服従の天秤なんて二度と見たくない   作:真樹

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7_五人で一人前

 街に到着してから一晩が経った。

 私と四葉はそれなりに体力を回復していたけど、他の姉妹達はまだ疲れが取れていない様子だった。

 こうして改めて見ると、私も結構体力ついたのね。

 むしろ、異世界での放浪生活を送ってきた私と張り合うくらいの体力を、素で持っている四葉の恐ろしさに改めて気づかされたわけでもあるんだけど。

 そんなわけでまだ動ける私達はフリーレンさん達と一緒に行動……とは言えず、異世界に興味深々な四葉だけが一緒について行った。まあ、宿屋に残りづらかったということもあったんだろうけど。

 残った私、他の姉妹達もいる寝室のベッドに腰かけていた。

 

「…………」

 

 室内には四葉以外の姉妹四人がいるというのに会話は一つもなかった。

 私だけが何か言わなければと考えこんでいて、他の三人はそもそも喋る気自体が無いように見えた。

 三人がどうしてそんなに沈み込んでしまっているのかは分かっている。昨日のこと、お母さんの姿をした魔物が現れたのがショックだったのだろう。

 特にその様子が顕著なのが、五月だった。

 

「五月、昨日のことだけどね……」

「分かっています。あれは魔物で、お母さんではないと。そんなことは最初から……わかっていました」

「……そう。ならもう少しそっとしといてあげるけど、早く元気になりなさい。皆で協力し合えるようになれば、その分できることも増えるわ。あんただって家に帰りたいでしょ?」

 

 私の問いかけに五月は反応しなかった。帰りたくないわけではないと思うんだけど……

 私と五月の間に、何か食い違いがあるような気がした。

 こちらから追撃で何か言うべきかと思案していると、三玖がこちらへと顔を上げた。

 

「二乃は怖くないの? フリーレンさんのこと」

「どうして怖がるのよ。昨日だって助けてくれたじゃない」

「でもフリーレンさんが撃ったのはお母さんなんだよ」

「だからそれは魔物だって──」

「そうじゃない。魔物なのは五月と同じで、私も分かってる」

「あのね二乃」

 

 どうやらこの場で自分だけが分かっていないようで、三玖に続いて一花が割って入ってきた。

 

「フリーレンさんが撃ってくれたのは、人間の姿をした魔物なんだよ?」

「そうだけど、それは──」

「仕方のないことだって言うんだよね。うん、私もそう思う。きっとあそこでフリーレンさんが助けてくれなかったら、私達はお母さんの姿をした魔物に食べられちゃってたんだろうし」

 

 でもね、と一花は続ける。

 

「何の迷いもなくお母さんに魔法を撃ったあの姿を見たら、流石に怖くなるよ」

 

 昨日、お母さんの魔物が出た時のフリーレンさんの対応はこうだった。

 

『あれは君たち姉妹の知ってる人?』

『ええ……もう死んじゃってる、私達のお母さんよ』

『そう』

 

 たったそれだけの確認の後、フリーレンさんは魔法を撃った。

 あの光景には私だって少なからずショックを受けた。だけど魔物だと分かっていたから引きずることもなかったし、五月達だってそれは分かっているのに、どうして私とこんなに感じ方に違いが出るのかと言えば、考えられることは一つしかない。

 それは一花も分かっているようだった。

 

「まだ実感ないけど、二乃はもう何か月もこっちの世界で生活してたんだよね。だからこれはきっと、慣れの問題なんだと思う」

「慣れね……」

 

 私の場合はこっちの世界にきて最初に出会ったのがアウラというのも大きかったと思う。

 あれほど人の形をしながら分かりやすく悪意を振りまく存在を目にすれば、嫌でも早く慣れるわ。

 とにかく、結局は時間に解決を任せるしかないって話よね。

 これ以上話せることはないかと思ったところ、ちょうどよく扉の外からは足音が聞こえた。

 私達の部屋の前でノックをしてから扉は開かれた。

 帰ってきたのはフリーレンさん達だった。

 

「見つけたよ。アウラはこの町の外れの丘に洞穴を作って隠れてる」

「うそ、そんな偶然あるんです!? それにどうやってそんな簡単に……」

「街で聞き込みをしていたら最近、衛兵が着ている甲冑とは別の鎧を着た喋らない男が買い出しに出てくるっていう話を聞いたよ。冒険者ギルドにも寄ったけど、そんな男が仕事を受注しにも来てないらしい。十中八九、アウラが服従の魔法で従えている手駒の残りだ」

「なるほど……」

「それでこの町の周囲に魔力探知をかけて見たら、見つけたってわけ。元々、前の戦いであいつの戦力はかなり削ってたからね。生き延びるために逃げるなら、魔族の動きが活発な北へ逃げるだろうとは思ってたよ」

「でも、私達はアウラと戦った街で結構長い時間滞在してましたよ? そんなに簡単に追い付けるもんじゃ……」

「そこは分からない。何か理由があるのかもしれないね」

「それでどうするんですか?」

「勿論、今すぐ倒しに行くよ。二乃達はここで待ってて」

 

 フリーレンさんが話し終えた後、フェルンがこちらに近づいて来た。

 

「念のため、私が皆さんの護衛をします。フリーレン様はアウラと単騎で戦っても勝てますので」

「シュタルク君とザインさんは?」

「フリーレンの方について行くよ。まあ、念のための保険程度だけどな」

「わかりました」

 

 それだけの確認の後、フェルンと四葉を残してフリーレンさん達はアウラ討伐へと街を出て行った。

 

 

 

 

 

 日が夕刻に傾き始めた頃、フリーレン達は目的地から離れた場所へ到着した。

 望遠の魔法を使い、フリーレンが丘の麓にある洞穴の入り口を注視する。

 

「頭の無い甲冑が二体見張りをしているね」

「どうするんだ?」

「問題ない。正面突破するよ。前衛をお願いできる? あいつらならシュタルクでも楽勝だと思うよ」

「わかった」

「ザインは私の後について来て。防御と回復最優先で、火力支援は暇な時くらいしかいらないよ」

「了解だ」

「じゃあ行くよ」

 

 フリーレンの合図と共にシュタルクが平原を一直線に駆け出した。

 風が目に見えるほどの勢いで突き抜けていき、瞬く間に入り口へと到達する。

 頭の無い甲冑の兵士がどうやって視覚を得ているのかは定かでないが、それらはシュタルクが接近すると迷う素振りも無く、ただ忠実に命令に従い迎撃態勢を取った。

 けれど、ただ命令通りに動くだけのでくの坊とシュタルクでは実力の差は明白で、瞬く間に鎧は打倒された。

 そのころ丁度、飛行魔法で到着したフリーレンが、更にその後ろにザインが駆け寄ってくる。

 

「油断禁物だよ。中に入ったらそのハルバードは長すぎるから、ひっかけないようにね」

「師匠にも言われたな、それ」

「後、狭いから私の射線の前にも立たないでね。撃つよ」

「それは言われてねぇ!」

 

 洞穴に突入してすぐ、蟻のように中から湧き出てきた鎧たちにフリーレンは魔法を打ち込んだ。

 避けると信じていたのか、当たりそうになってもどうにかできる自身があったのかは定かでないが、シュタルクが紙一重で避けた一般攻撃魔法は鎧たちを紙のように貫いてなお勢いを衰えさせなかった。

 最深部に到着するまで、あっという間だった。

 丘の内面を大幅にくり抜いて広場にしている場所でアウラは待っていた。

 

「また会ったね、アウラ」

「私はもう、二度と会いたくなかったわ」

「殺す前に確認しておきたい。お前は二乃をどうしてこっちに連れてきた?」

「何の話?」

「お前が連れてきた人間の女だ」

「……ああ」

 

 しばらく考えてからようやく思い出したようにするアウラ。

 

「あなたが来た日に見つけた子ね。質問に答えられなくて残念だけど、知らないわ。あれは私だって拾っただけだもの」

「そう。じゃあもう一つ確認だ。お前は異世界を行き来する方法に心当たりはあるか?」

 

 アウラの眉が、ピクリと跳ねた。

 たったそれだけの反応だが、フリーレンはやはりという思いで息を吐いた。

 

「何故あなたがそれを……?」

「だよね。服従の天秤の持ち主なんだから、お前なら知ってると思ったよ」

「答えなさい。どうしてあなたが転移のことを知っているのよ」

「二乃は異世界から来た子だよ。実際に私も服従の天秤の力で確認した。初めは話半分でしか信じてなかったけど、あの子の言っていた異世界は確かに実在した」

「────」

「あらすじはこうだ」

 

 元々フリーレンの中で仮説は立っていた。

 二乃が異世界人であること。服従の天秤を通して"二乃"へ命令すれば異世界へ行けること。向こうの世界に行っている間に、フェルンを相手に元の世界へ戻ろうとしたところできなかったこと。

 それらを総合すると、この世界のどこかに異世界転移の魔法は実在するが、使える者はおそらく非常に限られるのだろう。

 アウラは何らかのきっかけで異世界の存在を知った。そして、服従の天秤を用いれば才能のある素材さえ見つければ半分自分の魔法として使用できることも。

 だからアウラはすでに服従の魔法にかかっている死体達に対して、宝くじでも当てるかの気分で異世界転移の魔法を使うように試し続けた。

 そして、当たりを引いた。

 

「命令の仕方が悪かったんだろうね。自分を向こうへ送れとか、こっちに来させるにしても分かるようにするとか具体的な命令をしなかったんだろう。だからお前自身も知らない所で、勝手に二乃を連れてくるだけで終わったんだ」

「……心当たりがあるわ。一度だけ、命令した後体中の魔力を持って行かれたことがあった……あの時ね」

「命令した死体がどうして二乃を連れてきたのかまでは分からないけどね。もしかしたら、その転移魔法を使うことに成功した死体は、あの子のご先祖様なのかもしれないね」

 

 服従の天秤の原理はおおよそ理解している。あの魔導具は魂でしか個人を識別しない。

 もしもアウラの『転移魔法を使え』というアバウトな命令しかしてないなら、対象を定めずに誰かをこちらの世界へ引っ張ってこようとした時、魔法を使用している死体と似た魂を持っている二乃が選ばれた可能性はある。

 ずいぶんと人間を適当な見分け方をしてくれるが、その理屈なら姉妹全員が来てしまった理由にも紐づけられる。

 五つ子という似た人間五人を、服従の天秤は五人全員同じ魂と認識したのかもしれない。

 

(まあ、全部想像だけどね)

 

「お前の反応で大体わかった。やっぱりお前が生きてる限り、あの子がこっちに来させられる可能性は消えないらしい」

「あら、聞きたいことはもうそれでおしまい? もっとお話をしてもいいのよ?」

「ずいぶんと余裕だね。魔族は元々感情の起伏に乏しい方だけれども、この会話が終わると同時にお前は滅びるというのに。それとも、前の戦いの記憶をなくしたのか?」

「あんな屈辱的な負け方、忘れるわけないじゃない」

 

(だろうね)

 

 自身の得意とする魔法を一生かけて研究するのが魔族である。

 一芸特化なその生き方を、アウラは服従の魔法に費やした。

 先のフリーレンとの戦闘では、その最も自信とする魔法で、敗北した。

 魔族にとってはそれは死と同義であっただろう。

 だというのに目の前にいるアウラは表情に出ていないとかいう話ではなく、まるでフリーレンなど眼中に無い顔をしていた。

 

「────まさか」

「気づくのが遅いわよ」

「シュタルク、ザインを守りながら街へ戻って」

 

 それだけ言うと、フリーレンは来た時よりも早い速度の飛行で戻っていった。

 シュタルクが反応した時には豆粒のように小さくなったフリーレンの背中へ、シュタルクが叫ぶ。

 

「どこへ行くんだよフリーレン!?」

「あなた達もボスの後を追った方がいいわよ?」

 

 既に遠くにいるフリーレンが返事ができるわけもなく、代わりに答えたのはアウラであった。

 何でお前が、という顔で振り返るシュタルク。

 

「ここにいる私はただの幻影。本物は今頃、あなた達の宿よ」

「────!」

「私の大切な魔導具をフリーレンが持っているのだもの。取り返す機会をずっと待っていたわ。あなた達の行く道を先回りしながら、ずっとね」

「戻るぞシュタルク!」

「分かってる!」

 

 アウラの話を途中に、フリーレンの後を追うように二人も駆け出した。

 広場に残されたのは幻影のアウラ一人だけ。

 個別に思考することが許されたその幻影は、誰もいなくなった後も一人呟いた。

 

「せいぜい、間に合うといいわね」

 

 

 

 

 

 フリーレンが宿を離れて少しした後だった。

 宿屋がアウラと一部の鎧たちによって襲撃を受けた。

 当然、護衛をしていたフェルンが応戦をするもアウラとのタイマンでは歴然とした実力を突き付けられてしまっていた。

 服従の魔法を使うことが未だ叶わず、ゾルトラークでしか戦うことができないアウラであったがフェルンを退かせるには十分だった。

 私達はその光景をただ、部屋に入ってくるなり撃ってきたアウラの魔法のせいで、大きく穴が空いた宿の壁越しに眺めることしかできなかった。

 そして今、撃墜されたフェルンが地面へと落下していく。

 

「フェルン!」

「次はあなたたちよ」

 

 フェルンが落ちるより早く、二階にある私達の部屋の前にアウラは浮かんで現れた。

 後ろでは私以外の全員が恐怖に顔を歪ませながら反対の壁まで引いている。

 フリーレンさん達の戦闘を何度も見てきた私だけが唯一、アウラと対峙することができた。

 

「何でここにあんたがいるのよ。フリーレンさん達はどうしたのよ!?」

「今頃私の偽物を置いた拠点を襲撃してるころでしょうね。意外と愚かね。私の傲慢を逆手に取って服従の魔法で私を倒したフリーレンが、今度は自分が絶対に勝てるからって自信を持ったせいでこんなに簡単に出し抜かれるんだから」

「そんな……!」

「まあ、すぐに戻ってくるでしょうから、あまり長話をするつもりはないわ。あなた達にも用は無いし。服従の天秤はどこ?」

「…………」

「時間稼ぎをするつもりなら今すぐ殺して、その後自分で探すわ」

「────!」

 

 固まったまま動かずにいようとしていたが、考えていることが読まれているかのようであった。

 これ以上は身の危険を感じた私は、素直にベッドの上に置かれたフリーレンさんの鞄を指さした。

 アウラは部屋の床へ着地すると、指さされた鞄へ歩み寄って開き、中を物色し始めた。

 その時、一瞬だけアウラの体がぴくりと動いた。

 

「……へぇ」

「何よ……?」

「私がフリーレンの相手をさせている幻影、視覚と聴覚を共有できるんだけどね。面白い話を聞いたわ。あなた達、異世界人らしいわね」

「それがどうしたって言うのよ」

「気が変わったわ。あなた達も私についてきなさい」

「なっ……!」

 

 どうしてそういう話になるのか、私には理解できなかった。

 けれどもそれは凄くマズイ。服従の天秤さえ奪われそうになっている今、アウラに連れていかれれば一生戻ることはできないかもしれない。

 後ろを見れば、姉妹達も同様に目を見開いている。

 どうしよう。走って逃げるべきか。いや、空を飛べる相手に逃げられるわけがないわ。

 迷っている間にもアウラは服従の天秤を見つけてしまい、それをこちらに向けた。

 

「抵抗なんてさせない。これが戻ってきた以上、あなたたちには有無を言わず来てもらう」

「待って! この子達は関係ないじゃない!」

「関係なくないじゃない。全員漏れなく、私の魔法の研究に役立ってもらうわ。まずはあなたからよ──服従の魔法(アゼリューゼ)

 

 もう何度目かも分からない、服従の魔法が発動される。

 私とアウラ二人から魂が抜け出て、天秤の皿に乗る。

 魔力を計っているのか、皿はまだ傾いていないが、その待っている間にアウラは言う。

 

「それにしてももったいないわ。あなた、結構な魔力を持ってるのに異世界人なんだもの。まったく戦おうって素振りを見せない辺り、そっちの世界に魔法はないのかしら」

「……何が言いたいの」

「素直に褒めてるだけよ。普通の人間なら百年以上鍛錬しないと積めない魔力の量だわ」

 

 百年、人間なら一部の限られた人間しか到達できない年齢だ。

 つまり実質のところ一生持ちえないほどの魔力の量を自分は持っているらしい。

 前にシュタルク君に服従の天秤を使われて、自分が魔力を持っていることは何となく知っていたけどまさかそれほどの量だったとは。

 それに、それだけの魔力があるのなら、もし私が魔法を使えたならアウラと戦ってフリーレンさんが来るまでの時間稼ぎを、姉妹たちを守ることができたかもしれない。

 最後の最後に、随分悔しい話を聞いてしまった。

 だって、どれだけ私の魔力が多くて、人間の中では天才の部類であったとしても──

 

「まあ、私には遠く及ばないのだけれどもね」

 

 天秤はあっさりとアウラへと傾いた。

 それを確認したアウラは笑みを浮かべると、天秤を持ったまま私の横を通り抜けて姉妹達の前に立とうとして、そこで気が付いた。

 

「……魂が消えない?」

 

 皿の上に乗った魂が、残ったままだった。

 計り終えて服従の魔法がかかった後、魂はそれぞれの持ち主へと戻る。

 それがいつまで経っても戻らず皿に乗ったままだった。

 

「どうして……」

「待って、私、魔法にまだかかってないわ」

「え……?」

 

 自身が得意とする魔法を行使しているというのに、初めて見る現象だとでも言うように困惑気にするアウラ。

 それと同時に、再びアウラが何かに気が付いたように外へと目を向けた。

 

「まずい、フリーレンが戻ってくる。なんて速さ……来る時と全然違うじゃない」

「フリーレンさんが!?」

「……予定変更ね。私はフリーレンと戦うつもりなんて全く無い。これさえ取り返したら逃げるつもりだったんだから……せめてあなただけでも連れて行くわ」

「残念ね! 私だってまだ服従の魔法にかかってないわ!」

「勘違いしないことね。人間一人ごとき、力づくで──」

「二乃!」

 

 アウラの声を遮ったのは、一花だった。

 今まで様子を見ていることしかできなかったのが何事かと目を向ければ、一花だけではない、四人全員の魂が胸から出てくるところだった。

 その光景は私含めた姉妹だけじゃない、アウラさえも同様に目を見開いて驚いていた。

 

「そんな、私はこの子にしか魔法をかけてないわよ……?」

 

「お前でもそれの仕組みを分かってない部分があるんだね、アウラ」

 

 いつの間にそこにいたのか。

 先ほどアウラが浮いていた場所に、フリーレンさんの姿があった。

 焦ったように振り返るアウラ。

 

「フリーレン……!」

「さっきお前の幻影と話した内容をちゃんと聞いてなかったのかい? その魔導具は、人の判断なんてかなり適当なんだよ」

「どういうことかしら……?」

「服従の天秤にとって、その五つ子は五人で一人前扱いってことさ」

 

 フリーレンさんの言葉の通りとでも言うかのように、四人から出た魂は私の魂が乗る皿へと重なるようにして乗った。

 そしてそれと同時に、天秤の計りが再び振れ始めた。

 

「は……?」

「また見誤ったねアウラ。お前ならこの子達一人ひとりが人間にしては異常な魔力を持っていることに気が付いているはずだ」

「そんな、あり得ない……」

「それでも個人ならお前の四分の一にも満たないだろうが、この子達が五つ子で良かった」

 

 振れ始めた天秤は徐々に傾きを覆していった。

 

「お前が初めて二乃に服従の魔法を使った時、この世界には二乃しかいなかった。だから勝てた。でも今は違う」

 

 そして天秤は、かつてフリーレンさんとアウラが対峙した時、フリーレンさんが魔力を解き放った時と同じように逆側へと傾いた。

 

「五人揃った五つ子は、戦うことはできなかったが、魔力ではお前に勝る」

 

 服従の魔法が、アウラへとかかった。

 それを確認したフリーレンさんは杖を下すと部屋へと降り立った。

 アウラを、そして私の横へと通り過ぎて姉妹の前に立つ。

 

「ここからは後片付けだ。昨日のこともある、君たちは部屋の外へ出てるといい」

「また、殺すんですか……?」

 

 フリーレンの指示に質問で返したのは五月だった。

 

「そうだよ。アウラはここで殺す」

「詳しいことは分かりませんが、もう勝負はついたんですよね!? だったら何も殺さなくてもいいじゃないですか! この人が悪い人なら、罪を償って貰えばいいじゃないですか!?」

「君と同じことを五月は言うね、二乃」

「そりゃ……五つ子だもの。フリーレンさん、ちょっと待っててください。アウラも、動くんじゃないわよ」

「……」

 

 言われなくても動けないわ、そんなことを言いたげな目で睨んで来るアウラ。

 私はそれを無視して、フリーレンさんと並ぶ形で五月の前に立った。

 

「五月」

「あなたは殺すことに賛成なのですか、二乃……? そんなに簡単に、私達が何かの命を奪うことを決めてしまっていいのですか!?」

「あんたの言ってることは正しいわ。きっと私の方が、こっちに長くいすぎたせいでおかしくなってるんだと思う」

 

 けれど、だからこそできる判断もあるのよ。

 

「この世界に魔族を裁く法律はないわ。それに仮にあったとしても、こいつは考える余地もなく死刑よ」

 

 先日の魔物のように、これから人を殺す可能性があるかもしれないなどという生易しいものではない。

 アウラはただ女性の人間に角が生えただけのような見た目をしているだけで、実際はおびただしい数の人間を殺している。

 

「ここで見逃すことが、明日新しい犠牲者を生むことになるかもしれないわ……そうしないためにも、私達はここで決断しないといけないわ」

「君たちが一言コイツに死ねと命令すればアウラは死ぬよ。だけどそれをさせるつもりもない、だから私は君たちに見たくないなら外へ出ていてほしいと言っているんだ」

「でも……でしたら、こういうのはどうでしょう! その方は命令すれば私達の言う事を聞くのですよね!? もう二度と悪さをしないことを約束させるというのは!」

「君たちが元の世界に帰った後も、服従の魔法が有効である保証がどこにもない。もしそうするならアウラを君たちの世界に連れていくか、君たちがここに残った方が賢明だ」

「なら一緒に私達の世界に──」

「どちらにせよ、私はその判断を認めるつもりはないよ」

 

 フリーレンさんの断言に、五月は絶句していた。

 この人はこういうところがある。魔族に対してだけは絶対に生かすことを譲歩しない。

 話には聞いたことがある。かつて勇者ヒンメルと旅をしている時にそうして、失敗したことがあると。

 実際、いくら私達の命令を聞くようになっているからと言って私達の日常の傍らに人を殺すことをなんとも思っていない存在を置いておくことを許容するくらいなら、ここで終わらせておいた方がいいと思ってしまうぐらいには考え方が変わっていた。

 だけど五月はそうではなかった。

 

「わかりません。何故殺す殺さないの話になるのですか……! 私達には言葉があるというのに……」

「昨日も言った通りだよ。こいつらは、言葉を話すだけの化け物だ」

「そんなの試してみないと分からないじゃないですか!?」

「試して失敗したから言ってるんだよ。私は憶測の話をしているわけじゃない」

「…………でも」

「五月」

 

 五月の肩を、三玖が優しく振れた。

 それでも何か言葉を紡ごうと葛藤していた五月が目を向けると、これ以上は、という面持ちで三玖は首を横に振った。

 姉妹の中で、昨日の出来事を五月の次に引きずっていたのが三玖だった。その三玖が、諦めるように促してきたことで五月はようやく諦めたようにうな垂れると、部屋を出て行った。

 五月の後に続いて、他の姉妹達も。

 残された私と、フリーレンさんと、アウラの三人。

 何も言わず私も、五月に続いて外へ出ようとした。

 だけど、私が後に続く前に閉じられてしまったドアを前に、姉妹達にとって私は"こちら側"の人間と思われているのだな、という気がしてしまった。

 

「二乃……」

「あの、大丈夫です。フリーレンさん。私は、フリーレンさんの考え方、間違ってないと思いますから」

「そう」

 

 たったそれだけの会話の後、私は部屋の扉を開けて、廊下へと出て行った。

 

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