異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
衣玖「フィーバー☆」
「目覚めたら知らない天井だったがどこもおかしくはなかった」
「問題大ありですから」
時刻は既に昼前に近い。天子と衣玖はランデルの町中を歩いていた。
「イタタッ……チクショー、まだ傷が痛む」
「昨日の今日で治りませんよ。かく言う私も傷だらけですが……」
午前十時ごろに目覚めた天子と衣玖はそこが全く見慣れない場所であることに困惑する暇もなく、側にいた女の兵士らしき人に質問を浴びせられてそれに「えっ、えっ?」とどもる天子の代わりに空気を読んで衣玖が質問に答えていったのだ。
寝起きの人間にそれは少し急すぎるでしょう? とか思ったが衣玖は何も言わないで、どこから来ただとか名前とかどうして倒れていたんだとか矢継ぎ早にペラペラと返答していったのだ。
その経緯で依頼の途中だっただとか、依頼そのものは早々にかたをつけたのだが帰ろうとしたところで別モンスターに襲われて手間取っただとか、そいつをぶっ倒したのはいいもののこちらもギリギリの戦いを強いられて町まで帰る体力がほとんどなくて着いたときにはごらんの有様だよ、と説明した。
ギルドカードを提示して最低のFランク見て、その話は盛りすぎだろうと一笑に付した兵士は取り出されたドスガレオスの鱗を見て顔色を変えた。口元をひくつかせながら部屋を退出していき、たっぷり十分以上待たされた挙句にもう出て行ってもいいよというなんとも無責任な発言を残していったのだ。天子はぷりぷり怒りながらも出て行くしかなかったので駐屯兵の詰所から出たのだ。
そして現在に至る。
「とりあえず、ギルドに行かないといけませんね。一日経ってしまったとはいえ、証拠品もちゃんとありますし」
「やっと苦労が報われるわけだ~~~~長かったなーー……」
「ええ、本当……」
天子は腕をぐいっと真上に伸ばして弛緩する。衣玖もその言葉にうんうんと頷く。
ドスガレオスとの戦いは言葉の通り死闘だった。お互いいつ殺されてもおかしくない状況で、見事天子と衣玖は勝利を勝ち取ったのだ。それは執念の勝利と呼ぶべきか。
「報告が終わったら宿で休みましょ。私たちに今必要なのは十分な休息よ」
「冒険者ライフが始まってまだ二日目ですがそれは大いに同意せざるを得ませんね。泊まってねと言ってくれたのにアリアさんの厚意を無駄にしてしまいましたから」
「うっ、そう言えばそうだった。……でも話せばわかってもらえるわよ!」
「むしろ余計な心配をかけてしまいそうですがね」
砂漠での緊張感から解き放たれた天子と衣玖は打って変わって陽気な雰囲気でギルドを目指すのだった。
◇
「………(チラチラ)」
「………(ニヤニヤ)」
「………(チラチラ)」
「………(2828)」
ギルドに入って衆人の目が天子と衣玖に向けられたとき、中にいた奴らはニヤニヤする顔を一向に隠そうとしないで天子と衣玖を不快な表情で見ていた。中にはそんな視線を飛ばさない奴もいたにはいたが、それは二人に興味が無いような輩であった。
「何様、コイツら?」
天子はボソッと隣の衣玖に尋ねる。空気を読める衣玖ならば分かると踏んだのだ。
「どうやら私たちが依頼に失敗したんじゃないかって思ってるようですね。一日経っちゃいましたから、当然といえば当然なのですが」
「でも私たちちゃんと依頼成功してますしおすし」
「ですね。だから気にしないでいきましょう」
天子と衣玖は周囲の不快な視線を気にしないで進むことにした。事実無根の根も葉もない噂に気をとられていちいち気にしてなんかいられない。
「あれぇ? お前ら、昨日の二人組じゃねえのぉ?」
まっすぐ進んでいるとその前にスキンヘッドのガラの悪そうな冒険者が道を塞いできた。
「誰、アンタ?」
「おい! 昨日ここで会っただろうが! Eランク冒険者のゲンだ!」
「いましたね、そんな噛ませ犬が」
「誰が噛ませ犬だ!」
事実噛ませ犬だっただろうに、と衣玖はボソッとつぶやく。
目の前のスキンヘッドの冒険者は、昨日天子と衣玖に突っかかって来た奴だ。天子はようやく「ああ、あのハゲ」とポンと手を打って気づいた。その言葉に再びゲンは青筋を浮かべるが、理性が働いたのかチッと舌打ちをしただけで終わった。
「で、何? なんか用? 無いんだったらそこどいて、邪魔だから」
天子はもうコイツの存在自体が面倒だなと適当にあしらうように言葉を放り投げた。態度にももうコイツ興味なくなった、みたいなどうでもいい感が溢れだしている。
しかし天子の態度にむしろゲンは引っかかったな、と言いたげにニヤつき始めた。正直、キモイし不快だと天子と衣玖は心の底からそう思った。
「用? それはむしろこっちのセリフだなあ~? お前らこそ、どうしてギルドに来たんだあ?」
「はあ? アンタ馬鹿ァ? ギルドに来たのなら目的は決まってんでしょうが」
「んん? それって何? 俺が聞いてあげるよ?」
「依頼の申し込みと報告でしょうが! 私たちは昨日依頼受けたから報告に来たのよ!」
天子がもうマジでウザいと声を荒げて目的を言った途端、目の前のハゲと何人かの衆人が大笑いを始めた。
「ギャハハハハハ! それって失敗報告か!? ジャギィ相手に失敗して帰って来たのか!?」
「どうして私たちが受けた依頼を知ってるのよ?」
「昨日帰って来なかったからなぁ! 受付嬢に聞いたら契約したのはジャギィの討伐って話じゃねえか!? そんな雑魚、さっさと終わらせて帰って来なけりゃ失敗したって考えるのが普通だよふ・つ・う!」
「「「アッハハハハハハ!!」」」
ハゲとその仲間と思わしき連中が下卑た笑いをしながら腹を抱えたり膝をバシバシ叩いたりして大笑いアピールをしている。
なんかもう人間の最底辺の様相を見たような気になってしまい、気分がガタ落ちになったのでもう本気で付き合わないことにした。
「あーあーはいはいそうねそうねでっていうーでっていうー」
「訳:めんどくさいから早く通して」
「衣玖の通りだから早く通らせて? さっさと報告済ませて宿で寝たいのよ」
「そうかそうかそうだよな! 俺は寛大だからな? ここはさっさと通らせてオトナの対応を見せなきゃな!」
アハハハハ! と笑うハゲ+その仲間たちから視線を外し、天子と衣玖は疲れた表情で馬鹿騒ぎの中を抜けていく。二人の後ろ姿をジロジロ見る視線が非常に不愉快だ。
「もうこいつらのせいで私の疲労がストレスでマッハだわ……」
「全くわけの分からない言葉ですけどニュアンスはなんとなく伝わりました」
二人は喧騒を頭からシャットアウトしてカウンターへと急いだ。そこには、若干憐みの目と同情の色がこもった昨日のお姉さんが待っていた。
「お疲れでしたね」
「まったくよ。ウザいったらありゃしない……」
「あの人たちはここらでも評判の悪い冒険者ですから。ガラの悪い奴らなんていっぱいいますからいちいち気にしてたら負けですよ。それで、報告に来たんですよね?」
「はい、依頼を完遂しました」
衣玖は駐屯所で借りた背嚢を背中から下ろし、中から依頼の達成証拠品であるジャギィの素材を取り出してカウンターに並べていく。後ろでなんかざわざわとざわついている気がするが、天子と衣玖はもう気にしていなかった。
お姉さんがジャギィの素材を確認していく。
「確かにジャギィですね。十五体の討伐を確認しました。これで依頼達成です」
「やったーーーーやっと終わったーー……」
「お疲れ様です。それで依頼達成の報酬金なのですが」
「おおっ、待ってました!」
「報酬金の受け取りには二種類方法があります。現金でそのままお渡しするかギルドの方で口座を作ってそちらに預けていただくかの方法がございます。報酬金は大抵が大金なので口座に入れる方が大半ですがね」
「手持ちもいくらかありますし、それでお願いします」
「分かりました」
お姉さんはカウンターから新規登録のときのような用紙を取り出した。口座は一つで構わないそうで、衣玖が代表して契約用紙にサインしてお姉さんに渡す
「依頼料は今後開設された口座に振り込まれることになります。お金を下ろしたいときはギルドでギルドカードを提示していただければ結構です」
「分かりました」
「明日には振り込まれていますので。下ろしたいときはいつでもどうぞ。それでですね……」
「ん?」
お姉さんはヒソヒソ声で天子と衣玖に話しかける。
「依頼を成功されたなら、どうしてこんなに遅くなってしまったんですか? 勘ですが、ジャギィごときにビビるような玉ではないでしょう?」
どうやらお姉さんもあの五月蠅いハゲたちと同じではないものの気にはなるようだ。
天子は、別にこの人にならいいかと話すことにした。
「実はジャギィはさっさと倒し終えたのよ。雑魚すぎて話にならなかったわ」
「はあ。まあ、集団で囲まれてもパニックにならずに落ち着いて対処すれば問題ありませんね」
「問題はそれからでね……」
天子は背嚢の奥で眠っていたドスガレオスの素材を引っ張り出す。
「! こ、これは……ドスガレオスのヒレですか!?」
「へえ、アイツドスガレオスっていうの。あの黒っぽい魚でしょ?」
「そうですよ! まさか、ドスガレオスを倒されたのですか?!」
「強かったわね。ソイツのおかげで帰るのが翌日になっちゃったもの」
ドスガレオス、という言葉に俄かに騒ぎ出すお姉さん。もしかして強敵だったのだろうか、それなら納得だと天子は思う。
しかしお姉さんの言葉は天子の想像を上回るものだった。
「強い、なんてものじゃないですよ!? あいつはCランクのモンスターで、しかもこの時期のドスガレオスは凶暴になっていて凄く危険なんです!普通の冒険者なら手出しすらしないんですよ!」
「Cランク? そりゃあ強いはずだわー、死ぬかと思ったもん」
「実際何度も死にかけましたしね」
天子と衣玖の間延びした声に、お姉さんはガクッとずっこけかける。
「もっと驚いてくださいよ……なんか一人だけ盛り上がってる私が馬鹿みたいじゃないですか」
「ごめんごめん。でも、いきなりCランクかー、えらい昇進したな」
「普通FランクがCランクのモンスターに勝てるはずありませんよ……三ランクもすっ飛ばしてるじゃないですか」
お姉さんはドスガレオスのヒレを触ったり近くで眺めたりしている。本物かどうか確認しているのだろうか。
「うーーーーーん、やっぱり本物だ……ガレオスじゃない、リーダーのドスガレオスよね」
ブツブツとつぶやく。そんなに信じられないのなら見て確かめてくればいいじゃないかと天子は考える。
「本物かどうか疑わしいんなら、見てくればいいじゃない。昨日の今日だし、まだあるでしょ」
「……そうですね。駐屯兵団とも連絡をとって調査に向かってもらわないと」
「ところで、このヒレってどうすればいいの? 持ってても邪魔だし……」
背嚢には詰められるだけのドスガレオスの素材が詰められている。黒ずんだ鱗に鋭利な牙、刃物のようなヒレや何に使えるかイマイチ不明だが一応持って来たキモの部分。剣で斬って傷が入ったり電撃で焦げていたりするやつは価値が無いと思って持って帰ってきていないので少しだけだ。全部出すわけにはいかないので詰め込んだままだが。
「あ、素材ならこちらで買い取りましょうか? 一応素材買取業務も行っていますので」
「マジか。ギルドは多彩なのね……」
「大きい組織ですから。どれどれ……」
お姉さんはドスガレオスの素材を一つ一つ確認していく。一つぐらいに大体一分ほどかけての鑑定である。
「お姉さん、素材の鑑定なんてできるの?」
「ギルドの受付嬢はこれくらいできなきゃなれないんですよ。それと、私の名前はアンナって言います」
「そーいや名前聞いてなかった」
「よろしくお願いしますね、期待の新人さん♪」
そう言われて顔を赤くして「期待なんて、やだなーもう!」とかいってもじもじしている天子をよそに、お姉さん改めアンナは鑑定を終えたようだ。
「はい鑑定終了です。傷も少なく全体的に良質でしたのと、先程申し上げたようにこの時期のドスガレオスは凶暴で素材自体が稀少なのでさらに値が上がって、合計20万チップですね」
「20万!? それって、今回の依頼より多い?」
「依頼書見ていなかったんですか? 多いですよ。依頼は1万ほどでしたから」
「二十分の一……全然違いますね」
「元々この依頼内容が関係してますよ。誰かが緊急で出したものじゃなくて定期的な個体数調整ですから」
「緊急性がないから、報酬も少ないってわけですか」
「そういうことです」
お姉さんはドスガレオスの素材をカウンター下の木箱に放り込み、紙に「ドスガレ、素材」と書き込んで箱に貼りつけた。
「買い取り金は、振り込みでよろしいですか?」
「お願いします」
「かしこまりました。口座に振り込んでおきますね」
さらにメモるアンナ。
「ところでさあ、ドスガレオスの素材ってどうなるの、このあと?」
「素材を必要としている商会や機関に売りつけます。販路は企業秘密なので明かせませんが、冒険者が使用する武具や防具、または単なる衣服の一部になったり装飾品になったりしますね。ドスガレオスの鱗は水で洗い流すと美しい光沢と色艶がでるので、最近では貴族の貴婦人層なんかにも人気が出ています」
「へーーー、宝飾品扱いなんだ」
「素材によればそれぐらい価値が付く物もありますね」
強大なモンスターは、倒されにくいだけあって稀少価値が高い。必然とそのモンスターの素材の価値は上がり、買い取り金額も跳ね上がるというわけだ。その価値は下手な鉱石類よりもずっと高いのだ。
「なんかスッキリしたわ。これがどこをどういう風に巡っていくのか気になったから……」
「おや、天子さんは商人気質をお持ちのようで?」
「単なる興味本位。商人になるくらいなら冒険者ででっかいモンスターを狩ってた方がマシ」
「そうですか。では、また依頼のときには声をかけてくださいね」
「またね!」
「またそのときはお願いします」
天子と衣玖はアンナに手を振ってカウンターを離れる。二人ともお金が入ったことでホクホク顔だ。しばらくはゆっくりしていられるだけのお金が入ったから何に使おうか、と考えている辺りやはり二人とも女性というべきか。
「………」
そんな二人を恨みがましい視線を送る人間がいた。
ハゲ、もといスキンヘッドのゲンだ。彼は、二人がカウンターでの彼女たちのドスガレオスを討伐したという功績を、聞いていたのだ。
というよりも、ギルドにいた冒険者のほとんどが彼女たちの言葉を聞いていた。それは、普段大声など出さないアンナが突然声を荒げてドスガレオスを討伐したなどと確認をとったからである。
ゲンは小声で「これで勝ったと思うなよ……」とつぶやいたのだが、人間でない二人はその言葉をばっちり鼓膜まで響かせていた。
二人は突き放すように、彼に言った。
「「もう勝負ついてるから」」
彼女たちはドヤ顔でそう言い、ギルドを出て行った。
どどどどうしたって俺がネタを無理やりねじ込んだって証拠だよ!