異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
天子とブロントさんのモンハン生活をニコニコで検索すべきそうすべき
夜が明けた。朝を告げる雀の小さな鳴き声とともに衣玖は眠りから覚めた。
「……朝ですか」
衣玖は数秒間だけのぼんやりタイムを終えて、朝日が差し込む窓を開け放った。
まだ朝方ということから気温はそれほど高くない。しかしこれからぐんぐんと気温が上昇して体から汗を噴き出させるほどになっていくだろう。
「んんー……っと」
ぐいっと背伸びをして体をほぐす。骨が鳴る音を気にせずに、目が覚めた衣玖は隣のベッドで依然と爆睡する天子を起こしにかかった。
「朝ですよ総領娘様」
「……ん」
「清々しい朝です。今日も一日頑張りましょう」
「あと五光年…………」
「そのセリフは私に『光年という単位は距離であって時間ではないですよ』と言わせたいのですか? というか絶対起きてますよね」
「( ˘ω˘)スヤァ…」
「フィーバーしますよ?」
「ごめんなさいちょっとした冗談ですすぐ起きます!」
ガバァ! とベッドから飛び起きて敬礼のごとくビシッと直立の態勢を取る天子。
「目が覚めたのなら着替えて朝食にしましょう。時間的に食堂も開いてる頃合いでしょうし」
「hai!」
天子はいそいそと寝巻を脱ぎ始めて普段着に着替えた。シャツを着てスカートを履き、ブーツを履いて寝癖でぼさぼさの髪の毛も櫛でささっと整えれば普段の生活スタイルに早変わりだ。
衣玖も既にいつもの緋色の衣に着替えており、少し跳ねていた髪もセットし終わっていた。
鍵をかけて一階の食堂に降りると朝早くからアリアが給仕服に身を包んでせかせかとウエイトレスしていた。アリアは二人の姿を見つけると元気よく挨拶してきた。
「天子さん、衣玖さん、おはようございます! 昨夜は夜遅くまで失礼しました」
「おはよ、アリア。いっぱい話ができて楽しかったわよ」
「おはようございますアリアさん。どうせ夜はすることがなくて暇していましたので、むしろ好都合です」
天子と衣玖はアリアに案内されてテーブルに腰かけた。
「そう言ってもらえてホッとしますよ。あまり遅くまでお客様の部屋に入るなとお母さんから昨日注意されましたから」
「私たちだから構わないわ、ってベティに言っといてよ」
「はい。ですけど、やはり今度から流石に自重しますね。今日のメニューはサンドイッチとコーヒーですよ」
「こーひー?」
コーヒーという単語を初めて聞いた天子は首を傾げた。衣玖も態度では表現していないがやはり疑問に思っているらしく、アリアに視線を注いでいる。
「コーヒーは香ばしい芳醇な香りが特徴のちょっと苦い飲み物ですよ。帝都では一般の人でも良く飲まれるそうです」
「へー、美味しいの?」
「人によりますかねぇ……私は紅茶の方が好きですが」
「ふーん。まあいいや。それ頂戴」
「かしこまりましたっ」
スタスタとアリアはカウンターの方へ歩き去っていく。しばらくテーブルで談笑しているとお盆を持って戻って来た。
「これがコーヒー……黒いわね」
「サンドイッチというのは野菜をパンで挟んだものなんですね。食べやすそうな点が丸です」
「何でもサンドイッチ伯爵という貴族が考案したものだからサンドイッチなんて呼ばれてるそうですよ。あ、コーヒーはお好みで砂糖かミルクを入れてくださいね」
お盆に乗った角砂糖が入った瓶と牛乳入りの白い陶磁器製の瓶がテーブルの真ん中に置かれた。
アリアの豆知識が披露されたあと、「ごゆっくり~」と言葉を残してアリアは他の手―ブル客にも給仕をしに行った。朝早くから元気な娘である。
「朝から元気ねえ」
「そうですね……ではいただきましょう」
「いただきまーす」
衣玖は早速サンドイッチにかぶりつき、野菜がマヨネーズと共にぎっしりと詰まったパンをもぐもぐと味わった。白いご飯とはまた違った味を味わい、「これもなかなか……」と咀嚼していた。
一方天子はというと。
「にっがーーーーーいっ!? なんじゃこり! ウエッペェ!!」
コーヒー初体験の人が言うようなセリフをテンプレのごとく叫び、眉根を寄せて顔を強張らせて「ぺっぺっ!」と口の中の苦味を吐き出そうとしていた。
そんな天子を見て衣玖は顔をしかめる。
「総領娘様、もう少し静かにできませんか? ただでさえ低い品格が地の底まで落ちますよ?」
「だって、これすっごく苦いもん! 衣玖も飲んでみてよ! ペッペッ」
衣玖のどさくさ紛れの悪辣な言葉にも気をとられないほど今の天子の状態は「苦い」の一色で染まりきっているらしい。天子は口直しとばかりに目の前のサンドイッチを貪るように口の中に運んでいた。
そんなにか、と衣玖は思いながらカップの取っ手を握って飲み口を口に運んだ。
「む……確かに苦いですね」
「でしょ!? これはあまりにも苦過ぎるでしょう!?」
「確かにそれには同意ですが……そのための砂糖とミルクではないのですか?」
衣玖は瓶の中の角砂糖をコーヒーに一個投入し、スプーンでかき混ぜた。
「うん、これなら美味しいです」
「ほんと……?」
「試してみればいかがです?」
「………」
天子は無言で角砂糖をコーヒーに投入しスプーンでカチャカチャとかき混ぜる。温かいコーヒーに角砂糖はよく溶けて原形を無くしてコーヒーに混ざっていった。
天子はドキドキしながら再びコーヒーに口をつけた。
その味は。
「……にげぇ; ;」
「……根本的に苦いのがダメみたいですね」
「こんな苦い飲み物なんて有り得ないわよ! 私のシマじゃノーカンだから!」
余程苦いのか、若干涙目になりながら必死に訴えかける天子はコーヒーをまるで親の仇のように見つめていた。
衣玖はそんな天子を見て溜め息を吐くばかりであった。
そこにお皿を回収しに来たアリアが丁度鉢合わせた。
「コーヒーをブラック……つまり、砂糖・ミルクなしで飲めたら一人前の大人って言われてますよ」
「マジで!?」
「本当ですか、アリアさん?」
「まあ子供の大人ぶりたい自慢話の類ですよ。あながち間違いでもない気もしますけどね。ちなみに私はブラック好きじゃないですけど一応飲めます」
「だ、そうですよ総領娘様(チラッ」
「うぜえ………これで勝ったと思うなよ……」
「もう勝負ついてますから(キリッ」
そんなコーヒー談義で天子と衣玖は朝食を終えたのだった。
◇
少々波乱があった朝食を終えたあと、二人は部屋で荷物をまとめてギルドへとやって来た。
やって来た理由は当然、依頼を受けるためである。ドスガレオスの討伐から二日経ったあと再び冒険者の生活に戻すのである。むしろこっちを主体に据えなければならないのだ。
そして二人はギルドにやって来たわけだが、入った途端二人に視線が注目した。ここまでなら最初と同じなのだが、今回はその注目が無くなることが無かった。
「何かしら?」
「さあ……とりあえずスルーの方向で」
「了解」
二人は早速カウンターで立っているアンナに声をかけた。
「おはよーアンナ」
「おはようございます」
「あ、二人ともおはようございます……ってそれどころじゃないですよ」
「「?」」
やけに慌てた声を出す受付嬢のアンナ。
何かあったのだろうか、と二人はカウンターにもたれかかる。
「今朝駐屯兵団から先日の件の報告が届きました。そしたら確かにドスガレオスの腐敗しかけの死体が見つかって、鑑定の結果死後二日程度だったそうで、お二人の証言が立証できたんですよ」
「へえ、そりゃよかったじゃない。私たちがちゃんとドスガレオスを倒したんだって証拠になって」
「そのあとが問題だったんですよ! お二人は気絶して倒れていたらしいではないですか。そのときにドスガレオスの証拠品を提示したせいで向こうは大混乱、おまけにギルドが報告に上がったとき『ギルドは何をやらせているんだ』と文句を言われたんですよ! Fランク冒険者になんてものを狩らせるんだと! こちらも驚いていたのに!」
「あはは、そりゃ災難だったわね」
「それに、FランクがCランクモンスターを倒したなんて前代未聞の出来事にギルド上層部も大慌てなんですよ。今後どういう処置をとるかって凄くもめてるんです」
「今後の処置といえば……ランクアップ試験のことですか?」
「おや、知っていたのですか?」
「友人から聞きました。何でも、次のランクに上がるための試験だとか」
「なら話は早いです。普通はランクは一段階ずつ上がっていくのが普通で、それ以外は滅多なことではないんです。一段飛びすらギルド史上数回しかないのに、それを二段階も越えちゃったせいでどういう対応をすればいいのか参考が無くて上が困り果ててるんです」
「なるほど」
つまり前例が無いというわけだ。例が無いというのは確かにマニュアルに沿うことができないため困る。
しかし人間とは常に進化を続けていくもので。例が無ければ作ればいいというのが天子の理解であった。
「結局、私たちの扱いはどうなるのよ」
「困り果てていると言いましたが、具体案はもうしばらくかかると思います。ですが、一応次のランクアップ試験をこなせばCランクにするという意見が強いそうです」
「いつぐらいに出る?」
「二、三週間くらいは覚悟しておいたほうがいいかと思います」
長いな、と天子は思ったが、よくよく考えれば別に長くても関係ないじゃんということに気づく。Cランクにならなくても別に上の依頼は受けることができるわけで、多少そのギルドの上層部がごたつこうが二人には全く不都合が無いのだ。
ギルドが慌てたところで自分たちには何も関係が無い。機関の心配をするほど二人とも馬鹿じゃないからこのことに関しては傍観を決めておくことにした。
仮にさらに大型のモンスターを討伐したならば、Cランクに相応しい証拠がさらに提示されることになるのでギルドとしては早々に結論が出ていい結果オーライであろう。
「ま、そのことはもういいわよ。それより、なんかいい依頼ない?」
「私たちにとってはどうでもよくないんですがね……。その依頼は、Cランクのですか?」
「違う違う。それよりもっと下。EかDくらいのやつよ」
「お二人の実力ならばCランクでも余裕でしょう? 下位ランク冒険者荒らしになりかねませんよ?」
「私たちまだFランクなんですが……」
冒険者は己のランクよりも低いランクの依頼を受けてはいけない規則になっている。これは、上位冒険者が金稼ぎや素材集めにより下の冒険者に依頼が回らずその成長を妨げてしまうことを防ぐための措置である。
その法則に則るならば天子と衣玖は厳然としたFランク冒険者であり、そのランクは最低ランクであるから原則どの依頼でも受けることができるはずなのである。
だが、衣玖のそのつぶやきにアンナは、はあ、と溜息を吐く。
「Cランク相当の実力を保持しているから同じことです…」
「それは、まだ協議中なのでは?」
「Cランクの実力を持っているというのは誰もが認めていますよ。それをCランクまで上げるか否かで協議しているんですよ」
「ああ、なるほど……」
ランク制度上Fランクだけど実力はCランク相当だから、下の依頼を受けるのは止めてほしいと言いたいのだろう。
だが、アンナは肝心なことを忘れている。
「すみませんが、私たちはまだ新人の域を出ないんですよ? 皆さんに聞いて回ったら少なからずドスガレオスというモンスターの名前を耳にしたことあるらしいですけど、私たちはそれすらも知らない超ド級新人なんです。冒険者のイロハもろくに知らないでいきなりCランクは流石に厳しいです」
「む……確かに、言われてみれば……」
「ですから、せめてランクアップが済むまでは下位ランクの依頼をこなさせてくれませんか?」
衣玖の言うことは至極当然のことである。いくら強大なモンスターを倒せるといっても実態は新人冒険者であることに変わらないからである。
強いのは元の世界で何百年も生きてきたからなのだから。
「……そうですね。失礼しました、お二人はまだ新人であることに変わりありませんでしたね。制度通りでいきましょう」
「すみません、我儘言って」
「いえいえ、私もはっきりと目を覚まさせられましたから。……そうですね、こちらなんかはいかがです?」
アンナは目が覚めた、とばかりに特上の笑顔を向けながら依頼が記された用紙をカウンターに置いた。
「ええと、『竜骨結晶の採掘』……ランクはEですか。この竜骨結晶とは?」
「竜骨結晶は鉱石の一種です。太古の竜の骨が長い年月に経て結晶化したものを言いまして、現在砂漠でしか発見例が無い鉱石なんですよ。この結晶を観察してこの地域一帯の大昔の生態系を調査しようという動きが最近盛んでしてね、この依頼が舞い込んだというわけなんです」
「……竜骨結晶については分かりましたが、なぜそれを私たちに?」
「竜骨結晶以外にも砂漠では鉱石が発見されます。ある程度知識を詰め込んでおけば色々と便利ですし、鉱石類は常に一定の需要がありますからそこそこの金額で買い取ることができるんですよ」
「知識増加と小遣い稼ぎですか」
「初心者冒険者なら誰しもが通る道です」
話は全く正論だった。冒険者になるなら多方面の知識を蓄えておくことが必要不可欠になってくるのだ。
多種多様な依頼がギルドには舞い込んでくるが、そもそもモンスターの討伐依頼なんてそうそう舞い込むものではない。そんな中で討伐系の依頼しか受けられないのは自分の視野を狭めてしまう行為に他ならないからだ。
「分かりました。総領娘様はいかがですか?」
「どちらかというと大賛成だな」
「“どちらか”の意味を今度辞書で調べてくださいますか。……この依頼を受けます」
「了解しました」
天子と衣玖はギルドカードを提示して機械に読み取らせる。用紙とともに提示したギルドカードがピーという音とともに二人に返却された。
「依頼の受領完了です。すぐに向ってもらって構いませんが、採掘にはピッケルが必要とありますのでどこかの店でまずは装備を整えてきてください。あとこれを」
アンナはそう言ってカウンターの下から一冊の本を取り出した。
厚さ五ミリ程度の数枚の紙がつづられた本だ。
「それは鉱石の種類と見分け方が乗っている教本です。最終的な鑑定は私どもが行いますが、それを参考に鉱石を採集して来てください」
「了解したわ」
「一応ギルドの所有物なので終わったら返却してください。紛失すると、すみませんが弁償ということになるので」
「はいはーい。んじゃ行ってくるね」
「御武運を」
天子と衣玖はカウンターを離れてひとまずは装備を整えるために大通りに向かうことにした。