たくない   作:真樹

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3_何でもできる

 フリーレンさんと同行するようになってしばらく経った頃、アウラに侵攻された街から私達は旅立った。

 途中、雪山で死にかけたりもしながら辿り着いた次の村で新たなパーティも迎え入れていた。

 ザインという僧侶で聖職者に似つかわしくない俗にまみれた男だった。

 酒を飲む時、タバコを吸う時、ことあるごとにフリーレンさん達から生臭坊主、破戒僧と揶揄されていたが私からすれば別にザインさんがそれらのものを嗜んでいたとしても何ら違和感はなかった。

 一応、元の世界でそういうのを禁じる戒律がある宗教もあるらしいけど、日本育ちだからよく分からないわ。

 そんなザインさんだけど治癒魔法の腕前はフリーレンさんだって舌を巻くほどらしく、彼が住む村を旅立って少しした後の道中で野宿をしている最中、私は彼に診てもらうことになった。

 

「呪いじゃないな、多分魔法の類がかかってる」

 

 私の片目に当てていた指を離してザインさんは言った。

 瞼を大きく開かせるその診察の仕方は、元の世界でもパパが診察をする時にするものに似ていたけど意外と普通の医者っぽいこともするのだな、と思った。

 ザインさんの言葉に一番大きく反応したのはフリーレンさんだった。とはいっても、元があまり感情の起伏が無い人だから少し肩を揺らしだだけなんだけど。

 

「え、私が診た時はなんともなかったよ」

「俺も初めて見るやつだからな。それに魔力の痕跡もかなり薄い。戦闘がメインのお前さんじゃ分からんでも無理もない」

「そっか」

 

 そう言うとフリーレンさんは少しだけ肩を落としたように見えた。

 魔法のことは詳しくないけど、フリーレンさんの気持ちは少しだけ分かるように気がした。

 それもそうだろう、このパーティの中で一番の魔法の識者は誰かと指させば満場一致でフリーレンさんとなるほど、一同の中で彼女は別格だ。

 治癒では一歩ザインさんに分があるとしても、そもそも存在すら気づけなかったというのはフリーレンさんなりに傷つくプライドもあるのかもしれない。

 しかし、そんな様子もわずかで次の瞬間にはいつも通りの様子に戻っており、フリーレンさんは続けて言った。

 

「治せそう?」

「すぐには無理だな。何かの魔法にかかってるってだけで、何かの正体までは俺もわからん。初めて見るからな」

「そっか……二乃、ごめんね。もう少し私達と一緒みたい」

 

 数日一緒にいたから何となくだけどわかるようになったこととして、淡々とした口調だがフリーレンさんは本当に申し訳ないと思ってくれているようだった。

 私はフリーレンさんの謝罪に首を横へ振った。

 

「ううん。フリーレンさんが謝らないで。帰りたくないって言ったら噓になるけど、フリーレンさん達といるのも楽しいから」

 

 出来ることなら危険な目にはあいたくないのだけど、それは言わないでおいた方がいいんだと思う。

 人が住んでるところから一歩外へ出れば当たり前のように魔物が現れて人間を襲う。こんな世界でいきなり魔族に捕まったところから始まり大きな傷を負うこともなく今まで過ごしてこれてるのは全てフリーレンさんのおかげなのだから。

 その時であった。私を診るのを止めたザインさんが立ち上がり、振り返った直後に動きを止めた。

 その様子の変化に私はしゃがみ込んだままザインさんを見上げた。

 

「ザインさん?」

「フリーレン、お前の鞄の中、何か入ってるか?」

 

 ザインさんは私を無視してフリーレンさんの方を向いている。

 性格には、フリーレンさんの持っている鞄を見ていた。

 言われ、フリーレンさんは自分の鞄を前へ掲げると疑問気に首を捻った。

 

「何かって、なに?」

「例えば魔道具とかだな。二乃にかかってる魔力と同質の物をそこから感じる」

「魔道具……」

 

 呟き、その場に鞄を置くとフリーレンさんは鍵を開けて開いた。

 ガチャガチャと鞄の中に乱雑に置かれている物たちがぶつかり合う音がした後、一つの物を取り出した。

 私もそれを見た途端、最近よく目にするなと思ったそれは”服従の天秤”だった。

 

「これとか?」

「それだな」

「私使ってないよ」

「そんなことは分かってる。その魔道具が今は活性化してないのもな。魔力の動きを見りゃわかる」

 

 試しに私も目を凝らして服従の天秤を凝視してみたけど、魔力の動きなんてものは全く見えなかった。

 やっぱり魔法使いの人と私ではそもそも見えているものが違うらしい。

 先日、シュタルク君とあの”服従の天秤”で魔力の所有量を競った時には勝ったもんだから私も素質があるのかもと期待したけど、そもそも基礎がないんじゃ意味がないらしい。

 例えるなら無尽蔵の体力を持つ四葉がもしも体の動かし方を知らなかったら、みたいな話なんだと思う。

 じっと天秤を見ていると、その向こう側にあるフリーレンさんと目が合った。

 フリーレンさんは無表情のまま──

 

「そんなに見つめられると、照れる」

「今の話の流れでフリーレンさんを見つめるわけないじゃない」

「たまに二乃って私に対しても失礼な口利くよね」

「年上だし助けてもらった恩もあるんですけど、見た目のせいでどうも気が緩んじゃって。逆にフリーレンさんになら何言われても怒らないかも」

「喋り方とか声とかなんかアウラに似てるかも」

「クソ失礼ねっ!?」

「そういえば、フリーレン様だけじゃなく二乃様もアウラと会ったことがあったんでしたね」

 

 思い出したように言うフェルンの言葉に、私は思わず苦い顔をしていた。

 異世界に来て初日の出来事だったが、今でも時々夢で見るくらいには印象深い出来事だった。

 何しろ世界でも指折りの魔法使い同士の戦いを目の当たりにして、魔法にかけられて死にかけたりもしたのだから。

 正直あまり思い出したくない記憶だったりもするから、私はザインさんへ目を向けると出来る大人のこの人はわざと話の腰を折るように説明口調で話始めてくれた。

 

「おそらくだが、前にそいつを使われた時の効力がまだ効いてるんだろ。二乃、こいつを使われた覚えは?」

 

 前言撤回。どうしてもあの嫌な記憶から逃げさせてくれないらしい。

 

「二回あったわ。一回はシュタルク君に、もう一回はアウラによ」

「はあ? なんでシュタルクがお前にかけるんだよ……おいシュタルク、お前まさか変なことしようと──」

「待ってくれ。その話はもう終わってるし、それを蒸し返されると──」

 

 シュタルク君が本人には見えないよう、フェルンへ目を向ける素振りをザインさんへ見せた。

 同時に、フリーレンさんと私がわずかに眉を潜めたところから以前に面倒くさいことがあると察してくれたのか、苦笑いをして溜息を吐いた。

 

「ってことはアウラか。魔王軍の幹部だろ。何されたんだよ」

「その時も大したことはなかったわ。ただついてこいって命令されて、フリーレンさんとの戦いを見させられたわ」

「なるほどな。どのみちこっちの世界に来てからかけられたってことは関係ねえか。というかアウラはお前にそんな命令して何がしたかったんだよ」

「自分が勝つところを見せたかったらしいけど……」

「私がボコボコにした」

 

 フリーレンさんの横やりに、当時の光景が思い出される。フリーレンさんがアウラをボコす時の絵面も嫌な記憶その二だったりする。

 殺すつもりで魔法を撃ってたらしいからアウラの体は最後ら辺とか結構グロテスクなことになっていた。

 それでも流石は”七崩賢”? とかいう幹部だったようで、本気のフリーレンさんの魔法を相手に防戦一方だし瀕死になってたけど逃げきっていたのだけど。

 本当なら服従の天秤を使った魔法『アゼリューゼ』で早急な決着をかけたかったらしいけど……何しろあの時はアウラにかかったはずの魔法が私に効いちゃったからなぁ……

 

(あれ?)

 

 その時、私に脳裏に何か引っかかるものを感じた。

 アウラに効いたはずの服従の魔法が、どうして私にかかってしまったのかというのは未だに原因が分かっていない。

 だけどもしかしたら何か関係が──

 

「じゃあさ、試しにかけてみようよ。服従の魔法」

「……え?」

「今の話で出てきた二回の服従の魔法はどっちも解除されてるのは私も確認してる。でもまだ痕跡が残ってるってことはもっと前に三回目……正確に言えば”零回目”がかかってたってことでしょ」

「あの、フリーレンさん。私にも分かるように説明してくれないかしら……?」

「だからやってみようよ。コイツで異世界に行けるのか……服従の天秤 (アゼリューゼ)

 

 直後、最早三度目ともなれば見慣れたとさえ言える光景が繰り広げられた。

 私とフリーレンさんそれぞれから抜け出た魂が天秤の皿に一つずつ乗り、天秤は当たり前のようにフリーレンさんへ傾いた。

 それを確認してからフリーレンさんは私に言った。

 

「二乃。”私達”を君の元の世界に連れてって」

 

 そこで私の視界は一度、途切れた。

 

 

 

 

 

 次に目覚めた時、視界に入ったのは見慣れた天井だった。

 そしてすぐに気が付いた。帰ってきたのだと。

 急いで体を起こすと体は急な目覚めによって重たかったが、意識自体は眠りから覚めたというよりは一瞬プツッっと途切れただけのようだから頭の回転はそれなりだった。

 窓の向こうからは朝日が差し込んできている。

 その明るさに一瞬目が眩みそうになったが、瞬きをするとぐるりと周囲を見渡した。

 やっぱり、自分の部屋だった。

 

「帰ってきた……」

 

 そう呟いた後、視界の下でもぞりと動く影に気が付き、目を落とした。

 床にはフェルンとフリーレンさんが倒れていた。

 

「は……?」

 

 そこで思い出した。

 そういえばフリーレンさんは服従の魔法をかけた時、こう命令した。

 

『私達を君の元の世界に連れてって』

 

 元の世界にお帰り、ではなく、連れてってだ。

 だからついて来た……? 魔法使いが? エルフが? 現代日本に???

 さぁっ、と血の気が引いていくのを感じた。頭の中がこれからどうしようの文字で埋め尽くされる。

 あの世界で自分のような戦えない人間がいきなり住むのも大変だったが、こっちの世界に来られてしまった場合だって解決しないといけない問題が沢山ある。

 お金は?

 住むところは?

 というかエルフ特有の長い耳どうしよう。

 ずっと住むなら戸籍とか用意しないといけない?

 いやでもそれは気が早すぎるかも。

 そんな考えが次から次へと浮かんでは消えてぐるぐるしていると、部屋の外からとっとっとっ、と軽快な足取りの音が聞こえてきた。

 

『二乃ー? 起きてるー? そろそろ朝ごはんだよー』

 

(四葉だわ……!)

 

 久しぶりに聞く姉妹の声に嬉しさが湧き上がるものの、同時に焦りも加速する。

 まだ目を覚ましていないこの二人をどうしようかと考えている途中で、まだ結論も出ていないというのに。

 そう考えている間にも近づいてくる足音に思わず二乃は叫んだ。

 

「起きてるわよ! 今着替えてるから開けないで――」

 

 言い終わる前に、扉は勢いよく開かれた。

 

「あ、ごめん間に合わなかったや……あれ?」

 

 扉を開けた四葉は、急いで扉を再び閉めようとして、動きを止めた。

 目線が床に釘付けになっていた。

 釣られて二乃も真っ青な顔のまま、視線を追った。

 眠ったままのフリーレンさんの長い耳がぴょこりと揺れた。

 四葉は呟いた。

 

「…………コスプレ?」

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