異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
「ああいう人間もいるのね。ロビンのような善良な人間を見習ってほしいわ」
「皆が皆、ロビンさんのようないい人ではないのですから、無理でしょう。それに、あの人ももう二度とあんな態度取らないと思いますよ」
「そうなの?」
「ああいう小物が纏う空気っていうのは分かりやすいですから。自分より強い相手には手を出せませんよ」
「ふーーーん………ま、もうどうでもいいけど」
「同感です」
冒険者ギルドから出てきた二人は町の中心街、大通りを歩いていた。ここは冒険者に必要な物や生活必需品、はては料亭まで幅広く揃う、まさに大通りと呼ぶに相応しい場所なのだ。その分人の往来も多い。
天子と衣玖は自分の手荷物といえばベティから貰ったお金程度しか持っていなかった。あとは天子の緋想剣くらいなもの。それでは生活するのにあまりに不便だった。
「一応お金はあるしね。ベティがロビンの来月のお小遣いって言ってたし、そこそこあるのかな?」
「ここの品物がどれくらいするのか分かりませんからね」
「そーそー」
袋に入ったチップがどれくらいの金額があるのかは袋をひっくり返してみてみれば分かることだが、流石にそれは面倒くさいし、仮に分かったところでその総計が一体どのくらいの価値があるのか、二人には分からないのだ。
元々お金の感覚が薄い二人にそれを分かれというのは、少々酷な話だが、異世界に来てしまった以上理解できないと生死に関わることだってあり得るのだ。
故に、今回の買物は必需品を購入するという目的のほかに相場を知るということも重要な案件なのだ。
さて、大通りを適当にぶらついてひとまず一通り確認した二人は、とりあえず冒険に必要と思われる道具を買うことに決めた。
目の前の店に「冒険者御用達」と書かれてあったので、仕方がない。他もどんな店か分からないので、手始めにそこの店に入る。
「いらっしゃいませ……おや、可愛らしいお客さんね、もしかして冒険者の人?」
「ひょっとしなくても冒険者だけど。てか、『冒険者御用達』ってわざとらしく書いてあるじゃん」
「だよねー。いや、なかなか女性の冒険者って少なくってね、ちょっと嬉しかったんだよ」
カウンターと所狭しと並べられた商品だけのこじんまりとした店だ。店自体もそんなに大きくなかったから、大商人が経営する店とかじゃなくて、ホントに個人がやっている店なのかもしれない。
カウンターに座っていた二十歳くらいの女性は、眼鏡をかけていて長い茶髪をひとまとめにして後ろで縛っていた。身長は女性にして背が高く、百七十センチ近くありそうだ。
「それにしても見ない顔だよね。新人?」
「さっき登録したばっかりよ」
「ああ、なるほどね。それでさしずめ必要な道具を購入に来たってわけね?」
「そうだけど……なんか悪い?」
「いやいや全然! むしろ大歓迎! ここ大通りの端っこでしょ? それにちっちゃいし、外装も古いし、しかもギルドから真反対の位置にあるから、来てくれる客少ないんだよー」
そう言ってしくしく、とわざとらしく擬音を漏らす。本気で口惜しがっていない辺り、もう諦めているのかもしれない。
「っと、そうそう。買い物に来たんだよね。何が入用?」
「とりあえず冒険者に必要と思われる物を適当に見繕ってくれませんか? あと、それの説明もお願いします」
「よっしゃ、任しとき」
ニッ、と笑って力こぶを作った店員は店の奥に入り込んで何やらガチャガチャやっている。「これかなーいや、いらないかないるかなうーんどっちだろう」などと微妙に心配になるような声も時々混じっているが、ひとまず任せてみたのだからそっとしておこうと天子と衣玖は思った。
店員が道具を見繕っている間は少し暇だ。天子はキョロキョロとカウンターの商品棚に置かれている商品を触ったりのぞき込んだりして何やら楽しそうだ。衣玖はカウンターの隅に置かれていた何かの本をペラペラと捲っている。どうやら調合関係の本らしいが、専門用語が多すぎて理解できず、そうそうに読むのを諦めた。
そして数分経った後、店員が戻って来た。
「お待たせ。新人が揃えるといいのは、大体この辺りかな?」
横長のカウンターを目いっぱい使うようにして取り出してきた商品を並べていく。
「右から説明していくね。この緑色の液体が入った瓶は回復薬。名前のまんま、傷とかをある程度回復してくれるよ。もっとも、回復量も使い勝手も回復魔法の方が圧倒的に上なんだけどね。回復魔法が使えない人や、使う人がいないパーティが使うものだね。貴方たちは回復魔法使える?」
「いいえ、おそらく」
「じゃあこれは必要だね。持って行きすぎると嵩張るから、程ほどにね。あと、味は期待しないように」
最後の言葉にうえっ、と顔を不快にする天子。どうせピンチになれば使わざるを得なくなるんだからどっちでも一緒だろう、と衣玖は思った。
「んで、次はこれ。解毒薬シリーズ。単純な毒と麻痺毒を治すやつ二種類あるよ。回復薬と同じ、飲んだら解毒されるから」
「たった二種類でシリーズ化するのはどうかと……」
「……私も、それは思ってたから」
耐毒の方は紫色、耐麻痺毒は黄色のポーションである。これも、お味の方は期待できない口だろう。天子はやはり苦い顔をした。
「んで、これが魔法薬。魔力の不足を補ってくれる代物だよ」
「魔力が回復するということですか」
「そーいうこと。で、これがクーラードリンクとホットドリンク。クーラーの方は熱い昼の砂漠で重宝するよ。ホットは極寒の夜の砂漠で使うといいよ」
白濁色のクーラードリンクと赤濁食のホットドリンク。クーラードリンクさえあれば、あの大砂漠でもぶっ倒れずに行けたのかもしれない。
「ここら辺までがポーション系かな。あとは……」
次々と出された商品を説明していく店員。天子と衣玖はその解説に相槌を打ちつつ。気になったところは随時質問していった。
やがて、説明も終わり。天子と衣玖も一通り質問も聞けたので、とりあえずそれらを全て購入することにした。
「しかし、案外少ないんですね?」
衣玖は、初心者の道具だからもっとたくさん購入しなければいけないと考えていたのだ。
それが予想よりも大分少なかったもんだから、衣玖はちょっと意外だと感じたのだ。
「ほんと~~に必要な物だけを厳選したから。そりゃ、挙げればもっと増えるよ? けど、新人さんだから持ち金はあまりないと思ったからね。それに、案外これで十分なんだよ? 大商人が経営する店や阿漕な奴らはそれいつ使うのっていうようなやつまで買わせて来るから。新人はいいカモだからね」
「へー……アンタはそうしないの?」
「確かに私も商売してるから儲けは気にするけど、それでもやっぱりお客が第一かな。嬉しそうに買い物をしていってくれるのが一番だし、不当な商売で荒稼ぎするのは、やっぱりよくないと思ってるから」
けどそんなんだから売り上げが火の車なんだけどね、と店員は自嘲気味に笑った。
この人は心が綺麗だから、そんなあくどいことができないのか、と二人は思った。それは非常に美徳で素晴らしいことだけど、ことが商売になるとその心は仇となる。商売とは儲けて何ぼだからだ。
しかし、一度それで儲けて味を占めてしまうと、もう元には戻れない。甘い蜜の存在を知ってしまえば二度と同じ不味い飯なんかにありつけないのだ。
そして心が濁っていく。当たり前のことだ。
しかし、目の前の店員は、まだ綺麗な心を持っている。できれば、そのまま純粋な心でいてほしい、と二人は思った。
「……よし、分かったわ! ここの店、贔屓にしてあげる!」
「えっ、いいの? うちの店ギルドから遠いよ? わざわざここまで足を運ばなくても……」
「いいの! もう決めたことだから。ね、衣玖?」
「ええ、私も特に異論はありませんよ。店員と仲が良ければ買い物もスムーズですからね」
天子と衣玖はここの店を贔屓にするつもりだった。売り上げが芳しくないこの店に、少しでも貢献するように。
天子と衣玖の笑顔を見ると、店員も「ふふふ、物好きもいたものね…」と笑った。
「私はティアよ。よろしくね」
「私は比那名居天子。天子でいいわ」
「永江衣玖です。衣玖って呼んでください」
「天子さんと衣玖さんね」
「呼び捨てでいいわよ? その代わり私もティアって呼ぶから」
「ありがと、そうさせてもらうわ。……あ、そうね」
ティアはカウンターの下の引き出しの中から二つのポーチを取り出した。その大き目のポーチはベルトが付いていて、どうやら腰に巻き付けるもののようだ。
「はい、このポーチ、二人にあげるわ。これにさっきの薬とかをいれて出かけてね」
「え、いいの? 商品なんじゃないの?」
「そうだけど、いいの。御贔屓様にプレゼントしちゃう!」
突き出されるポーチを二人は遠慮がちに受け取った。こんなんだから売り上げが伸びないんじゃ、とか思ったが何も言わなかった。
おそらく性格の部分が強いから何を言っても無駄にちがいない。二人にしても一応タダでもらえるんだからありがたく受け取っておくことにした。
「……ありがと、このお礼はいつか返すわ」
「あはは、お礼なら商品を買って示してよ」
「私たちが有名になって、ここの店のことを広めてあげる! それでお返しするわ」
「気長なお話だね。期待して待ってるよ」
ティアは天子の言葉を冗談めいた言葉だと受け取ったようだ。天子としては本気の言葉だったのだが、見た目十代の少女が有名になって大成するにはまだまだ時間がかかるとティアは踏んだのだ。
ポーチに買った商品を入れ、そのポーチを腰に巻く。ベルトできっちり固定されているから、走っても揺れることは少なそうだ。最新のデザインより大分型が古いが、それでも二人は全く文句なかった。むしろちょっと年季が入っているくらいに見えて丁度良かった。
「うん、二人とも冒険者っぽく見えるよ」
「ありがとうございます」
「ありがとっ。じゃ、そろそろ行くね」
「うん、ご来店ありがとうございました。また御贔屓に」
最後は礼儀正しく店員のように挨拶を投げかけて、ティアは手を振った。天子と衣玖はそれに手を振り返して店から出たのだ。