元魔王軍直属の部下、大魔族アウラが一介の宿屋を襲撃した事件は瞬く間に町中に広まった。
当然、なぜそんな行動に及んだのかという理由も注目され、宿泊名簿にフリーレンさんの名前が見つかったことで彼女が原因だと街の人間たちは理解した。
幸いだったのは、フリーレンさんは街に災害をもたらした厄介者などという扱いを受けず、むしろ街中でアウラが近隣に潜伏していることを知るなり街の外での討伐をすべく出て行ったことから今回の件はフリーレンさんにとっても不幸な事故であり、フリーレンさん本人はむしろ被害を最小限に抑えるべく動いてくれていたと、まるで勇者ヒンメルの伝説の続きを目の当たりにしたかの如く民衆は持て囃した。
そのおかげもあってのことだろう。私たち一行は別の宿屋に宿泊することが許された。
今は宿屋への部屋の一室に全員が集まっている。
五つ子に加えてフリーレンさんたちのパーティという、全員で九人にもなる大所帯だから少々手狭だった。
フリーレンさんが、眼下で賑わう町民たちを眺めながら、窓に手を当てて言う。
「君たちがまたこっちの世界に来させられることもこれでなくなった。後は君達を元の世界へ戻したら全部終わりだ」
「そう、ですね。何だかちょっとすっきりしないですけど」
先の説明の通り、この部屋には五つ子も揃っている。
当然五月もいるわけだが、フリーレンさんとの空気の悪さは健在だった。
「……五月のことだね。この世界の人間だって初めは魔族に同情する。そして一度間違えてから学ぶんだ。そもそも戦いのない世界で生まれ育ってきた君たちなら、理解するのにもっと時間がかかったって不思議じゃないよ」
「だけど、これじゃフリーレンさんが悪者みたいじゃないですか」
「善悪なんて所詮その人の価値観で決まるものだよ。私と考えが対立する人が、私を悪者と認識するのも仕方のないことだよ」
フリーレンさんの言っていることは正しい。でも五月にそれを理解しろと言うのも酷な気がして、どうすればいいか分からなかった。
それっきり話が途絶えてしまい、続く話がないかと悟ったフリーレンさんが服従の天秤を懐から取り出した。
「それじゃあ、他に話すこともなければ君たちを送り返すよ」
「あの、待ってください」
「なに?」
フリーレンさんを呼び止めたのは三玖だった。
三玖は自分から手を挙げたというのに、まるで何を言えばいいのか分からないとでも言うかのように不安気に言う。
「私も本当は、五月と同じで本当はもっと話せば分かる魔族だっているんじゃないかと思ってるんです。あのアウラって人だって、もしかしたら殺さなくていいかもしれない未来だってあるかもしれないって思ってます」
「……そう。そうかもしれないね。もしかしたらあいつと私たちが一緒に過ごす未来だってあったかもしれない。でも、そうならない可能性の方がずっと高いんだよ」
「分かってます。だからきっと、あの時はああするしかなかったんだと思います。私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
「……?」
「この世界はその、戦国時代みたいなものだと思うんです」
「はぁ? 三玖、あんた何言ってるの……?」
一同が注目を集める中、その視線が一気に困惑のものへと変わった。
様子が変わらずにいるのは、会話している三玖とフリーレンさんたちの当人だけだった。
フリーレンさんが思い出しながら言う。
「戦国時代ってあれだよね。三玖が向こうの世界で教えてくれた、信長とかが出てくる向こうの世界の歴史時代の一つだよね」
「うん。あの時代は人間同士でも
「でも三玖はその時代の……武将だっけ? 好きだったんじゃないの?」
「うん、好き。だけどそれは強いからとか、戦いが好きだからとかじゃない。私が好きなのは、あの当時の人たちの生き方なの」
「生き方?」
「武士道っていって、侍として生きるからには何かを成し遂げるために生きて、それが果たせないぐらいなら死ぬっていう考え。この考えって何となく、魔族の人たちと似てるって思ったの」
そうかしら……アウラと三玖が好きな戦国武将の髭のおじさんたちなんて全然似てないと思うんだけど。
「最初、お母さんの姿をした魔物をフリーレンさんが倒した時は、人が人を傷つける光景を初めて見たから怖かった。相手がお母さんの姿をしてたからなおさら。だけどアウラって人が、絶対に勝てないってわかってるフリーレンさんを出し抜いてでもその天秤を取り返そうとしに来た時に思ったの、その天秤を使った魔法は、この人にとって命をかける価値があるものなんだって。確かに人を思い通りにできる魔法はすごいと思うけど、自分の命をかけるほどのものじゃないと思うんです」
「魔族は生涯をかけて一つの魔法を研究するからね。それを知っていたはずなのに、アウラの近くでこれを手放したのは迂闊だったよ」
「でもおかげで理解できました。魔族にとって魔法がどれだけ大事で、きっとあのまま天秤を返さずにアウラを解放しても、もしかしたら自分で死んじゃってたのかもって」
「まあ、死んだりはしないかもしれないけど、生きる意味を見失うくらいはあり得るかもね」
武将の言うところの、無念の切腹ってところかしら。
「私はその武士道って生き方を、かっこいいとは思うけど自分もそうしようとは思えません。だけどあの時代はそれが当たり前の道理で、この世界にはこの世界の道理があるんだと思います」
「三玖……悪いけど何が言いたいのかさっぱりだわ」
口を挟んだ私に同意するように、フリーレンさんも頷いた。
生き方云々という話はわかったが、結局三玖がフリーレンさんに対して何を伝えたいのかはこの場の誰も汲み取れていないようだった。
三玖は私の言葉に耳を傾けた後、フリーレンさんへ向き直り言った。
「だから、フリーレンさんがアウラや魔族を殺すのも、そうしなくちゃいけないからであって、殺したいから殺してるわけじゃない。そうですよね?」
そう、願うように問いかける三玖に対して、フリーレンさんは頷いた。
「そうだね。私は魔族を殺すこと自体には何も感じない。殺すことそれ自体は、作業みたいなものだよ」
「…………そう、ですか」
フリーレンさんの答えは三玖にとっては望んでいた回答とは違っていたらしい。少し寂しげな顔をすると、顔を背けた。
五月も同様に表情が険しくなるのを見て、せっかくいい流れになったかと思ったがそうならなかったかと私も内心で落胆した。
だけど、この場において二人だけが異なる反応を見せた。
「あのー、お話の途中に恐縮なのですが、一つだけ宜しいですか。フリーレンさん?」
「四葉、なに?」
「きっと三玖がフリーレンさんから聞きたい言葉は、そういうんじゃないと思うんです」
「俺も同意だ。フリーレン」
「ザインまで。どういうこと?」
「俺も想像だけどよ、きっと三玖のお嬢ちゃんはお前が望んでいるものを聞きたいんだと思うぜ」
「望んでいるもの……」
「フリーレンさん。私からもお聞きします。フリーレンさんは、平和がお好きですよね?」
「あ…………」
ようやく理解できた。
結局のところ、三玖も五月もフリーレンさんが怖いのだ。
魔族に対して殺さなければこちらが殺されてしまう世界なのは理解できている。ただ昨日、あまりにも無感情に、作業的にお母さんの幻影を見せたアインザームを消し飛ばしたフリーレンさんを見て、エルフもまた人間とは別の考え方をもっている生き物なのではないかと思っているのかもしれない。
だから確認したかったんだと思う。今目の前にいる、いつでも自分たちの世界に来ることができるエルフが戦いを好むのか、生き物の命を奪うことに何も感じないのかを。
私たちの世界だって争いごとはあるけど、フリーレンさんたちと一緒に過ごした一ヶ月は、フリーレンさん自身が望んでくれていたものだと、本人に聞きたかったのだ。
四葉の助けも借りて、ここまで言葉を尽くしてようやく理解できた私と同じく、フリーレンさんも頷いた。
「そうだね。私も、平和な世界であってほしいと思うよ」
「その言葉が聞けて、良かったです」
「もういいかい?」
「はい……あの、フリーレンさん」
「なんだい?」
「時々でいいので、また、私たちの世界に遊びに来てくれますか?」
「気が向いたらね」
フリーレンさんが服従の天秤を掲げた。
納得した表情をした三玖。五月も幾分かは和らいでいるがまだ完全には納得仕切れていないようだった。
一花と四葉も、フリーレンさんたちに向けて手を振った。
この子達にとってはたった数日だけど、異世界での旅なんて経験はきっと、一生忘れないと思う。
フェルンも、シュタルクくんも、ザインさんも、三人が見守る中でフリーレンさんが魔法を発動した。
「
こんにちは。中野二乃です。
あれからしばらく経ちました。
もうすぐ高校も卒業です。
あの忘れたくても忘れられない衝撃的な日々からだったけど、元の日常に戻って来た私たちは存外変わることもなく日々を過ごしていました。
少しだけ、変わったことといえば。
「やっぱりこの世界の料理はいつ来ても美味しいです……毎日こんなものを食べられている五月が嬉しいです」
「二乃が沢山作り置きをしてくれていますから、いっぱいもって帰って行ってくださいね、フェルン」
「三玖も随分とこの世界の歴史に詳しくなったね。おかげで聞き応えがあるよ」
「日本史は半分くらいは侍がいるから、戦国時代ほどじゃないけどそれなりに面白いんですよ、フリーレンさん。それでね、幕末には新撰組っていうのがあってね──」
「四葉! 読み終わった! 次の漫画貸してくれ!」
「ししし、シュタルク君も漫画の面白さにハマってくれて何よりです。上杉さんはおススメしてもあんまり呼んでくれないですからねー」
「お前はもっと参考書を読むべきだろ、四葉」
「なあ、俺までお邪魔してていいのか? 一花ちゃんや他のお嬢ちゃんたちの家なんだろここ?」
「まあ、無駄に広い家ですから、ここ。別に狭くないし大丈夫ですよ。それよりお酒のお代わりいります?」
なんか最後は夜の店の気配を感じているのはさておき、フリーレンさんたちが来てくれるようになったことだ。
五月も随分と打ち解けてくれるようになってくれた。
いつの間にかフー君まで混じってるし。
なんか、私たちの生活も随分変わったわね。
「っていうか、私だけ一人暇なんですけど。なんで私よりあんた達の方が仲良くなってんのよ」
「なに二乃、暇なの? 何だったら暇つぶしに向こうの世界に送ってあげようか? 私とフェルンが今、一級魔術師の資格を取りに大きな街に来てるから、色々あると思うよ」
そう言いながらフリーレンさんは服従の天秤を取り出した。
天秤が目に入った瞬間、私は反射的に叫んだ。
「間に合ってるんで結構です!」
「そっか。わかった」
こっちに戻ってきたから、逆に私たちが異世界に行くことはなかった。
やっぱり平和な日本の暮らしに慣れると、あの世界は色々と危険すぎた。というか、軽率に私一人で送り出そうとするのやめてほしい。
あの大変な日々はフリーレンさん達のおかげで楽しかったけど、それなりにトラウマでもある。
だからぶっちゃけた話──
服従の天秤なんて、二度と見たくないわ
あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございました。
過去作とかもオススメしてますので、良ければ読んでいただけると大変嬉しいです。