異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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10話 決闘の帰結

 衣玖が勝利宣言を告げた後、弾かれたように拍手が舞い上がった。

 

 

「す…すごいすごい! 勝っちゃった……天子さん、勝っちゃったよ!」

「最後、何が起こったのか全然分からなかったわ……」

 

 

 決闘が終わり、観戦組二人からの絶え間ない拍手と歓声が天子に向けられる。疲れたー、と気の抜けた言葉を吐く天子の方に二人は駆け寄って賛辞を贈る。

 

 

「天子さん、凄くカッコよかったです! 私、天子さんのファンになっちゃおうかな?」

「あ、ありがと……って、ファン!?」

「なら私はファン第二号ね」

「ベティまで……」

「あれを女剣士って言うのかな? 私、もう惚れちゃいそうだったよ~」

「ははは……」

 

 

 あまりの二人の勢いに天子は少したじろいでいた。天子が押し込まれるなんて珍しい、到底この決闘を制した勝者には見えませんね、と衣玖は呆れを交えた溜め息を漏らす。

 衣玖はこの場の空気を読んであの姦しい空間の輪には入らず、座り込んで砕かれた木刀を手に持って見つめていたロビンの元へと近づいた。

 

 

「何だ? あの輪の中には入らないのかよ?」

 

 

 ロビンは、少し機嫌が悪そうにぶっきらぼうに答えた。

 

 

「私は空気が読める女ですからね、今更あの中に入るほど野暮じゃありませんよ。それに、総領娘様の強さは知っていましたから」

「……そうかい」

 

 

 ジッと砕けた木刀を見つめるロビン。負けたことが悔しかったのか、ロビンはまだ一度も天子の方を直視していない。

 やがて一息吐くと、ロビンは正面を見据えた。

 

 

「……つええな、天子の嬢ちゃん。右手に一本入れるだけじゃなくて、木刀にも一本入れやがって……完敗だよ」

「無駄に凝ってましたね。普段はあんなことしないんですがね」

「一対一でんなことする余裕普通あるかっつーの。やろうと思ってもできねーよ。……だが、嬢ちゃんはやりやがった。ったく、あんな腕どこで身に着けたんだか」

 

 

 はあ、と深い溜め息を吐いて後ろ頭をガシガシと掻くロビン。そんなロビンに衣玖は正直に聞いた。

 

 

「……悔しいですか?」

「そりゃあな。これでもそこそこ名の知れた冒険者だったんだ、それをあんな年若い小娘に完膚なきまでに叩きのめされちゃあな……既に廃業した身でもちぃとばかし傷つくぜ」

 

 

 怪我を負って廃業するまで、ロビンはずっと冒険者として頑張っていたのだろう。それなりの名声を得るだけの努力を積み重ねて実力も備え、廃業した後もおそらく体が鈍らないように目に見えぬ努力を続けていたはずだ。

 それを見た目十代の天子にやられたとなれば、その自尊心も大きく傷つけられたことだろう。なんで長年研鑽を積み重ねてきた自分がこんな小娘なんかに、と思っても全く不思議ではない。

 

 

「だが実際打たれて気づいた。あの技術は一朝一夕で身に着けられるもんじゃねえ。……長い研鑽の末に身に着けられる一つの境地だ」

「………」

「天子の嬢ちゃんも、血の滲む努力を積み重ねてきたに違いねえ。それもあの若さで、だ。俺なんかよりずっと苦労してきたんだろうさ……そんな奴に負けたんだ、悔いはねえさ」

 

 

 ロビンは、負けを認めるように天子を見つめた。彼の瞳にはベティとアリアに褒めちぎられてふやけた表情をとる情けない姿の天子が映っていた。

 よっ、とロビンは立ち上がり女だけの女々しい空間に近寄って行って「いやー負けた負けた」とまるで何でもなかったような態度で輪に馴染んだ。活発に笑うロビンの笑顔には、もはや勝敗など関係ないと思わせる陽気さが滲み出ていて天子も快く受け入れていた。

 

 

「………」

 

 

 衣玖は一人でその光景を眺め、思案していた。

 確かに天子は人間よりも遥かに長い時を過ごし、知恵も技術もただの人間よりずっと多く蓄えている。天人という種族は人間を遥かに凌駕する力を有しており、天子が勝利することは最初から決まっていたことであったのだ。だが長い時を過ごすというのは、それだけ苦労も増えるということなのだ。

 

 しかし、と衣玖は思う。

 

 普段酒を飲んで宴会を開き、楽園の如き天界の雄大な景色を見ては詩を吟じ、歌と踊りに興じ享楽の限りを尽くす天人の堕落した姿を見れば、ロビンの方が圧倒的に労苦を重ねているように思えるのだ。

 ロビンが語ったこともあながち嘘ではないのだが、過分な過大評価が混じっている。これまで天子は自分の思うがままに生きてきたのだから。

 

 

(……なんだかなあ)

 

 

 とはまあ言っても勝負は勝負である。やりきれない気持ちはあるが、天子が勝ったのは間違いないのだ。それを否定はできない。

 

 

「おーい衣玖! こっちに来なさいよ!」

 

 

 天子が一人でいる衣玖に気がつき、手を振った。天子の満面の笑顔に衣玖は、もう細かいことはどうでもいいかと結論づけた。

 

 

「……ま、いっか」

 

 

 衣玖は四人が集まる輪の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 決闘が済んだあと、アリアが持ってきた濡れタオルで汗を拭いたのだが、予想以上に汗をかいていたため一度家に戻って水浴びをすることになった。

 ここは砂漠に近い町であるはあるが、近くに大きなオアシスがあって地下水源が豊富だ。とは言っても水が貴重であることには変わりはないためここの住民は基本水浴びで事を済ませるのだ。

 一応公衆の蒸し風呂のようなものはあるが料金が取られる上に結構割り高なのであまり使用する人はいない。せいぜい外からやって来たお金に余裕がある人たちだけだ。

 

 井戸から汲んだ水を天子、次にロビンの順番で水浴びをすることになる。

 

 

「しかし総領娘様の絶壁と呼べるほど残念な裸体を見せても全くもってアレなので割愛」

「アレって何だコラー!! わ、私だって本気を出せば少しくらいは」

 

 

 そして天子の水浴びは終わり、次いで入ったロビンもさっさと済ませて終了した。

 

 

「出させろよ! 私の本気を出させろや畜生うわーん!!」

 

 

 地の文の強制的な時間の進行により、天子は本気を出すことなく瞬間で水を浴びて瞬間で着替えを済ませた。天子の泣き喚く声のようなものも聞こえたが、その声は誰にも聞こえていなかった。

 「今回扱い酷い……」と何やらブツブツと文句を垂れながら居間のソファーにどっかりと座り込んだ。

 

 

「それはアレですよ、ほら。前回無駄に活躍しすぎてカッコイイとこをこれ見よがしに見せつけたから、その反動ですよ」

「意味分かんないわよ! そんなのおちおち活躍してられないじゃない……」

「出る杭は打たれるって言うじゃないですか」

「私一応主人公なんだけど!?」

 

 

 飛び抜けていて何が悪い、とキーキー反論を述べる天子に衣玖はまあまあと宥めていく。しばらくすればこの暴れん坊も大人しくなると踏んで衣玖は天子の態度に何をつけても「まあまあ」と適当に返していく。

 その姿は、憤慨する友人を抑えるその友人の構図に見えた。いや、むしろ我儘な子供とそれを宥めかす母親のようだ。

 

 そんな二人の漫才のようなやり取りをロビンたちは温かい眼差しで見ていた。

 

 

「まあいいじゃねえか。天子の嬢ちゃんの実力は十分に分かったんだ、あの実力なら十分冒険者で飯を食っていけるさ」

「ホント!?」

「ああ。この俺が保証する」

 

 

 打って変わって天子の明るい顔。猫は三日で受けた恩を忘れてしまうというが、天子のそれは猫以上かもしれない。単に馬鹿なだけなのかもしれない。

 

 ともあれ、ロビンから許可をもらえた天子と衣玖はこれからお金を稼ぐために冒険者になることができる。そうすればこの家族の厄介になることもなくなるだろう、二人とも最初にそんなことを思った。

 なんだかんだで二人ともここの家に甘えてばかりではいけないと少なからず感じていたからだ。一宿一飯の恩があるし、何よりロビンには助けてもらった大恩がある。借りたばかりではいけない、いつかその恩に報いなければならない。

 天子と衣玖は、確かな手ごたえを感じていたのだ。

 

 

「だが、これだけは肝に銘じておけ」

 

 

 途端に、顔色を変えるロビン。

 これまでに無かった真剣さを帯びて、天子と衣玖も顔が引き締まる。

 

 

「冒険者に絶対という言葉はねえ」

「………」

「どんなに腕の立つ奴でも、どんなに歴戦の戦士だったとしても、死ぬときゃ死ぬ。そりゃあもうこれまでのことが全部嘘に感じるほどあっさりとな」

 

 

 そんな奴を俺は何人も見てきた、とロビンは決して視線を誤魔化さず、二人を真っ直ぐに見据えていた。

 

 

「敵さんだって生きてるんだ。予想外のことだって起こるさ。……ま、この辺りのことは言わなくても嬢ちゃんには分かってるだろうよ」

「ロビン……」

「ただ、油断・慢心、だけは絶対するなよ? 魔物やモンスターはそんな隙を見逃さねえからな」

 

 

 天子と衣玖は、力強く頷いた。

 

 

「分かったら、こんなところで油売ってないでさっさとギルドに行ってこいや。そして、立派になってこい」

 

 

 天子と衣玖二人の決意のこもった表情に満足したロビンは、シッシッ、と追い出すかのように手を振った。

 天子と衣玖は、共にソファーから立ち上がり、薄く笑う。

 

 

「ありがと、ロビン」

「ありがとうございます、ロビンさん」

 

 

 握手でもしようかと迷った二人だったが、止めた。ロビンには二人が冒険者として名を挙げる方が、よっぽど恩返しになると感じたからだ。握手をするときは世話になったとお別れを言うときくらいだろう。

 ロビンとの一時の別れが済み、今度はベティとアリアの番だが、ベティは天子にジャラジャラと音が鳴る皮袋を渡した。

 

 

「うわっ、お金が一杯。どんだけあるか分からないけど……いいの、こんなに貰って?」

 

 

 天子のもっともすぎる疑問にベティは笑顔で返す。

 

 

「勿論よ。だってそれ、旦那の来月のお小遣いだから」

「…………ちょ、ちょっと待ってくれないかベティ?」

「返されても困るから、全額使ってね?」

 

 

 先程の男らしさはどこへやら。妻の爆弾発言にロビンは慌てだすが、ベティは始終ニコニコして二人の方をずっと見ていて視線を合わせようとしていない。

 そんなことだから、天子と衣玖はおそるおそる頂戴することにした。返しちゃダメよ? と再び念を押すベティに強烈な圧力を感じ、コクコクと機械のように頷く天子と衣玖。

 やはりこの家の主はベティだな、と再確認した二人だった。

 

 

「二人とも、宿に泊まるなら私が働いている所に来てくださいね! 口利きで少し安くしときますから」

 

 

 アリアの仕事熱心さに、最早感心するしかない天子と衣玖。そのときはよろしく、と天子が言ったときの表情は嬉しそうな表情でとても可愛らしかった。こりゃ人気も出るわ、と二人は同時に思ったのだった。

 

 やがて二人は玄関で見送る三人に手を振り、エインズワース家を後にした。三人は天子と衣玖の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていたのだった。

 

 

 目指すは町の中央付近にある、ギルド。

 




ロビン「な、なあベティ。お前、まだあのこと……」

ベティ「んー? 何のことかなー?」

ロビン「頼むっ! 後生だから小遣い無しは勘弁してくれ! 御慈悲を……っ」

ベティ「うふふ、どうしよっかなー♪」

ロビン「何でもっ、何でもするから……」

ベティ「じゃあ、一日だけ私のオモチャになってね♡ 弄り放題遊び放題♪」

ロビン「もう好きにしてくれ……」
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