異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
砂漠の町のからっとした空気の中を天子と衣玖は歩いていく。
目指すは宿屋街。この前アリアに勧められた宿―――自分が働いているところらしいが―――に向かっている途中だ。そこは、どうやらこの町に来たときにロビンがお勧めしてくれていた場所らしい。
建ち並ぶ宿屋の
「ここらしいですけど」
「『
その宿は良くも悪くも一般的な宿だ。高級宿と違って材質も町のものと大差ないし、かといって最底辺の木賃宿でもない。セキュリティも万全のようだ。
「アリアはいるかな?」
「どうでしょうか……昨日行きませんでしたからねぇ」
「怒ってるかな?」
「総領娘様次第ですかね」
「どーいう意味!?」
ドスガレオスとジャギィの素材を詰め込んできた背嚢は先程兵士の詰所に返却してきた。
ポーチでは剥ぎ取った素材がほとんど入らないから別の鞄を買わなければならない。宿屋で一休みしたら買いに行く必要がある。
「ほら、アリアさんは総領娘様に大分惚れ込んでいたじゃないですか。あの決闘で。だから総領娘様が頭を下げたらきっと許してもらえますよ」
「そういう衣玖は頭を下げないつもり……?」
「まさか。遅れたのは誰のせいでもありませんし、迷惑だったのは向こうなんですから、ちゃんと私だって謝りますよ」
「本当かしら……」
「総領娘様が一体私をどんな風に思っているのか、小一時間問い詰めたいところですね」
普段の行いのせいだろ、とは天子は言わなかった。
二人は宿屋「朧月」の中に入っていった。そこは食堂みたいになっていて、どうやら食堂を兼業しているようだ。
「すいません」
「はーい、ようこそ『朧月』へ……って、天子さんと衣玖さん!?」
カウンターで呼びかけた衣玖の声に反応したのは、給仕服を身に包んだアリアだった。
茶色のショートヘアの髪はそのままに、店の制服なのか給仕服を着ているアリアは普段着とは違った可愛らしさがある。
「おはようアリア。今日もいい天気ね!」
「あ、はい、本日も晴天ですね。……じゃなくてっ!」
天子の何気ない挨拶に呑まれかけるアリア。ノリツッコミには思えなかったから天然なのだろうか。
「どうして昨日は来てくれなかったんですか? 私、ベッドメイキングまでして待っていたのに」
「あーーー……そのことについては本当にごめん」
「申し訳ありません」
天子と衣玖は揃って頭を下げる。
アリアは「えっ! えっ!?」と戸惑いながらわたわたと周りをキョロキョロ挙動不審に見渡した。
「か、顔を上げてください! 一応今は従業員ですからお客に頭を下げさせるのは困ります」
「そう? なら戻すけど……」
天子と衣玖は顔を上げて元に戻した。アリアは再び周りを見て露骨にホッとしていた。
「いえ……まあ、いいんですけどね。お二人がどこに泊まろうと勝手ですし、一方的に誘っただけですから」
「あの、アリアさん? 怒ってらっしゃる?」
「別に、怒ってませんよ。つーん」
つーん、とか自分で言ってる時点でどう見ても怒ってるだろ、と天子は思った。衣玖が露骨に肘でつついてくるのは、慰めろという意思表示なのは誰が見てもそう思うだろう。
天子は取り繕うように言う。
「え、えっとね、アリア? その、昨日来れなかったお詫びといっちゃなんだけど……また今度お茶にでも誘ってあげるから、ね?」
「ホントですかっ? 約束ですよ♪」
あ、コイツ、ハメやがったな……、と思うが時既に遅し。一応持ち金もドスガレオス討伐でたっぷり入って懐は温かいし別にいいか、と天子は諦めて白旗を上げた。
「はいはい、ちゃんと奢ってあげるよ」
「ありがとうございますっ。それで、お泊りですよね。部屋はきちんと空けてますよ。一部屋でベッドは二つでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
「朝食と夕食はどうしましょうか? お二人は冒険者ですから、帰りが不規則になると思うのですが」
「どういうプランがお勧めですか?」
「どちらもとってくださって大丈夫ですよ。ほとんどの冒険者の方は宿屋の食事を済んでから出発される方が多いですから。昼出るにしても、夜出るにしても朝食と夕食は必ず召し上がりますから」
「では両方で」
「分かりました。一泊朝食夕食込みで3000チップと言いたいところですが、特別に優待サービスで2500チップにしましょう」
「本当に安くしてくれるんですね…いいんですか?」
「仲良くなった記念です。お母さんがここのオーナーにちゃんと許可をとってくれてるので構いませんよ」
「ありがとうございます。では、とりあえず一週間でお願いします」
「分かりました。延長するときはお申し付けください」
衣玖は皮袋から合計17500チップをカウンターに置いた。
金額の確認を終えたアリアはカウンターの下から鍵を取り出した。
「三階の一番奥の三○三号室です。朝食と夕食は一階のここで食べてください。そのときは鍵を見せていただければ、食事代も宿泊代に含まれていますのでタダになります」
「出かけるときは鍵は預けてもらっても?」
「構いませんよ」
「分かりました」
「一応言っておきますが、宿の備品を壊した場合は弁償してもらうことになるので気をつけてください。流石に庇いきれませんから」
「了解ー。んじゃ部屋に行くわ。依頼で疲れが抜けきらないから、しばらく寝る」
「分かりました。そのときはドアのカードを下げてもらえばお休み中ということで誰も入りませんので」
「オッケー」
「あ、それとこれは個人的な頼みなのですが、明日の夜に部屋に行ってもいいですか? 昨日来れなかった理由も聞きたいので」
「いいわよ。じゃ、また明日ね」
「はい、お休みなさいませ」
アリアは従業員らしく深々と礼をして、天子と衣玖は階段を上がって三階へと向かった。鍵をドアノブに差し込んで開けると、ベッドが二つ並んだワンルームがあった。
現代の一般的なホテルのように水道、電気、エアコン完備でトイレとユニットバスはついていないが、横長のテーブルとランプがあって十分過ごせる。そもそも現代人でない二人は十分豪華に感じているから何の問題もない。
「へー、綺麗な部屋ね」
「やはり日本の部屋の造りとは大分違いますね」
「異世界だものね」
天子と衣玖はポーチを外してテーブルに置き、天子はベッドに飛び込んで、衣玖は椅子に座った。
「あーーー……あったかふわふわ……」
「子供ですか」
「私は心は少女でいるつもりなの」
「ロリババアとはこのことですかね」
「ロリちゃうわ!」
「ババアは否定しないんですね……」
そんなしょうもない言い合いを繰り広げ、やがて衣玖もベッドに横になる。
「このまま夜まで寝てしまいましょうか」
「もとよりそのつもりである」
「誰ですか貴方は……」
「ねえねえ衣玖、明日は私の帽子を買いに行くわよ」
「それと、総領娘様が背負う大きな鞄が必要ですね」
「あれ? 何で私が背負うことになってるの?」
「zzz」
「寝てるし! 早! 寝るの早! 狸の寝入りじゃ……ないよね」
衣玖はすうすうと天子に背を向けて眠っていた。天子が起きて寝顔を覗いてもばっちり眠っているように見えた。
「……お疲れ衣玖」
起こしちゃ悪いな、と思った天子はいそいそとベッドにもぐり、シーツをかぶって瞼を閉じた。
「お休み………」
そう独り言ちる。微かにお休みなさい、という声が聞こえたような気がしたが、幻聴だろう疲れてるものと、本気で疲れている天子はそう適当に結論づけて眠った。
眠りはすぐ早くやって来た。心地よい感慨に身を委ねて天子は夢の世界へと旅立った。
給仕服とメイド服って別物ですよね?給仕服はなんか若い人もおばちゃんも着てそうだけど、メイド服は若いねーちゃんが電気街で働いてるイメージがある。