「というわけで、今私達がいる場所は漫画やアニメで見るような正真正銘の異世界ってわけよ」
姉妹とセットでこちらの世界に来てしまった私は、果てしなく長く大変な四人へのこの世界のことやこれまでのことの説明を終えた。
姉妹達は三者三様(四人だけど)の反応をしていた。
「いやいやいやいや、そんなのあり得ないでしょ。ドッキリでしょ!? カメラどこ!?」
「無理……私が生き残れるわけがない……死ぬ……!」
「異世界! 冒険! ビバ・ファンタジー!!」
「もももモンスターが出るんですよね!? ははは早く帰りましょうよぉ!」
「同じ顔が五人いる……なんで、怖い……!」
最後に余計なのが混じってた。シュタルク君だ。
「私が五つ子の姉妹だってことは前に話したことあるでしょ。何驚いてんのよ」
「話で聞くのと実際に見るのが違うんだよぉ!」
「シュタルク様」
「フェルン! お前だって怖いよな!?」
「本人を前にしてそういう物言いは失礼だと思います」
「…………ごめんなさい」
二人のこういうやりとりも懐かしいなー。
シュタルク君に話を聞いたところ、やはり私たちは一瞬消えたと思った直後に戻ってきたとのことだった。
だからシュタルク君にとってはいつものやりとりかもしれないけど、私だって懐かしさを覚えるのだからきっとフェルンからすればもっと感じるものがあると思う。
だってフェルン、笑ってるし。
「嬢ちゃん達、話は終わったか?」
「えと、はい。話自体は大分前に」
それまで一貫してタバコの煙を咥えながら傍観に回っていたザインさん。話が横道に逸れ始めたのを察したのか、咥えているだけだというのに半分以上が灰になっていたタバコを地面に落とし踏みつけてから腰を上げた。
ザインさんとも一ヶ月ぶりの再会だけど、他の三人とは違ってあまり長く旅をしていたわけではない。
それと普通に歳上の人間の男の人ということもあって、この人にだけは懐かしさよりも変に距離が空いてしまったように感じてしまった。だから問いかけにも曖昧な反応をしてしまった。
助けを求めるようにフリーレンさんをみると、私の細かい機微に気がついてくれたザインさんが話の先を切り替えてくれた。
「フリーレン。それでこれからどうするんだ。もしこのまま旅を続けるってんなら、俺は反対だぞ」
「分かってる。流石に戦えない人間五人は守りきれないこともあるだろうからね」
「同意見で何よりだ」
「だからこの子たちを返す方法を最優先で見つける」
「お前がさっきこいつらの世界に行った時みたいに、その天秤の魔道具を使えばいいだけだろ」
「それだと私たちの知らないところでこの子達がこっちに引っ張られる可能性が残っちゃうんだ」
「なるほど、根っこの原因を潰さないとってことか。帰した後の面倒まで見てやろうだなんて、お人よしだな」
「ヒンメルならきっとそうするだろうからね」
それだけのやり取りでザインさんは納得をしたようだった。
私たちには懇切丁寧に一から十まで話してくれていたというのに、今は要点だけで話すフリーレンさんと、その意図を的確に汲み取るザインさんの会話に年上としての貫禄を感じてしまった。
というかさっきのザインさんの物言いも冷たくあしらってるような言い方だったけど、あれって要するに私たち五つ子が危険になるなら旅は続けられないって言ってくれたってことよね。
やだ、優しすぎ。
「それで改めて聞くが、これからどうするんだ?」
「二乃を連れてきた原因には心当たりがある。そいつを倒しに行く」
「なるほどな。あてがあるなら話も早いな。相手は?」
「七崩賢、断頭台のアウラ」
フリーレンさんがアウラの名前を出した瞬間、ザインさんの終始冷静だった顔が面食らった表情へと変わった。
「冗談だろ。元魔王軍の幹部じゃねえか」
「魔王!? 本当にいるんですね!?」
「四葉お座り。今真面目な話の最中だから。後、もう魔王はフリーレンさんが倒してるからそこ掘り下げないの」
いきなり声を上げた四葉に、ザインさんは調子が狂ったとでもいうかのように頭に手を当てた。
「……無視するぞ。今の時代でもアウラの悪名は俺の村まで届いてた。現役で人間に危害をまき散らし続けてるってな。そんなところに嬢ちゃん達を連れて行ったら本末転倒だろ」
「別に私だって戦場までこの子達を連れていくつもりはないよ。この子達には近くで待機してもらう」
「……そうかい。嬢ちゃん達、今の話聞いてたか?」
「えっと……私たちの中には分かった子もいるかもしれないけど、一応私のためにかいつまんで教えてもらえますか?」
おずおずと手を上げる一花。
ゲームとか全然しない一花は分からないわよねぇ……
私もゲーム全然しないタイプだったから一花の気持ち痛いほどわかるわよ。強制的にこっちの世界で暮らすようになって長い今なら話についていけたけど、私が一花の立場だったら分からなかったと思う。
「要するに、嬢ちゃん達を返すためにはヤバイ奴を倒さなきゃならねえから、そこまでは一緒ってことだ」
「そんな……」
「安心しなさい一花。この人たちすっごい強いんだから。フリーレンさんとフェルンもね」
「フェルンさん、あなたも何ですか?」
私の説明に胸を撫で下ろした一花だったけど、今度は五月が声を挙げた。
フェルンは目を少し伏せて──
「黙っていてすみません。ただ、二乃様からあの世界の方々に戦いのことや、魔法のことを話しても信じてもらうより先に正気を疑われる可能性が高いと言われたので……」
「…………」
五月は返事をしなかった。否定できなかったんだと思う。
そりゃショックよね。せっかく新しい友達ができたと思ったのに隠し事をされてたんだから。
五月、結構根に持つタイプだからなぁ。後を引かないといいけど。
アウラを探す旅が始まった私達だったけど正直あてがあるわけじゃなかった。
フリーレンさんが撃退して以降、パタリと消息を絶っていたからである。
あてがないならフリーレンさんたちの本来の旅の行く先に私達五つ子が同行することになるかと思ったが、そこで先ほどの話が一度掘り返された。
フリーレンさん達が目指す先は北の最果てオレオール。元魔王城のある土地。そこは近づくほどに危険が増すことが自明であり、当初ザインさんが懸念してくれていた非戦闘要員を守り切れないという問題が再度訴えられたのである。
結論として、とにかく最寄りの街、或いは村でもいいから人間の集落へと立ち寄って進む方向を再検討しようということになった。
情報収集を行い、アウラの情報がないかを調べるということだった。
そんなわけで旅の道中を行く私達一行。現在は森の中の街道を進んでいる。
野営をしながら進むその道のりは人数も多く結構楽しかったのだが、早々に一つの問題に直面した。
「お腹が空きましたぁ……」
食料が尽きたのである。
元は五人で分ける予定だった食材を九人で分けるようになったのである。おまけに一人今も腹ペコにしてる子は人一倍食べるし。
買ってあった食材だって別に次の街まで持つと見越して備えたものでもないから、無くなるのは時間の問題だったかもしれない。
「五月、朝ごはん食べたばっかりでしょ」
「三玖、あなたはよく平然としてられますね」
「いやお前、普通に一人前以上食ってただろ。どう考えても俺らの食いもんの備蓄がなくなったのお前のせいじゃ──」
「こぉらシュタルク君。女の子はそういう言い方すると傷ついちゃうんだよ。お姉さん、ちょっと無視できないかなぁ」
「……悪い二乃。お前にはいっつもそういうとこ注意されてばっかりだな」
「そっちは一花よ。二乃は私」
自分を諫めた相手を一花ではなく私だと勘違いしていたシュタルク君が、私達を交互に見比べた。
私達五つ子にとっては見慣れた反応だった。
ここは一つ、フー君直伝の見分け方でも教えてあげよう。
そう思った矢先だった。私よりも先にザインさんが口を開いた。
「シュタルク、顔で判別つかないなら身に着けているもので見分けろ」
「アクセサリとかか」
「そうだな。例えば一花ちゃんをベースに、髪飾り、首にかけてるよくわからん物、リボン、ヘアピンとかだな」
「これ、ヘッドホンです」
「知らん。多分こっちの世界にゃないもんだ」
三玖の物申しを一蹴するザインさん。
それにしても意外だわ。私以外とは初対面なのに、この数日一緒に旅しただけでもう見分けてる。
実際、シュタルク君も感心した顔をしている。
「すげえな。よくそんなに早く覚えられるな」
「むしろお前が分かれよ。一緒に旅する仲間だろ」
「んなこと俺だって分かってるけどよぉ……」
「第一、女の子が別の女の子と間違えられて気分いいわけないだろ」
「それも、そうだけど……」
食料問題は依然として解決していないものの、今までだってフリーレンさん達パーティは自給自足をしないといけないことだってあった。
きっと何とかなるだろう。
シュタルク君達から目を逸らして、前を見る。
先頭ではこのパーティのリーダーであるフリーレンさんを筆頭に、お付きのようにフェルンが少し後ろに下がった位置で控え、フェルンの隣には四葉が並んでいた。
何であんたが先頭グループにいるのよ。
「なんだかこういうところを歩いているとわくわくしてきますね!」
「そうでしょうか。別にただの森だと思うんですけども」
「何だか冒険っぽいってこと?」
「そうです! 流石フリーレンさんはよくお分かりで!」
「昔、ヒンメルも同じようなことを言ってたからね」
勇者ヒンメル。このパーティに加わるようになってからよく聞く名前だ。
話には聞いたことがある。80年近く前、魔王を討伐した勇者一行の中の、まさしく勇者担当の人。
フリーレンさんもその一行の加わっていたらしいから思い出話はよく聞かされていたけど、詳しいことまでは知らない。
私でさえよく知らないのだから、四葉なんかは当然知っているわけでもない。
「なるほど、よく分かりませんがそのヒンメルさんって方も私と同じ冒険が大好きな方だったんですね!」
「そうだね。王都を出た時なんかは平原や森を歩いているだけで冒険っぽいって騒いでたし、ダンジョンに潜る時なんかは最後まで飽きることなく楽しそうだったよ」
「いいですねぇダンジョン。ロマンです!」
「四葉、君はそう思うことができるんだね。私はまだ、勉強中だよ」
あれ、背中越しだからよく見えなかったけど、フリーレンさん今ちょっと寂しそうにした?
「教えてくれないかい、四葉。命がけのダンジョンを進むのが、どうして楽しいのかを」
「……うーん、改めて聞かれますと……私とこちらの世界の方々じゃダンジョンの経験にも大きく違いがあるでしょうし」
そりゃゲームと現実だものね。別物でしょ。
「でも私の実体験でお答えできる限りのことを言うと、やっぱり初めて潜るダンジョンの方が楽しかったですね」
「どうしてだい? 潜ったことがあるダンジョンの方が安全だろう」
「何があるか分かってるダンジョンなんて楽しくないです。例え正解の"道"を見つけてしまっても、見つけてない"未知"があるなら踏破する。そうやってダンジョンの中を赤裸々にしていくのが楽しいんです」
「……なるほどね、そういうものか……やっぱり、そうなんだ」
この話の最中のフリーレンさんはずっと寂しそうな気配を漂わせ続けていた。
フリーレンさんがヒンメルの話をする時、時々見せる顔だ。
もしかしたら、昔を思い出しているのかもしれない。
思いを馳せるようにフリーレンさんが空を仰いでいると、フェルンが一歩早く前へ出てフリーレンさんに近づいた。
「フリーレン様」
「分かってる。みんな、ちょっとストップ」
号令に足を止める私達。
後ろでずっとご飯の話をし続けていた五月達も顔を向けた。
フリーレンさんが振り返った。
一番最初に目が合った私が代表して問いかけた。
「どうしたの?」
「魔法の痕跡をすぐ傍で見つけた。近くに何かいるよ」
「な、何かってなんですかぁ!?」
「落ち着きなさい五月。まだ話の途中よ。フリーレンさん、続けてください」
「こういう事態はよくあることだけど、二乃の姉妹達は初めてだから説明するね。魔法っていうのは使うとその場に痕跡が残るものなんだ。痕跡を見れば、何の魔法なのかも分かる」
「今回使われていたのは幻影魔法です」
フェルンが補足をしてくれた。
幻影魔法って、あれよね。幻を見せるようなやつ。
自分の分身みたいのを作って狙いを逸らさせたり、遠隔で動かして陽動したりするらしいけど、前者は魔法使い同士の戦いなら一目で見破られるし、後者なら遠隔操作に手いっぱいで自分自身の動きが緩慢になるから結局でくのぼうになるしで、どっちみち使い道が薄い魔法だっていつだったか話をしてもらった気がする。
「私達は最近この魔法を使うやつと会ったことがあるんだ。厄介な魔物だよ」
「魔物! でしたらここで話をしてないで早く逃げましょうよ!」
「落ち着いて五月。ちゃんと話を聞いてくれないと、出会ってからじゃ遅いんだよ」
フリーレンさんがそう言った直後であった。五月の傍の草陰が大きな音と共に揺れた。
一瞬にして身構える五つ子以外の面々に対して、草陰の根本から飛び出してきたのはリスに似た小動物であった。
話していた内容が内容だから、私達姉妹、特に私以外の面々は表情までこわばらせていたのが一気に緩んだ。
安堵して、話を続けてもらおうとして気が付いた。
今まで五月がいた場所に五月がいなかった。
「フリーレンさん!」
「分かってる。手短に説明する」
「説明してる場合じゃないでしょ!」
「この魔物は聞いておかないといざという時、もっとマズイことになるんだ」
「なら早くして!」
「うん。じゃあ説明するね。魔物の名前は──」
「二乃」
フリーレンさんの声を遮って、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
フリーレンさん達でも、姉妹達でもない声だった。
なのに、声を聞いた瞬間に私の心臓は跳ね上がった。
声は私達の目の前からだった。
フリーレンさんに皆注目していたから、それがいつからそこにいるかは分からなかった。
だけどその姿を目にした瞬間、心臓だけじゃなくて胸の中一杯が熱くなって、涙がこぼれそうになって、だけど今までのフリーレンさんの話かられの正体にも何となく察しがついて、そんなぐちゃぐちゃな感情から逃げるように後ろを振り返った。
一花も、三玖、四葉も、みんな同じ顔をしていた。
ああ、見えてるのは私だけじゃないのね。幻影魔法というのだから、服従の魔法みたいに一人だけに効く魔法だったら良かったのに。
嬉しいけど、何て残酷なことをしてくれるのかしら。
目の前に現れたのは、とても端正な顔立ちの女性。私達の大好きな、お母さんだった。
人間を好んで捕食する、悪趣味な魔物。
幻影魔法を使い、捕食対象の人間にとって大切な、しかし亡くなった人の姿で誘い込む最悪な奴。
物音に驚いて一人駆け出してしまった五月。集団から一人孤立してしまったことに気が付いてから初めて軽率な行動を取ってしまったと後悔した。
右を見ても左を見ても鬱蒼とした森が茂っており、道中の頼りとなるはずだった街道も今は足元に敷かれていない。
完全に迷ってしまった。
「どうしましょう……このままでは、私が……」
思い出されるのは先ほどのフリーレン達との話。
この近くには魔物がいるらしい。
結局話を聞けたわけじゃないけど、きっと恐ろしい姿をしているはずだ。
逃げられるだろうか。足がすくんでしまって動けなくなったらどうしよう。
先ほどとは比較にならない恐怖が全身を常に襲い続けるせいで、肌がやけに敏感になっているような気がした。
首元を通り抜ける冷たい風が、まるで意思を持っているかのように感じてしまう。
誰か助けに来てほしい。
誰でもいいから。
五月は心からそう願った。
だから次に聞こえた声に、心底安心してしまった。
「大丈夫ですか。五月」
「────」
振り向いたのは反射的だった。
頭で考えるより先に、この五年間ずっと聞きたくて、でも二度と聞くことはないだろうと分かっていた声を耳にしてしまった。
間違えるはずのない、お母さんの声。
だから振り向いた先に、確かに母親の、零奈の姿を見つけた時には頭が真っ白になった。
嬉しさと、安心と、いくつもの白い感情が脳裏を駆け巡った。
それと同時に、心の中でどこか冷静な自分がささやきかけてくる。
(お母さんは死んでしまっています。この人は、きっと二乃達が言っていた魔物だ)
そうでなければ説明がつかないその状況に五月は確信めいたものを持つが、それでも再び零奈の顔を見ることができた安心に抗うことができなかった。
優しい声をした零奈がこちらに語り掛けてくる。
「久しぶりですね。随分と大人らしくなって」
「おかあ、さん……!」
呼びかけられた時と同じ声に、頭が痺れそうになる。
乾ききった土に水が染み込むように、ずっと求めていたものが頭の中に入ってくる。
「お母さん、私、ずっと……あいだかった……!」
「分かっています。あなたは一番の甘えん坊さんでしたからね」
「私、お母さんと同じ、先生になったんだよ……!」
「ええ、そうみたいですね。でも、まだ迷いもあるみたいですね」
「……うん」
五年前に死んだ母が、何故今年決まった高校の進路を知っているのだろうという疑問は浮かんだ。
どうして誰にも打ち明けていない秘密の悩みを知っているのだろうと思い至ることはできた。
だけど、それらの気づきが再開の嬉しさの前では”その程度のこと”に収まってしまい、それよりも母が自分の境遇を理解してくれることが嬉しかった。
一人になると不安になることがある。五月は自分の夢として先生になった。だけど、その夢の先にある憧れの姿の一つは、いつも母であった。
自分は母のような教師になる。それ自体に迷いはない。だけど、母の子だからこそ知っていた。
自分の理想としている母が見せた弱さを。人生を誤ったと嘆く姿を。
他人から見れば憧れであっても、自分からすれば後悔しか残らないような茨の道を進んでいるのではないかと。
そんな、自分が選んだ選択肢の先にある未来に漠然とした不安を抱えていた。
だから聞きたかった。
「私、間違ってないよね……?」
「……五月、よく聞いてください。あなたが間違えた道を選んだかどうかは、あなたが決めることです」
「お母さん……」
「ですが今、あなたがすべきことは一つのはずです」
それが何かを考え、再び頭の中の自分がささやく。
だから、今目の前にいるのは母ではないのだ。
逃げろ、と。
「逃げてください」
「……違う、やっぱりお母さんは、お母さんだよ────」
「見つけた! 下がってろ五月!」
魔物ならばわざわざ逃げろと言うはずがない。
もしかしたらこの人は本当に自分の母親の幽霊かもしれない。
そう思って前へ駆け出そうとした五月の体は、背後から高速で駆け寄られたシュタルクによって後ろを引っ張られた。
勢いが強く、尻もちを付いた。
自分と入れ替わるようにしてそこにシュタルク君が立ち、五月と零奈の間に割って入る形となった。
「じゃ、じゃまをしないでください! 私はお母さんと話しているんです!」
「あれは魔物だ! お前が一番分かってんだろ!」
「違います! あれは、お母さんです!」
「五月!」
最後に名を呼んだのは四葉だった。
五月は再び背後から名前を呼ばれて、振り返ると。四葉が遅れて到着してきた。
五月に駆け寄ってくると、一目見て安心してから、更に後方へと振り返った。
両手を口元に沿えると、精いっぱいの声で──
「みなさーん! 見つけました! ここでーす!」
おそらく一行に知らせたのだろう。そう叫んだ。
それから四葉は零奈へ向き直ると、五月の前に立った。
「私が五月を抑えます。シュタルク君はもしも襲ってきたら反撃をお願いします」
「おう」
「待ってください四葉! 反撃って、あれはお母さんですよ!?」
「違うよ五月。あれは魔物だよ」
「どうしてそう言い切れるんですか!?」
「……私達のところにも出てきたから」
「え……」
最後に振り返ってそう言った四葉の顔は、悲し気な顔をしていた。
どうしてそんな顔をするのだろう。
自分だってお母さんにまた会えたのだから泣きたくはあるが、悲しいという気持ちはない。
なのにどうして。
(そういえば、四葉はお母さんと……魔物と遭遇したのにどうやってここに来たのでしょう?)
その疑問にだけは、囁き続けていた心の中の自分は何も言わなかった。
四葉は五月から目を外すと、キッとした表情に変わり零奈へ向き直った。
「お母さん。さっきは一瞬だったから、今度こそちゃんと言うね」
「四葉……」
「……! お母さんにそうやって名前を呼んでもらえるだけで泣きそうになっちゃうや。でも、時間がないから……今、お付き合いをしている人がいます。私も、姉妹のみんなも大好きな、素敵な人です」
四葉が語る間に、後続からは大勢の足音が聞こえてきた。
きっとみんなが到着してきたのだろう。
そしてそれら一団より更に早く、フリーレンが到着した。
空を飛んでいた。だから足音が聞こえなかった。
浮いているフリーレンの手には杖が握られていて、その先は零奈へと向けられていた。
「よく持ちこたえたね。シュタルク」
「ああ、なんもしてないけどな」
「四葉も、いいね」
「だからお母さん。私は、お母さんの分も幸せになるからね…………フリーレンさん。やってください」
「やるって──」
五月のつぶやきには誰も反応をせず、ただ杖だけが返事をするかの如く先端に光を収束させる。
何が起きているのかはわからない。だけど、フリーレンが何をしようとしているのかは理解できた。
ここに来るまでに、四葉達がであったという零奈をどうしてきたのかも、理解が及んだ。
「待って! 待ってください! あれはお母さんです!」
「違うよ。五月。嫌なら目を瞑ってなさい。あれは言葉を話すだけのただの──」
収束した光が、放たれた。
「化け物だ」
私が合流した頃にはすべてが片付いていて、それから後のことはあまり記憶になかった。
別に何かあったというわけじゃなくて、むしろその逆で何もなかったのだ。
次の街に着くまで、誰も話さなかった。
ただただ、泣きはらした五月が突き刺すような目でフリーレンさんを睨む時間だけの痛々しい空気を肌で感じながら、今はただ、ようやくたどり着いた次の街で疲労した心身を癒すためにベッドに身を投げた。