異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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ファンタジーものでありがちな冒険者ギルドがついに出ます!


11話 冒険者ギルド

 冒険者ギルド。通称ギルド。

 それは町の中心、通り(ストリート)を越えた先にあった。他の建物と同様、石造りの簡素な建物で、無駄な装飾は一切排されている。唯一ある目印が冒険者ギルドと書かれた立て看板のみ。それは冒険者が好む実利の精神だとか華美を嫌う性格だとかを象徴しているものである。

 

 午前のいい時間だということもあって既に通りには人でごった返しており、色んな恰好をした人たちが通りを闊歩していた。

 ここの住民だと思われるエインズワース家の人たちが着ていたような服を身に着けている人。重そうな荷物を抱えて急ぎ足で通りを行く商人。西洋甲冑のようなゴツイ装備を身に着けて槍を手にし、辺りをキョロキョロ見回っている騎士団の人。露店で商品を並べて客引きをやっている露天商。そして両手剣のような長い剣を腰に差して上半身を鎧で纏っているいかにも冒険者といった風貌の大男。

 そんな人たちがたくさんいるものだから、通りは若干過密気味だった。しかし、そんなことはここでは日常茶飯事で誰一人気にする様子はなかった。

 

 天子と衣玖は冒険者ギルドの建物の前でそんな人たちの人間観察をしていた。どんな人たちがいるか、気になったからである。

 

 

「あ、衣玖! あの人冒険者かも! 剣差してるし、なんか鎧つけてるし」

「そうですね。ちなみに総領娘様の見立てでは彼はどれくらいのやり手で?」

「うーん………普通じゃない? 取り立てて強そうにも見えないし、かといって弱そうにも見えないし」

「ありきたりな回答ですね」

「そもそも一目見ただけで分かるかっつーの」

 

 

 私ぁ達人か、という天子のツッコミを適当にあしらう衣玖。

 

 

「ですが、やはり外の人間を見てるだけじゃ埒があきませんね。やはり中に入らないと」

「そ、そうね」

 

 

 ギルドの木製の扉の向こうからは陽気な笑い声が聞こえてくる。外の喧騒に負けないくらいの大声で笑っているらしい。朝っぱから何にがそんなに可笑しいのか知らないが、休業中ではないのだから中に入っても問題ないはずだ。

 しかし、と天子はギルドに入る階段に足をかけるのを躊躇ってしまう。訝しく思った衣玖は天子に話しかける。

 

 

「総領娘様? どうしたんです?」

「ねえ、衣玖―…私、大丈夫かなあ?」

「はあ? 何がですか」

「いやほら、なめられたりしないかなーって」

 

 

 どうやら天子はビビっているようだった。いつもは傍若無人な態度しかとらないくせに、知らない人ばかりのところに行くと途端に勢いを失ってしまう。

 僅かに顔を緊張させる天子。そんな不安げな彼女に衣玖は優しく笑いかけた。

 

 

「大丈夫ですよ総領娘様。あのロビンさんを倒したではありませんか、自信を持ってください」

「そ、そうかな? 平気かな?」

「ええ。ですが、何事も第一印象が肝心だと言います。好印象を持たせるためにも入るときは派手にいった方がいいでしょう」

「派手?」

「たとえば『たのもーう!』とか、『一番比那名居天子、行きます!!』とか、『比那名居天子、ただの人間には興味ありません。この中にうちゅじ―――』」

「それ以上言うな。色々困るから。……でもそっか、派手に、か」

 

 

 天子は思案するように考え込む。確かに、このまま二人が行ってもなめられる可能性は少なくなかった。

 天子と衣玖は中身はともかく見た目は十代の少女にしか見えない。ロビンがそうであったように、ギルドには男の、しかも大柄なのが多いのは人間観察をしていたことからも明らかだった。小柄で細身の人や女性でそういう風貌をしていた人もいたにはいたが、少数であった。やはり冒険者なんて荒事をやるくらいなのだから、体格もそれ相応のものになるのだろう。

 勿論天子の力はロビンで証明済みだからそうそう負けることはないだろう。むしろそいつらを逆に叩きのめすことだって可能である。

 しかし、いきなり波風を立てるのは如何なものか。最初から敵を作ってしまうのは今後の冒険者生活に影響を及ぼすかもしれないと考えると、下手なことはできない。

 

 やはり、そう考えるとなめられないように行動するのが一番なのだ。

 

 

「……よし」

 

 

 深呼吸をして意気込んだ天子は石を積み上げられて作られた階段を勢いよく上り、扉をまるで破壊するかのごとくドカンと押し開け、思い切り息を吸い込んで叫んだ。

 

 

「た、たっ、たのもぉーーーーーーーーうっ!!!!!!」

 

 

 少女の甲高い声がギルドの中に響く。

 

 

「「「「「「……………………」」」」」」

 

 

 通りの喧騒に負けないくらいの騒ぎようだったギルドも、天子のバカでかい一声で一瞬で静まった。そりゃあもう劇的に。

 なんだなんだと騒ぎ立てることなく、中の人は全員ドアを押し開けて立つ少女に視線を注いだ。

 立っていたのは、防具もろくに着けておらず腰に差した一本の細身の剣だけがささやかな装備である、誰がどう見ても新米(ニュービー)の少女だった。これが高名な冒険者だったりすれば多少騒ぎ立てることもあるのだろうが、こういった風情の新人というのは決して珍しくないのだ。その新人が少女というのは稀なことだが、所詮その程度。好奇な視線を向けたりひゅう、と口笛を吹く冒険者も何人かいたが、それもすぐに興味を失せてしまったようだ。すぐに今各々がやっていたことに戻っていった。

 

 

「あ、あれ……??」

 

 

 しかしそこで困惑するのは、新米少女天子だった。

 彼女の中では自分の大胆な登場で少なからずは騒ぎ立てるものだと思っていたのだ。

 『なんだあの女の子……すげえ美少女じゃねえか?』『あんな可愛い子が冒険者になるのか?』『こりゃ役得だ。うちに入ってくれねえかな…』とまあ、こんな感じで(自画自賛を過分に含む)ざわざわと騒ぎ出すものだと思っていたのだ。

 しかし現実は予想と全く違うことになった。一瞬こちらを見ただけで、何人かの好奇な視線を除いて元に戻ってしまったのだ。再び、ギルド内に喧騒が舞い戻った。

 

 天子は何だがいたたまれない気持ちになって後ろにいる衣玖に声をかけた。

 

 

「ね、ねえ衣玖……なんだか失敗しちゃったみたいで」

「すいません、新規登録をお願いしたいのですが」

「ちょい待てやテメエェェェッ!!!!」

 

 

 衣玖は、既にカウンターのようなところでエプロンを着けたお姉さんに話しかけて冒険者の登録を行っていた。天子は猛ダッシュでそこまで駆け寄って衣玖の肩をガシィと勢いよく掴んだ。

 

 

「いだっ! 総領娘様、痛いですって! こんの馬鹿力が!」

「うるせーよこの野郎! なんで見捨てたの?なんで見捨てたの!?」

「あんな方法で上手くいくわけないじゃないですか。ちょっとは考えてくださいよ」

「テメエマジいつかぶっ殺す……」

 

 

 カタカタと緋想剣に掴みかかろうとする手を理性で押しとどめる。こんなところで殺人沙汰はいけない、人目があり過ぎる。やるなら暗い夜の裏路地で、と天子は物騒なことを考えているが、空気が読めてしまう衣玖にはそれがダダ漏れだった。

 というか、天子が失敗するのだって空気を読んだから分かったのだが。面白そうなことになるかなーと思って衣玖は言わなかったのだ。

 

 

「ええと……お連れ様もご一緒に……?」

「しょうがないんで、お願いします」

「はは……分かりました」

 

 

 カウンターのお姉さんは天子の剣幕にビクつきつつも営業スマイルを忘れずに、カウンターの下から用紙を二枚取り出してそれを天子と衣玖の前に広げた。

 それには空欄がたくさん並んでおり、一番上には新規登録とかかれた文字がある。

 

 

「これは?」

「冒険者の新規登録の用紙です。こちらに必要事項を書き込んでいただいてもらいます。あと、登録には別途料金500チップ、二名様で合わせて1000 チップいただきますが、よろしいですか?」

「はい」

 

 

 衣玖は今朝ベティからもらった皮袋からジャラジャラと音を鳴らして1000チップを置く。

 ここの世界の基本単位はチップといって、貨幣を使用したものが主になっている。天子も衣玖も幻想郷で金や銀でできた貨幣を見たことがあったから戸惑いはなかった。金額も硬貨に直接刻まれているから理解するのは早かった。

 お姉さんは置かれたチップを枚数通りあるか数え、数え終わると別の皮袋に入れて代わりに二本の羽ペンを渡した。

 

 

「こちらでお書きください」

「ありがとうございます」

「ありがと」

 

 

 氏名欄にヒナナイ テンシ、ナガエ イクと片仮名で名前を書いた。漢字で書いたら首を捻られたため、急遽片仮名に戻したのだ。片仮名ならお姉さんは納得してくれた。

 年齢は詐称して適当に十八と書き込んでおいた。天子が十八か怪しいところだが、お姉さんは特に何も言わずにニコニコしていた。

 

 

「ねえ、この職業欄って何?」

「そこは空欄でも構いませんよ。しいて書くなら自分の戦闘スタイルでも書いておいてください」

「オッケー」

 

 

 そう言われた天子は職業欄に「剣士」と意気揚々と書き込んだ。衣玖は少し考えた末、空白のままにしておくことにした。

 そして残りの空欄もつらつらと書き連ね、こんなものかなと天子と衣玖は羽ペンと用紙をお姉さんに渡した。

 

 

「はい、書いたわよ」

「ありがとうございます」

 

 

 用紙を受け取るとお姉さんは上からざっと目を通して確認していく。やがてそれをカウンターの下に置くと何やら機械のようなものに打ち込んでいく。二人が書いた用紙を確認しながら情報を打ち込んでいるのだろう。

 やがてピーとかいう無機質な音が聞こえると、お姉さんは機械の下から木でできた薄い板を取り出した。

 

 

「これがギルドカードになります。素材は木ですが、腐敗防止の魔法がかけられてあるので壊さない限り大丈夫です。万が一紛失、破損した場合は料金が発生するので気をつけてくださいね」

「へー、魔法?」

「はい。魔力を込めると自分の情報が浮かんでくるという仕掛けです」

 

 

 渡されたギルドカードにお姉さんの言葉通り魔力を込めてみると、何の変哲もない木の板に自分の名前や年齢など用紙に記した内容が浮かび上がってきた。

 

 

「わっ、すごい」

「面白い技術ですね」

「魔法技術発達の恩恵です」

 

 

 お姉さんは、ちょっと誇らしげだ。自分が作ったギルドカードが喜ばれて嬉しいのだろう。ちょっと子供っぽい一面もあるんだな、と衣玖は思った。

 

 

「ん、この『F』のマークなに?」

「それはご自身のランクですよ。今からご説明します」

 

 

 コホン、と一つ咳払いを打つ。

 

 

「そのランクはご自身の実力を数値化したものです。ここでいう実力とはギルドでの依頼の達成度・貢献度であって、力や技術とは異なるのでご注意ください。ランクは最低ランクのFからA、その上に最高ランクのS七段階評価になっています。当然ですがランクが高くなるほど難しくなります。基本的にご自身のランクと同じランクの依頼を受けるのが普通ですが、上限はありません。ただし下のランクを受けることは禁止されていますのでご了承願います」

「上のランクを受けるのは個人の勝手だけど、下のランクは自分より下のランクの者の横取りにしかならないから禁止、っていうことですね?」

「そういうことです。一応弱者も保護しないと後続が育ちませんからね」

 

 

 なるほど、一応考えられてはいるのか、と衣玖は感心した。周りを見た感じ荒くれ者が多数を占める中でルールも一応あるんだな、と思った。

 上に限りがないのは冒険者は全てにおいて自己責任であるからだ。勝手に高ランクの依頼を受けて死んでもギルドは一切責任を負わないと言いたいのだ。

 

 

「依頼についてですが、これは領主または個人が出します。稀にギルドから直接出ることもありますが、これは『緊急依頼』といってギルドが危機に陥るようなときに発令されます。依頼は右手の掲示板に張り出されていますけど、直接私どもに聞いても構いません。実力に見合った依頼なども斡旋します。ここまでよろしいですか?」

「ええ、大丈夫です」

 

 

 天子が頭にクエスチョンマークを抱えているが、無視でいいだろう。

 

 

「魔物やモンスターについても同様のランクが付されております。FとEランクまでは個人でも討伐可能ですけど、それ以上はチームを組んでの討伐が基本ですね。Sランク級になると個人でどうにかなるものではなくなってくるので討伐隊を組んでの依頼となるのが普通です。まあ滅多にSランク級なんて出ませんがね」

「魔物とモンスターってどう違うの?」

「基本的に同じですよ。ただ慣習で魔物とモンスターは区別されているんですよ。巨大なものになるとモンスターって呼ぶものが多くなるんですけど、小型のモンスターだっていますからね。これに関しては覚えるしかないですが、特に気にすることでもありませんよ」

 

 

 ロビンも昨日も今朝も魔物とモンスターと分けて呼んでいたから、やはり別物なのだろう。面倒なものだと思いながらも慣習なのだから仕方ないかと、天子と衣玖は思った。

 

 

「説明は以上です。何か質問はありますか?」

「掲示板のやつは、剥がしてここに持ってくればいいの?」

「はい。ここに持ってきてもらって私どもが受領の判を押します。契約の重複を防ぐためですね」

「このギルドカードを持っていたら砦も普通に通れるようになるんだよね?」

「そのギルドカードは一種の身分証みたいなものです。それがあればどこの町でも自由に行き来できるようになりますよ」

「私はもう大丈夫。衣玖は?」

「大丈夫です。ありませんよ」

「では今後の活躍を期待しております。当ギルドは酒場も兼ねておりますので注文していただければお酒も提供します」

「分かったわ、ありがとう」

 

 

 天子と衣玖は丁寧な対応をしてくれるお姉さんに手を振り、ひとまず掲示板で依頼を確認してみることにした。

 

 

「Fランクは……ええと、これね。何々……『サボテンの花、できるだけ多く納品』?依頼主は、薬屋? 何で薬屋?」

「こっちは『生肉、一キロを十組』。依頼主は、料亭ですね」

「最低のEランクじゃこんなもんなのかしら。パパッとモンスター退治とか無いのかな」

 

 

 高ランクの依頼になるとモンスター退治など、派手な依頼も多いのだが最低のEランクだと採集系の依頼がほとんどを占めていた。妥当なところなのだろうが、血気盛んな天子には少々物足りなかった。

 

 

「こんな誰でもできるような依頼はいいわよ。そんなのより、ほら! 『砂漠の魚竜、ガレオスを五体討伐』! ガレオスってなんなのか知らないけど、やっぱり討伐系がいいわ」

「ですが、その依頼はDランクですよ。冒険者成りたての私たちにはまだ早すぎるでしょう。ここがどんな世界なのかよく分かっていないのに、いきなり二ランク越えの依頼はマズいですって」

「む……それもそうね」

「ここは順当にEランクの依頼をこなしましょう。最初ですしね。これなんかどうです?」

「『増えすぎたジャギィの討伐、十体~十五体』……一応討伐系だし、衣玖の言葉ももっともだし、これが妥当かな。よし!」

 

 

 そう言った天子は勢いよくピン止めされた目の前の依頼書、『増えすぎたジャギィの討伐、十体~十五体』を破り、衣玖に見せる。

 

 

「早速依頼を受けに行きましょ! 善は急げ、よ」

「そうですね―――」

 

 

 そこまで衣玖が言ったとき、衣玖は不穏な空気を感じ、後ろを振り向いた。するとそこにはスキンヘッドの大男がゲスい空気をまとまり付かせながら二人の前に立った。

 確か、と衣玖は思い出す。こいつは二人が天子が馬鹿な登場の仕方をしたときに好奇な視線を向けていた輩だったはずだ。

 

 

「やあ嬢ちゃんたち、新規登録は済ませたのか?」

「アンタ、誰よ?」

「俺はゲンっていう“E”ランク冒険者だ。以後、お見知りおいてくれ」

 

 

 やけにEを強調したゲンという冒険者は、酒臭い息を吐きながら握手を求めてきた。それに応じようとした天子の前に立つようにして衣玖は聞いた。

 

 

「何用ですか? 私たちこれから依頼を受けに行くんでそこをどいてもらえませんか?」

「まあまあ、そう急ぐことはねえよ。な?」

 

 

 不快感を露わにする衣玖を見ても、ゲンは全く応じようとしない。それどころか、こちらに近づくように一歩前に進んだ。

 衣玖は空気を読む力でこの男の雰囲気を獲得しようとした。読んだ結果、案の定碌なことを考えていないという結論に至った。

 

 

「お前ら新人だろ? 俺たち先輩冒険者がノウハウを一から教えてやろうと思ってるんだ。ありがたいことだろぉ? だから、俺たちのチームに入らねえか?」

 

 

 それみろ碌なことを考えていない、と衣玖は確信づいた。どうせ下心満載なのだろう、チームに入った途端何されるか分かったものではない。自分たちの方がランクが上だから強い手段に出れないと踏んだのだろう。

 Eランクで新人であることを利用した、新人いびりなのだろう。それくらいは簡単に予想がついた。

 天子も流石にこの男の雰囲気の悪さに気づいたのだろう。警戒心を露わにしていた。

 

 

「結構です。私はこのじゃじゃ馬の面倒を見るので手一杯ですから」

「そのじゃじゃ馬合わせて俺たちが面倒見てやろうと思ってるんだよ。冒険者稼業は厳しいぜぇ? 何にも知らないでただただ突っ込んで死んでいく馬鹿な連中がごまんといるんだ。その分、俺たちがいりゃあ安全は保障されたも同然、だから――」

「はぁ? ふざけんじゃないわよっ!」

 

 

 最初以外口を閉ざしていた天子が衣玖の隣で叫び声をあげる。

 

 

「どうしてアンタみたいな三流と仲間にならないといけないの? バッカじゃないの? 鏡を見直してきなさいよ、雑魚、ブス、ハゲ!」

「な……んだとぉ!!」

 

 

 天子の暴言に怒髪天を衝くゲン。そりゃあ顔の出来具合を罵倒されたら誰でも怒るであろう。

 

 

「下手に出ててればつけあがりやがって……言うに事欠いてハゲだあ!? 新人のFランク風情がEランクの俺に歯向かってんじゃねえぞクソアマァ!」

 

 

 そんな感じの頭の悪い台詞とを撒き散らしながら、ゲンはそんなに離れていない彼我の距離を縮めようとする。

 距離は二メートルほどしか離れていない。飛びかかれば一瞬で届く距離で、天子の神速の剣戟でも迎撃するのは不可能に近い。そもそもあの技は十分な溜めの時間がなければ行うことはできないのでどっちみち使えないのだが。

 

 この距離では何もできまい、と思っているゲンは下卑た笑いをさらけ出しながら二人に飛びかかった――――

 

 が。

 

 

 シュバッッ!

 

 

「……は……?」

 

 

 一陣の暴風がゲンの真横を通り過ぎる。真横を過ぎたのは死の感触だった。

 ゲンの真横、死の暴風が吹き荒れたそこには、右腕を突き出した衣玖が足を踏み込んだ一撃を繰り出していた。

 

 

「は、はい……?」

 

 

 ゲンのシャツの右肩から袖口までが、手で無理やり引き千切ったかのような状態になっており、ビリビリに引き千切れたシャツの破片がヒラヒラと床に舞い落ちる。衣玖の攻撃による風圧で千切れてしまったのだ。

 衣玖は、彼女自身の羽衣を右腕に螺旋状に巻きつけて鋭利なドリルの形にし、それを突き出して攻撃したのだ。

 衣玖の羽衣は普段はただの服のデザインの一部でしかないが、衣玖の自由意思で鋼鉄のごとく硬質化させることができる。その羽衣を使った近接攻撃が、衣玖の近接戦闘のやり方なのだ。

 

 

 龍魚の一撃―――衣玖は、そう呼んでいる。

 

 

 刀など必要がない。彼女の羽衣それ自体が強力な武器であるのだから。

 

 今の死を連想させる攻撃を放ったのが真横の衣玖だと理解すると、ゲンは恐怖で顔を青ざめて歯をガチガチと鳴らし始めた。よく見ると、股間の辺りがじわっ濡れてきているのが分かる。

 衣玖はふわっと羽衣の硬質化を解いて元の通りに羽衣を巻き直す。そして後ろ姿のまま、目の前の人間を諭すかのように口を開く。

 

 

「頭の足りない貴方に一つ忠告しておきましょう。ランクというのはギルドの依頼の達成度や貢献度(・・・・・・・・・・・・・・)を数値化した指標です。つまり―――」

 

 

 衣玖は帽子をつい、と指であげ、ニヒルな笑いを送る。

 

 

「―――個人の純粋な実力を示すものじゃない、ってことですよ」

 

 

 そう言い放った衣玖は天子を呼び寄せ、同じく呆然としていたカウンターのお姉さんの正気を戻して依頼を受理させた。契約が完了したことを聞き遂げると二人はさらに面倒なことが起きる前にさっさとギルドを退散したのだ。

 




衣玖さんは嫁補正でカッコよくしてあげたいと思う私。
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